「嘲笑う霊たち」

の知り合いに、某寺の住職でTさんという50代の男性の方がいます。
人生経験に裏打ちされた哲学を、決して押し付けではなく自然な形で人に伝えることが
できる立派な方です。

しかし、そんな立派なTさんもまだ若かりし頃、人生に悲観して自殺をしようとしたことがあります。
「人間の持つ冷酷さ、残酷さ」こういったものに滅法痛めつけられ、生きる気力、意思が
なくなっていたからだとTさんは私に教えてくれました。

若かったTさんはある夜、自ら人生を終わらせようと夜中に家を出ました。

「生きていたって仕様がない・・・どうせロクなことがないに決まっている。
今までだってそうだったんだ・・・」

Tさんは肩を落とし、自嘲の言葉を吐きながらゆっくりと何処かへ向かって歩いて行きます。

・・・しばらく歩くと、かねてから目をつけていた踏み切りへとやって来ました。
そこは近所では知らない人がいない踏み切り・・・自殺の名所です。

年間、数人の方たちがそこで自ら命を絶つ踏み切り・・・いつの頃からか自殺の名所
と呼ばれるようになり、近所の方たちもなるべく寄りつかないようにしている場所でした。

暗く、人気のない踏み切り・・・そこが自殺の名所ではなくても恐怖を感じる様な
不気味な雰囲気を醸し出していました。

「ふっ・・・まさか俺がここに来るとは思わなかった・・・」

Tさんは自分の運命、成れの果てを鼻で笑うとたまらない気持ちになり、
暗闇の中、手で顔を覆って泣きました。

「カーン カーン カーン カーン!」

Tさんはびくりと身を起こしました。踏み切りの警報機が鳴ったのです。
左右に並列したランプは、身を交互に赤く明滅させながら列車の接近を報せてきます。

Tさんの心臓が動きを速めます。

「・・・来た・・・」

Tさんは迷いました。遮断機が頭上から、侵入者を防がんとその長い腕を
ゆっくりと下ろしてきます。

Tさんは線路上に走りこみました。遠く右の方に2つのライトが見えます。
と、ライトはみるみる近づいてきて、列車がすぐそこまで迫ってきました。
眩しい光。轟音。けたたましい警報機の音・・・

と、Tさんは恐怖に耐え切れず、線路外へ飛び出しました。

列車はTさんの真横を駆け抜けて行きました。

「はぁ、はぁ、はぁ」

Tさんは死ぬことが出来ませんでした。力が抜け、しばらくその場で仰向けになっていました。

「・・・ちきしょう。怖気づいちまった・・・」

と、
「くっ、くっ、くっ、くっ・・・」

・・・何人かの人間が笑いを噛み殺してるような声が聞こえてきました。

周囲を見ると、さっきTさんがいたのとは反対側の遮断機の方に、
何人かの者が立っていました。

それは全身が醜く歪んだり、一部が欠損していたりとする3人の男たちのようでした。
外灯の淡い光に照らされた彼らは、身体の動きに合わせ、身体の各所から鮮血を
溢れさせていました。

「・・・自殺した霊たちだ」

Tさんは直感的にそう思いました。姿、形からして明らかに生きている人間ではない。

霊たちはTさんを見てニヤニヤ笑っています。まるで死のうとしているTさんを
嘲笑っているようです。

「可笑しいか幽霊ども。死に損なったのが可笑しいのか?」

Tさんが声をかけると、霊たちはは身をよじって笑いました。
ゴボゴボと鮮血が溢れる音も不気味に広がります。

「次は飛び込むからしっかり見ておけよ!すぐにお前らの世界に行くからな!」

しばらくすると

「カーン カーン カーン カーン!」

また警報機が鳴り出しました。

と、一斉にTさんに向かって霊たちが騒ぎ立てます。

「今度はうまくやれよウスノロ!!!」

「オマエはこの世にはいらないヤツなんだよ!!!」

悪態をつきながら、霊たちはTさんに自殺を促そうと躍起になっています。

明滅する赤いランプが照らし出す光を見ながら、Tさんはふっと考えました。

「・・・俺がなんで自殺を考えたのか・・・それは人間がイヤになったからだ。
冷酷で残酷で、自己中心的な人間。下らない皮算用ばかりしている人間たちに
俺は傷つけられ、多くのものを取り上げられた。だから自殺を考えた。
そうしてここへ来たら、幽霊たちに会った。あいつらは俺のことを口汚く罵る・・・
そんなあいつらも一応は人間だ。
そう考えると、結局あの世の人間たちっていうのも、この世の人間と変わらないんじゃないか?
あの世に行ってもイヤな人間はたくさんいるんじゃないのか?
いや、待てよ・・・あの幽霊たちは少し変わった世界のヤツらで、俺が天国に行けば
関係ない・・・でも、自分で命を絶ってしまったら天国に行けないって聞く・・・
すると俺は多分、地縛霊になる。そうなったら最後、ここで永遠にあいつらと・・・
それはイヤだ!」

Tさんは敢然と線路外に飛び出しました。

Tさんの真横を駆け抜ける列車。
その轟音に負けない大声で、Tさんは目の前の霊たちに向かって叫びました。

「死んでもお前らがいるのなら、生きてお前らと闘ってやる!!!」

霊たちは残念そうな顔をすると、スッとその場から消えてしまったそうです。

現在Tさんは、冒頭でも述べたように住職として、そして三人の子供の父親として
立派に生活されています。

Tさんは私に言いました。

「生きていれば必ず良いことがあります。信じるに値する人間もたくさんいます。
死ぬなとは言わないが、生きることは悪くない」    



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