項目
■日本最西端・与那国島
概要
地図
■中継地・石垣島
5月10日(火) 曇 (民宿・旅の宿)
■与那国島:民宿「ふくやま」
1日目:5月11日(水) 曇時々晴 (ゲロ船航路で与那国島へ)
2日目:5月12日(木) 曇のち雨 (与那国一周)
3日目:5月13日(金) 晴のち一時雨 (与那国探索1)
4日目:5月14日(土) 曇のち雨 (与那国探索2)
5日目:5月15日(日) 雨 (休息日)
6日目:5月16日(月) 晴一時雨 (与那国島から石垣島へ)
本文中赤字はサイドバーに写真あり
■注
730交差点、巨大墓、大和墓(だまとぅはが)、ダティクチディ、長命草(和名:ボタンボウフウ)、日本の端、クブラバリ、ティンダハナタ
■写真
石垣島切符売り場、フェリー「よなくに」、久部良(くぶら)港、民宿「ふくやま」、浦野の巨大墓、ダティクチディ、東崎(あがりざき)灯台、東崎・2階建東屋、軍艦岩、サンニヌ台展望台、立神岩展望台、立神岩(タティガン)、Dr・コト―診療所、西崎(いりざき)灯台、「日本最西端の地」碑、与那国空港、クブラバリ、日本最後の夕日が見える丘の碑、マルキ食堂、ティンダハナタ遠景、ティンダハナタ散策路、ティンダハナタ湧水槽、ティンダハナタ展望台、ティンダハナタからの見る祖納地区、ティンダハナタの上部草原、ティンダハナタ上部造作物、ヨナグニサン、福山スーパー、森林公園、テキサスゲート、ナンタ浜の夕日、日本最後の夕日が見える丘の夕日
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概要
与那国島(よなぐにじま)は日本の八重山諸島西端の島で、台湾の北東、日本の最西端に位置する。人口1,745人、年平均気温23.9℃、年間降水量3,000mm。石垣島からは124kmの国境の島で、台湾までは111kmしかなく、晴れて澄んだ日には水平線上に台湾の山々を望むことができる。島は東西に細長く、ちょうどサツマイモのような形をしていて、周囲27.49km起伏は激しいものの自転車でも3〜4時間で一周が可能な大きさである。
面積は小さいながら、200m級の山があるなど大変起伏が激しい。また、島の南海岸は波で浸食され、断崖絶壁が多数ある。南側の太平洋からは一年を通じて強い風が吹くが、中央の山地によって遮られ、高地までは影響があるものの、島の北側では風はそれほど強くない。
島の東端には東崎(あがりざき)、西端には西崎(いりざき)の2つの岬がある。
中央北部に祖納(そない)、西部に久部良(くぶら)、南部に比川(ひがわ)の3つの集落があり、町役場は祖納にある。主な産業は、漁業、サトウキビ農業、酪農、観光で、島の南半分では牛馬が放牧されている。比川の近くには海老の養殖場もある。
また、祖納には、3銘柄の泡盛の酒造所があり、日本で唯一アルコール度数60度の泡盛「花酒」製造が許されている。
花酒とは、タイ米だけを原料としてつくられる泡盛の製造工程中、蒸留時に「ハナサキ」と呼ばれる、最初に出てくる酒のことである。
その他
1:Dr.コトー診療所
2003年夏に放映されたテレビドラマ「Dr.コトー診療所」の撮影地となり、比川地区には撮影に使用したセットの「診療所」が残っており,有料で内部を見学できる。
2:ダイビング
ダイビングの名所として有名な島で、海底遺跡ポイントやハンマーヘッドシャークの群れが見られる。
3:ヨナグニサン
世界最大のガとして知られており、体長50-53mm、前翅長130-140mmと大型である。与那国方言では、「アヤミハビル」と呼ばれる。「アヤミ」とは「模様のある」、「ハビル」とは「蝶」の意味である。アヤミハビル館あり。
