No.521   2010.9.1  ミシェル・サルドウMichel Sardou、新しいアルバムリリース               2010.9.1

サルドウ(№465)の新しいアルバム「Etre une femme 2010/女性であること 2010」は8月30日にリリースされた。収められている12曲の中で目玉は「Etre une femme 2010」。これは1980年に発表された「Etre une femme」の新しいヴァージョンで、曲は前作と同じだがダンスミュージックにアレンジされている。歌詞は出だしの1節は前作と同じ。2節以降は新しく作られた。「80年代の女性はその乳房の先まで女性だった。80年代に女性が望んでいたことが30年経って実現したのだろうか?この間に得た物と失った物は何か?」が曲のテーマ。「Etre une femme 2010」の歌詞は・・・80年代の後、女性は職業人としての生活ではフルタイム男性になった。彼女たちは望んだ物を手に入れた。完成した女性として、夫は必要でなくなった。女性は会社ではキャプテン、役員会に夕食会。美容院も短時間、エレヴェーターの中で化粧。疲れて家に帰ればTVを見る気にならない。雑誌をペラペラとめくるだけ・・恋愛についてはもう考えもしない、携帯が鳴れば、それで終わり・・だけどそんな生活に飽きた女性も多い、まだ遅くはない、若い頃に別れた男性のアドレスを探そう、成熟してからの恋もいいもの、愛する女性、愛される女性になるのも悪くない・・アルバムには他に:Celine Dionとのデュオ「Voler /飛ぶ 」(№500)、「Et puis après/そしてそれから」「Chacun sa vérite?/それぞれに真実が」、「Elle vit toute seule/彼女はたった一人で生きている」、「Rebelle/不服従」、「L'humaine différence/人間の違い」、「Nuits blanches à rio/リオでの徹夜」、「Lequel sommes-nous ?/我々はそのどれだ」などが収められている。
 No.520  2010.8.31  ブルヴィルBourvil、20曲収録のCD        2010.8.31

ブルヴィルのヒット20曲を収録したCD「La ballade irlandaise/アイルランドのバラード」が8月リリースされた。ブルヴィル(1917-1970)は北フランス生まれ、歌手、俳優。農業、パン屋など様々な職に就き、1937年に軍隊に入隊。同じ隊にルイギーLouiguy(「La vie en rose/バラ色の人生」、「Mademoiselle Hortensia/あじさい娘」の作曲者)がいて音楽に興味を持つ。除隊後軍隊仲間のエティエンヌ・ロランEtienne Lorinと共同して曲を作り、1945年作詞Bourvil、作曲 Lorinの「Les crayons/鉛筆」(孤児の鉛筆売りの少女の物語)を歌いいきなりヒット。その後毎年レコードを出し続け、300曲以上歌っている。53年にはADF(Académie du disque francais)のグランプリを獲得。代表作には「La ballade irlandaise」、「Salada de fruits/フルーツ・サラダの歌」、「Mon village au clair de lune/月光の故郷」、「Ça/それ」(「Je t'aime ..moi non plus」のパロディー)など、ほのぼのとしたキャラクターで人気に。また、1945年に映画デビューした以後、フランスで最も人気のあるコメディアンのひとりとなった。1956年映画「La traversée de Paris/パリ横断」ではジャン・ギャバンらと共演、失業中のタクシー運転手の役でヴェネチア映画祭男優賞を受賞。ルイ・ド・フュネスとの迷コンビぶりで有名。パリに近いMontainvilleの自身の別荘地に埋葬された。今回のCDに収められているのは:「La ballade irlandaise」、 「Les crayons」、「A bicyclette/自転車で」、「En revenant de la revue/観閲式の帰りに」、「Le pécheur au bord de l’eau/水辺の釣り人」、「Vive la mariée/花嫁万歳」、「C’est la vie de bohème/ボヘミアンの生活」など。
 No.519  2010.8.30  カメリア・ジョルダナCamelia Jordana、クリップ「Calamity Jane」と「Non,non,non」  2010.8.30       
ジョルダナ(No.400)の2010年3月リリースにリリースされたファーストアルバムアルバム「Camelia Jordana」に収められている「Calamity Jane」と「Non,non,non」のヴィデオクリップ話題に。・「Calamity Jane」は19世紀末アメリカ西部開拓時代の女性拳銃使い、カラミティ・ジェーンが主人公・・・いくつもの谷、いくつもの草原、いくつもの川を渡り、喜び、幸運や不運を経験した。サボテン、コヨーテ、次々を通って行くキャラバン、数多くの幻影ともすれ違った。私のブーツは幸福と苦しみのほこりまみれ。何百もの危険に私は立ち向かった、シャイアン族の土地を横切り、スー族を裏切った。魂は砂漠に放ってきた。自分の身を嵐に任せ、明日を頼りに生きてきた。ごろつきを追跡し、馬上で過ごす夜は恐怖だった。説教師やアウトローにも会った。私は一人の英雄の出会い、愛した。もし天が私に贈り物をくれるなら、新しい人生をくれるなら、躊躇なく、私は人生をやり直すだろう・・・「Non,non,non」は「Ecouter Barbara」の副題もある・・・あなたに何度言えばいいの、私は外に出たくない、non,non,non、一杯やりたくもない。私は忘れたくない、あれなしですましたくない。具合が悪くなりたい、それも悪いことじゃない。散歩なんかしたくない、散歩なんか何の役に立つの。この美しい地獄を手放したくない、この地獄が好きになってきた。私は居間から出たくない。着替えたり、化粧をしたりしたくない。もう質問しないで。私はバルバラを聞いていたいの・・
 No.518  2010.8.27  パタシュPatachou、27曲収録のCD            2010.8.27

パタシュのヒット27曲を収めたCD「Nini peau chien + 26 succéss de Patachou/ニニの唄+パタシュのヒット26曲」が7月リリースされた。1918年パリ生まれ、本名Henriette Ragon。48年夫とモンマルトルにレストラン「Chez Patachou/シェ パタシュ」を開き、客に勧められ歌い出す。モーリス・シュヴァリエの応援などもあり、日ならずして界隈の人気に。「Chez Patachou」は客のネクタイをはさみで切るというパーフォーマンスで評判。51年ABCに出演。52年3月ジョルジュ・ブラッサンスは「Chez Patachou」でデビュー。パタシュはブラッサンス(「La chasse aux papillons/蝶々取り」)、ギー・ベアール(「Bal chez Temporel/タンポレル軒の舞踏会」)、レオ・フェレ(「Le piano du pauvre/貧乏人のピアノ」)、シャルル・アズナヴール(「Parce que/何故なら」)の曲も歌い、そのデビューに貢献。 60年代にはイェイェの台頭などにより、外国での活動を中心にした国際的スターに。63年にはNY Carnegie Hall出演、アメリカのTV番組 Ed Sullivan showには20回以上出演。70年代後半からは映画、TVドラマ、劇場劇を中心に活躍している。今回のCDに収められているのは上記の4曲の他:「Nini peau d’chien」、「J’ai rendez-vous avec toi/あなたとランデヴー」、「Les amoureux des bancs publics/ベンチの恋人たち」、「Brave Margot/勇敢なマルゴ」、「La priere/祈り」、「Maman papa/ママン パパ」(ブラッサンスとのデュオ)、「A la Bastille/バスティーユで」、「Mon homme/私の男」、「Rue Lepic/ルピック通り」、「Plus bleu que tes yeux/あなたの目よりも青く」、「La complainte de la Butte/モンマルトルの丘」、「Tire l’aiguille/お針仕事に精をお出し」など。
No.517   2010.8.26  ヤニック・ノアYannick Noah、新しいアルバム「Frontières」リリース  2010.8.26

ヤニック・ノアの「Frontières/国境」は8月23日リリースされた。コンゴ出身、テニスの選手から歌手に転向し、アンケート「フランス人の好きな人物」でも最近トップを続けている(№507)ノアの8枚目のアルバム。06年の前作130万枚以上売り上げたと言われている「Charango」から5年ぶりのこのアルバムには14曲収められている。08年からアメリカNYに住む。「NYは人々のエネルギー溢れる、刺激的な、雑多な街、そこには国境がない、だからタイトルを『国境』とした。」。社会問題に積極的にコミットするノア、このアルバムは現在の問題に今まで以上に攻撃的に取り組んでいる。最初の曲「Ma pomme/僕のリンゴ」は「big apple」と呼ばれるNYへの讃歌。自分自身の多文化性を誇り、「Douala[カメルーン共和国の最大の都市]でも、Parisでもなく、この街で僕は我が家を感じる。」「No One’s Land」(フランス語で歌われている)では「あなたの思想は何? パスポートとヴィザを見せなさい。どこから来たのか?どこの生まれか?この国には法律があり、あなたはこの国に入ることも、滞在することもできない。書類が不備だから・・」。「Angela」(№494)では公民権問題を扱い、「Dans le rio grande/リオ グランデで」ではメキシコからアメリカへの移民問題を扱っている。「Frontières」では「あなた方に現実には存在しない世界を語ろう。国境が分かつことのない世界を・・」ナイジェリア出身の女性歌手Asaとのデュオで歌う「Hello」では、ヨーロッパとアフリカの架け橋になりたいと歌っている。ノアは8月23日18:00~Paris Champs-ElyséesのFnacでサイン会を行った。9月25日には10万人以上の観客を集めStade de Franceでのコンサート、2011年1月7日から5月26日までフランス国内、ベルギー、スイスを回るツアーも予定されている。
 
     
Aux Arbres Citoyen
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No.516   2010.8.25  Jean Gabin、15曲収録のCD「Souvenirs」  2010.8.25

歌手ジャン・ギャバンのヒット曲15曲を収録したCD「Souvenirs」が2010年8月リリースされた。ギャバン(1904-1976)はパリ、ピガールに近い23、bd.De Rochechouartに生まれた。父はオペレッタやカフェ・コンセールの歌手、母もカフェ・コンセールで歌っていた。18歳で父に勧められFolies-Bergèreにエキストラとして入る.兵役義務終了後、1926年から本格的なレヴユー、オペレッタ歌手として活動。28年にはミスタンゲットMistinguetteとMoulin Rougeでレヴユー「Paris qui tourne/パリは回る」に出演し、「On me suit/皆ついてくる」、「C’est un p’tit rien/ちょっとしたこと」をデュオで歌っている。その後もBouffés-Parisiensでオペレッタ「Flossie/フロッシー」に出演し好評を得る。30年「Chacun sa chance/誰にもチャンスが」で映画初出演、その後は映画俳優の道を歩む。初期の映画の中では歌い踊る場面が数多く見られる。32年の「La belle marinière/ラ ベル マリニエール号」では「La chansons des mariniers/船頭の歌」を、34年ジョセヒン・ベーカーと共演した「Zouzou/はだかの女王」では「Viens Fifine/おいでフィフィヌ」を、36年の「La belle équipe/我等の仲間」では「Quand on s’promène au bord de l’eau/水の畔を歩いてみると」を歌っている。76年パリ郊外のヌイイのアメリカ病院で心臓発作により死去。遺灰は遺志によりブルターニュの外洋に散布された。CD「Souvenirs」には前記で引用した5曲の他、「Que faut-il?/何が必要か?」、「C’est moi le mari/僕が夫」、「C’est chouette d’être un monsieur/紳士であることは素晴らしい」、「Je ne dis pas non/ノンとは言わない」、「Avec ma petite gueule/小さな口で」などが収められている。
No.515   2010.8.24 ジャック・デュトロンJacques Dutronc、主演映画公開             2010.8.24

2010年1月17年振りにステージに復帰し、精力的にコンサートを行っているジャック・デュトロンJacques Dutronc(Nos.330、392、491、512)、今度は主演映画の公開。3年振りに出演した映画「Joseph et la fille/ジョゼフと若い女」が8月18日から公開されている。デュトロンは73年Jean-Marie Perierジャン=マリ・ペリエ監督の映画「Antoine et Sebastien/アントワーヌとセバスティアン」にセバスティアン役で映画初出演。その後は映画俳優としても活躍、特に90年代以降は歌手としてよりも、映画俳優としての活動が中心で、07年の前作、アラン・コルノーAlain Corneau監督の「Le deuxieme souffle/(邦題)マルセイユの決着」までに約40作品に出演している。そして、92年にはモーリス・ピアラMaurice Pialat監督の「Van Gogh/ファン ゴッホ」でゴッホを演じセザール賞最優秀男優賞を受賞している。「Joseph et la fille」は若いクザヴィエ・ド シューダンスXavier de Choudens監督の2作目の長編。監督がデュトロンを念頭に置いて脚本を書いたと言われ、デュトロンが演じるのは強盗犯ジョゼフ。20年の刑務所暮らしから出所し、生涯最後の大仕事としてカジノ強盗を計画している。この計画をジョゼフに打ちあけてくれ、ジョゼフより先に出所していたムショ仲間の許を訪ねるとその男はすでに死亡。そして、その娘で、自分の孫と言ってもいいような若い娘、Hafsia Herzi演じるJulieとコンビを組むことに。 ・・・この映画をLe Figaro紙は「A voir/見るべき」映画と評価している。
 
No,515  2010.8.22   ジョー・ダッサンJoe Dassin、没後30年                    2010.8.22

2010年8月20日は60、70年代に活躍した歌手ジョー・ダッサンJoe Dassin(1938-1980、№407)の没後30年に当たる。1980年のこの日夏のヴァカンスでタヒチの別荘に滞在していたダッサンは、パペーテのレストラン「Chez Michel et Elian」で昼食中の12時30分心筋梗塞で倒れた。享年41歳。アメリカ、ロスアンゼルスのハリウッド墓地Hallywood Forever Cemeteryに埋葬された。66年の「Bip Bip/ビップ・ビップ」が最初のヒット。その後は80年まで毎年アルバムを出し、69年の「Les Champs-Elysées/オー シャンゼリゼ」でACCディスク大賞。70年代前半は不調期、75年最大のヒット曲「L’été indien/インディアン サマー」、その後「Et si tu n’exsistais pas/君がいなければ」などがヒット。生前の最後のアルバムは79年の「Blue Coutry」で、Tony Joe WhiteやEric Claptonらの協力を得た。ダッサンのアルバムは「Le petit pain au chocolat/小さなチョコレートパン」(68年にヒット曲)のように売れ、レコード売上げは3500万枚以上と言われている。ダッサンは他の歌手のためにも作曲していて、ジリオラ・チンクエッティGigliola Cinquettiに「Le bateau-mouche/ル バトームーシュ」(作詞C.Lemesle)、フランス・ギャルFrance Gallに「Bébé requin/おしゃまな初恋」(作詞S.Gainsbourg)、継母メリナ・メルクーリMelina Mercouriに「Je suis grecque/私はギリシャ人」(作詞P.Delanoe)など。ダッサンのヒット曲を収録した5枚組みCD「Les 100 plus belles chansons de Joe Dassin/ジョー・ダッサンの最も美しいシャンソン100曲」は2010年6月にリリースされて以降常に週間チャートのコンピレーションアルバム部門の10位以内にランクされている。パペーテのCentreVaimaには没後30年を記念したプレートが設置された。
No.514   2010.8.20  リーヌ・ルノーLine Renaud、スタジオ入り         2010.8.20

リーヌ・ルノー(1928-、№471)が8月18日からスタジオに入っている。今年の年末までにはリリース予定で30年ぶりと言われるアルバム「Rue Washington/ワシントン通り」の録音のため。 Rue Washingtonはパリ8区のAv.Champs ElyseesからBd.Haussmanに通じる通り。「アルバムのタイトルは、18歳で私がLoulou Gasteと共に最初のレコードを出す契約を結んだのがこの通りだったから。」Loulou Gaste、本名Louis Gaste(1908-95)は作曲家、16歳でパリに来たルノーと知り合い、そのピグマリオンに。彼女のヒット曲「Ma cabane au Canada/カナダの私の小屋」(1947年)、「Nous deux/私たち二人」、「Le complet Gris/グレーのスーツ」などを作曲、ルノーと1950年結婚。2005年パリ17区にある広場のひとつに Loulou Gasteの名が付けられた。ルノーの新しいアルバムには新曲14曲収められる予定で、グラン コール マラッドGrandCorps Malade、パトリック・ド カロリスPatricke de Carolis、ジュリアン・クレールJulien Clerc、マルク・ラヴォワヌMarc Lavoine、クリストフ・マエChristohe Mae、アラン・シャンフォールAlain Chamfort、アダモAdamoらが曲を提供。そして「デュオで歌う曲も2曲入る予定。誰と歌うかはまだ秘密。」ルノーはまた百科事典「Petit Larousse」2011年板の人名欄に新に名前が載った。「常に人気を保ち、対エイズ活動にも多大な尽力」していることが理由。「これは大きなご褒美、2度目のレジオン ドヌールLegion d’honneurを受けたようだ」。なお2011年版「Petit Larousse」の人名欄には歌手フランソワーズ・アルディFranccise Hardyの名も載った。日本人ではHatoyamaYukioMurakami Harukiの名が。
No.513   2010.8.19  エディット・ピアフEdith Piaf &マレーネ・ディートリッヒMarlene Dietrich、ドキュメントフィルム                     2010.8.19

TV5MONDEJaponで8月16日に放送されたドキュメンタリー「Monstres sacrés:Marlene Dietrich et Edith Piaf/聖なる怪物:マレーネ・ディートリッヒとエディット・ピアフ」は20世紀を彩った2人の国際的なスター、ディートリッヒ(1901-1992)とピアフ(1915-63)の間の友情をたどったもの。番組はディートリッヒの友人Louis Bozonなどへのインタヴュー、写真・映像資料などで構成。出身地や出自、外見や性格、それまでの活動分野[ディートリッヒは1950年代から歌手として活動、世界各国で公演、70年来日]で共通点のない二人の最初の出会いは1947年10月ピアフの最初のNY公演の際。ヒッチコックの映画で「La vie en rose/ラ ヴィ アン ローズ」を歌うことになっていたディートリッヒがピアフに会いに行った。ピアフはこの美しい女性が一目で好きになり、ディートリッヒの方はピアフの素質を見抜き大スターになるだろうと確信した。15歳年少のピアフを「petite sœur/妹」と呼んでいたディートリッヒは1949年10月マルセル・セルダンの事故死をピアフに告げるという辛い役割を果たしたと言われており、また52年、NYのサン・ヴァンサン・ド・ポール教会で行われたピアフとジャック・ピルスの結婚式では、花嫁衣装を選び、着付けを手伝い、ダイアモンドの十字架のネックレスを贈り、立会人をつとめている。番組の中ではピアフの歌う「Marie Trotoire/街の女マリー」、「Mon manège à moi」/私の回転木馬「L’hymne à l’amour/愛の讃歌」、「L’accordéoniste/アコールデオニスト」などが、ディートリッヒの歌う「Falling in love again」、「Cherche la rose/バラを探せ」、「Lola」、「Das lied ist aus/歌は終わった」、「Mean to me」、「Je tire ma révérence/暇乞い」などが流された。
 No.512  2010.8.18  2010年コルマールのワイン市Foire aux Vins de Colmar2010、開催        2010.8.18

第63回Foire aux Vins de Colmarは8月6日(金)~15(日)、アルザス地方の主要都市で、アルザスワインの中心地コルマールで開催された。野外劇場Parc Expo de Colmarなどで行われるコンサートにはかつてはジャック・ブレルJacques Brel、クロード・フランソワClaude François、シャルル・アズナヴールCharles Aznavourも出演している人気の高いもの。今年の主な出演者は・・6日:アンドシーヌIndochine(1曲目の「Danceteria/ダンステリア」のイントロから10000人の観客はトランス状態に。最大のヒット曲「J’ai demandé à la lune/月に願った」ではグループと一緒に歌い、踊り、跳ね回ったのは他のフェスティヴァルの時と同様) 9日:ルナン・リュスRenan Luce(前日のブリュターニュでのコンサートから15時間の長旅にもかかわらず、エネルギー一杯のステージ、ヒット曲の「Repenti/改心した男」はギターの弾き語りで、「La lettre/手紙」のほか新しい「Nantes/ナント」なども披露)  ジャック・デュトロンJacques Dutronc(黒い衣裳で、革張りの黒い安楽椅子に座ってステージに現れたデュトロン、6500人の観客は約2時間のコンサートの間に次々と歌われる彼のヒット曲とユーモア溢れる長目のMCに魅了された) 10日:クリストフ・マエChristophe Mae(9000人の観客はアフリカやジャマイカのリズムへ誘われた。今年のツアーの衣裳である色鮮やかなパッチワークの上着と帽子で現れ、最新アルバムから「Dingue,dingue,dingue/ダングダングダング」、「J’ai lassé/僕はほったらかし」などを歌った) 15日:ミカMika(今年の大トリ、10000人の観客を前に最初の曲は「Grace Kelly」のフランス語ヴァージョン、アンコールにはBarbaraの「La solitude/孤独」を歌うサービスも)
 No.511  2010.8.16 マルセル・アモンMarcel Amont、21曲収録のCD    2010.8.16

アモンのヒット曲21曲を収めたCD「Tout doux tout doucement/優しく、とても優しく」が8月リリースされた。アモン(1929-)はボルドー生まれの歌手、作詞、作曲も行う。50年代初めからパリのキャバレで歌う。56年Edith Piafの前座としてOlympiaに出演し人気に。最初は人数合わせのような存在から、最後には第1部のトリで歌う「Vedette américaine」に。同年映画に初出演し「La mariée est trop belle/美しすぎる花嫁」でBBと共演。62年にはBobinoに100日間出演、65年スタートしてOlympiaに出演、70年の同劇場でのワンマンショーは2週間延長となるなど60~70年代に活躍。「Escamillio/エスカミリオ」(56年)、「Bleu,blanc,blond/ブルー、ブラン、ブロン」(59年)、「Les bleuets d'azur/空色の矢車草」(59年)、「Tout doux tout doucement」 (59年「Come softly to me」にPierre Delanoeがフランス語の詩を付けた)、「C'est aujourd'hui dimanche/今日は日曜日」(71年)などのヒット。その後「砂漠を横断するような時期」を過ごし2006年アルバム「Décalage horaire/時差」でカムバック。08年からユニット「Age tendre et têtes de bois/心優しいガンコ者世代」に参加。09年自伝「Sur le boulevard du temps qui passe/『過ぎゆく時間』通りにて」を出版。今回のCDに収められているのは:「Bleu,blanc,blond」、「Tout doux tout doucement」、「L’eau vive/河は呼んでいる」、「Mon manège a moi/私の回転木馬」、「Les bleuets d’azur」、「Escamillo」、「Sur ma table/テーブルの上に」など。
 
 No.510 2010.8.15   ルル・ゲンズブールLulu Gainsbourg、Serge Gainsbourgに捧げるコンサートに出演   2010.8.15

