イメージ ロゴ・和坊流宇宙
   
本文へジャンプ

和坊放浪記・第5章:沖縄・久米島編

平成17(2005)年・備忘録


 項目

ヨロン島から沖縄・那覇へ
 こんな偶然ってあり!不思議体験(民宿での出来事)
 4月4日(月) 晴  「民宿・安らぎ」・泊(素泊り¥2,000)
ぶらり久米島
 「シンリ浜キャンプ場」・テント泊
 1日目:4月5日(火) 晴   (長旅の男性と遭遇)
 2日目:4月6日(水) 曇   (シンリ浜海開き神事)
  その他観光スポット
 3日目:4月7日(木) 曇一時雨  (希少種・ヤツガシラと対面)
久米島出発
 那覇新港〜石垣へ
 4月8日(金) 晴 

具志川城跡(ぐしかわじょうせき)、ミーフガー、立神(タチジャミ)、太陽石(てぃーだいし)、比屋定(ひやじょう)バンタ、仲里間切蔵元跡(なかざとまぎりくらもとあと)、畳石、はての浜、イーフビーチ
写真
民宿・やすらぎ、とまりん、兼城港・フェリーターミナル、パーラーシンリ浜、シンリ浜キャンプ場、シンリ浜1、シンリ浜2、具志川城跡、ミーフガー、天宮城・アンマーグスク、タチジャミの滝、立神・たちじゃみ、立神・横、奥武橋、ヤツガシラ1、ヤツガシラ2、セッカ、イソヒヨドリ、コノハズク、那覇新港待合所、フェリー飛龍21、フェリー飛龍21・キャビン






■ヨロン島から沖縄・那覇へ



こんな偶然ってあり!不思議体験(民宿での出来事)



 4月4日(月) 晴  

  フェリーは沖縄本島・本部港に寄り、19時30分、予定より可成り遅れて入港した。外は暗い。自転車を置いて、待合所に入るが、案内所は閉まっている。待合所内には、タクシーの客引き数人と、目つきの悪い私服の警察か入管らしい人間がウロウロしているだけ。

 待合所で時間をつぶす訳にはいかない感じ。銭湯を探そうと自転車に戻ると、中年の男性が、民宿のパンフレットを差出、「新しくできた民宿で、24時間入浴可能な内風呂があって、素泊り2000円にするので利用してください」と話し掛けてきた。

 これから、銭湯や安宿を探すのは面倒。ゆっくり走る車の後について行く。

 夜間の上、土地勘もないので場所の見当はさっぱり。曲がりくねった細い道に入ったところに民宿があった。そんな悪い感じはしない。民宿の名前は「やすらぎ」。

 民宿の女将の案内で、館内を案内してもらい、近くの食堂の情報等も仕入れてから、部屋に入る。部屋は、2段ベッドが2つ並んでいる4人部屋のドミトリー(相部屋)。

 先客が1人いた。二十歳の記念にどこかに行きたくて、昨日、小さなバッグに下着を詰めて大阪から飛行機で沖縄に着いたところ、空港で民宿のおじさんに声を掛けられ、ここに来たらしい。

 同宿の若者の誕生日は、4月3日と、自分と同じ。偶然に驚く。

 そのうち、民宿の女将が「女のお客さんが食事に行くので一緒に行けば」と声を掛けてくれた。

 民宿前の食堂に入ると、女の子が1人でいたので、声をかけると、同宿人。同じテーブルに座って話をしているところに、同じ部屋の大阪の若者が来たので、女の子に「誕生日が同じ4月3日の人」と紹介すると、女の子はびっくりした顔で、「私も4月3日生まれ」。

 「そんなバカな」と笑うと、免許証を出してきた。4月3日生まれに間違いなし。大阪の若者も、自分も免許証を見せ合う。

 女の子は、広島の因島で仕事をしているが、誕生日の記念旅行を思い立ち3日間の有給を取って、昨日沖縄に来た。当初、隣(食堂の)のドミトリーに宿泊予定だったが、満室で仕方なく、前にあった「民宿・やすらぎ」に入ったらしい。

