| No.949 | 2012.2.6 |
アンドシーヌIndochie、アルバム「Paradize」リリース10周年記念コンサート 2012.2.6
アンドシーヌIndochieが、2月1、2日パリZenjthで、アルバム「Paradize」リリース10周年記念コンサート「Un soir au paradis/パラダイスの一夜」を行った。
アンドシーヌはNicola Sirkisを中心とするポップ・ロックグループ。昨年の東日本大震災の際には、日本語で歌ったCD「Un ange à ma table/僕にテーブルに天使が」を出して日本を支援している(№687)。1981年に結成されたこのグループは82年に最初のヒット「L‘aventurier/冒険家」を出した。その後99年に結成時の主要なメンバーの一人Nicalaの双子の兄弟Stephanを病気で失うなどして低迷が続いた。しかし2002年に出したスタジオ録音アルバム「Paradize」は150万枚以上の売上げ、特にその中に収められシングルカットされた「J’ai
demandé à la lune/月に願った」(作詞作曲ともMickey 3DのMickaël Furnon)はフランス、ベルギー、スイスでチャートトップの大ヒットになりグループは再び脚光を浴びた。そして03年のVdMでポップ・ロックアルバム賞を受賞。その後リリーしたアルバムはいずれもヒット、最新アルバム09年の「La république des Météors/メテオルス共和国」も好評で、10年6月26日にはStade de Franceでのコンサートには8万人の観客を集め、11年のVdMでは特別賞を受賞した。今回のコンサートはIndochine復活のアルバム「Paradize」リリース10周年を記念するもので、2日間12000枚のチケットは発売12分でsold out。観客は15歳から50歳代まで、多くは「Paradize」によってIndochineを知ったファン、そして多くはこのアルバムに収められた曲の歌詞を暗記している。コンサートではこのアルバムに収められた曲「Marilyn」、「Dunkerque」、もちろん「J’ai demandé à la lune」などを歌った。「Le Grand
Secret/大きな秘密」はカナダ出身の女性ロック歌手Melissa Aur der Maurとのデュオであったが、「大きな秘密をバラスと彼女は出産したばかりで、今回出演できません。彼女のパートは皆さんが歌って下さい。」このアルバム以外からのヒット「3 nuits par semaine/1週間に3夜」、それに現在録音中の次のアルバムに収められる予定の曲も、最後の曲はアルバムから「Un singe en hiver/冬の弧猿」。
「J’ai demandé à la lune」クリップ
「Le Grand Secret」2012.2.1パリZenithで
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| No.948 | 2012.2.5 |
№948 ジュリエット・グレコJuliette Gréco、最近の話題(その3)新しいアルバム 2012.2.5 1月23日、ジュリエット・グレコJuliette Grécoが新しいアルバムを リリースした。 ・「C’est là là là/それはラ ラ ラ」(Marc Lavoineとのデュオ)「川船が行き来する、それは私の人生、それはラ ラ ラ・・」 ・
「Sous les ponts de Paris/パリの橋の下」(1941年のクラシック。Melody Gardotとのデュオ、Christian Escoudeのギターがジプシーのタッチを添えている) ・「Le Petit Pont/プチ ポン」(俳優、脚本家、歌手François MorelとAntoine Sahlerの詩Notre-Dame de Parisの脇にある小さな橋、Grécoに歌われることは橋にとって誇りだと歌う)、 ・「Paris se rêve/パリは夢みる」(ラップ歌手Féfé作詞・作曲でFéféとのデュオ、「Jacques PrévertやFrancis Lemarqueの詩を思い出させる。彼のように若い人がパリをこんな風に歌うとは」) ・「Le Pont Juliette/ジュリエット橋」(ベルギー人の作家Amélie
Nothombの詩、右岸側ルーヴルのLa Cour Carréeと左岸側Rue Des Saints-Pèresを結ぶ想像上の橋、「これは私への愛を歌った詩、だから私自身では歌えない。それで[Comédie Françaiseの正座員]Guillaume Gallienneに詩の朗読を依頼した、優れた俳優である彼はtake2でOKだった。みんなビックリ」) ・「Pont Royal/ロワイヤル橋」(作家Philippe Sollers詩、「どれも特異な歴史を持つパリの橋の中でもその王」、Grécoはこの橋の左岸側の近く33、rue Verneuilに長く住んでいた、「後にこの通りの5番地にSerge Gainsbourgが越してきた」) ・「La petite auto/小さな自動車」(Gérard Duguet-Grasser作詞、Duguet-Grasserとのデュオ、ft.Alexandra Roos、 Sly Johnsonのhuman beatboxも) ・「Le miroir noir/黒い鏡」(長いキャリアでGréco自身の詩による曲はこれが6曲目、「私のSeine、私の数々の恋の舞台になったSeine、その水は何に、どこへ流れて行くのか、パリは今も私のよく知っている、私が愛した町のままでいるわけではない」) スタジオのGréco http://www.youtube.com/watch?v=EPbwRgvMiME 「Sous les ponts de Paris」Gardotとのデュオ |
| No.947 | 2012.2.4 |
№947 クロード・フランソワClaude François、伝記映画「Cloclo」予告編 2012.2.4 クロード・フランソワClaude Françoisの伝記映画「Cloclo/クロクロ」の予告編が公開された。Clocloの愛称で親しまれていたClaude Francois(1939-78)はエジプト、イスマイリア生まれのACI。当時父はスエズ運河運行責任者。56年一家はフランスに。ニースでバンドのドラマーやヴォーカルをやっていた61年B.B.に勧められてパリに。62年アメリカのヒット曲「Girls,girls,girls」に自身がフランス語の歌詞を付けた「Belles,belles,belles/美しい娘たち」が突如全国的にヒット、60~70年代を代表する人気歌手に。「Les clodettes/レ クロデット」と呼ばれた女性ダンサーが歌う彼の周りを踊る新しい演出も。67年には「Comme d’habitude/いつものように」(№847)を歌う。78年人気絶頂期に浴室で感電死。映画「Cloclo」の監督はFlorent Emilio-Siri(「Nid de guêpes/スズメバチの巣」、「Otage/人質」などの作品がある)。物語は子供の頃の淡い恋心、困難だったフランスへの脱出から始まる。そしてショ-マンシップ溢れる歌手であると同時に優れたビジネスマン、女性を愛してやまない、徹底した完璧主義者であったClocloの華々しい成功ばかりでなく、彼の無分別さ、迷い、不安、弱さなど、あるいは私生活における隠された部分も描いている。Clocloを演じるのはベルギー出身のJérémie Renier、11年に公開されたこの映画のteaserですでにClocloよく似ていることから評判に。その他主な配役は:Monica Scattini(母親役)、Sabrina Seyvecou(5歳年長の姉Josette François役)、Benoît Magine(プロデューサーのPaul Lederman役)、Joséphine Japy(France Gall役、Gallは65年から67年にかけて恋人、Gallとの破局から「Comme d’habitude」が生まれたと言われている)、Ana Girardot(Isabelle Forêt役、Gallとの破局後から72年までの伴侶でClocloの2人の男児、Claude juniorとMarcの母親)、Jérémy Charbonnel(Christian Morise役、65年から5年間秘書として24時間Clocloに仕え、08年Clocloの伝記を出版している)、Robert Knepper(Frank Sinatra役)。3月14日に公開予定のこの映画、Clocloと同じような成功を収めることが出来るだろうか。
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| No.946 | 2011.2.3 |
№946 ダニエル・ギッシャールDaniel Guichard、 F2「Vivement
Dimanche」に出演 2012.2.3 ダニエル・ギッシャールDaniel Guichardが1月29日Michel Drucker司会のF2人気番組「Vivement Dimanche/楽しみな日曜日」に出演した。Guichard1948年パリ生まれの歌手で作詞もする。70年代初めまで中央市場があったHalles近くで育つ。15歳で父親を亡くし昼はHallesの倉庫で働き、夜はMontmartreやSaint-Germain des PrèsのキャバレでAristude
Bruantの曲などを歌う。彼の「parigot/下町のパリっ子」アクセントは人気に。72年最初のヒット曲「La tendresse/優しさ」(作詞Guichard&Jean Fradin、作曲Patricia Carli)を出しスターに。74年には最大のヒット「Mon vieux/モン ヴユ」(№805)、その後も「Chanson
pour Anna/アンナのためのシャンソン」(74年、Anne
Frankに捧げられている)、「Je
viens pas te parler d'amour/愛を語りに来たんじゃない」(80年)、「C'est
pas facile d'aimer/愛することは容易じゃない」(80年)、「Je
t'aime tu vois/君を愛すている、解っているだろう」(80年)、「Le
Gitan/ジプシー」(83年)、「Cœur en voyage/旅する心」(86年)などを歌い80年代半ばまで人気歌手に道を歩む。80年代後半からはあまりメディアに登場せず、93年アルバム「D'amour
et d'émotion/愛と感動と」を出してからは南仏に住み、キャンピングカーで回るコンサートを行っている。06年には15年振りにOlympiaに出演。09年8月には18曲を収めたbestアルバムを出し、10年2月にもOlympiaの舞台に立った。番組ではGuichardは「La
tendresse」、「Le Gitan」(グループChico
et Gipsyと一緒に)、新曲「Mes silences/僕の沈黙」などを歌った。番組には夫人のChristine、子供のEmmanuelle(バックコーラスの1人をつとめた)とGabriel(「Mes silences」の作曲)、著名なカメラマンでGuichardのレコードジャケット、コンサートポスターやプログラムの写真を撮影しているKlaus
Roethisbergerらが出演した。Guichardは12年4月14日~22日パリOlympia出演。 http://www.youtube.com/watch?v=K1cWvnhbPrU |
| no.945 | 2011.2.2 |
№945 リンダ・ルメイLynda Lemay、サプライズ受勲 2012.2.2 リンダ・ルメイLynda Lemayが1月30日出演中のパリOlympia劇場で、大きなサプライズプレゼントを受けた。Lemayのコンサートも終わりに近づき、アンコールに応えようとしたとき、突然、予想もしなかったCharles Aznavourがステージに登場。「こんなことあり得ない!」と興奮するLemay。Aznavourは文化大臣Frédeéic Mitterrandに代わって、LemayにOrdre des Arts et des Lettres/芸術・文芸勲章のchevalier/騎士勲章を授与するためやって来たもの。Lemayは1966年 カナダ ケベック近郊生まれのACI。カナダでは90年代初めには人気歌手。フランス初登場は95年La Rochelleのフランコフォリー。96年7月スイスMontreuxのjazzフェステイバルに出演した際Aznavourの目に止まり、その知遇を得たことなどもあり、シャンソンフランセーズで確固たる地位を。03年にはVdMで女性歌手賞を受賞。最新アルバムは10年9月リリースの「Blessée/傷ついて」。2000年4月オランピアに初出演、今回の出演が51回目。勲章の授与に当たってAznavourは「この役には私が相応しかったのでしょう。私は委任された任務に基づき、『vous épingler/あなたを捕まえる:あなたの胸に勲章をピンで留める』ためにやって来ました。今からあなたは芸術・文芸勲章の『chevalier/騎士』です。あなたは、フランス語で、それはもちろんあなたの言葉でもあるけれど、書くということをやって来た。」Lemayは「このような大きな感動は一生でそう度々経験することではない。ケベック近郊出の私が皆さんの前で、Charles Aznavourにépinglerされるなんて!」 http://www.purepeople.com/media/_m785547 |
| No.944 | 2012.2.1 |
№944 ミレーヌ・ファルメールMylène Farmer、NRJ特別賞 2012.2.1 ミレーヌ・ファルメールMylène Farmerは2012年NRJ音楽賞授与式で特別賞を授与された。FarmerはNRJ賞受賞の常連中の常連。過去に女性歌手賞4回、アルバム賞3回などを受賞している。今回はこれまでのキャリアに対してNRJ賞で初の特別賞(ダイヤモンド賞)が授与された。授与したのはファッションデザイナーでFarmerの舞台衣裳も手がけているJean-Paul Gaultier。Farmerは今回ゲストとして出演、司会のNikos Aliagasが「Farmerの出場はそれだけで一大事件」と紹介。資料映像が流された後、6人のバックダンサーとステージに登場、歌ったのは11年の最新シングルの「Du temps/時間」。ただし歌は口パクで前日に録音された模様。 http://joanna104.skyrock.com/photo.html?id_article=3065413169&id_article_media=28752394 |
| No.943 | 2012.1.31 |
№943 2012年NJR音楽賞、フランス語部門の受賞者 2012.1.31 音楽番組専門のラジオ局NRJの2012年音楽賞授賞式が1月28日カンヌのPalais de Festivalsで行われた。第13回となる今回のフランス語部門の主な受賞者は次の通り: ・男性歌手賞:エム・ポコラM.Pokora・・候補は他に、Corneille、David Guetta、Christophe Maé M.Pokora、本名Mattthieu Tota、は1985年Strasbourg生まれのACI。2003年TVM6スター誕生番組Popstarsに出演、R&BグループLinkupで優勝。04年グループは解散し、ソロ活動。04年「M.Pokora」、06年「Player」、08年「MP3」、10年「Mise à jour/改訂」と定期的にアルバムをリリーしている。NJRでは受賞の常連で、06年シャンソン賞、07年男性歌手賞、11年男性歌手賞及び「Just
une photo de toi/ただ1枚の君の写真」でシャンソン賞を受賞。2年連続して2冠。 ・女性歌手賞:シャイムShy’m・・候補は他にJoyce Jonathan、Nolwenn Leroy、Elsa Tovati Shy’m、本名Tamara Marthe、は1985年Yvelines県生まれの歌手。父はMartinique出身。幼少の頃から歌とダンスに興味。ただし生来の控えめな内気な性格でオーディションを受けることが苦手。ステージネームのShy'mは英語のShyにMartiniqueのmを付け加えたもの。デモクリップを諸処に送り、06年ファーストアルバム「Mes fantaisies/私の気紛れ」は、その中の「Femme de couleur/有色の女性」などが好評で50万枚近い売上げ。08年2枚目のアルバム。10年6月の3枚目のアルバム「Prendre l'air/一息つく」は「Je sais/私は知っている」、「Prendre l'air」、「Tourne/回れ」を収録、20万枚以上の売上げ。2011年11月にはCalogeroの「En apesanteur/無重力状態で」をカバーしたシングルを出している。NRJでは過去数回ノミネートされたが受賞は今回が初。 「A
nos actes manqués」は1990年のCarole Fredericks/Jean-Jacques Goldman/Michael Jonesトリオのアルバムで100万枚以上売り上げたと言われている「Fredericks/Goldman/
Jones」に収められている曲のカバー。M.Pokoraは11年4月26日シングルでリリース、7週間シングルチャートの1位。
http://www.youtube.com/watch?v=NDKqt7Q5NyQ |
| No.942 | 2012.1.30 |
№942 「Le concert pour la tolérance」、TV5MONDEJaponで放送 2012.1.30 「Le concert pour la tolérance/寛容の精神コンサート」は「他人を受け入れ、違いを受け入れ、あらゆる差別をなくそう」をスローガンに2005年からモロッコで行われている入場無料のコンサート。毎回フランスで、マグレブで、あるいは国際的に活躍している歌手が出演。第7回のコンサートは11年10月15日前年同様モロッコの大西洋岸のアガディール海岸で20万人を越える観客を集めて行われた。その模様がTV5MONDEJaponで20121.28日19:15~放送された。司会はSandrine
Corman。 今回の出演者は:マジック・システムMagic System(コート ディヴォワール出身の4人組グループ、アルバム「Touté
Kalé」は2012年VdMのワールドミュージックアルバム賞にノミネートされている。コンサートでは「La danse de magiciens/マジシャンたちのダンス」を歌う)、パトリック・フィオリPatrick Fiori(№797、「Peut-être que peut-être/多分」を歌う)、インナ・モジャInna Modja(マリ出身の歌手、2012年VdM新人賞にノミネートされている、「French Cancan」を歌う)、シメーヌ・バディーChimène Badi(№892、「For once in my life」を歌う)、BBブリュヌBB Brunes(パリ出身若い4人組のポップロックグループ、「Lala love
you」を歌う)、アレクサンドラ・スタンAlexandra Stan(、ルーマニア出身のダンス音楽、R’n’B歌手、「Get back」を歌う)、アングンAnggun(№885、「Je partirai/私は旅立つでしょう」を歌う)、ラシド・タアRachid Taha(アルジェリア出身のロック、パンク、ライの歌手で重鎮、「Ya
Rayah」を歌う)、エリザ・トヴァッティElisa Tovati(№774、「Il nous faut/私たちには必要」を歌う)など。
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| No.941 | 2012.1.29 |
№941 ゼブダZebda、8年振りのアルバム「Second Tour」 2012.1.29 ゼブダZebda8年振り、6枚目のアルバムは12年1月23日リリースの「Second Tour/第2回戦」。
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| No.940 | 2012.1.28 |
№940 ノルウェン・ルロワNolwenn Leroy、「2011年を代表する人物」に 2012.1.28 ノルウェン・ルロワNolwenn Leroyがラジオ局RTL及びLe Parisien紙の共同アンケートによる「La personnalité de l’année 2011/2011年を代表する人物」に選ばれた。このアンケートは予めノミネートされたアーティスト、スポーツ選手、作家など12人の中から「2011年に最も活躍した人物」としてRTLの聴取者、Le Parisien紙の愛読者が2011年12月15日から2週間にわたり投票した結果決定したもの。Leroyは44.7%の得票でPhilippe Croison(30.6%、感電事故で四肢を失ったが、特別に設計された人工のひれをつけ、10年9月英仏海峡を泳いで横断した人物)、Omar Sy(6.5%、映画俳優)らを圧倒した。他に作家のStephane
Hessel、David Guetta(№939)、女優でユーモリストAudrey Lamy、ラクビーのフランス代表Thierry Dusautoir、女子サッカーのフランス代表Sandrine Soubeyrandらがノミネートされた。 ノルウェン・ルロワNolwenn Leroyは1982年ブルターニュ地方、ブレスト近郊生まれの歌手、TV局TF1のスター誕生番組「Star Academy」の2002年第2回優勝者。10年12月にリリースした4枚目のアルバム「Bretonne/ブルターニュ女性」には「Tri martolod/3人の水夫」、「La jument de Mochao/ミチャオぼ雌馬」、「Dans les
prisons de Nantes/ナントの監獄で」、「Ma Bretagne quand elle
pleure/私のブルターニュが涙するとき」、「Brest/ブレスト」などブルターニュ地方の伝統的な曲、ブルターニュ地方を歌った名曲が収められていて、Leroyは数曲をブルターニュ語で歌っている。このアルバムは、11年にはフランス人歌手のアルバム売上げベスト1になるなどすでに都合70万枚以上の売上げという大ヒットになり、ドイツ、アメリカでのリリースも予定されている。アメリカンヴァージョンには11年11月にシングルでリリースされた「Moonlight shadow」など英語で歌われた曲も収められる模様。Leroyは11年高額所得歌手の6位(№939)で、12年VdMの女性歌手部門にノミネートされている。また12年にはMusée Grévin(グレヴァン蝋人形館)入りするとこになっている。
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| No.939 |
2012.1.27 |