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5月10日(火) 曇 (民宿・旅の宿)
西表島からの高速艇は、高い波の上を飛ぶように進む。その証拠に、ドン・ドンと船底を打ち鳴らすように進んでいる。それもジグザグに。よく観察すると、波に直角に進行している。たまに失敗すると、横の窓からの景色は、波の中に船が閉じ込められている感じになる。
凄い、最高。西表最後の贈り物に感謝しつつ興奮が冷めやらん間に石垣島離島桟橋に到着した。
石垣島は、雨は上がっていたが、路面は濡れている。可成り雨が降った様子。予定では、西表島のミトレアキャンプ場で仕入れた情報から、楽園キャンプ場(正式名称は南夢楽園キャンプ場)に行くはずだったが、雨に備えて、安宿も聞いていた。
その中の1つ、離島桟橋に1番近い、民宿「旅の宿」に電話をすると、空き部屋(¥2,000)があったので予約をする。
民宿「旅の宿」(沖縄県石垣市登野城75 TEL:0980-82-8038)は、ミトレアキャンプ場に沼津ナンバーの単車で来ていた“おたく”こと夏目氏からの情報で、離島桟橋すぐの「730交差点※注1」の桟橋通りを北進。左手に八重山郵便局、右手に海邦銀行のある交差点を過ぎ30m先右側建物に緑色の「旅の宿」という看板(判り難い)があり、2Fが受付になっている。
ベッド、テレビ付きの個室で、値段の割には上等である。しかし、駐輪場所は青空なので、ホームセンターでシートを買ってきて自転車にかぶせ雨仕舞をしていると、単車に乗った女の人がやってきて、駐車場所を聞くので、適当なところで良いのではと云った話をしてから、近くにある、ショッピングアーケード街「あやばにモール」をぶらつき、スーパーで弁当とビールを買って帰る。
ベッドと云う依り屋根のあるところで寝るのは久し振り。また、西表島ではラジオの受信不可だったので、ラジオを点けると相撲放送の音が聞こえてきた。ラジオの音も久し振り。ビールも安い。満足。
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1日目:5月11日(水) 曇時々晴 (ゲロ船ことフェリー“よなくに”で与那国島へ)
5時に起床。岸壁を散歩して、与那国島フェリー乗場の下見をしてから、公園で、コンビニで買ったパンと牛乳で朝食。
一旦、民宿「旅の宿」に帰り、自転車の横の単車を見ると、和泉(大阪)ナンバー。昨日の女の人は大阪の人なんだと思いつつ宿に入る。
民宿「旅の宿」は、朝食付きだった。宿の女の子が、7時にテーブルにパンを持ってきて、冷蔵庫の牛乳、ヨーグルト、バター、ジャムは使い放題と云った。
先程、散歩中にコンビニで買ったパンと牛乳で朝食を済ませたが、折角なので(食い意地が張っているだけとの声もある)トースターで食パンを焼いて、バターとジャムを塗って食べ、ヨーグルトを飲む。
2度目の朝食を終え、石垣島フェリー切符売り場に行く。与那国島便は、福山通運のフェリー「よなくに」(よなぐに、ではなく、よなくに)。石垣島発は、水・土。与那国島発は、月・木の周2回10時発。運賃は、片道¥3,460(往腹¥6,580)。
往復切符(自転車は片道¥1,730)を買って、出港1時間30分前の8時30分に乗船。与那国便は、荒れることで有名で、殆どの人が船酔いすることから、別名“ゲロ船”と呼ばれているので、酔い止め薬を飲んで、早めに乗船して、直ぐに横になる。
10時に出港。約4時間30分の船旅。事前の評判とは裏腹に、海は凪ぎで、拍子抜けした航海だった。でも、航海中は寝っぱなしだった。
与那国島入港のアナウンスを聞いて起き、甲板に出ると、民宿「旅の宿」の同宿者で、和泉ナンバーの単車に乗っている女の人が居た。しばらく話をする。
