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和坊放浪記・第3章:和歌山編

平成17(2005)年・備忘録


 項目

高野山参拝
 3月13日:南海フェリー乗り場」・ベンチ泊
 3月14日:サウナ泊(\2600)
 備考:高野山、奥の院、檀上伽藍、金剛峯寺、大門、高野山リンク
熊野古道散策
 熊野古道と熊野九十九王子、熊野古道リンク
 3月15日:「湯浅旅館」・泊(素泊\4000) 
 注:藤代皇子、鈴木屋敷跡
 3月16日:「ビジネスホテル・ホワイト」・泊(素泊\5000)
 注:南方熊楠、闘鶏神社
 3月17日:「国民宿舎・みなべ」・泊(\8445)
 3月18日:「川湯野営場木魂(こだま)の里キャンプ場」・テント泊(1泊\600)
 3月19日:「川湯野営場木魂(こだま)の里キャンプ場」・テント泊(連泊)
 注:熊野本宮大社、大斎原(おおゆのはら)、大鳥居、熊野三山リンク
 3月20日:「民宿・紀の国」・1泊目(素泊\3000)
串本〜那智勝浦温泉ぶらぶら
 3月21日:「ホテル・中ノ島」泊
 3月22日:「民宿・紀の国」・2泊目
 3月23日:「民宿・紀の国」・3泊目
串本ぶらぶら・おまけ
 串本・姫方言
九十九王子一覧(一部写真付き)
写真
 藤代王子、切目王子、芳養王子、出立王子、稲葉根王子、滝尻王子、発心門王子、牛馬童子像、高野山(奥の院・御廟、金剛峯寺、根本大塔、御影堂、大門)、熊野本宮大社1,2,3、大鳥居、、串本海中公園、串本:橋杭岩、弘法の湯、串本大橋、潮岬灯台、本州最南端の碑、潮岬観光タワー、望楼の芝、望楼の芝キャンプ場1、2、、望楼の芝崖下海岸入口、散骨場所1、23






高野山参拝



 3月13日(日) 晴一時雪 



 18時40分和歌山港着。タクシー運転手から近くのサウナとファミリーレストランの情報を聞き、とりあえず、深夜3時まで営業のサウナに行くことにした。

 途中から突然の大雪。四国も雪に悩まされたが、和歌山に入って初日も雪。雪に縁がある。

 南海フェリー乗場から、直線距離で約2キロ先にある、「スーパー銭湯ユーバス」に入浴料780円を支払入る。横になるような休憩室はなく、食堂で時間をつぶし、23時にサウナを出る。雪は止んでいた。

 南海フェリー乗場に戻り、職員に事情を説明し許可を得て、休憩所2回のソファーで寝ることになった。

 和坊歌
  どこに行っても雪雪雪俺は雪男



 3月14日(月) 晴 



 昨夜の南海フェリー乗場2階ベンチ泊は寒かった。午前1時に寝袋を出して寝て、6時に目が覚める。

 近くにある、24時間営業のファミリーレストラン「フレンドリー」にて、朝定食を摂って、8時に出発。

 紀ノ川沿いの国道24号線を走り、「道の駅・万葉の里」で休憩。パラパラ雪が舞ってきたが、前進。

 その先にある笠田(かせだ)交差点から国道480号線に入る。(このコースは、3月6日、四国88ヶ所第68番札所・神恵院の駐車場で和歌山の観光バス運転手から教えてもらったもの)山間部に入るに従い雪が強くなってきた。三嶋温泉を通過して、志賀高野トンネル手前で吹雪になる。高野山山門までは6〜7キロ。

 しかし、トンネルの先の山道は険しくなり、雪も深くなってくると判断して、下山の決断。

 下山して、親切なおばさんから、高野山に行くなら、電車の利用が1番便利と「九度山駅」に行く道を教えてもらう。

 慈尊院前を通って、「南海九度山駅」へ。自転車を駅前の廃屋を利用した自転車置場(\200)に置いて駅に行く。ホームに入って直ぐに、13時発の電車が来て乗車。

 終点の極楽橋から、ケーブルに乗換「高野山駅」下車。駅前から、南海りんかんバスで奥の院に行く。

 雪景色の中、燈籠堂(とうろうどう)、弘法大師御堂の奥にある、御廟(ごびょう)、燈籠堂地下を参拝。

 御廟橋たもとにある納経所で、朱印と御影(お姿)を頂く際、担当の僧侶から、「同じものだから金剛峯寺には行く必要が無い」と云われた。ものの、帰途は徒歩で、参道から一の橋経由で、金剛峯寺へ。金剛峯寺は、靴を脱いで上がり、直ぐに納経所があり、朱印を頂いてから、参拝する。参拝料は500円。

 四国88ヶ所、四国別格20霊場の108ヶ寺に参拝料を徴収する寺はなかった。四国霊場巡礼・遍路の旅で、寺そのものの存在理由の疑義が目覚めつつある中での参拝料。納得できず参拝はせず、朱印を頂いて、金剛峯寺を後にする。