ピアニストのルル・ゲンズブールが7月28日イスラエルで父親セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourgに捧げるコンサートに出演した。ルルは1986年1月5日生まれ、母親はSergeと81年に結婚したバンブーBambou。Serge は息子の誕生を喜び86年シャンソン「Lulu」を作っている。アメリカに住みBostonのBerklee College of Musicでピアノと作曲を学ぶ。今回のコンサートは来年没後20年を迎えるSergeに敬意を表するもの。あまり知られてはいないがSergeは1967年のいわゆる6日戦争の際「Le sable et le soldat/砂と兵士」をイスラエルに贈っている。このコンサートではイスラエルの歌手Shaiが歌った。ルルはこのコンサートではイスラエルジャズオーケストラと共演しピアノを演奏。フランスからはDani(コンサートでは「Elisa/エリザ」を歌った)、Alizée(「Dis-lui toi que je t’aime/彼に言って、僕が愛しているのは君だと」)、Daniel Levi(「Je suis venu te dire que je m’en vais/手切れ」)、Rose(「Poupée de cire poupée de son/夢みるシャンソン人形」)、Catherine Falgayrac(「L’eau a la bouche/唇によだれ」)が出演。ルルは次のように語っている。「(Sergeの曲を聞くと辛いと言っている異母姉のCharlotteと違い)父の曲を聞くことは何の問題もない。僕は父の音楽を聞き大きくなったし、いつも聞いている。特に『La chanson de Prévert/枯葉に寄せて』と『Javanaise/ジャヴァネーズ』は好きで、よく歌っている。最初ステージでは上がってしまった。でもこのコンサートに参加したことを嬉しく、また誇りに思っている。特にイスラエルで行われたという点で。時には重く感じる時もあるが、いずれにせよSerge Gainsbourgは僕の父。」ルルは2011年アメリカでソロコンサートを予定している。  
No.509   2010.8.14  ブリジット・バルドーBrigitte Bardot、伝説のTV番組再放送         2010.8.14

8月8日TVArteで1968年1月1日ORTF放送の伝説的テレビ番組「Show Bardot」が再放送された。ブリジット・バルドー(1934-)はパリ15区生まれ、15歳で雑誌「Elle」のカバーガール、52年「Le Trou normand/素晴らしき遺産」で映画デビュー。62年映画「Vie privée/私生活」に出演した際「Sidonie/シドニー」を歌い、それが最初のレコードに。63年には「L’apparei là sous/スロットマシーン」、「Everybody loves my baby」などを収めたLP「Brigitte Bardot」を出す。65年には映画「Viva Maria/ヴィヴァ マリア」で共演したジャンヌ・モローJeanne Moreauと主題歌をデュオで歌う。その後「Bubblegum」(65年)、「Je t’aime..moi non plus/ジュ テーム・・モワ ノン プリュ」(67年Serge Gainsbourgとのデュオで録音、当時ドイツ人実業家GunterSachsと結婚していたBardotの要請により86年までお蔵入り)、「Harley Davidson」(67年)、「Bonny and Clyde」(68年Gainsbourgとのデュオ)、「La bise aux hippies/ヒッピーにキッス」(69年Sacha Distelとのデュオ)、「La fille de paille/藁の女」(69年)、「Boulvard du rhum/ラムの大通り」(71年)、「Le soleil de ma vie/私の人生の太陽」(73年Distelとのデュオ)などを歌う。1973年以降芸能活動を休止。デビューからこの間48本の映画に出演、約80曲を録音。07年には「Les 50 plus belles chansons de Brigitte Bardot/バルドーの最も美しいシャンソン50曲」が出ている。上記番組で歌われたのは:「Harley Davidson」、「Comic strip」(Gainsbourgとのデュオ)、「The devil is English」、「Bubblegum」、「Ce n’est pas vrai/それは違う」、「Show Bardot」(Distelとのデュオ)、「C’est un jour comme un autre/他と同じような1日」、「Bonnie and Clyde」(Gainsbourgとのデュオ)など。
 No.508  2010.8.12  ムルージMarcel Mouloudji、25曲収録CD        2010.8.12

ムルージのヒット25曲を収めたCD「Comme un petit coquelicot/小さなひなげしのように」が7月リリ-スされた。ムルージ、Marcel Mouloudji(1922-94)はパリの下町Belleville(19区)生まれ、シンガーソングライターで俳優。子供の頃から映画に出演。1938年Christian Jacques監督の「Les disparus de Saint-Agil」に出演、16歳で映画のスターに。第2次大戦中はSTOを逃れ、身を隠しながらパリで生活。45年にその間の自伝的処女小説「Enrico/エンリコ」でプレイアード賞受賞。50年代初めから左岸のキャバレで歌い出し、52年ボビノに初出演。その際「Comme un petit coqu'licot」(Raymond Asso作詞、Claude Valery作曲)を歌う。52年映画「Secrets d’alcove/寝台の秘密」でFrançoise Arnoul共演「Un jour tu verras/いつの日か」(Mouloudji作詞、Georges Van Parys作曲)を歌う。53年「Comme un petit coqu'licot」でACCディスク大賞を受賞。54年「Le déserteur/脱走兵」(Boris Vian作詞、Boris Vian&Harold Berg作曲)をDien Bien Phu陥落の日に歌い物議を。ムルージが歌った曲は反戦歌、労働歌、巷の歌、体験談と多岐。温和、率直、暖かみのある歌い方。94年死去 Père-Lachaiseに埋葬。今回のCDには;「Comme un petit coquelicot」、「Si tu t'imagines/そのつもりでも」、「Un jour tu verras」、「Rue de Lappe/ラップ通り」、「Le déserteur」、「Barbara/バルバラ」、「La complainte de la butte/モンマルトルの丘」、「La complainte des infidèles/不実女の嘆き」、 「Le mal de Paris/パリの郷愁」、「Mon pot' le gitan/我が友ジプシー」、「J'suis snob/僕はスノッブ」などが収められている。
No.507   2010.8.11  「フランス人が好きな人物」、アンケート結果    2010.8.11

年2回行われる恒例のアンケート「フランス人が好きな人物」の2010年7月実施分の結果が8月8日付のJDD紙で発表された。今回もトップはテニスの世界チャンピオンから歌手に転向したヤニック・ノアYannick Noah。このアンケートは、予めノミネートされた50人について、15歳以上で性別、職業、年齢などから割当標本抽出で選ばれた995人を対象に、7月16~25日の間面接により「あなたが今日のフランスで重要だと思う人物、あるいはあなたが好きな人物10人を選んで下さい。」という方法で行われた。その結果はリンク先の示す通り。[表中( )は前回の順位、(0)は今回初めてノミネート。また「chanteur、chanteuse/歌手」、「acteur、actrice/俳優」、「humoriste/お笑い系アーティスト」、「présentateur télé、préesentatrice télé/TV司会者、コメンテーター」・・] 1位のノアは36.2%の人が選んだ。2位のジネディン・ジダンZinedine Zidaneは32.5%、3位のミミ・マティMimie Mathyは30.9%。歌手では5位ミシェル・サルドウMichel Sardou(27.1%)、8位シャルル・アズナヴールCharles Aznavour(25.6%)、11位フランシス・カブレルFrancis Cabrel(24.1%)、19位ルノーRenaud(20.2%)、20位フロラン・パニーFlorent Pagny(19.9%)、26位パトリック・ブリュエルPatrick Bruel(18.2%)、28位ジョニー・アリディJohonny Hallyday(18.1%)、29位ヴァネッサ・パラディVanessa Paradis(17.2%)、38位アラン・スーションAlain Souchon (14.4%)、40位ジャック・デュトロンJacques Dutronc(14.5%、今回初めてノミネート)、43位コルネイユCorneille(13.7%)。
No.506   2010.8.9  ミシェル・ポルナレフMichel Polnareff、受勲とニューアルバムの話題   2010.8.9

ミシェル・ポルナレフがレジオン ドヌールのシュヴァリエChevalier勲章を授与された。授与式は7月22日ポルナレフが30年来住むアメリカ ロスアンジェルスのフランス総領事館で行われ、勲章は駐米フランス大使から授与された。伴侶のDaniellahが同席した。大使は授章の辞で「シャンソンフランセーズの『enfant terrible/恐るべき子供:異端児』であるあなたは、 フランスのポップス音楽の概念をラジカルに変え、多くのヒットを生んだ。独特の辛辣さと、詩情、挑発するような態度を失わずに。ランボーRimbaud、ジョン・レノンJohn Lennon、ジム・モリソンJim Morrisonなどの天才に肩を並べる存在だ。そして、我々外国に住むフランス人にとってあなたは『Lettre à France/フランスへの手紙:哀しみのエトランゼ』を歌っている歌手。この曲は、祖国を離れて暮らす人たちへの讃歌。その人たちのノスタルジーと祖国から離れているという距離感をこれほど見事に歌った曲はない。」ポルナレフは答礼で「私はファンの皆さんに、私が常に皆さんのことを思っていることを知って欲しい。コンサートをやろうとは考えていないが、新しいアルバムを出そうと現在スタジオに入っている。」ただしリリースの時期などについては明言しなかった。「Lettre à France」の歌詞は・・君(フランス)と離れてしまってからは、僕は自分からも離れてしまったよう。君から6時間の所にいるけれど、何年もの距離を感じる。そう、こっちにいると言うことはそういうこと。・・君はいつも一番美しいわけではない。僕は君に対して不誠実なまま。僕は時々君が恋しくなる、恋とはそういうもの。昔、君と僕がいた、それを決して忘れないで。声には出さないけれど、僕は密かに君のことを思っている・・
No.505   2010.8.7  ジュリエット・グレコJuliette Greco、18曲収録のCD     2010.8. 7

ジュリエット・グレコの初期のヒット曲18曲を収録したCD「Juliette Gréco:les années St.Germain/ジュリエット・グレコ:サン・ジェルマン時代」が7月リリースされた。グレコは1927年生まれ。49年友人に勧められ、パリのキャバレ「Bœuf sur toit/屋根の上の牡牛」に出演。「その1週間前のことだった。サルトル、そしてジャック=ローラン・ポストと食事を終えての帰り、話題がシャンソンに及んだ。『歌えばいいじゃないか』『でも今歌われている歌に好きなのがないの』『そんなら明日、朝9時に僕の家へおいで』・・翌日約束の時間にボナパルト通りのサルトルの家を訪れたグレコは、彼が彼女のために用意した詩集の中から、ジュール・ラフォルグの『永遠の女性』とレイモン・クノーの『そのつもりでいてもSi tu t’imagines』を選び出した。そしてサルトルの
世話で『そのつもりでいても』はジョゼフ・コスマによって曲を付けられることになった。加えてサルトル自身も・・自作の詩『ブラン・マントー通りLa rue des Blancs-Manteaux』をプレゼントしてくれたのだった。」(藪内久著「シャンソンのアーティストたち」)。歌手デビューは大成功。サルトルは「グレコはその喉に、まだ書かれてはいない幾千ものポエジーを持っている。ある俳優のために芝居を書くと言うことがあるのだから、ある声のために詩をつくるということがあっても良いだろう。」と書いている。今回のアルバムには「Si tu t’imagines」、「La rue des Blancs-Manteaux」、「La fourmi/蟻」、「Les feuilles mortes/枯葉」、「A la belle étoile/美しき星に」、「Les enfants qui s’aiment/愛し合う子供たち」、「Je hais les dimanches/日曜日は嫌い」、「Sous le ciel de Paris/パリの空の下」、「Romance/ロマンス」などが収められている。
 No.504  2010.8.6  

音楽スペクタクル「Padam,Padam/パダム、パダム」、上演    2010.8.6

Théâtre La Bruyère (5,rue La Bruyère、 Paris 9区)で7月28日から9月11日まで音楽スペクタクル「Padam,Padam/パダム、パダム」が上演されている。これは、ピアフのこの名曲を作曲した、作曲家Norbert Glanzberg(ノルベール・グランツベルグ)(1910-2001)の生誕100年を記し彼の偉大な業績へのオマージュを表したもの。ノルベール・グランツベルグはポーランド生まれ、ドイツのWurtbourgのConservatoireで学ぶ。30年にはBilly Wilder、Max Ophuls監督映画の音楽の作曲。ナチスのゲッペルス宣伝大臣に「退廃的ユダヤ人芸術家」と糾弾され、33年ナチスを逃れてパリに。不遇な時代を過ごしたが、リス・ゴーティLys Gauty、リナ・ケッティRina Ketty、シャルル・トレネCharles Trenet、エディット・ピアフEdith Piafらのピアニストを務め、これらの歌手のために曲を作った。40年~50年代のシャンソンのクラシックともいえる名曲の数々を生み出している。彼の作曲になる主な曲は:「Grands boulevards/グラン ブルヴァール」(Yves Montand 1949年)、「Padam,Padam」(Edith Piaf 51年)、「Mon manège a moi/私の回転木馬」(Edith Piaf 58年)。「Ça,cest de la musique/これが音楽」(HenriSalvador 60年)。スペクタクル「Padam Padam」ではこれらの曲がスイング、ジャズ、サンバ、ゴスペル調にアレンジされ歌われる。
出演はイザベル・ジョルジュIsabelle Georges(歌とダンス)、Frederik Steenbrink(ピアノと歌)、Jerome Sarfati(コントラバスとピアノ)、 Edouard Pennes(マヌーシュギター)。イザベル・ジョルジュは幼少の頃からタップダンス、ピアノ、歌を習い、早くからミュージカルに出演。Judy Garlandの生涯を綴った「Uneétoile et moi/一つの星と私」は好評で「Judy and me」のタイトルでは国外でもしばしば再演されている。04年から8人組のアンサンブルSirba Octetと組み、定期的にフランス国内外で公演している。

 No.503  2010.8.5 Lara Fabian ララ・ファビアン、ラトビアで歌う       2010.8.5

ララ・ファビアンがラトビアで公演、TV出演の映像を視聴できる。ファビアンは1970年ベルギー生まれのシンガーソングライター。ペテュラ・クラークの伴奏を務めていたギタリスの父の伴奏でブリュッセルのピアノバーで14歳から歌い始め、18歳でルクセンブルグ代表としてユーロヴィジョンシャンソンコンクールに出場4位に。プロモーションでカナダに行った際そこが気に入り、91年から主にカナダで活躍。96年カナダでアルバム「Pure/純粋」をリリース、このアルバムは数ヶ月後にはヨーロッパのフランス語圏ばかりでなく北欧諸国でもチャートの上位に入るヒットで200万枚以上売り上げたと言われている。それにより98年VdM新人賞を受賞。99年全曲英語で歌った「Lara Fabian」がアメリカでヒットし、アメリカも征服。09年5月4年振りにリリースされた12枚目のアルバムは「Toutesles femmes en moi/私の中のすべての女性達」。このアルバムにはファビアンが敬愛する先輩女性歌手のヒット曲12曲のカバーなどが収められている。このアルバムは商業的には失敗したよう。ファビアンの新しいアルバムは10年10月25日に当初は東欧諸国でリリース予定の「Mademoiselle Zhivago」で、これにはロシアの作曲家Igor Krutojが協力。フランス語、英語、イタリア語、スペイン語で歌われる11曲が収められる。今回のラトビア公演はJurmalaで行われたフェスティヴァルNew Waveに出演するため、それにこの新しいアルバムのプロモーションのため。8月2日に出演した現地のTVでは新しいアルバムからの曲で美しいバラード「Mademoiselle Hyde」を英語で歌っている。ファビアンは11月3~11日はロシアツアー、フランス国内ツアーは2011年の予定。
 
No.502   2010.8.4  シャルロット・ゲンズブールCharlotte Gainsbourg、出演した「Taratata」TV5MONDEJ  
                                  2010.8. 4
ナギNagiの司会によるF2(及びF4)の100%ライヴ音楽番組「Taratata/タラタタ」の2009年12月9日放送分が7月30日(金)21:00~TV5MONDEJaponで放送された。メインゲストはシャルロット・ゲンズブール。シャルロット09年12月7日にアルバム「IRM/MRI」をリリース。番組で最初に歌ったのはこのアルバムから「Heaven can wait」。次いで「Trick Pony」を。その後Nagiとのインタヴユー。「子供の頃何になりたいと考えていたか思い出せない。私は12歳から歌っている[198年『Lemon incest/レモン インセスト』を父親のSergeとデュオで]。父は子供の私にピアノを習わせた。母は私にヴァイオリンを贈ってくれたが、父は、ヴァイオリンはうるさいと言って捨ててしまった。アルバムのタイトルは、ジェットスキーで怪我をしてMRIに入ったとき、そこで聞こえてくる音は心地よいものではなかったが、そこに何か音楽的なものを感じた。・・」インタヴユーの間に過去の映像が流された。・・[1971年のSergeのアルバム「Histoire de Melody Nelson」 のJane Birkinが写っているジャケットが映され]Charlotteが最初に一般大衆に現れたのは、母親の胎内にいるうち。次ぎに現れたのはClaude Millerの映画「L’Effrontee/なまいきシャルロット」、05年のClaude Berriの映画「L’un reste,l’autre part/一人は残り、一人は去る」ではCharlotteはロマティックな、ノルタルジックな主題歌を歌っている。また03年にはEtienne Dahoとデュオで「If」を歌っている・・ 番組で最後の歌ったのはBob Dylanの「Just like a woman」。この番組で歌った際には譜面を前に置いていたよう。
 No.501  2010.8.3  ヴェロニク・サンソンVeronique Sanson、新しいアルバム            2010.8.3

サンソンの新しいアルバムは10月リリース予定の「Plusieurs Lunes/いくつもの月」。1949年生まれのシンガーソングライター、72年に最初のアルバム「Amoureuse/恋する女」を出しているサンソン、今回のアルバムは2004年の「Longue distance/長距離」から6年振りで14枚目のスタジオ録音アルバム。この間05年にはliveアルバム「Olympia 2005」及び08年には限定版「Et voila,l’intégrale/全集 1967-2007」が出された。後者はそれまでのアルバムおよびDVDを網羅したもので数曲の未発表曲のボーナス及びブクレット付きで販売され、数週間で完売。今回の「Plusieurs Lunes」には13(あるいは14)曲収められる予定。すでに「La nuit se fait attendre/なかなか夜はやってこない」は先行してシングルカットされていて、その録音風景などを収めたスタジオ・クリップを視聴できる。この曲は「Amoureuse」に収められる予定で1971年にはデモテープができていたもの。当時はピアノ1本の伴奏であったが、今回完全に書き直されフランス語とスペイン語で歌われているサルサにアレンジされた。アルバムのリリースに先だって2枚目のシングル「Qu’on me pardonne/人が私を赦してくれることを」が9月6日にはリリースされることになっている。これはヴェロニクの姉Violaineがジョニー・アリディJohnny Hallydayのために作ったが「ジョニーが歌ってくれないので、私が歌うことにした。」サンソンは2010年末にはツアーを開始、1年2月28日から3月4日までOlympiaに出演、パリではその後4月1、2日Gran Rexに2日間出演することになっている。

祝500回

No.500 
 2010.7.31  セリーヌ・ディオンCeline Dion、ミシェル・サルドウMichel Sardouとデュオ       2010.7. 31

セリーヌ・ディオンがサルドウの新しいアルバムに参加。サルドウは8月30日アルバム「Etre une femme(2010)/女性であること(2010)」をリリースの予定でそこに収められる「Voler/飛ぶ」をディオンとデュオで録音した。これは2人の歌手の初めてのデュオであり、ディオンにとっては07年以来最初のフランス語による録音でもある。ディオンはすでに幾人かのフランス語圏の歌手とデュオで歌っている:ジャン=ジャック・ゴールドマンJean-Jacques Goldmanと「J’irai ou tu iras/あなたの行くところへ」(ディオンのアルバム「D’eux/彼らについて」1995年に収録)や「Les derniers seront les premiers/最後に来た者が最初になるだろう」(ディオンのアルバム「Live a Paris」1996年に収録)、シャルル・アズナヴールCharles Aznavourと「Toi et moi/君と僕」(アズナヴールのアルバム「Duo/二人の奇跡」2008年に収録)、ガルーGarouと「Sous le vent/風に吹かれて」(ガルーのアルバム「Seul/たった一人」2001年に収録)など。またTV番組などでジョニー・アリディJohnny Hallyday(「L’envie/欲望」)、アラン・ドロンAlain Delon(「Paroles paroles/パロール、パロール」)、モラーヌ Maurane(「Quand on n’a que l’amour/愛しかないとき」、Quentin Mosimann(「S’il suffisait d’aimer/愛するだけで十分なら」)と歌っている映像がある。 ディオンは5月3日2枚組みDVD「Taking chances world tour」をリリースしている。今年42歳のディオンは男児の双生児を妊娠していて、出産は11月の予定。
 No.499  2010.7.28 マガリー・ヴァエMagalie Vae、戻ってくる        2010.7.28     

TV局TF1のスター誕生番組「Star Academy」の第5シーズン(2005年放送)優勝者マガリー・ヴァエが2枚目のアルバムの製作に取りかかった。マガリーは1987年生まれ、18歳で「StaAca」に出場、番組の中ではNatasha St-Pierナターシャ・サン=ピエールと「Tu trouveras/きっと分かる」、また前シーズンの優勝者グレゴリー・ルマルシャルGregory Lemarchalとは「Je sius en vie/僕は生きている」をデュオで歌っている。マガリーは優勝者恒例のアルバム「Magalie Vae」を2006年4月リリース。シングルカットされた「Je ne suis qu’une chanson/私は1曲のシャンソンに過ぎない」 (ケベックの女性歌手Ginette Renoの曲をカバー)は好評で10万枚近く売り上げた。しかしアルバム自体の売上げは33000枚程度で商業的には失敗であった。それもあり、マガリーはこの番組の他のシーズンの優勝者(第1シーズンのジェニフェールJenifer、第2シーズンのノルウェン・ルロワNolwenn Leroyら)と比べマスコミへの露出は控えめ。レコード会社を代えて望む2枚目のアルバムにはセリーヌ・ディオンCeline Dionなどに曲を提供しているJacques VenerusoやJean-Jacques Goldmanの弟のRobertらが協力する模様。マガリーはスターやスポーツ選手と障害を持つ子供たちとの交流を推進している慈善団体「Cœur des Anges/天使たちの心」の強力な支援者の一人。
 
No.498  2010.7.27   リシャール・アントニーRichard Anthony、 18曲収録のCD 2010.7.2

リシャール・アントニーのヒット曲18曲を収録したCD「Tu parles trop/君は喋りすぎ」が2010年7月12日リリースされた。アントニーは1938年エジプト、カイロ生まれ、イギリスやアルゼンチンで幼少時代を過ごした後パリに。法律を学ぶ傍らジャズクラブでサックスを吹く。58年頃から英米のヒット曲にフランス語の歌詞を付けて歌うように。58年最初のレコードを出すが成功せず。61年「Écoute dans le vent/風に吹かれて」(Bob Dylanの「Blowin’in the wind」の翻案)、62年の「J’entends siffler le train/汽笛が聞こえる」(PPMの「500Miles/500マイルも離れて」の翻案)がヒット、そして67年最大のヒット曲「Aranjuez,mon amour/恋のアランフェス;わが心のアランフェス」が生まれる。この曲はスペインの作曲家ホアキン・ロドリゴJoaquin Rodrigoの「Concerto d’ Aranjuez:アランフェス協奏曲」にギ・ポンタンペリGuy Bontempelliがフランス語の詩を付けたもの、世界中でヒットし800万枚以上売れたと言われている。その後も「Amoureux de ma femme/わが妻に恋して」(74年)、「Juliette/ジュリエット」などを出すが往時の人気には及ばなかった。06年からユニット「Age tendre et têtes de bois」に参加している。[かつての容姿と最近の容姿との違いには驚かされる]今までに600曲以上録音し、レコードを5000万枚以上売り上げたと言われている。今回のCDに収められているのは:「Tu parles trop」、「Nouvelle vague/ヌーヴェル ヴァーグ」(The Coastersの「Three cool cats」の翻案)、「J’entends siffler le train」、「「Tu m’étais destinée/君は僕の運命の人」(Paul Ankaの「You are my destiny」の翻案)、「Peggy Sue」(Buddy Hollyの翻案)など。
 No.497  2010.7.26  ザジーZazie、クリップ「Avant l’amour」          2010.7.26

