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和坊放浪記・第4章:九州編

平成17(2005)年・備忘録


 項目

九州本土・通り掛り(宮崎〜志布志)
 3月24日:(木) 晴  24時間営業「ファミリーレストラン・ジョイフル」・休憩泊
 3月25日:(金) 晴・強風  フェリー・船中泊
  注:青島神社・青島海岸(系図・神話)、鵜戸神宮、日南海岸散歩、鵜戸(うど)神宮、港の駅めいつ(目井津)
古の日本最南端・ヨロン島で休養中
  1日目:3月26日(土) 晴  「大金久(おおかねく)キャンプ場」・バンガロー・泊
  2日目:3月27日(日) 雨         (連泊)
  3日目:3月28日(月) 雨         (連泊)
  4日目:3月29日(火) 晴のち一時雨  (連泊)
  5日目:3月30日(水) 晴・強風     (連泊)
  6日目:3月31日(木) 曇     (連泊)
  7日目:4月 1日(金) 晴・強風 (連泊)
  【ヨロンの墓
  8日目:4月 2日(土) 雨・強風 (連泊)
  9日目:4月 3日(日) 晴・強風 (連泊)
 10日目:4月 4日(月) 晴・強風  ヨロン島から沖縄本島へ
 【ヨロン島案内
 【ヨロン島地図
青島写真
青島全景、青島神社・鳥居、神門から見る本殿1、神門から見る本殿2、青島神社・本殿、鵜戸神宮、鵜戸神宮・楼門
ヨロン島写真
大金久キャンプ場・バンガロー、キャンプ場・炊事棟、キャンプ場から海への道、キャンプ場・浜辺、一休食堂、百合ケ浜、与論城跡、琴平神社、サザンクロスセンター、作家・森瑶子墓、与論港待合所、ヨロン島の位置
与論島方言






九州本土・通り掛り



3月24日(木) 晴 


 今日は、九州へ出発。6時10分発のフェリー。フェリー乗場は目と鼻の先ではあるが、3時30分起床。パン、バナナ、コーヒーで朝食を摂って、6時「民宿・紀の国」を出る。
 
 那智勝浦〜宮崎間の運賃¥11,370(2等運賃¥8,910、自転車¥2,460)を支払手続き完了。フェリーは30分遅れなので、コンビニへ行って、おにぎりを買ってから乗船する。
 
 那智勝浦からは、乗用車1台、軽自動車1台の乗船。勝浦からの乗船客用の2等船室には男性1名だけだった、少し話をしてから横になる。

 18時30分宮崎港着岸。2時間遅れ。外は暗い。ビジネスホテルを探そうと思ったが、明日25日19時、東京〜沖縄便のフェリーが志布志港(鹿児島県)寄港の情報。取敢えず、夜間走行で、志布志に行くことにする。

 宮崎港から、県庁・市役所方面に走って、瀬頭交差点を左折〜大淀大橋〜JR日豊本線南宮崎駅を経て国道220号線に出て、宮崎自動車道、宮崎南バイパス(宮崎IC)手前に、24時間営業のファミリーレストラン・ジョイフル、コンビニ・ローソンと、スーパー銭湯「がらっぱ湯」の看板が目に入る。

 今夜は、徹夜の走行をと思っていたが、まず、サウナで汗を流すことにする。「がらっぱ湯」の入浴料は¥400、営業時間は深夜12時迄。

 10時30分に「がらっぱ湯」を出る。入浴したら徹夜走行の意欲が喪失。隣の24時間営業の「ファミリーレストラン・ジョイフル」に入って、遅い夕食をする。 →(周辺地図

【余談】
今回の旅は、変更と云うより行き当たりばったりの旅。
旅立ち初日から、淡路島から四国・徳島へ渡る予定がフェリー廃止で、大坂〜和歌山〜徳島に変更。
四国巡礼結願後は、小豆島〜山陽道〜下関〜九州の予定が、和歌山に変更。
和歌山からは伊勢路〜東北〜北海道の予定が、九州に変更して今日に至っている。
今日もさっそく変更。九州宮崎〜鹿児島〜離島の予定が志布志に、徹夜走行も変更になった。和坊放浪記はこんな旅。

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3月25日(金) 晴・強風  


 24時間営業の「ファミリーレストラン・ジョイフル」を早朝5時に出発する。外は暗くて寒い上風が強い。防寒着類はかさばるのと、南の島には不要と判断して、和歌山で姉妹に預けたので無い。