単車の女の人は、友人の紹介で、与那国島に働きに来たらしい。宿泊先を決めていないとの事だったので、本日宿泊予定の民宿「ふくやま」の電話番号(0980−87−2559)を教える。
フェリー「よなくに」は、定刻に、与那国島の西端にある久部良(くぶら)港に入港したが、市街地は、反対側の東側にある祖内(そない)である。
宿泊予定の民宿「ふくやま」は、祖内の外れに在り、判り難い場所にあった。地元の人に聞きながらやっと着いた民宿「ふくやま」には、自身を「おじい」と呼ぶ年配の男性がいた。
この民宿「ふくやま」は、西表島はミトレアキャンプ場のフリーの雑誌記者“入道”こと星野氏から聞いた宿で、「宿泊費は¥2,000であるが、雑誌記者から聞いたと云えば¥1,200になる」との事だったので、念のためその旨を告げると、あっさりと了解してくれた。
部屋は、隣と襖1枚で仕切られた6畳間で、チョットやばい感じのする空間であるが、値段が値段なので納得する。
“おじい”は、「後で、オートバイの女の子が来る」と云っていた。たぶん、和泉ナンバーの女の人だろう。
しばらくして、思った通り和泉ナンバーの女の人がやってきた。女の人は、大阪は堺市出身の早川リエさんこと“リエ姉”40歳。大阪には保母をする20歳の娘がおり、ここに来る前は、母の出身地である座間味(沖縄県)の老人施設でヘルパーとして稼働。その施設の同僚の紹介で、与那国島の老人施設「月桃の里」で働く為にやってきた。親戚は尼崎(兵庫県)のセンタープールにいる等々詳しい身の上話を聞いた。
本日の宿泊者は、2人だけ。夜は、“おじい”と3人で、地元の泡盛「与那国」を飲む。
“おじい”は独り身で、部屋の中には三線(さんしん:沖縄の三味線、蛇皮線)の譜面や、カセットテープが山積みで、何を隠そう“おじい”は三線の名手だったのである。
“おじい”の奏でる三線と島歌の美声をあてに、深夜まで酒盛りをする。
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2日目:5月12日(木) 曇のち雨 (与那国島一周)
6時に起床して、近くにある、お化けの様な大きなテトラポットが山積みされている、浦野の巨大墓(※注2)まで散歩に出掛けてから朝食。本日の降水確率は昼から50%。合羽を持って、島外周散策に出発。
祖内市街地の東にある、大和墓(※注3)、東牧場、ダティクチディ(※注4)を経て、東崎(あがりざき)灯台に行く。
東崎(あがりざき)灯台に行く手前に2階建の東屋があり、テントサイトには最適だが、与那国島はキャンプが禁止されている。残念。
ここまで、人や車を見ることなく貸切状態だったが、軍艦岩を見るサンニヌ台展望台(NHK大河ドラマ撮影の地の碑あり)で、町役場の車で来ていた4人組の女の人達に会った。その中の役場の人に、与那国空港横や、道路沿いの宣伝看板に記載の「長命草」(※注5)が断崖に生えている野生状態を教えてもらった。
また、トヨタの期間従業員や、全国の飯場で働きながら日本一周をして、与那国にきて、1年になると云う土木工事現場にいた男性と話をする。その男性によると、与那国島は、連休や夏休みになると女の子が沢山来るので、不自由?はしないらしい。でも、1か月前には、立神岩展望台で、若いライダーが首つり自殺をすると云った悲しい出来事もあったとの事。
その、立神岩(タティガン)を見て、与那国島南部唯一の部落「比川」に着く。
比川は、2003年夏に放映されたフジテレビ系列のドラマ「Dr.コトー診療所」の撮影地となり、撮影に使用した「診療所」が残っていることで有名な地である。と云われてもちんぷんかんぷん。テレビを見たことのない人間にとっては唯の汚い建物であった。