ザジーのシングル「Avant l’amour/愛の前に」のクリップの評判がいい。ザジーは1964年パリ近郊Boulogne-Billancourt生まれのシンガーソングライター、父は男爵で建築家、母は音楽教師、ジャーナリストを目指して東洋の言語を勉強中モデルに。その後シャンソンに転じ、92年に13曲中12曲が彼女の作詞、6曲が彼女の単独でのあるいは共同での作曲による最初のアルバム「Je,Tu,Ils/私、あなた、彼ら」を出し、93年VdMで女性新人賞を受賞。その後95年の「Zen」、98年の「Made in Love」、01年の「La Zizanie」、04年の「Rodéo」、07年の「Totem」と出したアルバムはがいずれもプラテイナデイスクを獲得。VdMでも常連で96年「Larsen」でヴィデオ・クリップ賞、98年と02年女性歌手賞、06年ツアー賞を受賞、08年には作詞作曲しChristophe Willemに提供した「Double je/二重の自分」がオリジナルシャンソン賞を受賞。また、Jane Birki、,Patricia Kaas、Johnny Hallyday、Calogeroらに曲を提供し、Pascal Obispo、Axel Bauer(02年の「À ma place/私の代わりに」はNJRの最優秀シャンソン賞)らとのデユオ曲もヒット。「Resto du cœur/心のレストラン」活動の有力なメンバー。「Avant l’ amour」は10年9月リリース予定の7枚目のスタジオ録音アルバム「Za7ie」から先行してシングルカット。クリップはLaurent Seroussiの演出。・・私はあなたを愛している、でもそれで苦しんだり、それが苦しめたりするなら、それは何の役に立つ・・愛の名のもとに壁が築かれ、戦争が起こる、私には見えるのは人々の苦しみ・・愛の前にどれ程の日々があっただろう、一生で何回あるだろう・・
 No.496  2010.7.26  Charles Aznavourシャルル・アズナヴール、イタリアで歌う          2010.7.25

アズナヴールは7月17日イタリア ヴェニスのSan Marco広場でコンサート。猛暑と湿気のためか音響設備の不具合があり、最初の方をやり直すハプニングがあった。コンサートではイタリア人歌手Franco Battiatoとのデュオも披露。続いてミラノへ。19日にはDuomo di Milano(ミラノ大聖堂)で行われたミラノの独立150年[オーストリアに属していたミラノ地方が解放されイタリア王国に編入された]を祝う(あるいはミラノで行われる世界的行事、2015年万博などのための、または大聖堂修復のための資金集め)のコンサートに出演。そこにはイタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニSilvio Berlusconi首相も来場。首相の弟Paulo Berlusconiに依ると首相はアズナヴールのファンで、特に「La bohème」が好き、「兄と一緒に歌うことがあ。」ベルルスコーニ首相はアズナヴールを紹介して次のように語った。「私がアズナヴールと一緒に歌うだろうと書いた新聞記事があったが、私の立場ではそれは出来ないこと。でも歌えば彼より上手く歌うかも。さあMesdames et messieurs、チャールス・アズナヴールの登場です。」時々独特の発言が物議をかもすベルルスコーニ首相、かつてクルーズ船上で歌手だったこともあるとはいえ、これは冗談でしょう。アズナヴールは答えて「私のコンサートの前歌で多くの歌手が歌ったが、あなたが最も『prestigieux/権威のある』人物だ。」アズナヴールは1時間にわたりフランス語、イタリア語英語で彼のヒット曲を歌ったがその間首相は静かに、感激した面持ちで聞いていた。
No,495   2010.7.23  フェスティヴァル レ ヴィエイユ シャリューLes Vieilles Charrues、閉幕                                    2010.7.23

7月15から18日までブルターニュ地方フィニステールのカレCarhaixで行われていたフェスティヴァル第19回レ ヴィエイユ シャリューLes Vieilles Charruesは、期間中に今までで最高となる 242,000人の入場者を集めて閉幕。主な出演者は・・15日:今回の最大の目玉、イギリスロックバンドのミューズMuseが登場。激しい雨の中、ボーカルのMatthew Bellamyは透明のレインコートを着てステージへ。1曲目の「Plug in Baby」から会場は嵐のような騒ぎに。次いで「Supermassive blackhole」、「Uprising」、「New Born」など、最後に「Knights of Cydonia」を演奏。16日:ミカMikaは「Relax」からステージを始め、「Rain」で上半身裸になり「Blame it on the girls」は観客も一緒に歌い、 「Grace Kelly」はフランス語と英語で歌った。会場の興奮が最高潮に達しのは「We are folden」。アンコールでは再び「Relax」を。17日:アンドシーヌIndochineはStadede Franceコンサート(6月26日)の余勢を駆ったエネルギー溢れたステージ、観客は「J’ai demade a la lune/月に願った」、「La lettre de métal/金属の文字」(リーダーのNicola Sirkisは観客に携帯電話のライトを点灯し、上に掲げて振るように依頼)、「Trois nuits par semaine/週に3夜」、「L’aventurier/冒険者」などはIndochine に合わせて歌い、跳ね、踊った。18日:エムMはツアーと同様最新アルバム「Mister Mystere/ミスター ミステリー」に収められている曲から始めた。「Ma bonne étoile/僕の幸運の星」などのギターのソロ演奏は圧巻。「Je dis M/僕はエムと言う」では観客の全員が和した。フェスティヴァルを盛り上げる術をよく知っているMが最後に歌ったのは「Amsetou(L’âme c’est tout/魂がすべて)」。
 No.494  2010.7.22  ヤニック・ノアYannick Noa、最新の話題         2010.7.22

全仏オープンで優勝したテニス選手から歌手に転向、毎年2回行われるアンケート「フランス人の好きな人物」で最近トップを続けるヤニック・ノア、8月23日には新しいアルバム「Frontièeres/国境」をリリースの予定。すでにそこの収められる「Angela」が先行してシングルカットされ、そのクリップも評判がいい。「Angela」はアメリカの女性黒人政治運動家で1950年代から黒人の公民権運動のパイオニアとして活躍したAngela Davisを歌ったもの。・・1968年アメリカはかたくなだった、一人の天使が抗議の声を上げた、ネジは錆び付いていた、I’m black and I’m proud。メキシコではある夕べ、黒い手袋が差し上げられた[メキシコオリンピックで男子陸上200mの金メダリスト黒人のトミー・スミスらが表彰式で人種差別に抗議して黒手袋を掲げた]、Oh Angela、my home is your home,oh Angela, you know you’ll never walk alone。2008年11月シカゴのある夕べ、国は一つになり、肌の色は関係なくなった、そのとき僕は君のことを思った・・

ノアは7月19日「Carcéral tour/刑務所ツアー」を開始した。まずはマルセイユのBaumettes刑務所。同刑務所の女性受刑者約50人を前に1時間半以上にわたり「Frontières」からの曲も歌ったが、それらは初めてステージ(らしきもの)で歌ったことになる。受刑者たちは、受刑者同士、あるいは看守とノアの歌に合わせて踊った。「音楽が彼らにとって光になり、酸素になれば・・」。この後今月末までフランス各地にあるあと7箇所の刑務所を回る予定。この行動に関しては賛否両論。仮に受刑者たちに人質として囚われることになったら一大事だと言うわけ。

特報:イヴ・デュテイユYves Duteil、交通事故で負傷

デュテイユは交通事故で負傷、21日にベルギーのSpaで行われたFrancofolies出演をキャンセル。詳細は不明だが、36tトラックとの事故で肋骨を1本骨折、腰を強打した由。
No.493   2010.7.21  ラ ロッシェルのフランコフォリーFrancofolies de La Rochelle、その3 閉幕     2010.7.21

16日:St-Jean d’Acreにはドミニク・アーDominique A 、シャルロット・ゲンズブールCharlotte Gainsbourgらが出演。シャルロットの初めての野外でのコンサートには9000人の観衆を前にしたものに。より親密な雰囲気の小さなホールで歌ってきたシャルロットが果敢に挑戦。「映画に比べたらステージは危険が一杯、でも冒険をしてみたい。」正に日が沈もうとする時間に革のパンタロン、白いTシャツに男性用のベストで現れたシャルロットは小さく見え、多くの目が彼女を見つめていることに一瞬たじろいだよう。両手でマイクを握り歌い出したのは「IRM/MRI」。その後「In the end」、「Master’s hand」,「Time of assasines」など主として09年の最新アルバム「IRM」からの曲を中心に、06年のアルバム「5:55」から「AF605107」、「The song that we sing」も。またツアーの際と同様に父親セルジュの「L’Hotel particulier/個人の館」と「Couleur Cafe/コーヒー色」をフランス語で。ステージではMCや動きは少なく、声が出にくい感じの時もあったが、囁くような声は観客を魅了。この日は他にジャンヌ・シェラールJeanne
Cherhal、アルノー・フルーラン・ディディエArnaud Fleurent-Didier、カテルKatelらが出演。17日最終日:St-Jean d’Acreにはカルメン・マリア・ヴェガCarmen Maria Vega、ディアムスDiam’s、 ルヴォルヴェールRevolverらが、他の劇場にミオセックMiossec、ダ シルヴァDa Silva、アリアーヌ・モファットAriane Moffat、ピエール・スーションPierre Souchon(初)らが出演。またエンゾ エンゾEnzo Enzoは子供向けに「メリー ポピンズ」などミュージカルの曲を集めたスペクタクル「Clap/カチンコ」を。期間中の有料入場者は77000人、昨年(80000人)をわずかに下回った。
No.492.   2010.7.21  ラ ロッシェルのフランコフォリーFrancofolies de La Rochelle、その2「スーションの日」  2010.7.20

15日:St-Jean d‘Acreでは「Fete a Alain Souchon/アラン・スーションの日」が。これはスーションに白紙委任し、スーションがゲストを呼んで好きなように構成、演出するステージ。前日14日の革命記念日の花火打ち上げが悪天候のため1日延期されたことなどにより、開演は23:40。10000人の観客を前に例によって飛び跳ねるようにステージに上ったスーション、最初に歌ったのは「Le baiser/キッス」。次の曲「Parachute dore/黄金のパラシュート」では長男のピエールPierreをステージに招きデュオで。次いでピエールがソロで「LAOT」が歌う。次いでスーションが「C’est deja ca/それはそういうこと」、 「Saute en l’air/空中に飛び出す」、「Sous les jupes des filles/若い女の子のスカートの下に」。「L’amour a la machine恋の洗濯機」ではジャンヌ・シェラールJeanne Cherhalをステージに招きデュオ。次ぎに登場したのはマキスム・ル フォレスティエMaxime Le Forestierで歌ったのは「Ambalaba/アンバラバ」。スーションが次の歌ったのは「Jamais content/決して満足しない」、ピエール、次男でウルスOursの名で歌っているシャルルCharles、ジャンヌがスーションの周りに。さらに「Quand je serai KO/僕がKOされたとき」、「On avance/人は進む」、「Foule sentimentale/センチメンタルな大衆」では観客も一緒に歌う。コンビを組んでいるローラン・ヴルズイLaurent Voulzyがステージに上がったのは開演から1時間30分も過ぎ、アンコールに入ってから。当然このコンビの曲は「point d’orgue/フェルマータ:最高潮」になるはずだったのに、何とも遅すぎた。最後に出演者全員で歌ったのは「Rame/漕ぎ進め」。この日は他にフェフェFefe、ジェラール・ド パルマスGerald De Palmas、カメリア・ジョルダナCamelia Jordana(初)らが出演。
No.491  2010.7.19   ラ ロッシェルのフランコフォリーFrancofolies de La Rochelle、その1開幕     2010.7.19

第26回「ラ ロッシェルのフランコフォリー」は7月13日から17日まで、フランス西部、大西洋岸の町ラ ロッシェルの7つの会場で、130のコンサート150人以上のアーティストが出演して行われた。13日:10000人以上の観客が集まったメイン会場の野外劇場St-Jean d‘Acreに若いロックグループ BBブリュヌBB Brunesが登場して開幕。次いでシャンソンフランセーズ界の「現在の2人のbigジャック」、ジャック・イジュランJacques Higelin とジャック・デュトロンJacques Dutroncが登場。デュトロンは「Il est cinq heure,Paris s’eville/朝5時パリは目覚める」、「Et moi,et moi,et moi/そして僕、そして僕、そして僕」、「Le cactus/サボテン」など大ヒット曲を、大きな動作を交えて(デュトロンとしては珍しいこと)熱唱、若い観客も今年67歳のデュトロンのエネルギーに圧倒された。この日は他にテテTete、ポニ ポニ ラン ランPony Pony Run Run、ソアンSoan、 ザーズZaz(初出演)らが出演。14日: St-Jean d‘Acreにはクール ド ピラトCoeur de Parate、ガエタン・ルセルGaetanRoussel、エミリー・シモンEmilie Simon、トリにはMエムが出演。この日「アコースティック」と銘打ったより親密なコンサートを行ったヴァネッサ・パラディVanessa Paradisが登場したのはメイン会場ではなく、より小さなLa Coursive劇場。弦のカルテットの伴奏で「Marylin & John」、「Joele Taxi/タクシー運転手ジョー」、「L’incendie/火事」、「Le temps de l’amour/愛の時」(フランソワーズ・アルディのカバー)などを歌った。「アコースティックコンサートでは、観客は跳ねたり、踊ったりはしない。でもそこには魔法があり、感動はより強くなるよう。」この日は他にケントKentらが出演。
 No.490  2010.7.18  ジョルジュ・ブラッサンスGeorge Brassens、20曲の集録CD  
2010.7.18 


ジョルジュ・ブラッサンスのデビュー当時のヒット20曲を収めたCD「20 succes de Georgres Brassens、les debuts(1952-53)」が7月リリースされた。ブラッサンス(1921-1981)は南仏生まれのシンガーソングライター、中学の国語の先生に詩作の手ほどきを受け、その後詩を作るようになって「この詩は先生に気に入ってもらえるかと自問する」。40年パリに出て、ピアノを習い、シャンソンを書く。43年ドイツ軍に徴用されベルリン郊外のBMWの工場に。44年15日間の許可を得てパリに。そのまま「帰るのを忘れて」パリに留まり、3月から叔母の友人Jeanne Planche夫人の許、パリ14区9, impasse Florimontに隠れて過ごす。そこには22年間住むことに。52年1月24日友人の尽力でモンマルトルのキャバレ「Chez Patachou:シェ パタシュ」のオーディション受け合格、同店に出演する。3月16日France soir紙にブラッサンスに関する最初の新聞記事が載る「パタシュは一人の詩人を見出した」。4月6日最初のTV出演。7月から8月末までパタシュらと国内、スイス、ベルギーに最初のツアー。11月Polydor社から最初のL P「La mauvaise reputation/悪い噂」を出す。そこには「La mauvaise reputation」、「Le parapluie/雨傘」、「Le petit cheval/子馬」、「Le fossoyeur/墓堀人」「Le gorille/ゴリラ」、「La chasse aux papillons/蝶々取り」などが収められていた。今回のCDにはこれらの曲と他に「Les amoureux des bancs publics/ベンチの恋人たち」 「Il n'y a pas d'amour heureux/幸せな愛はない」、「Ballade des dames du temps jadis/そのかみの貴婦人を歌う」、「J'ai rendez-vous avec vous/あなたとランデヴー」、「Pauvre Martin/貧乏マルタン」など初期のヒット曲でありかつブラッサンスの代表曲と言われるものが収められている。
No.489   2010.7.17  レ ザンフォワレLes Enfoires 「La crise de nerfs」、2010年上半期のアルバム売上げ№1      
2010.7.17

2010.1.1~2010.6.30のフランスにおけるアルバム売上げ順位が明らかになった。1位:レ ザンフォワレLes Enfoiresの「La crise de nerfs/ヒステリー」(№345) で391,000枚。「Resto du Coeur/心のレストラン」に資金を供給するための有志の歌手によるグループ「Les Enfoires」、2010年のコンサートは1月ニースで行われた。これはそのライヴアルバムで3月6日にリリース。チャート1位は2週間。毎年行われるこのコンサートのアルバムは例年売上げの上位にランクされる。2位:クリストフ・マエCristophe Maeの「On trace la route/道を辿る」(Nos.395)で335,000枚。マエの2枚目のスタジオ録音アルバムで3月22日にリリース、1位を占めたのは3週間。それ以外にも常に上位にあり7月第1週も5位。このアルバムからシングルカットされた「Je me lache/自分を解放する」のクルップ好評。3位:レ プレトルLes Pretresの「SpiritusDei/神の御心」(№420)で235,000枚。3人の聖職者で構成されるグループ。3月29日リリースされたこのアルバムは9週間1位など常にチャートの上位にあり7月第1週も3位。グループは3月28日F2の「Vivement dimamche」 に出演、ミュージカル「十戒」からの「L’envie d’aimer/愛するという願い」を歌っている。4位はThe Black Eyed Peas、5位はLady Gaga。クール ド ピラトCoeur deParateの「Coeur de Parate」は8位、マルク・ラヴォワヌMarc Lavoineの「Volume10/第10巻」は13位、ザーズZazの「Zaz」は15位。逆に売上げの芳しくなかったのはダヴィッド・アリディDavid Hallydayの「Nouveau monde/新しい世界」、ジュリー・ゼナッティJulie Zenattiの「Plus de Diva/ディヴァはもういない」など。
No.488   2010.7.16  「多様性コンサート」、バスティーユ広場で          2010.7.16

「Le quatorze juillet/7月14日:革命記念日」の前日13日20:30~パリのバスティーユ広場でパリ市主催による無料コンサート「Coucert de la diversite/多様性コンサート」が開かれた。フランス語圏のシャンソンの多様性をテーマにしたこのコンサートにはフランス語圏で人気のある10数人の歌手が出演した。コンサートは最初にシメーヌ・バディChimene Badiが登場し、最新アルバム「Laissezles dire/彼らに言わせておけ」から「En equilibre/バランスがとれている」を歌い、幕を開けた。次いでセネガルポピュラーミュージックのキングと言われているユース・ンドウ―ルYoussou N’DourがBob Marleyの「Redemption Song」をカバー。アルジェリアのスパースターで「ライの帝王」ハレドKhaledは「Aicha」を歌った。母親がノルマンディ出身、父親がマルティニク出身のシャイムShy’mは「Je sais」を歌い、コンゴ出身のサングイラSinguilaは「Ca fait mal/それは辛いこと」を歌い、スタニスラスStanislasとマイク・イブライムMike Ibrahimは「Tu verras en France/君はフランスで出会うだろう」を歌った。他にギニア出身のWilliam Baldeウィリアム・バルデ、マリ出身のデュオ アマドウ エ マリアムAmadou et Mariam、母親がフランス人、父親がアルジェリア人のSheryfa Luna、アフリカで生まれ、グアドループで育ちフランス語、英語、クレオル語を話すTomFragerらが出演、広場を埋め尽くした観客は5万人に達した。22:30まで続いたコンサートが終了するとバスティーユ広場は巨大なダンスホールと化した。なお2007年サルコジ大統領就任以来恒例となっていた革命記念日当日にエッフェル塔の下、シャン・ド・マルスで行われていたコンサート今年は中止された。
No.487   2010.7.15  ヴァネッサ・パラディVanessa Paradis, 2010年華やかな夏            2010.7.15

ヴァネッサ・パラディにとって2010年の夏は華やかなものに。20年以上にわたる歌手としてのキャリアの集大成として09年11月にリリースした最初のベストアルバム「Vanessa Paradis、Best of」は売上げが30万枚以上というヒット。この人気は、このアルバムにGaetan Rousselに提供された「Ily a/・・がある」などいくつかの新曲があり、それらは1980年代にパラディのファンであった人たちの成長に答えることができるものであったことにもよるだろう。また3月公開の主演映画「L’arnacoeur/ペテン師」は350万人以上の観客を集めた。パラディは6月26日にはSolidays(№474)に初めて出演、「Divinidylle/神聖なる純愛」、「Des que j’te vois/あなたに会うと」などを歌った。6月28日から7月2日まで5夜にわたってCasino de Parisに出演、アコースティックコンサートを。7月11、12日にはヴェルサイユ宮殿の「L’Opera royal/王のオペラ座」でも同様のコンサートを行った。入場料は90ユーロから、終了後のカクテルパーティー付きのものは250ユーロ。ここでは観客はいつもとは異なりパラディと一緒に歌ったり、体を揺することはなかったよう。7月14日にはLa RochelleのFrancofoliesに出演。パラディはまた、カルラ・ブルーニ、イザベル・アジャーニ、ナタリー・バイユ、ジェーン・バーキン、シルヴィー・ヴァルタンら15人のスターとともに、慈善団体「La Chaine de l’Espoir/希望の鎖」の使節を務める女優ミレイユ・ダルクの要請に応じ、撮り下ろしたポートレートを提供。ポートレートは7月1日Christie’sで競売に掛けられた。その売上金合計約61000ユーロは「La Chaine・・」に寄付され、開発途上国の心臓病を病む子供たちの支援に使われる。
No.486   2010.7.14  ヴァルタンVartan、アルディHardy、シェイラSheila、ギャルGall、TVF3で特集  2010.7.14

7月12日20:35~TVF3のドキュメンタリー「Quatre idoles dans le vent/時代をリードした4人のアイドル」ではシルヴィー・ヴァルタンSylvie Vartan(1944-)、フランソワーズ・アルディFrancoise Hardy(1944-)、シェイラSheila(1946-)、フランス・ギャルFrance Gall(1947-9が取り上げられた。1960年代初め、この4人も他の少年少女同様当時の人気ラジオ人気番組「Salut Les Copains/やあ仲間たち」を聞き逃すまいとしていた。そしてヴァルタン61年末「La panne d’essence/ガス欠」、その後アルディは「Tousles garcons et les filles/男の子と女の子」で、シェイラは「L’ecole estfinie/授業は終わった」で、そして63年7月ギャルは「Sacre Charlemagne/シャルマーニュ大王」でデビュー。20歳になるかならないかの若い4人の女性歌手はそれぞれの特徴で同世代の人々の心を捉えた。シェイラは髪型で、アルディはミニスカートで、ヴァルタンは幸福を呼ぶ歯並びで、ギャルはさわやかな声で。彼女たちの曲はたちまちヒットになり、「Salut Les Copains」の常連となり、その私生活はマスコミの追いかけの対象に。彼女たちの化粧法は流行となり、彼女たちのコンサートは一種の社会現象ともなった。彼女たちの恋愛・・シルヴィーのジョニーとの結婚、シェイラのリンゴとの結婚、アルディのトマ・デュトロンとの恋、ギャルのクロード・フランソワ、ジュリアン・クレールとの恋・・はマスコミを賑わした。番組には司会のMireille Dumasのほか写真家
Jean-Marie Perierらが出演
 No.485  2010.7.13  ジャン・フェラJean Ferrat、回顧          2010.7.13