 ※京都の寺を含む、日本の寺の日常活動と社会的存在理由(宗教活動の非課税)等の関連について考察したページ作成予定

 高野山のシンボル根本大塔、弘法大師の御影を祭る御影堂、西の入り口大門を巡ってから、16時24分発の電車に乗って九度山へ。

 事前の計画では、高野山〜竜神〜田辺〜熊野古道の予定であったが、予定変更和歌山市街地へ戻ることにする。

 原則夜間走行は禁止していたが、本日は特殊事情。夜間走行で和歌山市街地へ、国道24号線沿いに適当な宿泊場所はない、途中、粉河町の「ビジネスホテル・粉河」があったので、立ち寄るが満室でダメ。

 和歌山市街地に入って、適当なホテルか旅館を探そうと、岩出市から和歌山市に入り、和歌山城から、国道42号線へ、県庁を過ぎてしばらく走ったところに、24時間営業の健康サウナの看板があったので飛び込む。入浴料\2000、深夜割増\600で、仮眠室にベッドがあって快適だった。

 【備考】

 高野山

 高野山(こうやさん)は、和歌山県にある標高約1,000メートル前後の山々の総称。(819年)頃より弘法大師空海が修行の場として開いた真言密教の聖地であり、金剛峯寺(山号・高野山)を始め、山内の寺院の数はおよそ117ヶ寺。

 四国88ヶ所を巡拝し、結願後に奥の院を参拝するのが一般的とされている。

 地名としての「高野山」とは、8つの峰々(今来峰・宝珠峰・鉢伏山・弁天岳・姑射山・転軸山・楊柳山・摩尼山)に囲まれているその地形は『蓮の花が開いたような』と形容されており、仏教の聖地としては大変よい場所であると同時に、良質な亜鉛の鉱山地帯(弘法大師の錬金術師としての側面が窺える)でもある。なお、”高野山”という名の山は無い。
 →周辺地図

 奥の院 (拝観無料・8時30〜16時30)
 檀上伽藍と並ぶ高野山の二大聖地で、弘法大師の御廟と灯籠堂がある。奥の院の入り口は一の橋と中の橋の2箇所があるが、正式には一の橋から参拝する。一の橋から御廟までは約2kmの参道には、皇室、公家、諸大名や、近世の有名企業や有名人などの墓碑が多数並び、その総数は正確には把握できないものの、20万基以上はあると云われている。

 壇上伽藍
  高野山の中心地。曼荼羅の思想に基づいて根本大塔、金堂等が配置されている。金堂は高野山全体の総本堂で高野山での主な宗教行事が執り行なわれる。

 金剛峯寺(拝観料500円、8時30〜16時30)
 高野山真言宗(国内海外約4000末寺)の総本山で座主の住寺。現在金剛峯寺と呼ばれるのは明治2年(1869年)に2つの寺院が合併したもの。その1つで、青巖寺(剃髪寺)と呼ばれた寺は、豊臣秀吉が建立した。大主殿、別殿、新別殿と分かれており、別殿では観光客に湯茶の施しがある。襖に柳鷺図のある柳の間は豊臣秀次の自刃の間。境内にある「蟠龍庭」 (2,340m2)は日本最大の石庭。

 リンク
高野山巡り
奥の院ブログ

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熊野古道散策



熊野古道と熊野九十九王子


熊 野古道「紀伊路」は、京都から淀川を船で下り、大坂窪津(くぼつ・天満橋)からは陸路で南下し、和歌山〜田辺に。

 田辺は、本宮、新宮、那智に至る山岳路が「中辺路・なかへち」海沿いを那智に向かう「大辺路・おおへち」分れる分岐点で、熊野の入口と云う事から「口熊野」と呼ばれ、道標(道分け石・高さ180cm、幅30cm)が残されている。

 また、中辺路は、平安時代から鎌倉時代に公式参詣道(御幸道)となり、その道筋には、王子(おうじ・熊野権現の分身である御子神)と呼ばれる神祠(しんし・神を祭る祠堂)が祀られている。

 最初の、「窪津王子」(大阪天満橋)から始まり、「熊野九十九王子」と呼ばれる。「九十九・くじゅうく」は、大変多いと云う意味で、確認されている王子は101社ある。※右欄参照
また、「熊野九十九王子」中、特に格式が高いとして崇拝されてきた王子を「五体王子※」と云う。
五体王子
@藤代皇子(海南市)、A切目王子(南部市)、B稲葉根王子(上富田町)、C滝尻王子(中辺路町)、D発心門王子(本宮町)

リンク
熊野古道・中辺路
熊野古道のすべて


 3月15日(火) 曇のち雨 



 サウナを8時に出る。国道42号線に、有名な紀三井寺の看板。門前商店街の突き当たりに楼門があり、参拝しようとすると、楼門前のプレハブ内から声が。楼門を抜けるには50円の参拝料・入門料?を支払わなければならないとの事。50円と云う僅かな金額ではあるが、寺院に入るだけで金銭を取る所には立寄らない主義なので、断念した。