比川から、県道216号を通って日本最西端の地・西崎(いりざき)に行く。そもそも、与那国島に来たのは、ここ、日本最西端の地を踏むことが最大の目的だった。
これまで、最北端の宗谷岬(北海道稚内)、最東端の納沙布岬 (北海道根室市)を訪れたので、残すは、最南端の波照間島・高那崎(沖縄県竹富町)になったが、最南端の地は、与那国島の次に訪問を予定している。(日本の端は※注6参照)
日本最西端の地・西崎(いりざき)からの展望は素晴らしかったが、そこに行く迄の道の風景も捨てがたく、大満足して、久部良港から、空港を経由して祖内の街に帰る。
今朝、“リエ姉”が出掛ける際、「今晩は、親子丼を作るので楽しみにしてて」と出掛けたので、スーパーで食材の「かしわ」(沖縄では通じない鶏肉のこと)と卵。土産に焼き芋を買って帰る。
“リエ姉”の作った親子丼は美味かった。“おじい”は腹が減っていたのか親子丼と焼き芋2個を食べ、夜は酒盛り。
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3日目:5月13日(金) 晴のち一時雨 (与那国探索1)
6時30分起床。散歩の途中で、地元の人と立ち話をしてから朝食を済ませ、仕事に出掛ける“リエ姉”を見送ってから、絵葉書を買いに空港に行く。日本最西端の碑の絵ハガキは売り切れで、10時過ぎに入荷するとの事だったので、クブラバリ(※注7)に行く。
クブラバリは、空港から県道216号を西に進み、久部良地区のかかりにある標識に従うと、久部良中学校、小学校の前を通り越した先に入口があった。クブラバリの先には、製糖工場跡が不気味な姿を曝していた。
そして、クブラバリの西側にある、「日本最後の夕日が見える丘」の碑にも寄ってから、空港に引き返し、絵葉書を買って帰る。
空港から県道216号を東進、左手に見えるガソリンスタンド、製糖工場、沖縄電力を過ぎ、田原川を渡ると祖内の街。
12時前だったので、街のかかりにある「マルキ食堂」に入り、日替り定食(¥700)を食べてから、祖納の街を一望できるティンダハナタ(※注8)に行く。
県道216号、田原川沿いの駐在所脇にある、ティンダハナタの標識に従い、坂道を登って行くと、途中に駐車スペースがある。
ここが、ティンダハナタの入り口で、車止めの先は、緩やかな遊歩道になっており、岩の側面が削り取られたような道が続く。
途中には、WC。女族長サン・アイ・イソバが犬と生活していた「イヌガン」伝説の洞窟。小さな祠の横には、旧暦8月に行われるアラミディ(新水)の祭事に使われる、洞窟から湧き出す水をためる水槽等がある。
さらに先に進んでいくと突き当たりが、展望所になっており、そこから眺めると、祖納集落やナンタ浜が一望できる。
ティンダハナタを遠くから見ると、平らで大きな岩の上に、小さな突起がある。地元の人に聞くと、ティンダハナタの上に登ることが出来るとの事で、教えてもらった道を行くと、自衛隊の通信施設の奥が広い草原になっており、牛が放牧されている。
車の轍(わだち)に沿って崖端に行くと、セメントで塗り固められた階段状の高さ1.5メートル程の人一人が登ることができる造作物がある。これが、突起物の正体だった。
造作物の上からは、ティンダハナタ展望所よりも、広範囲な景色を見ることができた。(※お勧め場所だが牛の糞には注意を要する)
一旦、来た道を県道216号迄引き返し、田原川を渡り、川沿いの道を遡り、宇良部岳の麓にある「アヤミハビル館http://www1.ocn.ne.jp/~attacus/」に行く。
アヤミハビル館は、与那国を中心に生息する世界最大の蛾「アヤミハビル」の生態や特徴を展示している。「アヤミハビル」とはヨナグニサンの方言でアヤミ=模様のある、ハビル=蝶、という意味で、沖縄県天然記念物に指定されている。
