耕英の扉
一筋の光
震災を経て


一筋の光


栗駒山は歴史と伝説に彩られています。

はるか昔、海に住む人たちが栗駒山で狩猟をしていたことを物語る石器等の遺物。

中央政権を敵にまわして戦い続けたアテルイ、源義経の伝説.

また、優れた能力を持つがゆえに時の権力から疎まれ身を隠さざるを得なかった

武士もいたと伝えられています。

そして、東西の交流を偲ばせる古道羽後岐街道(仙北街道栗駒越え)や名湯として

知られる駒の湯にまつわる歴史….

特に駒の湯が戦後の耕英開拓の原点となった経緯を辿ると、駒の湯はまるで神が

後世の災いや敗戦を見通し用意してくださった恵みのような思いにとらわれます。

昔から栗駒山は窮地に追い込まれても必死で努力する人々に一筋の光明を与えて

きたのかも知れません。



今回の地震で温泉を経営されている方々が被った損害がただならぬこととお察しし

ます。

しかし、支援の見通しは決して明るいものではないように思われます。

この方々は、これまでインターネットや情報誌、マスコミなどいろいろな媒体を通じて

栗駒山の自然や歴史、文化などの情報を広く発信し、訪れたお客様にひとときの憩い

や安らぎの場を提供し親しまれてきました。

そして他の産業や地域の活性化に大きく貢献されるとともに、ひいては栗原市に付加

価値を生み出してくださったのではないでしょうか?

改めてそのご努力に頭が下がる思いがします。

私はある旅館経営者の方の言葉が心に残っています。

それは、「源泉を失い一時は廃業を考えたけれど、全国から寄せられた手紙を拝読し、

温泉旅館は個人の所有であるけれど個人だけのものではないということがわかりまし

た。だからどんなに大変でも再開する方法を考えようと思います。」というものでした。

後から新しい源泉を見つけることができたとのテレビの報道で、私はふとあることが頭

に浮かびました。

たいへんな状況に置かれながらも、考え、努力して生きる道を模索し続ける人に栗駒山

の神々は一筋の光を与えてくださっているのでは…そして、その光の中に絆や希望を

見出した人々が集まるようにしてくださっているのではないか…

今回の地震は甚大な被害をもたらしました・・・。けれども、復興という長く険しい道のり

に挑む人々に栗駒山の神々は再び一筋の光を投げかけてくださっているように思える

のです。