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■ホームレスの経緯
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■団地解体写真 →旅のアルバム団地
男は、兵庫県尼崎市の西武庫団地に長年居住していたが、同団地の建替え事業のため、住宅の明渡を求められていた。
しかし、同団地の家主である都市基盤整備公団(旧住宅公団)と男の間には、公団側の一方的過失による7年間の永きに亘っての水道水の給水停止問題があり、この問題の解決なしに住宅の明渡には応じられない立場から、建替えに反対していた。
団地の住民全員が住宅を明渡、男一人が残った。
男は、公団の担当者に、水道水の給水停止問題は誠意を以って解決する旨の、簡単な文書の提出を条件に明渡を了承したが、公団側はそれを拒否。
平成16年6月29日、都市基盤整備公団は、建物明渡等請求事件として神戸地方裁判所尼崎支部に提訴(平成16年・(ワ)第589号)。提訴日は、何と公団から民間の独立行政法人都市再生機構に変わる2日前であった。
訴訟代理人として、東京の弁護士4名(千代田区九段の日東紡績株式会社弁護室・片岡廣榮弁護士、港区西新橋の遠藤法律事務所・遠藤哲嗣弁護士、港区西新橋の田口綜合法律事務所・出口尚明弁護士、中央区新橋の高下謹壱法律事務所・高下謹壱弁護士)、大阪の弁護士4名(北区西天満の辻中法律事務所・辻中榮世、岡崎宣利弁護士、北区南森町の中坊法律事務所・飯田和宏、松本光右弁護士)、連名の訴状が届いたときには、たった一枚の文書の提出を拒み、その結果の訴訟とは、民間企業では考えられない選択肢に男は唖然とした。
といってほっとく訳にもいかず、かといって弁護士に頼むのも癪に障る。
裁判に向け猛勉強をし、資料を収集。
地球環境問題、将来の人口減による住宅の必要性、国の住宅政策、閣議決定等々から公団そのものの存在が不要とする答弁書(PDFファイル へのリンク)を、同年8月20日に、準備書面(PDFファイル へのリンク)を同10月22日に提出した。
何回かの口頭弁論をへて、同年11月30日判決が言い渡された。
主文
1 被告は、原告に対し建物を明渡せ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
千円強の印紙を貼って、高裁に控訴すれば住み続けることができるが、男は控訴しなかった。
このとき男は58歳。
男は、干支が1回りする60歳まで長生きした場合、その時は、自らの手で自らの命を絶つという死の計画書を頭の中で描いていた。
そんな中、男は、新渡戸稲造の「武士道」を愛読書とし、特に「武士道とは死ぬことと見つけたり」のフレーズと、作家三島由紀夫の切腹による壮絶な死に感化されてか、「切腹以外の死はありえず」の想いで生きてきた。
男は、住宅の明渡を機に、身辺を整理して単車か自転車で旅に出る計画を立て、最初の訪問地の四国巡礼のため、般若心経の勉強をしていたが、当該裁判で出発が延期されていた。
その裁判の判決もあり、自転車に積める以外の持ち物は一切合財廃棄処分して、ホームレスとなった。
そして、公団側との住宅最終明渡日の平成16年12月24日に「旅の終わりは死」との覚悟で旅立った。
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