 紀三井寺交差点にある、和歌の浦の道路標識に従って走り、紀州東照宮と片男波海岸に寄ってから、国道42号線に戻り、海南市のJR海南駅から約1キロ南にある、藤代王子(藤白神社 注1)と鈴木屋敷跡(注2)に寄ってから、有田市(ありだし)を通過。湯浅町に入る手前にある、「レストラン・オーク」で昼食。

 禁煙席が無かったので食後直ぐに出たところ、雨が降ってきた。急いで合羽を着て、約1キロ先にある「スーパー・オオクワ」で雨宿り。地元の人に近くの安宿の所在を聞くと、1キロ先の湯浅交差点を右に入ると「釣り宿」が数件あるとの事。

 その中の1軒、「湯浅旅館」に電話が繋がったので予約をし、スーパーで食糧とビールを買ってから、「湯浅旅館」に行き、素泊料金4000円(情報では\3500)を前払いして、チェックインする。

 注

注1:藤代王子(藤白神社)
「熊野九十九王子」のうち、五体王子の1つとして特に重視された神社。
注2:鈴木屋敷跡
全国200万人いるといわれる鈴木姓の元祖とされる藤白の鈴木氏が住んでいた所。
平安末期ごろ、熊野から今の海南市藤白に移り住んだ。このとき藤白神社に、鈴木家の祖先にあたる饒速日命(にぎはやひのみこと)をおまつりした。
この饒速日命の子孫が、神武天皇に、稲をさしあげたところ、「穂積」という姓をもらったと伝えられている。稲穂を積みあげたものは、「すずき」と呼ばれていたので、「鈴木」と、また、ナギの「木」に「鈴」をつけて馬印としたところから付けられたともいわれている。
なを、衣川で源義経と共に討ち死にした、鈴木三郎重宗・亀井六郎重清の兄弟も藤白鈴木で、重宗・重清が幼少のころ、牛若丸(源義経の幼名)が、この屋敷に滞在し山野に遊んだと伝えられている。
※1942年、122代続いた鈴木家は、当主が病死し子供がいなかった為、断絶している。


 3月16日(水) 曇  



 雨は降っていないが、路面は濡れている。7時過ぎに出発。
 湯浅から、由良町、日高町、御坊市から、印南市(いなみし)に入り、国道42号線沿い、JR紀勢本線「切目駅」約1.5キロ手前にこんもりした森の中にある「熊野九十九王子」のうち、五体王子の1つ「切目王子」(切目王子神社)を参詣して、12時に南部(みなべ)に到着。

 南部の外れにある、「国民宿舎・みなべ」の看板の近くで、昼食休憩。「国民宿舎・みなべ」で、宿泊と思ったが、時間が早すぎるので、田辺市に入る。

 JR紀勢本線「紀伊田辺駅」前の観光案内書で、熊野古道の情報を収集。

 電話で、市内のビジネスホテルに予約を入れる。評判の良い、「アルティエ・ホテル紀伊田辺」は満室。「ビジネスホテル・ホワイト」に空室があったので予約。「ビジネスホテル・ホワイト」は1階が車庫になっており、自転車を止められるので、ラッキーと思い、5000円(電話広告では\4500)を支払い、3時にチェックイン。

 部屋は狭くて汚い。昨日の「湯浅旅館」より悪い。でも、自転車は屋根があって満足していると思い納得する。

 自転車のメンテナンスをしてから、近くにある、南方熊楠旧居(注1)、闘鶏神社(注2)、中辺路、大辺路の分岐点を示す道標(注3)を見てぶらぶらしてから、スーパー・オオクワで、食糧品とビールを買い、ホテルに帰る。→周辺地図

 注

注1:南方熊楠(みなかたくまぐす)
別名歩く百科辞典と呼ばれる和歌山が生んだ巨人。49歳から後半年を田辺市で暮らし、田辺で没した。奇人変人とも評され、1929年、昭和天皇が田辺沖合の神島(かしま)訪問時、御前講義を行い、最後に標本を天皇に献上した。当時献上品は桐の箱等に入れるのが常識であったが、熊楠は森永ミルクキャラメルの空箱に入れて献上したことからも窺える。しかし、後年、熊楠が他界した際、昭和天皇は「あのキャラメル箱は忘れられない」と語り、33年ぶりに和歌山を訪れ神島を見て「雨にけふる神島を見て紀伊の国生みし南方熊楠を思う」と詠まれているぐらいの人物である。
注2:闘鶏神社(とうけいじんじゃ)
地元の人から「権現さん」と呼ばれ、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の御参詣に代える事の出来る、三山の別宮的な存在で、一部の人達からは、闘鶏神社に来ることで、熊野三山に参拝したとされていた。なお、闘鶏神社の社殿は、熊野本宮大社が大雨で流失する以前の形をしている。
注3:道標:熊野古道備考参照


