後編:part3
平成18(2006)年:備忘録
項目
■海楽園キャンプ場
▼8月後半:25日目~40日目
25日目:8月16日(水) 晴のち曇 (天気予報)
26日目:8月17日(木) 雨のち曇 (避難小屋・泊)
27日目:8月18日(金) 曇一時雨 (テント場整備)
28日目:8月19日(土) 晴・雨繰返し(別れ)
29日目:8月20日(日) 晴一時雨 (久しぶりのポタリング・自転車散歩)
30日目:8月21日(月) 晴一時雨 (黒木さん受傷帰島)
31日目:8月22日(火) 晴 (城ケ平・城跡散策)
32日目:8月23日(水) 晴 (禁酒)
33日目:8月24日(木) 晴 (ウミガメ遭遇)
34日目:8月25日(金) 晴 (2日連続ウミガメ遭遇)
35日目:8月26日(土) 晴 (禁酒)
36日目:8月27日(日) 晴一時雨 (禁酒)
37日目:8月28日(月) 雨のち晴 (黒木さん肝臓がん?)
38日目:8月29日(火) 晴 (フェリーはいびすかす)
39日目:8月30日(水) 晴 (男女10名姦しい)
40日目:8月31日(木) 雨 (昼の宴会)
▼9月前半:41日目~49日目
41日目:9月1日(金) 晴 (宴会)
42日目:9月2日(土) 雨のち晴れ (日本横断中サイクリスト)
43日目:9月3日(日) 雨一時晴 (自転車整備・出発準備)
44日目:9月4日(月) 晴一時小雨 (メッシュテント)
45日目:9月5日(火) 曇一時雨 (種子島行き延期)
46日目:9月6日(水) 晴 (フェリー太陽ドック入り)
47日目:9月7日(木) 曇のち晴 (黒木さん帰阪)
48日目:9月8日(金) 雨のち晴 (オアシスクラブ閉店)
49日目:9月9日(土) 晴一時雨 (さようなら・屋久島)
※本文赤字は写真あり
■写真
炊事棟兼避難小屋、ドラッグストアー・イレブン、ホームセンター・サムズ、ふれあいパーク屋久島、牛床詣所1・2、羽神の滝入口、羽神の滝遠望、城ケ平・城跡入口、久本寺、文化村センター1・2、キャンプサイトの海、フェリーはいびすかす、スーパー・ヤクデン、フェリー太陽乗船窓口、フェリー太陽
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25日目:8月16日(水) 晴のち曇 (天気予報)
台風10・11号が接近中のニュースが流れたので、フェリーの運行状態と天気予報を確認する為、散歩がてら、屋久島大社から宮之浦港まで行く。
港で、キャンプサイト入口の熊毛レンタカーの娘さんが、予約客の案内看板を持って立っていたので声をかけようとしたが、お客さんがフェリーから下りてきたので、断念する。
屋久島の天気予報は、種(種子島)・屋久(屋久島)地方のラジオ放送で情報を得ているが、宮之浦港には、文化村センター(屋久島環境文化村センター)と観光センターのパソコンで情報収集が可能である。
特に、文化村センターではプリントアウトサービスがあるので、台風情報の収集は当所で行っている。
毎日の天気予報は、晴れの予報でも、屋久島の何処かで雨が降ったり、その逆であったり、また、部分的ピンポイントの通り雨が頻繁にある。特に山岳部では、必ず雨に見舞われる。と、あてにならないので、空と相談して行動することにしている。
今日は台風情報なので、文化村センターに寄ってから帰る。
26日目:8月17日(木) 雨のち曇 (避難小屋・泊)
早朝から雨が断続的に降っている。台風情報によれば、屋久島直撃との事なので、雨が止んだ合間を利用して、テント内の荷物を炊事棟兼避難小屋に入れ避難の準備をしている時、浜松ナンバーの軽自動車に乗った男性が、避難する空き家があるので案内するとやってきた。
キャンプサイトに若者が一人いるので、その人も連れて、空き家に行くが、交通の便も悪かったので、行為だけを受け、丁寧にお断りする。
今日は、キャンプサイトの炊事棟兼避難小屋に泊まる。
27日目:8月18日(金) 曇一時雨 (テント場整備)
台風は、いつの間にか何処かに行ってしまった。屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港までの散歩から帰って、晴れ間を利用してテント場下の整備をする。風が強かったので、アンダーシートに水がたまっていたので、テントを移動して乾かす。
昼過ぎ、テントサイトを管理する、民宿・海楽園に宿泊していた北海道の青年が、1日キャンパーに仲間入り。