また、雌は羽を広げれば25センチにまで達し、羽の面積では世界最大の蛾でモスラのモデルにもなった。民宿・ふくやまの“おじい”に云わすと、「昔は家の中入ってきて大変な時期もあったが、最近は全く見かけなくなった。でも、アヤミハビル館で飼育されている」と聞いてやってきたものの、幼虫は飼育されていたが実物にはお目にかかれなかった。入館料¥500も支払ったのに、ガッカリ。
しかし、収穫もあった。ヨナグニサンとは全く関係ないことだが、ここアヤミハビル館横には、炊事棟があり、テントサイトに開放してくれれば最高。
アヤミハビル館の帰りに、福山スーパーに寄って、夕食材料とビールを購入してから民宿・福山へ。
帰ってしばらくしてから雨が降ってきた。夕食に餃子とソーメンを作って“おじい”と食べる。
夜“リエ姉”が帰って来て、寮の部屋が開いたので明日移るとの事。寮の家賃は本来5万円だが、施設側が3万円負担してくれて、自己負担は月2万円らしい。“おじい”と3人で送別会。
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4日目:5月14日(土) 曇のち雨 (与那国探索2)
日課の朝の散歩をしてから、与那国探索に出掛ける。
県道216号を、空港方面に進行すると同じ県道216号が交差している地点(県道216号は、祖納を起点として、西周りに「6」の字型で、与那国空港〜久部良地区〜比川地区を経て、再び216号線に交わり、祖納に至る総延長約15キロの道路)を比川方面に左折して、トゥング田(※注7のクブラバリの項参照)に寄ってから、森林公園に行く。
正式には、満田原森林公園と云い、与那国岳(ドナン岳)の麓、島のほぼ中央に位置する森林公園。ヨナグニサンの生息地保護地域にもなっており、自然観察もちろん、展望台や遊具もありピクニックなども楽しめる。また、数か所の東屋があり、キャンプサイトとしては最適。ここ与那国島は、キャンプは禁止されているが、勿体ない。
森林公園から、県道216号を南進して、長い下り急の先に見えてきたのが、「Dr.コトー診療所」で有名な比川地区。興味が無いので素通りする。
一昨日訪れた時は、県道216号で久部良地区に入ったが、今回は、比川の街から海老の養殖場を経て、南牧場線と呼ばれている海側の道を走る。ドラマのタイトルバックの風景がこの海岸線と云われる。
道の両側に牧草地帯が広がり、牛やヨナグニウマが草を食む牧歌的な風景を見ると別世界に来た感さえする。ちなみに、久部良側と比川側にテキサスゲート(道路に溝が設けられて牛や馬がそこを越えないようにした道)があるので、自転車やバイクなどタイヤの小さい乗り物は注意が必要。
今日も、人はおろか車にも出会うことなく、大自然を独り占めした状態で久部良地区に入り、県道216号を走る。祖納のマルキ食堂で日替り定食を食べ終えた頃から雨が降ってきたので急いで帰る。
民宿に、若くて可愛い女の子がいた。この民宿には不釣り合い。
女の子は、雨の中、レンタルバイクで島内一周に出掛け夕方帰ってきた。愛知県出身で、石垣島、西表島、鳩間島を回って与那国島に来たらしい。予算が少ないので高い民宿には泊まれないと云った話をしているところに、“リエ姉”が荷物を取りに来て、女の子とは、那覇から石垣島のフェリーで一緒だったと再会を喜んでいた。
雨が止んで、カラッと晴れてきたので、祖納港のナンタ浜に夕陽を見に行く。
今日は、西表島ミトレアキャンプ場に居た“三線(さんしん)弾きのミキちゃん”が、与那国島のサトウキビ畑でキビ刈りのアルバイト中、インタビューされたドキュメント番組がNHKで放送される日。
なぜ放送日がわかったのか?正解は、“三線弾きのミキちゃん”の師匠が“おじい”だったのである。
