
| 御朱印社領 | 神 社 | 鎮 座 地 |
|---|---|---|
| 1,331石 | 東照宮 | 台東区上野公園 |
| 600石 | 日枝神社 | 千代田区永田町 |
| 500石 | 大國魂神社 根津神社 |
府中市宮町 文京区根津 |
| 200石 | 藏前神社 王子神社 |
台東区蔵前 北区王子本町 |
| 100石 | 愛宕神社 | 港区愛宕 |
| 50石 | 穴八幡宮 | 新宿区西早稲田 |
| 30石 | 神田神社 大宮八幡宮 白山神社 |
千代田区外神田 杉並区大宮 文京区白山 |
因みに、一応の目安として、
徳川幕府から御朱印社領30石以上寄進されていた神社は、
現在の東京都内に鎮座する神社で見ますと、
私(宮司)の知る限りにおいては、次の通りであります。
尚、江戸時代における当社(石清水八幡宮、現・藏前神社)の
朱印地200石は、
武州荏原郡六郷領の内、今泉村・御園村両所(現・大田区内)にて拝領しました。
但し、これらは全て明治4年の〔社寺領上地令〕によって収公(没収)されたのであります。
(社号・其の他は現在のものであります)
徳川家康公が慶長8年(1603)江戸に開いた幕府(徳川幕府)も、幕末の外圧などに起因して、慶応3年(1867)徳川慶喜公が大政奉還し、15代・265年間続いたその歴史に幕を閉じました。
ところで、寺社の経済はどうであったのでしょうか。神社に限れば、朱印地や黒印地でその経済が維持された例は数多くの神社からすればごく僅かであり、大部分の神社は自ら開墾・買得した土地あるいは大名からの寄付米などによって維持されていました。
朱印地とは、江戸幕府が寺社などに対して【朱印状】を下付してその所領を確認した土地、すなわち、江戸時代に寺院・神社などが【将軍から朱印状の発給】を受け、領主として知行する土地を言い、
黒印地とは、大名が寺社などに対して【黒印状】を下付して寄進または安堵した土地、すなわち、【大名から黒印状の発給】を受け知行する土地を言います。
将軍家からの【朱印状】の発給による社領安堵が一定するのは、徳川第4台将軍家綱公の時代ですが、此の頃、全国では、神社には約15万石(約1,000社)が、寺院には約18万石(約3,600寺)が朱印地として安堵されました。黒印地は約13万石でした。
朱印地の「大」は日光東照宮の1万石から「小」は僅か1石までありました。