アニメーション・地球 ロゴ・和坊流宇宙
 
本文へジャンプ

口永良部島ガイド


平成18(2006)年現在


 項目

地図
 1、位置地図(南西諸島)
 2、全島地図
 3、中央北部地図(本村~寝待周辺)
  ▼道程:本村~寝待(①西の湯・ヘリポート経由、②一周道路経由)
 4、西部地図(新村・番屋ヶ峰・岩屋泊・野崎灯台周辺)
  ▼道程:本村~西部地区(①岩屋泊コース、②番屋ヶ峰山頂コース、③新村コース)
 5、北東部地図(寝待~湯向周辺)
  ▼道程:寝待~湯向(①新寝待道経由、②旧寝待道経由)
  ▼道程:野池登山(寝待~野池コース)
 6、東部地図(町営牧場・メガ崎灯台周辺)
 7、中央部地図(古岳・新岳・野池周辺)
 8、南部地図(南部海岸部周辺)
  ▼道程:古岳登山(①寝待~古岳コース、②本村~古岳・コース)
  ▼道程:新岳登山(砂防ダムコース)
 9、本村集落略図
 10、寝待集落略図
 11、寝待湯治小屋略図
概要
フェリー太陽時刻表
年間行事
宿泊施設
歴史年表
 注:島津久陽、口之永良部島全図(地名・人口・本村略図)、川崎研一医師
記録に残る火山活動
アルバム
 1、遠景
 2、フェリー乗場
 3、公共施設(役場出張所兼切符売場兼宅配集配所、郵便局、学校、診療所、ヘリポート)
 4、寝待集落
 5、温泉(寝待、湯向、西の湯)
 6、立神
 7、登山(古岳登山口、古岳、砂防ダム、新岳、新岳割れ目、野池、三角点山、一等三角点)
 8、生き物(カラスバト、エラブオオコウモリ、オオヤドカリ、サソリモドキ、ケナガネズミ、ガジャブ、アマメ(船虫)、足長クモ、メジロ、ジョウビタ、ヒヨドリ)
 9、食材Ⅰ・野草等(ボウフウ、たけのこ、ツワブキ、しゃしゃんぼ、オキチモズク、チョウセンアサガオ)
 10、食材Ⅱ・魚介類(ヨダレカケ、へきんこ(オヤビッチャ)、シツ(イスズミ)、亀の手、ナガラメ(トコブシ)、アナゴ、ニシンゴ、グズマ、エラブウミヘビ)
 11、道
 12、磯(岩場)

________________________________________



地図



1、位置地図(南西諸島)


位置地図(南西諸島)

↑ 戻る

2、全島地図


全島地図

↑ 戻る

3、中央北部地図(本村~寝待周辺)


中央北部地図(本村~寝待周辺)

▼道程:本村~寝待
①西の湯・ヘリポート経由:8.15km(GS経由+250m)
フェリー乗場~(250m)~公民館分岐・学校経由~(650m・GS経由は900m)~新村分岐~(850m)~西の湯~(1km)~ヘリポート~(1.7km)~民宿くちのえらぶ前~(1.7km)~寝待分岐~(300m)~新寝待道頂上~(1.7km)~寝待温泉
②一周道路経由:7.56km
フェリー乗場~(930m)~前田分岐~(530m)~西の湯分岐~(2.4km)~民宿くちのえらぶ前~以下①に同じ

↑ 戻る

4、西部地図(新村・番屋ヶ峰・岩屋泊・野崎灯台周辺)


西部地図(新村・番屋ヶ峰・岩屋泊・野崎灯台周辺)

▼道程:本村~西部地区
①岩屋泊コース
フェリー乗場~(250m)~公民館分岐・学校経由~(650m・GS経由は900m)~新村分岐~(1.4km)~岩屋泊分岐~(1.4km)~番屋ヶ峰分岐~(2.8km)~(2.8km)~岩屋泊。 
②番屋ヶ峰山頂コース
フェリー乗場~(①に同じ)~番屋ヶ峰分岐~(440m)~電波塔~(150m)~番屋ヶ峰山頂。
③新村コース
フェリー乗場~(①に同じ)~岩屋泊分岐~(1.2km)~新村。 →番屋ヶ峰分岐まで2.8km。

↑ 戻る

5、北東部地図(寝待~湯向周辺)


北東部地図(寝待~湯向周辺)