28日目:8月19日(土) 晴・雨繰返し (別れ)
今朝、炊事棟兼避難小屋に行くと、青年2人が寝ていた。起こすのは可哀想なので朝食抜きで、屋久島大社から益救(やく)神社を経て宮之浦港まで散歩。
フェリー乗り場で休憩中、8時過ぎに小屋(炊事棟)で寝ていた青年2人がやって来た。一人は、フェリー・はいびすかすで鹿児島に。もう一人は、フェリー・太陽で島間(種子島)に渡るとのこと。別れを告げて、キャンプサイトに帰ると、北海道の青年が、フェリー・屋久島2で鹿児島に渡る準備をしていた。見送りは出来ないので現場でお別れをする。
29日目:8月20日(日) 晴一時雨 (久しぶりのポタリング・自転車散歩)
朝の屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港の散歩から帰り、昼食後、久しぶりに自転車に乗って、屋久島空港近くのドラッグストアー・イレブンの中の100円ショップとホームセンター・サムズまで行く。
帰途、ふれあいパーク屋久島で休憩中、突然の降雨。雨の止むのを待って出発したが、楠川から先は雨の降った形跡は無かった。
夕食後、父親の初盆で帰郷していた、キャンプサイトのレストラン・オアシスクラブの調理人・黒木さんより、明日屋久島に行くとの電話があった。
30日目:8月21日(月) 晴一時雨 (黒木さん受傷帰島)
朝、最近日課になっている、屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港の散歩から帰り、早めの昼食を摂って、羽神の滝に行く。
牛床詣所の道の突き当たりの駐車場スペースには、工事中と発破注意の看板が立っている。その看板の横(羽神の滝入口)から、山道に入りしばらく進むと、ドカーン・ドカーンと音がする。工事現場は羽神の滝の上部と思うが、人影を見て工事中断に至る可能性もあるので、途中から引き返す。
キャンプ地に帰り、これまた日課になっているシュノーケリングをしようと思ったが、風が強く波も高いので断念する。今日は断念の日?
夕方、レストラン・オアシスクラブの調理人・黒木さんが帰ってきた。足に怪我をしており、血が出ている。鹿児島で車をガードレールに衝突する自損事故を起こし車両が大破した。その時受傷したらしい。
キャンプサイト前の徳州会病院の受診を勧めたが、行く気が無い様子なので、消毒をして包帯で処置をする。その間も、アルコール中毒気味の黒木さんはビールを飲んでいた。
31日目:8月22日(火) 晴 (城ケ平・城跡散策)
キャンプサイトのバス停・旭町の次(宮之浦方面に)に営団と云うバス停がある。営団は町名ではなく、地元の人の話では、昔、一湊から宗教的理由から集団移住した人達が居住する区域らしい(未確認)。
今日は、その営団集落のお寺・慈光寺(真宗・木辺派)に寄ってから、琴岳外周道路のなかよし保育園前から、陸上競技場を経て、宮之浦川左岸から、城ケ平・城跡~屋久島電工裏手~久本寺の散策をして帰る。
キャンプサイトに帰ると、レストラン・オアシスクラブの調理人・黒木さんが、店が定休日なので青少年旅行村(塚崎の浜)に潜り(シュノーケリング)に行こうと誘いに来たが、昨日(自損事故受傷)の今日なので断る。黒木さんは相変わらずビールを飲み、傷跡から血がにじみ出ていた。
32日目:8月23日(水) 晴 (禁酒)
屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港の散歩から一旦キャンプサイトに帰り、再度自転車で宮之浦港の文化村センターに行く。文化村センターは天気予報(主に台風情報)以外に、図書コーナーを利用している。
このコーナーには屋久島関連の本と魚介類や植物、天体(星)の百科事典や図鑑が揃っており、その時々に関連する情報を得ている。今日は、魚の情報を得る。
昼過ぎにキャンプサイトに帰り、インスタントラーメンで昼食を摂ってから、キャンプサイトの海でシュノーケリング(素潜り)。魚類図鑑で確認した魚を頭に描きながら確認する。
夕方、東洋系の男女がテントを張るが特に話はせず。お腹の調子が悪いので禁酒をして、5時に就寝する。
33日目:8月24日(木) 晴 (ウミガメ遭遇) 禁酒
屋久島大社~宮之浦川左岸~山口神社~宮之浦川・屋久島電工取水口を散策し、昨日同様、文化村センターで魚類図鑑を見てから帰る。