2010年3月13日住んでいたアルデシュ県アントレーグ=シュール=ヴァラヌ村で死去したジャン・フェラ(最近のジャンソン事情№50)を偲んでこの村を訪ねる人々が多い。ヴァカンス期に入った最近では週日には200人、週末ともなると1000人以上が訪れ、フェラが愛し、シャンソンの中で歌ったふるさとの山の景観を堪能し、フェラが買い取ったバー「La Montagne/山」を訪れる。村内ではフェラを回顧する展示会とコンサートが。展示会は7月2日から8月31日までメゾン ダントレーグで開催され、13の掲示板のそれぞれに、フェラのヒット曲に関連した資料や写真が展示されている。ファンはそれにより世間一般に知られているフェラではないもう一人のフェラを発見することだろう。詩の中に込められた多様なカルチャーへの愛着、社会の現状に対する問題の提起、インスピレーションの元になった愛情や村の風景、あるいはフェラの思考と感情までも。コンサートは7月16、17日、フェラがペタンクを楽しんでいた村の広場でナターシャ・エズドラによる「Natacha Ezdra chante Jean Ferrat/ナターシャ・エズドラ、ジャン・フェラを歌う」。エズドラは新進女性歌手、フランス国内各地でフェラの作品を歌うコンサートを行い、注目を浴びている。生前フェレはエズドラにつき「私は彼女のデビューから注目している。彼女の声の響き、感性、歌唱の正確さに感心している。彼女が私の曲を中心にしたスペクタクルを演じてくれることに満足している。」語っている。
No.484   2010.7.12  フランシス・ルマルクFrancis Lemarque、18曲収録のCD      2010.7.12

フランシス・ルマルクのヒット18曲を収録したCD「A Paris + 17 succes de Francis Lemarque/パリで+フランシス・ルマルクのヒット17曲」が10年6月リリースされた。ルマルク(1917-2002)はシンガーソングライター。パリ11区(51、rue de Lappe)ユダヤ人移民の家庭に生まれた。34年兄と組んでデユオ。大戦中はレジスタンス活動。45年歌手としての道を進み続けるが、46年モンタンを聞いて感動、シャンソンを作る方に転向。「A Paris」がイヴ・モンタンによって歌われヒット。このコンビは約30曲のヒットを世に出した。その後ジャック・カネッテイの勧めにより歌手としての活動を再開し、56年には「La grenouille/蛙」でACCシャンソン賞を受賞、73年アルバム「Paris Populi」でACCディスク大賞を受賞するなど、歌手としても評価され、「パリの声を持つ」と言われた。60年代には定期的にパリで公演、89年にもACCディスク大賞を受賞している。300曲以上のヒット曲を作詞または作曲し、それらは自身のほかモンタン、ムルージ(「Rue de Lappe/ラップ通り」)、エディット・ピアフ(「Johnny,tu n’es pas un ange/ジョニー、あんたは天使じゃない」)、イヴェット・ジロー(「La grenouille」)、モーリス・シュヴァリエ、ジュリエット・グレコ、ダリダ、パタシュ、マルセル・アモン、アンリ・サルヴァドールらによって歌われている。今回のCDに収められているのは:「A Paris」、「Marjolaine/マジョレヌ」、「Bal,petit bal/小さな舞踏会」、「Matilda/マチルダ」、「Le petit cordonnier/小さな靴屋さん」、「La grenouille」、「Cornet de frites/フライドポテト袋」、「L’air de Paris/パリの空気」、「Toi,tu ne ressembles a personne/君は誰にも似ていない」、「Paris se regarde/自分を見つめるパリ」など。
 No.483  2010.7.11  セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourg、パリに名を冠した公園誕生         2010.7.11

パリ19区「Porte des Lilas/リラの門」地区に「Jardin Serge Gainsbourg/セルジュ・ゲンズブール公園」が誕生した。外周環状自動車道の下を中心に広さ約1.4haの都市型緑地。7月8日午後に行われた開設セレモニーにはジェーン・バーキンJane
Birkin、シャルロット・ゲンズブールCharlotte Gainsbourg,の母娘(二人とも特別に着飾ることはなく、シンプルな衣裳で)
、パリ市Bertrand Delanoe市長、この案を推進したパリ19区Roger Madec区長らが出席した。区長「セルジュ・ゲンズブールが『Le poinconneur des Lilas/リラ駅の切符切り』を歌ってくれるまでは、誰もリラの門がどこにあるか知らなかった。」市長「ゲンズブールの町、パリにこのような公園が出来たことは嬉しい。ゲンズブールに対する感謝の現れ。」バーキン「クレルモン・フェランにはセルジュの名を冠した通りがあるのに、パリには何もないのはどうしたことかと思っていた。セルジュの死後20年になろうとする今日、彼は自分の庭を持つことが出来た。この公園を設けることに賛成してくれた皆さんに感謝。セルジュもきっと喜んでいるだろう。」さらに「この公園では、『草上立ち入り禁止』などとせずにイギリスの公園同様、皆が草の上に座って食事をすることが出来るように。」これに対してドラノエ市長は「bien sur/もちろん」。ジェーンとシャル板(そこには「Jardin Serge Gainsbourg、1928-1991、作詞家、作曲家、歌手」と書かれている)の一つの除幕を行った。
 No.482  2010.7.9  ブリュノ・ピュツリュBruno Putzulu、F2 13時のニュースの出演    
 2010.7.9

7月5日の標記番組「最後の5分」に出演したブリュノ・ピュツリュは1967年ウール県生まれの俳優。コメディーフランセーズで活躍後、94年から映画に、2001年ゴダール監督の「Eloge de l’amour/(邦題)愛の世紀」などで主演。現在、映画俳優、TV俳優、舞台俳優として人気が高い。そして5月ファーストアルバム「Drole de monde/奇妙な世界」をリリース、歌手としてデビュー。上記番組で次のように語っている。・・今回のアルバムは俳優の気紛れからではない。僕は子供の頃からシャンソンに興味を持ってよく歌っていたし、詩も書いていた。俳優としてある役を「interprete/演じる」ことはある曲を「interprete/歌う」ことと同じ。ジョニー・アリディに歌詞を提供したが、一緒に食事をしているとき話が出て、家に帰ってから詩を書き、翌日送った。気に入って、レコーディングしてくれた。アイドルが僕の詩で歌ってくれたことに感動した。[その曲「Ma vie/僕の人生」は07年のアリディのアルバム「Le coeur d’ un homme」に収められている。]カバーの2曲を除き、今回のアルバムに収められている曲は数年にわたって自身が書きためてきた詩によるもの。メランコリーと優しさが詩のテーマ。滑稽なものや子供の頃への回帰も。資金を自分で出したのは、そうすれば誰にも強制されることはないし、自分の好きにでき、自分自身に誠実でいることができるから。・・番組の最後に披露したのは「L’amour/愛」。収められているのは他に「Tchecker tchecker tchecker」「Drole de monde」、「J’t’aimais j’t’aime plus/君を愛していた、今はもっと愛している」(Yves Simonの曲、Elsa Lunghiniとのデュオ)「Quand j’etais petit/子供の頃」など全12曲。来春にはツアーを予定。
 No.481 2010.7.8   ジェシー・マタドールJessy Matador、ヨーロッパで人気上昇 2010.7.8

ジェシー・マタドールはフランス代表として2010年5月29日ユーロヴィジョンシャンソンコンクールに出場し、12位と必ずしも満足できる成績ではなかったが(№452)、会場を熱狂さえ、出場したことはマタドールに幸運をもたらしたよう。コンクールの際歌った「Allez!Ola!Ole!」のシングルは6月6日の週に一挙に10ランクアップし、フランスのシングルチャートのトップになり、その後7月になってもその勢いは変わっていない。このシングルはフランスばかりでなく、ドイツ(最高位4位)、ベルギー(同5位)、ノルウエー(同5位)、フィンランド(同7位)などでもベスト10入りするなどヨーロッパ中で好評、この夏のtube/ヒットになる勢い。「ユーロヴィジョンに感謝している。僕にユーロッパの扉を開いてくれた。」2001年にフランス代表で出演し4位だったナターシャ・サン=ピエールNatasha St-Pierの「Je n!ai que mon ame/私にあるのは魂だけ」が数週間フランスチャートの2位であった以外は最近ではユーロヴィジョンのフラン代表の曲がフランスで、言わんやヨーロッパで好評りに迎えられるということはなかっただけに、今年のマタドールのこの現象は正に快挙。無名でも彼を選んだことは間違ってはいなかったと言うべきか。マタドールは6月14日に2枚目のアルバム「Elektro Soukouss」をリリース、これには「Allez!Ola!Ole!」などズーク、ダンスミュージックなど16曲が収められている。こちらの人気は、発売された週にチャート58位と、必ずしも満足できるものではないが。7月3日いつもバックをつとめる陽気な一団La SelesaoとともにパリBataclanに出演。
 No.480  2010.7.7  ガン患者支援コンサートTout le monde chante contre le cancer、開催            2010.7.7

第5回目となる2010年ガン患者(特に子供や青少年の)支援コンサート「Toutle monde chante contre le cancer/皆がガンとの闘いを歌う」は7月3、4日南西部の町Villefranche-de Rouergue(アヴェイロン県Aveyron)で行われた。今年も「Anges gardiens/守護天使」と呼ばれる多くの歌手、俳優などが協力した。前日の2日夜にはパリのモンパルナス駅から、フランス高速鉄道TGV「Tout le monde chante」号が出発。車内には開催地に向かう多くの若いガン患者とその家族が乗っていた。このTGVにはウイリアム・バルデWilliam Balde、ジル・ルカGilles Lukaらが同乗し、乗客と一緒に歌った。3日(土)のコンサートにはグレゴワールGregoire、バルデ、シェリファ・リュナSheryfa Luna、ティエリ・アミエルThierry Amielらが出演。4日(日)にはグレゴワール、ベベ ブリュヌBB Brunes、ダニー・ブリアンDanyBrillant、ジョイス・ジョナタンJoyce Jonathan、カンタン・モジマン Quentin Mosimannらが出演。4日のF2 13時のニュースでは3日にグレゴワールが子供たちに囲まれて「Toi + Moi」を歌っている様子が報告された。この間にチャリティーディナーなども行われ、収益は若いガン患者やその家族の日常生活の質の向上のために使われる。TGVでやってきた子供たちは、このフェスティヴァル後も同地で家族と共にヴァカンスを過ごすことになっている。「Tout le monde chante contre le cancer」コンサートは2010年3月にはパリのMogador劇場で行われ、パトリック・フィオリPatrick Fiori、Stanislasスタニスラス、Helene Segaraエレ-ヌ・セガラらが出演。
N0.479   2010.7.6  アニー・コルディAnnie Cordy、TV5monde「Les annees Bonheur」に出演        2010.7.6

アニー・コルディがTV5monde Japon7月3日(土)19時からパトリック・セバスティアン司会の音楽番組「Les annees bonheur/なつかしき良き時代」に出演した。コルディは1928年ブリュッセル生まれ、50年同地のキャバレに出演中パリ、リドLidoのレヴユーのリーダーとして引き抜かれた。その後ファンテジスト・ヴァリエテ歌手・女優として活躍。74年に180万枚以上売り上げたと言われる「La bonne du cure/司祭様のお手伝いさん」の大ヒットを持ち、「Hello Dolly」を初めてフランス語(ピエール・ドラノーエがフランス語の詩を付けたものでフランスのタイトルも「Hello Dolly」)で歌い、500曲以上を録音した歌手、あるいは69年ルネ・クレマン監督の映画「Le passager de la pluie/雨の訪問者」でマルレーヌ・ジョベールの母親役を演じ、71年には映画「Le chat/猫」でジャン・ギャバン、シモーヌ・ シニョレと共演した女優として知られている。「Les annees bonheur」では「Hellole seleil brille/ハロー、太陽は輝く」(イギリス映画「戦場に架ける橋」の主題歌「Colonel Bogey March」のフランス語ヴァージョン)、「Cho Ka Ka O」、「HelloDolly」、「Tata Yoyo/ヨーヨーおばちゃん」などを歌った。この番組はフランスではF2で06年に放送されたもののよう。コルディは08年から09年は「Age tendre et tetes de bois/心優しいガンコ者世代」のツアーに参加。09年5月以降は大部分が一人芝居の喜劇「Laissez-moi sortir/私を外出させて」をフランス各地、ベルギー、スイスで上演、今秋にはパリ2区Theatre Daunouでの上演が予定されている。
 No.478  2010.7.4-5  サン・マルク少年少女合唱団
Les petits chanteurs de Saint Marc、CD「Dans la cour des grands」 
 2010.7.4~5

2010年6月28日にリリースされたサン・マルク少年少女合唱団のCD「Dans la cour des grands/偉大な人々の中庭で」には合唱団が歌うシャンソンフランセーズの名曲など17曲が収められている。サン・マルク少年少女合唱団は1986年創設、リヨンのサン=マルタン中学校Saint-Marc Collegeに学ぶ10歳から15歳の少年少女で団員数は70~80人。2004年ジュリストフ・バラティエChristophe Barratier監督の映画「Les Choristes/コーラス」では当時ソリストを努めていたジャン=バティスト・モニエJean-Baptiste Maunierが主役を演じ、この少年合唱団が映画の中の合唱部分を歌っている。映画の成功によりこの合唱団はフランス国内ばかりでなく、ヨーロッパ各国、アジア(04年来日)などにもツアーを行い、どこでも好評を博している。今年もスペイン、メキシコ、スイス、台湾などでコンサートを行っている。CDに収められているのは:「Je chante/僕は歌う」(シャルル・トレネ)、「Ma liberte/僕の自由」(ジョルジュ・ムスタキ)、「Le poinconneur des lilas/リラ駅の切符切り」(セルジュ・ゲンズブール)、「Chanson pour l’Auvergnat/オーベルニュ人に捧げる歌」(ジョルジュ・ブラッサンス)、「La boheme/ラ ボエム」(シャルル・アズナヴール)、「Syracuse/シラキューズ」(アンリ・サルヴァドール)、「Heureux/幸せな人」(ジャック・ブレル)、「Toulouse/トウルーズ」(クロード・ヌガロ)、「L’orange/オレンジ」(ジルベール・ベコー)、「L’aigle noir/黒いわし」(バルバラ)、 「L’hymne a l’amour/愛の讃歌」(エディット・ピアフ)、「White christmas」など。
No.477   2010.7.3  パトリック・フィオリPatrick Fiori、9月末リリース予定の新しいアルバム話題に      2010.7.3

パトリック・フィオリが9月27日リリース予定の新しいアルバム「L’instinct masculin/男の本能」がすでに話題になっている。フィオリは1969年生まれの歌手で作曲も行う。幼少の頃から母親の出身地コルシカ島で過ごす。97年ミュージカル「Notre Dame de Paris」に出演して人気に。 2008年に出した映画主題歌(「シェルブールの雨傘」、「禁じられた遊び」など)のカバーアルバム「Les choses de la vie/人生のこと」は好評だった。2年ぶりのアルバム「L’instinct masculin」が話題を呼んでいるのは・・ジョニー・アリディJohnny Hallydayとのデュオで歌うジャン=ジャック・ゴールドマンJean-Jacques Golnman作詞作曲の「Je viendrai te chercher/君を迎えに行くだろう」が収められることになっていて、すでに6月21日に録音済みであるというビッグニュースが明らかになったこと。昨年末の入院以来予後回復に努めていたアリディのこれが最初の音楽活動。フィオリはこのデュオにつき「今から4年前、コルシカの我が家でジョニーと4日間過ごしたことがある。海が大荒れで彼のボートが航行できなくなり。その際、ジョニーに『TV番組では一緒に歌ったことはあるけれど、一度デュオで歌いたい。』と言ったところ『OK.!君の次のアルバムで』。今回その約束が実行された。スタジオに現れたジョニーは我々が知っているジョニーだった。フランス人のハートを捉えるあのジョニーだった。マイクの前に立ったジョニーは特別の存在だ。ジョニーはこの録音の他は少なくとも今年中は再びスタジオに入ることはないだろう。」アルバムには他にゴールドマン作詞作曲による4曲が収められることになっており、その内「Peut-etre que peut-etre/多分」はすでにシングルカットされている。
 No.476  2010.7.2  エディット・ピアフEdith Piaf、マルセイユ在住のファン   2010.7.2

プロヴァンスの地方紙La Provenceが6月27日マルセイユ在住、エディット・ピアフのファンの中のファン ジャン=ポール・マジリエ氏Jean-Paul Mazillierについて報じている。・・マルセイユ、Valentine地区のマジリエ氏宅には至る所にピアフがいる。居間の壁にはコンサートのポスターが貼られ、タンスの中には靴、口紅、Chanel №5の瓶、舞台衣裳、ミンクのコートなどが所狭しと置
かれている。ピアフの写真、コクトーやディートリッヒらと交わした手紙、歌詞を覚えるために使った小学生用のノートなどがぎっしり詰まった箱も。氏はピアフが最後に乗っていたメルセデスを入手、「今でもこの車で旅をすると、ピアフの車だと知った人々が集まってくる。」ピアフが亡くなった3年後ミュージックホールを経営していた氏はピアフの秘書であったDanielleとピアフの伴奏者であったアコーデオニストのMarcBonelに会う機会があった。「二人は一晩中、彼女のことを話してくれた。どんなに彼女が偉大だったかを。」その後Bonel家は同家が所蔵していたピアフの舞台衣裳、多数の写真、アクセサリーなどをマジリエ氏に引き継いだ。その中にはピアフを撮影した数Kmにも及ぶ未公開フィルムも。そのフィルムにはVersailles(NYのキャバレ)、Olympia、Carnegie Hallにおける伝説的なコンサート、周囲の人たちに指示を与えているリハーサル、「Je ne regretted rien/水に流して」の録音の模様など写っている。マジリエ氏の許には続々同好の士が集まり、協力して未公開資料をふんだんに使った伝記「Piaf,de la Mome a Edith/ピアフ、モームからエディットへ」を刊行する計画がある。さらにはピアフ没後50年に当たる2013年までにはマルセイユにPiaf博物館の設立を目指しているが・・。
 No.475  2010.7.1 ソフィア・エサイディ&ナターシャ・サン=ピエールSofia NatashSt-Pier、 話題のクリップ 2010.7.1

ソフィア・エサイディとナターシャ・サン=ピエールが子供たちと一緒に歌っている「La voix de l’enfant/子供の声」のクリップが話題になっている。これは30年前に設立された慈善団体「La voix de l’enfant」協会の活動を周知するためにリリースされた同じタイトルのシングルCDのクリップ。この協会の標語は「Notre combat,c’est leur avenir/我々の闘い、それは彼らの未来」で、協会は「あらゆる抑圧の下にいる子供たちの声を聞き、子供たちを守る」ために世界103カ国で活動を行っている。二人はこの協会の女性使節役をつとめている。クリップの最初に語りで登場するのはこの協会の使節、俳優・演出家・TV司会者のブルノ・ソロBruno Solo。歌手として最初に画面に現れるソフィア・エサイディは1984年モロッコ、カサブランカ生まれのシンガーソングライターで俳優、ピアノ、ギター、パーカッションも巧み。09年パリPalais des sportsで上演されたカメル・ウアリKamel Ouali演出のミュージカル「Cleopatre/クレオパトラ」で主役のクレオパトラを演じて一躍人気。女優としては09年F2で放送されたTVフィルム「Aicha/アイシャ」で、押しつけられた人生を拒否するマグレブ女性の主人公アイシャを好演している。次の登場するナターシャ・サン=ピエール(Nos.298、368、372)は1981年カナダ生まれの歌手、現在フランス国内、ベルギー、スイスを回る「piano-voix/ピアノ・歌」ツアーを行っている。
 
 No.474  2010.6.30  エイズ対策の音楽フェスティヴァル「Solidays 2010」、終了          2010.6.30

音楽フェスティヴァル「Solidays 2010」は6月25~27日パリ、ブーローニュの森Bois-de-Boulogne、ロンシャンLongchamp競馬場内の特設会場で行われ、好天に恵まれた3日間で過去最大168,000人の観客を集め、成功裏に終了した。「Association Solidarite Sida/エイズ連帯協会」が主催するこのフェスティヴァル、収益金はエイズ対策に使われる。入場料は3日券49ユーロ、2日券43ユーロ、1日券32ユーロ。第12回の今回、この期間を通じて80余のコンサートが行われ(25日は16時から翌朝5時まで、26日は14時から翌朝5時まで、27日は13時から24時まで)、200人以上のアーティストが出演した。主な出演者は:
6月25日(金)オリヴィア・ルイズOlivia Ruiz、オキュス・ポキュスHocusPocus、ルヴォルヴェールRevolver、フェフェFefe、メトロのミュージシャンLesmusiciens du metro(№432で報告したMiss White)6月26日(土)ディアムスDiam’s、ジャック・イジュランJacques Higelin、ベベ ブリュヌBB Brunes、ヴァネッサ・パラディVavessa Paradis、カルメン・マリア・ヴェガCarmen Maria Vega6月27日(日)エムM、イジアIzia、アリアヌ・モファットAriane Moffatt、ポニ ポニ ラン ランPony Pony Run Run
 No.473  2010.6.29  アンドシーヌIndochine、Stade de Franceコンサート    2010.6.29

今年51歳のニコラ・シルキスNicola Sirkisを中心とした6人組のポップ・ロックグループ アンドシーヌが6月26日(土)パリ郊外サン=ドニのStade de Franceで行ったコンサートには8万人の観客が集まった。09年3月にリリースしたアルバム「La Republique des Meteors/メテオルの共和国」に因んだメガツアー「Meteor Tour/メテオルツーアー」を09年10月から行っているアンドシーヌ、フランスのロックグループとしては初めてStade de Franceに登場、入場券は1年前には発売されていて、7万人以上のファンは1年前には入場券を購入済みであった。21時15分から2時間半にわたったコンサートでは最近のアルバムから「Go,Rimbaud go」、「Little Dolls」、「Le lac/湖」、150万枚以上売り上げたと言われている02年のアルバム「Paradize」から「Marylin」、「J’ai demande a la lune/僕は月に願った」、「Punker」、さらに初期のヒット曲「3e sexe/第3の性」、「Tes yeux noirs/君の黒い瞳」、「L’aventurier/冒険者」などが歌われた。ニコラは1981年にグループを共に作り上げ、99年病死した双子の兄弟ステファヌStephaneに捧げる曲「Atomic Sky」を歌う前に会場を埋めたファンに「皆さんの兄弟、姉妹、あるいはそれと同じような人に思いを馳せて、携帯電話のライトを点灯して下さい。」会場を埋めたファンはコンサート会場で売られていたTシャツにプリントされていたように「J’y etais/僕は(私は)そこにいた」ことをこれからずーと誇りにするだろう。MeteorTourを続けているアンドシーヌは7月17日にはVieilles Charruesのフェスティヴァル、8月6日にはColmarのFoire aux vins/ワイン市に登場、9月15日のPOPB(パリ ベルシー)がツアー楽日で、この入場券もすでに完売の由。
No.472   2010.6.28  ジュリエットJuliette、プジョーの工場でのミニコン大部分が延期        2010.6.28

女性歌手ジュリエットが6月22日から25日まで自動車メーカー プジョーのソショー工場(ドー県)で昼夜2回計8回のミニコンサートを開くことになっていたが、初日の夜の部以降は延期された。工場内でおこった従業員の死亡事故が原因。
ジュリエット、本名Juliette Noureddineは1962年パリ生まれ、育ちはトウールーズのシンガーソングライター。80年代初頭からピアノバーで歌い、フェスティヴァル「ブルジュの春」などにも出演。91年最初のアルバム「Que Tal?/元気?」を出す。97年にはVdM新人女性歌手賞を受賞。99年パリOlympiaに初出演。2002年「Le festin de Juliette/ジュリエットの饗宴」でACCディスク大賞。04年にはデビュー20年を記念してパリのSalle Gaveauでリサイタルを開く。「Mutatis mutandis/必要な変更を加えて」で06年VdM女性歌手賞。08年にはアルバム「Bijoux et babioles/宝石とがらくた」。「一つのシャンソンが世界を変えることが出来るとは思えない。そんなことは例外中の例外。シャンソンはそんなに真面目なものでなく、単なる気晴らし、娯楽」が持論。今回のミニコンサート、初日の22日早番の従業員(勤務時間5時~13時)の休憩時間に合わせて11時から11時20分までの第1回目のステージに赤い半袖シャツ、ストライブのパンタロンで現れたジュリエット、ピアノの弾き語りで「L’eternel feminine/永遠に変わらぬ女性の特性」、「Tu ronfles/いびきをかくあなた」、「L’homme a la moto/オートバイの男」などを歌った。そして当日の夜には遅番の従業員の休憩時間に合わせて19:00~19:20第2回目のステージが行われることになっていた。しかし同日午後、破損した工場の屋根の修理を行っていた従業員が転落死するという事故があり、2回目以降のステージは延期になった。
No.471   2010.6.25  リーヌ・ルノーLine Renaud、96曲収録の4枚組みCD 2010.6.25

