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日時 2009年1月30日(金)
午後 2時 及び 7時
2009年1月31日(土)
午後 2時 及び 7時
2009年2月1日(日)
午後 2時
場所
アクセスマップ
公演情報
あらすじ
1978年江戸時代の末期に、二宮金次郎は小田原近くの栢山村の農家に生まれた。おさなくして両親に死に別れたが、中国古典に親しむなど、その聡明さは村中に知れ渡っていた。伊能忠敬に測量の技術を教わると共に、酒匂川の土手に松を植えて水害を防いだりした。その科学的思考力の深さについての噂は、あちこちに広まり小田原藩にまで達するに至った。その藩の家老、服部十郎兵衛家の財政の立て直しを小田原藩から依頼され、それを見事に成し遂げるのだった。しかしその間、自分の家の事を顧みることができず、妻キノは堪り兼ねて、実家へと帰ってしまった。
金次郎のこの敏腕が、小田原藩大久保加賀守忠真の目にとまった。おりしも小田原藩の分家宇津釩之助の下野桜町領の荒廃には、棲ざましいものがあった。小田原藩は、金次郎の力を見込んで、その桜町領立て直しを金次郎に依頼した。
その依頼を受けて、再婚の妻波と共に桜町領に赴いた金次郎は、農民階級の立場から改革を推し進めようとしたが、武士階級の反抗が激しく、その目的は容易には達成できなかった。そのような中、悩みに悩んだ金次郎は櫻町領を抜け出して、成田山新勝寺での苛酷な断食行に身を投じた。そして悪戦苦闘の末、ようやく桜町領の復興を成し遂げるのだった。
その実績は高く評価され、その後金次郎は関東各地において、数多くの農民復興の指導を農民の立場に立って行った。
金次郎は江戸時代の日本における、珍しい民主主義思想の持ち主であり、農業の技術と行政に関す
る開拓者として、現代に通じるものを持っていたと言えよう。
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