▼道程:寝待~湯向
①新寝待道経由:9.16km(遠回り道+650m)
寝待~(2km)~寝待分岐~(3.6km)~旧寝待分岐~(2.72km)~湯向分岐~(590m・遠回り道1.02km)~町営牧場分岐~(250m)~湯向 →町営牧場経由メガ崎灯台(4km)。
②旧寝待道経由:4.16km(遠回り道+650m)
寝待~(400m)~旧駐車場~(1.2km)~旧寝待分岐~以下①に同じ
▼道程:野池登山(寝待~野池コース)
寝待~(1.6km)~旧寝待分岐~(220m)~野池分岐~(1km)~野池登山口~(1.25km・直線距離)~野池~(290m・直線距離)~三角点山。 →新岳へ640m(直線距離)。 →古岳へ1.420km(直線距離)。

↑ 戻る

6、東部地図(町営牧場・メガ崎灯台周辺)


東部地図(町営牧場・メガ崎灯台周辺)

7、中央部地図(古岳・新岳・野池周辺)


中央部地図(古岳・新岳・野池周辺)

8、南部地図(南部海岸部周辺)


南部地図(南部海岸部周辺)
以上地図検索サイト;マピオン(http://www.mapion.co.jp/)を加工
▼道程:古岳登山
①寝待~古岳コース
寝待~(1.6km)~旧寝待分岐~(2.72km)~湯向分岐~(4km)~七釜・古岳登山道口~(1.2km・直線距離)~古岳火口。 →新岳へ780m(直線距離) →野池へ1.420km(直線距離)。
②本村~古岳・コース
本村~(930m)~前田分岐~(250m)~前田~(700m)~向江浜分岐~(1.45km)~砂防ダム~(5.8km)~七釜・古岳登山道口~(1.2km)~古岳。 →新岳・野池方面へ

▼新岳登山(砂防ダムコース)
1周道路前田分岐~(250m)~前田~(700m)~向江浜分岐~(1.45km)~砂防ダム~(5.8km)~(1.4km)~新岳火口。 →古岳へ780m(直線距離)。 →野池へ640m(直線距離)。

↑ 戻る

9、本村集落略図



本村集落略図

①民宿・富田、②民宿・わたなべ、③鎌田商店、④野元旅館、⑤Aコープ(農協)、⑥羽生商店、⑦なおみ旅館、⑧民宿・信子

↑ 戻る

10、寝待集落略図


寝待集落略図

①カズミ(男性)さん宅、②空・本村在住者小屋、③前原さん宅、④矢野宅、⑤空・本村在住者小屋、⑥森杉宅、⑦空・大阪在住聾唖者小屋、⑧空・本村在住者小屋、⑨空・新村牧場小屋、⑩空・鹿児島在住者小屋、⑪空・元町長小屋、⑫空・田代のジッチャンの小屋

※公民館管理の湯治小屋は4室有。海側が1、2号室。通路側は3,5号室。使用料金に差があり1号室¥500、2号室450¥、3・5号室¥400で入浴料が¥200プラスされる。なお、1号室は平成18年5~6月に¥1,000(入浴料込み)に値上げされた。
※島内での携帯電話の使用可能機種は、ドコモのみ一部地区で使用可。寝待温泉では1号室海沿いで電波受信が出来る。寝待住民は湯治小屋通路側にある公衆電話を使用している。
※集落入口に在るトイレは、鉄筋コンクリート製の立派すぎる建物だが、3年前の台風被害でトイレに亀裂が入っており、女子用は水洗が詰まり使用不可。なお、トイレ入口には更衣室が在り、避難用に使用可。
※立神岩手前に温泉が湧いており、一部観光案内では海中温泉との記載があるが、温度が低く入浴には適していない。また、トイレから青い水(バイオトイレ用の液体と思われる)が流れ出しており安全確認の必要有。

↑ 戻る

11、寝待湯治小屋略図



寝待湯治小屋略図

↑ 戻る



概要



 屋久島の西方12kmの洋上に浮かぶ、周囲約49km(長径:西~東12km、最大幅5km)のひょうたん型をした新旧二つの火山群が結合した小型の火山島で、東部は、新火山群で現在まで活動を続けている(火山性地震が毎日200前後観測されている)新岳・古岳の円錐状火山と、その周辺には多数の噴気孔や割れ目火口、火口跡の野池などがある。西部は、約20万年前に活動していた古期火山群の頂上・番屋ヶ峰に巨大な電波塔が建設されており、海岸部には、切り立った海食崖や海食洞窟、洞穴など変化に富んだ景観を呈している。

 島全体が竹で覆われており、その竹を主食とする鹿と牛の住む島と云ってもいい位多くの鹿と牛を見かける。その反面、昭和25年頃、2400人であった人口は、高度経済成長以降、人口の流出が続き、1966(昭和41)年に火山の大爆発(記録に残る火山活動参照)があって、さらに激減し、平成18年時点で160余人である。

