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屋久島ガイド


平成18(2006)年現在


項目

屋久島
 概要
 降雨
 環境
 観光
 問題点
屋久島歴史年表
地図
 位置地図
 六分割地図
収録項目
 登山
 屋久杉
 小屋・岩屋
 滝・渓谷
 温泉
 海水浴場・ウミガメ
 キャンプ場・休憩所
 神社・仏閣
 その他

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屋久島


【概要】
 今から1400~1500万年前、ユーラシアプレートの花崗岩が上昇して出来た屋久島は、周囲約132kmの円形に近い島で、中央部には日本百名山の一つで九州最高峰の宮之浦岳(1,936m)をはじめ、1600mを超える山が11峰、1000mを超える山が40峰以上もあり、洋上アルプスとも呼ばれ、島の面積の約21%が、1993(平成5)年、姫路城・法隆寺・白神山地とともに日本初のユネスコ世界自然遺産に登録されている。

【降雨】
屋久島は、黒潮の温暖な海からの湿った風が山にぶつかり上昇気流になるため雨が多く、「ひと月に35日雨が降る」と表現されるほど大量の降雨をもたらす。年間降水量は平地で約4000mm、山地で約8000mmにも達し、1mm以上の降水日数は平地で年間170日もあり、2日に1度は雨が降っていることになる。なお、全国の主要都市の年間降水量は北海道1060mm、東京1466mm、大阪1306、福岡1632mm、沖縄2457mm。(1971~2000年の気象庁データによる)

【環境】
 また、亜熱帯地域に位置する島でありながら、2000m近い山々があるため亜熱帯から亜寒帯に及ぶ多様な植物相が確認されており、島の中心部には、日本最南端の高層湿原である花之江河(はなのえごう)、小花之江河が存在するほか、山頂付近の平均気温は約5℃(札幌市よりも低い)であるため積雪が観測されており、日本国内において積雪が観測される最南端となっている。

【観光】
 何といっても屋久島観光の目玉は、縄文杉登山や、2005(平成17)年に、ラムサール条約登録湿地となった、世界有数のアカウミガメの産卵地である島北西部の永田浜(前浜・いなか浜)於けるウミガメ産卵見学があげられる。

【問題点】
 屋久島には、年間33万人余(平成18年度)の観光客が訪れるが、その内、11万余(2008年度10万9000人)が入山者で、休日には1日1000人前後にも達する事もあり、特に人気の縄文杉登山道は混雑し、縄文杉を見に来ているのか、人を見に来ているのか分からない状態が続いている。
 各登山道の避難小屋のトイレも悪臭が漂い、女性を中心に評判を落としている。評判が悪いのはこれだけではない。
 屋久島では、山や渓流を案内するガイドが200人以上いる。登山者の要望により入山者一人に付1万5千円前後のガイド料を取る。ガイド料金の高さもさることながら、“今日からガイド”と云えば誰でもガイドになれるシステムに不安を抱く観光客も多い。
 また、最近では、3~5千円前後の料金で夜間ウミガメ産卵ツアーを実施している。これも、ツアー料金を取れば、必ずウミガメの産卵を見せなければならない事になりかねず、心ある人達は眉をしかめている。
 屋久島は、これらの場所以外に、縄文杉に引けを取らない屋久杉を観察できる場所や滝、温泉、海水浴、熱帯魚が見られるシュノーケリング(素潜り)等々心をいやされる美しくて素晴らしい場所が豊富な島である。
 屋久島には、この財産を守る為の方策を早急に講じる必要性がある。