 5キロ程走ったが、雪がパラパラ降ってきた。寒すぎる。総合運動公園前に、先程まで居た、同じ24時間営業の「ファミリーレストラン・ジョイフル」があったので飛び込む。

 ニュースでは、九州北部は大雪との事。

 6時頃から明るくなり日も照りだしたので、6時30分に店を出る。総合運動公園先の鵜来橋を渡ってから、県道に入り海岸沿いを走り、こどもの国の前を通って、青島神社(注1参照)を参詣。

 近くに白浜海水浴場キャンプ場があるが、志布志からのフェリーに乗る予定があるのでパスして、一旦国道220号線に入って、旧道(現県道337号線)へ。

 旧道の堀切峠は、標高60m足らずだが、海を見下ろす展望台からの見る景色は最高。ここから南に下がった道の駅・フェニックスでも一息入れる。

 日南海岸から、モアイ像で有名な「サンメッセ・日南」に寄るが、有料なので入らずに素通りして、鵜戸神宮(注2参照)を参詣してから、国道220号線沿いの「海の駅・めいつ」で昼食休憩。

 目井津の先の本郷町から、県道448号線の分岐点に、野生馬で有名な「都井岬」の看板。本来なら、都井岬経由で、志布志に行きたいところだが、本日は向かい風の強風。その速度は徒歩以下なので、時間的な制約から断念。

 本郷町からの国道220号線は山間部に入る。この山間部が、ゆるい坂の登り下りの繰り返しの上、強風の向かい風。脚はがくがく。初めてバテを感じた。でもフェリーの時間がある。走る!走る!走る!
そのおかげで、3時過ぎに志布志フェリーターミナルに到着。フェリー乗場は閉まっている。何か悪い予感。

 フェリー乗場裏手に回ると「大島海運」の事務所があった。事務所内には男女2人がいた。フェリーは、強風で3時間遅れ。昨夜は強風で、岸壁からトレーラーが海に落下したとの事。取敢えず待合所を開いてもらう。

 行先は沖縄の予定だったが、ヨロン島に寄港する便なので、ヨロン島までの乗船手続き(旅客運賃¥12,000、自転車運賃¥2,300)をしてから町に出る。※ヨロン島は、カタカナ表示なので、昔外国と思っていた記憶があり、懐かしかったのでヨロン島にした。

 すでに自転車を漕ぐ気力は喪失しており、自転車を押して行く。パチンコ屋の2階にサウナの看板を見つけ、入浴(¥1,050)休憩。

 入浴後「ファミリーレストラン・ジョイフル」で、夕食。昨夜からジョイフル3軒目。ジョイフルデー。美味(おいしい)中華が食いたい!!

 本来の出航時間の19時前にフェリー乗場に行く。待合所で自転車整備中、地元の男性から声をかけられた。四国出身で昭和23年生まれの人、別れ際に「四国の風習」と云って現金(¥1,000)のお接待を頂く。