 島の南側の本村集落の前面には広大な湾入が広がり、琉球諸島から上下する船は必ずこの港に停泊した天然の良港があり、現在、町営船・フェリー太陽(499t)が屋久島・宮之浦港との間を1時間40分で結んでいるが、少し高い波(3m以上の波と云われているが見た目で判断しているので可成り大雑把)があれば欠航するので、巷では「欠航丸」と揶揄され、天然の良港の持ち腐れなのではないかと思う。

 そのフェリー発着場の本村集落だけに、3軒の商店と2台の自動販売機があるが、食料品関連以外のものは一切無く(少量の生活用品あり)、生鮮食料品等の入手も困難で、本は勿論、新聞、雑誌の類は置いておらず、戦前の日本にタイムススリップしたかのごとく錯覚を抱かせる貴重な体験ができ、その上、島内には3か所(平成18年現在)の良質な温泉があるので、情報社会からの静養・骨休めには、最高・最良の環境下にある島と断言できるものの、隣の屋久島の人達も行きたいのは山々なれど、行ったが最後いつ帰れるかの予定が立たないので躊躇しているとも云われているのが現状である。(漁船をチャーター(¥50,000)すれば問題は解決するが、割高であり、海上タクシーの運行を望む声がある)。

 なお、島内の道路は、コンクリート舗装がなされており、緊急時には、ヘリコプターが枕崎,鹿屋より約30分で到着する。

↑ 戻る



フェリー太陽時刻表



フェリー太陽(時刻表・運賃)
口永良部 宮之浦 島間(種子島)


09:00発 10:05着
11:50着 10:45発
14:40着 13:00発
15:20発 17:00着


09:50着 08:10発
10:30発 12:10着
13:00発 14:05着
15:50着 14:45発

宮之浦~口永良部島 ¥2,050 自転車¥320
宮之浦~島間 ¥1,400 ¥自転車320

注意:フェリー太陽は、別名・欠航丸と云われるほど不安定な運航を行っているので、島に渡る際は余裕を持った旅の計画を立てる事。

↑ 戻る



年間行事



1月7日:鬼火焚き

お正月のお飾りやお札、お守り等を本村の浜で燃やす。

7月:金峯神社の大祭

男は「棒踊り」、女は「日の本踊り」を奉納する。
「棒踊り」は、九州地方に伝わる豊作を願った踊りで、大地を棒で叩き、6尺棒を持つ男形と3尺棒を持つ女形で打ち合いをする。
「日の本踊り」は、日舞のように扇子を振り、唄いながらしなやかに踊る。

8月:夏祭り

金岳小中学校校庭で、たこ焼き、焼き鳥、カキ氷等の屋台と、カラオケ大会、クイズ大会、抽選会、花火の打ち上げがあり、生ビールも飲める祭り。

9月:金岳小中学校運動会

学校の運動会と云うより、口永良部島民の運動会で、参加賞の生活用品を目当てに、幅広い層の人々が校庭を走り回る。

9月:十五夜祭

旧暦の8月15日の夜、月が上がってから、島民が持ち寄った萱(かや)で作った綱で、綱引きをした後、その縄で土俵を作り相撲を取る。

10月:町民体育祭(in屋久島)

屋久島で行われる運動会で、当日、フェリー太陽は臨時運行となり開会式に間に合うように朝6時過ぎ出航する。会場は宮之浦の陸上競技場で成績は毎年最下位だが、飲み会を兼ねた祭りである。

11月:防災訓練

新岳の爆発を想定した訓練が毎年行われる。消防団による島民の避難誘導及び海上保安庁による巡視艇への緊急輸送訓練を島民参加で行う。

↑ 戻る



宿泊施設



集落名 屋号 電話番号 室数 人数 料金
本村 わたなべ 49-2113 6 10 6,000
本村 旅館 49-2288 6 12 6,000
本村 がじゅまる 49-2168 4 10 6,000
本村 冨田 49-2234 4 10 6,000
本村 山波見 49-2988 2 6 6,000
前田 夕景 49-2133 3 7 素泊3,500
田代 くちのえらぶ 49-2213 5 20 6,000
湯向 恵文(えみ) 49-2277 6 15 6,000
湯向 あぐり 49-2033 4 9 6,000
新村 農家民宿 49-2225 2 6,000
寝待 湯治小屋 49-2255 4 素泊¥700~1,000
※市外局番0997 宿泊料金(1人1泊2食付)
注意:寝待湯治小屋の電話番号は公民館。なお、湯治小屋内には、アマメ(船虫)・足長クモをはじめとする多くの虫がいることに留意する事。