№939 ダヴィッド・ゲッタDavid Guetta、2011年高額所得歌手第1位 2012.1.27 週刊の経済誌「Challenges」によると、2011年の高額所得歌手ランキングは次の通り: 1位ダヴィッド・ゲッタDavid Guetta 320万ユーロ(3億2000万円) 1967年パリ生まれの世界的人気のDJ、音楽プロデューサー。前年はYannick Noahに次いで2位。11年リリースの最新アルバム「Nothing But the Beat」は国内では26万枚の売上げだが、国外では200万枚の大ヒット。国外における「On More Love」などバックカタログの売り上げも好調 2位エディ・ミッチェルEddy Mitchell 300万ユーロ(3億円) 最新アルバム「Come Back」は14万枚の売上げ、100回以上に及ぶさよならコンサート 3位ジャン=ルイ・オベールJean-Louis Aubert 271万ユーロ(2億7100万円) 最新アルバム「Roc-Éclair」はラジオ局RTLの「2011年のアルバム」に選ばれ、31万枚の売上げ。「Roc-Éclair」ツアーも 4位ミレーヌ・ファルメールMylène Farmer 266万ユーロ(2億6600万円) アルバム「Bleu Noir」は42万枚、2枚目となるベストアルバムは13万枚の売上げ 5位ジョニー・アリディー Johnny Hallyday 260万ユーロ(2億6000万円) Mの協力を得たアルバム「Jamais seul/決して一人じゃない」の売上げは期待を裏切り20万枚と低調だった。Hallydayは11年には初めて劇場劇に出演 6位ノルウェン・ルロワNolwenn Leroy 250万ユーロ(2億5000万円) アルバム「Bretonne/ブルターニュ女性」は57万枚以上の売上げ、ただし、カバー曲が多かった。コンサートの他にPanteneなどのCF出演も 7位シャルル・アズナヴールCharles Aznvour 220万ユーロ(2億2000万円) アルバム「Aznavour Toujours/アズナヴールはいつも」は5万5千枚程度の売上げだったが、最高席が200ユーロという17回のOlympia公演、それに引き続く30回の地方公演 8位ロベルト・アラニャRoberto Alagna 160万ユーロ(1億6000万円) テノール歌手のヴァリエテへの進出が吉と出た。ラテンアメリカのヒットを集めたアルバム「Pasión」は12万枚の売上げ、フランス国内各地のZenithでコンサート 9位クリストフ・マエChistophe Maé 160万ユーロ(1億6000万円) 2010年アルバム「On trace la route/僕の生きる道」は都合100万枚の売上げ、11年には100回に及んだマラソンツアーの打ち上げ。ツアーのライヴアルバム、DVDもリリース 10位ベン ロンクル ソールBen l‘Oncle Soul 160万ユーロ(1億6000万円) アルバム「Ben l‘Oncle Soul」は16万枚以上の売上げ及び45回に及ぶ各地のZenithでのコンサート。11月にはパリZenithでのライヴアルバム。 また、同誌によると2010年にフランス国外でのCD売上げが最も多かったのはDavid Guetta で驚異の345万枚。2位はZazで40万枚、その多くはドイツ、次いで日本、トルコ。
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| No.938 | 2011.1.26 |
№938 ジュリエット・グレコJuliette Gréco、最近の話題(その2)TV出演、自分を語る 2012.1.26 ジュリエット・グレコJuliette GrécoがF21月22日放送の「Thé ou café」に出演した。番組のプロデューサーでホスト役のCatherine
Ceylacは「2月7日に85歳の誕生日を迎えるJuliette Grécoに3つのニュースがある。自叙伝の出版(№937)、新しいアルバムのリリース及び2月6、7、8日のThéâtre du Châtelet出演」と紹介。番組ではGrécoの過去の映像(「Si tu t’imagines/そのつもりでも」、「Un petit poisson
et un petit oiseau/魚と小鳥」、「Deshabillez-moi/私を脱がせて」を歌う場面、TV ドラマ「Belphégor」の一場面、唯一の子供である娘で、スクリプターのLaurence-Marie LemaireとTVに出演した場面など)が流されたほか、Gainsbourが「『La Javanaise/ラ ジャヴァネーズ』はGrécoのために作った」と語っている場面、最新アルバムの録音風景、現在の住まいを訪ねたルポルタージュ、最新アルバムに参加している俳優のGuillaume Gallienneなどのインタヴユ―映像も。 そしてCeylacとGrécoの一問一答には次のようなものがあった。 問「あなたはGréco自身が好か?自分の姿を見ることがあるか?」答「自分自身を好きではない。毎朝長い時間小さな鏡で自分を見る、そしてちょっと化粧をして、それからは翌日まで見ない。」 問「デビューの頃Sartreなどに詩の提供を受けたが、それがどんなに重大なことか理解していたか?」答「もちろん!私に曲を提供してくれた人たちを私は尊敬しているし、感謝している。そして私との間は相関関係だと思う。わたしには大した才能はないが、私は彼らの詩の良き『interprète/通訳、解釈者、演奏家』だと思っている。私はそれらがいい曲になるように最大の努力をした。」 問「家庭状況は?」答「結婚している。今は3回目の。最初の俳優Philippe Lemaireとの結婚は長く続かなかった[結婚53~56年]。54年長女が生まれ、最初はツアーなどに連れて行ったが、その後は寄宿舎住まい。いつも側にいてやることは出来なかったことは、後悔はしているが、出来るだけのことはした。彼女はスクリプターというカメラの後ろに立つ職業を選んだ。そして優れたスクリプターになった。そんな方向に進ませたのは2番目の夫Michel Piccoli[結婚66~77年)]。[3回目の結婚はGérard
Jouannestと1988~] 問「座右の銘」、答「ない」 問「生活の中での強迫観念は?」、答「最善を尽くせ。学校での先生の説教のような。」 問「学校は好きだった?」、答「Non、学校は好きじゃなかった。社交的ではなかったから、静かな子で、全く孤独、休み時間には友だち一緒に遊ぶと言うより、人が遊ぶのを見ていた。」 問「このスタジオに飾ってあるあなたの昔からの写真を見ると、今のあなたと変わっていない。笑っているところは少ないし、髪型、目元、化粧、シルエットなど。そのために毎日苦労しているのか?」、答「私は、今自分の外見に興味はない。鼻を3回手術している。前2回はへぼ外科医だったみたい。それは愛ゆえ。大きな鼻だねと言われてショックだったから。」 問「引退の気持ちは?」、答「次のコンサートが最後かも知れないと思う。まだこの仕事を続けることが出来るから続けているが、コンサートが終わったら考えることになるだろう。自分自身で弱ってきたと思ったら、一人で決断する。」 問「あなたのエネルギーはどこから?」答「よく聞かれるが解らない。歌う欲望、情熱、願望があるからだろうし、それが人生、私の人生だから。」 問「病気、孤独、死で一番不安なのは?」答「病気、病気にならずに元気なまま死にたい。」 問「あなたにとって最もエロティックな愛の言葉は?」答「あらゆる言葉が。言葉ではなくて、言い方。」 問「誰かがあなたと一緒に生活したらその人にとって最も耐えられないことは?」、答「私にだろう。」 問「あなたがついた一番大きな嘘は?」、答「Je sius ravie de vous avoir rencontré/あなたにお目にかかれて、誠に嬉しく思います」 問「聞くと涙が出る曲は?」、答「『Over the rainbow』。この歌手[Judy Garland]は本当の歌手。魂で歌っている。」 問「フランス語で最も美しい言葉は」答「Merci!多くの場合に使える。愛し合って、素晴らしかったときにも。礼儀として。」 問「墓石にはどんな言葉を?」、答「A bientôt!/ではまた近いうちに!」 「Un petit poisson et un petit oiseau」 「Deshabillez-moi」 http://www.dailymotion.com/video/x3e0vh_juliette-greco-deshabillez-moi_music |
| No.937 | 2011.1.25 |
№937 ジュリエット・グレコJuliette Gréco、最近の話題(その1)自伝出版 2012.1.25 ジュリエット・グレコJuliette Gréco(1927.2.7-)は12年2月7日85歳の誕生日を迎える。1月11日自伝「Je suis faite comme ça/私はこんな風」を出版した。タイトルはGrécoが1951年に録音した曲、Jacques Prévert作詞、Josephe Kosma 作曲の「Je suis comme je suis/私は私」からで「Je suis comme je suis.Je suis faite comme ça.Que voulez-vous de plus.Que voulez-vous de
moi./私は私、私はこんな風、あなたはこれ以上何を望むの、私に何を望むの」と歌っている。この自伝でGrecoは「a nu/ありのままに」彼女の半生をいくつもの逸話や告白で語っている。1949年春Jean-Paul Sartreが若き女優Grécoに「歌ってみる気はないか?」とたずねた。Grécoは直ちに「そんな気はありません」と答えたが、Sartreは彼の自宅に寄るようにと言い、いくつかの詩を示した。翌日Sartre宅を再訪したGrécoは、自分が選んだ詩をSartreに示した。Raymond Queneauの「Si tu t’imagines/そのつもりでも」とJules Laforgueの「L’éternel féminine/永遠の女性」であった。それらは歌手Grécoが歌った最初の曲になった。1958年GrécoはSerge Gainsbourgを自宅に招き、ウイスキーを勧めた。「彼の手は緊張にあまり汗をかいていて、クリスタルのグラスが滑って寄せ木張りの床に落ちて割れてしまった。彼は真っ青。私は彼を落ち着かせた。彼の目は輝いていた。」などの比較的よく知られた逸話も多い。このほかにあまり知られていない次のような件があるよう。 ・・自動車レーサーJean-Pierre Wimilleと恋。1946年頃からGrécoは自動車レースのチャンピオン、20歳年長、妻帯者であったWimilleと恋に落ち、20歳で妊娠、流産した。Wimilleは49年2月アルゼンチン、Buenos Airesグランプリのテスト走行中にサーキットで事故死。「私は彼の死による悲しみを心の奥底に秘めて生きてきた。」 ・・自殺未遂。1965年歌手としてキャリアも順調に推移、TVでも主役を演じていた連続ドラマ「Belphégor」が当たっていた時期。Régineの店でダンサーのJacques Chazotと食事をし、自宅に帰ったGrécoはその夜の「嘘、陰口、意地悪な行為」に打ちのめされ、大量の睡眠剤を飲んだ。親友Françoise Saganが夜中に人事不省の彼女を発見し、救急車を呼んでくれた。常に力強く、反逆精神旺盛と見られているGréco、この行動については自身いまでも驚いている「なぜこのような行動を執ったか解らない、自殺なんて私には似つかわしくない。」
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| No.936 | 2012.1.24 |
№936 ダ シルヴァDa Silva、新しいアルバム「La distance」 2012.1.24 ダ シルヴァDa Silvaの新しいアルバムは1月9日にリリースされた「La distance/距離」で、「2012年の最初の驚き」とも。
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| No.935 | 2011.1.23 |
№935 Victoires de la musique、2012年の候補 2012.1.23 第27回となる今年の「Victoires de la musique」(VdM)の授賞式は3月3日パリのPalais des CongrèsにおいてAlessandra Subletの司会で行われ、F2で実況中継される予定。各賞の候補が発表された。その主なもの次の通り・・ 男性歌手賞: ベンジャマン・ビオレBenjamin Biolay(No.768) ジュリアン・クレールJulien Clerc(No.890) トマ・デュトロンThomas Dutronc(No.858) ウーベール=フェリックス・ティエファーヌHubert-Felix
Thiéfaine(Nos.834、886) 女性歌手賞: カトリーヌ・ランジェ:Catherine Ringer(No.724) カミーユCamille(Nos.870、915) ザーズZaz(Nos.790、886) ノルウェン・ルロワNolwenn Leroy(Nos.605、652) アルバム賞: 「Ilo
Veyou/I love you」(Camille) 「Blonde/ブロンドの女性」(クール・ド・ピラトCœur de Pirate、No.898) 「Ring’n’roll/リングン・ロール」(Catherine Ringer)、 「Supplements de mensonge/重ねた嘘」(Hubert-Felix Thiéfaine) オリジナルシャンソン賞(授賞式の間の視聴者による投票で受賞作が決まる) 「Puisses-tu/君は出来るだろうか」(ジャン=ルイ・オベールJean-Louis Aubert、No.596) 「L’étourderie/軽率な言動」(Camille) 「Elle me dit/彼女は僕に言う」(ミーカMika) 「Jeanne/ジャンヌ」(ローラン・ヴルジーLaurent Voulzy、No.904) 「Puisses-tu」(Jean-Louis
Aubert) http://www.youtube.com/watch?v=y5chdXGQCLA 「Elle me dit」(Mika) |
| No.934 | 2012.1.22 |
№934 ミシェル・ベルジェMichel Berger、「Fête de la chanson française」で特集 2012.1.22 ミシェル・ベルジェMichel Berger(1947-92)のヒット曲が2012年「Fête de la
chanson française/シャンソンフランセーズの祭典」で、Mickaël Miroらによってメドレーで歌われた。 今回の「Fête」で歌われた曲及び歌った歌手は:「La groupie du pianiste」(Mickael Miro №918)→「Il jouait du piano
debout」(Hélène Ségara №719)→「Tout
pour la musique/すべてを音楽のために」(Elisa Tovati №774:81年のGallのレパートリー)→「Celui qui chante/歌う男」(Chimène Badi №892)→「Musique」(全員)
Bergerによる「Seras-tu là?」 Berger&Gallのデュオによる「Superficiel
et léger 」 |
No.933 |
2012.1.21 |
№933 パトリック・ブリュエルPatrick Bruel & ローラン・ヴルジーLaurent Voulzy、 「Fête de la chanson française」に出演、デュオで歌う 2012.1.21 パトリック・ブリュエルPatrick Bruelとローラン・ヴルジーLaurent Voulzyが2012年「Fête de la chanson française」に出演、デュオで歌ったのはCharles Trenetの「Que reste-il de nos amours?/私たちの恋から何が残っているのか?:残されし恋には」。最近の両者:Bruel(№725)、11年12月27日イスラエルのTel Avivでコンサート、Les Enfoirésの主要なメンバーとして12年2月1日から6日までLyonで開かれるLes Enfoirésのコンサートに(全日程ではないが)出演、10年にThéâtre
Edouard Ⅶで主演を演じた劇場劇「Le Prénom/名」が映画化され4月末に公開の予定。 Voulzy(№904)、最新のアルバム「Lys and love」が好評で、リリース後1ヶ月で25万枚の売上げた。1月22日F3の音楽番組「Chabada」はVoulzy特集。3月3日に予定されている2012年VdMでは、アルバムから先行シングルカットの「Jeanne」が「オリジナルシャンソン賞」にノミネートされている。 「Que reste-il de nos amours?」・・今宵、戸を叩く風が私に終わってしまったいくつもの恋を思い起こさせ、私は遠い日々を思う。私たちの恋から何が残っているというのか?あの美しい日々から何が?青春時代の古びた1枚の写真、何枚ものラヴレター、何度ものデート、風になびく髪、不意にされた口づけ、よく変わった夢、それらから何が残っているのか?小さな村、古い鐘楼、密やかな風景、雲に浮かぶのは懐かしい僕の過去。囁かれた愛の言葉、純情な愛撫、森の中での誓い、本の中に挟んである花、心酔わせるその香りも、すべて消えてしまった、何故? |
| No.932 | 2011.1.20 |
№932 フロラン・パニーFlorent Pagny&パスカル・オビスポPascal Obispo、 |
| No.931 | 2012.1.19 |
№931 アニー・コルディAnnie Cordy、「Fête de la chanson française」に出演 2012.1.19 アニー・コルディAnnie Cordyが2012年「La fête de la chanson française/シャンソンフランセーズの祭典」に出演した。今年第8回になる「La fete・・」、司会は例年通りDaniela Lumbroso、F3で1月13日パリOlympiaから中継放送された。Cordyは1928年ベルギー、ブリュッセル生まれ、50年同地のキャバレに出演中パリLidoのレヴユーのリーダーとして引き抜かれた。その後ファンテジスト・ヴァリエテ歌手・女優として活躍。52年オペレッタ「花咲ける道/La route fleurie/花咲ける道」ではGeorges Guétary、Bourvilと共演。72年にはPierre Delanoëのフランス語ヴァージョンで「Hello Dolly」を歌った。74年に180万枚以上売り上げたと言われる「La bonne du cure/司祭様のお手伝いさん」の大ヒットを持ち、500曲以上を録音している。番組では、Cordyの過去を振り返る映像が流されたが、長いキャリアを物語るようにDalida、あるいは若いMacias、Adamoらとのツーショットが見られた。そしてCordyと同じように外国出身のAdamo(ベルギー)とDave(オランダ)がこの日のboys(ミュージックホールなどの群舞の男性ダンサー)に扮して登場。boysをバックに番組でCordyが歌ったのは「Nini、la chance/幸運の女神ニニ」(76年)。Christophe WillemはCordyのビッグヒットの一つ「Tata Yoyo/ヨーヨーおばちゃん」(80年)を歌いながら客席から登場。Cordyは1月19~22日「Age tendre et têtes de bois」のパリPalais des Congrès公演、その後のツアーに参加。 |
| No.930 |
2012.1.18 |
№930 ジョルジュ・ゲタリGeorges Guétary、57曲収録の3枚組CDリリース 2012.1.18 ジョルジュ・ゲタリGeorges Guétary(1915-97)のヒット57曲を収録した3枚組CD「Les chansons du bonheur/幸せのシャンソン」が1月9日リリースされた。 |
| No.929 | 2012.1.17 |
№929 ドミニク・アーDominique A、デビュー20年 2012.1.17 ドミニク・アーDominique Aのデビュー20年を記念して12年1月9日過去の8枚のアルバムがリマスターされ、新曲も加えて再リリースされた。シャンソンフランセーズの最も斬新なアーティストと呼ばれることもあるDominique A、本名Dominique Anéは1968年パリ近郊生まれのACI。若い頃からpunk音楽に興味を持ち17歳でバンド結成、数枚の45回転を出すが成功せず。91年からYamahaのシンセサイザーを演奏しながら歌うスタイルでソロ活動を始めた。最初のレコードは150枚しか出さなかった自主製作の「Un disque sourd/聞く耳を持たないレコード」で批評家の間では好評だった。このタイトルは「頑固者だった僕は周りの騒音には耳を貸さない」の意味を込めて。92年最初のアルバム「La Fossette/えくぼ」を出す。そこに収められた「Le courage des
oiseaux/鳥たちの勇気」・・もし我々に凍てついた風の中で歌っている鳥たちの勇気があったら・・は、Miassec、Vincent Delerm、Caliらが「影響を受けた曲だ」としている。93年2枚目のアルバム「Si je cannais Hanrry/ハリーを知っていれば」から一般にも受け入れられるように。最新の、8枚目のアルバムは09年「La Musique/音楽」で、これにはAlain Bashungのために作ったがBashungが録音しないまま亡くなってしまった「Immortels/不滅の人々」が収められている。2010年それまでの活躍に対してACCの特別歌手賞を受賞。今回再リリースアルバムのうち「La Fossette」には「Un disque sourd」に収められた貴重な曲が収められている。Dominique
Aはソロ活動を開始した当時から他の歌手にも優れた曲を提供し、ヒットメーカーとしても知られている。09年アルバムチャート1位にもなったCalogeroの「L’Embellie/美しくなった人」に「Passage des cyclones/サイクロンの通過」など3曲を、11年のJulien
Doréの「Bichon/マルティーズ」には「L'été(summer)」を。ほかにMichel Delpech、Jean Birkin、Vincent Delerme、Yann Tiersenなどにも。1月20日からデビュー20周年記念の「La Fossette」ツアーを開始し1月26、27日パリThéâtre de
Villeに出演。 |
| No.928 | 2012.1.16 |
№928 マ ティルドMat Hilde、ラジオ局Europe1の「Talent 2012」に 2012.1.16 マ ティルドMat Hildeが1月5日ラジオ局Europe1「Talent 2012/2012年の才能」に選ばれた。 Mat Hilde(本名のMathildeを2つに分けてステージネームに)は現在23歳の女性ACI。7歳からヴァイオリンを習い、Conservatoireでクラシックを学ぶ。3年前からピアノとギターを習い、最初に「響きが良くて、心地よい」からと英語で曲作りを初め、最近、フランス語で最初の曲「Trop loin/遠すぎる」を作った。独特なデリケートな声で歌い、メロディーは比較的単純で一緒に口ずさみたくなるよう。Mat HildeはすでにパリのLa Reine Blanche(2bis passage Ruelle 18e)、L’Etage(77,rue du Faubourg du Temple 10e)Le
Reservoir(16,rue de la Forge Royale 11e)などで黒いギターを弾きながら歌っている。Mat Hildeは2012年1年間を通してEurope1の応援を受け、毎月1回は「On cannait la musique」に出演しその後の音楽人生の推移を語ることになっている。1月9日には同番組にJulietteと共に出演した。 |
