江刺様大様
江刺で良いかもしれません。江刺以上に立派な大様銭です。これだけ大きいのは珍しいですね。
安政期様(ロクロ風)
やすり仕上げが安政期あるいは文久様と同じもの。外径は大きいのですが、わずかに内径が小さく、鋳写し銭であることを物語っています。銅質がいずれのものとも異なるため、密鋳銭としましたが非常に珍しい存在であることは間違いありません。また、制作側も実力あるところだと推定されます。
直写美制
密鋳銭としては初出の部類でしょう。やや紅銅質で面背にはっきりとしたやすり痕が残ります。非常に丁寧なつくりで浄法寺系に近いものを感じます。
※浄法寺系のような気がしますが、制作が近似してやや白銅質のものを持っています。
第15回 江戸コインオークションから
改造母銭ということで出品されていましたが、これこそが延展系の改造母銭だそうです。知らないことは幸せで、知ったときには後の祭り・・・。うーむ、勉強になりました。
延展系?小字写狭穿
銭形がさらに縮小しています。背波の乱れ、銅質、輪側面の仕上げは踏潰銭として合格なのですが銭径が小さく面背が砥石仕上げ風になっているので踏潰銭と断定し切れませんが、延展という技法は間違いのないところ。永フ画も少し仰いでいます。狭穿ぶりもなかなかの味です。
この銅色、製作のものが一グループを形成すると思います。こげ茶の銅色、背の歪み、輪側面の仕上げなどに共通性を見ます。
通用延展銭写し
通用銭(あるいは通用銭を鋳写したもの)を叩き伸ばし、母銭に仕立てたものから生まれたものと考えています。前銭の進化形でより経済性と生産効率を重視したものと思われます。最初から鋳縮みを考慮して薄くて大きな母銭をつくった訳です。薄肉広穿になり、仕上げの手抜きも見られます。
再延展写し(踏潰系?)
推定ですが再延展したものを鋳写したもので郭抜け気味です。踏潰銭としても良いと思うのですが、外輪の歪みは浄法寺的ですね。
再延展(踏潰銭)
延展写しをさらに叩き伸ばしたと思われるもの。掲示品はかなり薄肉です。
延展銭写し(踏潰系)
延展銭を母銭として鋳造されたと思われるもの。掲示品上段は外径こそ小さいのですが銅色や背波は踏潰銭そのものです。鋳造的には良心的で厚肉で狭穿になっています。
延展銭
第一段階の延展銭だと思われます。銭を叩き伸ばすのは手間ですが見てくれが良くなり流通しやすくなる効果があります。初期の踏潰銭はこの手法で作成されたと思われ非常に薄肉になり、文字や波が歪み外輪もいびつになるのが特徴です。
【延展系密鋳銭およびその前駆密鋳銭】
※基礎知識 延展とは・・・
初期の密鋳銭はその技術の未熟さから薄手のものは作成できませんでした。重さを現行流通貨とあわせるためには外輪を削るのが一番簡単なことですが、、四文銭の場合鋳写しを行なうと外径がおおよそ0.4〜0.7oほど小さくなると思われますので、この行為を行なうとさらに小さな四文銭(厚肉縮小銭)が出来上がり、貨幣としての信用価値を失ってしまいます。
そこで考え出されたのが延展という技法です。銭を叩き伸ばすことで、銭径を大きくし厚みを減少させる・・・これはまた原料の節約にもつながります。(第一段階の延展銭)
ところで、できあがった銭をひとつひとつ叩き伸ばすのでは手間隙がかかります。そこで通用銭を延展して薄くて大きな母銭をつくり、それを写すことによって鋳縮みしても元の大きさを保つ方法を編み出しました。(第二段階の延展銭)
さらにそれを再び鋳写したり、延展したり、延展母銭にしたり、加刀修正したりと延展銭はさらなる進化を遂げることになります。(第三段階の延展銭)
浄法寺系
金質は浄法寺、制作は粗製厚肉で直径もたっぷりあります。
砂目から上掲の混合タイプ1との類似性も考えましたが、やはり浄法寺系のものであると落ち着きました。
【粗製厚肉系密鋳銭】
ごく初期の鋳銭技術の低いタイプの密鋳銭です。直写には違いないと思いますがいかにも田舎の出身といった垢抜けない風貌をしています。肉厚を標準としますがそれをさらに鋳写した薄肉のものも存在します。
厚肉歪形拡穿タイプ
上の一群に似ているのですが輪側、穿内とも丁寧なやすり掛けが見られます。特に穿内は面側が極端に広がった形に仕上げられていて、この類が一群であることを証明しています。銅色は紫褐色を基本にするようです。
厚肉狭穿赤銅タイプ
素朴でいかにも田舎の密鋳・・・といった感じの一群です。銭の角がとれて丸くなっているのは材質が柔らかいためかもしれません。輪側のやすりも大雑把で銭径が歪むものも多いのが特徴です。浅字で文字がつぶれるものが多いのは、硬い粘土質の鋳砂を用いたことに原因があるのかもしれません。(これは私の想像です。)穿内は鋳放しになります。赤味は非常に強いものが多いようです。
※一般分類では浄法寺系とされることがあるようです・・・。
鐚銭タイプ
出来の悪い鋳写し銭です。再写しもあるようで薄肉に出来ているものもあります。ここにあるものは赤銅質ながらもさほど赤味は強くありません。
赤銅質その他タイプ
どろんとした風貌をもつものです。すべてが同炉とは限りませんが比較的しっかりしたつくりです。赤味はかなり強いものが多いようです。
※左は浄法寺系下はあるいは加護山系?
