妖精譚 〜Faery Lore〜
まだ春になったばかりだというのにその日は朝っぱらから日が照りつけ、少女にはまるで真夏の茹だるような暑さに感じられた。
その名をミルレイムという少女は気だるそうに足を引きずって歩き、剥き出しの地面の道を行っている。
白い帽子は日除けのためか、鍔(つば)が広く、顔を俯けて歩く少女の表情を隠している。華奢な身体に纏った衣服は幾分ゆったりとしたもので、上着とスカートが一続きになった、こちらも真っ白な衣服だ。肩を超す髪はくせっ毛なのか毛先が外側に跳ねている。綺麗な金色に染まった髪は帽子の鍔で陰り、今はオリーブ色に落ち着いている。
小柄ながらも目鼻立ちの整った可愛らしい顔立ちや容姿、清潔感の溢れる、少し見ないような格好こそ、どこかのお金持ちの家の令嬢のようだったか、暑さに腑抜けた表情は少しもそれらしく感じられない。
「暑い……」
倦怠感に満ちた声がミルレイムの口から漏れた。
ミルレイムは帽子の鍔を指先で摘まんで目深に被り直す。
白で統一した少女の姿は清涼感を感じさせるが、衣服で帽子で身体を包み込み、肌を隠した格好は暑苦しさを感じさせなくもない。
額に滲んだ汗が一滴(いってき)の雫となって少女の白い頬を伝い、小さな顎から滴り落ちる。
滴る汗は止まる兆しがなく、にもかかわらず腕まくりすらしない様子は、まるで太陽の光を浴びれば溶けて消えてしまうかのようだ。
とうとうミルレイムは立ち止まった。
あとどれだけ歩き続かなければならないのか。
自らの運命を呪い、絶望にも似た心境で少女は顔を上げ、道の先を確認する。
暑さで空気が揺らいで道が歪んでいる。もうもうと立ち込める熱気が容赦なく少女の体力と気力を奪っていく――ように少女には思えた。
しかしもう少し顔を上げて道の先に視線を向けたとき、ミルレイムの表情が一変し、それは一筋の希望の光が差したようだった。
永遠とも思えるほど長く続いていた道の先に、小さな町が見えた。赤い褐色の屋根の石造りの家々。緩やかな丘陵地に過密に立ち並び、町の中には小川が通っているのも見える。
ミルレイムは花が咲くように表情をパッと明るくさせた。しかし暑さに当てられて壊れてしまったのか、にんまりと不適な笑みを浮かべる。
「ふふっ、ふふふっ、ふふ……」
声こそ高く、可愛らしいものだったが、その笑みと何かに取り憑つかれたような顔つきは底抜けに不気味で、今の彼女を目にして近づこうとする者は誰もいないだろう。
ミルレイムは一頻り笑うと、どこか勝ち誇ったような口ぶりで呟き始める。
「国を追われてはや三日。野を越え、山を越え、森で果物を探せば狼に追われ、子羊の毛を弄んでいれば羊泥棒と間違われ……しかしそんな生活も今日で終わりです! ようやくちゃんとした寝床で寝られて、まともな食事にありつける……かも……」
威勢の良かった声はどんどん尻すぼみになっていき、最後にはお腹を掌で押さえてがっくりと顔を俯けてしまった。
ミルレイムは独り言を言うのを止めて余計な体力を使ってしまったと後悔した。しばらくすると少女はまたのそのそと歩き始め、初めて訪れる人間の町に向かった。