 フェリーは21時30分に入港したが、強風でなかなか接岸できず、30分後の22時に着岸、乗船する。23時出港予定。

【注】
1、青島神社
青島神社・青島海岸
海幸彦・山幸彦の日本神話の舞台となった地が青島海岸で、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと=山幸彦)が海宮から帰還した際、まず青島に宮が置かれ、その宮跡に彦火々出見命とその妻の豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、彦火々出見命を海宮へ送り出した塩筒大神(しおづつのおおかみ・別名塩土老翁)の三神を祀る神社が青島神社。
尚 火照命(ほでりのみこと=海幸彦)は北郷町(日南海岸西約10キロ)の「潮嶽(うしおだけ)神社」に祀られている。 
系図
天孫・邇々芸命(にぎにぎのみこと)が大山津見神(おおやまつみのかみ)の娘、木花佐久夜毘売(このはなさくやひめ)との間に儲けた子が、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと=山幸彦)。
山幸彦と豊玉姫命(とよたまひめのみこと)との子=鵜茅不合葺命(うがやふきあえずのみこと)
鵜茅不合葺命(うがやふきあえずのみこと)と豊玉姫命の妹玉依姫(たまよりひめ・)との間に儲けたのが神倭伊波礼比古命(かむやまといわれひこのみこと=神武天皇)。
神話
彦火火出見命=山幸彦(またの名を火遠理命という)は、山で狩りを、兄の火照命(ほでりのみこと=海幸彦)は、海で漁をして暮らしていた。ある時、山幸彦と海幸彦は互いの道具と仕事を交換。山幸彦は漁に出たが、慣れぬ仕事で成果は無く、兄から借りた釣り針を亡くしてしまった。
浜辺で途方に暮れる山幸彦の前に塩土老翁(しおつちのおきな=塩筒大神)が現れ、海神(わだつみ)の宮にゆけ」と助言する。塩筒大神の作った竹の小舟に乗り、海神の宮に辿り着いた山幸彦は、海神の娘であった豊玉姫を妻として三年の月日を暮らすが、やがて地上のことが気にかかり、亡くした釣り針を探し出して地上に戻る。この時、山幸彦が上陸したのが青島の浜辺であった。
地上に帰った山幸彦は海神から授かった「塩満玉(しおみつたま)と塩涸玉(しおひるたま)」という潮の満ち引きを司る玉を使って兄の海幸彦を服従させる。兄(海幸彦)は弟(山幸彦)に、これから先はあなたの警護の役を勤めると誓い、それ以降、兄の火照命(ほでりのみこと=海幸彦)を先祖とする隼人族が朝廷の守護をしてきた。
※リンク
神話の詳細 →http://www.asukanet.gr.jp/tobira/urashima/umisachiyamasachi.html
青島の詳細 →http://miyazaki.daa.jp/aoshima/
2、鵜戸神宮
山幸彦の子を身籠もっていた豊玉姫が出産のために山幸彦のもとへとやってくる。豊玉姫が子を産んだ産屋が現在の鵜戸神宮である。→http://www.btvm.ne.jp/~udojingu/

リンク
日南海岸散歩 →http://www.natsuzora.com/iris/sight/index.html
鵜戸(うど)神宮 →http://www.btvm.ne.jp/~udojingu/
港の駅めいつ(目井津)→http://miyazaki.daa.jp/oss/meitu.htm

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古(沖縄返還前)の日本最南端・ヨロン島で休養中



1日目:3月26日(土) 晴 


 昨夜は、フェリー乗船後すぐに寝たので、いつ出港したのか覚えていない。6時30分起床。船室は、男性、女性、家族のブースに分かれており20〜30人の客がいた。

 アンパンと船内の給湯器でインスタントコーヒーを作って朝食。フェリーは奄美大島名瀬に寄港してから、14時50分ヨロン島に着く。本来は与論港に入港するが、本日は風が強く波が高いので、与論港の北側にある、茶花(ちゃばな)港に着岸した。

 予定では、与論港の案内所で、観光地図を貰うか、地理情報を収集してから、本日の野営予定地のキャンプ場に行くはずだったが、茶花港には何も無い。

 取敢えず、茶花の街に向かう。街中に大島海運の看板があったので、中に入って地図を頂き、ヨロン島唯一の、百合ケ浜にあるキャンプ場迄の道順を教えてもらい、一周バス路線道路を走ってキャンプ場へ。

 キャンプ場の名前は「大金久(おおかねく)キャンプ場」。防風林を隔てた大金久海岸に隣接。、干潮時には、百合ケ浜(写真参照)が現れるヨロン観光の代表的な場所に位置している。

 キャンプ場内には、盛土されたテントサイト数か所とバンガロー2棟の他に、WCは勿論石造りのテーブルや炊事棟、シャワー棟がある。  

 しばらくして、女性の清掃作業兼任の管理人が来たので、値段を聞くと、テントサイト¥350、バンガロー¥610との事。天気が怪しくなってきたのと、自転車の荷物の整理も兼ねて、バンガローを借り、3日分¥1,830を支払う。

 バンガローは支柱の上にピラミッド型の建物が乗っかっており、梯子を登って建物に入る。中は4畳半位の広さで、小さな窓や電灯もある、快適空間(写真参照)。ロープを張って、自転車に積んでいた荷物を全て、干したり、広げたりする。

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2日目:3月27日(日) 雨  


 今日の天気予報は夕方から雨。朝食の準備に外に出た7時には、雨が降ってきた。天気予報は、沖縄県那覇地方の予報、天気予報は当てにならない地域と分かった。

 8時過ぎから、雨の中、歩いてヨロン島唯一の市街地、茶花へ行く。Aコープよろん、ショッピングプラザ・トップで買い物をした後、観光協会で情報収集。その結果、コインランドリーは、Aコープ横に、入浴は、コーラルホテルの日帰り入浴可(但し16時から¥200)等が分かった。

