江戸から明治へ(2)

 明治政府によって定められた神社の格に関する制度であり官社と諸社とに分類し、官社は朝廷に縁の深い神社が中心となって列格。諸社のうち府県社(ふけんしゃ)は府県が崇敬する神社と規定、
郷社(ごうしゃ)は郷村の産土(うぶすな)神社とされ、郷社の下に村社(そんしゃ)が設けられました。
 然し乍ら、これらの
社格は昭和21年に廃止されました。
 因みに、当社が鎮座する台東区は、浅草区と下谷区が戦後統合されて誕生したのでありますが、ご参考までに、
当区に鎮座する本務神社に関する旧社格一覧を示してみます。
 尚、社号はすべて現在のものであります。また、下表の何れにも登載されていない神社は
無格社であります。

藏前神社HP
由緒沿革
切絵図
境内
勧進大相撲
万年青品評会
江戸名所一覧双六
役員一覧
御朱印社領
社格制度
本社神輿1
本社神輿2
本社神輿3
本社神輿4
朱引き
藏前神社睦
落語
落語案内板
落語元犬像
池波正太郎
厄年一覧表
九気性(星)
四季の草花
御祈祷執務時間
案内図
氏子区域
リンク集

徒然なるままに!
思うに、当社は徳川将軍家の祈願所であり、第5代将軍綱吉公が、朝廷や武家から極めて崇敬の篤(あつ)い、京都・男山の石清水八幡宮を此の地に勧請したのでありますから、郷社の規定から外れていた、と言っても良いのではないでしょうか?
もともと、明治元年の神仏分離令布告以前は、石清水八幡宮(当社)の別当寺たる雄徳山大護院が実質的に支配しており、いわゆる、僧侶持ちでありましたの で、大護院の廃寺(廃絶)により壊滅的なダメージを受けた事は想像に難くありません。規模は大幅に縮小され、また、当社の前には幕府の米蔵が存在していた こと等もあり、種々の要素がネックになったと考えられます。

【社格制度】

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旧 社 格 神               社 旧     区
府  社 東照宮 下谷区
郷  社 藏前神社・浅草神社・鳥越神社 浅草区
下谷神社・秋葉神社 下谷区
村  社 榊神社・須賀神社・銀杏岡八幡神社・
玉姫稲荷神社・
矢先稲荷神社・今戸神社・
熱田神社・諏訪神社・本社三島神社
浅草区
鷲神社・小野照崎神社・五條天神社・元三島神社・
三島神社・(千束)稲荷神社
下谷区