リーヌ・ルノーLine Renaudのヒット曲96曲を収録した4枚組みCD「100chansons d’or、mes revues、mes chansons/黄金の100シャンソン、私のレビュー、私のシャンソン」が6月21日リリースされた。ルノーは1928年 北フランスリール近郊生まれ。地元ののど自慢大会で優勝し、カフェなどで歌う。45年パリに。20歳年長で当時すでに著名な作曲家であったルル・ガステと知り合い、(結婚は50年、95年ガステの死去)その指導の下に変貌。49年「Ma cabane au Canada/カナダの私の小屋」でACC大賞。50年ABCにスターとして出演。54年ボブ・ホープの招きで渡米。59年にはカジノ ド パリに出演し、64年まで1000回以上の公演。68年から5年間渡米、ラスベガスなどで公演。76年危機に瀕していたカジノ ド パリを救う4年間のレビュー「 Paris-Line」。51年から映画出演、70年代女優としてTVに、82年からは演劇に挑戦。社会問題にも深い関心を持ち、「Sidaction/エイズと闘おう」協会の副会長など。09年国家功労賞2等勲章を受章している。今回のCDには「Ma cabane au Canada」、「Rose de mai/5月のバラ」、「Le soir/夕暮れ」、「Le chien dans la vitrine/ワンワン ワルツ」、「Ton marriage/涙のワルツ」、「Le bal aux Baleares/バレアルの舞踏会」、「Ce refrain d’autrefois/昔の歌」、「Nous deux/私たち二人」、「Copacabana」、「Un jour je reverrai Paris/いつの日かパリに」、「Trop beau/素晴らしすぎて」、「Viva Cuba/キューバ万歳」、「Casino de Paris/カジノ ド パリ」、「C’est l’amour/それが愛」、他に「Medley Casino de Paris/カジノ ド パリでのメドレー」、「Medley chansons francaises/シャンソンフランセーズのメドレー」など。
No.470   2010.6.24  Carmen Maria Vegaカルメン・マリア・ヴェガ、第1回バルバラ賞受賞      2010.6.24
女性歌手カルメン・マリア・ヴェガが6月21日第1回Prix Barbaraバルバラ賞を受賞した。この賞は存命ならば今年80歳になるバルバラ(№462)を顕彰するもので、文化大臣フレデリック・ミッテランFrederic Mitterrandの提唱で創設。毎年「La longue dame brune/長身のブルネットの婦人」(バルバラ)の後を次ぐに相応しい才能を持つ若いシンガーソングライター1人に与えられ、賞金は5000ユーロ。授賞式は「音楽の祝日Fete de la musique」に行われる。第1回の審査員は、バルバラの伴奏もつとめたピアニスト ジェラール・ダゲール、俳優のジェラール・ドパルデュー(85年バルバラとミュージカル「Lily Passion」を共演)、歌手リアンヌ・フォリー、歌手マリー=ポール・ベル(6月17、18日パリAlhambraでコンサート「ベル、バルバラを歌う」を行った)、バルバラの伴奏もつとめたアコーデオニスト リシャール・ガリアノ、ジャーナリストのマルタン・ペネら。カルメン・マリア・ヴェガはグアテマラ生まれ、リヨンで育った25歳。ギタリストで作詞も行うMax Lavegieらと結成したユニット名もカルメン・ マリア・ヴェガ。09年に最初のアルバム「Carmen Maria Vega」を出し、その中に収められた「Menteuse/嘘つき女」が評判に。21日文化省で行われた授賞式にはドパルデュー、フォリー、ベルら審査員の多くが出席。授賞の辞で文化大臣は「あなたは『Menteuse』で、Brad Pittに会ったことがあるとか、Mitterrandの娘だとか歌っている。あなたが文化省に知人がいると歌い、そしてこの賞を受けたら、皆あなたの歌詞を信じてしまうかも知れませんね。」カルメン・マリア・ヴェガは6月26日Solidays、7月17日La Rochelleのフランコフォリーに出演するなど11月30日まで国内ツアー。
No.469   2010.6.23  Pierre Perret、F2 13時のニュースに登場      2010.6.23

5月18日標記番組の「最後の5分」に出演したピエール・ペレは1934年生まれのシンガーソングライター。56年からギターの弾き語りとしてキャバレのステージに立つ。63年「Le Tord Boyaux/安酒」が10万枚のヒット。その後「Les jolies colonies de vacances/楽しいヴァカンス村」(66年)、「Le zizi/おちんちんの歌」(74年、500万枚以上)などがヒット。77年には反人種差別のクラシックと言われる「Lily/リリー」、98年反ファシズムの「La bete est revenue/また獣がやってきた」を発表。07年には春歌を集めたアルバム「Le plaisirs des Dieux/神々の楽しみ」を出している。350曲以上の曲を作っているペレ、俗っぽい言葉とユーモアによって偽善を痛烈に批判。誰もが一度は口ずさんだことがあるといわれる「Les jolies colonies・ ・」では「お父さん、お母さん、僕をヴァカンス村に入れてくれてありがとう。心配してるんじゃないかと手紙を書きます・・ここでは少し咳が出ます、隣の工場の煙を吸うので。食事は家と同じです、干しインゲンはコンクリートのように堅いけど、僕の胃袋は頑丈だから大丈夫。・・」と歌っていて、テレビと国営ラジオ局からの放送が禁止された。今回のニュース登場はペレが6月15日ヴァカンスを綴った本「Nosjolies vacances/僕たちの楽しいヴァカンス」(Jacob-Duvernet出版社)を出したことによる。本の中では、準備、出発時の興奮、旅程、観光、毎年会うヴァカンスで知り合った友人、食事、飲み物など実際の体験が、懐かしいセピア色の写真とともに語られている。恒例の番組最後でのシャンソンの披露はなかった。
No.468   2010.6.22  ジャンヌ・マスJeanne Mas、CD「Femmes d’aujourd’hui」リリース              2010.6.22

ジャンヌ・マスの1986年のLP「Femmes d’aujourd’hui/今日の女性達」の復刻CDが6月14日リリースされた。マスは1958年スペイン生まれ、フランスに帰化した歌手で作詞も行う。イタリアで俳優、アナウンサーとして活躍した後、84年「Toute
premiere fois/全く初めて」を出しフランスで歌手デビュー。それが大ヒットし85年のVdMで女性歌手賞と新人歌手賞を受賞。その後「Johnny,Johnny/ジョニー ジョニー」(85年)、「En rouge et noir/赤と黒のドレスで」(86年)、「Les crises de l'ame/魂の危機」(89年)などのヒットにより80年代後半は「トップ50」の常連。89年4夜にわたったPOPB(ベルシー)コンサートは女性で初めてこの大ホールを満員にしたという伝説的なもの。後日「数日前にこのホールでマドンナのコンサートを見た。私もここで彼女と同じほどのファンを集めたことがあったんだ、と感慨にふけった。」その後アメリカに居住したが、コンスタントに歌手活動を続けて、08年5月にはパリStade de Franceで行われたRFMParty80(ラジオ局RFMによる80年代のヒット曲を中心としたコンサート)に出演、また同年には11枚目のスタジオ録音アルバム「Be West」をリリース、09年5月にはパリOlympiaに出演している。 10年になって「今年のRFMParty80出演が『Toute derniere fois/最後の最後』のステージになる。」と語っている。復刻CD「Femmes d’aujourd’hui」には120万枚売り上げたと言われるLPに収められていた「La geisha/芸者」、「Femmes d’aujourd’hui」、「En rouge et noir」、「Sauvez-moi/私を助けて」、「L’enfant/子供」など10曲とボーナスとして「En rouge・・」、「Sauvez-moi」、「L’enfant」の3曲のロングヴァージョンが収められている。
No.467   2010.6.19  クリストフ・マエChristophe Mae、マラソンツアー開始   2010.6.19

2010年のシャンソンフランセーズ界十大ニュースの一つになるだろうと言われるクリストフ・マエの100日間に及ぶマラソンツアーが始まった。ツアーは現在のところ6月1日のBeauvaisから12月8日Amiensまでの予定、状況によっては追加公演も。フランス国内ばかりでなくベルギー、スイスでも、また8月10日にはColmarのFoire aux vins/ワイン市でも歌う。パリ登場は6月15~19日パリZenith(すでに満員札止め)及び10月20、21日POPB(ベルシー)。この6年間にフランスに住んだ人で彼を知らない人はいないだろうと言われ、7歳から77歳のファンを持つといわれるマエ、05年ミュージカル「Rois Soleil/太陽王」出演後、07年ファーストアルバム「Mon paradis/僕のパラダイス」を出してから3年その人気に少しも陰りも見られない。3月にリリースされた2枚目のアルバム「On trace la route/道を辿る」 (№395)はリリース以来チャートのトップ10以内を保っていて50万枚以上売り上げている。15日のパリ公演初日の模様を写真で見ることができる。パッチワークのようなカラフルな衣裳[少し似通った衣裳で現れ、顰蹙を買った某国首相もいたようだが]、帽子も同様、紫のバスケットシューズで登場。ステージでは踊っただけでなく、ギターやハーモニカ、あるいはドラムスの演奏も。最新アルバムからの「Dingue,dingue,dingue/すごい、すごい、すごい」、「J’ai vu la vie/僕は人生を見た」などを歌ったが、発散されるエネルギー、陽気さはすべてに停滞感が満ちている今日この頃、正に一服の癒し剤。またこの日に公開されたアルバムからの3枚目のシングルカット、「Je me lache/自分を解放する」のクリップも好評。
 No.466  2010.6.18  シャルロット・ゲンズブールCharlotte Gainsbourg、フランス国内ツアー開始       2010.6.18

すでにいくつかのコンサートをカナダとアメリカで行い、ステージに立つ恐怖心は克服しただろうか?「最初は上がってしまい、夢を見ているようだった。しかし、徐々に怖じ気をコントロール出来るようになった。」シャルロットが6月14日、10回予定されている初のフランス国内ツアーを開始、16日パリLa Cigaleに出演。黒い革製のパンタロン、それに似合ったボレロ、白のTシャツで登場、最近のアルバム「IRM/MRI」から、「IRM」、「Greenwich Mean Time」、「Collectionneuse/女コレクター」、「Time of assassins」、「Heaven can wait」などを歌い、Bob Dylanの「Just like a woman」は椅子に掛けたままアコースティックギター1本の伴奏で。事前のインタヴユーで、「父(セルジュ・ゲンズブール)が母(ジェーン・バーキン)のために書いた曲を私が歌うわけにはいかない。でもそれ以外の曲を歌う。例えば『Hotel Particulier/個人の館』を。これには語りの部分があるが、 私は父の口調が頭に入っているので、同じように語ってしまうだろう。違うようには出来ないし同じようにすることが私には嬉しいこと。父の歌を聞くことは今でも辛い。私は父が歌う曲のイントロはすべて覚えている。何故なら父の声が聞こえてくる前に、素早くレコードを止めるから。」と言っていたシャルロット、セルジュの曲からは他に「Couleur cafe/コーヒー色」も。会場にはバーキンの顔が見られた。この後地方都市を回り7月8、9日再度パリLa Cigaleに出演。7月16日のLa Rochelleでのフランコフォリー出演が今回のツアーの楽日。その後はラース・ヴォン トリアー監督(2009年シャルロットがカンヌ映画祭で女優賞を受賞した「Antichrist/アンチクリスト」を監督」)映画のスエーデンでの撮影に入る由。
No.465   2010.6.17 ミシェル・サルドウMichel Sardou、2011年ツアーの日程              2010.6.17    

2011年はサルドウの年になるのだろうか?待望久しかったサルドウのツアー、日程が発表になった。サルドウは1947年生まれのシンガーソングライター。60年代半ばから今日まで第一線で活躍、40年以上にわたるキャリア。すでに65年には最初のアルバム「Raconte une histoire」を出している。73年の「La maladie d’amour/恋の病」(同名の曲や「Les viex maries/永遠の絆」などを収録)から2004年の「Horsformat/規格外」など13枚のアルバムがヒットチャートのトップを占めた。そして現在までのレコードの売上げは1億2000万枚以上と言われている。前回のツアーは2007年、パリZenithの10日間を含め60日以上に及ぶものであった。2011年のツアーは1月13日から2月6日までのパリOlympia出演で始まり、この間19回の公演。サルドウウがこの劇場に真打ちとして最初に出演したのは1971年、今回の入場料は39~70ユーロ。その後サン・テティエンヌ、クレルモン・フェラン、リヨン、ジュネーヴ、マルセイユ、ボルドー、ブリュッセル、ストラスブールなどを巡り、4月2日のアミアンまで22回の公演が予定されている。サルドウの新しい、24枚目のスタジオ録音アルバムは10年8月30日リリース予定の「Etre une femme 2010/女性であること、2010」。このタイトルは、81年のアルバム「Les lacs du Connemara/コネマラ湖」の収められていた「Etre une femme」を30年後の今年Laurent Wolfのアレンジでセルフカバーした「Etre une femme 2010」が収められていることに依る。w)€「Etre une femme 2010/女性であること2010」と「Et puis apres/そしてそれから」が先行してシングルカットされ、聞くことが出来る。
 
No.464   2010.6.16  ロベルト・アラーニャRoberto Alagna、ルイス・マリアノへのオマージュCD「C’est magnifique」  2010.6.16

フランスの人気テノール歌手Roberto Alagnaロベルト・アラーニャは10年5月25日、ルイス・マリアノ(昨報№462)へのオマージュ2枚組みCD「C’est magnifique/セ マニィフィック」を出している。アラーニャは1963年シチリヤ出身の両親のもとパリ郊外で生まれ、フランスとイタリアの国籍を持つ。2010年6月7日で47歳。22歳までパリのキャバレで歌い85年には「Embrasse-moi/私を抱いて」などを収めたレコードを出している。Pavarottiコンクールで優勝し、88年オペラ「La Traviata/椿姫」でテノール歌手としてデビュー。今回のCDに関しアラーニャは「C’est dans les vieux pots qu’on fait la meilleure soupe/より美味しいスープを作るのは古い鍋」と語っていて、正にシャンソンの過去の名曲からアラーニャ風の美味なスープが出来あがっている。2枚組みCD「C‘est magnifique」のCD1にはマリアノのヒット曲、「C’est magnifique」、「La belle de Cadix/カディスの美女」、「Salade de fruits/フルーツサラダの歌」、「Vaya con dios/ヴァイヤ コン ディオス」(フランス語で歌われている)、「Mexico」、「I love Paris」、「L’amour est un bouquet deviolettes/愛はスミレの花束」、「Maman,la plus belle du monde/世界一綺麗なママ」、「Andalousie/アンダルシア」、「Rossignol de mes amours/愛のうぐいす」、「Maria Luisa/マリア・ルイザ」など16曲が収められ、CD2に収められた9曲はマリアノ自身が最初はスペイン語で歌った曲でアラーニャもスペイン語で歌っている。アラーニャは10年6月26日から8月21日までの間、ニーム、マルセイユ、モナコなどで「ルイス・マリアノを歌う」コンサートを8回予定している。
No.463   2010.6.14  ルイス・マリアノLuis Mariano、42曲収録の2枚組みCD  2010.6.14 

ルイス・マリアノLuis Marianoのヒット曲42曲を収録した2枚組みCD「C’est magnifique/セ マニフィック」が10年6月7日リリースされた。マリアノ(1914-1970)はスペイン、バスク地方生まれの歌手、1937年からフランスに。ボルドーの国立音楽院で声楽を学ぶ。44年端正な美貌と、甘美な声を武器にパリに出てオペレッタやレヴユ―の歌手に。45年オペレッタ「La belle de Cadix/カディスの美女」に出演、「La belle de Cadix」、「Une nuit a Granade/グラナダの一夜」などを歌い、一躍スターに。その後もオペレッタ「Chanteur de Mexico/メキシコの歌い手」(51年)、「Le chevalier du ciel/天の騎士」(55年)、「Le price de Madrid/マドリッドのプリンス」などに出演、そこから数々のヒットが生まれた。映画にも出演(「Andalousie/アンダルシア」51年など)、その主題歌を歌っている。また、58年9月から4週間Olympiaに出演。フランスで初めてファンを持ったスターと言われ、52年にはファンクラブ会員は16000人を数え、亡くなるまでその人気を保持した。500曲以上録音していて、その主なものはオペレッタで歌われた曲ではあるが、シャンソンの名曲も数多い。CDに収められているのは:「C’est magnifique」、「La belle de Cadix」、「Une nuit a Grenade」、「Mexico」、「I love Paris」、「Chevalier du ciel」、「Le prince de Madrid」、「L’amour est un bouquet de violettes/愛はスミレの花束」、「Plus je t’entends/あなたの声を聞くとき」(アラン・バリエール)、 「Esperanza/エスペランサ」(シャルル・アズナヴール)、 「La plus belle choses du monde/世界で一番美しいもの」(「Love is a many splendored thing」のフランス語ヴァージョン)など。
No.462   2010.6.12  バルバラ、TVF5で特別番組                  2010.6.12

存命であれば6月9日に80歳になるバルバラ、TVF5は6月10日Guy Jobプロデュースによるドキュメント「Barbara,Ma plus belle histoire d‘amour,c‘est vous/バルバラ、我が麗しき恋物語、それはあなた方」を放送した。バルバラ(1930.6.9~1997.11.24日)はパリ17区生まれのシンガーソングライター。58年から左岸のキャバレ レクリューズL’Ecluseで6年間歌う。午後9時に楽屋入り、出番が真夜中近くになったため「La chanteuse de minuit/真夜中の女歌手」と呼ばれた。この間に「Nantes/ナント」などを作る。60年「Barbara chante Barbara/バルバラ、バルバラを歌う」でACCディスク大賞。65年ボビノで「Ma belle ・・・」を創唱。69年オランピアでムスタキと「La dame brune/ブルネットの婦人」をデユオで。71年ジャック・ブレルの映画「Franz」ではブレルの相手役を演じた。81年10月には4週間にわたるパリのPantinパンタンで連日2000人の観客を集めたという伝説的なコンサートを行った。85年にはジェラール・ドパルデユーとミュージカル「Lily Passion」をパリゼニットで公演。94年3月26日Tours市のVinci劇場で公演が最後。(パリは93年12月13日のChatelet劇場)。96年には最後のスタジオ録音アルバム「Barbara」を。94年、97年VdMで女性歌手賞。98年、死後1年を経て、未完の自伝「Il etait un piano noir/黒いピアノがあった」が刊行された。(リンク映像は「Mon enfance/私の子供時代」)番組はL’Ecluse時代からPantinコンサートまでのGuy Job撮影の貴重な映像、INAからの映像(66、67、68年のインタヴユーなど)など、未公開のものも多く、「一人の女性ではなく、一人のクリエーターを紹介する。」ものになっている。ゲストのドパルデューは「Il etait ・・・」の一節を朗読。
 No.461  2010.6.11  「Les feuilles mortes/枯葉」、手書き原稿競売に                      2010.6.11

20世紀を代表する詩人ジャック・プレヴェールJacques Prevert(1900-1977)の遺品が6月9日パリのHotel-Drouotで競売に付された。その中には映画「Le quai des brumes/霧の波止場」の手書きのシナリオなどとともに、シャンソン「Les feuilles mortes」の詩の手書き原稿も。この原稿は当初見積の4倍以上の額185,880ユーロで、パリのMusee des letters et Manuscrits/書簡及び原稿博物館が落札。この詩は1945年にローラン・プティのバレエ「Le rendez-vous/ランデヴー」の伴奏音楽の一つとしてジョゼフ・コスマJoseph Kosmaが作曲したメロディーにプレヴェールが付けたもの。曲は46年に製作されたマルセル・カルネ監督、プレヴェール脚本、イヴ・モンタン、ナタリー・ナティエ主演の映画「Les Portes de la nuit/夜の門」の挿入歌として用いられた。プレヴェールは「『今日は!』と言うのと同じほど簡単に書けた。」と言っている。映画の中では曲は頻繁に流され、モンタン演じるDiegoが歌詞の最後の部分「Et la mer efface sur le sable les pas des amants desunis/そして海は消し去る、砂の上の、別れた恋人達の足跡を」を口ずさんでいるし、ナティエ演じるMalouは「Les feuilles mortes se ramassent a la pelle, tu vois je n’ai pas oublie・・/枯葉がたくさん集まってくる、ほらね、私は忘れていない・・」の部分を歌っている。また、映画の最後で「Et la mer efface ・・」の部分を歌う声が聞こえるが、歌っているのはソプラノ歌手Irene Joachim。シャンソン「Les feuilles mortes」は46年2月27日SACEMに登録され、コラ・ボケールは48年、モンタンは49年、ジュリエット・グレコは51年にそれぞれの最初の録音をしている。
 No.460  2010.6.10 アラン・バリエールAlain Barriere、28曲収録の2枚組みライヴCD      2010.5.10

アラン・バリエールの2枚組みライヴCD「La legende:tournee 2008―live inmontreal/伝説:2008年ツアー・モントリオールライヴ」が5月24日リリースされた。バリエールは1935年ブルターニュ生まれ、シンガーソングライター。61年「Coq d’or/黄金の鶏」シャンソンコンクールに自作の「Cathy/キャティ」を歌い入賞。ロックやイェイェに対抗するような彼の曲が注目され、レコード会社と契約、本格的に歌手活動を開始。63年「Elle etait si jolie/彼女はとても美しかった」(邦題「愛し合ったとき」あるいは「風が連れ去った恋」)でユーロヴィジョンに出場、5位ではあったが大衆の心を捉え大ヒット。64年最大のヒット「Ma vie/マ ヴィ」を出し、真打ちとしてOlympiaに出演。71年自らレコード会社Albatrosを設立、73年のノエル・コルディエNoelle Cordierとのデュオで「Tu t’en vas/去りゆく君」が世界的にヒット。77年にはアメリカへ、その後カナダに移住し、90年代初めにフランスに戻る。98年にはSalle Pleyelに出演。05年には34曲網羅したLa compilation authentique/本物のコンピレーション。07年秋には「La mer/ラメールなどシャンソンの名曲14曲を収録したCD「Chansonsfrancaises」を出す。今回のCDには「C’est au premiers jours d’avril/4月の最初の日だった:浜辺の思い出」、「Emporte moi/二人の旅路」、「Elle/彼女」、「Tu t’en vas」、 「Mon pays/僕の国」、「Plus je t’entends/あなたの声を聞くとき」、「If」、「Pourla derniere fois/最後に」、「Elle etait si jolie」、「Ma vie」、「Rien qu’un homme/ただ一人の男」などが収められている。
 