“三線弾きのミキちゃん”は、与那国島の食堂「どんぐり山猫」(Dr.コトーの出演者の写真が所構わず飾ってある)のヘルパーとして働いた後、“おじい”の民宿・ふくやまで手伝いをしている時に三線の手ほどきを受け、与那国島を離れても、連絡し合っている仲なのであった。
南の島は、何処かで誰かが繋がっていると云うか、不思議な縁を感じてやまない。ともかく、“三線弾きのミキちゃん”の話は山ほどあるが此の位にして・・・
今晩は、NHKのドキュメンタリー番組を見てから就寝する。
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5日目:5月15日(日) 雨 (休息日)
昨夜、愛知県の若い女の子は、深夜に帰って来て、隣の部屋で、ギャーギャーと喚いていた。深夜で、若い女の子なので声を掛けるのも憚れるので、為すが儘にしていた。
朝、女の子に聞くと、ゴキブリが出てきて、一晩中寝られなかったとの事。2日分の宿泊費を支払っているが、キャンセルして、与那国島で知り合った女の人の家に行くと出て行った。
今日は、朝から雨が降っている。止む気配が無いのと、島の殆どを探索したので休息日とする。
夕方になって雨が止んだので、昨夜の“三線弾きのミキちゃん”出演の、NHKドキュメンタリー番組に写っていた、近くにある「民族資料館」(入館料¥100)に行く。
ここは、池間 苗さんというとっても話し好きなお婆さんが館主をしていて、展示物の説明のみならず、与那国の昔話やお婆さんの身の上話までしてくれた。一緒に聞いたのが、“三線(さんしん)弾きのミキちゃん”と同じ、西表島ミトレアキャンプ場に居た静岡の女性ライダーだった。これも何かの縁なのか。
今日が、与那国島最後の日。空も晴れてきたので、与那国島最後の夕陽を見る為、久部良地区の「日本最後の夕日が見える丘」に行くが、水平線に沈む夕日は見られなかった。
民宿・ふくやまに帰ると、“おじい”が、今日は男性客の予約が入っているが、客が来ないと嘆いていた。“おじい”と酒を飲んでいる時にその男性客がやってきた。
男性は神奈川から来た26歳の青年。今回与那国島に来たのは、「Dr.コトー診療所」のセットを見るのが主体で、昨日比川の海岸にテントを張って一晩中診療所を見ていたらしい。変わった人がいるもんだ。
この男性が、「ドラマの出演者が利用していた食堂で夕食をしたい」と切望したので、食堂「どんぐり山猫」に案内するが、閉まっていた。夜間の外出は初めて。
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6日目:5月16日(月) 晴一時雨 (与那国島から石垣島へ)
新聞の天気予報欄の降水確率は50%だったが、朝から快晴。久しぶりの真っ赤な朝日を見ながら、6時30分、出発。
途中、“リエ姉”が勤務する「月桃の里」の先に在るダンヌ浜で、アンパン3個の朝食を摂る。ダンヌ浜は、小さな浜辺であるが、東屋やWC,それにシャワールームがあり、与那国島では1番設備の整った浜である。ダンヌ浜を後にして、7時30分久部良港に着く。
8時過ぎに、乗船手続きを済ませ、久部良の街をぶらつく。ひょっとして“リエ姉”が出勤前に見送りに来てくれるのではないかと期待したが、姿は見えず。“リエ姉”の勤務時間の9時になったので、乗船して、酔い止め薬を飲んで船室に入り、寝てしまった。
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※注1:【730交差点】
沖縄返還後、車が右側から左側通行に変わったのが1978年7月30日。それを記念して、石垣島の市街地の中心に“730”という記念碑が建てられた。