↑ 戻る



歴史年表



鎌倉時代初期1185年頃~ 島津氏(薩摩藩主)、薩摩・大隅・日向3ヶ国の守護(しゅご:軍事指揮官)に任ぜられて以来、薩摩藩の領有下に入る
1566(永禄9)年 禰寝重長(ねじめしげなが:大隅半島の古くからの有力国衆)一時期占領される
1587(天正15)年 島津氏(薩摩藩主)、豊臣秀吉の九州征伐によって豊臣氏に服属、薩摩・大隅・日向の一部に跨がる所領の支配下に入る
17世紀以降 薩摩藩の直轄領になる。屋久島奉行所の管轄地になり、鹿児島から在番人が派遣される
嘉慶9(1804)年 琉球の帰唐船が漂着
1858(安政5)年頃 白糖製造所、英国人が居住した西洋館白建設
万延2(1861)年 琉球の帰唐船が漂着
文久3(1863)年 琉球の帰唐船が漂着
明治時代 永吉島津家12代当主・島津久陽(注1)、初代代官を務める。明治5年に同島に移住
大正8年9月 口之永良部島全図作成(注2)。(作成者は川上久良:島津藩士)
昭和28年8月 埼玉大学による口永良部遺跡発掘調査着手
昭和35年 サトウキビ加工工場閉鎖
昭和36年5月 恵命堂・乾燥工場を建築、
昭和39年12月 恵命堂社長・柴昌範氏、金岳神社鳥居を奉納
昭和40年6月 町営診療所開設
昭和45年3月 保健福祉館完成
同年11月 簡易水道施設完成
昭和47年12月 町営船・太陽丸(52t)口永良部~宮之浦間に就航
昭和51年11月 台風17号により災害救助法適用。永迫文庫寄贈される
昭和56年10月 火力発電所完成
昭和60年 ウコン加工工場閉鎖
昭和63年3月 湯向温泉場完成
平成3年6月 体育館(金岳小中学校・僻地集会室)完成
平成4年4月 へき地出張診療所完成遠隔問診支援システムを導入
平成6年6月 金岳中学校新校舎完成
平成7年10月 一周林道開通
同年11月 口永良部線開通
平成9年6月 町営船フェリー太陽(408t)就航
同年9月 新亜種クチエラブノコギリクワガタ確認
平成10年5月 定住促進住宅(1号棟)共用開始
平成12年3月 寝待線開通
平成14年5月 へき地出張診療所に医師常駐開始
平成15年10月 診療所に川崎研一医師(注3)が赴任
平成18年3月 診療所の川崎研一医師退職

注1:島津久陽(永吉島津家12代当主) 
1853(嘉永6)年、今和泉家10代当主・島津忠剛の二男久敬と養子縁組。久敬の妹は、徳川13代将軍・家定の正室・篤姫

注2:口之永良部島全図内容(大正8年9月作成)

①地名(時計とは反対まわり)
本村、新村、キダカメ岬、岩屋泊、赤岬、般若嶽又番屋岳、追岬、西ノ湯温泉、古城趾、田代、寝待温泉、通詞ケ岳、湯向温泉、七釜、新岳、噴火口、古岳、向江浜
古城趾については、「古城趾中二城主日高成次郎ノ墳墓アリ」という注記あり。

②人口(凡全戸数:245戸 全人口:男女計1454人)
集落名 戸数
本村 125 325 345
向江浜 71 200 207
新村 19 62 57
岩屋泊 12 75 67
湯向 12 45 39
田代 6 15 14
西湯 1 2 1

③本村略図
西から岩崎、上村、下村、鎌倉、横井手、町浜の各地名が記され、屋敷地、道路以外に、3本の河川、4つの橋、4か所の水田(鎌倉の南と横井手)、区役所、金岳神社、金岳小学校が記載され、また、本村の西側にあたる岩崎には14の屋敷地が書き込まれている。そのうちの7つに「洋館ノ在りシ所」と注記されている。

注3:川崎研一医師
昭和47年に東邦大学医学部を卒業。昭和58から、アラビア石油の嘱託医を経てサウジアラビア王国カフジ病院に赴任し、平成15年6月まで勤務していた。(途中3年間横浜で診療所を開業)