 帰りは、役場前から百合ケ浜入口迄(運賃¥350)循環バスに乗る。運賃は高いが貸し切りだったので納得する。

 キャンプ場で、複数の人達と話をする。まず最初は、昨日とは違う管理人の女性。3人の子持ちで、長女は奈良県に、次女は大学生、長男は高校1年生等々の世間話を。

 地元の男性とは、島外の小学生の団体(外国を含む)がヨロン島を訪問、明日、その一部の生徒が百合ケ浜に来ると云う話を。

 また、百合ケ浜の露店のおばさん連中とも話をして過ごす。

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3日目:3月28日(月) 雨


 昨夜は6時過ぎに就寝。目が覚めたのが4時。よく寝た。気分爽快…でもない。外は雷を伴う大雨の上、強風が吹き荒れている。

 俺が雪や雨を運んでいるの? 四国は、10年ぶりの大雪で、南国高知を始め至る所で雪を見た。和歌山に入っても雪、高野山は雪の為途中下山を余儀なくされた。九州に入ったとたん、雪と強風。そして今日は、大雨。でも、テントでは無く、バンガローを奮発したのでラッキー。

 昼ごろ小降りになったので、キャンプ場入口にある「一休食堂」に行って、3日分のバンガロー代金¥1,830を支払う。

 一休食堂(写真参照)は、管理人が不在の時の代理業務をしているところ。バンガロー代金を払ったついでに、生姜焼き豚定食¥750を食べる。

 食後、一休食堂で教えてもらった、コインランドリーに行って洗濯。コインランドリーはキャンプ場から、1キロ弱の東区交差点手前にある。道路沿いにあるが、外からは洗濯機は見えない。近くの人も知らないぐらいである。秘密にしているのではと思いたくなるほど。トタン張りのドアーを開けると洗濯機と乾燥機があった。

 洗濯をしている間、民宿・星砂荘の前を通って、赤崎鍾乳洞等を散策。民宿や旅館の前には、「全国ちびっこ探検(注参照)」の看板が掲げられ、外人を含む多数の小中学生が来島していた。

 洗濯・乾燥を終え、コインランドリー近くにある「コンビニ・亀屋」(コンビニの名前が付いているが、田舎の雑貨店の感じ)で、食料・ビール・ビーチサンダルを買って、赤崎海岸に寄る。
赤崎海岸入口の露店土産店のおばさんから、コーヒー、お菓子を御馳走になった上、星の砂を頂いてキャンプ地に帰る。

 キャンプ地では、昨日管理人のおばさんと話をした際、「昔サトウキビをかじった」と云う思い出話をしたところ、そのサトウキビを持って来てくれた。海岸で星の砂を探しながらサトウキビをかじったが、昔ほど美味しくはなかった。

【注】
募集要項:文部科学省所管の財団法人国際青少年研修協会では、「第29回記念ちびっこ探検学校ヨロン島」の参加者を募集しています。主な活動は、海での活動や南の島独特の文化を体験する活動などです。
期間:平成17年3月27日(日)〜4月2日(土)の6泊7日
場所:鹿児島県大島郡与論町
定員:小学生400人(小学2年生〜6年生 外国人も含む)
締め切り:平成17年3月7日(月) 申し込み先着順
出発地と参加費:全国各地に出発地があり、参加費は出発地によって変わります。(福岡10万8千円、長崎10万6千円など)
問合わせ先
財団法人 国際青少年研修協会(〒160-0004 東京都新宿区四谷2-11 大村ビル3階)
TEL.03-3359-8421・FAX.03-3354-2207
メール info@kskk.or.jp  ホームページhttp://www.kskk.or.jp

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4日目:3月29日(火) 晴のち一時雨


 3時30分に目覚め、日課のストレッチ、腹筋、背筋をしてから、日の出を見る為外に出るが、水平線沿いに雲が張り付いている。

 水平線から出る日の出は目えなかったが、それなりの日の出が見られて満足して、海岸線沿いに延びる自然探索路を散歩。途中地元の人と話をする。その人は尼崎市(兵庫県)東本町初島(昔遊郭があった場所)に住んでいた人だった。