 3月17日(木) 雨 



 今日は雨、「ビジネスホテル・ホワイト」に連泊と思ったが、同じ泊まるなら別のところにと、小雨の中9時に出発。

 ここ田辺市は、国道42号線が、途中から分からなくなっている不思議な国道だったので、駅前交番で42号線に行く道順を聞く。会津川沿いの田辺バイパスに入る道を教えられ、迷いに迷って、ガソリンスタンドで聞いて、国道424号線が旧42号線と判り、市内を1周(少し大袈裟)して、結局、紀伊田辺駅から500m程離れた地点にある、総合スーパーやプラザホテルのある建物「オーシティ」に到着、雨宿り。

 雨足が強くなってくる。「ビジネスホテル・ホワイト」以外の、市内のホテルに予約の確認電話をする。目の前にある「プラザホテル」を始め、「パール」「サンシャイン」「ステーション」「ワールド」「パークサイト」の各ホテルは満室。少し離れた「厚生年金・南紀田辺」にも空室が無い。

 昨日、昼食休憩時に目に付いた「国民宿舎・みなべ」に電話を入れると、空室があったので予約をして、雨の中を南部に向かう。

 「国民宿舎・みなべ」に12時30分に到着。自転車のサイドバッグのレインカバーの中に、ポチャン・ポチャンと音がするほど、水が溜まっていた。

 玄関前の屋根のある車止めスペースで、自転車のメンテナンスをしてから、13時過ぎに宿泊手続きをして、日帰り温泉で風呂に入ってから、14時30分チェックインする。

 コインランドリーで洗濯をしてから、持ち込みビールを飲み食堂で夕食をして、生き返る。


 3月18日(金) 晴夜雨 



 今朝は、昨日の大雨は嘘のように晴れ渡っている。「国民宿舎・みなべ」を8時30分出発。
今日は、近くの「王子」詣でをしながら、熊野古道・中辺路に入る予定。

 まず、国道42号線芳養川に架かる松井橋を渡ってすぐの道標に従って右折したところにある「芳養(はや)王子」と「芳養大神社」。42号線明洋交差点から田辺市街地に入る県道210号線を走って、会津橋手前の「出立(でだち)王子」を巡ってから、会津川沿いを北に入る。

 JR紀勢本線、国道42号線を超えて、市街地を一望できる高台にある、高山寺の「南方熊楠」の墓にお参りしてから、「秋津(あきづ)王子」、「須佐神社」、「万呂(まろ)王子」、「三栖(みす)王子」を通り、新岡坂トンネルを抜けて、「八上(やがみ)王子」、「田中神社」を経て国道311号線の稲葉根トンネル手前に出る。

 稲葉根トンネルを抜けてすぐ右手奥にある、五体王子の1つ「稲葉根(いなばね)王子」を詣で、富田川沿いに311号線を進み、市ノ瀬橋から富田川の反対側の道に入り、「一ノ瀬(いちのせ)王子」へ。

 加茂橋から、国道311号線に戻り、「鮎川(やゆかわ)王子」に寄ってから、「道の駅・ふるさとセンター大塔」で休憩し、国道311号線と国道371号線の交差点にある「熊野古道館」とその前にある「滝尻(たきじり)王子」を詣でる。

 「滝尻(たきじり)王子」は、「熊野九十九王子」のうち、「五体王子」の1つであり、また、「熊野聖地の入口」とされる場所である。しかし、これから先は、自転車の通行は不可なので、国道311号線で、本宮へ向かう。

 国道311号線沿いにある、「道の駅・熊野古道なかへち※国土交通省」には昼過ぎに到着した。当初ここで野営する予定をしていたが、早すぎるので先に進むことにする。

 まず、自転車を「道の駅・熊野古道なかへち」に置いて、徒歩15分位のところにある、熊野古道のシンボルと云われている「牛馬(ぎゅうば)童子像」を見てから、国道311号線を走り、日置川手前から、県道217号線に入って、「近露(ちかつゆ)王子」に立ち寄ってから、国道311号線「小広トンネル」を抜けけた所にある「熊瀬川(くませがわ)王子」を巡る。
 
本日の野営地を「渡瀬(わたらせ)温泉キャンプ場」と決め、本宮町に着いて、地元の人に聞いた道を行くと、「渡瀬(わたらせ)温泉キャンプ場」ではなく、川湯キャンプ場・正式名称「川湯野営場木魂(こだま)の里キャンプ場」に到着した。→周辺地図

 近くに「川湯温泉公衆浴場」もあることだし、「川湯野営場木魂(こだま)の里キャンプ場」を野営地に決定するも、受付ゲートや、隣接する作業小屋に人はない。キャンプ場内にも人影はない。

 地元の人に聞くと、夕方に管理人が巡回に来るので勝手にテントを張っても良いとの事だったので、4時30分にテントを張って、夕食をする。管理人が来たのでキャンプ代600円を支払う。その内、オートキャンプの家族ずれやBMWの単車に乗った若者がやってきて、それぞれテントを張りだした。