↑ 戻る



記録に残る火山活動



1841(天保12)年5月23日 噴火:新岳。
1841(天保12)年8月1日 噴火:村落焼亡、死者多数。
1914(大正3)年1月 鳴動、火口底陥没、硫黄流出。
1931(昭和6)年 噴火
 3 月から鳴動。4月2日に爆発(新岳の西側山腹)。土砂崩壊、負傷者2名、馬、山林田畑被害。5月15日にも爆発、降灰。硫黄流出、土地隆起。
1932(昭和7)年7月23日 噴煙増加、鳴動。
1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年1月 噴火
 12月24日から翌1月11日にかけて数回噴火。七釜集落全焼、死者8名、負傷者26名、家屋全焼15棟、牛馬や山林耕地に大被害。
1945(昭和20)年11月3日 噴火:新岳火口東外壁で割れ目爆発、噴石、降灰。
1966(昭和41)年11月22日 噴火:新岳火口で爆発、黒煙、噴石、負傷者3名、牛死亡1頭。
1968(昭和43)年12月~1969(昭和44)年3月 噴火:噴石、降灰。
1972(昭和47)年9月2日 噴火:新岳火口から黒色噴煙。
1973(昭和48)年11月5~19日 噴火: 新岳火口、噴石、噴煙、降灰。
1974(昭和49)年6月3日 噴火: 新岳火口、噴煙。
1976(昭和51)年4月2日 噴火
 新岳山頂火口で爆発。山麓で爆発音が聞える。降灰が北西約2kmの向江浜、前田で約1cm積もる。
1980(昭和55)年9月28日 噴火
 水蒸気爆発。多数の爆裂火口が新岳の東側斜面に南北800mのほぼ直線上の割れ目に沿って生じた(昭和20年の割れ目と同じ場所)。
1982(昭和57)年10月 噴気:新岳火口北東に噴気孔4ヶ所生成。
1996(平成8)年1~3月 地震増加。
1999(平成11)年7月~2000(平成12)年2月 火山性地震の多い状態継続。
2003(平成15)年1~2月 地震増加。火山性微動が2月から観測されるようになる。
2004(平成16)年2月 地震増加。微動は引き続き時々発生。
※気象庁・気象統計情報より転載。

↑ 戻る



アルバム



1、遠景


口永良部島全島 野池・古岳・新岳の遠景 番屋ヶ峰遠景 矢印:田代電波塔、○印:後境
全島※ 左から野池・古岳・新岳 矢印・番屋ヶ峰 矢印:田代電波塔、○印:後境
全島※(海上保安庁海域火山データベース口永良部島を加工)
※①本村港、②西浜、③西の湯、④ヘリポート、⑤後境、⑥寝待、⑦湯向、⑧メガ崎灯台、⑨町営牧場、⑩野池、⑪新岳、⑫古岳、⑬向江浜、⑭新村、⑮番屋ヶ峰、⑯岩屋泊、⑰野崎灯台

メガ崎灯台遠景 野崎灯台遠景 本村港 本村港2
矢印・メガ崎灯台 矢印・野崎灯台 本村港:中央右フェリー発着場 本村港:手前学校

↑ 戻る

2、フェリー乗場


屋久島・宮之浦港 宮之浦港切符売場 口永良部島・本村港1 口永良部島・本村港2
屋久島・宮之浦港 宮之浦港切符売場 口永良部島・本村港1 口永良部島・本村港2

↑ 戻る

3、公共施設


役場出張所兼切符売場兼宅配集配所 郵便局 診療所 ヘリポート
役場出張所等 郵便局 診療所 ヘリポート

校庭(中央)・体育館(中央左)と本村港 金岳小・中学校正門 金岳小学校 金岳中学校
金岳小・中学校遠景 金岳小・中学校正門 金岳小学校 金岳中学校

↑ 戻る

4、集落


寝待道から見る立神 寝待:駐車場からの集落入口 寝待:集落内道路 寝待:湯治小屋と給水塔
寝待道から見る立神と湯治小屋、温泉 寝待:駐車場からの集落入口 寝待:集落内道路 寝待:湯治小屋と給水塔

寝待:給水塔と元町長の小屋 寝待:左・待避壕と湯治小屋 寝待:湯治小屋と立神 寝待:公衆トイレ
寝待:給水塔と元町長の小屋 寝待:左・待避壕と湯治小屋 寝待:湯治小屋と立神 寝待:左・更衣室、右・トイレ