 No.459  2010.6.9  カトリーヌ・ファルゲイラックCatherine Falgayrac、ファーストアルバムリリース  2010.6.9

カトリーヌ・ファルゲイラックが5月10日ファーストアルバム「A fleur de mots/直接言葉で」をリリースした。ファルゲイラックは1962年トールーズ生まれ、父親はクルーナー、母はオペラ歌手。87年から2007年までTVの司会者として活躍、特にTF1でLaurent Cabrolと組んでテレビショッピングに出演、「マダム テレビショッピング」と呼ばれた。また、女優としても連続TVドラマ「L’hopital/病院」などに出演。07年歌手としての活動を始め、La Cigaleに前座として出演し、あるいはPetit JounalMontparnasse、Trois Baudetsなどに出演。そしてシャルル・アズナヴール、クロード・ヌガロらのアレンジャーとして知られているピーエル・ベルトランPierre Bertrandがディレクターとなり出来上がったのがこのファーストアルバム。これにはジャジーな、滑らかな、エレガントな声で情熱的に官能的に歌う13曲が収められていて、ゲンズブールの「L’eau a la bouche/唇によだれ」、ジャック・ブレルの「La chanson des vieux amants/懐かしき恋人の歌」、 シャルル・アズナヴールの「Tu t’laisses aller/あきれたあんた」、エンゾ エンゾの「Les yeux ouverts/目を開いて」、レオ・フェレの「C’est extra/セ テクストラ」をカバーしている。オリジナル曲ではPascal Assyに提供された「Just une fois/ただ一度だけ」、「J’ai lesnerfs/私はいらいら」は女性的で、詩的で、陽気。またCamille BazBazに提供された「Dans le metro/メトロの中で」はシングルカットされ、そのクリップを視聴できる。
No.458   2010.6.8  セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourg、 CD「Premiers succes」   2010.6.8

セルジュ・ゲンズブールの初期のヒット曲を集めたCD「Premiers succes/最初のヒット」が5月31日リリースされた。ゲンズブール(1928-1991)、本名ルシアン・ゲンズブルグLucien Ginsburg,、パリ生まれ、両親はユダヤ系で1919年ロシアから亡命、父はピアニストでバーやキャバレで演奏、ルシアンにもクラシックピアノをレッスン。一家はドイツ軍の占領の間はリモージュに避難。戦後パリに戻り、ルシアンは建築と絵画を学ぶ。47年絵画学校でリズ・レヴィッツキと知り合い、51年結婚(№421、57年離婚)。その後建築家、画家を断念し、父のツテでカジノやバーなどでピアノやギターの弾き語りの仕事を始める。54年パリ1区Beaujolais通りにあったフランシス・クロードが開いたキャバレ ミロール・ラルスイユMilord l’Arsouilleに出演、女性歌手Michele Arnaudミシェル・アルノーの伴奏を。57年ルシアンの自宅を訪ねたクロードとアルノーが部屋にあったルシアンが作っていた曲、「Le poinconneur des lilas/リラ駅の切符切り」、「Larecette de l'amour fou/愚かな愛の処方箋」などを見つけた。アルノーはそのいくつかを取り上げることにし、クロードはルシアンに歌うことを勧め、57年12月ラルスイユのステージに初めて立った。そして、58年9月にセルジュ・ゲンズブールの名で9曲を収めた最初のLP「Du chant a la une/トップページの歌」を出し、これはACCディスク大賞を受章した。CD「Premiers succes」にはこの最初のLPに収められた上記2曲など9曲(そのうちの4曲につてはオリジナルの他「Les Trois  Baudets」でのライヴ版も)など14曲が収められている。
No.457   2010.6.7  フランソワーズ・アルディFrancoise Hardy、Europe1の「On connait la musique」にメインゲスト出演 2010.6.7
6月5日23:00~から放送されたラジオ局Europe 1のライヴを中心にした音楽番組「「On connait la musique/音楽に精通」にはアルディがメインゲスト。アルディは3月29日にアルバム「La pluie sans parapluie/傘のない雨」(Nos.397&418)をリリース、そこに収められている13曲のうち3曲(「Mister」作詞作曲ラ グランド ソフィー「Memory Divine」作詞作曲ジャン=ルイ・ミュラ、「Les mots s’envolent/言葉は飛び去る」作詞作曲アルテュール・アッシュ)を除き、詩はアルディ自身により、作曲はカロジェロ(「Noir sur blanc/白の上の黒」)、アラン・リュブラノ(「Champ d’honneur/戦場」ほか)によっている。他人に提供された曲を歌うことは難しい?「それは逆、完成品を受け取り、気に入ったものをただ歌うだけなんだから。うまく行ったかどうか心配する必要はないし。白紙の状態から始めるよりは楽。」番組では出演していたラ グランド ソフィーが「Mister」を歌った。また数週間前に同番組の出演したミュラは「Memory Divine」を録音していて、「もし、フランソワーズが許せば、それを放送して欲しい。」と伝言した由で、「もちろん、彼がどんな風に歌っているか知りたい。」ということで放送。他の出演者;ダヴィッド・アリディはニューアルバム「Un nouveau monde/一つの新しい世界」から「J’ai vu des rivieres/僕は川を見た」を歌った。カメリア・ジョルダナは持ち歌の他、アルディの65年のヒット曲「L’amitie/友情」を歌ったが、アルディは「こんな古い曲を歌わされるなんて、可愛そうな子」(でも、リハーサル時よりも良かった由)。例によってアルディは歌わなかった。「La pluie sans parapluie」などが流されたが
No.456  2010.6.5  グロリア・ラッソGloria Lasso、30曲収録の2枚組みCD   2010.6.5

グロリア・ラッソのヒット30曲を収録した2枚組みCD「L’essentiel/必須の曲」が2010年5月25日リリースされた。ラッソ(1922ou28-2005)はスペイン出身の歌手で、フランスやスペイン語圏で活躍。スペインで成功を収めた後1954年パリに。シャンゼリゼにあったスペイン系キャバレで歌い、レコード会社の目に止まる。55年「L’etranger au paradis/ストレンジャー イン パラダイス」(原曲はアメリカのヒット曲「Stranger in paradise」、フランシス・ブランシュがフランス語の詩を付けた)を録音。これがフランスにおける出世作になった。57年には20日間のパリOlympia出演も大好評。ジルベル・ベコーの「Etmaintenant/そして今は」はベコーより先に録音している。60年代に入ると同じエキゾティックな魅力の歌手ダリダの出現、税金問題などもありメキシコに移住し、中南米を中心に活躍。その後も度々帰仏、OlympiaやBataclanに出演、またPascal SevranのTV番組に出演。生涯6回(あるいは9回)結婚したと言われる。メキシコで死去。CDに収められているのは:「L’etranger au paradis」、「Histoire d’un amour/ある恋の物語」、「Bonvoyage/ボン ヴォイヤージュ」、「Le torrent/急流」、「C’est ma vie/それが私の人生」、「Bambino/バンビーノ」、「Gondolier/ゴンドリエ」、「Como acostumbro/いつものように(「My Way」の原曲「Comme d’habitude」のスペイン語ヴァージョン)」、「Solamente una vez/ソラメンテ ウナ ベス」、「Adieu Lisbonne/懐かしのリスボン」、「Ave Maria no morro/山のアヴェ マリア」、「Amour,castagnettes et tango/愛とカスタネットとタンゴ」、「Deuxpetits arbres/2本の木」、 「Buenos noches mi amor/恋人よ お休みなさい」
No.455   1020.6.4  パトシーPatxi、新しいアルバムリリース             2010.6.4

パトシーの2枚目のアルバム「Amour carabine/カービン銃の愛」が5月31日リリースされた。パトシー、本名Patxi Garat、1981年バスク生まれのシンガーソングライター。2003年TVTF1のスター誕生番組「Star Academy」に出演、準決勝で敗退。その人柄と感性は視聴者を魅了した。06年ファーストアルバム「A l’anglaise/イギリス風に」をリリース、これにはル
イ・シェディッド、ピエール・スーションらが協力。シングルカットされた「S’embrasser/抱き合う」、「On peut toujours rever/人はいつも夢みることが出来る」などを中心に、 特に、一般大衆よりも批評家の間で好評だった。「Amour Carabine」には11曲収められている。4年の歳月が掛けられたが「最初のアルバムを出してから2年間はコンサートに明け暮れ、曲を作ること、あるいはいい曲を作ることは出来なかった。だから多少の動揺はあった。しかしある時『La vie normale/普通の人生』が浮かんだ。それがスタートだった。」詩は彼自身のものの他、作家のフィリップ・ベッソンに提供されたもの(「Paris」、「Chercher la vitesse/スピードを求める」)もある。深遠な詩、それを効果的に表現する美しいメロディー、この4年間の成長の跡が見られる。失われた恋を歌った曲が多いが、変化も主要なテーマで「le depart/出発」、「l’exil/流離」が最も頻繁に現れる語。ま
た、「La vie normale」や「Desert/砂漠」は、現在の状況に疑問を投げかけるもの。最初のシングル「Le debut du siecle/世紀の初頭」は、反フランコ派であった祖父を歌ったもので、ポーランドで撮影されたクリップを視聴できる、一人街を歩くパトシーとルフランの都度に踊る5人の若者のグループが交互に現れる。9月27、28日パリのLa Boule Noireに出演する。
 No.454  1020.6.3  ジャンヌ・シェラールJeanne Cherhal、Bataclanに出演    2010.6.3

シェラールは3月8日5枚目のアルバム「「Charade/言葉当てゲーム」(№380)をリースし、翌9日にはパリのBataclanに出演。この公演が好評だったことから、3ヶ月も経たないのに5月28日には再度この劇場に登場。地味な性格でデビュー当時は弾き語りするピアノの影に隠れているようなシェラールだった。しかし、今、ステージではエネルギーと情熱とを巧みに均衡させる術を心得、時には辛辣な時には繊細なユーモアを交えた気さくさで、パリの観客を魅了する。歌ったのは「Charade」から「En toute amitie/友情一杯に」、「Cinq ou six annees/5、6年」、「J’ai pas peur/私は怖くはない」、「Qui me vengera/私に復讐するのは誰」など、今までのヒット曲「Douze fois par an/1年に12回」「Voila/ほらここに」「Lapeau sur les os/骨の上の皮膚」、「Canicule/酷暑」など。そしてコンサートの半ばでは「Le tissu/織物」を歌ったが、シェラールがピアノの前に座り前奏を弾き出すと観客はすぐにそれに和し、終わった後には数分間感動的なオヴェーションが続いた。一人の女性ファンが座席から「Quand on est tres amoureux/とても愛し合っているとき」を所望。プログラムには入っていない曲だったし、彼女のごく初期の曲だったため、一瞬躊躇したようだったが、会場の拍手にも助けられ歌い出した。・・二人がとても愛し合っているときは、言い争っているカップルを見るのは楽しいもの。二人があまり愛し合わなくなると、仲の良いカップルを見るのは苛つくもの・・シェラールが3月に出演際歌った「Mon corps est une cage/私の体は檻」 のヴィデオを視聴できる。国内ツアー中のシェラールは7月16日La Rochlleのフランコフォリーに出演。
 No.453  2010.6.2  ポリーヌPauline、2枚目のアルバムリリース                  2010.6.2

ポリーヌが5月31日2枚目のアルバム「La vie du bon cote/楽観的な人生」をリリースした。ポリーヌ、本名Pauline Vasseur、1988年北フランスの生まれの女性シンガーソングライター、ピアニスト。幼少の頃から音楽に興味を持ち、2007年10月最初のアルバム「Allo le monde/もしもし、世界」をリリース。これには12歳で作った「Vie de songes」など12曲が収められている。アルバムはディスク・ドールに。「私はTVのスタ誕番組出身ではないので、アルバムを出したとき誰もを知らなかった、だから私のCDを買ってくれた人は、私の名ではなく、私の曲で買ってくれたのだろう。このディスク・ドールは本当に嬉しいし、誇りに思う。」アルバムからシングルカットされた「Allo le monde」はラジオから頻繁に流され大ヒット。2年半振りの今回のアルバムには彼女の成長の跡がみられる12曲収められていて、11曲は自作。「私のシャンソンはステージから生まれ、ステージで歌うためのもの。」で「Music Pop」、「Fais-moi danser/踊らせて」などは正にそう。この間に彼女は愛し(「Sauf ca/それは別にして」)、恋の苦しみを感じ(「Je m’en vais/私は去る」、「Loin de la/そこから遠く」)、でも人生では「La vie du bon cote」を進むことを決心したよう。アルバムに中から先行してシングルカットされた「Tous les jours/毎日」のクリップを視聴できる。・・毎日「おはよう」 を言い交わし、眠い目をこすり・・家を出て、戻り、暑かったり寒かったり、働き、休み、明日を待つ・・でも誰かがいる、毎日我々の生活の流れを変えようと考えている人が、我々の生活をより美しいものにしようとしている人が・・
 No.452  2010.6.1  ジェシー・マタドールJessy Matador、ユーロヴィジョンシャンソンコンクールで12位     2010.6.1

第55回ユーロヴィジョンシャンソンコンクールでフランス代表ジェシー・マタドールJessy Matadorは12位。優勝はドイツ代表19歳の女性歌手Lena Meyer-Landrutで、「Satellite」を英語で歌った。ノルウエー(前回優勝者の出身国)オスロで行われたこのコンクールには39カ国が参加。5月29日の決勝は、予選を勝ち抜いた20カ国と予選を免除されている5カ国(フランス、スペイン、ドイツ、イギリスと主催国)の代表で競われた。Lenaは246ポイントを獲得、2位のトルコ代表(170ポイント)、3位のルーマニア代表(162ポイント)を圧倒した。
マタドールは1982年コンゴ出身、2001年ダンサーとして芸能界にデビュー、その後歌手に転じ08年6月に出した最初のシングル「Decale Gwada」は夏のヒット曲に。そして代表候補に名の上がったChristophe Willem、Emmanuel Moire、Julie Zanattiを押さえてフランス代表に。コンクールで歌ったのは陽気な「Allez Ola Ole/さあ オラ オレ」。コンクールを中継したF3のコメンテーターStephan Bernはコンクール前に「フランスは良い選択をした、彼が歌う曲は陽気で、心が引き立てられる。ジェシーはきっとオスロの会場Fornebu Arenaを熱狂させるだろう。」と期待していた。 その通りに会場では16000人の観客の3分の2は立ち上がって声援を送るなど大いに沸いた。そしてマタドールは1981年以2番目に高い82ポイントを得た。しかし、順位は昨年のパトリシア・カースの8位にも及ばなかった。マタドールは今後、6月14日にはアルバム「Elektro Soukouss」をリリース、7月3日にはパリBataclan出演。
No.451   2010.5.31

ダヴィッド・アリディDavid Hallydayクリップ「Le Coeur qui boite  2010.5.31

ジョニー・アリディーとシルヴィー・ヴァルタンの息子、ダヴィッド・アリディの「Le Coeur qui boite/揺れ動く心」のクリップが好評(今月25日から視聴可能)。
これは、今年3月ににリリースされたアルバム「Un nouveau monde/一つの新しい世界」(№343)の中の2枚目のシングルカット。

・・一羽の白い鳥の翼は宇宙の何も見ることがないように、僕の腕は必要なだけ愛するには十分な大きさを持っていない。僕の心の奥で鳴り響く足音を聞いてくれ、それは揺れ動く僕の心、僕の心は不器用に君の方へ向かって行く。紙飛行機が決して大洋を横断することができないように、僕の心は必要なだけの愛情を捧げるには軽すぎる。時々僕がいないと感じたら、側にいないと感じたら、それは僕の揺れ動く心は君に向かっているのに、僕のやり方が不器用なため・・

このアルバムのリリースに先行してシングルカットされた1枚目のCDは、ダヴィッドと異母妹のLaura Smetローラ・スメットとのデュオで話題になった「On se fait peur/恐れを持つ」。同アルバムには新曲11曲とボーナス2曲が収められている。 新曲の詩はピエッル=ドミニク・ブルゴPierre-Dominique Burgaud(「On se fait peur」、「Le coeur qui boite」など6曲)、グラン コール マラッドGrand corps Malade(Ma derniere seance/最後のステージ」など2曲)らに提供されているが、作曲はすべてダヴィッド自身。ボーナスは、いずれもフランスでシングルチャートのトップになった「High」(88年)と
Tu ne mas pas laisse letemps君は僕に時間をくれなかった」(99年)の2010年ヴァージョン。

ダヴィッドは12月14日パリOlympiaに出演の予定。彼の願いは両親と一緒にステージに立つことの由。

 No.450  2010.5.30  ティエリー・アミエルThierry Amiel、アルバム「Ou vont les histoires」ついにリリース  2010.5.30

ティエリー・アミエル、1982年マルセイユ生まれ、2003年TVM6のスタ誕番組で準優勝。当初09年の夏以前、その後10年2月と報道されていたアミエルの3枚目にアルバム「Ou vont les histoires/物語は何処へ」がついに5月24日リリースされた。「このアルバムでは、自分の人生におけるヴィジョン、恐れ、人間関係、その変化を歌いたかった。」収められているのは12曲。最初の2曲は先行してシングルカットされた「Ou vont les histoires」(アミエルの水晶のような声を前面に出したポップス)と「「Celui qui/その人」(アクセル・ルノワールAxelle Renoirの推敲を重ねた詩によるバラード)。そのほかはカナダの女性シンガー、サラ・マクラクランSarah McLachlanの曲をフランス語(アミエル自身、あるいはルノワールの翻案による)とオリジナルの英語でカバーしたもの。「数年前パリで彼女のプライヴェートコンサートを聴いた。彼女のすべてが好きになった。声も、メロディーも、言葉も。そのときは彼女に声を掛ける勇気はなかったが。」幻想的な翻案の「Je cours apres le temps/僕は時の後を追いかける」と「Je vole/僕は飛ぶ」、ピアノ1本の伴奏による「Je voudrais comprendre/僕は理解したい」と「Dans les bras de mon ange/僕の天使の腕の中で」、オリジナルによるカバー「Sweet Surrender」、「Dear God」、など。物語がどこへ行くかはまだ不明だが、歌手ティエリー・アミエルの存在は確かなものに。アミエルは5月17、18、20日パリのHotel de Sersで希望者の中から抽選で選ばれた観客を前にプライヴェートコンサートを行った。アルバムに収められた曲のうちのいくつかのさわりの部分を歌ったティーザー及び「Ou vont les histoires」のクリップを視聴できる。
 

ボーナス映像 ティエリー・アミエルは、編集者の最も好きな歌手の一人です。彼の歌う
「愛の讃歌」L'Hymne à l'amour 是非お聞き下さい。
 No.449  2010.5.28  レ ベベ ブリュヌLes BB Brunes、 「Nico teen love」   2010.5.28

レ ベベ ブリュヌLes BB Brunesは2005年5月、アドリアン・ガロAdrien Gallo(ヴォーカル、ギター)、カリム・レヴェイエKarim Reveille(ドラムス)、フェリックス・エマンFelix Hemmen(ギター)、ベラール・クランブBerald Crambes(ベース)の当時10代の4人のミュージシャンが結成したロックグループ。グループ名のBBはAdrienの好きなセルジュ・ゲンズブールの曲「Initials BB」、Brunesは練習スタジオのあったBoulevard Brune(パリ14区)からとった由。主としてAdrienが作詞作曲を行う。07年最初のアルバム「Blonde comme moi/僕のようにブロンド」は25万枚以上売り上げるヒットに。09年VdMで新人ステージ賞受賞。09年11月にはセカンドアルバム「Nico teen love」をリリース。アルバムには15曲収められていて、すでに「Dynamite」、「Lalalove you」がシングルカットされ、3枚目のシングルカットが「Nico teenlove」で、そのヴィデオクリップを視聴できる。「愛は依存関係を作る。ニコチンが人体にもたらすのと同様の。人はそれなしでは過ごせなくなる。」4月27日レ ベベ ブリュヌがTVF4の音楽番組「タラタタTaratata」に出演した際には「Nico teenlove」をバンジャマン・ビオレBenjamin Biolayと歌っており、それも話題になった。ベベ ブリュヌは「ブルジュの春に」出演後、ツアーを行っており、11月24日にはパリOlympiaに出演。
No.448   2010.5.27  シルヴィー・ヴァルタンSylvie Vartan、レジオン ドヌール オフィシエ勲章受章  2010.5.27

シルヴィー・ヴァルタンが5月25日エリゼ宮でニコラ・サルコジ大統領から「レジオン ドヌール オフィシエ勲章/Insigne d’officier dans l’ordre de la Legion d’honneur」を授与された。大統領の叙勲の辞:シルヴィー・ヴァルタンはフランスを自分の祖国にしたいと考えている人々にとって希望のシンボル。彼女はフランスの人々に幸せをもたらし、そして、フランス人は彼女を愛し、尊敬している。1965年イェイェの興隆期にMichel Drucker司会のTV番組に出演した際パンタロンで現れた。パンタロンは当時抵抗のシンボル、保守主義に対する拒絶のシンボルだった。ヴァルタンは歌手になりたいと希望している人々のモデル。「Nicolas/初恋のニコラ」(1979年のヒット曲)は私のことを歌ってくれたのでは。・・ヴァルタンの受章の辞:1952年の冬、両親と兄と共に、7歳でパリに着いた日のことは忘れられない。この受章は私の心の国、貧しい状況でブルガリアから逃れてきた私たちを受け入れてくれた国、フランスに対する私の愛情が与えてくれたもの。残念なのはこの喜びを分かち合う両親も兄ももういないこと。・・式には:夫でアメリカ人プロデューサーTony Scotti、養女のDarina、息子のDavid Hallyday、イェイェ時代の写真家Jean-Marie Perier、女優Nathalie Baye、歌手Jean-Jacques DeboutとChantal Goya夫妻、歌手DidierBarbelivien、歌手Dave、デザイナーPierre Cardin、TV司会者Michel Druckerらが臨席。

*レジオン ドヌールには5等級あり、上位から:Grand-Croix/グラン・クロワ、Grand Officier/グラン・トフィシエ、Commandeur/コマンドウ―ル、Officier/オフィシエ、Chevalier/シュヴァリエ
No.447   2010.5.26  ヨデリスYodelice、F2 13時のニュースに出演        2010.5.26

5月24日標記番組「最後の5分」に出演したヨデリスYodeliceは1979年パリ近郊Creteil生まれのシンガーソングライター、幼少の頃から音楽に興味を持ち、6歳でVal-de-MarneのConservatoire/音楽学院に。15歳でロンドンに渡りMusician Instituteで学び、 卒業と同時にそこで最年少の教授に。その後本名マキシム・ヌッチMaxim Nucciの名で作曲家、プロデューサーとして活動。TVM6のスタ誕番組で優勝したグレープL5の最初のアルバムをプロデュースし、07年には当時伴侶であったジェニフェールJeniferのアルバムアルバム「Lunatique/移り気な人」をプロデュースした。その後Yodeliceの名で09年5月にアルバム「Tree of Life」をリルース。「Yodeliceとしたのは、アーティストとして新しい人生を始めるために新しい人格を作ったもの。スペインにある家の名『Casa yodelice』から採用したもので、そこでいくつかの曲を書いた。Yodeliceがどんな意味か知らないが響きがとてもいい。」このアルバムにより10年のVdMで新人アルバム賞を受賞。アルバム「Tree of Life」には英語で歌われている10曲が収められている。5月25日にはパリOlympiaに初出演することになっている。「怖じ気ついてはいない。このシャンソンの殿堂で歌えることは幸せだ。今までは他の歌手の前座で2、3曲歌っただけだったが、今度は自分一人だけが歌うのだから。」番組の最後に歌ったのはシングルカットされている「Sunday with a flu」で、映画監督Guillame Canet演出によるそのクリップを視聴できる
No.446   2010.5.25  ジョニー・アリディJohnny Hallyday、帰国          2010.5.25