| No.927 | 2012.1.14 |
№927 ジェニフェールJenifer、Star Academy優勝から10年 2012.1.14 ジェニフェールJeniferがStar Academyで優勝してから2012年1月12日でちょうど10年になる。 Jenifer、本名Jenifer Yael Dadouche-Bartoliは1982年ニース生まれの歌手。幼少の頃から歌が好きで得意。14歳から年齢を偽ってコートダジュールのピアノバーで歌う、16歳でパリに出てバーなどで歌う。2001年TV局TF1のスター誕生番組「Star
Academy」の第1シーズンに出場。「Star Academy」フランス各地から選ばれた15~18人の「étudiants/生徒」が3~4ヶ月の間パリ郊外のシャトーにあるAcademyに入り、歌唱、ダンス、芝居、スポーツなどの訓練を受けながら週1回TV生番組のコンクールに出演、優勝を争う。毎週1人が脱落するという厳しいもので、08年12月まで8シーズンに渡って行われた。優勝者は賞金のほか、ユニヴァーサルミュージックと契約を結びアルバムを出すことが出来る。 |
| No.926 | 2012.1.13 |
№926 ジャン=ジャック・ドブウJean-Jacques Debout、「Les années bonheur」に出演 2012.1.13 ジャン=ジャック・ドブウJean-Jacques Deboutが1月7日TV5MONDEJaponで放送された「Les années bonheur/なつかしき良き時代」に出演した。 |
| No.925 | 2011.1.12 |
№925
ジュリアン・クレールJulien Clerc、「sa plus grande tournée」開始 2012.1.12
ジュリアン・クレールJulien Clercが12年1月6日から「sa plus grande touréee/彼の最も大きなツアー」を開始した。このツアーは日程からもその規模からも「彼の最も大きなツアー」と呼ぶに相応しい。日程的には、現在のところ、1月6日のEssone県Evryから、1月13~15日にはパリPalais des Congrès、その後国内各地、ベルギー、スイスを回り6月31日~6月6日再度パリに登場(Palais de Sports)まで約50回のステージが予定されている。規模の面からはバックは40人編成の交響楽団。 Clercはこのツアーを11年12月末に亡くなった継母Ghislaineに捧げるとしている。Clercは1947年パリの南郊外生まれ、本名Paul-Alain Clerc、父はUnescoの高級官僚、母はBurel、BrassensあるいはPreslayなどポピュラー音楽が好きなグアドループ出身のEvelyne。2歳で両親が離婚。当時としては珍しく父親がJulienを引き取った。父は程なくGhislaineと再婚。Ghislaineはクラシックが好きでよく聞かせ、またClercは6歳からピアノを習った。Clercは幼少時代には週日はGhislaineと暮らし、週末はEvelyneと暮らす生活で音楽では2人の母の影響を受けた。この2重の生活については05年リリースのアルバム「Double enfance/2重の子供時代」に収められた「Double enfance」(作詞 Maxime le Forestier、作曲Clerc)に歌われている。「Double enfance」・・誰にでも永遠に愛し合うという幸運が与えられている訳じゃない、10年か、10ヶ月か、10秒か。僕たちの置かれている立場は、濁った水の中に沈んでいるよう、遠い想い出の。時々僕には2重に見えることがあるが、それは子供時代が僕に戻ってくるから・・2重の人生、2重の遊び、2つの家、2つの町、誕生日にはケーキが2つ、なぜ両親が2組、でも心は静かにバランスを取る、もう一組の両親を知るまでは僕が恐れていたのは別れ・・10年か、10ヶ月か、10秒か、誰にでも永遠に愛し合うという幸運が与えられている訳じゃない・・
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| No.924 | 2012.1.10 |
№924 アモリ・ヴァシリAmaury Vassili、TV5MONDEJapon「Acoustic」に出演 2012.1.10 アモリ・ヴァシリAmaury Vassiliが1月7日放送のTV5MONDEJapon「Acoustic」に出演。Vassili(№668)は1989年Rouan生まれの歌手、2009年ファーストアルバム「Vincero」を、10年11月にはセカンドアルバム「Cantero」をリリース。セカンドアルバムには「Sognu/僕は夢みる」、「Maria」、「Caruso/カルーソー」(「15、6歳の頃Florent Pagnyが歌うこの曲聞き、またオペラのアリアを収めたPagnyのアルバム『Baryton/バリトン』を聞き、こういった曲を歌うことが自分に適していると考えた。」)、「Miserere」、「Con te partiro」、「Les moulins de mon cœur/風の囁き」(「フランスのファンのためにMichel
Legrandの世界的に知られたこの曲を入れた。」)などが収められている。11年には:3月POPBで行われたユーロッパ室内陸上選手権の開会式には「La Marseillaise/ラ マルセイエーズ」を「国歌を歌うことは特別の感激だった。この曲の由来なども考え、参加した選手達のモチベーションを高めるように歌った。」 5月:フランス代表として「Concours eurovision de chanson/ユーロヴィジョン シャンソン コンクール」に出場、「Sognu」をコルシカ語で歌い15位であった(№734) 11月:セカンドアルバム「Cantero」に「Noël blanc/ホワイトクリスマス」、「My heart will go on」(Céline Dionが歌っている映画「Titanic」の挿入歌)など4曲を追加したコレクターヴァージョンをリリース、これには録音風景、オフィシャルヴィデオクリップなどを収めたDVDが付いている。また、Gérard Lenormanの最新アルバム「Duos de mes chansons」(№862)にも「Et moi je
chante/そして僕は歌う」で参加している。番組では「Sognu」(コルシカ語)、「Maria」(イタリア語)、「My heart will go on」(英語)、「Les moulins de mon cœur」(フランス語)、「Et moi je
chante」(フランス語、Lenormanとのデュオ)を歌った。 |
| No.923 | 20121.1.9 |
№923 「Paris-Africa pour l‘Unicef」、CD2枚組コンピレーションアルバム、 2012.1.9 「Paris-Africa pour l‘Unicef/パリーアフリカ、ユニセフのために」は11年末にリリースされた34曲収録、CD2枚組コンピレーションアルバム。アルバムの売り上げは旱魃による被害が激しい「La
Corne de l’Africa/アフリカの角」と呼ばれている地域の子供たちの援助のためUnicefに寄付される。参加した歌手、グループは2011年を中心としたそれぞれのヒット曲を歌っているので、このアルバムは正に「2010年代初めのヒット曲集」の趣。CD1に収められているのは:「Des ricochets/水切り遊び」(最初の曲でシングルカットされている、№873)、「Elle me dit/彼女は僕に言う」(Mika)、「Le Jument de Michao/ミチャオの雌馬」(Nolwenn Leroy)、「Un peu de blues/少しのブルース」(Christophe Maé)、「Le jour après la fin du monde/世界の終わりの翌日」(Corneille)、「Lapdance/ラップダンス」(Ycare)、「Celui.../・・・する人」(Colonel Reyel)、「Je danse/私は踊る」(Jenifer)、「Tourne/回れ」(Shy’m)、「Je
partirai/私は旅立つつもり」(Anggun)、「Les
jours heureux/幸せな日々」(Gérard Lenorman & Shy’m)など。CD2には:「Il
nous faut/私たちには必要」(Elisa Tovati & Tom Dice)、「French Cancan」(Inna Modja)、「La Fée/妖精」(Zaz)、[A
nos actes manqués/我々がしなかった行動に](M.Pokora)、「Je ne sais pas/私は知らない」(Joyce Jonathan)、「Dit moi/僕に言って」(BBBrune)、「Non,non,non」(Camélia Jordana)、「Là où je vais/私が行く所」(Judith)、「Sognu/僕は夢みる」(Amaury Vassili)、「Soleil/太陽」(Grégoire)な |
| No.922 | 2012.1.7 |
№922 ジョルジュ・ブラッサンスGeorges Brassens、TV映画「La mauvaise réputation」 2012.1.7 ジョルジュ・ブラッサンスGeorges Brassens(1921-81)の青春時代から最初の成功までを描いたTV映画「La mauvaise reputation/悪い噂」が1月3日TV5MONDEJaponで放送された。 |
| No.921 | 2012.1.6 |
№921 ヤニック・ノアYannick Noah、「フランス人の好きな人物」のトップ 2012.1.6 ヤニック・ノアYannick Noahが「フランス人の好きな人物」アンケートのトップに。年2回行われるこのアンケートの2011年12月実施分の結果がJDD紙で発表された。アンケートは予めノミネートされた50人について、15歳以上で、年齢、性別、職業などから割当標本抽出で選ばれた1018人を対象に、面接により「あなたが今日のフランスで重要だと思われる人物、あるいは好きな人物を10人選んで下さい」と質問する方法で行われた。その結果1位はNoahでアンケートされた人の35.0%が選んだ。Noahは1960年生まれ、父はカメルーン人、83年テニスの全仏で優勝、その後歌手に転向、最新のアルバムは「Frontières/国境」(№517)、12年3月22~27日Olympiaに出演の予定。2位はZidedine Zidane(31.7%、元サッカー選手)、 3位はOmar Sy(28.7%、1978年生まれのアフリカ系俳優、11年フランスで最もヒットした映画「Intouchables/不可侵な人々」の主役)、4位Simone Veil(26.9%、長年欧州議会議員、70年代に保健大臣を務めた女性政治家)、Gad Elmaleh(26.1%、モロッコ出身のユーモリスト)。歌手では上位にランクされたのは10位Michel Sardou(23.0%)、11位Francis Cabrel(22.3%)、15位Charles Aznavour(21.0%)、20位Corneille(18.4%)。他に歌手でリストアップされたのはRenaud(21位)、Johnny Hallyday(26位)、Florent Pagny(34位)、Alain Souchon(40位)、Vanessa Paradis(42位)、Patrick Bruel(45位)、Mylène Farmer(47位)。例によってVeil以外の政治家は軒並み下位で、Jacques Chirac前大統領46位、François Hollande(12年大統領選社会党候補、48位)、Nicolas Sarcozy大統領49位であった。Noahのトップは8回連続で11回目。1988年から行われているこのアンケートでトップになったことがあるのは海洋学者、水中考古学者Le Commadant Cousteau、人道主義の活動家L’Abbé Pierre、Zidane、アトランタとシドニー五輪金メダリストの柔道家David Douillet、Noahの5人だけ。 |
| No.920 | 2012.1.5 |
№920 シャキラShakira、「Je l’aime à mourir」好評 2012.1.5 シャキラ(日本では「シャキーラ」と表示される)Shakiraによるフランシス・カブレルFrancis Cabrelの「Je l’aime à mourir/死ぬほど彼女を愛している」のカバーが好評。Shakiraは1977年南米コロンビア生まれのラテンポップスACI。スペイン語のほか英語など数カ国語でも歌う。95年のアルバム「Pies descalzos/裸足のままで」が世界中で400万枚という大ヒットで一躍スターに。10年FIFAワールドカップ・南アフリカ大会のテーマソング「Waka、Waka/This Time for Africa」を歌っている。10年の7枚目のアルバム「Sale el sol/The Sun comes out」は世界中で500万枚以上、フランスでも40万枚以上売上げ2週間チャート1位になった。Shakiraは11年「The Sun Comes Out」ワールドツアーを行い、その一貫として6月ジュネーヴとパリで公演。その際「Je l’aime à mourir」を歌った。「Je l’aime à mourir」はCabrel作詞作曲、1979年アルバム「Les chemins de traverse」(60万枚以上売り上げた)の中に収められた曲で、シングルカットされ50万枚以上売り上げたと言われているCabrelのヒット曲の一つ。当時スペイン語圏の国々にもこの曲を紹介したいというレコード会社の意図もあり、Cabrel自身「La quiro a morir/死ぬほど彼女を愛している」のタイトルでスペイン語でも歌っている。Shakiraは6月13、14日POPB(Palais Omnisports de Paris-Bercy/パリ・ベルシー総合体育館)に出演、そのライヴアルバム「Live from Paris」が12月5日にリリースされた。そこではこの曲をまずスペイン語で、次いでフランス語で歌い、観客に「Avec moi/私と一緒に」と勧めたが、観客の方はそれより前に歌い出している。スペイン語の歌詞はCabrelのものと同じ「La quiro a morir」で「Lo quiro a morir/死ぬほど彼を愛している」とはしていないよう。Shakiraはこの曲のスタジオ録音も行っていて、シングルCDも同日にリリースされ、シングルのチャート「Top 50」でリリースの週から3週連続で1位。フランス語の歌詞は・・僕は今まで何でもない存在だったが、今日からは彼女の夜の眠りの守護神、死ぬほど彼女を愛している。あなたはすべてのものを破壊することが出来る。しかしすべてをもう一度作り直すためには、彼女が両手を大きく広げてくれるだけで十分、死ぬほど彼女を愛している・・ |
| No.919 | 2012.1.4 |
№919 2011年アルバム売上げベスト5 2012.1.4 音楽情報サイトPureCharts frなどによればフランス国内における2011年のアルバム売り上げベスト5は次の通り。 1位Adele「21」(821千枚)・・2011年のフランスのポピュラーミュージック界ではこの1988年生まれの若いイギリス人女性ACIが大活躍。11年1月末にリリースされたAdele2枚目のアルバム「21」は10週間以上チャートのトップを占め、40週間以上15位以内にあった。前年1位のChristophe Maéの「On trace la route/僕の生きる道」が56万枚であったことを考えるとAdeleがフランス人にもいかに受け入れられているかが解る。 2位ノルウェン・ルロワNolwenn Leroy「Bretonne/ブルターニュ女性」(515千枚、Nos.605、2.5)・・10年12月にリリースされたルロワ4枚目のアルバムは8週間チャートの1位、40週間以上20位以内。フランスにおける前年からの累計売上げは63万枚。ベルギー、スイスでも好評で合計70万枚以上売上げている。 3位レ ザンフォワレLes Enfoirés「Dans l’œil des Enfoirés/レ ザンフォワレの瞳の中で」(425千枚、Nos.650、688、895)・・3月にリリースされてからコンスタントに売れている。 Les
Enfoirésのコンサートのライヴアルバムは毎年40万枚以上売り上げており、今年も例年同様上位に。 4位レ プレトルLes Prêtres「Gloria」(305千枚、№721)・・3人の聖職者で構成されるLes Prêtresの11年4月リリース2枚目のアルバム。10年春リリースで前年2位のファーストアルバム「Spiritus Dei/神の御心」も11年17万枚売上げ累計70万枚に達した。 5位Black eyed peas「The beginning」(270千枚)・・前年からの累計44万枚 そして6位にはZaz「Zaz」(265千枚)・・10年にブレイクしたZazの勢いは止まらず、10年5月リリースの「Zaz」前年からの累計で63万枚に達した。 |
| No.918 | 2012.1.2 |
№918 Michaël Moroミカエル・ミロ、「L’horloge tourne」が「La chanson de l’annee」に 2012.1.2 Michaël Moroミカエル・ミロの「L’horloge tourne/時計は廻る」(№783)がTV局TF1の「La chanson
de l’annee/2011年、今年のシャンソン」に選ばれた。選定の模様は11年12月30日TF1でNikos Aliagas司会でPalais
des Sportsから中継された。予めノミネートされた曲からIFOP(フランス世論研究所)のアンケートによって選ばれる。昨年はZazの「Je veux/私の欲しいもの」であった(№628)。今回ノミネートされたのは他に:「Demain/明日」(Thomas Dutronc、№858)、「Aurelie/オーレリー」(Colonel Reyel、№723)、「Il nous faut/私たちには必要」(Elisa Tovati &Tom Dice、№774)、「Politiquement
correct/政治的には正しい」(Bénabar、№905)、「Le jour et la nuit/昼と夜」(Alain Souchon、№897)、「Hôtel des Caravelles/カラヴェル ホテル」(Julien Clerc、№890)、「Un peu de blues/少しのブルース」(Christophe Maé、№850)、「Cool」(Christophe Willem、№901)、「L’amour fou/狂気の恋」(Jenifer、№598)、「Jeanne/ジャンヌ」(Laurent Voulzy、№904)、「Tri Martolod/3人の水夫」(Nolwenn Leroy、605)、「Mon vieux/モン ヴユー」(Les Prêtres、№721)など。「L’horloge tourne」の歌詞・・一通のSMS(short message system、携帯電話メール)が届いたには18歳の時だった、その時僕はもう子供じゃなかった、時計は回る、時間は官能的、僕は時が速く過ぎることを願った、ダム、ダム デ オ オ オ・・。一通のSMSが届いたとき20歳だった、僕たちは予防することなく愛し合った、でも僕は子供を欲しくなかった、・・一通のSMSが届いたとき21歳だった、9ヶ月経っていたが、今でも子供はいない、ouf・・一通のSMSが届いたとき25歳だった、津波がすべてを奪った、子供たちの玩具までも・・一通のSMSが届いたとき28歳だった、母は疲れていた、でももう僕は子供じゃない、僕は古き良き時代を夢みていた・・一通のSMSが届くとき僕は30歳になっている。30年間の自由、でも決算するとき、時計は回る、時間は皺、僕は時間を止めたい、ダム、ダム デ オ オ オ・・ |
| No.917 | 2012.1.1 |
№917 木の十字架少年合唱団Les Petits Chanteurs à la Croix de Bois、F3出演 2012.1.1 木の十字架少年合唱団Les Petits Chanteurs à la Croix de Boisが12月28日20:30~TVF3に出演した。 |
| No.916 | 2011.12.30 |
№916 セルジュ・ラマSerge Lama、TV番組「Emmenez-moi・・・」に出演 2011.12.30 セルジュ・ラマSerge Lamaが12月26日F3 23:00~放送のドキュメンタリー、Laurent Boyerが司会の「Emmenez-moi・・/連れて行って」シリーズの第1回「Emmenez-moi・・Chez Serge Lama dans le Perche/連れて行って・・ペルシュのセルジュ・ラマの家へ」に出演した。Lamaは1943年ボルドー生まれの歌手、作詞家。63年兵役から戻るとMireilleミレイユの音楽学院へ。64年21歳の誕生日に「L'Ecluseレクリューズ」でデビュー。65年自動車事故により1年半のブランク。67年「Les ballons rouges赤い風船」(作詞Lama、作曲はピアニストで友人のYves Gilbert)が最初のヒット曲。68年アルバム「D'aventures en
aventures/アヴァンテュールを重ねて」でACC大賞。71年には彼の詩に曲を付け数々のヒット曲を生むことになるアリス・ドナAlice Donaと知り合う。73年真打ちとしてオランピアに。最近では2008年11月18枚目のアルバム「L'Age d'horizons/地平線の年齢」をリリース、10年5月までツアー。11年ツアーを再開し10月7、8、9日パリOlympia出演。11月末「交通事故の後遺症と加齢による」激しい腰の痛みのため、以降のコンサートをキャンセルした。「Emmenez-moi・・」シリーズの第1回出演者にLamaが選ばれたのは、Boyerとは80年代からの友人であり、Donaは30年来Boyerの伴侶であることなどによるためか。番組ではLamaが40年以上前に購入し、Michele夫人が手入れを重ねたRomilly-du-Perche(Loir et Cher県)の自宅を Boyerらスタッフが訪問。Boyerは教区の教会でLamaにインタヴユー。Michele夫人、息子のFredericのほか Dona、Gilbert、歌手でファンのPatrick Fiori、女優でファンのSylvie Testud、あるいは高校の同級生、軍隊時代の同僚などが出演し、陽気な、軽快な歌手であるばかりでなく、寛容な、洗練された文化人であるLamaの素顔を語った。番組の中でLamaはDonaとGilbertの伴奏により即興で歌っている。Lamaは12年2月には腰の手術を受ける予定で、その翌年13年2月には誕生日の11日を中心に8~17日の間Olympiaで、「現在の最大の目標である」70歳とキャリア50年を祝うコンサートを予定している。 |
| No.915 | 2011.12.29 |