 夕食を終える頃から雨が降り出した。風呂に行かずに6時に就寝する。


 3月19日(土) 晴 



 昨夜は雨が降ったのかどうか熟睡していて分からないが、今朝起きてみるとテントのフライシートがびしょびしょ。テントを乾かさなければならないが、テントを張った場所は日陰だったので、移動する。

 移動作業を終えてから、熊野三山の1つ熊野本宮大社(注1)に参拝。大斎原(おおゆのはら 注2)の入口にある大鳥居(注3)を見学する。

 見学を済ませてから、キャンプ地に帰る。広いキャンプ場にテントは2張りしかなかったので、炊事棟にテントを移動さしていたが、夕方から続々とキャンプ客が入ってきた為、平地にテントを移動する。

 川湯温泉は大塔川(おおとうがわ)の川底から源泉が湧き出し、川原を掘って温泉を作ることができ、また、1000人が入れると云う仙人風呂で有名であるが、川原をスコップで掘ったが、冷たくて入れなかった。

 旅館の人に聞くと、昨日の雨で川の湯は冷たくなっているらしい。仙人風呂は雨が少ない11月から2月までの期間限定で、なぜなら、雨が降るたびにブルドーザーで川原を掘り起こさねばならずその経費(70万円)がばかにならないからとの事だったので、「川湯温泉公衆浴場」(\200)で入浴する。

 注

注1:熊野本宮大社
古くは「熊野坐(くまのにます)神社」という名で呼ばれていた、熊野三山の中心で、全国に約3300社ある熊野神社の総本社である。鳥居の前には、八咫烏(やたがらす:熊野権現の使いと云われる、三本足の烏で、日本サッカー協会のシンボルマーク)の幟が目を引く。
鳥居をくぐり、158段の石段登ると、正面に神門がある。神門の先には、檜皮葺きの社殿がある。向かって左から第一殿・第二殿の相殿(あいどの)、第三殿、第四殿と3棟並んでいる。一見左の社殿が第一殿・第二殿の相殿のため、第三殿や第四殿より一回り大きく、相殿が本社のように見えるが、中央にある第三殿が本社で、「証誠殿(しょうじょうでん)」といい、主神の家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)を祀っており、平安初期には熊野坐神(くまのにいますかみ・熊野にいらっしゃる神)と呼ばれていた。
伝説によると、熊野坐大神は唐の天台山から飛来したとされている。熊野坐大神(家都美御子大神)は、須佐之男命とされるが、実際は正体がはっきりしない。 太陽の使いとされる八咫烏を神使とすることから太陽神であるという説や、中州に鎮座していたことから水神とする説、または木の神とする説などがある。
第一殿を「西御前(にしのごぜん)」と云い、熊野牟須美神(くまのむすみのかみ)と事解之男神(ことさかのおのかみ)を祀っている。
第二殿を「中御前(なかのごぜん)」といい、御子速玉之神(みこはやたまのかみ)と伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」を祀っている。
熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の熊野三山は家都美御子神・熊野牟須美神・御子速玉之神の3神を共通に祀っているが、それぞれの主神は異なっており、熊野牟須美神は熊野那智大社の主神で、御子速玉之神は熊野速玉大社の主神である。
向かって右の第四殿は「若宮(わかみや)」と云い、天照大神を祀っている。
以上の四社を上四社(かみよんしゃ)と云い、参拝の際は、正面の第三殿から始め、一〜二〜四と進むのが正しい順である。
第五殿から第八殿までを中四社(なかよんしゃ)、第九殿から第十二殿までを下四社(しもよんしゃ)と云うが、中四社と下四社は明治22年の水害で流され存在しない。
注2:大斎原(おおゆのはら)
もともと熊野本宮大社の社地は、大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる熊野川、音無川、岩田川の三つの川が作った中州にありましたが、明治22年に発生した熊野川の大洪水は、大斎原にあった上・中・下各四社のうち、上四社を除くすべての社殿を一瞬のうちに押し流してしまった。そのため、本社3棟(上四社)の社殿を明治24年に現在の社地に遷し、洪水で流出してしまった中四社、下四社は、今も旧社地大斎原の石祠に祭られています。
注3:大鳥居
2000年5月11日、大斎原の入り口に高さ約34m、幅約42mの大きな鳥居が建てられた。日本一の大鳥居だと云われている。


 リンク

熊野本宮大社
熊野速玉大社
熊野那智大社


 3月20日(日) 曇一時雨 



 昨夜は晴で雨など降らなかった筈なのに、フライシートを外すと水滴がぽたぽた落ちるほどの湿気。生渇きの状態でテントを収納してから出発。

 熊野川沿いの、殆ど下り道の国道168号線を一気に新宮まで走る。42号線橋本交差点手前の、ヤマザキストアーで休憩してから、熊野速玉大社を参拝する。

 熊野速玉大社を参拝後、JR新宮駅裏手の徐福公園、大浜海岸近くの浜王子(王子神社)を巡って、国道42号線を南下。3キロ程走ったところのJR紀勢本線「三輪崎駅」近くで雨が降ってきた。