 同じ誕生日の人間が、同宿になる偶然に驚く。それも、3人が3人とも「民宿・やすらぎ」には、大阪の若者は空港で声を掛けられ、自分は、那覇港で声を掛けられ、因島の女の子は、予定の宿が満室で仕方なく、それぞれが偶然に宿泊するはめになったもの。不思議。何かの因縁を強く感じた。因縁の事実を強く肌で感じたのは初めての体験だった。

 偶然の記念に、女の子に泡盛を差入れる。(男の子は酒を飲まないので差入れ無)

↑ 戻る



■ぶらり久米島



「シンリ浜キャンプ場」



 1日目:4月5日(火) 晴・強風  (長旅の男性と遭遇)

 昨夜は、同じ誕生日の3人で、深夜まで話がはずむ。それぞれ深刻な悩みや事情があり、誕生日に、旅行に出たらしい。他人に悩みをぶちまけ、さっぱりした様子だったので、今朝は声を掛けずにそっと出発する。

 昨日は、民宿の場所が分からなかったが、ドミトリーで有名な「リトル・アジア」の近くだった。取敢えず、沖縄離島の発着場である泊港に行く。

 泊ふ頭旅客ターミナル(通称・とまりん)で、どの島に行くかを決める為、渡嘉敷島、座間味島、久米島、粟国島、大東諸島のパンフレットを貰うが、その中で1番早い便の、久米島を選び乗船手続きをして(往復乗船券¥5,020、自転車片道¥1,010)、8時30分の便に乗る。

 途中、渡名喜港(となきこう・渡名喜島)に寄港してから、12時30分、兼城港(かねぐすくこう・久米島)に到着。

 フェリー乗組員や兼城港フェリーターミナル案内所の人達から聞いた「シンリ浜で、キャンプ可・無料、役所の手続き必要無」の情報に従い、シンリ浜に向かう。

 シンリ浜は、兼城港フェリーターミナルから、西約4キロの地点にあり、久米島空港の近くで、夕陽の美しい浜と云う。(シンリ浜の「シンリ・ル」は方言ですべるという意味。白い砂浜が約3kmもつらなり、その砂の深さに足をとられてすべる事からその地名が付いた)。

 キャンプ場入口に「パーラーシンリ浜」があったので、中に入って女主人と話をする。

 女主人の名は、杉岡さん。バリバリの大阪弁を喋る。聞いてみると、大坂の港区九条(平野区も含む)で40年程過ごし、出身地の久米島に帰ってきて、ここ(パーラーシンリ浜)を借りて営業しているとの事。メニューを見ると、大阪名物たこ焼きがあった。

 ※パーラーシンリ浜メニュー(住所 久米島町大原113)
  カレー 450円
  かき氷 200円
  ぜんざい 250円
  フライドポテト 300円
  大阪名物たこやき 350円
  焼き鳥 350円
  焼きソバ 500円
  半ソバ350円
  その他 お菓子

 杉岡のおばちゃんに、テントの張り場所を聞くと「適当な場所に張ったらよい」と云われたので、パーラーとシャワー室の間にテントを張る。

 テントを張っている最中に、自転車(ママチャリ)に乗った旅行者が来た。「四国と屋久島でそれぞれ数か月間テント生活をしてから、久米島に来て、素泊り(¥2,000)の安宿で泊まっている。今日は、レンタル自転車(¥1,000)を借りて島を回っている」と云う、中年の男性旅行者だった。

 話し終えてから、風が強いので、テントをシャワー室壁際に張り、キャンプ場に来る前に買った弁当を食べる。

 フェリーの中でも弁当を食べたので、夕方になっても腹は空かないが、パーラーのおばさんに世話にならなければならないので、パーラーシンリ浜で、タコ焼き、焼きそば、ビールを注文。地元の人や、那覇からの旅行者夫婦らと話をしながら、閉店時間の8時まで居座る。

↑ 戻る


 2日目:4月6日(水) 曇  (シンリ浜海開き神事)

 キャンプ場は海に面している精か風が強い。でも、4時迄ぐっすり寝た。犬の散歩中の地元の人と話をする。その人いわく、「本来4月は、暖かいはずだが、昨夜も肌寒く異常」との事。久米島の地元の人たちは、人懐っこく話し好き。