寝待:待避壕 寝待:公衆電話BX 本村:郵便局前 本村:給水塔
寝待:待避壕 寝待:公衆電話BX 本村:郵便局前 本村:給水塔

本村:Aコープ 本村:羽生商店 本村:鎌田商店 本村:学校前道路
本村:Aコープ 本村:羽生商店 本村:鎌田商店 本村:学校前道路

本村:牛セリ場 本村:美浦船着場 本村:右・西の浜海岸 西の浜
本村:牛セリ場 本村:美浦船着場 本村:右・西の浜海岸 西の浜

本村:金峰神社 本村:金峰神社鳥居 本村:ヘリポート横待避壕 前田:集落道路
本村:金峰神社 本村:金峰神社鳥居 本村:ヘリポート横待避壕 前田:集落道路

向江浜 向江浜赤灯台 湯向:集落道路 湯向:湯向港
向江浜 向江浜赤灯台 湯向:集落道路 湯向:湯向港

↑ 戻る

5、温泉


寝待:防波堤工事前 寝待:防波堤工事後、矢印は崖越え場所 寝待:湯船 寝待:立神前海中温泉
寝待:防波堤工事前 寝待:防波堤工事後 寝待:湯船 寝待:立神前海中温泉

昔の寝待温泉 昔の寝待温泉2 寝待:昔の湯船 湯向:玄関出入口
昔の寝待温泉1 昔の寝待温泉2 寝待:昔の湯船 湯向:玄関出入口

湯向:左・男湯、右・女湯  湯向:湯船 西の湯 西の湯・湯船
湯向:左・男湯、右・女湯 湯向:湯船 西の湯 西の湯・湯船

↑ 戻る

6、立神


寝待道から見る立神 駐車場から見る立神 温泉側から見る立神 立神と夕日
寝待道から見る立神 駐車場から見る立神 温泉側から見る立神 立神と夕日

↑ 戻る

7、登山


古岳登山口・七釜 古岳火口 古岳火口・噴煙 古岳火口と本村港
古岳登山口・七釜 古岳火口 古岳火口・噴煙 古岳火口と本村港

砂防ダム・新岳登山口 新岳火口1 新岳火口2 新岳割れ目
砂防ダム・新岳登山口 新岳火口1 新岳火口2 新岳割れ目


野池火口跡1 野池火口跡2 新岳から見る三角点山(奥) 三角点山一等三角点
野池火口跡1 野池火口跡2 新岳から見る三角点山
三角点山一等三角点

↑ 戻る

8、生き物


カラスバト エラブオオコウモリ オオヤドカリ サソリモドキ
カラスバト※1 エラブオオコウモリ※2 オオヤドカリ※3 サソリモドキ※4

クチエラブノコギリクワガタ ケナガネズミ  ガジャブ  アマメ(船虫)
ノコギリクワガタ※5 ケナガネズミ※6 ガジャブ※7 アマメ(船虫)※8

足長クモ メジロ ジョウビタキ  ヒヨドリ
足長クモ※9 メジロ※10 ジョウビタキ※11 ヒヨドリ※12

※1:カラスバト(国指定天然記念物)
全長約40cm。全身は黒色だが、頭部や後頚部・頚部から胸にかけて紫や緑色がかる金属光沢があり、繁殖期にウッウー、ウッウーと太い声で鳴くためウシバトの別名がある。
※2:エラブオオコウモリ(国指定天然記念物)
全体は黒いが首の回りに、幅広の白または黄色の首輪がある。口永良部島とトカラ列島に分布。金岳小中学校の校庭に在るヤシの木が観察(21~22時頃)ポイント。観察できなかった場合は、学校内に剥製がある。
※3:オオヤドカリ(国指定天然記念物)
1970(昭和45)年に、本州にはほとんど生息していない為天然記念物に指定された。その後、1972(昭和47)年に沖縄県が日本に返還された時点で、南西諸島のオカヤドカリも天然記念物の指定を受けることになったが、個体数が多く、ありふれた生物と云う事情から一部地域の指定業者に限り量を限定することで捕獲が認められるようになる。ペットとして人気がある。
※4:サソリモドキ
名前の通り、サソリに似た特徴はあるが、外見は「ハサミと紐状の尾を持ったクモ」といった感じで、全長は、尾まで入れると約80mm。全身は黒っぽく、夜行性で昼間は石や倒木の下で見つかり、動作は遅いため捕まえても挟まれたりすることはまずないが、危険を察知すると分泌物を肛門腺から吹きかけるので、注意が必要。
※5:クチノエラブノコギリクワガタ
本州や九州に分布しているノコギリクワガタの亜種で、光沢があるが、大顎は細長く、体も細身である。中型から小型の個体数が多く、大型個体は70mm程度になるが少ない。一周道路の向江浜を過ぎ七釜方面のシイの原生林で採集出来る。
※6:ケナガネズミ
日本に生息する野ネズミの中でもっとも大きく、体長20~30cmで、胴体より長い25~35cmの太いしっぽをもっている。性質は穏和で警戒心が少なく、近づいても逃げようとしない。寝待湯治小屋5号室前の道路で目撃。
※7:ガジャブ
小さな・小さな(1mm程度)吸血虫のブヨ、刺されたのが分からないが後で非常に強い痒みが発生する。島では温泉地に生息する。
※8:アマメ(フナムシ)
海岸の掃除屋とも呼ばれる動物で、動きが素早く、人影を見ると瞬時に岩の隙間に隠れ、いなくなってしまうこのアマメ(フナムシ)は、釣り餌以外に、引潮で沖に向かい、満ち潮で陸に向かう習性があるので、潮の満ち引きの目安になるので重宝する。しかし、寝待湯治小屋には、アマメが部屋の中に侵入、寝ていると顔を這い廻り、時として噛むこともあるので、厄介者でもある。
※9:足長クモ
小さな黒い頭(2~3mm)から長い足が出てヒョイヒョイといった感じで動く体長3cm位の蜘蛛。湯治小屋内を歩き回り、就寝中に顔や体を這いまわる。
※10:メジロ
全長12cm前後で、スズメよりも小さめ。緑がかった背と暗褐色の羽を持ち、目の周りの白い輪が特徴。チーチュル、チーチュルルル(さえずり)。チー、チー(地鳴き)と鳴く。
メジロは良い声で囀(さえず)る為、江戸時代からメジロを鳴き合わせる(競争)道楽の対象となり現在に至っているが、現在は都道府県知事の許可を得た場合を除き、メジロの捕獲および飼育は禁止されている。
※11:ジョウビタキ
全長約14cm(スズメ大)で、頭が白く、胸から腹はオレンジ色。ヒッ、ヒッ、カッ、カッ、カッと鳴き、身体を上下に良く動かす習性がある。
※12:ヒヨドリ
全長約27cmで、全身がグレーでくちばしや尾が長く、飛ぶときは数回羽ばたくと翼をたたんで滑空するパターンを繰り返して飛ぶ、ピーヨ、ピーヨ、ピーヒョロロと鳴く。
その昔、一ノ谷の戦い(神戸市兵庫区)で、源義経が鹿しか通らないような崖を下って、油断していた平家の軍勢に攻めかかった場所をひよどり越えと云うのは、そこがヒヨドリの渡りの場所になっていたからである。

