ようこそ! あんばら庵 2010へ
Information 
(2010年以降

☆『タッパーと海』
  2012年春季号(109)三田文学誌に発表
。2011。3.11大震災前後の主人公倉本エイコの心の動きが語られる。主に友人関係を描いているが、戦後の日々と重ね合わせ、出身校がミッション・スクールであることから、信仰の問題にも触れている。タッパーは中味の食料を含めて、繁栄の象徴としてイメージしたものである。(400字×82)この春の最新作である。ご一読を。


『五月の后』
 2010年春季号(101号)三田文学誌に、『五月の后』を発表。
永井荷風が1910年に三田文学を創刊して、今年は100年になり、この号は創刊100年記念号でもある。三田文学にゆかりのあるそうそうたるメンバーに加えていただき、誠に光栄。ちなみに私は、二十四歳の時に書いた小説、『降誕祭の手紙』(昭和33年下半期芥川賞候補)以来、この誌と関っている。

旧作、『叔母の秋』原作(和文)庵原高子、英訳(稲田実)が、日本ペンクラブ電子文藝館に掲載される。(更新は10.4.30)


 この『叔母の秋』の初出誌は三田文学誌(2001年 秋季号)。後に発刊の『表彰』(作品社)所収
小説が英訳文と共に掲載されるのは珍しく、作者としては嬉しきこと。



☆『明日は晴れる』(冬花社刊)庵原高子著
 2010年8月15日発売
 ホームページ「あんばら庵」の日記、2400日の記録。1159ページ。一日も欠かさずに書いている。写真も少々取り入れている。
 パソコンの原形を残したまま、横書の左開きになっいる。坂上弘氏の帯分が素晴らしい。ご一読を乞う。

「タウンニュース」紙、鎌倉版、2010、9.10日号の、「人物風土記」欄にカラー写真入りの紹介記事が載った。タイトルは、「書くことへの思い、熱く」。子供の頃、山の手の大空襲で生家を失った話、父の発病、母の介護など、十代の頃の悲しみが小説を書くきっかけになった、と書かれている。
この紙は、鎌倉市全戸に配布されるもの。平素、本名で付き合っている人たちから
「あの記事は、貴方ですか?」という問い合わせが多くあった。