赤銅質延展写タイプ
おそらく前銭と同炉であると思われますが、銭形の縮小を補うために鋳写す前(後?)に銭を叩き伸ばしたものと思われます。そのため背波が歪み変化しています。詳細は延展系密鋳銭の項で説明します。
赤銅質直写浅背タイプ
きれいな赤褐色の厚肉銭です。やすり仕上げも丁寧で輪側は面から背に向かって横あるいは斜め方向にやすりが走っています。総じて浅背になっておりやすり掛けのためか背の縁がめくれ上がるように盛り上げっています。加護山銭に見られる銅質とほぼ同じで鉛成分の多い柔らかい銅質です。
心をこめて端整に作られた銭・・・という感じです。
※銅質は異なりますが、ここにあるものは制作技術的には浄法寺系のものと思われます。肉厚がたっぷりあり、輪側は丁寧なやすり仕上げが多いようです。横から見ると台形になるものが多いかもしれません。やすりは面側から背に向かって掛けられています。
紅銅質タイプ(浄法寺系)
赤味はありますがやや硬い感じのする銅質です。浄法寺とされる粗い制作の銭貨の基本銅質と同じですが、本銭は鋳肌がさほど荒れていません。
加護山系の銅質に比べ鉛成分が低く、赤茶けた感じはありません。制作もやや粗さを感じますが、手抜きというより製造慣れのような感覚を受けます。下段右側は銅質に近似性はありますが厚肉で輪側に強いテーパーが見られます。これは浄法寺の仕上げ銭で間違いないと思います。
浄法寺タイプ
銅質は紅銅質で硬い感じですが、すすで変色して真っ黒になるものが多いようです。鋳放しかそれに準じるものが多く、掲示品は鋳ばりがそのままついています。湯道が幅広く太く、はさみで切り落とされたような感じです。ごつごつした感じはありますが江刺のような極端な砂目の粗さはありません。輪側の角が立つような感じです。
【直写し系密鋳銭】
密鋳の基本で、流通している通用銭から直接型をとり、鋳造するもので書体変化はほとんどなく、銅質や鋳肌、輪側の仕上げの差において区別されます。
浄法寺 背盛鋳放銭
典型的な浄法寺銭です。天保銭の浄法寺銭の鋳放しを見た事がある方なら異論はないでしょう。銅質は赤味はあるものの白味含みの独特のもの。
側面から見ると台形状になるのは、母銭のテーパーの形状なのでしょう。あまり流通していないもので輪側のやすり目があまりきつくないものについてはその特徴を良くのこしています。なお、浄法寺のゴツゴツ肌と江刺のザラザラ肌は微妙に異なり、浄法寺は雑味の多い軽い金属が噴出した溶岩のように固まった感じ。江刺は銭から小さな気泡が湧き上がった感じです。
浄法寺?江刺?