それがあるので通称730(ナナサンマル)交差点という。
※注2:【巨大墓】
浦野に限らず、八重山地方特有の、亀の甲羅のような恰好の墓で、その形は、妊婦を形取ったもので、亡くなると再び母体に帰るという、転生祈願と結びついているとか。中国からの影響で「亀甲墓:きっこうばか」または、「かめこうばか」と呼ばれている
※注3:【大和墓】
(だまとぅはが)
平家の落ち武者の墓として語り伝えられている。別名屋島墓と呼ばれている。
※注4:【ダティクチディ】
琉球王国によって設けられた船の見張り台で周辺は広々とした牧場になっている
※注5:【長命草】
(和名:ボタンボウフウ)
与那国の海岸の岩場で自生する野草で、波が打ち寄せる断崖で、照りつける太陽と潮風にもまれながらも逞しく育ちます。環境のよくない場所でも育つその驚くべき生命力は、昔から人々に長寿の食材として親しまれてきた。古くから「高血圧・動脈硬化・風邪」などに効くといわれ、また健康祈願のために神に捧げられた植物でもある。
※注6:【日本の端】
本文中の端は、人間が住んでいる日本の東西南北の端であるが、日本が主張する領土上の東西南北の端は、@日本最北端:択捉(えとろふ)島・カモイワッカ岬 (北海道択捉(えとろふ)郡蘂取(しべとろ)村)、A日本最東端:南鳥島(東京都小笠原村)、B日本最南端:沖の鳥島(東京都小笠原村)、C日本最西端:与那国島西崎(沖縄県与那国町)で、@は、北方四島でロシアが実効支配。A、Bは無人島。Cの、日本最西端の地・西崎(いりざき)だけが、一般の人間が自由に行ける唯一の地である。
※注7:【クブラバリ】
島の西、久部良地区にある大地の割れ目の事で、久部良割とも書く。このクブラバリは、人頭税(首里王府によって、1637年・寛永14年から実施され、1902年・明治35年まで、266年間にわたって石垣島、与那国島の農民を苦しめた、世界に類を見ない悪税制度)にまつわる悲惨な場所で、年に一度村の妊婦を集め、人減らしのためにこの岩の裂け目を飛び越えさせた。幅3〜5m、深さ7mほどのこの崖をうまく飛び越えたとしても流産は免れず、また転落死する人もいた。引き込まれそうなほどの岩の裂け目は、悲しい離島の歴史を今に伝えている。その他、人頭税にまつわる悲劇に、島中央部にある、トゥング田では、島中の15歳から50歳までの男子を非常招集し、時間内までにこの田に入れなかった者は惨殺された。と云う伝えもある。
※注8:【ティンダハナタ】
祖内集落から見えるひときわ目を引く巨大な岩山で標高約100m。頂上付近の侵食洞が自然の展望台になっていて、祖納一帯が一望できる。ここは昔、与那国島で強大な勢力を持っていたと言われている伝説の女族長サン・アイ・イソバが住んでいたとされる場所でもある。
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フェリー切符売り場

フェリー「よなくに」

久部良(くぶら)港

民宿ふくやま

浦野の巨大墓

ダティクチディ

東崎(あがりざき)灯台

東崎2階建東屋

軍艦岩

サンニヌ展望台

立神岩展望台

立神岩(タティガン)

Dr.コトー診療所

日本最西端の地・西崎

与那国空港

クブラバリ

日本最後の夕日が見える丘

マルキ食堂

ティンダハナタ遠景

ティンダハナタ遊歩道

ティンダハナタ湧水槽

ティンダハナタ展望台

ティンダハナタから見る祖納地区

ティンダハナタ頂上草原

ティンダハナタ頂上造作物

ヨナグニサン

福山スーパー

森林公園入口

テキサスゲート

ナンタ浜の夕日

日本最後の夕日が見える丘の夕日
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