 三輪崎駅先の映画館等を併設する「スーパーセンター・オークワ」で雨宿り。四国で入手困難だったキャンピングガスを購入し、ベンチでインスタントコーヒーを飲んでいるところに、スーパーの警備責任者の私服の男性が声を掛けてきた。

 一瞬何事かと思ったが、警備責任者の男性は、履いているレッドウイングの靴を見て「自分も14歳の時から野営が趣味で、横浜までレッドウイングの靴を買いに行った」ことを思い出し、思わず声を掛けたらしい。この男性と靴談義や、近辺の情報を収集。

 自転車をスーパーに置いて、近くにある「佐野王子」を見学してから、2〜3キロ先の宇久井港にあるフェリー乗場に行く。今日はフェリー乗場待合所でベンチ泊と思ってやってきたが、出入口にはゲートがあり、開門している時間帯は火・木・土の周3回で9時から5時迄。

 雨が降り出してきたので、取り敢えずJR「宇久井駅」に向かうその途中、宇久井漁港前に「民宿3000円」の看板が。飛び込んでチェックインする。名前は「民宿・紀の国」釣宿だった。近くのスーパーで食料とビールを買って部屋で食べる。

 6時に妹から電話。彼岸の入りの3月17日、宿泊地の「国民宿舎・みなべ」に、妹から来週月・火に田舎(和歌山県串本町潮岬)に行くとの連絡があったが、今日再確認の電話。明日3月21日、13時「串本駅」で待ち合わせをする。

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串本〜那智勝浦温泉ぶらぶら



 3月21日(月) 晴 



 昨夜は熟睡6時前に起床。部屋に干したテント類を収納して、アンパンで朝食。
昨日立ち寄ったフェリー乗場(那智勝浦)は、東京からの沖縄便寄港地で、火・木・土は、那智勝浦に寄港して、宮崎経由で沖縄に向かうことが分かったので、次の目的地を九州にすることに決定。

 自転車を「民宿・紀の国」に置かしてもらって、電車で串本に向かう。

 JR「宇久井駅」9時37分発の普通車に乗り、待ち合わせ時間の1時間前に「串本駅」に到着。時間があるので、「望楼の芝」に行くことにする。

 「望楼の芝」は、平成14年に母親が死亡、その遺骨を、子供の頃母が水遊びした串本の海に散骨したのが「望楼の芝」先の海岸(右欄写真参照)

 串本駅前から潮岬行の往復乗車券を買って、バスに乗車。乗客は中年の夫婦者だけだった。バスの中で携帯電話が鳴った。妹から。現在地は「潮岬海中公園」との事。待ち合わせ場所を「望楼の芝」前の「潮岬観光タワー」前に変更する。

 電話が終わると、バスの運転手から「乗客の皆様に迷惑がかかりますので携帯電話の使用は止めて下さい」と放送された。乗客の夫婦者に謝罪する。なぜか涙が出てきた。

 潮岬バス停で下車して間もなく、姉と妹夫婦がやってきた。「望楼の芝」から、崖下に降りたところの母の散骨地にお花を捧げてから、「潮岬観光タワー・展望大食堂」で昼食をする。

 今日は、母の弟宅の墓参りをする為、潮岬の本家には寄らず、「望楼の芝」を後にする。串本駅から橋杭岩や姫区営(姫自治会)の弘法の湯の前を通過して、JR「紀伊姫駅」近くの母の弟宅に寄って、墓参りをしてから、本日の宿泊地南紀勝浦温泉に向かう。

 思ったより早い3時に、那智勝浦に到着。姉妹が予約してくれた「ホテル・中ノ島」は、観光桟橋から連絡ボートで3分の、勝浦湾に浮かぶ中ノ島にあった。

 チェックイン後部屋の冷蔵庫のビールを飲む。中瓶\750高い!高すぎる。ホテルや旅館泊の時は酒類を買ってから入るが今日は全く忘れていた。ホテルは海に浮かぶ離れ島にある。手遅。


 3月22日(火) 雨  



 昨夜は久し振りに夜10時迄起きていた精か、6時まで熟睡した。自転車を置いてある「民宿・紀の国」に車で送ってもらうことになった。

 「ホテル・中ノ島」を出発して、「民宿・紀の国」を通り越して、熊野速玉大社を参拝してからの帰途。一昨日自転車で立ち寄った「スーパーセンター・オークワ」で昼食をしてから、「民宿・紀の国」まで送ってもらう途中から激しく雨が降ってきた。雨の中フェリー乗場に予約に行くが誰もいない。

 「民宿・紀の国」の前で皆と別れて、民宿に入る。

 民宿の女将が話しかけてきた。宿帳の住所「神戸市北区有野台B棟・・・」を見てその偶然にびっくりしたとの事。何事かと聞いてみると、近所の人の子供が、神戸市北区有野台A棟に居住し、その子供さんが有野台近くの藤原台2丁目に家を建てたので、先月九州旅行に行った帰りに、有野台や藤原台に寄ってきたばかり。その同じ住所地から来てくれた偶然に驚いたらしい。