昼から、キャンプサイトの海でシュノーケリング。海面にクラゲの小さな様なものが無数に漂い不気味な感じで海中には小魚しかいなかったものも、1m位のウミガメに遭遇した。ウミガメとの遭遇は、口永良部島・美浦海岸以来の体験。
夕方、キャンプサイトを管理する、民宿・海楽園の女の子が、一湊のダイビング(ボンベを使用する潜水)で大きな夜光貝3個をゲットし、調理するとの事なので、実を取り出す方法を見学する。しかし、実を取り出せないので貝を割ってしまった。残念。
34日目:8月25日(金) 晴 (2日連続ウミガメ遭遇)
一昨日来た東洋系の男女は、タイからの留学生で、今日のフェリーはいびすかすで屋久島を立ち、名古屋に帰るので見送りをする。
一旦キャンプサイトに帰ってから、自転車に乗って、文化村センターに行き、魚類図鑑で魚の再確認をし、昼からキャンプサイトの海でシュノーケリングをし、2日連続でウミガメに遭遇する。
海から上がると、テントが一張り。持主は、北海道からきた青年で、4泊5日で入山していたらしい。
35日目:8月26日(土) 晴 (禁酒)
屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港の散歩。午前中、北海道の青年が旅立った後に、男性3人組がやって来てテントを張る。
午後から、キャンプサイトの海でシュノーケリング。
36日目:8月27日(日) 晴一時雨 (禁酒)
屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港の散歩から帰ると、昨日やって来た3人組がいたので、情報交換。
海は風もなく穏やかな状態だが、海中では小魚が数匹泳いでいる程度であった。
37日目:8月28日(月) 雨のち晴 (黒木さん肝臓がん?)
午前2時から3時にかけて雷雨。テントが飛ばされるのではないかと思うほどの強い風が吹き、メッシュの出入り口から雨が入ってくるのでフライシートを閉めて寝た。
朝は日課になっている屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港まで散歩。文化村センターの開館時間まで屋久島港で休憩してから、9時に入館し、魚類図鑑の閲覧。気が付くと昼前になっていたので急いで帰り、昼食後、シュノーケリング。
海から上がると、小屋(炊事棟)にキャンプサイトのレストラン・オアシスクラブの調理人・黒木さんが居た。黒木さんは、鹿児島で自損事故受傷の傷が悪化、3日前から徳州会病院で通院治療をしており、治療を終えた帰りに小屋に立ち寄る。今日も訪ねて来て、医者に止められているビールを飲みながら、肝臓ガンと宣告されたと訳のわからぬ戯言を云っていた。
腹の調子が悪く2日間禁酒していたが、夕食時、350mℓのビール1本を飲む。
38日目:8月29日(火) 晴 (フェリー・はいびすかす)
屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港まで散歩。フェリー・はいびすかすが入港してきた。
鹿児島から屋久島に渡る方法は、飛行機、高速艇の他にフェリーがある。自分が屋久島に渡った昨年7月時点では、フェリーは、「屋久島2」しか無かったが、その年の11月に「はいびすかす」が就航した。
「はいびすかす」は、鹿児島南港から約10km南の谷山港を18時に出港、種子島に21時40分に到着し、同所で一泊停泊し、翌5時10分屋久島に向け出港し、7時に宮之浦港に入港する。
都合13時間の船旅(航行時間は5時間30分)で、鹿児島からの直行便・「屋久島2」の約4時間に比べ所要時間が長いが、運賃が2700円と割安(屋久島2¥5,000)で、時間的余裕のある学生や外人を中心に人気が出てきている様子。
そのフェリー・はいびすかすから、夏休みも終わりに近いと云うのに、若者達が多人数降りてきた。
しばらく、様子を見てから、海岸沿いの岩場を通り帰る。キャンプサイトには新たに3張りのテントが設営されていた。
昼から、波が高いがシュノーケリングをする。腹の調子も良くなってきたので、夕食時ビールを飲む(350mℓ2本)。
夕食時に、26日の土曜日にキャンプサイトにやって来た男性3人組が戻ってきて、小屋(炊事棟)で寝ると云うので、早めにテントに入る。
情報:フェリーはいびすかす
鹿児島(18:00発)→西之表(21:40着、翌朝5:10発)→宮之浦(7:00着)
宮之浦(8:20発)→西之表(10:10着、11:00発)→鹿児島(14:40着)