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屋久島歴史年表


14~1500万年前 海底の隆起によって海面に岩塊の一部が現れ、屋久島の原形がつくられた。
約7000年前 屋久島に人が住むようになる。島内数箇所に分布する縄文・弥生遺跡から推測される。
607(推古15)年 中国の歴史書『隋書』に、「夷邪久(いやく)国」の記述で屋久島の名が文献に登場する。
616(推古24)年 日本書紀に掖久(やく)人30名が帰化したとあり、以降、日本の歴史に「掖玖」・「夜句」・「邪久」として登場する。
753年(天平勝宝5)年 唐の高僧で律宗の開祖・鑑真和上(がんじん わじょう)一行の遣唐使船が薩摩坊津(現在の鹿児島県南さつま市)に到着前に、屋久島南部の原・尾之間に上陸する。
1185年(元暦2)年 平家滅亡後、平家落人(おちうど)が屋久島に移り住む。
1488(長享2)年 京都本能寺の日増上人が来島。妙法法華経を唱えることで、山の鳴動を収めた史実から、屋久島の全集落に法華経の寺院が建立され、布教のために京都本能寺、尼ケ崎本興寺から多くの僧侶が来島し全島が法華宗となる。
1543(天文12)年 種子島に鉄砲が伝来。同年3月、大隈の禰寝(ねじめ)氏と種子島氏との間の屋久島の戦で初めて鉄砲が使用され、禰寝氏が勝利、屋久島を領有する。
1586(天正17)年 豊臣秀吉による京都方広寺の大仏殿の建立用材献上の命によって屋久杉が建材に採用される。豊臣秀吉が屋久杉の存在を知ったのは、布教の為屋久島を訪れた僧侶達からと云われる。
1595(文禄4)年 太閤検地により屋久島・種子島・口永良部島は、島津氏が領主となる。公儀(幕府)や島津氏が材木を必要とする以外の伐採を禁ずる「屋久島置目」が出され、屋久島奉行所が置かれる。
1640(寛永17)年頃 屋久島安房の出身、泊如竹(とまり じょちく)は、島津家第19代当主光久に屋久杉の活用について進言、以後屋久杉の一般的活用が始まる。
1708(宝永5)年 イタリア人宣教師ショバンニ・シドッチが侍の姿に変装して屋久島・小島の浜に潜入上陸する。薩摩藩はこれを機に、外国船や密輸船の監視の為、宮之浦、一湊、安房に番所(番屋)を設置する。なお、同人は、翌年江戸に護送され、切支丹屋敷へ幽閉され、1714(正徳4)年獄死したが、その時語った世界情勢を、シドッチの尋問を担当した新井白石が「西洋紀聞」を著し、日本が外国に目を開くことに繋がった。
1869(明治2)年 屋久島奉行が廃止され、明治5年、各村の庄屋も副戸長と改称される。
1879(明治12)年 地租改正の結果、屋久島山林の殆どが、国有地となった。以後その帰属をめぐり国と島民との長い争いが生じる。
1891(明治24)年 国は、栗生、尾之間、安房、宮之浦、一湊、永田に山林監視所が設け、伐採行為の取り締まりを強化する。
1904(明治37)年 村が国を相手に国有山林下戻請求の行政訴訟を提起し、16年余に亘る訴訟も1920(大正9)年、国の勝訴に終わるが、以後も民有隣接国有林の処分等の陳情、嘆願が継続する。
1921(大正10)年 国は、地域特別法「屋久島国有林経営の大綱」(屋久島憲法)を定め、国有林を地元住民の利益となるべき取り扱いをする。
1923(大正12)年 国は、「屋久島国有林施業計画」を決定することで、本格的な国有林経営が開始される。これに先立ち、大正11年に小杉谷に至る森林軌道工事に着手し、小杉谷に屋久杉伐採のための事業所が開設され、同時に沿岸林道工事が着手された。結果、森林軌道(約16km)は、1923(大正12)年末に、沿岸林道は、下屋久線(延長41.8km)が1930(昭和5)年に、上屋久線(延長38.8km)が1932(昭和7)年に完成した。※1970(昭和45)年には事業所が閉鎖された。
1924(大正13)年 屋久島スギ原生林が天然記念物に指定。また、1954(昭和29)年には、特別天然記念物に指定されている。
1964(昭和39)年 霧島国立公園に追加編入され、霧島屋久国立公園の一部となる。
1966(昭和41)年 縄文杉が発見される。
1971(昭和46)年 伐採の中止を求める「屋久島を守る会」が結成され、1980(昭和55)年に入り、屋久杉の伐採が禁止された。※ただし、屋久島では、縄文杉に代表される樹齢1000年以上の杉を「屋久杉」、1000年未満の杉を「小杉」、人工的に植林された杉を「地杉(じすぎ)」と呼称し、屋久杉以外の杉は伐採搬出が続いている。
1971(昭和46)年 「ヤクスギランド」完成。
1975(昭和50)年 自然環境保全法に基づく屋久島原生自然環境保全地域に指定される。
1981(昭和56)年 屋久島杉原生林がユネスコの人間と生物圏計画の生物圏保護区に指定される。
1992(平成4)年 林野庁による屋久島森林生態系保護地域に指定される。
1993(平成5)年 亜熱帯から亜寒帯までの植物が海から山頂にかけて植生の垂直分布が見られ、樹齢1000年以上の杉と共に、豊かで美しい自然が残されている事が評価され、島の中央部の宮之浦岳を含む屋久杉自生林や西部林道付近など、島の面積の約21%がユネスコの世界自然遺産に登録された。※世界遺産への登録は1993年、姫路城・法隆寺・白神山地とともに日本初。
2005(平成17)年 島北西部・永田地区の砂浜である前浜といなか浜が「屋久島永田浜」という名称でラムサール条約登録湿地となる。

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地図


 1:位置地図

屋久島位置地図

 2:六分割地図


北西部(一湊・永田)
屋久島北西部地図
北東部(宮之浦)
屋久島北東部地図

中央西部
(西部林道)
屋久島中央西部地図

中央東部
(安房)
屋久島中央東部地図

南西部
(栗生)
屋久島南西部地図

南東部
(尾之間)
屋久島南東部地図

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収録項目


(下表の見出しをクリックするとページにジャンプします)