№915 カミーユCamille、Pont des Arts/芸術橋の上で歌う 2011.12.29 カミーユCamilleが正にCamilleらしいパーフォーマンスを。12月12日から18日までCafé de la Danse(5,passage Louis Philippe 11区)に出演し、最新アルバム「Ilo Veyou」(№870)からの曲を中心に歌っていたCamille、最終日の18日ステージが終わった際観客に「Pont des Artsに行って続けましょう。希望者はついてきて。」と提案。多くの観客が彼女についてLappe通りを進み、Bastille駅から地下鉄に。駅の通路でも超満員になった車内でも一行は陽気に歌い続けた。Louvre-Rivoli駅で降りた一行はLouvre美術館の脇を通ってPont des Artsに。左岸にはInstitu de Franceフランス学士院、右岸にはLouvre美術館、上流にはCité島、下流遠方にはTour Eiffelを望むこの橋の上、そして雨の中Camilleは椅子の上に立ち、ついてきた一行とともにa capellaで「La
demeure d’un ciel/空にある住まい」を歌った。これがCamilleの2011年最後のコンサート。2012年は4月からツアーを予定している。 |
| No.914 | 2011.12.28 |
№914 ミレーヌ・ファルメールMylène Farmer、ベストアルバム「2001-2011」 2011,12.28 ミレーヌ・ファルメールMylène Farmer(№606)の2枚目のベストアルバム「2001-2011」が12月5日リリースされ、その週からコンピレーションアルバムチャートの1位。Farmerは1961年生まれのACI、84年の最初のヒット「Maman a tort/ママは間違っている」から今日までフランスで最も人気のある女性歌手の一人としての地位を保っており、05年のVdMでは「過去20年の最優秀女性歌手」に選ばれている。最初のベストアルバムは2001年の「Les mots/言葉たち」。今回のアルバムには17曲が収められていて、2001年から2011年までの間にリリースされたアルバム、05年の「Avant que l’ombre/影が迫り来る前に」(06年NRJ音楽大賞でフランス語アルバム賞)、08年の「Point de suture/縫合」(09年NRJ音楽大賞でフランス語アルバム賞)、10年の「Bleu noir/青い黒」からの曲など15曲、新曲2曲。それらは:「Avant que
l’ombre」、「Fuck them all」、「L’amour
n’est rien/愛は無価値」、「Peut-être toi/おそらくあなた」、「Q.I/I.Q」、「Redonne-moi/私に返して」、「Slipping away/Crier la vie」(Mobyとのデュオ、06年シングル)、「Dégénération/退廃」、「Appelle mon numéro/私の電話を呼び出して」、「C’est dans l’air/そんな雰囲気がある」、「Sextonik」、「Si j’avais au moins・・/せめてもう一度」、「Oui mais・・Non/ウイ、でも・・ノン」、「Bleu noir」、「Lonely Lisa」、「Du temps/時間」(新曲、Farmer作詞、Laurent Boutonnatr作曲、先行シングルカットされ、Boutonnat製作のクリップを視聴できる)、「Sois moi・・Be me」(新曲)。ジャケットはFarmer自身の水彩画。 |
| No.913 | 2011.12.27 |
№913 「Noël sous les étoiles」、TV5MONDEJaponで放送 2011.12.27 「Noël sous les étoiles/星の下のクリスマス」が12月24日TV5MONDEJaponで21:10から放送された。これはDaniela Lumbrosoの司会による音楽スペクタクルで、Strasbourgの大聖堂前庭の特設ステージから中継された。Strasbourgでは11月末からヨーロッパ最大のクリスマス市が開かれ、毎年200万人の観光客が訪れると言われている。番組の中で出演者が市場を散策する映像も流された。フランスでの放送はF3で12月21日。クリスマス関連ソングで歌われた曲及び歌った歌手は:「Noël
blanc/ホワイト クリスマス」(Christophe Willem、Dave、Gérard Lenorman、Chimène Badi、Roberto Alagna、Thierry Amiel、M. Pokora、Amauri Vassili)、「Gentil Père Noël/優しいサンタクロース」(Alagna、「2000年のアルバム『Chante Noël/クリスマスを歌う』の中にフランス語の曲がないことから、録音していたロンドンで作り、電話で娘に聞かせて、良い曲だというので追加した。」)、「Petit Papa Noël/プティ パパ ノエル」( Vassili)、「Oh Happy Day」(Willem、Badi、Gospel Kids)、「Douce
nuit/清しこの夜」(Amierl 、Cyliaほかミュージカル「Adam et Eva」出演者)、「Ave Maria」(Dave)、「Amazing Grace」(Leroy ア カペラで)、「Let it snow」(Il Volo)、「Vive le vent/ジングルベル」(Pokora)、「Have yourself a merry little Christmas」(Willem)。またJohnny Hallydayが「Ave Maria」をイタリア語で歌う映像(82年)、15歳のCéline Dionが「Glory alleluia」を歌う映像なども流された。他には:「Mon vieux/モン ヴユ」(Les Prêtres)、「Vanina」(Dave)、「Je
chante/僕は歌う」(Lenorman、Vassili)、「Laballade des gens heureux/幸せな人たちのバラード」(Lenorman、観客と)、「Moonlight Shadow」(Leroy)、「Down by riverside」(Badi)、「En attendant la fin/終わりを待ちながら」(Pokora)、「Ma bataille/僕の闘い」(「Adam et Eva」出演者)、「Quizas quizas,quizas/キサス キサス キサス」(Alagna)、「Faut que je reste cool/クールでいなければ」(Willem)など。ミュージカル「Mamma Mia」及び「Cyndrillon/シンデレラ」の出演者によるそれぞれのミュージカルからの曲も。同地で行われていたHoliday on iceの模様も映された。 |
| No.912 | 2011.12.25 |
№912 ミュージカル「Notre-Dame de Paris」、オリジナルキャストのよるコンサート 2011.12.25 ミュージカル「Notre-Dame de Paris/ノートル ダム ド パリ」の初演オリジナルキャストが13年ぶりに一堂に会し、12月16、17、18日POBP(Palais Omnisports de Paris-Bercy/パリ/ベルシー総合体育館)でこのミュージカルへの「Concert
Hommage/オマージュ・コンサート」を行った。 ミュージカル「Notre-Dame de Paris」はLuc Plamondon作詞、Richard Cocciante作曲、Gilles Maheu演出、1998年9月16日パリのPalais des Congrèsが初演。その際の主な配役は:ジプシー娘エスメラルダEsmeralda(Hélène Ségara)、鐘突男カジモドQuasimodo(Garou)、ノートル ダム大聖堂の司教フロロFrollo(Daniel Lavoie)、近衛兵隊長フエブスPhœbus(Patrick Fiori)、ジプシーの頭目クロパンClopin(Luc Mervil)、Phœbusの婚約者フルール・ド・リスFleur-de-Lys(Julie
Zenatti)、語り手の吟遊詩人グランゴワールGringoire(Bruno Pelletier)。これらの歌手は、多かれ少なかれ、このミュージカルに出演したことによりその後の歌手人生が開けた。「Concert Hommage」にはこの7人の歌手が出演し、ミュージカルのなかでそれぞれが歌った曲を歌うコンサートヴァージョン。コンサートヴァージョンはすでに昨年ロシア公演を行っていて、今回は70人編成のウクライナ交響楽団と40人のキエフコーラス隊がバック。歌われた主な曲及び歌った歌手は:「Le temps des cathédrales/カテドラルの時代」(Pelletier)、「Les sans-papiers/浮浪者たち」(Mervil)、「Bohémienne/ボヘミアンの女」(Ségara)、「Belle/美しい人」(Garou、Lavoie、Fiori)、「La fête des fous/道化たちの祭り」(Pelletier)、「Vivre/生きる」(Ségara)、「La
monture/馬」(Zenatti)、「Ces
diamants-là/このダイアモンド」(Fiori、Zanatti)、「La cour des miracles/奇跡の庭」(Mervil)、「Dechiré/引き裂かれて」(Fiori)、「Ma maison,c’est ta maison/僕の家は君の家」(Garou、Ségara)、「Etre prêtre et aimer une femme/司祭であることと一人の女性を愛すること」(Lavoie)、「Lune/月」(Pelletier)、「Danse, mon Esmeralda/踊って 僕のエスメラルダ」(Garou)。男性の歌手は背広と白いYシャツで登場したが、SégaraとZenattiはミュージカルに出演の際の衣裳で。 |
| No.911 | 2011.12.25 | №911 ティノ・ロッシTino Rossiが歌う「Petit Papa Noël/プティ パパ ノエル:サンタのおじさん」はフランスクリスマスソングの唯一の定番と言ってもよい。毎年年末になると出されるRossiのシングルCDは今年も11月末から毎週シングルチャート10位以内にランクイン。Rossi(1907-1983)、本名Constantino Rossiはコルシカ島アジャックシオ生まれの歌手、俳優。34年10月Casino de Parisのレビューで「Vieni,vieni/ヴィエニ ヴィエニ」と「O Corse,île d’amour/おお コルシカ、愛の島よ」を歌い、たちまち人気に。50年のキャリア、1000曲以上録音し、レコードは4億枚以上の売り上げ、これはフランス人歌手では古今最多。映画俳優として25本以上の映画に出演。自分の成功の理由が分からず「私は歌うことを習ったことはない。この声を持って生まれてきたという幸運に恵まれただけ。」そのRossi最大のヒット曲「Le Petit Papa Noël」は、作詞Raymond Vincy(1904-1968、マルセイユ出身)、作曲Henri
Martinet(1909-1985、マルセイユ出身)。このコンビは戦前戦後に活躍したマルセイユ出身の歌手で俳優のAndrex(1907-1989)にヒット曲「Bébert」を提供している。「Le Petit Papa Noël」はRaymond Legrandに編曲により、1946年公開の映画「Destins/運命」の中でRossiによって、クリスマスの場面で歌われた。Rossiは主役の双子の兄弟の2役を演じた。Rossiがこの曲を観客の前で歌ったのは1948年パリのミュージックホールABCで。Rossiはこの曲により1949年フランスで初めてdisque d’or/ゴールデンディスクを受けた。当時は文字通り24金製であった。そのシングルはすでに3000万枚以上の売上げていて、Jacques Brelの「Ne me quitte pas/行かないで」と並んでフランスで最も売上げ枚数の多いシングルとなっている。 「Petit Papa Noël」の歌詞は・・クリスマスの夜、雪は白いマントを広げている、子供たちは眠りにつく前に、跪き、空を見あげて最後のお祈りをする。 (ルフラン)Petit Papa Noël、おもちゃをいっぱい持って空から降りてくる時には、僕が置いておいたちっちゃな靴を見落とさないで。 出掛ける前にはしっかり着込んでね。外はきっとすごく寒いよ。それも少しは僕のせいだね。朝になるのがとても待ち遠しい、夢で見たおもちゃ、僕が頼んでおいたおもちゃを持ってきてくれたか早く見たいから。 (ルフラン) 砂売りおじさんが通りすぎると子供たちはみなおねむ、さあ、Petit Papa Noël、始めていい、袋を肩に掛けて、教会の鐘の音が聞こえたら、ビックリな贈り物の配達を。 (ルフラン) 雲にのってお空を抜けたら、最初に僕らの家に来てね、僕は毎日いい子っていうわけじゃなかったけど、ごめんなさい。(ルフラン)Petit Papa Noël・・ [フランスでは靴下ではなく靴を置いておくようです] |
| No.910 | 2011.12.22 |
№910 ジルベール・ベコーGilbert Bécaud、没後10年(その3) 2011.12.22 ジルベール・ベコーGilbert Bécaudの没後10年を機に・・ 2.アンソロジー「Le coffret essentie/箱入り選集l」:11月21日にリリースされたCD12枚入りボックス。内訳は53年から99年までのタジオ録音アルバム、あるいはEP収録曲をリマスターした9枚のCD、1955-83年の間におけるOlympia出演のハイライト38曲を収録した2枚のCD及び未発表ヴァージョンなどを収録したボーナスCD1枚。収録曲は全267曲、演奏時間14時間超。未発表資料、稀少写真も入った64ページのブクレット付き。 3.Kitty
Bécaud、Laurent Balandras共著「La première
idole/最初のアイドル」:12月1日刊行の回顧録。Kitty BécaudはGilbertの2番目の夫人で、二人は1976年に結婚している。Kitty初めての著作。BalandrasはSerge Gainsbourg、Coluche、Pascal Sevranなどの伝記作家。「La première
idole」には未発表のものを含め250枚の写真、Bécaudの手書き原稿なども収められている。 4.TV特別番組 F2 12月18日14:10~放送「Vivement Dimanche」はBécaud特集「Hommage à Gilbert Bécaud/ジルベール・ベコーへのオマージュ」、司会のMichel Druckerの有名はTapis rougeにはCharles Aznavour、Kitty Bécaud、Luz
Casalなどが招かれた。 F3 12月18日23:20~放送「Et maintenant・・Gilbert Bécaud/そして今、ジルベール・ベコー」には資料映像による「Seul
sur son étoile/一人星の上に」、「Et maintenant/そして今は」、「Je t’appartiens/神の思いのまま」、「Un peu d’amour et d’amitié/小さな愛と友情と」が流された。他に、Alain Souchon、Aznavour、Patrick Bruel、Julien Clerc、Nicoletta、Gilles Vigneaul、Robert Charleboisなどがインタヴユーに登場した。 |
| No.909 | 2011.12.21 |
№909 ヴァネッサ・パラディVanessa Paradis、「Sous le soleil exactement」 2011.12.21 ヴァネッサ・パラディVanessa Paradisは2011年11月8日Casino de Parisで行われたLulu Gainsbourg(№888)のコンサートに応援出演しLuluのピアノ伴奏で「Sous le soleil exactement/太陽の真下」を歌った。その映像を見ることができる。「Sous le soleil exactement」は1967年Serge
Gainsbourg作詞作曲、デンマーク出身の歌手で女優のAnna Karinaが67年1月13日ORTFで放送されたミュージカル「Anna」の中で創唱した。その後GainsbourgとJane Birkinはそれぞれソロであるいはこのコンビによるデュオでも歌っている。歌詞は・・南回帰線、あるいは北回帰線、どちらか忘れてしまったが、正確にその真下の点、太陽の真下、それていてはダメ、どこでも良いというわけではない、太陽の下、正確にその真下。どの国だったか、どの地方だったか、海辺だった、どの海だか忘れたが。ニューメキシコだったか、ホーン岬だったか、ヴェルデ岬だったか、それとも群島の上だったか。あれは夢に違いない、エロティックな、僕が目を開けたまま見たのは、だがあれは現実だったのだろうか、太陽の真下、それていてはダメ、どこでも良いというわけではない、太陽の下、正確にその真下・・ |
| No.908 | 2011.12.20 |
№908 ジルベール・ベコーGilbert Bécaud、没後10年(その2) 2011.12.20 ジルベール・ベコーGilbert Bécaudの没後10年を機に・・ 1.トリビュートアルバム「Gilbert Bécaud,et maintenant/ジルベール・ベコー、そして今は」:12月5日リリースされ、16人の歌手が参加、Bécaudのヒット曲を歌っている。歌われている曲と歌手は: ・「Je reviens te
chercher/君を迎えに」;Luz Casal「子供時代にスペインでBécaudの曲をラジオやTVでよく聞いた。ピアノを弾きながら歌う彼の激しさ、情熱を思い出す。」 ・「Alors
raconte/さあ、話せよ」;Alain Souchon ・「The day the rains
come domn」(「Le jour où la pluie viendra/雨の降る日」の英語ヴァージョン);Ayo ・「Les
tantes Jeanne/ジャンヌおばさん」;Olivia Ruiz ・「C’est
en septembre/9月になると、ふるさとの9月」;Julien Clerc ・「L’absent/いない人」;Alex Beaupain「Brel、Brassens、Barbaraと比べると何となく二流と思われている節がある。それが僕には残念なこと。」 ・「Dimanche
à Orly/日曜日にはオルリーで」;Renan Luce ・「La
rivière/川」;Serge Lama ・「Mes
mains/メ マン」;Lynda Lemay ・「Let
it be me」(「Je t’appartiens/神の思いのままに」の英語ヴァージョン);Anggun ・「L’indifférence/無関心」;Bénabar & Gérard Darmon ・「Nathalie/ナタリー」;Patric Bruel「Bécaudの作品はよく知られている訳ではない。人々は3、4曲思い出すことはできるが、Bécaudのレパートリーの幅の広さと、そのテーマの幅の広さについては十分に知っていない。Bécaudは彼の時代を画したshowmanだったと思う。」 ・「Le t’appartiens/神の思いのままに」;Eddy Mitchell ・「Et maintenant/そして今は」;Johnny Hallyday(09年のStade de France公演では最後にこの曲を歌っている)「ロックンロール世代の一時代前の世代を代表するアーティスト。Bécaudはハートで歌い、腹の底から歌う。BécaudとBrelとが私に歌手になりたいという気持ちを起こさせた。」 ・「What
now my love」(「Et maintenant/そして今は」の英語ヴァージョン);Peter Cincotti |
| No.907 | 2011.12.18 |
№907 ジルベール・ベコーGilbert Bécaud、没後10年(その1) 2011.12.18 ジルベール・ベコーGilbert Bécaudは2001年12月18日、肺癌のためパリ郊外のセーヌ川に係留してあった所有する川船で家族、友人に看取られながら死去、享年74歳。Bécaud、本名François Gilbert Sillyは1927年10月24日Toulon生まれのACI。彼の逸話には真偽の定かでないものが多い。彼をよく知る人たちは彼がインタヴユ―などで真偽を織り交ぜて語り自分でそれを楽しんでいたと証言している。確かなところによれば、9歳でNiceのconservatoireピアノ科に入る。パリ解放と同時にパリに上り、着くやいなやピアニストとしての才能を発揮。歌手Jacques Pillsの知己を得てその伴奏者に。Pillsと結婚したEdith Piafに勧められて歌うようになる。Pierre Delanoë、Maurice Vidalin、Louis Amade3人の優れた作詞家に詩の提供を受け、それに曲を付けて歌う歌手Bécaudの成功は電撃的であった。53年最初のレコーディングは「Mes mains/メ マン」と「Les croix/十字架」。55年2月初めてvedetteとして出演したOlympiaではBécaudの歌に熱狂した若い観衆によって劇場の椅子が次々と壊された。この出来事によりBécaudは「ムッシュ10万ボルト」と呼ばれるようになった。それ以降BécaudはOlympiaのシンボル的存在。濃いブルーのスーツ、真っ白なYシャツに水玉模様のネクタイ姿のBecaudは1999年11月の最後の出演まで、都合33回この劇場のステージに立った。74年のLégion d’Honneur勲章の受章もこの劇場で行われ、97年には改装後の柿落としにも出演している。50年に及ぶキャリアで400曲以上を歌い、「Et maintenant/そして今は」、「Natalie/ナタリー」、「L’important,c’est la rose/バラは憧れ」、「Je reviens
te chercher/君を迎えに」、「Je t’appartiens/神の思いのまま」などのヒットを持ち、その中には国際的にヒットした曲も多い。最盛期には年間250日に及ぶ公演を国内外で行い、Trenet、Aznavourと並ぶシャンソンフランセーズの親善大使であった。ステージでは不入りを経験したことはないBécaudだが活動舞台を映画やミュージカルに広げようと言う試みは必ずしも成功せず、余技の域を出なかった。生前最後のアルバムは99年にリルースされた「Faut faire avec/一緒にやらなければ」、最後のコンサートは2000年7月15日スイスFribourgで行われたもの。葬儀は12月21日パリのMadeleine寺院で行われ、遺体はOlympiaの前を通ってPère Lachaise墓地に運ばれ、埋葬された。 |
| No.906 | 2011.12.14 |
№906 ヴァンサン・ドレルムVincent Delerm、音楽スペクタクル「Memory」出演 2011.12.14 ヴァンサン・ドレルムVincent Delermが12月6日から30日まで(日・月を除く)音楽スペクタクル「Memory」をThéâtre des Bouffes du Nord(37,bis bd de la
Chapelle 10e)で上演している。 |
| No.906 | 2011.12.13 |
№906 ベナバールBénabar、新しいアルバム 2011.12.13 ベナバールBenabarの新しいアルバムは12月5日にリリースされた「Les bénéfices
du doute/疑念の利点」。 |
| No.905 | 2011.12.10 |
№905 ローラン・ヴルジーLaurent Voulzy、新しいアルバムリリース 2011.12.10 ローラン・ヴルジーLaurent Voulzyの新しいアルバムは11月28日リリースの「Lys and
Love」。 |
| No.904 | 2011.12.10 |