 しばらく神戸の話をしてから部屋に入る。

 フェリーの予約をする為、大阪の予約センターに電話を入れる。応対の女性は、勝浦便は日曜日しかないと云う返答。こちらのフェリー乗り場で火・木・土の運行確認をしているものの看板情報なので真意は不明。結局窓口女性の勘違いであった。一安心して予約する。乗船日時・3月24日6時10分、予約番号701。


 3月23日(水) 曇のち雨 



 昨夜は大雨。8時に就寝して4時起床。何時ものようにストレッチと腹筋・背筋をしてから朝食。今朝は贅沢。パン、ヨーグルト、お菓子、バナナ。昨日姉妹からの差入れ品。

 午前中は、宇久井の町を散策。昼前から雨が降ってきたので、外出はせず部屋で過ごし、九州から沖縄方面の地図を検証する。また、昼・夜の食事は、近所のスーパーが22,23日両日休業なので、昨日の差入れ品で済ます。久しぶりに禁酒もする。明日は早朝6時10分のフェリーで九州宮崎へ

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串本ぶらぶら・おまけ



串本方言

あがら
【意味】わたしたち
【発音】「が」を高めに発音。
【用例】「あがら,コーヒー飲んでこか?」

・・・のうよう
【意味】・・・ね
【発音】いずれの「う」も低めに発音。
【用例】「あんのうよう・・・」(=あのねえ・・・)

・・・こ
【意味】・・・だろ?
【発音】英語の付加疑問形のように発音。
【用例】「ええんちゃうこ?」「ええんとちゃうんこ」(=いいんじゃないの?)

・・・ら
【意味】・・・しようじゃないか
【発音】「ら」は少し低く。
【用例】「つれもていこら」(=いっしょにいこうや)

きばる
【意味】許す
【発音】ほぼ同じ音程で。
【用例】「おいよーまー,きばったってくらんしよー」(=ああ,許してやってちょうだいよ)

・・・くらんし
【意味】・・・ください
【発音】「し」を心持ち下げて発音。
【用例】「また来てくらんしよ」(=また来てくださいね)

・・・がい(または「がえ」)
【意味】・・・ですよ
【発音】念を押すように発言の最後に付加する。
【用例】「天気ええからのうよう,散歩しよんやがい」(=天気がいいので,散歩してるんですよ)

まろうて
【意味】弁償して。古語「償(まど)ひ=償う」からか?
【発音】ほぼ平坦に。
【用例】「これ,まろうてくれる?」(=これを弁償してくれるか)

がいに
【意味】強く
【発音】「い」を少し上げ気味に。
【用例】「もっとがいに持たな」(=もっと強く持たないと)


串本方言・姫方言の単語はサイドバーに有。

※串本方言は串本商業高校商学部
http://www.kushimoto-h.wakayama-c.ed.jp/kusimoto/makino/index.htmlより転載
姫方言は日本風景街道http://www.kumano-yorimichi.com/index.htmlより転載



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九十九王子一覧

1.窪津王子
2.坂口王子
3.郡戸王子
4.上野王子
5.阿倍王子
6.津守王子
(以上、大阪市)
7.堺王子
8.大鳥新王子
(以上、堺市)
9.篠田王子
10. 平松王子
11. 井ノ口王子
(以上、和泉市)
12. 池田王子
(岸和田市)
13. 麻生川王子
14. 近木王子
15. 鞍持王子
(以上、貝塚市)
16. 鶴原王子
17. 佐野王子
18. 樫井王子
(以上、泉佐野市)
19. 厩戸王子
20. 信達一ノ瀬王子
21. 長岡王子
(以上、泉南市)
22. 地蔵堂王子
23. 馬目王子
(以上、阪南市)
24. 中山王子
25. 山口王子
26. 川辺王子
27. 中村王子
28. 吐前(吐崎)王子
29. 川端王子
30. 和佐王子
31. 平緒王子
32. 奈久知王子
(以上、和歌山市)
33. 松坂王子
34. 松代王子
35. 菩提房王子
36. 藤代王子写真下
藤代王子
(以上、海南市)
37. 藤白塔下王子
38. 橘本王子
39. 所坂王子
40. 一壷王子
(以上、下津町)
41. 蕪坂塔下王子
42. 山口王子
43. 糸我王子
(以上、有田町)
44. 逆川王子
45. 久米崎王子
(以上、湯浅町)
46. 津兼(井関)王子
47. 河瀬王子
48. 東の馬留王子
(以上、広川町)
49. 沓掛王子
50. 西の馬留王子
51. 内ノ畑王子
52. 高家王子
53. 小中王子
54. 比井王子
(以上、日高町)
55. 松原王子
(美浜町)
56. 善童子王子
57. 愛徳山王子
58. 九海士王子
59. 岩内王子
60. 塩屋王子
61. 上野王子
(以上、御坊市)
62. 津井(叶)王子
63. 斑鳩(富の川)王子
64. 切目王子・写真下
切目王子
65. 切目中山王子
(以上、印南町)
66. 岩代王子
67. 千里王子
68. 三鍋王子
(以上、南部町)
69. 芳養王子・写真下
芳養王子
70. 出立王子・写真下
出立王子
71. 秋津王子
72. 万呂王子
73. 三栖王子
(以上、田辺市)
74. 八上王子
75. 稲葉根王子写真下
稲葉根王子
76. 一ノ瀬王子
(以上、上富田町)
77. 鮎川王子
(大塔村)
78. 滝尻王子写真下
滝尻王子
79. 不寝王子
80. 大門王子
81. 十丈王子
82. 大坂本王子
83. 近露王子
84. 比曽原王子
85. 継桜王子
86. 中ノ河王子
87. 小広王子
88. 熊瀬川王子
89. 岩神王子
90. 湯川王子
(以上、中辺路町)
91. 猪鼻王子
92. 発心門王子・写真下
発心門王子
93. 水呑王子
94. 伏拝王子
95. 祓戸王子
96. 湯ノ峯王子
(以上、本宮町)
97. 浜王子
98. 佐野王子
(以上、新宮市)
99. 浜の宮王子
100. 市野々王子
101. 多富気王子
(以上、那智勝浦町)
 赤字は五体王子