運賃は鹿児島~西之表・宮之浦とも2700円。西之表~宮之浦は1500円。
注:平成20年12月より、鹿児島~西之表(種子島)のみの運航に変更されている |
39日目:8月30日(水) 晴 (男女10名姦しい)
何時もの様に、4時に目覚める。小屋(炊事棟)には、男性3人組が寝ているので、テント内でストレッチをし、ハンモックで読書をしていると、レストラン・オアシスクラブの調理人・黒木さんが来て、3人組の男性は、店(レストラン・オアシスクラブ)で寝ているとの事だったので、小屋(炊事棟)にて朝食を摂ってから、屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港まで散歩。
一旦帰って昼ご飯を食べて、再度宮之浦港まで行き、文化村センターで図鑑の閲覧をする。夕方男女10名の大学生グループがやって来た。
40日目:8月31日(木) 雨 (昼宴会)
昨日やって来た男女10名のグループは、一晩中奇声を張り上げゲームや一気飲みに高じていたが、明け方には静かになったので、何時もの様に、小屋(炊事棟)で朝食を摂ってから、屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港までの散歩をする。
散歩から帰り、小屋(炊事棟)で休憩していると学生連中が起きてきて、食事の用意をしだしたので、再度宮之浦に行き、スーパー・ヤクデンで、時計の電池等を購入。
帰途、車が止まり、声を掛けられた。声の主は、海楽園キャンプ場入口角にある、熊毛レンタカーの娘さん。キャンプ場まで送るとのこと。
この娘さんは、海楽園キャンプ場の管理をしていた大隅さんが炬燵の中で死んでいるのを発見した人。車の中で、その時の状態を聞きながら、キャンプサイトまで送ってもらう。
昼過ぎ、栗生の塚崎の浜に魚捕りに出掛けていた男性3人組が帰って来て、獲物の魚を煮たり、焼いたして、差し入れがあったので、それを肴に、昼間から焼酎・三岳で宴会をする。※本文中に宴会や飲み会と云った単語が出てくるが、羽目をはずして騒ぐ訳ではないので念のため。
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41日目:9月1日(金) 晴 (宴会)
早朝まで降っていた雨は、起床時には止んでおり、屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港まで散歩。昼過ぎ、レストラン・オアシスクラブのオーナー・志水さんが、小屋(炊事棟)にやって来てビールの差し入れがあり、昼から宴会。
42日目:9月2日(土) 雨のち晴れ (日本横断中サイクリスト)
朝からの強い雨が、7時前に小雨に変わったので、日課の屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港のコースで散歩に行くが、宮之浦港手前で雲行きが怪しくなってきたのでキャンプサイトに引き上げテント内で読書。
昼から、自転車で日本横断中の少年がやって来た。屋久島の道路状況等を伝え、久しぶりに夜遅くまで少年と語らった。夜遅くと云っても7時過ぎにはテントに入る。
43日目:9月3日(日) 雨一時晴 (自転車整備・出発準備)
深夜から明け方にかけて強い雨が降った。キャンプサイトには、テントが一張り増えている。何時もの様に屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港まで散歩。
昼から自転車の整備をする。今回の屋久島訪問は、海楽園キャンプ場の管理人・大隅さんに会ってから、種子島に渡る予定だったが、肝心の大隅さんが亡くなり会うことが出来ず、特にこれと云った目的も無く屋久島滞在が長期になっていた。
そんな中、今月10日にH-2Aロケットが種子島から打ち上げられる。ロケット発射見学は口永良部島滞在時からの願いでもあった事から、この機に屋久島から脱出をする準備の為の自転車整備である。
夕方、外人のカップルがやって来た。
44日目:9月4日(月) 晴一時小雨 (メッシュテント)
朝起きると、昨日の外人カップルが見かけないメッシュテントで寝ていた。
自分の持参したテントは、ダンロップ製の山岳用テント。軽くて風に強いテントだが、夏場は風通しが悪く暑くてたまらないので、石垣島のホームセンターで、両側に出入り口があるテントを購入し使用している。
