平成21年11月、仙台古泉会の邊見会長様から連絡を頂戴し、数日後に1枚のSDカードを手渡されました。
内容は実に400枚以上の寛永銭(主に背千母主体)の画像です。私はどうも鉄銭が苦手・・・というより、生理的に鉄さびの古銭を敬遠する傾向にあります。それを憂いて、データコレクションが寂しかろうと会長自らデータを下さったようです。
なにせデータは膨大でしかも画像は巨大ですのでしばらく加工に時間がかかると思いますが、解説や整理は後回しにして頂戴した画像を順次掲載してゆこうと思います。
※工事中です! いただいた画像と資料を照合しながらの掲載ですが、必ずしも計測値などが一致している確証はございません。また、錯誤掲載もあると思いますがしばしご猶予を・・・。また、自分なりの解説をつけましたが間違いがございましたらお教え下さい。

明和期 小字背千(大様母銭)
外径24.15o、内径19.4o、背内径17.7o
新規原母銭より出たもので永字の払いが直線的で背千が可憐な小字になります。本銭は外径24oを超える堂々たる初鋳銭です。輪幅、面郭幅が広くなっています。背千の末画末端には筆どまりがあり、跳ねているように見えるところから通称『跳ね千』と呼ばれています。
※この小字の書体がもととなり、磨輪 刮去 無背 尖り千 などに細変化します。
明和期 大字背千(別仕立母銭)
外径24.7o、内径20.6o、背内径19.0o
初鋳のものは断面が台形の仕立てになりますが、これは背面が外側に向かって湾曲して薄くなる(いわゆるゴザスレ)仕立てとなっています。この仕立て方は小字背千、同無背、尖り千、仙台通寶や四文銭類にも共通し存在します。図会では大字の別仕立ては『明和手』として分類されています。安政期になってから古い母銭を再利用したものではないかと研究発表されています。
【明和期大字背千の類】
背千類の初出のものとされています。背千が太くなるのが特徴です。手引きや青譜では元文(元年は1736年)期とされ、他譜でも明和期(元年は1764年)あるいは宝暦期(元年は1751年)の鋳造と推定されていて、次掲の安政期大字(1860年初鋳)とは100年以上の時代差があります。本来ならば銭譜は年代別にならべるのが筋なのでしょうが、比較を主眼とするためあえて以降は時代を無視した順番になりますがお許し下さい。
安政期 濶縁背千(母銭)
外径23.4o、内径18.5o、背内径17.1o
面背内径が縮み、濶縁肥字になります。背郭の大きさが目立ちます。
多くの銭譜は安政期の次鋳濶縁としています。
※私見ですが内径は大字より2〜3回りくらい小さくなりますので母銭から別系統とも考えられます。
手引 #151 位付6 入門 #387 位付6
図会 #240 位付35 邊見評価 位付7 (15000)
石巻銭?石ノ巻銭?
収集をしていると案外、地名表記がついおざなりになってしまいます。石巻(いしのまき)が良い例で、石巻とも石ノ巻とも泉書で表記されて統一性がありません。手引き、入門は石ノ巻であり、青譜、拓影集、図会、泉誌、カタログは石巻としています。(その他、日本貨幣カタログは石ノ巻、日本貨幣収集事典は石の巻、天保銭関係は石巻派が多い。)
多数派は石巻ですが、これはワープロの変換機能によるところが多いかもしれず、現在パソコンで『いしのまき』入力変換しても、『石巻』でしか回答は返ってきません。
地図を見ると現石巻市は牡鹿(おしか)半島の付け根、北上川河口にあり仙台市からは40kmくらい離れていますが藩政時代には仙台藩の経済の中心地でした。北上川水運によって南部藩領からも米が下り、河川交通と海運との結節点として、日本海側の酒田港と列んで奥羽大貿易港として有名で、石巻港から江戸へで送られた米は江戸市中で流通する米の半数を占めたと言いいます。また旧仙台藩内で唯一鋳銭を許された地でもあって、鋳銭場という地名が石巻駅前に残っているそうです。上川河口の小島に潮の干満によって渦巻きができる岩『巻石(まきいし』があり、地名のいわれになっていると伝えられています。
個人的な推測ですが石ノ巻の表記流行は江戸時代初期〜中期頃、庶民に文字が普及しはじめ、表音と表記の差による混乱が生じないよう配慮して定着したものではないでしょうか? (石巻 → 石ノ巻 → 石巻 説)
それは、私の出身地にも似た現象があるからです。江戸時代には〇ヶ崎藩が存在し、古文書にもはっきり〇ヶ崎の表記が見られ、小学校や駅名は〇ヶ崎ですが、現在地元の人はヶ抜きで表記発音するのが普通で、ヶ入りの表現をすると間違っていると怒られます。調べてみると最も古い神社の名前は〇前(前=崎)ですが、江戸時代に〇ヶ崎表記が現れて定着したあと江戸後期〜明治期以降に再び〇崎が主流になり、いつしか『が』の発音も省略されることが主流になってしまっています。
余談ですが栃木県に多い茂木(もてぎ)姓は読み方が難しいため、引越し先で茂手木に表記が変わってしまったり、読み方そのものを(もぎ)に変えてしまった例があると聞いています。
いずれは石ノ巻は石巻に圧倒されてしまうと思うのですが、判官びいきな私は今しばらく石ノ巻という地名(銭名)を大事にしたいと考えます。