小字手長広穿赤銅(小字手C)
秋田貨幣研究会の菅原氏の分類によるとこれも江刺銭になるのですが、鋳肌などには近似点はあるものの銅質は赤く、背輪の縁のめくれなど浄法寺系(赤銅)としたものとの近似点の方が目立ちます。これを浄法寺とする意見も強く、現時点では結論は下せません。
(このタイプは手ずれすると赤茶〜赤黄色の銅色になるようです。)
小字写 浄法寺系
これをどうして浄法寺とするのか・・・と、いうと銅質と側面の大雑把なやすり目だけが理由です。仕上られて流通した浄法寺銭は角が取れて上掲のような特徴が薄れてしまっています。個人的には赤茶系の銅色よりこのようなやや白味のある焼けたような赤色こそが典型的な浄法寺の色だと思っています。ただし、この判断は私だけのものかもしれません。公式の場における発表、発言にはご注意下さい。
※浄法寺には色々なタイプがあり、判別に迷うケースが多々あります。
短尾寛二十一波写 加護山系
阿仁とは赤土の意味。その阿仁とも例えられる純赤の柔らかな銅質で輪側は垂直に成形されています。銭面にくっきりやすり目が残っています。浄法寺にも下に掲示したような赤肉のものがあるために判別は鮮紅色の銅質と面背のやすり目くらいです。この点は確認したサンプル数が少ないため未だに釈然としません。
※とてもピュアな赤色・・・が特徴です。
仰寶 浄法寺系(赤銅)
輪側面の仕上げが特徴的で、丁寧な横やすりなのですが型抜けのためか面径より背径が大きく、横から見ると台形になります。そのせいでか背輪縁がめくれ上がるようになっているものが多見されます。背が浅いものも多いようです。これを浄法寺系だと思うようになったのは、練馬雑銭の会からの影響で、銅質は加護山に近いものがあるのですが、輪側面や背の仕上がりは上掲銭に近いものがあるからです。
銭座のタイプ
幕府許可請負支配銭座(幕府公認銭座)
幕府公認の銭座。堂々とした規格のものが整然と鋳造されています。元文期の秋田川尻銭座、慶応期では大迫銭座などが幕府公認の銭座でした。
藩許可請負支配銭座(藩公認銭座)
大政奉還以降については中央の力が地方に及ばなくなったため、藩の許可で鋳銭が行われています。代表的なのが栗林付近の橋野・砂子渡・大橋・佐比内銭座です。
藩黙許私鋳銭座(藩黙認銭座)
密鋳が天下の大罪であることを知りながらも、藩の一部の役人が行為を黙認した上で私鋳をさせていたもの。利益の一部が藩財政に還元されたり、飢饉時の救済資金創出を行ったため、藩側も原材料調達に加担したこともあったと思われます。とくに銅原材料は鉄に比べて入手が困難であったため藩の積極的な関与が必要になります。主な地域として浄法寺・葛巻・雫石などの地が推定該当します。秋田藩の加護山もおそらくこの類だと思います。発見されたとしても藩としては知らぬこと・・・逃げ口上を作っていたわけです。内偵の危機が迫ると藩がわざと摘発して形式的に取り潰しを行い、刑罰はごく軽くしてほとぼりが冷めた頃再開することを繰り返したところもあるようです。また、一部の役人しかしらない鋳銭ですから事情を知らない役人が摘発してしまった事件などもあるようです。
鋳銭工も領内や仙台藩からも募ったようで、正規母銭の流用もみられることから本格的な密鋳が行われた地域もあったようです。
厳罰私鋳銭座(非公認銭座)
幕府はもとより藩も非公認の銭座です。摘発されて一族が極刑に処された記録があるようです。
鋳銭(銅銭)に必要な原材料など
@木炭・・・鋳銭にはとにかく大量の木炭が必要になります。この点、東北地方は恵まれていたと思います。
A水力・・・フイゴの動力として水力が欠かせません。また、鉱石選別や運搬にも水の流れが必要です。
B銅・錫・鉛・・・鉱山の多い東北地区はとにかく原材料には恵まれていましたが大量調達には藩の助力が必要だったと思います。
C鋳砂・・・鋳造のための必需品。きめが細かく、適度な保湿能力のある砂が大量に必要です。
D砥石・・・銭を磨くためにはきめの細かい砥石が必要でした。
E見つからないこと・・・公認銭座を除き、目立つことは厳禁です。
※このうち、東北地方では仕上げ砥石の入手が比較的難しく、秋田天保などでは砥石仕上げではなくやすり仕上げになっています。東北地区の密鋳銭の独特の側面仕上げはこれが原因です。同様に、良い鋳砂に恵まれなかった地域も多く、秋田ではやむなく川砂を布で濾して使用したと推定されています。元文期は関西方面から調達していたのですが幕府非公認の鋳銭においてはあくまでも現地調達しかなかったわけです。
鉱石については、銅・鉛の調達は比較的容易でしたが、岩手側では錫の調達が難しかったようです。錫は銅の溶解温度を下げる効果をもっているので、鋳銭には不可欠な金属でした。浄法寺のあの独特の鋳肌は、錫不足と不純物としての硫化亜鉛の混入という問題から生じた結果だと思います。
密鋳銭といっても民間で流通させるにはできるだけ公式銭貨に近いもの(大きさ、色など)にする必要があります。また、鋳銭技術や材料の調達が一定しなかったため、同じ銭座でも色調や制作がかなり変化したようです。なお、銭座は必ずしも鉱山のそばに作られたわけではないそうです。(鉱山付近は目立ちすぎるため?)