 キャンプ地に帰って、食パン、コーヒーで朝食を摂ってから、8時過ぎ島内一周探索に出掛ける。

 昨日コーヒーを御馳走になった、赤崎海岸の露店の土産物店に行くが商品は並んでいない。当然おばさんもいなかったので、海岸沿いのサイクリングロードを走る。与論民俗村、赤崎鍾乳洞、与論城跡、琴平神社を経て、サザンクロスセンターへ。(写真参照)

 サザンクロスセンターは、入館料¥200の有料施設。本来有料施設の入場は原則禁止をしているが、ここは、「ヨロン島の俯瞰図を眼の当りに出来る」の宣伝文句に釣られて入館。一度で十分。
サザンクロスセンターから、フェリー発着場の与論港と待合所に寄ってから茶花市街地へ行く。

 茶花市街では、ホームセンターで防水スプレーを購入。Aコープで、昼食用の弁当を、と思ったが、内容の割には高かったので断念して、パンと牛乳、チョコレートを買って昼食にする。

 昼食後、入浴可能なコーラルホテルの下見をしてから、キャンプ場に帰る。

 昼寝をしてから、赤崎海岸の露店のおばさんのところに行って、ネックレスと腕輪(¥1,000)を買ってから、コンビニ亀屋で弁当とビール、おつまみを仕入れて、キャンプ場へ。

 キャンプ場前の浜辺で、「全国ちびっこ探検」の子供たちや観光客が、百合ケ浜に渡るビーチボートに乗って楽しんでいる光景を見ながら。また、ビールを飲みながらの夕食。

 その途中から雲行きが怪しくなってきた。パラと雨が降ってきた時点で、避難準備。バンガローに帰る。しばらくして本降りに。夕食の続きはバンガローの中で摂る。

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5日目:3月30日(水) 晴・強風


 昨夜は6時に就寝。6時起床。12時間も寝た。節々が痛い。昨日のパンの残りとコーヒーで朝食をしてから、浜辺を散歩。

 散歩から帰ってから、自転車の整備をする。前輪のハブ、後輪の荷台取付ネジの緩みを発見する。前後輪ともにレーバーで脱着する構造。特に前輪はクイックリリースレバーに直接荷台を付けており、緩みがあると走行中脱輪をして、事故になる可能性が大。それも2回目(1回目は久万高原の下り坂でハンドルがぶれる兆候があり、結果、クイックリリースレバーの緩みが原因だった)なので注意しなければと反省。

 整備が昼迄かかる。終わってから、コンビニ亀屋で弁当を買って昼食をしてから、与論港に行く。

 与論港では、船が着いたばかりで、学校の先生の着任のセレモニーをしていた。音楽隊の様なものが出て派手な着任式が見られた。

 次に立ち寄った与論空港では、先生の送別をしていた。この時期の風物詩なのか。

 あちこちぶらぶらしてから4時に「コーラルホテル」に行って入浴(¥200)する。与論に来ていつもは水シャワーだったが、今回が初風呂。1番風呂だったので、遠慮があり15分で出る。

 スーパーで、米とビールを買ってキャンプ場に帰ると、入口で黒糖の手作り作業をしていた。その手伝いをしていたのが、先程入浴した、コーラルホテルのフロントの若い女性だった。また、管理人の女の人からサトウキビ2本頂く。

 浜辺で、今日買ってきた米を炊いて夕食の準備をしたが、ぶるぶる震えがくる位、風が強くて寒い。途中からバンガローに戻って夕食をする。夕食時に、パンガローの天井からヤモリが2匹落ちてきた。でも平気な自分に驚く。

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6日目:3月31日(木)  曇


 沖縄地方は雨のち曇の天気予報。空を見ると曇ってはいるが、雨の降る感じがしないので自転車でヨロン北回りに出発。一昨日は南回りだった。

 北回りサイクリングロードを走って、作家・森瑶子の墓(写真参照)や案内板のある海岸、皆田(みなた)海岸、黒花海岸、寺崎海岸、宇勝(うがち)海岸を散策する。寺崎海岸では神戸の深江で長らく海の仕事に従事していた地元の人と話をしたりして、茶花市街に入る。

 ヨロンの海は、どの海岸でも澄み切っている。シュノーケリングをしようと思い、ホームセンター、JA、釣具店に行くが売っていなかったので、キャンプ地に向かう。

 昼前に着く。ここ2〜3日食料を購入している、キャンプ地に1番近いコンビニ亀屋で弁当、おかず、ビールを買って帰り、浜辺で昼食。

 昼食後昼寝をしてから、一休食堂にキャンプ代3日分(¥1,830)を支払に行く。一休食堂に、ヨロンの中心街、茶花の街に無かったシュノーケルと海中メガネがあったので購入して、海に入る。