 今日は久米島散策。7時30分にキャンプ地を出発して、久米島飛行場を見下ろせる小高い丘から、1番機の飛来、着陸を確認してから、一周道路を走る。

 具志川城跡:ぐしかわじょうせき(注1)、ミーフガー(注2)、立神:たちじゃみ・天宮城:アンマーグスク、タチジャミ滝(注3)、太陽石:てぃーだいし(注4)、比屋定バンタ:ひやじょう(注5)、仲里間切蔵元跡:なかざとまぎりくらもとあと(注6)を経て、奥武島(※)へ行く。

※現在、久米島と奥武島との間には1982年開通の海中道路があるが、以前は奥武島住人は徒歩や潮の満ちた時間には竹馬で渡島し久米島へ通勤通学していた。海中道路の完成以降、潮の流れが大きく変わってしまい中間点にあった砂州や海底が非常に深くえぐり取られ危険なため潮の干満に関わらずそのような渡島は禁止されている。

 奥武島の畳石(注7)で、岩のりを採集している地元の女の人と話をしてから、「バーデハウス久米島」に行くが入場料¥3,000なので断念。はての浜(注8)の渡船は¥4,000高すぎる。ここも断念する。

 なお、バーデハウス久米島が管理する町営キャンプ場を見学するが、テントサイトは1日¥1,000、温水シャワーは3分¥200と高いので遠慮する。

 渚100選に選ばれたイーフビーチ(注9)に寄ってから、2時にキャンプ場に帰る。

 キャンプ場前のシンリ浜でシュノーケリングをしてから、パーラーシンリ浜で、地元の人達と話をしながら、ビール3本、久米酒、焼きそばを食べる。支払は¥1,240安い!

 夕方、シンリ浜で海開き神事があった。


【その他観光スポット】

五枝の松
久間地集落にある樹齢約250年のリュウキュウマツ。伊平屋島の念頭平松と並んで沖縄二大名松とされる。国内でも1本の松がこれだけ枝を広げ悠々とした姿は他では見られない。台風のメッカである事を考えればとても信じられない勇壮かつ美しい姿である。国の天然記念物。

上江洲家住宅
1754年建築で現存する沖縄最古の民家。上江洲家は地頭代をつとめた家柄。国の重要文化財に指定。

宇根の大ソテツ
宇根集落の喜久村家の庭にある樹齢250年以上といわれる2株の大ソテツ。県指定天然記念物。

ヤジヤーガマ
島西部にある鍾乳洞。観光ガイドにはほとんど載っていないが、全長800メートルにも及ぶかなりの大きさである(現在は途中迄で折り返し)。明治時代まで風葬に使われていたという説があり、洞窟内には今でも骨壷(厨子甕)や人骨が見られる。入場料要。

ヒデンチガマ(洞窟潜水)

おばけ坂
島西部にある短い坂。下り坂だが途中から上り坂に見えるため、物を転がすと上り坂を上っていくように見える。

以上、フリー百科辞典wikipediaより


↑ 戻る


 3日目:4月7日(木) 曇一時雨  (希少種の鳥「ヤツガシラ」と対面)

 昨夜は7時前に就寝。4時まで熟睡した。今朝も相変わらず風が強い。キャンプ場のゴミ拾いをしてから、食パン、コーヒー、バナナで朝食を済ませ、7時過ぎに周辺散策に出たところ、テント前の芝生に、初めて見る鳥がいる。長いくちばしで土の中の虫を取っている。

 しばらく鳥の観察をして、鳥のスケッチも済ませ、出発しようとしているところに、一昨日会った長旅の中年男性が来た。「昨日も訪問したが不在だったので、パーラーに昼間で居た」との事。この男性と話をしてから、フェリーターミナルに行く。

 ※中年男性とは、西表島で再会することになるが、これも「縁」と実感する。

 フェリーターミナルで沖縄便の時刻の確認をしている最中に大粒の雨が降ってきた。雨が止むまでターミナルで休憩してから、朝観察したくちばしの長い鳥を調べる為、「久米島自然文化センター」に行く。

 受付の奥にいた女の人に、スケッチを見せると、パソコンからプリントアウトしてくれ、希少種の「ヤツガシラ・(ブッポウソウ目ヤツガシラ科)」と判明。その他久米島には、セッカ(ウグイス科の鳥で、サトウキビ畑でさえずりながら飛んでいる姿をよく見る)、イソヒヨドリ、コノハズク(ぶっぽうそうと鳴く)がいることも解った。(写真参照)