鋳銭の関係地・推定地
文久山・室根
鹿角
十和田
栗林ほか
加護山
浄法寺
江刺・栗木

密鋳銭は当然の事ながら製造に関する文献など残っていません。また、ほとんどが通用銭を利用して鋳造しているために、一部の種類を除いて書体による識別はできません。そのため鋳造技術の差異によって分類作業を進めてゆくしか手段はありません。このコーナーではその鋳造技術の変遷をたどることによって、密鋳銭のルーツを探る足がかりを作ろうと思います。
なお、分類などは私の個人的な見解と推論に基づいています。従って間違いだらけだと思いますがご容赦下さい。
背盛(ロクロ仕上げ)
よく見かけるテーパー(ござすれ)のある母銭と違い、輪側面はロクロ仕上げで面背は砥石によるなめらか仕上げ。あめ色の銅色がとてもきれいな母銭。本炉か?
外径28.4o 内径20.0o 肉厚1.4o
南部藩写しのバラエティ
背盛異足寶(大型母銭)
練馬雑銭の会のホームページによると、背盛異足寶は大迫外川目銭座から鋳銭技術指導を仰いで鋳造したもの・・・だそうです。寶足に鋳だまりがあって変形するのが特徴で、明治期の真っ赤な銅質が多いとのことですが画像の品は立派な大型で銅質も少し違うようです。
(練馬雑銭の会ホームページより)
仰寶 浄法寺写
江刺ということで入手しましたが、金質、輪側の仕上げから浄法寺系と判断しました。肉厚もたっぷりあります。
仰寶 母銭(別炉?)
内径19.6oは上掲の正炉銭とほぼ同じです。ただし、輪側はろくろ仕上げであり、銅質も異なります。あるいはこれが後の浄法寺系の流れとなる原形の母銭なのかもしれません。
背盛 磨輪小様
磨輪は後天的なものかもしれません。廃棄母銭として通用銭に混入するにあたって削り取ったか、あるいはサイズダウンして原料を節約する母銭としたかのいずれかでしょう。いずれにしても正炉ではありません。
背盛 赤銅
この画像は銀座コインオークションカタログから参考借用したものです。一般的な藩鋳銭と違い、仕上げが粗く背側の輪縁がめくれ上がるような感じが面白いと思います。
(平成16年銀座コインオークションカタログより)
背盛 江刺様(輪斜めやすり次鋳)
鋳肌は一見江刺風ですがやはり微妙に異なります。輪側は斜めやすりが生々しく、テーパーがしっかりとられています。非常に面白い存在です。
外径28.5〜28.1o
内径19.8o 肉厚1.7o
背盛濶縁(踏潰様)
文字が縮小して濶縁になっています。通常の次鋳銭より内径が小さく、内郭仕上から母銭には違いないようですが非常に踏潰銭に近似している作風です。少なくともこのタイプは正炉ではないと思います。ずしりと重く、また、輪側やすり目は確認できません。地元の研究家によると寶上に星のある亜種があるそうです。
外径28.9〜29.3o(いびつです)
内径19.35o 肉厚1.85o
純黄銅質薄肉タイプ(穿内仕上あり)
密鋳銭の黄銅質の代表に江刺銭がありますが、掲示品は黄色味がさらに強く、面や穿内仕上げも明確で薄肉になっています。江刺とされるものとは仕上げなどにかなり差がありますが、時代を隔てた同炉品の可能性は完全には否定できません。タイプとしてはやや珍しいものです。
俯永写
江刺銭(滑肌)タイプ
流通による手ずれ、あるいは研磨によって肌のごつごつ感が少ないものが生まれた可能性があります。あるいはごく初期においてこのようなきれいな制作を行なったのかもしれません。
江刺小字写
江刺銭タイプ
直写し系の代表銭です。外径は28oを切り、わずかに縮小していますが、肉厚はたっぷりあり明和期銭に比べても遜色ありません。掲示品は俯永Iタイプとされるもの。鋳肌はいわゆる魚子肌状で粗くざらついていますが、手ずれや研磨によって変化したものが多いようです。銅色は暗黄褐色のものが多いようですが変色して黒くなったものが多見されます。(中には赤系薄肉のものも見られ、今後の研究が待たれます。)輪側は横やすりあるいは斜めやすりで、穿内仕上げを省いたものが多いようです。存在は比較的多く、厚肉の直写しで赤銅以外のものの密鋳銭はほとんどこのタイプではないかと思われます。
黒味赤銅質粗肌タイプ
鋳肌は粗く江刺風ですが、やや薄肉で赤銅質のものです。ただし赤肉といってもやや黒味があり、制作面で次掲示のもの(浅背タイプ)とは差異があります。とはいえ密鋳銭としては制作は非常に優秀であり、技術力のある鋳銭場であったことが推定できます。
上段:大頭通写
下段左:俯永写 下段右:正字写
→ 非常に微妙な位置づけ。輪側面の仕上げが下の類と異なります。