このテントは、通常の使用では快適だが、重くてかさばるので、持ち運びには不便。それに比べ、外人カップルのテントは2人用でコンパクトなのに前室も広い。良いテントだなと羨ましく思いながら、日課の散歩に宮之浦港まで行く。
キャンプサイトに帰ってから、外人カップルの使用していたテントの製品名を聞かなければと思い散歩から帰ったが、外人カップルは出立し、居なかった。
45日目:9月5日(火) 曇一時雨 (種子島行き延期)
朝からテントを撤収し出発の準備は完了したが、天気予報は雨。雨の中の移動は極力避けたいのと、ロケット発射まで間があるので本日の出発は延期する。
日課の散歩から帰り、キャンプサイトを管理する民宿・海楽園で種子島行きを延期する旨を告げ、2日間の使用料1000円を支払う。
昼前、3日前に宮之浦縦走に入った、日本一周中の少年が帰って来て、13時20分宮之浦発のフェリー・屋久島2に乗船するとの事。見送りをする。
夕方、種子島地方に大雨警報が発令された。出発を延期して正解だった。
46日目:9月6日(水) 晴 (フェリー太陽ドック入り)
昨日は、種子島地方に大雨警報が発令され出発延期をして正解と思った矢先、種子島・島間便のフェリー太陽が、本日から3日間のドッグ入りで運休になった。9日まで足止め。
日課の散歩から帰って、水曜日だけ開店する楠川の露店に行き、キャンプサイトで昼食を終えた時、ここ2日間顔を見せなかったオアシスクラブの調理人・黒木さんが、夕方5時から、店の閉店に伴いお別れ会をするので招待すると云って訪ねてきた。
オアシスクラブの人達とは懇意にしているが、一度として利用したことが無いので、断ったが、是非との誘いだったので、5時から30分程お邪魔して、生ビール2杯御馳走になる。
47日目:9月7日(木) 曇のち晴 (黒木さん帰阪)
昨夜遅く、キャンプサイトに車のライトを点け騒々しかった。朝起きると、車の脇にテントが張られていた。
屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港までの散歩から帰ると、車で来た人達が起きていた。以前レンタカーでやって来た男女2人組みで、小屋(避難小屋)で話をしていると、オアシスクラブの調理人・黒木さんが、今から大阪(住之江区北島)に帰ると、ビールと缶詰類を持ってお別れに来た。見送られると悲しくなるので来ないでほしいとの事だったので、キャンプサイトの海の大岩に上り、船に手を振り見送る。
48日目:9月8日(金) 雨のち晴 (オアシスクラブ閉店)
夜中から明け方近くまで降っていた雨が止んだので、屋久島大社~益救(やく)神社~宮之浦港まで散歩。8時20分のフェリー・はいびすかすの出港を見送ってからキャンプサイトに帰る。
オアシスクラブ入口前には閉店の看板が架かっていた。自分も今日が屋久島最後の夜になる。
明日の天気予報は雨。しかし、明日種子島に渡らなければ、H-2Aロケット発射見学に間に合わないので、雨天決行を覚悟する。
ただし、雨の中でのテント撤収は嫌なので、日のあるうちに撤収作業を完了。
キャンプサイトに誰もおらず、オアシスクラブも閉店し、人の出入りは無いので、夜は、小屋(炊事棟兼避難小屋)で寝る。
49日目:9月9日(土) 晴一時雨 (さようなら・屋久島)
今日の天気予報・種子島地方雨。だが、屋久島は快晴。長い間お世話になった、キャンプサイトに般若心経を唱えてから宮之浦港に向かう。
宮之浦港に8時に到着。フェリー太陽の乗船窓口で、種子島・島間までの運賃1720円(自転車運賃320円を含む)を支払い乗船手続。
フェリー太陽は定刻の9時に宮之浦港を出港、10時05分種子島・島間港に到着予定。
さようなら屋久島!!
続く:種子島編
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炊事棟兼避難小屋

ドラッグストアー・イレブン

ホームセンター・サムズ

ふれあいパーク屋久島1

ふれあいパーク屋久島2

牛床詣所・鳥居

牛床詣所・祠

羽神の滝入口

羽神の滝遠望:中央の白い筋が滝

城ケ平・城跡入口

久本寺

文化村センター

文化村センター2

キャンプサイトの海

山口神社

宮之浦川・屋久島電工取水口

フェリーはいびすかす

スーパー・ヤクデン

フェリー太陽乗船窓口

フェリー太陽
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