№904 ローラン・ヴルジーLaurent Voulzy、新しいアルバムリリース 2011.12.10 ローラン・ヴルジーLaurent Voulzyの新しいアルバムは11月28日リリースの「Lys and
Love」。 |
| No.903 | 2011. 12.9 |
№903 アメル・ベントAmel Bent、新しいアルバムリリース 2011.12.9 アメル・ベントAmel Bentの新しいアルバムは11月28日リリースの「Délit mineur/マイナーな犯罪」。 Bent は1985年パリ近郊生まれの歌手。父はアルジェリア人、母はモロッコ人。04年のTV局M6のスター誕生番組「Nouvelle
Star/新しいスター」に出演し3位。しかし一般視聴者の人気は抜群。04年暮れにはアルバム「Un jour
d'été/ある夏の日」を出す。それからシングルカットされた「Ma philosophie/私の哲学」6週間チャートのトップになり、アルバムは65万枚以上売り上げ、06年のVdMで新人歌手賞。07年にはPascal Obispo、Charles Aznavour(「Je reste seule/私は一人のまま」を作詞作曲)、Diam'sの協力を得てアルバム「A 20 ans/20歳で」を、09年3枚目のアルバム「Où je vais?/私はどこへ行くのか?」を出し、10年5月Olympiaに初出演している。4枚目のアルバム「Délit mineur」には12曲収められている。最初の曲は「Délit/軽罪」、「Je reste/私はとどまる」(ポップ・ロックグループKyoのリーダーだったBenoït Poherに提供され、先行シングルカットされている・・私は巣からあなたの腕の中に落ちた、あなたは約束し、何度も誓った。でもそれが徐々に確かなものではなくなってきた、指輪があなたの指から滑り落ちたとき。私はあなたの縁に、あなたは私の縁にとどまっている・・)、「Les chansons tristes/悲しいシャンソン」、「Si j’en
crois/私がそれを信じれば」(Jean-Jacques Goldmanに提供された「今年の初めMontpellierでのLes Enfoirés公演の際に依頼した。彼の曲を歌えるなんてすごいこと、猛烈なプレッシャーを感じた。何度も歌った。収められているのは最初に歌ったときとは大分違うものになったと思う。」)、「Tu fermes les yeux/あなたは目を閉じる」(妹のMelissa Moonとのデュ「彼女の方が私より上手。」)、「Je me l’enterdis/私は自分にそれを禁じる」、最後の曲は「Mineur/マイナーな」(Maxime Le Forestierに提供された。「これもLes Enfoirésの際に依頼した。考えておくとのことだったが、3ヶ月後に完成した曲が届いた。とても嬉しかった。」)など |
| No.902 | 2011.12.8 |
№902 Chantal Goyaシャンタル・ゴヤ、「Les années bonheur」に出演 2011.12.8 Chantal Goyaシャンタル・ゴヤがTV5MONDEJaponで12月4日放送の「Les années bonheur/なつかしき良き時代」に出演。Goyaは1942年 ヴトナムの旧サイゴン生まれの女性歌手、俳優。父はフランス人、母はカンボジァ人。60年代ソルボンヌ大学在学中にファッションモデルに。映画「Charade/シャレード」には端役で出演している。1963年ACIのJean-Jacques Debout(「Les boutons dorés/金色のボタン」などのヒットを持ち、Sylvie Vartanに「Comme un garçon/男の子のように」を提供)と知り合い(66年に結婚)、その協力により64年アイドル歌手としてデビュー。「C'est bien Bérnard /ベルナールは人気者」、「Une écharpe,une
rose/乙女の涙」、「A la sortie de ma classe/恋する放課後」、「Si tu gagnes au Flipper /恋のピンボール」などが日本でもヒットし、France Gallや Vartanと並ぶ人気に。65年Jean-Luc Godard監督の映画「Masculin,féminin/男性・女性」の主人公Madeleine Zimmer役で出演「 D'abord dis-moi ton
nom/名前を教えて」などを歌っている。70年代末Debout製作の子供向けのミュージカル「Le mystérieux voyage de Marie-Rose/マリー・ローズの不思議な旅」に出演、子供や親たちの圧倒的な支持を得た。その後は子供向けミュージカルを中心に活動、Marie-Roseシリーズは現在も上演されている。ミュージカルを含めてPalais
des Congrèsに最も多く出演しているアーティストと言われている。番組では現在フランス国内各地で上演中のミュージカルでロシアの森が舞台の「L’étrange histoire du chateau hanté/幽霊城の奇妙な物語」の中から「A Livanoff/リヴァノフで」を、例によってMarie-Rose役のGoyaがミュージカルに登場する縫いぐるみなどと一緒に歌い踊った。 |
| No.901 | 2011.12.6 |
№901 クリストフ・ヴィレムChristophe Willem、新しいアルバムリリース 2011.12.6 クリストフ・ヴィレムChristophe Willemが11月21日新しいアルバム「Prismophonic/音のプリズム」はその週のアルバムチャート4位。Willemは1983年パリ北の郊外生まれのACI。2006年TV局M6のスター誕生番組「Nouvelle
Star/新しいスター」で優勝。その容姿から「tortue/亀」と渾名が付けられたが、その後の足取りは脱兎のような速さ。07年に出したファーストアルバム「Inventaire/財産目録」は100万枚近く売上げ、その中の「Double je/二重の僕」(Zazieに提供された)は08年VdMでオリジナルシャンソン賞を受賞。09年のセカンドアルバム「Caféine/カフェイン」も50万枚近くの売上げ。今回の3枚目のアルバムはこの年末最も待たれたものだとの記事も。「僕はマンネリを避けるためアルバムのスタイルを変えている、このアルバムではダンス向きのエレクトロニックの音を中心にしたものとピアノ一本のバラードと2つのタイプの曲を収めた。僕の曲は付いていくのに難しい、歌いにくいと言われているので、もっと軽く、歌いやすく仕上げた。」歌詞は多くがZahoに提供されたもの。Zaho(1980-)はアルジェリア出身の女性R&B、Hip-HopのACI、このアルバムでは「Indélébile/消去不可能な」をデュオで歌っている。「『Caféine』では愛の始めから終わりまで、誘惑、疑惑、別れがテーマだったが『Prismophonic』では愛の後がテーマ。」収められている12曲は:「Starlite/星明かり」(Chaka Khanの83年の「Ain’t Nobody」の翻案)、「Cool/クールに」・・僕のストレスは極相に達した、担当の精神科医は匙を投げた、僕は体を科学のために捧げよう。僕は仮面を剥ごう、君はその後ろに隠れている、君と僕の肌は、一つになって僕の熱を冷ます、crazy、crazy in love、僕はクールでいなければ・・「L’amour me gagne/恋は僕を捉える」、「Si mes larmes tombent/僕の涙が落ちたら」「Indélébile/消去できない」(Zahoとのデュオ)、「Ennemis in love」、「Pas si loin/そんなに遠くない」「Je rejoins la scène/僕は舞台に戻る」、「Le temps qu’il reste/残された時間」など。 |
| No.900 | 2011.12.4 |
№900 ミシェル・ルグランMichel Legrand、クリスマスソングのアルバム 2011.12.4 ミシェル・ルグランMichel Legrandがアレンジしたクリスマスソングを、Legrand指揮のビッグバンドの伴奏によりフランス内外の歌手が歌ったアルバム「Noël!Noël!!Noël!!!/クリスマス!クリスマス!!クリスマス!!!」が11月21日リリースされた。アルバムに参加した歌手及び歌っている曲は、フランス語で歌われているもの:カルラ・ブルーニCarla Bruni「Jolis sapins/綺麗な樅の木」(原曲、1975年Michel Fugain)、ミーカMika「Vive le vent/ジングルベル」、クール ド ピラトCœur de Pirate「Noël Blanc/ホワイトクリスマス」、ルナン・リュスRenan Luce「Le Père Noël et petite fille/サンタクロースと少女」(原曲、1960年Georges Brassens)、エムM.「Douce nuit/清しこの夜」、オリヴィア・ルイズOlivia Luiz「Le Noël de la rue/通りのクリスマス」(原曲、1961年Edith
Piaf )、全員「Noël d’espoir/希望のクリスマス」。他に:Iggy Pop「The Little Drummer Boy」、Emilie Simon「Santa Baby」、Ayo「Santa Claus is Coming To Town」、Jamaie Cullum「Let It Snow」、Madeleine Peyroux「Have Yourself A Merry Little Christmas」.の12曲。 |
| No.899 | 2011.2.2 |
№899 リーヌ・ルノーLine Renaud、Olympiaライヴアルバムリリース 2011.12.2 リーヌ・ルノーLine Renaud(Nos.471、514)のOlympiaライヴアルバム「Un soir de mai à l’Olympia/5月の一夜、オランピアで」が11月28日リリースされた。Renaudは1928年生まれの歌手、女優。10年11月当代を代表するACIらの協力を得て31年ぶりにアルバム「Rue Washington」(№581)をリリース。また、32年振りというコンサートは11年5月24、25日パリOlympiaで、この劇場は初出場。今回のアルバムはこのコンサート模様で、次の曲が収められている。 ・リンク映像1:「Rue Washington」からMichel Delpechに提供された「Les torrents d‘amour/愛の奔流」をNolwenn Leroyとのデュオで。歌い終わった後、会場にいたDelpechを紹介 ・リンク映像2:自身のヒット曲のメドレー、「Ma petite folie/私のかわいいおばかさん」→「Le chien dans
le vitrine/ワン ワン ワルツ」(MCで観客に犬の鳴き声を依頼、会場の様子が写った際Nana Mouskouri、Grand Corps Malade、Didier Barbelivienとおぼしき観客の顔が見える)→「La Madelon/ラ マドロン」→「Mademoiselle from Armentières/アルマンティエールから来たお嬢さん」(Renaudのニックネーム) ・リンク映像3:「Rue Washington」からJean-Loup Dabadie作詞、Julien Clerc作曲の「La mémoire dévêtue/むき出しの思い出」をClercのピアノ伴奏でデュオ。終わった後のMCで;Clerc「Line素晴らしい!こんなに長い曲では記憶力が必要。」Renaud「あそこにも、ここにも歌詞を書いたモニターが置いてある。いらないと思ったけど、最近では皆やっていると言うことなのでOKした。でも白状すると、問題はそれを読むのには眼鏡が必要なこと」 ・リンク映像4:「Rue Washington」からChristophe Maéに提供された「Dans ma tête/私の頭の中で」をMaéとのデュオで。 他に「Rue Washington」からは「Mes amis sont mes amours/私の友人は私の恋人」、「je t’ai suivi,je te suivrai/私はあなたに付いてきた、これからもついて行く」を歌い、Jacques
Brelの「Le plat pay/平野の国」をカバーし、自身のヒット曲からは「Lou Lou/ルールー」、「Les plus jolies choses de la
vie/人生で最も素晴らしいこと」、「Le bal aux Baléares/バレアルの舞踏会」
「Etoile des neiges/雪の星」、「Le soir/夕暮れ」、「Les enchaînés/アンチェインド メロディー」、「Mister Banjo/ミスター バンジョー」、「Relax-ay-voo(Relaxez-vous)/リラックスして」などを歌った。そして; ・リンク映像5:最後の曲「Ma cabane au Canada/カナダの私の小屋」。 |
| No.898 | 2011.12.1 |
№898 クール ド ピラトCœur de Pirate、セカンドアルバムリリース 2011.12.1 Cœur de Pirate(№588)、本名Béatrice Martinは1989年ケベック生まれの女性ACI。フランスで50万枚以上売り上げたと言われる09年のファーストアルバム「Cœur de Pirate」(フランスヴァージョン)に収められていた「Comme des enfants/子供のように」は2010年のVdMで視聴者が選ぶオリジナルシャンソン賞を受賞している。そして長期に亘るツアーを行い、その後、彼女自身が「ツアー後の落ち込み状態」と呼ぶ時期を過ごし、11年1月にスタジオ入り、「その際自分に言い聞かせた。私の悩みを聞いてくれる人たちがいるんだ、みんなにそれを語ろう。」というわけで今回のアルバムに収められている曲も例によって二人の間の愛が生まれ、ひびが入り、消えるまでの自伝的な物語。そして音楽的には「私はクラシックで、ポップスで、時間を超えた音が欲しかった。60年代に活躍したフランスの女性歌手[Françoise Hardy、Sylvie Vartan]やPhil Spector、Nancy Sinatraのような。これらの女性歌手は、比較的悲しいテーマを反語的に、楽しげな様子で歌っている。」 収められているのは:「Lève les voiles/帆をあげよ」、「Adieu/さようなら」(・・でもさよならを言うのは明日にして、さようならは道を歩きながら言って、私はあなたを愛していた、でも解る、終わりなんだと・・)、「Danse et danse/踊れそして踊れ」、「Golden Baby」、「Ava/アヴァ」、「Loin d’ici/ここから遠く」、「Les amours dévouées/献身的な愛」、「Place de la République/レビュブリック広場」、「Cap Diamant/ダイアモンド岬」、「Verseau/水瓶座」、「Saint-Laurent/サン=ローラン」、「La petite mort/小さな死」の12曲。コレクターエディションにはボーナスで「Hôtel amour/愛情ホテル」、「Prince Arthur/アルテュール王子」が付いている。 |
| No.897 | 2011.11.30 |
№897 アラン・スーションAlain Souchon、新しいアルバムリリース 2011.11.30 アラン・スーションAlain Souchonが11月21日新しいアルバム「A cause d’elles/それらによって」をリリース。 |
| No.896 | 2011.11.29 |
№896 シルヴィー・ヴァルタンSylvie Vartan、Salle Pleyelコンサート 2011.11.29 シルヴィー・ヴァルタンSylvie Vartan(№854)がデビュー50周年を記念するコンサートを11月23日クラシックの殿堂パリSalle Pleyel(252,rue du Faubourg
Saint-Honoré 8区)で行った。バックをつとめたのはソフィア交響楽団、2人のギタリスト、ドラムス、3人のコーラス。2000人の観客を前に2部構成3時間のリサイタル。最初の曲は「La plus belle pour aller danser/アイドルを探せ」、その後「Qu’est-ce qui fait pleurer les blondes?/そよ風のブロンド」、「Bye bye Lory Brown」、「La Maritza/思い出のマリッツア」、「Drôle de fin/おかしな最後」、「L’amour c’est comme une cigalette/愛はジタンの香」、デビュー曲「Panne d’essence/ガス欠」、イェイェ時代の「Locomotin/ロコモーション」や「Si je chante/恋のショック」なども歌われた。また「Mon enfance/子供時代」(Barbara)、「Quand on n’a que l’amour/愛しかないとき」(Jacques Brel)も。そして、舞台を去る前には「My Way」の演奏をバックに「何よりも、私の人生を選んだのは私自身。」客席には養女Darina、Johnny Hallydayとの間の子供David Hallyday、歌手Etienne Daho、ファッションデザイナーPierre Cardin 写真家Jean-Marie Périer、作詞家Jacques Revaux、歌手Jean-Jacques Debout、作曲家Jean Renard、フランス、ブルガリア両国文化大臣などの顔が見られた。コンサート終了後ブルガリア文化大臣から、同国の最高勲章を授与された。またレコード会社Sony RCAからは特別トロフィが、デビューから今日まで5億枚のレコードを売り上げたと言うことで。計算すると年間平均100万枚、正に「Chapeau!/脱帽」。コンサートの模様を収録した2枚組CD12月16日にはリリースの予定。 |
| No.895 | 2011.11.28 |
№895 レ ザンフォワレLes Enfoirés、新しいクリップ 2011.11.28 レ ザンフォワレLes Enfoirés(Nos.650、688)が10月にリリースしたシングルCD「Un jour de plus au paradis/もう1日パラダイスに」のクルップを視聴できる。この曲は今年の公演でフィナーレに全員が歌ったもの、CDはスタジオで録音されている。原曲は1989年のPhil Collinsのヒット「Another Day In Paradise」。クリップの中で、ソロで歌っているのは順番に:Zazie→Lââm→Nolwenn Leroy→Liane Foly。・・今日もう一日だけ、あなた方と私たちパラダイスに、今日もう一日だけ、あなた方と私たちはパラダイスに、もう一日だけ・・あの高みには、私たちの祈りへの回答があるのだろうか、神様、我々は何をすべきなのか教えて下さい・・ |
| No.894 | 2011.11.27 |
№894 デーヴDave、ベストアルバムリリース 2011.11.27 デーヴDave(1944-№794)が11月21日ベストアルバム「Blue-Eyed Soul!」をリリース、サブタイトルに「The best-of Soul version」とあるように過去のヒット曲を、Guillaume Poncelet(Ben l’Oncle Soulを世に出した)の協力を得て、ソール、あるいはR&Bで歌い直した11曲が収められている。そのうち3曲はサプライズデュオ。 Daveは6月に心臓疾パイパス手術を受けたが、「町を歩いているといろんな人に声を掛けられる。同様の手術を受けた人は親近感があるのだろう。シャツをめくって手術跡を見せてくれる人もいる。病院に最初に見舞いに来てくれたのはAdamoだった。彼は84年に同様の手術を受けている。その後30年元気に活躍している。手術の跡に痛みを感じることもあるが、それは大したことではないし、主治医もステージでMick Jaggerの真似をしなければ大丈夫だと言って太鼓判を押してくれた。」ことからツアーも考えているのだろうか。 |
| No.893 |
2011.11.26 |
№893 ナナ・ムスクーリNana Mouskouri、デュオアルバムリリース 2011.11.26 ナナ・ムスクーリNana Mouskouriが11月21日デュオアルバム「Nana &
Friends,Rendez-vous」をリリースした。Moukouriは1934年ギリシャ、クレタ島生まれの歌手。3歳で一家はアテネに。そこで12歳からピアノと和声を学ぶ。ジャズクラブなどで歌い、ギリシャの大作曲家のManos Hadjidakisに出会い曲の提供を受け、ギリシャ・ポピュラー音楽祭大賞、60年バルセローナ地中海歌謡祭最優秀賞。その後は世界中で活躍するように。61年フランスで「Retour à Napoli/ナポリに帰りて」、ドイツで「Weisse rosen
aus Athen/アテネの白いバラ」を出し、62年アメリカで「The girl from Greece
sings」を出す。67年vedetteとしてOlympia初出演。69年イギリスでリリースされた「Over and over」は102週間チャートイン。74年には来日している。94年ギリシャ選出のEU議員(右翼)、93年からユニセフ親善大使をつとめた。50年のキャリアで1500曲以上をフランス語、英語、ドイツ語、日本語など10か国以上で歌い、レコードの売上は3億枚以上、行ったコンサートは5000回以上と言われている。トレードマークは黒い四角な縁の眼鏡と真っ直ぐな黒い髪。64年からスイスに居住。2004年ステージからの引退を宣言、05~08年にかけて世界中の85都市を回る最後のワールドツアーを行い、08年7月24日のアテネ公演が最後のコンサート。 今回のアルバムに収められているのは、彼女の比較的初期のヒット曲を、彼女が出会った歌手などとのデュオで歌っている14曲:「Pauvre Rutebeuf/哀れなリュトブーフ」(Alain Delon)、「Here's to You」 (Joan Baez)、「Adieu Angelina/おやすみ、アンジェリナ」 (Roch Voisine)、「Tous les arbres sont en
fleur/すべての木々が花盛り」 (長女で歌手のLenou)、「Le temps des cerises/桜んぼの実る頃」 (Dave)、「Guantanamera」 (Francis Cabrel)、「Quand tu chantes/あなたが歌うとき」 (ブラジルのサンバ歌手Martinho Da Vila)、「Suzanne」 (Graeme Allwright)、「La Vie, l’Amour, la
Mort/人生、愛、死」 (Lara Fabian)、「Aux
marches du palais/お城の階段で」 (Serge Lama)、「Le ciel est noir/激しい雨が降る」 (Garou)、「C’est bon la vie/人生は楽しい」 (Alain Souchon)、「Je chante avec toi Liberté /自由よ、私はお前と歌う」(Herbert
Léonard)、「Grande Grande Grande」
(Julio Iglesias)。そしてアルバムの最後の曲は彼女のソロによる「Plaisir d’amour/愛の歓び」(「この曲はCharles Aznavourと歌うことになっていたが、彼がコンサートで多忙のため録音できなかった。再版の際にはデュオで入れる。」) |
| No.892 | 2011.11.25 |
