奥の細道
 行脚の道 北の終点 平泉
俳聖・松尾芭蕉が奥の細道探訪の旅へ出立したのは、元禄2年3月27日のこと。
それから46日後の5月13日、奥の細道北の終点平泉に立っていたのである。

芭蕉は、なぜここを北の終点としたのだろうか?
藤原文化の廃墟に立って何を見たのだろう。
藤原文化の果てるところ、すなわち芭蕉にとっても平泉は北の果てだったのかも知れない。

  高舘義経堂

 平泉に着いて、まず、義経終焉の地・高舘に立ち、泪を流したという。
ただ単なる不運の運命を辿った義経主従への感傷だけだったのだろうか。
 藤原氏が奥州に築き上げた高度な文化も一夜にして廃墟としてしまった人間の愚かさを嘆いていたのかも知れない。

             高舘に立ち泪して詠んだ「夏草や・・・・」
          高舘からの眺め北上川と田園地帯・・・2003.5.13撮影

中尊寺の秋  アルバム