 干潮時間なのか、かなり沖まで歩いて行けた。でも泳ぐには寒すぎる。20〜30分で上がって、シャワーを浴びてから、浜辺で夕食。メニューは久しぶりにカレー。と云っても、レトルトカレー。甘口だったので不味い。

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7日目:4月1日(金) 晴・強風


 ヨロンの空は澄み切っている。晴れた日の満天の星空は何時まで見ていても飽きが来ない。でも、夜6〜7時になると瞼が閉じてくる。たまに深夜目が覚めると喜び勇んで星空を見上げる。

 こんな状況なので、星空の観察は自然に早朝になる。早朝の四季の空は反対の空。つまり、冬季の早朝は夏の星が輝いていると云った具合。

 今朝も4時に起床。砂浜に寝転がって、星空観察。その続きで、朝6時17分、水平線上から上がってくる日の出も観察。15分間のドラマを見て、海岸沿いを散歩してから朝食。

 8時30分、南回りサイクリングコースで茶花に行く。スーパーAコープで買い物、今日は特価日なのか店内は人だかり。

 インスタントコーヒー、ゴミ袋、つまみを買ってから、初めて走る北回りバス道を通って、キャンプ場へ。途中コンビニ亀屋で弁当、ビールを買ってキャンプ場のテーブルサイトで昼食を摂る。

 今日は、コーラルホテルで入浴予定。日帰り入浴は4時からなので、それまで浜辺で読書をしたり、皆田海岸でシュノーケリングを楽しんでから、コーラルホテルに行くが、何と今日4月1日から日帰り入浴中止の看板。キャンプ地に戻って水シャワーを浴びる。

 今日の夕食は中華丼。当然レトルトです。

 本日は2回茶花市街地へ。午前中は南回りで島内一周。午後は反対の北回りで島内一周、都合2周したが、島内には廃屋(旧ホテル)、牛舎と共に目につくのが海周辺の砂地にあるお墓だった。新発見。

ヨロンのお墓

ヨロンの墓は、砂地にあり、墓石の横に小さな社殿風な建物がある。また、時として、幕が並んでいる。
地元の人に聞くと、ヨロンでは昨年火葬場(昇龍苑)が出来るまでは土葬で、人が死亡し埋葬したら、その上に、「龕(がん)」と呼ばれる「家」のような形をした木製の小屋が被せられる。その中には、位牌、酒やタバコなどのお供え物が置かれ、周りには故人が生前使っていた靴や衣類、杖といった愛用品が置かれる。
埋葬後3年〜5年(長いものは10年)経って洗骨(せんこつ:改葬)が行われ、甕:かめ(骨壺)に入れて先祖の墓に納骨すれば、「龕(がん)」は消失する。
また、場所によっては、2つの「龕(がん)」が見られるが、それは、洗骨(改葬)が済んでいない内に家族が死亡した時には、「龕(がん)」が2つになると云うことである。
なお、幕は、埋葬して30日が経っていない印である。30日後に幕は焼かれる。
洗骨(改葬)とは、故人の骨を男性が掘り起こし、女性が洗って甕:かめ(骨壺)に納めることである。基本的には全身の骨を納める。
洗骨(改葬)は、故人を埋葬した後改葬できる日は旧暦の3月27・29日もしくは8月27・29日に限られる。 また、近親者に妊娠している者・病気をしている者・厄年の者・近々結婚を控えている者・新築中の者がいる場合は避けられる傾向がある。さらに、暦をみて、例えば「辰」の日には「辰」生まれの人は行かない、と云った仕来たりがあり、それらを取り仕切る人が存在するとの事。

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8日目:4月2日(土) 雨・強風 


 ヨロンに入ってから雨が多い。晴れても強風と云う日が続いている。地元の人たちは9〜10月がベストシーズンと云う。

 今日も雨と強風、海は4mの高波。でも、バンガロー内は快適ルンルン気分。朝食は、昨日の食べ残しのアンパンと牛乳。昼はラーメンライスで済ます。

 昼寝をしてから雨が小降りになってきたので、いつものコンビニ亀屋に夕食の買い出しに行く。マグロの切身とカツオのたたきがそれぞれ150円安い。それにオリオンビール2本、チーズ、青汁を買って帰る。夕食はカツオのたたき丼。