№892 シメーヌ・バディChimene Badi、新しいアルバムリリース 2011.11.25 11月21日、シメーヌ・バディChimene Badiの新しいアルバム「Gospel&Soul」がリリースされた。 |
| No.891 | 2011.11.24 |
№891 クロード・バルゾッティClaude Barzotti、新しいアルバムリリース 2011.11.24 クロード・バルゾッティClaude Barzottiの新しいアルバムは11月7日リリースの「Une autre
vie/もう一つの人生」。1980年代に大活躍したBarzottiは1953年ベルギー、Chatelineauでイタリアからの移民の家庭に生まれたACI。2歳からイタリアで育ち18歳でベルギーに戻った。グループで歌った後ソロに。81年「Madame」がベルギーで好評だったことからフランスでもEPがリリースされ、売上げ40万枚以上のヒットに。その後も「Le Rital/(俗語で)イタリア人」(83年、EPは150万枚売れたと言われている・・小学校時代友だちは多くはなかった、僕はDupontと言う名前の方が良かったし、もっと明るい目、ブロンドの髪が欲しかった。そう、僕は外人、髪は真っ黒、イタリアの田舎から来た、僕にはそのアクセントがある。僕は骨の髄までイタリア人・・)、「Je ne t’écrirai plus/もう君には手紙を書かないだろう」(84年)、「Elle
me tue/彼女は僕を殺す」(88年)、「Aime-moi/僕を愛して」(89年)がヒット。86年のケベック公演以降同地では絶大の人気を誇っていた。その後は人気が落ちたが、2000年代に入って80年代へのノスタルジーから再び人気が出、07年のラオスの少女を歌った「Jade」がTV局TF1の夏のヒット曲に選ばれた。08年から「Age tendre et têtes de bois」に参加している。09年1月19、20日Olympiaで「Je reviens d’un voyage/僕は旅行から戻った」コンサートを行った。今回のアルバムには「C’est notre histoire/それは我々の物語」、「La maison
est à vendre/家は売られる」、「Ma fille se marie/娘が結婚する」、「Une autre vie」、「Je reviens d’un voyage」、「L’amitié/友情」など14曲集録。 |
| No.890 | 2011.11.23 |
№890 ジュリアン・クレールJulien Clerc、新しいアルバムリリース 2011.11.23 ジュリアン・クレーJulien Clerc(1947-、№729)の新しい、22枚目のスタジオ録音アルバムは11月7日にリリースされた「Fou, peut-être/常軌を逸した、おそらく」で、リリースの週にはアルバムチャートの2位。詩は常連のMaxime Le Forestier、Jean-Loup Dabadie、Gérard Manset、Gérard Duguet-Grasserの他、今回初めて先輩のCharles Aznavour、若手のJulien
Doré、Mike Ibrahim、Alex Beaupainに提供され、作曲はすべてClerc自身。プロデュースはCalogeroなども担当したPhilippe Uminsky。収められているのは:「Hôtel des
Caravelles/カラヴェルホテル」(Duguet-Grasser、先行シングルカット)、「Le temps d’aimer/愛するとき」(Dabadie)、「La nuit c’est tous les jours/夜は毎日」(Beaupain)、「Les souvenirs/思い出」(Aznavour)、「Où est-elle/彼女は何処に」(Duguet-Grasser)、「Les jours entre les jours de pluie/雨の日々の間の日々」(Ibrahim)、「Fou,peut-être」(Le Forestier)、「Le père dit à son fils/父が息子に言う」(Manset)、「L’amour prend tout/愛はすべてを奪う」(Duguet-Grasser)、「La romance du petit cheval/子馬のロマンス」(Duguet-Grasser)、「Les dégâts/損害」(Doré)、「Sur la plage,un enfant/海辺で一人の子供が」(Manset)の12曲。他に3曲加え15曲収録のデラックス版がある。Clercは11月19日TV5MONDEJaponで放送の「On
n’est pas couché/まだ眠らない」に出演、次のように語っている。「作曲は40年使用しているピアノ[YAMAHA?]で行った。このピアノは何回もの転居の際も常に持って来た唯一の家具。Charlesに詩の提供を受けたが、彼の創造力の新鮮さは私が常に求めているもの。彼から届いた曲には4番まであって長かった。短くしたけれど、ショックかと尋ねたら、内容を変えなければ問題じゃない、好きな部分を取ってよいと言われた。この曲の録音の日Charlesは他のメンバー同様に10時半には我が家に来てくれた。彼はこのほかにもう1曲提供してくれた。それは次のアルバムのために取っておいた。Maximeには05年に離婚をテーマにした曲を依頼したら父の許、母の許で暮らす「Double
enfance/2重の子供時代」を書いてくれた。今回は60歳を過ぎて父親になった男をテーマに書いてもらった[Clercには08年男児が誕生している]。そして・・おそらく常軌を逸しているかも知れないが、それを誇りに思う・・と書いてくれた。」 Clercは2012年1月6日から60日以上に及ぶツアーを行う。パリ登場は1月13~15日Palais des Congrès(すでに満員札止めの由)、5月31~6月6日Palais
des Sports。 |
| No.889 | 2011.11.22 |
イザベル・ブーレIsabelle Boulay、新しいアルバムリリース 2011.11.22 11月14日、イザベル・ブーレIsabelle Boulayの新しいアルバム「Les Grands Espaces/広い空間」がリリースされた。 、 |
| No.888 | 2011.11.21 |
№888 ルル・ゲンズブールLulu Gainsbourg、ファーストアルバムリリース 2011.11.21 ルル・ゲンズブールLulu Gainsbourgが11月14日アルバム「From Gainsbourg
to Lulu」をリリース。 11月2日からコンサートを行っており、11月8日Casino de Paris出演の際にはJane Birkin、Tierrry、 Paradis、Dani、M、Ayoらが応援に駆けつけた。 |
| No.887 | 2011.11.19 |
№887 ミシェル・サルドウMichel
Sardou、Connemaraの鍵を授与される 2011.11.19 ミシェル・サルドウMichel Sardouが11月15日在仏アイルランド大使から同国コネマラConnemara地方の鍵を授与された。今年はSardouがシャンソン「Les lacs du Connemara/コネマラの湖」を出してから30年になることを記念して。コネマラ地方はアイルランド北西部に位置し、美しい山脈、湖など手付かずの自然が多く、アイルランド固有の文化、言語が残る地域でユーロッパ最後の秘境とも言われている。「Les lacs du Connemara」は81年リリースの同タイトルのアルバムに収められていて、SardouとPierre Delanoëの作詞、Jacques Revauxの作曲、演奏時間6分の大作、スタジオ録音の際にはロンドン交響楽団とそのコーラスがバックについている。Sardouはコンサートでは必ずと言って良いほどこの曲を歌う。・・風が吹きすさぶ焦げた大地、湖の周りには石の荒野、そこは生き物にとっては地獄のような土地、コネマラは。北の方からやって来る黒い雲、湖、川、それらはコネマラの舞台装置。コネマラでは人は言う、人生とは愚かなもの、だから踊って過ごそう。湖には怪獣がいて夏の夜には泳いでいるのが見える。よそからは魂の安らぎを求めて人々がやってくる。アイルランド人が十字架の周りで和解する日は間近だと信じている。ガロワとの、イギリス王との講和にも応じなかったコネマラ・・。SardouはAnne-Marie Périer夫人及びプロデューサーと授与式に出席。アイルランド大使は「この曲はフランスとアイルランドを結びつける貴重な財産。この曲がフランスの人々やその他の多くの人々を魅了し続け、アイルランドを理解するための一助となることを期待する。」 |
| No.886 | 2011.11.18 |
№886 SACEM大賞Grands prix de la SACEM、授賞式 2011.11.18 2011年SACEM(作詞家作曲家楽譜出版者協会;著作権の管理等を行う)大賞の授賞式が11月14日Frédéric Mitterrand文化相も出席してCasino de Parisで行われた。主な受賞者は・・ ・Prix spécial de
la SACEM/特別賞: ジャン=ルイ・オベールJean-Louis Aubert(№596)。 ・Grand Prix de la
chanson française/シャンソンフランセーズ大賞:ユーベール=フェリックス・ティエフェヌHubert-Félix
Thiéfaine;1948年Jura県Dole生まれのACI。幼少の頃から歌手になることを志し、71年パリに出てrive gaucheで歌う。1978年最初のアルバムから、2011年の「Suppléments de mensonges/重ねた嘘」まで16枚のスタジオ録音アルバムを出している。真の詩人でRimbaud、Baudelaireらの詩からインスピレーションを受け、言葉の余白を大切にし、比喩と皮肉に富んだ、あるいはユーモア溢れる歌詞は特に若者たちに人気がある。メディアに登場すること、TVに出演することも希で、06年になってようやくVdMにノミネートされた(ポップ・ロックアルバム部門)。クリップなどを作らなくてもアルバムは売れ、コンサートは満員、すでに30年のキャリアがあるがユニークな存在。 ・Prix Francis
Lemarque/フランシス・ルマルク賞(若いクリエーターに与えられる):アレクシス・アシュカ Alexis HK(№857) ・Prix Rolf
Marbot/ロルフ・マルボ賞(年間最優秀シャンソンに与えられる):「Je veux/私の欲しいもの」(作詞Kerredine Soltani 作曲 Kerredine Soltani &
Tryss 歌Zaz)(№796) ・Grand prix des
musiques du monde/ワールドミュージック大賞: スアド・マッシSouad Massi(№585)。 ・Grand prix des musiques éléctroniques/エレクトリック音楽大賞: エミリー・シモンEmilie Simon;1978年Montpellier生まれ、エレクトロ・ポップのACI。クラシックの勉強の後転向、澄んだ清らかな声で幻想的な世界を表現し「エレクトロ・ポップの妖精」と呼ばれている。04年と06年にはVdMでエレクトロニックアルバム賞受賞。05年には映画「La marche de l’empéreur/皇帝ペンギン」の音楽を担当、VdMの映画音楽賞を受賞と実績 |
| No.884 | 2011.11.17 |
№885 アングンAnggun、新しいアルバムリリース 2011.11.17 アングンAnggunが11月7日新しいアルバム「Echos/エコー」をリリースした。Anggunは、1974年インドネシア、ジャカルタ生まれ、現在フランス国籍、本名Anggun
Cipta Sasmi、7歳の頃から歌を始め、9歳で最初のアルバム出し、10代初めにはインドネシア、マレイシア、シンガポールで人気歌手になった。94年インターナショナルな歌手になることを目指してヨーロッパに渡り、95年からフランスに落ち着く。Erick Benzi(Dion、Goldman、Hallydayらのプロデューサー)と知り合い、そのプロデュースで、97年フランス語のファーストアルバム「Au nom de la lune/月にかけて」を出す。そこからシングルカットされた「La
neige au Sahara/サハラの雪」が大ヒット、甘美な官能的な声とエキゾチックな発音でフランスでの人気を得る。この曲は英語ヴァージョン「Snow on the Sahara」のシングルもあり33か国でリリースされ、10カ国以上でチャートのトップになり、シングルは都合200万枚以上売り上げたと言われている。その後も定期的にアルバムを出し、前回08年アルバム「Elévation/上昇」に収められた「Si tu l’avoues/あなたがそれを白状してくれたら」はフランスの国際ラジオ局RFIの「聴取者が選ぶシャンソン」に。2000年末にはヴァチカンに招かれクリスマスコンサートに出演。2010年9月フランス公開のClaude Lelouch監督の「Ces amours-là/こんな愛」に歌手のRaphaël、Liane Folyと出演し、Anouk Aiméeらと共演している。Sidaction、Enfoirésなどの人道活動にも積極的に参加、また国連のFAO親善大使。今回のアルバム「Echos」はフランス語で5枚目となるがAnggunのアルバムはすべて、フランス語の他英語、インドネシア語のヴァージョンがある。アルバムには:「Je partirai/私は旅立つ」(先行シングルカット)、「Mon
meilleur amour/私の最も素晴らしい愛」、「Toi l’éternelle/あなた、永遠なるもの」、「Promets-moi le ciel/私に空を約束して」、「Mon Cœur/私の心」、「Dérachinée/根無し草の女」、「L’année du serpent/蛇年」、「J’ai appris le silence/私は沈黙を学んだ」、「Buy me
happiness」、「Weapons」、「Il/彼:冬の青春」(Gérard Lenormanとのデュオ)など16曲が収められている。 |
| No.884 | 2011.11.16 |
№884 アンリ・サルヴァドールHenri Salvador、旧居に銘板 2011.11.16 アンリ・サルヴァドールHenri Salvador(№860)が1962年から2008年2月13日に亡くなるまで住んでいた住居が入っている建物(6,Place Vendôme Paris 1区)に銘板が付けられた。11月9日未亡人Catherine、「Jardin d’hiver」でSalvadorを復活させたKeren Ann、歌手のLiane Foly、パリ第1区区長らが出席して除幕式が行われた。 |
| No.883 | 2011.11.14 |
№883 ディック・リヴェールDick Rivers、新しいアルバムリリース 2011.11.14 ディック・リヴェールDick Riversの新しいアルバムは10月31日にリリースされた「MisterD」。 |
| No.882 | 2011.11.13 |
№882 セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourg、手書き原稿などオークションに 2011.11.13 セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourg(1928-1991、Nos.672、674)の手書き原稿など約30点が11月9日Sotheby’s(76,rue du Faubourg St-Honoré Paris 1er)でオークションに掛けられた。落札総額は266,000ユーロで、当初の予想(75,000~100,000ユーロ)を大幅に超えた。出品された主なものと落札価格は:シャンソン「Sorry angel/エンジェルの死」の手書き原稿、51,510ユーロ。「Sorry
angel」は1984年の作品Jane Birkinとの別離の頃書かれたもの。2枚にわたり黒インクで書かれた読みやすい字体、訂正された痕跡はないことから最終原稿と思われる。当初の予想では12~18,000ユーロとされていた。タイトルは英語だが歌詞は「Sorry angel」の部分を除きフランス語。最初の部分は・・お前を自殺させたのは俺、モナムール、俺にはそんな価値はなかったのに。解ってだろう、俺がいなくてもお前はきっと決心してたよ、いつかどこかへ行っちまおうと・・シャンソン「Love on the beat」の手書き原稿39,150ユーロ。同じく「You’re
under arrest」21,150ユーロ。同じく「No comment」24,750ユーロ。実際には撮影されなかった「No comment」のクリップの手書きシナリオ、29,550ユーロ。今回のオークションの目玉は破られたサイン入り500フラン札。Gainsbourgは84年3月11日放送のTV番組Sept sur Septに出演の際、「重税を告発する」としてポケットから出した最高額紙幣500フラン札[表面には「人間は考える葦である」の哲学者Blaise Pascalの肖像がある]に火を点け、「これだけ稼いでも74%は税金で取られ、(途中で消して)私のところに残るにはこれだけだ」と語った。翌日からGainsbour宅には非難の手紙が数多く寄せられ、当時彼のmajordome/給仕頭であったFulbert Ribeaultがそれらに目を通し、整理した。Ribeaultへの感謝の印として、Ribeaultに破った500フラン札にサインし「Affectuesement、à Fulbert/心を込めてFulbertに」の言葉を添えて贈った。この破れた500フラン札が今回のオークションに掛けられ、20,000ユーロの予想に対し、24,750ユーロで落札された。他に書簡、William Klein、Helmut Newtonら著名なカメラマンが撮影したポートレート(サイン入り)などが出品され落札された。ただ、映画「Je t’aime,moi non plus」の撮影(76年)の際着ていたミリタリーベストは落札に至らなかった。これらの品々はRibeaultが所有していたが、その後今回出品した持ち主に渡っていた由。 |
No.881 |
2011.11.11 |
№881 イヴ・モンタンYves Montand、没後20年 2011.11.11 イヴ・モンタンYves Montand(本名Ivo Livi 1921-1991)は今年没後20年、91年11月9日Oise県Senlisの病院で、心筋梗塞のため死去。パリPère-Lachaise墓地に夫人Simone Signoret(1921-85)と共に埋葬されている。88年当時の伴侶Carole Amielとの間に、男児で唯一の子Valentin Liviが誕生。92年にはPOPB(パリ ベルシー)でコンサートを行い「Homme de music-hall/ミュージックホールの男」と呼ばれていた勇姿を息子に見せたいと願っていたがかなわなかった。 没後20年に際して: ・Carole Amiel&Vatentin Livi著「Yves Montand、Il y a ceux qui rêvent yeux
ouverts,et ceux qui vivent les yeux fermés/イヴ・モンタン、目覚めていながら夢みる人、目を閉じながら生きている人がいる」が10月13日刊行された(Editions Michel Lafon)。これには稀少な写真が数多く掲載されている。Caroleはインタヴユーなどで次のように語っている。Montandとの出会いについて:我が家はSaint-Paul-de-Vence[南仏ニース近郊の町、MontandとSignoretが住んでいた]に引っ越したばかりで私は14歳だった。ある朝、彼に出会った、我々の視線が合ったとき彼は笑顔で「Bonjour」と言ってくれた。その後度々会う度に父親のように接してくれた。その後22歳で彼のアシスタントになり、82年には世界ツアーに同行した。 Valentinについて:Montandが亡くなった時3歳だったValentinは「パパがこんなに働くのは、僕と一緒にいるのがいやなんだろう。」と言っていた。その後大きくなってJean-Loup Dabadieが歌詞を書いた「Valentin」などの曲を聞き、父にどれ程愛されていたか知った。現在はMontpellierでコンピュータグラフィックを勉強中、俳優や歌手になる気は全くない。 ・TV F2特別番組11月8日放送。ドキュメンタリー「Ivo Livi、dit Yves Montandイヴォ・リヴィ、芸名イヴ・モンタン」は、イタリアからの移民の子が国際的な大スターになる過程を追った。生まれ故郷のToscaneからマルセイユのAlkazar、ドイツ占領下のパリのキャバレ、Olympia劇場、NYのメトロポリタンオペラ、さらに赤の広場、ホワイトハウスまで。あるいはEdith Piaf、 Signoret、Marilyn Monroeなどとの伝説的な恋愛物語。またClaude Sautet監督MontandがRomy Schneiderと共演した1972年の映画「Cesar et Rosalie/セザールとロザリー:夕なぎ」が放送された。 ・コンピレーションアルバムのうちいくつか:①「Yves Montand: Les feuilles mortes et ses
plus belles chansons/イヴ・モンタン:枯葉ほかその最も美しいシャンソン」・・「Les
feuilles mortes」、「C’est si bon/セ シ ボン」、「Grands boulvards/グラン ブルヴァール」、「Le galerien/漕役囚の歌」、「Les enfants qui s’aiment/愛し合う子供たち」、「Dans les
plaines du Far-West/西部の平原にて」など初期の曲のオリジナルヴァージョンのリマスター15曲を収録。②「Ce Monsieur-là:Intégrale studio 1945-1960/この紳士:スタジオ録音全集1945-60年」は7枚組CD ③「Best of Yves Montand」3枚組CD69曲収録、うちCD3はThéâtre
de l’Etoileでもリサイタルの実況。 |
| No.880 | 2011.11.10 |
№880 ユーグ・オーフレHugues Aufray、新しいアルバムリリース 2011.11.10 ユーグ・オーフレHugues Aufrayの新しいアルバムは10月31日リリースの「Troubador
since 1948」。Aufrayは1929年パリ郊外生まれのACI。両親の離婚で父とスペインに住み、48年パリに。美術の勉強の傍ら、左岸のキャバレで歌う。1959年当時無名のSerge Gainsbourgの「Le poinçonneur des Lilas/リラ駅の切符切り」を歌いラジオ局Europe1のコンクールで優勝、最初のレコーディング。59年Maurice
Chevalierのアメリカツアーの前座に招かれ、Bob Dylanを知る。61年12月の出た「Santiano/サンティアノ」が最初のヒット。63年ルクセンブルグ代表としてユーロヴィジョンに出場4位。65年Pierre Delanoëのフランス語の詩による「Hugues Aufray
