江戸時代の行事(1)

【勧進大相撲】

(文政4年2月場所は、或る資料では蔵前大護院とありますが藏前八幡のことです)

本興行をもって京・大坂に従属した江戸相撲の独立形態と見なされる

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場       所 地    位 力 士 名 備              考
宝暦07年10月 東関脇 雪見山堅太夫 初めて木版一枚刷縦番付の発行
11年10月 西前二 戸田川鷲之助 従来の勧進相撲から勧進大相撲となる
13年10月 西前二 艫 綱 良 助
14年03月 東小結 雪見山堅太夫
安永05年01月 欠場者多いため興行中止
天明02年02月 東関脇 虹ヶ嶽杣右衛門
06年03月 西大関 谷 風 梶 之 助
11月 東関脇 小野川喜三郎
07年05月 諸国不作のため興行中止
11月 東関脇 鷲ケ浜音右衛門
寛政01年03月 東関脇 小野川喜三郎
04年11月 西大関 谷 風 梶 之 助
05年03月 西大関 谷 風 梶 之 助
07年11月 西前二 柏 戸 宗 五 郎
09年03月 西大関 雷電為右衛門
12年04月 西関脇 花頂山浅右衛門
10月 西関脇 千田川吉五郎
享和03年03月 西大関 雷電為右衛門
文化04年02月 西大関 雷電為右衛門
15年02月 西大関 玉 垣 額 之 助
文政01年10月 東大関 柏 戸 利 助
04年02月 西前二 四 賀 峰 音 蔵
08年01月 東小結 小 柳 長 吉 後の阿武松(おうのまつ)

【勧進大相撲】(かんじんおおずもう)

勧進大相撲発祥の地であり江戸時代にはその三大拠点の一つでした。当社で開催された宝暦7年10月場所において、木版一枚刷縦番付が初めて発行され、本興行をもって京・大坂に従属していた江戸相撲の独立形態とみなされました。そして、当社で開催の宝暦11年10月場所から従来の勧進相撲が【勧進大相撲】となり、財 団法人日本相撲協会の直属機関でもある相撲博物館には一部の勝負付けが欠落してはおりますが、当場所からの殆どの勝負付けが現存・所蔵されております。当 社で開催の本場所では、幾多の名勝負が見られましたが、中でも63連勝の谷風が小野川に敗れた一番は江戸中大騒ぎとなりました。このような史実に基づい て、財団法人大日本相撲協会から現存の社号標や石玉垣が奉納されています。
 因みに、興行場所は、寺社の境内が基本で、回向院・深川八幡・
藏前八幡・芝神明のように有名な寺社はだいたい勧進大相撲の会場となりました。然し乍ら、本所の回向院での開催が次第に増え、天保4年(1833)10月場所から回向院が定場所と決まり、明治42年に国技館ができるまで続きました。

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当社で開催された本場所と優勝力士(当時は優勝制度がなかったので最多の勝ち星力士)を紹介します。

【木版一枚刷縦番付=宝暦7年(1757)10月場所】 

    (木版一枚刷縦番付)