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9日目:4月3日(日) 晴・強風


 今日は誕生日。茶花の民宿に泊まって、夜の街を散策と思ったものの、そんな贅沢を出来る身分ではないと納得する。

 明日ヨロンを出る決断(大袈裟)をする。朝からコインランドリーで洗濯をしてから、茶花に出掛けて、自転車用のオイル等の買物をして、キャンプ場に帰って、自転車の整備点検。昼過ぎまでかかる。

 昼からは、コンビニ亀屋で買い出し。ビール3本、焼酎(有泉)、おかず、つまみを買って浜辺で誕生日のささやかな祝いをする。でも風が強くて寒くなってきたので、2時間でお開き。パンガローに帰る。

 夕方、管理人のおばさんが来たので、お別れの挨拶をする。

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10日目:4月4日(月) 晴・強風  ヨロン島から沖縄本島へ


 昨夜は6時に就寝。ラジオをつけっぱなしで寝ており、ラジオを消したり、暑かったり、寒かったりで何度となく目がさめ熟睡することなく6時に起床。アンパン、青汁、コーヒーで朝食を済ませ出発の準備をする。

 テントサイトに、若い男性が居た。男性は、埼玉の人で登山ショップを退職して、歩き遍路で四国88ヶ所を巡礼。その後、九州、奄美大島、徳之島、沖永良部島を経てヨロン島に来たらしい。風気味なので、ヨロン島で3〜4日休養してから、沖縄に渡るとの事。

 若者と1時間程話をしてからキャンプ場を出発。茶花市街に寄って、弁当を買ってから、11時にフェリー待合所(写真参照)に着くが、窓口は閉まっている。売店の女の人に聞くと、窓口は1時頃に開くとの事。

 それまで時間があるので、ヨロン名物「もずくそば」を食べに、空港近くにある「蒼い珊瑚礁」に行く。蒼い珊瑚礁は、「もずくそば」の製造元が経営する食堂兼ショップ。数日前に行った時は売り切れで、心残りだったので、今回立ち寄った。値段は¥550。食べた感想は、うーん。

 1時前に窓口が開いたので、那覇までの運賃(¥4720自転車込み)を支払い乗船する。

 沖縄本島へ

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ヨロン島案内

与論島(よろんじま)は、奄美諸島に属する鹿児島県最南端の島。人口約6000人。「よろんとう」ともよばれるが、正式名称は「よろんじま」。「与論」という名前はかつて「ユンヌ」と呼ばれていたものが変化したもの。南に沖縄本島最北端の辺戸岬が見えるほど沖縄県に近く、文化的にも沖縄に近い。
【与論献奉(よろんけんぽう)】
与論島への客人をもてなす習慣で、焼酎を人数分まわし飲みをする儀式。
最初に、親(ホスト)となる人が大きな杯に親が決めた量の焼酎を入れて、自己紹介を兼ねた口上を述べてから飲み干す(この時に、杯をひっくり返して残っていない事を見せる)。また、飲み干した杯に数滴残った焼酎を手のひらにとって自分の頭につけ、神(髪)に返す。次に、親が注いだ焼酎を子(ホスト以外の人)が飲み、杯を親に返す(このとき、子は受け取った杯を手から離して置いてはいけない)。親はこれを子の人数分繰り返し、それが終わると親が交代しこれを繰り返す(これと似たものに、宮古島の「オトーリ」がある)。
ただし飲酒を無理強いするものでは無く、親が焼酎を注いでいる時に「トォー(与論の方言でストップの意味)」と言えば注ぐのを止めるほか、飲めない場合は杯をそのまま親に返しても良い(その場合は親が代わりに飲む)。
元々は、琉球や薩摩から統治の為に送り込まれて来る役人への接待や情報を聞き出す為など、厳しい支配下に置かれる事の多かった与論島民が生き抜いて行く為の手段だったと思われる。また、親が最初に飲んで杯をひっくり返して見せるのは、毒物を入れていないことを役人に見せて安心させる為に行った名残りという。(フリー百科辞典wikipediaより)
【フェリー】
航路・所要時間
 1、鹿児島−奄美大島−徳之島−沖永良部島−与論島−本部−那覇
   所要時間 鹿児島より約20時間、那覇より約4時間40分
 2、東京−志布志−奄美大島−与論−那覇
   所要時間 東京より 約41時間、那覇より約4時間
 3、神戸−大阪−宮崎−奄美大島−徳之島−和泊−与論−那覇
   所要時間 神戸より約39時間、大阪より約38時間、宮崎より約20時間、那覇より約4時間
料金 (大人,2等)
 鹿児島→ヨロン:13,000円(毎日運行)
 那覇→ヨロン:4,100円(毎日運行)
 東京→ヨロン:22,300円(約1週間に1度運行)
 神戸・大阪→ヨロン:17,700円(約1週間に1度運行)
運行会社
 マルエーフェリー:鹿児島(099-226-4141)、那覇(098-861-1886)、東京(03-5643-6170)、神戸(078-857-3901)、大阪(06-6341-8071)
マリックスライン:鹿児島(099-225-1551)、那覇(098-862-8774)
【キャンプ場】
 場 所:鹿児島県大島郡与論町大金久(おおかねく)海岸
 施 設:水道、炊事棟、トイレ、シャワー、テントサイト18箇所、バンガロー2棟
 料 金:テントサイト(1人1泊¥350)、バンガロー(1人1泊¥610)
     ※水道、シャワー使用料¥100込み
 問合せ先:与論町役場商工観光課 0997−97−3111
 手続き代行:キャンプ場入口の「一休食堂」
【ヨロン島総括】
沖縄返還前ヨロン島は、日本の最南端で、常夏の地として観光客で賑っていたが、沖縄返還後は、観光客が激減して、その結果、島内には、過去の遺産であるホテルの残骸が目立つようになってきた。現在、島内至る所に、牛舎が見られ、現況、「観光」と「畜産」どちら付かずになっていると思料する。(勝手自己評)