↑ 戻る

9、食材Ⅰ・野草等


ボウフウ・新芽 ボウフウ2 たけのこ1 たけのこ2
ボウフウ・新芽※1 ボウフウ2 たけのこ※2 たけのこ2

ツワブキ・新芽 ツワブキ2 チョウセンアサガオ しゃしゃんぼ
ツワブキ・新芽※3 ツワブキ2 チョウセンアサガオ※4 しゃしゃんぼ※5

※1:ボウフウ (ボタンボウフウ)別名・長命草(ちょーみーぐさ)
強い香りと苦みのある野草で、海岸沿いの潮風のあたる所に自生している。新芽のてんぷらは最高に美味。
ビタミンA、C、Eやカロチンなどは、ホウレンソウと比べても多く、体内の活性酸素を消して身体の酸化を防ぐほか、高血圧や動脈硬化、リウマチ、神経痛、鎮咳などにも効果があるといわれており、南西諸島の与那国島では、「1株食べると1日長生きする」と云われ「長命草」の名で親しまれてきた。古くから滋養強壮食材として、また、殺菌・抗菌作用を持つことから刺身のつまとして利用されていたが、与那国町商工会が長命草を商標登録し、「長命草青汁」、「長命草茶」等を販売、町も「町興しの特産物」として位置付け、道路際に大きな宣伝看板が立てて、販売に力を入れている。
なお、与那国商工会が保有する商標「長命草」の使用権は、日本ランチェスター工業(株)(兵庫県三田市)が有し、同社が加工技術等を提供している。
※2:たけのこ(大名竹)
時期(5~6月)になると、道路沿いや竹林内に出てきた竹の子を、採掘と云った手間を掛けずに折るだけで採ることができ、また、灰汁(あく)が無いため、竹の子独特の面倒な灰汁抜きの必要もない。島では、茹でて冷凍にしたり、塩漬けにして、一年中食べられる様にしている。牛や鹿の餌にもなっている。
※3:ツワブキ
3月~4月頃、道端に生い茂った光沢のある緑色のツワブキの中に、薄茶色の産毛で覆われた若いツワブキの新芽が出てくる。この新芽の茎の皮をむき、水につけてあく抜きをしてから、茹でて炒め物や煮物に使ったり、冷凍にして保存食にしている。皮をむくときに素手ですると、あくで指先が黒くなるのが難点。
※4:チョウセンアサガオ
繁殖力が強く一部で野生化しており、四メートル以上に成長する。花や種、葉、根にアルカロイドを含み、鎮痛剤に用いられている。江戸時代の医師、華岡青洲が乳がん手術に麻酔剤として使ったことで知られ、日本麻酔学会は花を学会のマークにしている。
※5:しゃしゃんぼ
山に自生するブルーベリーの原種。