牛馬(ぎゅうば)童子像
牛馬(ぎゅうば)童子像

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写真

  高野山

奥の院・御廟
  奥の院・御廟

金剛峯寺
  金剛峯寺

根本大塔
  根本大塔

御影堂
  御影堂

大門
  大門


 熊野本宮大社

神門からの証誠殿
  神門からの証誠殿

第三殿・証誠殿
  第三殿・証誠殿

第一・第二殿、第三殿(証誠殿)
奥が第一・第二殿、手前が第三殿(証誠殿)

大鳥居
     大鳥居


 串本・潮岬

串本海中公園
  串本海中公園

橋杭岩
  串本:橋杭岩

弘法の湯
  弘法の湯

串本大橋
  串本大橋

潮岬灯台
  潮岬灯台

本州最南端の碑
  本州最南端の碑

潮岬観光タワー
   潮岬観光タワー

望楼の芝
    望楼の芝

望楼の芝キャンプ場1
 望楼の芝キャンプ場1

望楼の芝キャンプ場2
 望楼の芝キャンプ場2

望楼の芝崖下海岸入口:前方岩場が散骨場所
望楼の芝崖下海岸入口:前方岩場が散骨場所

散骨場所2
  散骨場所2

散骨場所3
  散骨場所3

散骨場所から入口側を見る
散骨場所から入口側を見る


リンク
串本観光案内
日本風景街道・串本

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 串本方言・単語

あいよ→はい
あがやえ→私の家
あがら→私たち
あしゃ→私・自分
あしやえ→私の家
あまめ→ゴキブリ
あらける→かたづける
ある→いる
おどろく→起きた 目が覚める 
いくらゆうたて→そんなに言っても
こそばい(こしょばい)→くすぐったい 
えらい→疲れた・たくさん
おいよ→あらまあ 
いな→ぼらの子 
いかんし→行きなよ 
おぼこい→幼い
おとろしよ→恐ろしいよ
きてくらんしよ→来て下さい 
せった→サンダル・ぞうり 
せわしない→落ち着きがない
こうた→買った
ぐれ→めじな 
こんこ→大根の漬け物 
さし→ものさし
しゅむ→しみる
しんどい→つかれた
そがいに→そんなに
ちぬ→くろだい
どこそ→どこか
とふ→豆腐 
なんば→トウモロコシ 
のう→ねえ
ひやこい→つめたい 
ふぅわるい→格好悪い 
ほぜる→ほじくる 
ほたら→そうしたら
ややこしない→難しい 
ゆう→言う 
よる→分ける

姫方言・単語

あが→自分
あかん→駄目
あまめ→ゴキブリ
おかいさん→粥
オンタ→雄
きばる→勘弁する
○○けえ→○○ですか?
○○け→○○ですね?
○○やげ→○○ですよ
こがいに→こんなに
こんこ→タクアン
じいやん→じいさん
したある→している
じばん→肌着
しやる→している
しょんべ→小便
すこい→ずるい
○○せえ→○○しなさい
せえへん→しません
そがいに→そんなに
そうけ→そうですか
そやのー→そうですね
ちいと→ちょっと
ちゃう→違う
とっと→本当に
どもならん→どうにもならない
なんば→とうもろこし
なんね→何ですか
にいやん→兄さん
ねぶたい→ねむい
のお→ですね
はよー→早く
ふうわるい→格好悪い
ほんで→そして
メンタ→雌
やいと→お灸
ゆんべ→昨夜
ようけ→たくさん
よごみ→よもぎ
やにこい→ものすごく

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