【リンク】
与論島ガイド →http://www.yorontou.info/
離島ドットコム(ヨロン) →http://www.ritou.com/ritou/yoron.shtml
kerama.inヨロン島 →http://www.kerama.in/spot-yoron-pricia.html

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ヨロン島地図

離島ドッドコムより


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 青島写真

青島全景
  青島全景

青島神社・鳥居
  青島神社・鳥居

神門からの青島神社
 神門からの青島神社1

神門からの青島神社
 神門からの青島神社2

青島神社・本殿
  青島神社・本殿

 鵜戸神宮
  鵜戸神宮

鵜戸神宮・楼門
  鵜戸神宮・楼門

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ヨロン島・写真


キャンプ場・パンガロー
キャンプ場・パンガロー

キャンプ場・炊事棟
 キャンプ場・炊事棟

キャンプ場から海への道
キャンプ場から海への道

キャンプ場・前浜
  キャンプ場・前浜

百合ケ浜
  百合ケ浜

一休食堂
  一休食堂

ヨロン城跡
  ヨロン城跡

サザンクロスセンター
 サザンクロスセンター

琴平神社
  琴平神社

作家・森瑶子墓
  作家・森瑶子墓

与論港待合所
  与論港待合所

ヨロン島・位置
  ヨロン島・位置

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与論島の方言

ユンヌ→与論
フトゥバ→方言
フガミャービラン→こんにちは
ハミンシャイ→好きです
ムーユイ→愛してます
フイガ→男
フナグ→女
ワラビ→子供
アチャ→お父さん
アンマー→お母さん
マイ→ご飯
ワヌ→私
ウラ→あなた
ヤカ→兄
アンニャー→姉
ウットゥビ→弟、妹
ウヤ→親
ドゥシ→友達
ワカチンチャー→若者達
バジミティフガミャービラン→初めまして
トートゥガナシ→有難う
タンディドーカ→御免なさい
アサイビュータン→御馳走様
イジクン→行ってきます
ナーヤー→さようなら
オー→はい
ドーカ→どうぞ
ムレービラン→もらいます
チュラメーラビ→美女
チュラニセー→美男子
タガローシャ→器量よし
ユカビチュ→良い人
イキヌガ→あわて者
ハミンシャイ→好きです
イッチンマージン→いつも一緒
アッセー→ああ
ワイ→あれー
ワイタンデー→まあ、なんと
アーションシナー→あらほんと
ガンイー→そうですか
バーティボ→いやです
イダカティ→ここに
トォー→ストップ
サービタン→ごめん下さい
ウヮーチタバーリ→いらっしゃい
ヨイヨイシウァーリ→ゆっくりして下さい
マタウヮーリョー→また来て下さい

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