chante Bob Dylan/ユーグ・オーフレ ボブ・ディランを歌う」を出し Dylanをフランスに紹介。66年vedetteとしてOlympiaに出演。70年代からはArdècheの農場で羊を飼い、乗馬などをして暮らしながら、音楽活動を続け、パリのキャバレやホールに出演、アルバムも出している。80歳の09年にはアルバム「New Yorker」。これはDylanの曲に自身がフランス語の歌詞をつけた13曲をJohnny Hallyday、Carla Bruni、Francis Cabrelらとのデュオで歌ったもの。今回のアルバムは、「Aufray
rend homage à Aufray/オーフレ、オーフレに敬意を払う」というわけで、過去のヒット曲、契機となった曲など17曲を新しく歌い収めている。昔からのファンにとっては新しいアレンジで楽しむことができ、新しいファンにとってはシャンソンフランセーズの忘れてはならない名曲を発見する機会となるものだろう。収められているのは:、「J’entends siffler le train/汽笛が聞こえる」(Françoise
Hardyとのデュオ、原曲は「500 miles」)、「Y
avait Fanny qui chantait/ファニーが歌っていた」(59年に最初にレコーディングした曲)、「Les portes du pénitencier/監獄の扉」(64年、原曲は「House
of the rising sun」でHallydayに提供したフランス語の詩で)、「Dès que le printemps revient/再び春が来れば」(64年)、「Le
bateau de papier/紙の船」、「On est les rois/僕らはキング」(原曲はRoger Millerの「King of the road」)、「Comme des pierres qui roulent/転がる石のように」(原曲はBob
Dylanの「Like a rolling stone」)、「Céline」(66年、Aufrayのヒット曲)、「Stewball」(アイルランド民謡Joan Baezなども歌っている)、「Santiano」、「Le siècle des enfants/子供たちの世紀」(99年)、「L’hôtel
du seleil levant/朝日の当たる館」(原曲は「House of the rising sun」で、娼婦の館とする原詩に詩をつけた)など。 |
| No.879 | 2011.11.9 |
№879 フェリックス・ルクレールFelix Leclerc、TV5「Entre
2 liens」で紹介 2011.11.9 フェリックス・ルクレールFelix Leclercが10月29日19:15~TV5MONDEJaponで放送された「Entre 2 liens/2つの絆」でフランスとケベックの音楽を最初に結びつけた歌手として紹介された。この番組はフランスとケベックとの間の音楽の交流を描いたMarie-France Brière監督のドキュメントフィルム。番組は交流の象徴として、2008年 Charles AznavourがケベックでMichaëlle Jean総督からカナダの最高勲章Officierオフィシエ章の名誉章を受章した場面から始まった。ケベックはPierre Rocheとデュオを組んでいたAznavourが最初の成功を収めたところ。「アルメニアが私の魂なら、ケベックは私の心。ケベックは私を仲間に加えてくれた。今、多くのケベック出身のアーティストがフランスで活躍していることは素晴らしいこと。」番組はその後大西洋を挟んだシャンソンの交流の歴史を振り返った。ケベック出身でシャンソンフランセーズに影響を与えたアーティスト、あるいはフランスでも活躍し、人気のある歌手が紹介された。最初に紹介されたのはFelix Leclerc(1914-1988 ACI)、ケベック州La Tuque生まれ。40年代から歌っているところをJacques Canettiに見出され、50年パリに。ABC、Trois Baudetsなどで歌い人気に。ケベックのシャンソンを最初にフランスに紹介したとされる。51年「Moi mes souliers/僕と僕の靴」、「Le petit train du nord/北の小さな汽車」、「Le petit bonheur/小さな幸福」などを収めた最初のアルバムでACC大賞を受賞している。Aznavourもカナダ公演の際には「Moi mes souliers」をカバー、「Felixが来て、これらの曲を歌った。森から出てきたばかりのような、今まで聞いたことのないような力強いものだった。その才能が何処に由来するのか解らなかった」。Leclercは58年にもACC大賞を受賞している。Yves Duteilは「Felixに初めて会ったとき、旧知の間柄のように受け入れてくれた。そして、カナダにおけるフランス語の状況を話してくれた。フランス語系住民の95%は英語での生活を強いられていて、フランス的な文化が危機的状況にあると。帰国して直ぐに『La langue de chez nous (à Felix)/私たちの言葉(Felixに捧げる)』(1985年)を作った。」 |
| No.878 | 2011.11.7 |
№878 ジャン=ジャック・ゴルドマンJean-Jacques Goldman、F3「Discographie」で 2011.11.7 ジャン=ジャック・ゴルドマンJean-Jacques Goldman(№861)が10月31日放送されたTVF3の番組「Discographie/ディスコグラフィー」で取り上げられた。番組でパトリシア・カースPatricia Kaasとセリーヌ・ディオンCéline Dionは、彼女たちの歌手生活の中でGoldmanが重要な役割を果たしたと、次のように語っている(場面があるよう)。 Kaas・・Kaasは1992年Opéra
Garnierパリオペラ座で行われたLes Enfoirésに参加するように要請された。そしてJohnny Hallydayと「Je te promets/君に約束する」(Goldman作詞作曲、86年Johnnyのヒット曲)を歌うことになっていた。Hallydayがリハーサルに来られなかったので、Goldmanが代役を務めた。出来は素晴らしいものだった。本番の日もHallydayは欠場。プロデューサーはKaas-Goldmanのデュオをそのまま使おうと決めた。この日から2人の友情が始まった。「私たちは二人とも内気だった。言葉は交わさなくても協力して何かやろうと思っていることは解った。」GoldmanはKaasに「Il me
dit que je suis belle/彼は私が美しいと言う:はかない愛だとしても」を提供した。この曲はKaasの93年のアルバム「Je te dit vous/永遠に愛する人へ」に収められた。しかしそこでは作詞・作曲者はSam Brewskiとなっている。「この曲はGoldmanが他の歌手に提供した最初の頃の曲で、その際彼はいろいろの名を使っていた。曲はそれを歌う歌手のためだけに存在すればよいと考えていたのだろう。」 Dion・・DionもGoldmanとの最初の出会いは1994年Grand RexでのLes Enfoirés。そこでは二人はデュオで「Là-bas/向こうで」(Goldman作詞作曲、97年Goldmanのヒット曲)を歌った。カナダ出身の歌姫の声に魅了されたGoldmanはアルバムの製作を提案。当時Dionは英語で歌っていた歌がアメリカでヒットし、すでにアメリカでは人気があった。Goldmanはアメリカから雑誌や新聞を取り寄せた。それによって何にDionが感動しているかを知った。94年パリで彼はDionと彼女の夫René Angelilにアルバムの案を示した。「私は彼にそのうちのいくつかは私には合っていないと言った。そうしたら彼は『Pour que tu m’aimes encore/あなたがまだ私を愛してくれるように:愛を再び』を我々に歌ってくれた。Renéと私は涙が出るほど感動した。」95年この曲や「J’irai où tu iras/あなたについて行く」(Goldmanとのデュオ)を収めたアルバム「D’eux/彼らについて」をリリース。アルバムは7百万枚以上売り上げたと言われ、フランス語で歌われたアルバムとしては、現在まで史上最多売上げになった。 |
| No.877 |
2011.11.6 |
№877 エディット・ピアフEdith Piaf、主演映画「Etoile sans lumière」 TV5で 2011.11.6 エディット・ピアフEdith Piafが主演し、映画初出演のイヴ・モンタンYves Montandと共演したMarcel Blistene監督の1946年フランス公開映画「Etoile sans
lumière/光なき星」[「光の当たらないスター」と直訳できるか?]が11月3日TV5MONDEJaponで放映された。 田舎のホテル従業員Madeleine(Piaf)は掃除などをしながらいつも「C’était une histoire d’amour/それは一つの恋物語だった」を歌っている。そして「歌っていると、予想もしなかったことが起こるの。」恋人の自動車修理工Pierre(Montand)は客からブレーキの修理を依頼された車でMadeleineをドライブに連れ出す。そこでMadeleineが歌うのは「C’est merveilleux/素敵ね」・・あなたに出会った日、どうしようもなく悲しい日だった。私は終わることのない悩みを引きずっていた。でもあなたが来てくれただけで十分。私が苦しみをすべて忘れるためには。二人でいることは何て素晴らしいこと。幸せが私たちを見守ってくれる。愛し合っているときには、素晴らしい日々が来る、人生は青色。私はあなたを愛し、あなたは私を愛している。何と素晴らしいこと・・。 そのホテルには美貌の人気女優のStella Doraと恋人で映画監督のRogerが逗留。時は1920年代末、無声映画からトーキーに変わる頃、Stellaには声が悪いという大きな欠点があった。次回作では歌う場面があることを知り自殺まで考えた。Rogerは声の良いMadeleineに目を付け、Stellaアテレコに使おうと考えた。パリの撮影場に連れて行く。Madeleineにも真実を話さず、音響技師Gaston(Serge Reggiani)の協力で内密で歌の部分のアテレコ作業を行う。Stella主演の映画は「La Fiancée du Pirate/海賊の花嫁」、歌われるのは「Le chant du pirate/海賊の歌」、「Adieu mon Cœur/さようなら愛しい人」。映画が完成、特別上映会でStellaの歌は大好評。Stellaは記者に「歌はずっと前からやっていました。私は皆さんのために歌った。満足して頂け幸せです」と答える始末。しかしMadeleineは表に出ることはない。それを慰めMadeleineの力になってくれるのはGaston。そのころPierreも叔父の修理工場で働くように誘われパリに。StellaとMadeleineとの間に敵意とライヴァル感情が。歌が自分の声ではないという噂が出始めStellaが自動車事故により自殺。RogerはMadeleineにアテレコの秘密は守るように約束させる。MadeleineはプロデューサーBillyにより、Stellaを彷彿とさせる声の歌手としてミュージックホールで歌うことに。オーディションで歌うのは「Mariage/結婚」。デビュー初日、Rogerには約束を破るのかと非難され、頼みのGastonには昔の恋人と結婚すると言われる。ショックを受け満員の舞台に立ったMadeleine、「C’est merveilleux」を歌うはずが、Stellaの面影が浮かび、歌うことが出来ず舞台に倒れてしまう。一人寂しく出演者出入口からホールを去る傷心のMadeleine、待っていたのはPierre。 [この映画はTV5MONDEJaponで11月6日21:15~再放送されます。日本語字幕付きです] |
| No.876 |
2011.11.4 |
№876 ピエール・ペレPierre Perret、全集リリース及びOlympia出演 2011.11.4 ピエール・ペレPierre Perretは今年デビュー55周年に当たり、全集をリリース、パリOlympiaに出演。Perretは1934年南西フランス生まれのACI。53年兵役から戻ってからまずギタリストとして、次いで56年からギターの弾き語りとしてステージに立つ。63年の「Le tord- boyau/安酒」が最初のヒット。66年「Les jolies
colonies de vacances/楽しいヴァカンス村」、74年「Le zizi/おちんちんの歌」(500万枚以上)、77年反人種差別のクラシック「Lily/リリー」、79年「Mon petit loup/私のかわいい狼ちゃん」、98年反ファシズムの「La bête est revenue/また獣がやってきた」。07年春歌を集めたアルバム「Le plaisir des Dieux/神々の楽しみ」。10年アルバム「La
femme grillagée/閉じこめられた女」。軽いテーマの時には俗っぽい言葉、きわどい言葉でユーモアたっぷりに歌い、差別反対や暴力反対を歌いあるいは偽善者達攻撃するときには厳しく、痛烈に歌っている。そのシャンソンは子供から、老人まであらゆる年代の人々に愛されている。現在Perretの名を冠した学校や幼稚園は22、3ある由。「国語の授業を除き、学校には退屈していた私にとっては信じられない。」11年10月18日リリースされた全集「Pierre Perret:L’Intégrale/ピエール・ペレ全集」はCD29枚+DVD1枚からなる。CDはリマスターされた28枚のアルバム(いずれも当時のジャケットを複製)及び新曲5曲、未収録曲などを収めた1枚。DVDは11年Veilles Charruesフェスティヴァル出演などを収録したもの。405曲全曲の歌詞(そのうち数曲はPerret手書き)、著名な作家による伝記の抜粋、自身の著作の抜粋を収めたブクレットつき。 Olympiaには10月28、29、30日に出演、少人数のミュージシャンと少年少女コーラスをバックに、ギターの弾き語りも交え、新旧のヒットを歌い、毎回スタンディングオベーション。30日にはLionel Jospin元首相が楽屋を訪れた。11年11月から12年6月までフランス国内ツアーの予定。 №875 フランソワーズ・アルディFrançoise Hardy 追記 TV出演時の映像で見られるように、Hardyは左手にギブスをはめていた。フランスでの放送当日(10月22日)から多くの視聴者から問い合わせがあったよう。事情は次の通り:Hardyは番組収録の数日前、パリの自宅から外出しようとした際、マンションのホールを掃除中のconcierge/管理人が使用していた電気機器のコードに足を取られ転倒、手首を骨折。写真展の初日レセプションには出席できなかった。全快はおそらく年末になるだろう。「Bonne rééducation!/良いリハビリを!」 |
| No.875 | 2011.11.3 |
№875 フランソワーズ・アルディFrançoise Hardy、「On n’est pas couché」出演と写真展 2011.11.3 フランソワーズ・アルディFrançoise Hardyが10月29日TV5MondeJapanで放送されたLaurent Ruquier司会の人気番組「On n’est pas couché/まだまだ眠れない」に、カメラマンで10月12日写真集「Françoise」を出版したJean-Marie Périerと出演した。Hardyは1944年パリ生まれのACI。62年で自作の「Tous les garçons
et les filles/男の子と女の子」でデビュー、200万枚以上売り上げ一躍スターに。68年ステージから引退、その後もアルバムをリリース、05年VdMで女性歌手賞を受賞、最新のアルバムは10年3月の「La pluie sans parapluie/傘のない雨」。67年からの伴侶Jacques Dutroncとの間に73年一男、Thomas。Périerは1940年Neuilly生まれのカメラマン、62年から74年までSalut les Copains誌のカメラマンとして、60年代のスターの写真を撮り続けた。イェイェ時代の人気スターたちは皆彼の被写体になった。Périerは1962年初めて「Salut les Copains」誌のために18歳のHardyを撮影した。その際Hardyの気取らない人柄に感銘を受けその後は友人として付き合った。「私が感銘を受けたのは、彼女が自分の美しさを認識していないことだった。それは写真家にとっては都合の良いことだった。」写真集「Françoise」(Editions du Chène)には200枚以上の写真が掲載されている。そこにはOlympiaのステージに立っているHardy(客席には客はいない)、画家Salvador Daliとのツーショットなども。ただ写真のHardyは、隠し撮りされたものも含め、ほとんど笑顔を見せていない。微笑んでいるのは200枚のうち数枚。DutroncとのツーショットでもDutroncの方は笑顔を見せているものもあるが。「私の歌っている曲も悲しいものが多かったし、私的な生活では孤独だった。微笑んでいるのはカメラマンを喜ばせるため。」これらの写真うち主なものを展示した写真展が10月27日から12月3日までパリのGalerie Photo 12(14,rue
des Jardins Saint-Paulパリ4区、水~土14:00~18:30)で開かれている。ファンにはおなじみの、あるいは写真家が個人的に所蔵していた写真を展示するこの写真展は、このアイドルに対するPérierの感動的な視線を示している。そして、控えめでありながら大衆に人気のあるこの歌手のキャリアの証人でもある。 |
| No.874 |
2011.11.2 |
№874 コルネイユCorneille、新しいアルバムリリース 2011.11.2. コルネイユCorneilleが10月24日新しいアルバム「Les inséparables/別れられない人たち」をリリース。Corneilleは1977年生まれ、本名Cornelius
Nyungura、カナダ国籍のACI。ルワンダ人の両親が留学中のドイツで生まれ、幼少期をルワンダで過ごす。94年ルワンダにおける種族対立による虐殺で家族を失ったが、自身は両親の友人のドイツ人の許に逃れた。97年勉学のためカナダ、モントリオールへ。そこで友人とR’n’Bグループを結成、01年からはソロで歌うように。03年ファーストアルバム「Parce qu’on vient de loin/遠くから来たので」は「Seul au
monde/世界でたった一人」など自身の体験を歌った曲も収められていてカナダ、フランスで大ヒット。04年にはカナダ国籍を取得。05年アルバム「Les Marchands de rêves/夢を売る人たち」、07年アルバム「The Birth of Cornelius」(日本でも発売され、それを記念して07年来日しカナダ大使館でコンサートを開いたとの資料あり6月26日)、09年アルバム「Sans titre/無題」を出している。対エイズ活動などの人道的支援活動に積極的に関わっている。今回のアルバムは5枚目(フランス語では4枚目)「Les
inséparables」には「Le jour après la fin du monde/世界の終わりの翌日」(1年半前に生まれた長男が堕落した世界に住むようになるのではという危機感を歌っている。)・・・・「Des pères,des hommes et des frères/父親たち、男たち、兄弟たち」(ラップ歌手La Fouineとのデュオ)、「Au bout de nos peines/僕たちの苦痛の後に」(コモロ出身のラップ歌手Sopranoとのデュオ)、「Quand Paris t’appelle/パリが君を呼んだら」など14曲が収められている。10月26日にはVirgin MegastoreのパリChamps-Elysées店でshowcaseとサイン会。11月3日にはParis-Lyon間のTGV車中でコンサート。12年1月15日にはパリBataclanに出演。 |
| No.873 | 2011.10.29 |
№873 「Des Ricochets」、アフリカの子供たち支援のCD 2011.10.29 UNICEFの活動の一環である「Paris-Africa:à l’unisson pour les enfants/パリ=アフリカ:子供たちのためにユニゾンで」に62人のフランス人、あるいは国際的に活躍する歌手が集まり、9月に4日間Palais des Congrèsのスタジオで、シングルCD「Des Ricochets/水切り遊び」(作詞L.Florence、作曲P.Guirao&F.Château)を録音した(リンク映像1及び2)。10月25日にリリースされたCDの売上げは、「La Corne de l’africa/アフリカの角」と呼ばれている地域、Somalie、Ethiopie、Kenya、Djiboutiの旱魃により被害を受けた子供たちの援助のため、UNICEFに寄付される。参加したのは・・ リンク映像2に登場:Christophe Willem、Jenifer、Mikelangero Loconte、M.Pokora、Gray Filo、Grégoire、Elisa
Tovati、Natasha St.Pier、Chico&Les
Gypsies、Hélène Ségara、Chimène
Badi、Liane Foly、Amaury Vassil、Amel Bent、Joyce Jonathan、Dave、Arielle Dombasle、Maxime Le Forestierなど。 他に、Adamo、Benabar、David
Hallyday、Brigitte、BB Brunes、Nolwenn Leroy、Lââm、Gérard
Lenorman、Nicolas Peyracなどが参加している。 「Des Ricochets」・・僕は雨に濡れても平気なちびっ子になるかも知れない。でもここには水はない、地獄のように僕たちに重くのしかかってくる沈黙だけがある。あなた方が涙を流すのが見えるけれど、ここにはもう涙もない。僕は雨を呼ぶために踊りたい。僕は、施しは望まない、迷惑は掛けたくない、小川は、言わんや大河は望まない、でも水が欲しい、水切り遊びが出来るような・・
№873「Des Ricochets」、アフリカの子供たち支援のCD(追) リンク映像3には次の歌手の顔が見える:Jenifer、Chimène Badi、Liane Foly、M.Pokora、David
Hallyday、Philippe Lavil、Amaury
Vassili、Nicolas Peyrac、Nolwenn
Leroy、Grégoire、Maurane、Gérard Lenorman、Arielle Dombasle、Bénabar、Adamo、Alizée、Anggun、Shy’m、Mickaël
Miro
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| No.872 | 2011.10.28 |
№872 アルチュール・アッシュArthur H、 新しいアルバムリリース 2011.10.28 アルチュール・アッシュArthur Hの新しいアルバムは0月17日リリースの「Baba love」。Arthur Hは1966年パリ生まれ、80年代から活躍するACI、父はJacques Higelin(1940-)、異母妹にIzia(1990-、2010年のVdMでポップ/ロックアルバム賞と新人ステージ賞を受賞)、異父妹にMaya