 親切な応対に感謝して、キャンプ地に帰り昼食。沖を見ると、干潮で沖合にリーフが頭を出している。昼食の途中だったが、遠浅になった海をリーフ迄歩いて渡り、真っ青な熱帯魚風の魚等を観察する。

 海から上がって、昼食を終え、シャワーを浴びて浜辺を散歩してキャンプ場に帰ると、パーラーシンリ浜前の芝生で、常連客の建築業と飲食業の男性2人が、ドーム型テントを広げて悪戦苦闘している。

 説明書があるのに見ようともしない。見かねて手伝うことにする。そうするうちに、単車の旅行者がやってきた。九州志布志から沖縄入りした時のフェリーに乗っていた、日本一周中の東京の青年(日本一周のワッペンを貰った)。昨日久米島に入って、奥武島のテントサイトでキャンプしたが、1日¥1,000と高い上、シャワーも3分¥200もするので、無料のここ(シンリ浜キャンプ場)に来たが、その前に、キャンプ場の使用許可をもらうため、役所に行ったが、担当が分からずタライ回しされ時間がかかったたらしい。と云うような話をしながら、青年と2人で、テントを設営する。

 テントの持ち主は、パーラーシンリ浜でビールを飲んでいたが、食事をしようと車で(飲酒運転)飲食業の人が経営する店に連れていかれた。

 店はフェリー乗場から西方の久米島町儀間(儀間)の町中にあり、店の名前は「寿司・ハワイ」。寿司屋なのにハワイとは変な屋号と思いつつ店に入って、建築業の人が作った、ニンジンご飯とみそ汁、それに豚足と酒を御馳走になる。

 10時迄店にいて、建築業の人が車で送ってくれる。建築業の人は、かなり酩酊している。それに交通安全週間の時期。車での送迎は固辞したが、送ると云って聞いてはくれない。一般道を走らずに山間部を遠回りして、キャンプ場に無事到着した。

 島の人達の飲酒運転は日常茶飯事とは聞いてはいたが、運転中もビールをあおる。蛇行運転をしながらの高速運転。本当に無事に着いてホットした1日だった。

  ※久米島地図→リンク

↑ 戻る



■久米島出発



那覇新港から石垣島へ



 4月8日(金) 晴  

 朝4時過ぎに起床、テントの外に出る。目線の先に満天の星が輝いている。星空は見上げるものと思っていた自分に新しい事実が刻まれたことに満足する。

 今日は、久米島を脱出するつもり。テントは湿気で湿っているが収納して、昨日の日本一周の青年と住所交換。パーラーシンリ浜出入口には、住所、氏名、お礼の言葉を記載した四国巡礼の納札を張って、キャンプ場を出発する。

 8時30分発のフェリーに乗船して、12時30分泊港着。

 泊ふ頭旅客ターミナル(通称・とまりん)内の土産物店で弁当を買って、隣接する「泊緑地公園」で、弁当を食べる。また、湿気で濡れたテントを干し、ヨロン島で購入した防水スプレーをグランドシート散布する。

 テントが乾いたので、「とまりん」から約2キロ北方にある「那覇新港(安謝新港)」フェリーターミナルに行く。ここは宮古島〜石垣島〜台湾航路のフェリー発着場。

 20:00発の「有村産業クルーズフェリー飛龍21」の石垣島迄の乗船券を購入(¥9,070、自転車込み)してから、近くにある、「かんぽの宿・那覇レクセンター」のサウナ(¥700)へ。

 久しぶりの風呂。満足して4時にサウナを出てから、弁当とビールを買って、近くのコインランドリーで洗濯をしながら食する。

 21時乗船。これまで乗船したフェリーは雑魚寝だったが、フェリー飛龍21はベッドの指定席。嬉しくなって、すぐに寝る。


▲ ページの先頭


<< 戻る(九州編)| トップ・和坊放浪記 |次へ(西表編・part1) >>


 

注1:具志川城跡(ぐしかわじょうせき)
15世紀初頭に久米島を支配した按司(アジ)の居城と言われている国の史跡。絶壁の上に建っています。現在は城門と石垣が残っていますが、自然を巧みに取り入れた要塞であるのが分かります。海に面 していることと、遺構から青磁片が出てくることから、当時の南海貿易を思わせる城になっています。
具志川城跡の石垣は、安山岩と石灰岩が使用されています。城壁の外側は絶壁でその向こうは東シナ海です。ここで盛大に南海貿易が行われていたのかもしれません。