▶登山

・楠川歩道・白谷雲水峡
・縄文杉登山(トロッコ道→大株歩道)
・愛子岳歩道
・モッチョム岳歩道
・太忠岳歩道・ヤクスギランド
・屋久島縦走
  蛇之口ハイキングコース
  尾之間歩道
  宮之浦歩道
  大株歩道→トロッコ道
・花之江河歩道
・湯泊歩道
・栗生歩道・安房歩道
・永田歩道・花山歩道
・益救(やく)参道

▶屋久杉

楠川歩道:三本杉、くぐり杉
白谷雲水峡:奉行杉、三本檜杉、
びびんこ杉、三本足杉、二代大杉、
弥生杉、気根杉
益救参道(旧宮之浦歩道):竜神杉、
風神杉、雷神杉、通り杉、太古杉
ヤクスギランド:千年杉、ひげ長老、
蛇紋杉、釈迦杉、天柱杉、母子杉、
三根杉、仏陀杉、双子杉、くぐり杉 
安房歩道:紀元杉、川上杉、
トロッコ道:三代杉、仁王杉
大株歩道:翁杉、ウイルソン株、
夫婦杉、大王杉、縄文杉
花之江河歩道:大和杉
モッチョム歩道:万代杉、
モッチョム太郎、モッチョム花子
・栗生歩道:大洞杉
・花山歩道:大龍杉
・永田歩道:七本杉
・大川林道(瀬切川右岸):八本杉

▶小屋・岩屋

小屋
・白谷小屋
・高塚小屋
・新高塚小屋
・淀川小屋
・石塚小屋
岩屋
・辻の岩屋(楠川歩道)
・投石岩屋(宮之浦歩道)
・平石岩屋(宮之浦歩道)
・データロー岩屋(湯泊歩道)
・ワレノ岩屋(湯泊歩道)
・姥ヶ岩屋(永田歩道)
・化粧岩屋
・下の岩屋(林吉岩屋)
・上の岩屋

▶滝・渓谷

・千尋滝
・トローキの滝
・大川の滝
・蛇之口滝
・トンゴ滝
・羽神の滝
・平地川の滝・田代川の南
・布引の滝
・お谷ヶ滝
・湯川の滝(湯泊林道)
・横河渓谷

▶温泉

・平内海中温泉
・湯泊温泉
・尾之間温泉
・楠川温泉
・大浦温泉

▶海水浴場とウミガメ

海水浴(シュノーケリング)
・塚崎の浜
・春田浜海水浴場
・一湊海水浴場
・栗生浜海水浴場
・宮之浦川上流
・海楽園キャンプ場浜
ウミガメ
・概要
・いなか浜・前浜(永田浜)
・大川浜
・栗生浜(栗生浜海水浴場)

▶キャンプ場・休憩所

キャンプ場
・海楽園キャンプ場
・青少年旅行村
・矢筈キャンプ場
・屋久島ユースホステルキャンプ場
・番屋峯キャンプ場 
・永田いなか浜キャンプ場
・キャンプ場ヤクテツ
・ライダーハウス・とまり木
休憩所
・なごりの松原公園
・ふれあいパーク屋久島
・安房大橋南詰展望台東屋
・山河公園
・布引の滝東屋
・横川渓谷入口東屋
・春田浜海水浴場
・仲間海水浴場
・栗生海水浴場
・一湊海水浴場

▶神社・仏閣

宮之浦地区:益救(やく)神社、
山口神社、川向神社、久本寺、
釈迦堂、牛床詣所
楠川地区:屋久島大社、
楠川天満宮
安房地区:如竹神社、若宮神社、
粟穂神社、大山祗神社、盛久神社、
本仏寺(法華宗)、慶照院 (浄土宗)
椨川地区:椨川(たぶかわ)神社
小瀬田地区:小瀬田(こせだ)神社
長峯地区:長峯(ながみね)神社
船行地区:船行(ふなゆき)神社
麦生地区:弓矢八幡神社
原地区:原益救神社、法華宗永昌寺
尾之間地区:保食神社、温泉神社
小島地区:小島神社
平内地区:平内八幡神社
湯泊地区:湯泊神社
中間地区:中間神社
栗生地区:栗生神社、大照寺、本壽寺
永田地区:永田嶽神、田の神神社、
小山神社、新町神社
吉田地区:守山神社
・一湊地区:矢筈嶽神社、願船寺 (真宗大谷派)
白川地区:芙蓉寺(禅宗)
志戸子地区:住吉神社

▶その他

・交通手段
・文化村センター
・上屋久町歴史民俗資料館
・西部林道
・ウミガメ(いなか浜・前浜・大川浜・栗生浜)
・屋久島灯台
・田代海岸・枕状溶岩
・松峯大橋
・白川集落
・城跡(楠川、城ケ平)
・椋鳩十の石碑
・屋久島灯台
・田代海岸・枕状溶岩
・松峯大橋
・白川集落
・城跡(楠川、城ケ平)
・椋鳩十の石碑
・ポンカンの原木
・屋久島おおぞら高等学校
・上陸地
 ショバンニ・シトッチ
 鑑真和上
 西郷隆盛



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