Barsony(№849)。90年のファーストアルバム「Arthur H」からほぼ2年ごとにアルバムを出している。08年に出したアルバム「L’homme du monde/世界一の男」により09年VdMでポップ/ロックアルバム賞を受賞している。前作「Mystic rumba」から1年半後、9枚目のスタジオ録音となる今回のアルバムでは、今までの方向を変えようと、付いていたミュージシャンを一新した。さらにツアー担当者やマネージャーまで変えた。アルバムのタイトルについて、「『baba』は驚いたときの様相で、唖然とした、あっけにとられた状態、あるいは新鮮さ、新しい見方。『love』は何か甘い、優しいもの、人生において素晴らしいと感じるもの。『baba love』は日常において、訳はわからないけれど楽しくなること。通りやメトロで若い女性に合うなんていうことのように。」スクター事故によりギブスをはめた手で、動くことが出来た7本の指で曲作り。「僕にとって曲を作ることは、ある景色を創造すること、喜びのある言葉をリズミカルに遊ばせること。音楽を始めたとき、古いシンセサイザーとピアノしかなかった。今回はその原点に戻った。単純に、アナログ的に。」様々なリズムで、様々な愛、一目惚れ、欲望、恍惚などを歌った12曲が収められている。12曲は:「Ulysse et Calypso/オッデュセウスとカリュプソー」(ホメロスの叙事詩「オデュセイア」から、オーギュギアー島に漂着したオッデュセウスは島に住むカリュプソーと7年間暮らした)、「Give me up」(シンセサイザーで60年代のリズムを)、「Le paradis,
il est chinois/パラダイス、それは中国製」(アメリカのラップ歌手Saul Williamsとのデュ)、「La beauté de l’amour/愛の美しさ」(ポップロック調でIziaとのデュオ「僕の嗄れた熊のような声とIziaの豹のような声はこの曲をデュオで歌うのにぴったり」)、「Prendre corps/熟してくる」(ユダヤ人詩人Gherasim Lucaの長編詩の一部に作曲)、「Baba love」、「Basquiat/バスキア」(アメリカの前衛画家ジャン=ミシェル・バスキアを歌ったものSaul
Williamsとのデュオ)、「L’arc en ciel/虹」(ほとんど無名の、Claire Farahとのデュオ)、「L’ivresse des hauteurs/高地酔い」(ピアノ一本の伴奏で俳優のJean-Louis Trintignantと詩を朗読)など。 10月27日パリのCentquatre(104,rue Aubervilliers Paris 19e)からツアー、2012年3月30日パリ郊外Boulogne BillancourtのThéâtre de L’ouest
Parisienまで。 |
| No.871 | 2011.10.27 |
№871 オーレリー・カブレルAurélie Cabrel、ファーストアルバムリリース 2011.10.27 オーレリー・カブレルAurélie Cabrelが10月17日ファーストアルバム「Oserais-je?/思い切ってやってみよう」をリリース。Aurélie、父はFrancis Cabrelで3人姉妹の長女、今年25歳のACI。早くから音楽に興味を持ち、bac取得後6年間地方で活躍するグループDuo Grimなどのマネージャーをつとめ、また地方ラジオ局の音楽番組のキャスターをつとめたが興味の中心はあくまでも歌うこと。父に自作を見せたところ「Rencontres d’Astaffort/アスタフォールの出会い」[Cabrelが、生まれ、現在も住んでいる、フランス南西部Lot-et-Garonne県の小村Astaffortで1994年から開いている音楽教室で、すでにある程度実績のある若手が更に前進するために研修の機会を与えるもの]に参加するように勧められ、07年に参加。そこで知り合ったEsthenに作曲を依頼。Esthenはベルギー出身のACI、ベルギーではすでによく知られている。2009年30曲余りの曲が出来た、それを8ヶ月掛けてAstaffortの自宅のスタジオで録音した。父親との関係については「父は私の計画には全くタッチしていない。子供の頃から何でも自分でやれと言われてきた。父に助力は求めなかったし、父も口を挟むことはなかった。できあがったとき父は『これほどとは期待していなかった。そのまま進んで行けるだろう』と話してくれた。2世歌手で成功者もいるがそうでない者もいる。2世であることが成功の鍵ではない。あくまでも才能があるかどうかだ。私はこの道に進みたいという情熱から進んだ。成功し、人々に感動を与えることが出来たらと願っているが、うまく行かなかったら私の責任。」アルバムのタイトルは、「私は一つ壁を越えた、『また2世歌手のアルバムか』と言われるのが怖くて躊躇していたけれど。」収められているのは:「Un rien/些細なこと」、「J’ai cherché/私は探した」・・私は探した、空の中に永遠なるものの痕跡を、空には何もなかった・・愛する人よ私の腕の中に来て、過ぎ去って行く日を見るために・・、「Oserais-je?/思い切ってやってみよう」、「Abracadabra/アブラカダブラの呪文」、「Ame sœur/心の友」、「Monde en sucre/甘い世の中」、「Où?/何処?」、「La vie devant nous/我々の前にある人生」など12曲。Aurélieはすでにツアーを始めていて、9月24日には故郷に近いBergeracで400人の観客を前に歌っている。自分のレパートリーでは足りずに父親の「Encore,encore/まだまだ」をカバー、「この曲は私の好きな曲。父はロック調に力強く歌うけれど、私はピアノの伴奏だけで。」11月29日Parisの Le Resérvoirに出演。 |
| No.870 | 2011.10.25 |
№870 カミーユCamille、新しいアルバムリリース 2011.10.25 カミーユCamilleの新しいアルバムは10月17日リリースされた「Ilo Veyou」。 |
No.869 |
2011.10.24 |
№869 「Paris-Québec sous les étoiles」コンサート、TV5MONDEJaponで放送(その2) 2011.10.24 2011年「Paris-Québec sous les étoiles/パリ=ケベック、星の下」コンサート、10月22日TV5MONDEJaponで放送(その1、№868)。 歌われた曲と歌った歌手(続き): リンク映像2・・冬期のケベックの映像に続き、「Aicha/アイシャ」(1999年ハレドKhaledのヒット;Khaled+Fiori+Miro) |
| No.868 | 2011.10.23 |
№868 「Paris-Québec sous les étoiles」コンサート、TV5MONDEJaponで放送(その1) 2011.10.23 2011年、第3回「Paris-Québec sous les étoiles/パリ=ケベック、星の下」コンサートは7月7日Daniela LumbrosoとGregory Charlesの司会で行われた。その模様は9月12日F3で放送され(№839)、10月22日にはTV5MONDEJaponで放送された。 歌われた曲と歌った歌手: リンク映像1・・「Dans les prisons de Nantes(Londres)/ナント(ロンドン)の監獄で」(ノルウェ・ルロワNolwenn Leroy +ルイーズ・フォレスティエLouise Forestier、MD:フランスでは「ナントの監獄」で、ケベックでは「ロンドンの監獄で」と歌われる)→「Brest/ブレスト」(2011年Leroyのヒット;Leroy) リンク映像2・・「La Petite Marie/可愛いマリー」(1977年フランシス・カブレルFrancis
Cabrelのヒット;クール ド ピラトCœur de Pirate+Cabrel)→「Sarbacane/矢筒」(1989年Cabrelのヒット; Cabrel)→「La Dame de Haute-Savoie/オート=サヴォワの貴婦人」(1980年Cabrelのヒット;Cabrel)→「Je l’aime à mourir/死ぬほど彼女を愛している」(1979年Cabrelのヒット;Cabrel+イザベル・ブーレIsabelle Boulay)→「Le petit bonheur/小さな幸せ」(1950年フェリックス・ルクレールFelix Leclercのヒット;ロベール・シャルルボワRobert
Charlebois+Cabrel)→「Pour un infidèle/不実な男に捧げる」(2008年Cœur de Pirateとジュリアン・ドレJulien Doréのデュオによるヒット;Cœur de Pirate+ミカエル・ミロMickaël Miro、MC:Miroと歌ったのはCœur de Pirateのちょっとした不実か)→「Ensemble/一緒に」(2011年Cœur
de Pirateのヒット;Cœur de Pirate) リンク映像3・・ジルベール・ベコーGilbert Bécaudへのオマージュ:「C’est en septembre/9月になると」(1978年;エレーヌ・セガラHélène Ségara+グレゴリー・シャルルGregory
Charles)→「Je reviens te chercher/君を迎えに」(1967年; Boulay)→「Nathalie/ナタリー」(1964年;パトリック・フィオリPatrick Fiori)→「La solitude ça n’existe pas/孤独なんて存在しない」(1970年;ニコレッタNicoletta)→「Quand il est mort le poète/詩人が死んだとき」(1965年;Charlebois+Ségara+Boulay+Fiori+Nicoletta+カメラマンも観客も) |
| No.867 | 2011.10.22 |
№867 コンサート「Ne lachons rien」、開かれる 2011.10.22 コンサート「Ne lachons rien/何も見捨てないようにしよう」が10月17日パリBataclan(50,bd.Voltaire 11e)で開かれた。これは劣悪な住環境にある人々の援助のためPierre神父(1912-2007)が1992年に設立した「Fondation
Abbé Pierre pour logement des défavorisés/恵まれない人々の住宅のためのピエール神父基金」を支援するためのコンサート。10月17日は「Journée internationale de la lutte contre la pauvreté/貧困撲滅のための国際デー」に当たり、コンサートはそれに合わせた。出演したのは歌手の:Nolwenn Leroy(「両親が離婚し、父が家を出てしまい、母と妹と3人になった。生活は苦しく、祖母が我々を自分の家に受け入れてくれたから良かったけれど、そうでなかったら、路上で生活していたかも知れない。そしてこのようなことは今の世の中、誰にも起こりうること」)、Les Fatals Picards、June、Zazie(「すべての人が必要最小限の生活の質を確保出来るようにするのは社会全体の責任」)、M(Mathieu Chedid)、Alain
Souchon(「私も他の人たちと同じように寒さに震えている路上生活者を見ると心が痛む。何をしたらよいか解らない人々が多いが、Fondation Abbé Pierreがあることを知って欲しい。そしてSarkozy大統領にも、社会党の次期大統領選François Hollande候補にもこのコンサートに来て欲しい」)、Laurent Voulzy、Julien Voulzy、Pierre Souchon、Lambert Wilson、Ours、Juliette。俳優の:Cecile
Cassel、Pierre Arditiなど。 Laurent Voulzy+Nolwenn Leroy+Alain Souchon+ Pierre
Souchonは「Le pourvoir des fleurs/花の力」(Voulzyのレパートリーから・・世界を、物事を変えようバラの花束で。女性を、男性を変えよう、ジェラニウムの花で・・)を歌い、全員で「Foule sentimentale/センティメンタルな大衆」(Alain
Souchonのレパートリーから、・・バラ色の人生とは沢山持つことだと信じさせられている。冗談じゃない僕たちは感じやすい大衆、星や帆船、儲けの対象じゃないものに引きつけられる・・)を歌った。 |
| No.866 | 2011.10.20 |
№866 セラ・スーSelah Sue、2011Prix Constantin受賞 2011.10.20 セラ・スーSelah Sueが2011年Prix Constantin/コンスタンタン賞を受賞した。授賞式は10月17日パリOlympiaで行われた。Philippe Constantin(1944-1966、ジャーナリスト、プロデューサーでフランスにおけるロックのパイオニアの一人と言われている)名を冠したこの賞は2002年に設けられ、過去1年(7月1日から6月30日)の間にアルバムをリリースした若手歌手(グループ)に、そのアルバムを対象に与えられるもの。候補者の条件は、対象となったアルバムより前にdisque d’or(5万枚以上の売上げ)を得ていないこと、アルバムがフランスで製作されたものであることで、歌手の国籍、歌われている言語は問わない。審査員長はアーティスト、他に新聞、ラジオ、テレビ、レコード界からの代表者が審査員をつとめる。毎年10人の候補者から、受賞者が選ばれ、受賞者には、より飛躍するようにと航空機の模型が与えられる。過去の受賞者は:Avril(02年)、Mickey 3D(03年)、Cali(04年)、Camille(05年)、Abd al Malik(06年)、Daphené(07年)、Asa(08年)、Emily Loizeau(09年)、Hindi Zahra(10年)。 11年の審査員長Gaëtan Roussel。120のアルバムから2ヶ月掛けて選ばれた候補者は:Brigitte、Cascadeur、L、Cyril Mokaiesh、Luce、Alex
Beaupain、Bertrand Belin、Lisa
Portelli、Selah Sue、Sly Johnson。今年Rousselから航空機を授与された受賞者はSelah Sue。 Sueは1989年ベルギー、フランドル地方生まれのACI、音楽のジャンルは、ラップ、レゲエ、ソール。15歳でアコースティックギターを習い、曲作りを始めた。17歳でコンクールに出場して注目され、Keziah Jones、Princeなどの前座で歌い、ベルギー、フランス、オランダの各地のフェスティヴァルに出演。力強い、深みのある、少しかすれた声で、大人の世界へ入る不安などを歌い人気に。特に専門家の間では評価が高い。11年3月にフランスのインディー系ラベルBecause Musicからリリーされたファーストアルバム「Selah Sue」には「This World」、「Peace Of Mind」、「Raggamuffin」など13曲が収められていて、すでに85000枚以上売上げている。Sueの受賞の辞:この賞がどんなものであるかよく知っている。これはベルギー人の私とフランスとの結びつきを確認させるもの。この関係が今後も続くように・・。 賞の創設から10年目となる今年、Prix Constantinのサイトによる「この10年間にデビューした歌手で最も優れた歌手」アンケートでBenjamin Biolay(03年ノミネート)が選ばれた。また、授賞式にはBiolayのほか過去の受賞者やノミネート歌手が出演した。そしてRaphaël、Camille、Daphené、Olivia Ruiz、Caliがコーラスで歌ったのは、05年に審査員長をつとめたAlain Bashungの「Vertige de l’amour/愛のめまい」。 |
| No.865 | 2011.10.19 |
№865 ジョルジュ・ムスタキGeorges Moustaki、ステージから引退 2011.10.19 ジョルジュ・ムスタキGeorges Moustaki(1934- №791)が10月14日ステージからの引退を表明した。Moustakiは2009年1月8日BarceloneのPalais de la musique catalaneで公演中、呼吸器系の不調のためコンサートを中止、その後回復につとめていた。しかし、「私の病気は完全な回復が不可能。体内のあらゆる部位に影響を与えている。スポーツは一切だめ、40年間長年毎日続けてきた卓球も無理。今後ステージ歌うことは不可能だと判断した。今後は詩作、執筆、絵画など今までツアーなどで家を空けることが多くて出来なかったことをしたい。」Moustakiはエジプト、アレキサンドリア生まれのACIで詩人、今年77歳。日本にはファンが多く、73年「第2回東京音楽祭」にゲストシンガーとして初来日、以来来日回数も多い。76年には全国23箇所でコンサート。95年「夕張国際映画祭」の審査員長、その際阪神大震災チャリティーコンサートを行った。そして「Il est trop tard/もう遅すぎる」、「Ma solitude/私の孤独」、「Les amours finissent un jour/ある日恋の終わりが」、「Le
meteque/異国の人」などは人気が高い。2011年には自主製作の、あるいはインディー系レーベルのアルバムを対象にPrix Georges Moustaki/ジョルジュ・ムスタキ賞が創設され、名誉審査員長をつとめ、第1回受賞者はMelissmellであった。11年7月ライヴアルバム「Moustaki au
Dejazet/デジャゼ劇場のムスタキ」(№791)がリリースされた。また、11年2月には自伝「La Sagesse du faiseur de chanson/シャンソン作り手の知恵」を刊行している。 |
| No.864 | 2011.10.18 |
№864 リザ・アンジェルLisa Angell、ファーストアルバムリリース 2011.10.18 リザ・アンジェルLisa Angellのファーストアルバム「Les divines/神々しい女性たち」が10月10日リリースされた。Patrick Sébastien司会のF2の人気番組「Les années bonheur/なつかしき良き時代に」に出演(№812)して、「J’ai besoin de parler/私には話す必要がある」を歌い、観客に、視聴者に大きな感動を与え、一躍注目を浴びるようになったAngell、最後のLエルを2つにしているのは「deux Lドウーゼル/二つのL=deux ailesドウーゼル/2枚の翼」でより高く飛ぶことが出来るようにと。天使の声を持つフランスのSusan Boyleとも言われる。父親はイタリア人、年齢は40歳代らしい、11歳から14歳までニースのカーニヴァルの際に行われるのど自慢大会で連続し優勝。Conservatoire de Nice/ニース音楽学校に入るがクラシックにあきたらず退校し、ポピュラーの道へ。コートダジュールのピアノバー、特に友人が経営しているゲイバーで歌っているうち徐々に人気が。フランスでは著名なマジシャンDani Laryに誘われて、全国を回るLaryのショーのバックで歌う。そしてSébastien司会の、これもF2の人気ヴァライティー番組、「Le plus grand cabaret du monde/世界最大のキャバレ」にLaryが出演した際に一緒に出演し歌った。その際Sébastienの目に止まり、「Les années bonheur」には歌手として招かれた。その後Sébastienは彼女のアルバムのプロデュースを申し出、実現したのがこのファーストアルバム。アルバムに収められているのは13曲。最初の曲は「J’ai besoin de parler」。「Non,je ne regrette
rien/水に流して」(Edith Piaf)、「Mourir
d’aimer/愛のために死す」(Charles Aznavour)、「Sauver l’amour/愛を救え」(Daniel Balavoine)、「Un peu plus haut,un peu plus loin/もう少し高く、もう少し遠くに」(Ginette Reno)、「The Rose」(Bette Milde英語で)などのカバー。「Divines」はSebastienの作詞作曲。「Maman le sait/ママはそれを知っている」(先行シングルカットされている。ゲイの男性を歌ったものでAngellのゲイの友人たちはこの曲に感動している)、「Plus forte/より強く」、「La dernière nuit/最後の夜」の3曲はSébastienの詩。「Il Mio Refugio」はイタリア語で、など。このシンデレラのような成功物語を見るとマジシャンはDani LaryではなくAngell自身なのでは。 |
| No.863 | 2011.10.16 |
№863 ジェラール・ルノルマンGérard
Lemorman、(その2) F3 Chabadaで特集 2011.10.16 「Et moi je chante/そして僕は歌う」(Vassili+Lenorman)・・そして僕は歌う、僕は歌うことしかできない、失望の中でも歌えば、僕は幸せ・・→「La ballade des gens heureux/幸せな人々のバラード」(Lemay)・・この地球も星の一つ、あなたはそこで輝いている、私は歌いに来た、幸せな人々のバラードを。あなたには地位も階級もないけれど、あなたは神様にtuで話しかける、私は歌いに来た、幸せな人々のバラードを。トップページの記事を探している新聞記者さん、どんなことでも好きに書けるタイトルを提供します、「幸せな人々のバラード」という・・→「Michèle/哀しみのミッシェル」(Jonathan+Lenorman、過去の放送のヴィデオ)・・ミッシェル、12月の雪が降る夜、僕たちは初めて一緒に過ごした。時は流れ、君が去年の春結婚してパリに住んでいると聞いた。あの通りも、楽しかったカフェも遠くなってしまった、郊外へ向かう電車はもう君にも、僕にも関係ない・・→(過去の放送のヴィデオ)Patrick Fioriが「Gérardがデュオアルバムを出す予定なら喜んで参加する」と語っている→「Quelque chose et moi/何かと私:青春の輝き」(Jonathan+Lenorman)・・ある夕べ、何かと私がいた、私は一人じゃなかった、恐れも寒さもなかった、夜ももう長くはなくなった、私には解る、あなたが存在していることが・・→「Voici les clés/鍵はここに」(Arena+Lenorman)・・君の気が変わった時のために鍵はここに、シャンパンは冷やしてある、君を待っている、君を愛しているから、ニコラの誕生日を忘れないで・・→「Il/冬の青春」(Lhermitte+Vassili)・・彼13歳両親も友人もない、新聞を読まず、ラジオも聞かない、そして木を切る、鳥に、太陽に、森に、小川に話しかける、あまり寒くない日には・・→「Les matins d’hiver/冬の朝に見る夢は」(Lhermitte+Lenorman)・・冬の朝を思い出す、兄と歩いた学校への道、眠りから覚めない手足は冷たい風に震えていた、そして笑いながら雪合戦、学校に着くとそれぞれの教室へ。古いストーブが心地よい温かい風を送ってくると、僕たちの思いは海辺へ、美しい、温かい、人々は勉強のことなど考えず、遊んで暮らしている海辺へ・・。 |
| No.862 | 2011.10.14 |
№862 ジェラール・ルノルマンGérard Lenorman、(その1)新しいアルバムリリース 2011.10.14 ジェラール・ルノルマンGérard Lenormanの新しいアルバムは10月10日にリリースされた「Duos
de mes chansons/僕のシャンソンをデュオで」。 |