注2:ミーフガー
大きな割れ目のある岩。女性が拝むと子宝に恵まれるとの言い伝えがある。

注3:立神(タチジャミ)
高さ40m、横幅70m、厚さ5mの屏風をたてたような形の岩。町の天然記念物でもある。
宇江城・仲村渠の海岸に位置する立神は、昔は幻の名所といわれていたが現在では遊歩道ができ誰でも行ける観光名所になった。
駐車場から海へ向かって階段をおりると久米島の天然記念物天宮城(アンマーグスク)の岩があり、さらに海岸沿いに歩いていくとがあるのでそこで海へ向かってさらに歩くと海岸にそびえたつ巨大な岩の立神がある。
立神は見る角度によって形がぜんぜん違って見えるのでぜひ岩のすぐ近くまでいってみよう。
ときどき、天宮城を立神とまちがえて、階段をすぐまたのぼって帰ってしまう人もいるのでご注意。

注4:太陽石(てぃーだいし)
比屋定集落の東にある巨石。農作業の時期を知るために日の出の位置を線で刻んだといわれている。県指定史跡。

注5:比屋定(ひやじょう)バンタ
「バンタ」とは絶壁のこと。海抜200mの断崖絶壁。
崖下にエメラルドグリーンの美しいさんご礁の海を見ることができ、晴れていれば遠く、粟国島(あぐに)、渡名喜島(となき)、慶良間(けらま)諸島などが見える、もちろん「はての浜」も見えます。

注6:仲里間切蔵元跡 (なかざとまぎりくらもとあと)
仲里間切蔵跡石牆は琉球王府時代の地方行政機関である久米島真謝(まじゃ)集落の蔵元跡に残る石垣で乾隆28年、1763年に築かれました。石垣はすべて珊瑚石灰岩で四隅を隅丸にしているのが特徴で、アーチ型の通用門は構造的に美しさをかもし出しており、国の重要文化財に指定されています。

注7:畳石
島の東にある奥武島の海岸に、五角形や六角形に区切られた火山岩(安山岩)が整然と並ぶ柱状節理。岩の直径は1mにも達し柱状節理の直径としては極めて大きい。近年浸食による風化が著しい。県指定天然記念物。

注8:はての浜
久米島の東側、奥武島・オーハ島の沖合に浮かぶ長さ約7kmの3つの砂洲。久米島に近い方から「前の浜(メーヌハマ)」「中の浜(ナカヌハマ)」「果ての浜(ハティヌハマ)」と名付けられているが、総称して「はての浜」と呼ばれている。イーフビーチから送迎船で渡ることができ、海水浴やシュノーケリングを楽しめる。砂浜だけの島で日よけとなる施設が全くないため、遊ぶ際は日焼け止めが必需品。

注9:イーフビーチ
島の東部にある砂浜。長さ2kmにおよぶ白い砂浜で、「日本の渚百選」にも選ばれた。近くにはリゾートホテル・民宿・飲食店・コンビニなどがある。



 写真・那覇

民宿・やすらぎ
  民宿・やすらぎ

とまりん
  とまりん

↑ 戻る

 写真・久米島

兼城港・フェリーターミナル
兼城港・フェリーターミナル

シンリ浜キャンプ場
 シンリ浜キャンプ場

シンリ浜1
  シンリ浜1

シンリ浜2
  シンリ浜2

パーラーシンリ浜
  パーラーシンリ浜

具志川城跡
  具志川城跡

比屋定バンタ
  比屋定バンタ

仲里間切蔵元跡
  仲里間切蔵元跡

立神1
  立神1

立神2
  立神2

タチジャミの滝
  タチジャミの滝

天宮城
  天宮城

奥武橋
  奥武橋

はての浜
  はての浜

イーフビーチ
  イーフビーチ

ヤツガシラ
  ヤツガシラ

イソヒヨドリ
  イソヒヨドリ

セッカ
  セッカ

コノハズク
  コノハズク

↑ 戻る

リンクを含め全て自由
和坊流 宇宙