↑ 戻る

10、食材Ⅱ・魚貝類


ヨダレカケ へきんこ シツ(イスズミ) 亀の手1
ヨダレカケ※1 へきんこ※2 シツ(イスズミ)※3 亀の手※4

亀の手2 ナガラメ(トコブシ) アナゴ ニシンゴ
亀の手2 ナガラメ(トコブシ)※5 アナゴ※6 ニシンゴ※7

グズマ エラブウミヘビ エラブウミヘビ・燻製 エラブー(イラブー)汁
グズマ※8 エラブウミヘビ※9 エラブウミヘビ・燻製 エラブー(イラブー)汁

※1:ヨダレカケ
魚なのに岩の透き間で産卵し、雄が卵を守るという極めて珍しい生態をもつ魚で、岩に張り付く吸盤が口の下にあり、それが赤ちゃんの涎掛けに似ているので、このように命名された。ヨダレカケは波打ち際で藻を食べて暮らしており、潮の干満に合わせて、飛び跳ねて移動する特異な生態を有する。個人的感想であるが、海中での暮らしを捨て、陸上で暮らすという、ヨダレカケの生態を聞くと、人間の進化の歴史を垣間見る感がした。
※2:へきんこ(オヤビッチャ)
背側が黄色く5本の黒色横帯を持つことが大きな特徴。唐揚げや煮付けにして食する。
※3:シツ
口永良部島特有の呼び名でイスズミのことで、島では皮付きの刺身が好まれているが、初めての人は火を通すことをお勧めする。
※4:亀の手
フジツボの仲間で、大きさは3~4cm。岩礁の割れ目に群生する。
見た目の形状が亀の手に似ている事から、この名がつけられた。イタリアだと「象の足」と呼ぶ。ダシが美味しいので汁物・味噌汁の具にする事が多い。外国では高級食材と聞く。
※5:ナガラメ(トコブシ)
大型になる種をアワビ、小型の種をトコブシと呼び、殻に開いた孔の数が4~5がアワビ、6~9がトコブシ(日本産)で区別できる。
※6:アナゴ(アワビのような貝)
※7:ニシンゴ(渦巻き貝)
※8:グズマ:磯に多数いるが、美味いが下処理が面倒。
※9:エラブウミヘビ・エラブー(イラブー)
ウミヘビには昼行性と夜行性の種があり、夜行性のものには沖縄でエラブー(イラブーとも云う)と呼ばれるコブラ科の蛇。強い神経毒はコブラの10~20倍と云われるが、顎は他のヘビの様に大きく開けることが出来ないので、指を無理やり口の中に入れない限り咬まれることは無い。
そもそも、エラブー(イラブー)は、不老長寿・回生回春の万病薬として、琉球王朝時代より宮廷料理に用いられ、秦の始皇帝が不老不死の薬としてエラブウミヘビを求めたという説があるぐらい珍重されていた。
現在、エラブー(イラブー)の捕獲地として、最も名高いのが、神の島とも呼ばれる久高島(沖縄県)で、丸ごと一匹を燻製にし、棒状と輪になったものを製造しており、沖縄の国際通りや牧志公設市場等で1~2万円で売られている。また、高級料亭などで、エラブー(イラブー)汁が提供されている。
エラブー(イラブー)汁の作り方(1匹=10人分)
①エラブー(イラブー)に付いたススをタワシで洗い流す。
②大きめの鍋に水とエラブー(イラブー)を入れ、中火で煮て、柔らかくする。
③1時間ぐらいで鍋から出し、長さ5~6cmに切る。
④切り身を昆布で包みタコ糸で結び、鍋に入れ弱火でアクを取りながら3時間煮る。途中、水分が減ったら、水を足すこと。
⑤火を止め、一晩寝かす。
⑥テビチ(豚足煮)・結んだ昆布と一緒に3時間煮込み、最後に醤油・塩で味付けする。

↑ 戻る

11、道


放置車両の残骸 道1 道2 道3
放置車両の残骸※ 道1 道2 道3

道4 道5 道6 道7
道4 道5 道6 道7
※至る所に放置車両の残骸が見られる。道端の空き缶のポイ捨て等も本土並み。悲しい。

↑ 戻る

12、磯(岩場)


磯1 磯2 磯3 磯4
磯1 磯2 磯3 磯4


▲ページの先頭


 トップ・和坊放浪記 

   
リンクを含め全て自由
和坊流 宇宙