5月23日F2、TF1などの20時のニュースで大きく報道されたのはジョニー・アリディJohnny Hallydayの5ヶ月ぶりのフランスへの帰国。アリディは09年11月26日パリでステファン・ドラジュウStephane Delajoux医師の執刀のもと椎間板ヘルニアの手術を受けた。その後ロスアンゼルスに向かう機中でその手術が原因と思われる腹痛を訴え、12月7日ロス到着と同時にCedars-Sinai病院緊急入院、再手術。10年1月8日から2月13日まで予定されていたコンサートをすべてキャンセル、ロスに滞在し、回復に努めていた。23日17時パリCharles-de-Gaulle空港に到着したジョニーにはレテシア夫人と二人の養女が同行。空港には多くのマスコミとファンが待ち受けていたが、あらゆる質問には無言であった。アリディはドラジュウ医師を訴えており、パリの裁判所は神経外科医ら2人の専門家に原因解明のため調査を依頼している。アリディは今後2度にわたり検査を受けることになっている。今後数週間パリ、あるいはスイスGstaadの自宅で過ごし、6月15日の67歳の誕生日はパリで迎える模様。11年には国内各地のZenithでのコンサートがあるのではと期待されている。 なおアリディはCedars-Sinai病院入院後1週間近く「coma artificiel/人工的は昏睡状態」に置かれていたこともあり、その健康状態に関しては、悲観的な情報も流されていた。5月に出版された「Johnny,les 100jours ou tout a bascule/ジョニー、すべてが大きく変わった100日間」によれば、エリゼ宮ではアリディに万一の事態が起こった場合、葬儀は国葬とし、遺体の帰国には大統領専用機を派遣することなどが検討されていた由。
 No.445  2010.5.24  シェリファ・リュナSheryfa Luna、ヴィデオクリップ好評     2010.5.24

女性歌手シェリファ・リュナSheryfa Lunaの新曲「Tu me manques/あなたがいなくて寂しい」のヴィデオクリップ好評。リュナは1989年Haute-Normandie生まれ、父はアルジェリア出身、母はフランス人。07年TVM6スタ誕番組「Popstars」で優勝し、その3ヶ月後11月19日にファーストアルバム「Sheryfa Luna」をリリース、初登場でフランスチャートの3位に。先行してシングルカットされた「Quelque part/どこかで」は18週間シングルトップ10入り、うち4週間はトップというヒット。08年2枚目のアルバム「Venus/ヴィーナス」(最高位がチャート2位)には自分で作詞した曲(作曲はフェフェFefe、ディアムスDiam’sなど)も収められている。3枚目のアルバム「Si tu me vois/もしあなたが私を見れば」は10年7月リリースの予定で、先行して「Tu me manques」がシングルカットされそのクリップが好評。・・一緒に過ごした素晴らしい時間、でも私はページをめくる、すべてを忘れたいから、私は決して、決してあなたの許には戻らないでしょう、それでもあなたがいなくて寂しい、あなたが行ってしまってから私の人生は一変してしまった、毎日日が昇ると私はアンニュイに沈む、そう、あなたがいなくて寂しい、あなたはもう私の太陽ではなくなった、あなたは雨の日、毎日日が沈むとあなたは忘却の彼方へと去ってゆく、でもあなたがいなくて寂しい・・。クリップに出演している男優アンボワーズ・ミシェルAmbroise Michel はフランスで人気の連続TVドラマでTV5でも放映中の「Plus Belle La vie/美しい人生を」でRudyTorres役。
No.444   2010.5.23  シャルル・トレネ&ジョニー・エスCharles Trenet&Johnny Hess、18曲収録のCD 2010.5.23

シャルル・トレネとジョニー・エスのデュオ シャルルとジョニーCherles etJohnnyのヒット18曲を収録したCD「Le fiance/婚約者」が5月10日リリースされた。シャルル・トレネ(1913-2001)は南フランスの地中海に面したナルボンヌ生まれ、17歳でパリに出た。パリでは、映画関係の仕事(演出助手、小道具係)をしながら、詩や小説を執筆、夜はモンパルナスに出かけジャズを聞く。32年ジャズクラブでスイス出身、2歳年少のピアニスト ジョニー・エス(1915-1983)と出会う。肝胆相照らす仲になった2人は当時人気のあったデユオ ピルスとタベPills et Tabet(「Couches dans le foin/枯れ草の中に寝る」などのヒット)に倣って33年デュオ「シャルル エ ジョニー」を組み、トレネが作詩し、エスが作曲した曲を歌う。このコンビはABC、Europeen、Alhambraなどに出演、白いパンタロンに開襟シャツ、赤いジャケットなどの出で立ちで大いに人気を博し、36年10月のトレネの入隊まで続いた。その後エスは作曲家として活躍(「Vous qui passez sans me voir/去りゆく君」など)。トレネは除隊後ソロ歌手としての道を歩んだ。CDに収められているのは;「Sur le Yangtse Kiang/揚子江の上で」、「Maman,ne vends pas la maison/母さん、家を売らないで」、「Rendez-vous sous la pluie/雨のランデブー」、「Toutest au duc/全部公爵さまのもの」、「Quel beau dimanche/なんて素敵な日曜日」、「Sous le lit de Lily/リリイのベッドの下で」、「Rengaine d’amour/愛のルフラン」、「Le duel/決闘」、「Le fiance」、「Quand les beaux jours seront la/天気の良い日が来れば」など。
 No.443  2010.5.22  ザーズZaz、F2 13時のニュースに出演       2010.5.22

5月17日に標記番組の「最後の5分」に出演、「『ブルジュの春』に出演して知られるようになり、最初のアルバムをリリリースしたばかりだが、すでに多くの経験がある。バーやキャバレで歌い、日本ではフェスティヴァルに出演[09年苗場でのフジロック?]、コロンビアでは塩坑で歌ったこともある。」と紹介されたザーズは5月10日にアルバム「Zaz」をリリースしたシンガーソングライター、現在28歳。21歳から活動、シベリアでピアフの曲を歌い、カサブランカでジャムセッションを行い、パリのテルトル広場でも歌っていて、正に遊牧民的。そうした経験が彼女の歌に力強さとラ モームLa Mome(かすれた声は少しピアフに似ている)、フレールFrehel、BillieHolidayらに共通するような魂を与えているのだろうか。アルバムには都会的ブルース「Trop sensible/感受性が強すぎて」、衝撃的な「Port Coton」、レアリスト的な「Ni oui ni non/ハイでもイイエでもなく」など11曲が収められている。人気歌手ラファエルRaphaelが3曲(「Port Coton」「La Fee/妖精」「Eblouie par la nuit/夜に惑わされて」)作曲している。番組の最後に歌ったのは「Je veux/私は欲しい」。・・リッツのスイートの部屋、シャネルの宝石、そんなものはいらない、リムジンなんか貰ってもどうしたらいいか、パパラパパ・・、召使いを貰っても、館を貰っても、エッフェル塔を貰ってもどうしたらいいか、パパラパパ・・私が欲しいのは愛情、喜び、良い気分、あなたのお金が私に幸福をもたらさない、パパラパパ・・一緒に行って、私の自由を見つけに、あなたの紋切り型は全部忘れ、私の真実の中に来て・・「Je veux」のクリップは視聴できる。6月1日パリのCafe de la danse、7月13日La Rochelleのフランコフォリーに出演。
No.442   2010.5.19  2010年モントーバンMontaubanフェスティヴァル、終了   2010.5.19

これも春を告げるシャンソンフランセーズのフェスティヴァルの一つ、毎年5月南西フランスTarn-et-Garonne県のモントーバンMontaubanで行われる「Alors..chante!/さあ・・歌え!」、25回目の今年は5月10日から16日まで、約60人の歌手が出演した。主な出演者はジャック・デュトロンJacques Dutronc(11日)、ソアンSoan(11日)、オリヴィア・ルイズOlivia Ruiz(12日)、アルチュール・アッシュArthur H(12日)、クラリカClarika(13日)、ラファエルRaphael(13日)、ミケ トロワ デMickey[3D](13日)、ルナン・リュスRenan Luce(15日、06年「Bravosdu Public」受賞)、エンゾ エンゾEnzo Enzo(15日)。このフェスティヴァルは新人歌手の登竜門としても知られていて、毎年一般の観客が選ぶ新人賞 Bravos du Publicと専門家が選ぶ新人賞 Bravos des Professionnelsが与えられる。今年は12人(組)が登場、Bravos du Public、 Bravos des ProfessionnelsともグループVendeurs d’enclumes[直訳すれば「鉄床売り達」]が受賞した。他にBen Mazue、 Zazが注目された。14日に行われた25周年の記念コンサートには、このフェスティヴァルで新人賞を受け巣立った若手歌手、イヴ・ジャメYvesJamait、アメリ=レ=クレヨンAmelie-les-Crayons、アンベール アンベールImbertImbert、ニコラ・ジュールNicolas Jules、マヌー・ガリュルManu Galure、カルメン・マリア=ヴェガCarmen Maria Vegaらが出演、レオ・フェレ、クロード・ヌガロ、シャルル・トレネ、ジョルジュ・ムスタキ、ジュリエット・グレコなどのシャンソンフランセーズのクラシックを歌った。
No.441   2010.5.18  2010年サン=テティエンヌSt.Etienneフェスティヴァル、終了    2010.5.18

毎年5月フランスロワールLoire県サン=テティエンヌSaint-Etienneで行われる春を告げるシャンソンフランセーズのフェスティヴァルの一つ「Festival Paroles et Musique/言葉と音楽フェスティヴァル」、昨年は32000人の観客を集めた。第19回目の今年は5月12日から16日まで同地のZenithを主会場に行われた。1992年の第1回のフェスティヴァルにはレオ・フェレLeo Ferreが出演、その後もアンヌ・シルヴェストルAnne Sylvestre(93、01年)、マルク・オジュレMarc Ogeret(93年)、ヴェロニク・サンソンVeronique Sanson (93年)、セルジュ・レジアニSerge Reggiani(96年)シャルル・トレネCharles Trenet(97年)、ブリジット・フォンテーヌBriggitteFontaine(99、02年)、アラン・スーションAlain Souchon (00年)らが出演しているこのフェスティヴァル、今年の主な出演者は:フェフェ Fefe(12日)、ディアムスDiam’s(13日)、ジャンヌ・シェラールJeanne Cherhal(13日)、オリヴィア・ルイズ Olivia Ruiz(13日)、カルメン・マリア=ヴェガ Carmen Maria Vega(13日)、ジェラール・ ド パルマス Gerald De Palmas(14日)、ソアンSoan(15日)、アニエス・ビール Agnes Bihl(15日)、エム M(15日)、ルナン・リュスRenanLuce(16日)、ヨデリスYodelice(16日)。Loire en Rhone-Alpesの地域圏議会がこのフェスティヴァルを後援しているため入場無料のコンサートが多いが前記の出演者のコンサートは25~40ユーロ。今年は14時から22時まで3歳から10歳までの子供を預かるシステムがあり(一人当たり1時間5ユーロ)、両親はゆっくりお目当ての歌手のコンサートを楽しむことが出来た。
No.440   2010.5.17  クレール・ディテルジClaire Diterzi、「Rosa la rouge/赤きローザ」話題に  2010.5.17

5月10日にリリースされたディテルジのアルバム「Rosa la rouge」が話題に。ディテルジは1971年生まれの女性シンガーソングライターでギタリスト。80年代後半からロックグループのヴォーカル兼ギタリストとして活動。その後ソロに。2002年演出家で振付師のフィリップ・ドウクフレPhilippe Decoufle(92年アルベールヴィル冬季五輪開会式、閉会式の演出)に依頼されそのダンスパフォーマンス「Iris/イリス」で音楽を担当。06年アルバム「Boucle/締め金」をリリース。このアルバムにはコンピュータとエレキギターで歌うダミアのヒット曲「Sombre dimanche/暗い日曜日」、東洋風な「La princesse arabe/アラブの王妃」などが収められ、ACCディスク大賞を受賞。08年にはアルバム 「Tableau de chasse/狩りの絵」をリリース。ディテルジの音楽には激しい情熱と荒々しさがあり、ステージは創造的、前衛的。今回のアルバム「Rosa la rouge」は10年5月11~22日パリ ロン・ポワン劇場Theatre du Rond-Pointで上演されるミュージカル「Rosa la rouge」から。このミュージカルはローザ・ルクセブルグRosaLuxemburg(1870-1919)・・ポーランド生まれの共産主義者、1918年ドイツ革命の指導者、ドイツ軍に逮捕され虐殺された・・を主人公にしたものでMarcial Di Fonzo Bo演出、ディテルジ主演。アルバムには;「L’eglise/教会」、「J’etais je suis je serai/過去、現在、未来の私」、「Rosa la rouge」、「Ce que j’ai sur le coeur/胸につかえていること」、「L’arme a gauche/左翼の武器」、「Cellule 45/独房45」、「A cor et a cri/駆り立てて」、「Le monde est la/世界はそこに」など12曲が収められている。
No.439   2010.5.16  リナ・ケッティRina Ketty、16曲収録のCD    2010.5.16

リナ・ケッティのヒット16曲を収録したCD「J’attendrai」(Bilieve/Ca c’est Paris)が10年5月リリースされた。ケッティ(1911―1996)はイタリア生まれ、1930年代にモンマルトルに住んでいた叔母をってパリに。34年からラパン アジルLapin Agileに出演、ポール・デルメ、 ガストン・クーテ、テオドル・ボテルらの曲を歌う。36年最初のレコードを録音したが評判にならなかった。36年アコーデオニストで作曲家のジャン・ヴェサードJean Vaissadeと知り合い、曲の提供を受けた「Rien que mon coeur/我が心のみ」(37年)、「Sombreros et mantilles/ソンブレロとマンティーリャ、雨傘とマント」(38年)がヒット。そして「J’attendrai/待ちましょう」(38年)が爆発的にヒット。「J’attendrai」の原曲はイタリアの曲「Tornerai」(37年)でルイ・ポテラLouis Poteratがフランス語の詩を付けた。ティノ・ロッシ、ルシエンヌ・ドリール、ジャン・サブロン、ダリダなども歌っている。38~39年は人気絶頂で数々のヒット曲を生んだ。ドイツ占領下時代は主立った活躍はない。戦後カムバックしたが5年のブランクは長すぎ往年の人気は戻らなかった。54年からケベックに住み65年に帰仏後はまれに舞台に立った。CD「J’attendrai」に収められている16曲のうち主なものは;「Si tu reviens/帰って頂戴」、「J’ attendrai」、「Priere a la madonne/マドンナへの祈り」、「Le clocher d’amour/愛の鐘楼」、「Tout s’efface/すべて消え去ってしまう」、「Dans les bras d’un materot/マドロスに抱かれて」、「Sombreros et mantilles」、「Nuit sans toi/あなたのいない夜」、「Montevideo/モンテヴィデオ」、「Serenade sans espoir/ペニー セレナーデ」。
 No.438  2010.5.15  クリストフ・ヴィレムChristophe Willem、F2 13時のニュースに出演           2010.5.15

ヴィレムは5月10日標記番組の「最後の5分」に出演。
キャスターのエリーズ・ルセElise Lucetが彼を紹介。「4年前にTVM6のスター誕生番組『Nouvelle Star/新しいスター』 に優勝した際、その容姿から「tortue/亀」と渾名されていたが、その後の足取りは決して亀ではない。ファーストアルバム「Inventaire/財産目録」を90万枚以上売上げ、マラソンツアー。09年5月に2枚目のアルバム「Cafeine/カフェイン」[№136]をリリース、そしてステージに戻って来た。」
ヴィレムの言葉。「06年スタ誕番組で優勝して以来、私的な面でも公的な面でも、物事がものすごいスピードで進んだ。ファーストアルバムの評判が良かったからといって、今の地位が必ずしも当然のことだとは思わない。毎日が闘い。ファーストアルバム後のツアーでは持ち歌があまりなかったので、カバー曲を歌ったが、今回のツアーはそんなことはない。」

今年の暮れには3枚目のアルバムを出す予定。番組の最後に歌ったのはルセも好きな曲だと紹介した「Cafein」からの
「Entre nous et le sol/僕たちと地面との間に」で、原曲はBritney Spearsの「Love is a state of grace」。アルバムからの4枚目のシングルで、10年4月に発表されたそのクリップも評判が良い。「金はあそこにある。雨の下に。君を見ている僕の皮膚の上に。金はそこにある、僕たちと地面との間に。僕は望む、生きていると感じることを。僕の静脈の中にある生命が僕を動転させ、僕を爆発させる。それらは金の価値がある。僕の腕の中においで、腕の中へ・・」
なお、「ヴィレム、ユーロヴィジョンコンクールのフランス代表か」既報(№354)は全くの噂に過ぎなかったよう。
 No.437  2010.5.14  カテルKatel、アルバム「Decorum/礼式」好評     2010.5.14

カテルが4月26日リリースしたアルバム「Decorum」が好評りに迎えられている。カテルKatel、女性のシンガーソングライター、本名Karen Lohier。「Katelは父が私をそう呼んでいたから。『Qu’ a-t-elle? カテル?/彼女はどうした?』の言葉遊びじゃない。」1998年から2002年友人とグループDun Leiaで、その後ソロで活動。06年映画「アメリ」に楽曲を提供したことで知られているヤン・ティルセンYann Tiersenとデュオで「La Rade/漂泊地」を歌い、またティルセンのコンサートの前座で歌ったことから一般に知られるようになった。そして08年最初のアルバムを出し、フランス国内、ベルギー、スイス、ドイツ、チュニジア、モロッコ、アルジェリア、カナダなどでツアー。「Decorum」は2枚目のアルバム。「最初のアルバムの2番煎じのようなアルバムを出したくなかったのでツアーを終わってから、自分の曲は聞かず、クラシックを聞いて新しいインスピレーションが湧くのを待った。」アルバムには「Decorum」、「Quelque chose qui noussuit/我々を追いかけてくる何か」、「Mon vieil ami/古くからの男友達」、「Le chant du cygne/最後の傑作」、「Les parfums d‘ete/夏の香り」、「Tombee dans l’escalier/階段から落ちる」など11曲収録されている。「航路の決まっている人生が多いから、芸術はそれとは正反対のものでなければ。創造やそこからもたらされる喜びはエキサイティングでなければ。」5月6日パリのNouveau Casinoに出演。その後リヨン、マルセイユなどでコンサート、7月16日にはLa Rochelleのフランコフォリーに出演。
No.436   2010.5.13
アナイス Anais、ライヴアルバム「The short version 2010.5.13

5月3日にリリースされたライヴアルバム「The short version」は09年7月La RochelleFrancofolieに出演した際収録したもの。アナイス、本名Anais Croze、1976年グルノーブル生まれのシンガーソングライター、99年からグループOpussumのメンバーとして200回のコンサート、7枚のアルバムを出す。03年グループ解散後ソロ活動。一人でギター、カズーkazoo、サンプラーを演奏し歌う「The Cheap Show」を200回近く行い、口コミで人気に。06年にはそのライヴアルバムをリリース。08年10月にはアルバム「The Love Album」をリリース。09年にも60回のライヴを行い8万人以上の観客を集めた。今回のライヴアルバムは09年La Rochelleのフランコフォリーで7月11日野外劇場サン=ジャン・ダクル大劇場Grande Scene St-Jean d’Acreに登場、3人のミュージシャンをバックに12曲歌っているもの。タイトルがこのようになったのは2つの理由から。一つはこのコンサートのset-listが通常のコンサートと比較して少なかったこと。もう一つは彼女がショートパンツ姿で歌っていること[女性歌手がステージでショートパンツ姿というのは珍しいのでは]。MCなどもありそれぞれの曲はいずれもアルバムに収録されているものより演奏時間は長い。収められているのは「Moi qui croyais/私は信じていた」、「Le 1er amour/最初の恋」、「Christina/クリスティーナ」、「Chapeau melon/山高帽」「Mon coeur mon amour/私のハート、私の恋」。
 
No.435   2010.5.11  Les Pony Pony Run Run レ ポニ ポニ ラン ラン、人気上昇
 2010.5.11
フランスばかりでなくヨーロッパ中でポップ・ロックグループ レ ポニ ポニ ラン ランLes Pony Pony Run Run(PPRR)の人気が高まっている。PPRRはGaetanRechin Le Ky-HuongとAmaelの兄弟がナントの美術学校に通っている際にAntoinePierreと知り合い2005年に結成したトリオで3人とも30歳に近い。ガエタンGartanがヴォーカルとギターを担当、アマエルAmaelがベース、アントワヌAntoineがキーボード。「我々はフランス人のグループ。思考は完璧にフランス人的だが、音楽的には95%アングロサクソン。」ということで主として英語で歌う。結成後ヨーロッパ中を歌って周り、その際4曲入りのCDを会場で販売。09年ようやくファーストアルバム「You need Pony Pony Run Run」をリリース。そこに収録されている「Hey you」と「Walking on a line」はそのクリップも好評。10年のVdMで「一般が選ぶ新人賞」を受賞。「受賞は今でも信じられない。名前が呼ばれ、ステージに上がり、受賞の挨拶、シャンペン、インタヴユーに次ぐインタヴユー!」 VdM効果か、ファーストアルバムは62000枚売上げ、ディスク ドール(50000枚以上売上げ)に。その後「ブルジュの春」でも圧倒的な人気。「VdMを受賞する前は観客の大半は16から25歳までの女性だったが、今は観客の年齢層の幅が広くなった。この夏にはツアー用のバスを買うことが出来そう。」パリでの2回の公演(6月2日Elysee Montmartre、6月3日Bataclan)はすでに満員。7月13日にはLa Rochelleのフランコフォリーに出演するなど夏のフェスティヴァルには引っ張りだこ、さらに11月12日にはパリZenithに出演の予定。
 N0.434  2010.5.10  心優しいガンコ者世代 Age tendre et tetes de bois、アルバムvol5        2010.5.10

主に1960、70年代に活躍した歌手たちによるユニット「心優しいガンコ者世代」の第5期(2010/2011)公演、「La tournée des idoles/アイドルたちのツアー」は2010年3月に開始され、2011年1月13~16日パリ Palais des Congrès公演を含め2011年2月5日まで予定されている。 第5期の出演者はシェイラSheila、エルヴェ・ヴィラールHerve Vilard、ミシェル・トールMichèle Torr、イザベル・オーブレIsabelle Aubret、シャルル・デュモンCharlesDumont、ジョルジェット・ルメールGeorgette Lemairie、ミシェル・オルソMichel Orso、エルベール・レオナールHerbert Leonard、クロード・バルゾッチClaudeBarzottiなど。第5期公演最初の頃の模様を収めたCD2枚組みアルバム「Age tendre―La tournée des idoles saison 5」が5月3日リリースされた。収められているのは:「Solenzara/ソレンツアラ」(Orso)、「Aimer a peredre la raison/理性を失うほど愛する」(Aubret),「Ma France/私のフランス」(Aubret)、「La quete/見果てぬ夢」(Aubret)、「Emmene-moidanser ce soir/今夜私をダンスに連れってって」(Torr)、「Une chanson/一つのシャンソン」(Dumont)、「Les amants/恋人たち」(Dumont)、「Les rois mages/東方の三博士」(Sheila)、「Capri c’est fini/カプリの恋の物語」(Vilard)、「Fais-larire /愛してあげて」(Vilard)、「Des millions d’amoureux/何百万の恋人たち」(Lemairie)、「Quand tu m’aimes/君が僕を愛するとき」(Leonard)、「Aime-moi/僕を愛して」(Barzotti)など43曲。
 No.433  2010.5.9  フロラン・パニー&ビッグ・アリFlorent Pagny & Big Ali、話題のクリップ    2010.5.9

フランスの歌手フロラン・パニーとアメリカのDJ、ラップ歌手、プロデューサーBigAliという異色のデュオが歌う「Des larmes de sang/血の涙」が評判になっている。パニーは1961年 ブルゴーニュ地方の生まれのシンガーソングライター、映画、TV俳優から歌の道に、87年最初のシングル「N’importe quoi/何でも」100万枚、90年最初のアルバム「Merci」。95年のアルバム「Bienvenue chez moi/我が家へようこそ」で「Caruso」をカバー。97年オビスポの協力を得た「Savoir aimer/愛する術」は98年ラジオで最も多く流された曲。98年のVdMで男性歌手賞。07年にはアルバム「Pagny chante Brel/パニー、ブレルを歌う」、09年アルバム「C’est comme ca/それはそういうこと」を出している。南米のパタゴニアに住む。「Des larmes de sang」はフランスでリリースされたBigAliのアルバム「Louder」に収められている[他の国々でリリースされたものには収録されていないのでは]ほか5月3日にはシングルでリリースされた。そのクリップを視聴できる。素晴らしいリズム、感動的な、悲痛な詩。現在48歳、パニーのやることにはいつも驚かされる。「彼は笑いながら通りで遊んでいた。すべてはあっという間に起こった。彼女には理解できなかった。彼らが彼女に、一人の天使がパラダイスの方へ去っていったと話してくれたとき。新聞の三面に数行の記事が載るだけ・・Life is short so live every moment、彼女は自分の子供のために血の涙を流した、So far the terms save for the better、12歳で亡くなるなんてことが・・」
 No.432  2010.5.8  Miss White、メトロのミュージシャン大賞   2010.5.8

グループMiss Whiteは5月6日RATP(パリ交通公団)が行ったコンクールで優勝、パリのメトロミュージシャン大賞を受けた。このコンクールはパリのメトロの構内で演奏活動をしているミュージシャンのうち予め選ばれた8人(組)のアーティストがRER(首都圏高速鉄道網)A線Auber駅[メトロのオペラ駅と連絡している]の特設ステージで6日に行われたもの。審査員はTVジャーナリストのHarry Roselmackを委員長に、メトロ構内で歌ったことのあるイエル・ナイムYael Naime、ウイリアム・バルデWilliam Balde、ラ グランド ソフィーLa grande Sophie、ペップスPep’sらがつとめた。Miss Whiteはグルノーブル出身の男性2人女性1人の3人組のグループ。この優勝により、6月25~27日パリのロンシャンで行われる音楽フェスティヴァルSolidaysの「若手タレント」特集に出演することができる。

なお、ミュージシャンとしてパリのメトロの構内で演奏するためには、毎年春秋2回Bastille駅にあるスタジオでオーディションを受け、合格し、バッジと許可証の交付を受ける必要がある。オーディションには毎回2000人(組)の希望者が集まり、その中から300人(組)程度が選ばれる。380あるメトロの駅の構内で演奏することができ、常時100人(組)ほどが活動している。乗降客が多いChatelet、Monparnasse、Bastille、Concorde、Republiqueなどの駅は人気が高くで朝の6時には場所取りの必要がある。毎日500万人の乗客があるメトロの構内は、ほとんどがセミプロであるミュージシャンにとっては、実力を見せ、認めてもらうのに格好のステージ。稼ぎは多くはなくそれだけで生活することは困難らしい。Alain Souchon、Laam、Jacques Higelinらもメトロ構内で歌っていたことが知られている。
 No.431  2010.5.7  ミカMika、フランス語で「Grace Kelly」を       2010.5.7

ミカMikaがフランス語で歌っている「Grace Kelly」のクリップが評判になっている。Mika(日本では「ミーカ」と表示されている)、本名Michael Holbrook Penniman Jr.は1983年レバノン、ベイルート生まれのシンガーソングライター、父はアメリカ人、母はレバノン人。1歳で戦火を逃れパリ、そこで約9年生活、その後ロンドンに住む。04年頃からライヴ活動、06年最初のシングル「Relax、take it easy」で一躍人気に。07年ファーストアルバム「Lifein Cartoon Motion」をリリース、イギリスばかりでなくフランスでも大ヒット、07年にフランスで最も売れたアルバムだと言われている。07年6月にはパリ Olympiaに出演(DVD「Live in Cartoon Motion」)、08年7月4日にはパリのParc des Princesで55000人のファンの前でコンサート(DVD「LiveParc des Princes Paris」)。09年にはアルバム「The boy who knew too much」をリリース。10年3月からヨーロッパツアーを行っていて、4月23~5月3日までフランス国内(4月26、27日にはパリBerdyに出演)。「Grace Kelly」はアルバム「Life in Cartoon Motion」に収められているが、06年シングルでリリースされ、イギリスではシングルチャートのトップになっている。歌っている「Grace Kelly」のフランス語の歌詞はミカ自身によるもので英語の歌詞のフランス語直訳ではないよう。また一部は英語で歌っている。Grace Kellyはフランス語読みで「グラス・ケリー」に。今後ミカは各地の夏のフェスティヴァルに出演するほか、アジアツアーの一環として6月6~11日まで来日、東京、名古屋、大阪で公演。
N0.430   2010.5.6  シメーヌ・バディChimene Badi、 新しいアルバム「Laisse les dire」       2010.5.6

シメーヌ・バディの新しいアルバムは5月3日リリースの「Laisse les dire/彼らに言わせておけ」で07年の「Le miroir/鏡」から3年の沈黙を破る。バディーは1982年パリ郊外生まれの歌手、両親はアルジェリア出身。シンデレラ物語の主人公。02年TVM6のスタ誕「Popstars」に出演。優勝はしなかったがレコード会社のプロデユーサーの目に止まり、03年アルバム「Entre nous/私たちの間で」を出し、 40万枚以上売り上げのヒットに。04年アルバム「Dis-moi que tu m'aimes/私を愛しているといって」、07年アルバム「Le miroir」を出す。すでに300万枚以上のレコードを売り上げている。今回のアルバムのプロデュサーはNYで活躍するScott Jacoby、録音はNY、パリ、ブリュッセル、ミュージシャンにはGreham Hawton(ポール・サイモンについたドラマー)、GailAnn Dorsey(デヴィッド・ボーイについたベーシスト)らが参加、14曲収録。バディーの詩によるもの2曲(「D’une fille a sa mere/一人の娘からその母へ」、「Septembre 94/94年9月」)。「The only one」はスラム歌手Grand Corps Maladeに提供された。他に「J’ai lu ton nom」、「Plus de devoirs que de droits」、「Et vous」(「私を支持し、信頼し、私が自分の情熱に従って生きてゆくことを応援してくれるファンへの感謝の気持ち」)。アルバムからの最初のシングルカットは「Laisse les dire」で「噂話なんか気にしない、人の言うことなんか。ある時にはメディアは私に厳しく、私は辛い思いをした。私の音楽に関する批評なら甘んじて受けるが、私の出自に対する、私の肉体に関する攻撃はもう沢山。」、そのクリップを視聴できる。10年9月からツアーを開始11月20、21日パリOlympiaに出演。
 No.429  2010.5.5  F2「Vivement Dimanche」、Bruno CoquatrixとOlympia特集           2010.5.5

今年は長年パリOlympiaの支配人であったブルノ・コカトリックスBruno Coquatrix(1910年-1979年)が生誕100年に当たる。TV局F2の人気番組「Vivement Dimanche」、5月2日の放送でコカトリックスとOlympiaを特集。最初に登場し司会者ミシェル・デュリュケールの質問に答えたのは未亡人のPauletteと遺児のPatricia。その後シャルル・アズナヴールが口笛を吹きながら登場、「ブルノはいつも口笛を吹いていた。私が最初にOlympiaに出演したのは55年Sidney Bechetの前座だった。」と語り72年出演時の映像(「Pour faire une jam」、「Comme ils disent」)が流された。この番組の有名な赤いジュータンに登場し、初出演時の思い出などを語ったのは:アダモ、63年クリフ・リチャードの前座で初出演、映像は66年の「Vous permettez,monsieur」;セルジュ・ラマ、67年ナナ・ムスクーリの前座で初出演、映像は73年の「Les ballons rouges」);アラン・スーション、75年ジャン=ジャック・ドウブーの前座で初出演、映像は79年「Allo Maman bobo」。この劇場のプログラム売りをしていたと語るマルク・ラヴォワヌは03年「Les yeux révolver」の映像が。若手女性歌手のオリヴィア・ルイズ、シメーヌ・バディも登場。Olympia出演の様子が映像で流されたのはジルベール・ベコー(64年「Natalie」、70年「Quand il est mort le poète」ほか)、ダリダ(75年「Avec le temps」)、エディット・ピアフ(61年「Mon vieux Lucien」)、ジャック・ブレル(66年「Amsterdam」、「Madeleine」、「Le plat pays」)、ジョニー・アリディ(62年「Elle est terribre」)、シルヴィー・ヴァルタン(64年「Si je chante」)、ジョニー&シルヴィのデュオ(09年「L’hymne à l’amour」など。
 No.428  2010.5.3  ウイリアム バルデWilliam Balde、「Elle reve」のクリップ好評 2010.5.3

バルデのヴィデオクリップ「Elle rêve/彼女は夢みる」が好評。バレデはギニア出身のシンガーソングライター。15歳で弁護士を志してパリに来て、ボヘミアンのミュージシャンと知り合い、グループでメトロやバーで歌うように。「メトロの通路で歌うことによって、謙虚になることを学んだ。」2007年からソロで活動し、07~08年アフロ・カリブ系のリズムを求めていたクリストフ・マエの要請/に答え、マエの前座で50回以上歌う。08年7月に出したシングル「Rayon de soleil/太陽光線」が夏を通して大ヒットし、9週間シングルチャートのトップを占め、20万枚以上売れたと言われている。この曲を含むアルバム「En corps étranger/奇妙な体で」は09年VdMの新人アルバム賞にノミネートされた(受賞はジュリアン・ドレの「Ersatz/(ドイツ語で)代替品、代償」)。その後マエのアルバム「Comme à la maison/家でのように」では「Moi j’ai pas le sou/僕は一文なし」をデュオで歌い、その後はまたフランス各地で60回以上のコンサートを開いた。10年5月31日には2枚目のアルバム「On s’était dit/お互いに言い交わした」をリリースの予定で、そこの収められる「Elle rêve」が先行してシングルでリリース、そのヴィデオクリップを視聴することが出来る。ルフラン部分は「・・彼女は夢みている、綺麗になったから彼が週末にはどこかへ連れて行ってくれることを、もう恋は禁じられてはいない、彼女は自分の順番が来たのだと思う、彼女は夢みる、いつか彼の生涯に関わる女性になることを・・」調子の良いリズム、この夏再びバルデ旋風を巻き起こすことが出来るだろうか?バルデは5月26日にはパリのLa Boule Boireに出演
 No.427  2010.5.2 アルレッティーArletty、18曲収録のCD  2010.5.2

CD「Les genies de la chanson francaise/シャンソンフランセーズの天才たち」(Believe/Balandras Editions)シリーズの「Arletty」が10年3月リリースされている。アルレッティー(1898年―1992年)は軍需工場の工員、タイピスト、秘書などの仕事のついた後モデル、女優に。1920代は舞台を中心に活動し高い評価を得た。また、オペレッタ「Azor/アゾール」(32年)、「O mon belinconnu/見知らぬ麗しの君」(33年)などに出演し歌っている。30年にデビューした映画では、マルセル・カルネ監督の映画(「Hotel du Nord/北ホテル」38年、「Les visiteurs du soir/悪魔が夜来る」42年、「Les enfants du paradis/天井桟敷の人々」45年など)に出演、フランス映画史に残るスターに。Jean Boyer監督の映画「Circonstances attenuantes/情状酌量」(39年)では主題歌「Comme de bien entendu/当たり前さ」を歌っているし、友人であったミスタンゲットMistinguettの「La java/ジャヴァ」、「Mon homme/私の男」を録音している。戦時中のドイツ軍将校との交際が問題になり戦後は対独協力者として一時表舞台から退いていたが、49年復帰。56年カルネ監督の「L’air de Paris/われら巴里っ子」ではジャン・ギャバンJeanGabinと共演。66年の失明後も、数本の映画でナレーターを務めている。今回のCDに収録されている18曲のうち主なものは:「Mon homme」、「Viens,viens Madeleine/おいで、おいでマドレーヌ」(ジョルジュ・ウルマールGeores Ulmarとのデュオ)、「Deux sous d’violettes/二文のスミレの花束」、「Coeur de Parisienne/パリジェンヌの心」、「La java」、「J’en ai marre/もううんざり」、「Y’a 36 manieres/あの手この手」。
 
No.426   2010.5.1  アンドレ・クラヴォー Andre Claveau、22曲収録のCD    2010.5.1

CD「Les genies de la chanson francaise/シャンソンフランセーズの天才たち」(Believe/Balandras Editions)シリーズの「Andre Claveau」が10年3月リリースされている。クラヴォー(1911年-2003年)は1940年代から60年代に活躍した歌手。最初にステージに登場したのは36年、甘いマスクとバリトンの声で、Jean Sablonジャン・サブロンの系統を引く「chanteur de charme/甘い声で魅了する歌手」の一人として人気。ドイツ占領中に占領軍の御用放送局と言われた「ラジオ=パリ」に出演し続けたため戦後2年間表舞台には出られなかったが、47年にAlhambraに登場し、たちまち人気を回復。58年にはピエール・ドラノエ作詞、ユベール・ジロー作曲の「Dors mon amour/お休み、恋人よ」を歌い第3回ユーロヴィジョン シャンソンコンクールで優勝。70年代初頭にミディ ピレネーに引退。レパートリーは400曲以上、その中にはルイ・アラゴンの詩にジャン・フェラらが曲を付けた「Les yeux d’Elsa/エルザの瞳」、 「Lime light」にフランス語の歌詞を付けた「Deux petits chaussons/二つの小さなバレーシューズ」、「Come pretty little girl」にフランス語の歌詞を付けた「Viens valser avec papa/パパと踊ろうよ」もある。このCDに収録された22曲の主なものは:「Cerisiers roses et pommiesr blancs/バラ色の桜んぼと白いリンゴの木」、「Domino/ドミノ」、「Tire,tire l’aiguille/お針仕事に精をお出し」、「Sur deuxnotes/二つの音符の上に」、「Etoile des neige/雪の星」、「Deux petitschaussons」、「Dansons mon amour/踊ろう、恋人よ」、「Moulin rouge/ムーラン ルージュ」、「Joli chapeau/ジョリ シャポー」。
 No.425  2010.4.30  ティノ・ロッシTino Rossi、22曲収録のCDリリース             2010.4.30

CD「Les genies de la chanson francaise/シャンソンフランセーズの天才たち」(Belive/Balandras Editions)シリーズの「Tino Rossi」が10年4月リリースされた。ロッシ(1907-83)はコルシカ島生まれの歌手、俳優。 幼少の頃から教会の聖歌隊で歌い天賦の声が評判に。歌手を目指してフランス本土に。34年カジノ ド パリのレヴユーで「O Corse,ile d’amour/おおコルシカ、愛の島よ」などを歌い、たちまち人気に。映画俳優としても活躍、出演した映画、「マリネラ」(36年)、「灼熱の恋ナポリ」(38年)、「愛の島」(44年)、「運命」(46年、この映画の中で「Petit papa Noel/プティ パパ ノエル」が歌われている。)などの中で多くの曲を歌っている。死去の前年82年には75歳でカジノ ド パリの舞台で1日3度ステージに立っている。 50年のキャリア、1000曲以上録音し、レコードは3億枚以上の売り上げ、25本以上の映画に出演。著作権の管理など事業家としても優れていて、敬虔なカトリック信者、パパラッチに狙われることもなかった。常々「自分の成功の理由が分からない。私は歌うことを習ったことはない。この声を持って生まれてきたという幸運に恵まれただけ。」と語っている。今回のCDに収録された22曲のうち主なものは:「Marinella/マリネラ」、「Tristesse/悲しみ」(ショパンの「別れの曲」)、「Le chaland qui passe/過ぎゆく艀」、「O Corse ile d’amour」、「Vieni vieni/ヴィエニ ヴィエニ」、「Naples aux baisers defeu/灼熱の恋ナポリ」、「Le chant du gardien/番人の歌」、「J’attendrai/待ちましょう」、「Roses de Picardie/ピカルディーのばら」、「Petit Papa Noel」、「Tchi tchi/チチ」。
 No.424  2010.429  シャルロット・ゲンズブールCharlotte Gainsbourg、初めてのツアー    2010.4.29

シャルロット・ゲンズブールは09年12月にリリースしたアルバム「IRM/MRI」によって10年VdMで女性歌手賞、シャンソンアルバム賞などにノミネートされた。惜しくも受賞を逃したが、アルバムの売り上げは好調で、すでに15万枚以上売り上げている。このアルバムから「Heaven can wait」に続く2枚目のシングルは「Time of the assassins」で4月にリリースされている。そして「観客の前で歌うのは上がってしまう。歌詞を忘れて棒立ちになってしまうんじゃないかと思うと怖い。吐き気まで催してくる。」と語っているシャルロットが初のツアーをアメリカで開始した。4月18日CaliforniaのCoachellaフェスティヴァルに出演その後ツアー。このツアーでの間、彼女はミュージシャンと共にバスで移動。「昨日は歌詞が出てこないで、最初から歌い直すようなことがあったが、それを観客は楽しんでくれた。」ステージではもちろん彼女の最新のアルバムからの曲を歌うが、父親であるセルジュ・ゲンズブールの曲も。「父の曲を歌わないなんてことは考えられない。私は『L’Hotel particulier/個人の館』を選んだが、これは私が一番好きな曲だから。また『Couleur Cafe/コーヒー色』は私に曲のようにパーカッションの伴奏があるから。私には父の声が頭についている。リハーサルの際父のレコードを流したが、それを聞くと心が乱れる、それを聞くのは今でも辛い。」アメリカの後は16、17日6カナダ モントリオール。このツアーの間に怖さをコントロールする術を会得するだろうか。6月からはフランスでのコンサート、14日のCaenから始まり、6月16日及び7月8日はパリLa Cigaleに出演、7月16日にはLa Rochelleのフランコフォリーに出演。
No.423   2010.4.28  「Encore une chanson」、F2の新しい音楽番組     2010.4.28

TV局F2の新しい音楽番組「Encore une chanson/もう1曲」が4月24日20:35~ ロリ・ショレワLaurie Cholewaの司会で始まった。この番組はスタジオに順番に登場するゲスト歌手が自分のレパートリーから2曲を続けて歌う。その間に視聴者はその歌手の「Encoreune chanson」を聞きたいかどうか投票する。聞きたいという声が多ければその歌手は「Encore une chanson」を歌うことが出来る。聞きたいという声が少なければその歌手は次の歌手にマイクを譲る。第1回目のゲスト歌手はクリストフ・マエChristophe Mae、グレゴワールGregoire、カロジェロCalogero、マルク・ラヴォワヌMarcLavoine、カメリア・ジョルダナCameliaJordana、ジェラール・ド パルマスGeraldDe Palmas。投票の結果は詳細には明らかにされなかったが(その後マエについては73%が聞きたいと投票したという情報がある)、全員が「Encore une chanson」を歌った。第1回の放送にはミレーヌ・ファルメールMylene Farmerがゲスト歌手として出演すると喧伝されていた。TVに出演することの滅多にない、ましてTVスタジオで歌うことなどないファルメールゆえ、事前には大きな話題となっていた。しかし、実際にはスタジオには登場せず、スタッド ド フランスでの公演の模様の映像と、前日に撮られた(といわれている)イヴァン・カッサールYvan Cassarのピアノ伴奏により
Ainsi sois-je/そうありたい」を歌っている映像での出演。正に羊頭狗肉の感。映像で登場したのは他に、ミカMika、レ プレトルLes Pretres(№420)、アモリ・ヴァシリAmaury Vassili(テノール歌手、メゾソプラノのKatherine Jenkisとデュオ)。
No.422   2010.4.27  パトリック・ブリュエルPatrick Bruel、主演の映画公開 2010.4.27

パトリック・ブリュエルは1959年アルジェリアのオラン生まれ、シンガーソングライター、俳優。62年アルジェリアの独立後フランスに。70年代末から舞台、映画俳優として活躍。81年シングル「Vide/空虚」で歌手デビュー、86年最初のアルバム「2faces/2つの面」を出している。

ブリュエルは4月25日14:30~TV5Monde「Vivement Dimanche」に出演。フランスで4月28日公開のブリュエル主演、アレクサンドル・アルカディ監督の映画「Comme les cinq doigts de la main/手の5本の指のように」などについて語った。ブリュエルは79年同監督の「Le coup de sirocco/シロコッサに打たれて」に出演して映画デビュー。 「Comme les・・・」は若くして夫を殺され未亡人になった母に育てられた5人の兄弟が密売人に追われる羽目になった兄弟の一人を助け、また、父の復讐をする物語で、ブルエルは長兄の役。ブリュエルは近況につき「子供と関わっているようにしたい、朝は早起きして、子供を学校に送る。子供と過ごす時間が最も幸せなとき、大きな感動を与えられる。」と語っている。ブリュエルはまた6人の癌患者の闘病生活を綴った90分のドキュメンタリーフィルム「Au coeur du combat/闘いの真っ直中で」でナレーションを担当、このフィルムはまだ公開が決まっていないが制作者はブリュエルがナレーターを務めたことで公開が容易になると期待している。歌手としては2006年スタジオ録音アルバム「Des souvenirs devant/前の思い出」
を出し、09年にライヴアルバム「Seul ou presque/ひとり・・ほとんど」を出している。新しいスタジオ録音アルバムを秋にはリリースの予定
 No.421  2010.4.26  リズ・レヴィッツキLise Levitzky、自伝「Lise et Lulu/リズとルル」出版  2010.4.26

セルジュ・ゲンズブールの最初の夫人リズ・レヴィッツキが自伝「Lise et Lulu」を出版。84歳のリズは今までの沈黙を破った。「私たちが一緒に暮らした10年間についてはルルのあらゆる伝記で欠けている。29歳[1957年「Le poinconneur des Lilas/リラ駅の切符切り」が生まれた]以前にも彼の人生はあった。私との人生が。」リズがルシアン・ゲンズブルグLucien Ginsburg(ゲンズブールの本名で、リズにとって彼は常にルシアンであり、ルルである)に出会ったのはモンマルトルの絵画学校のアトリエで1947年3月5日。19歳のルルも、この日が21歳の誕生日であったリズも画家を目指していた。「彼はさえない男だった。彼の鼻と言ったら。それにスペードのエースのようなみっともない格好をしていた。でも彼の手は素晴らしかった、特に絵を描くときの。」二人にはサルトルとボーボワールのようなカップルが理想だった。しかし、嫉妬深かったルルは自分の恋の冒険は棚に上げ、彼女との結婚を強く希望、1951年11月3日パリ郊外で結婚。「彼は私に決して彼を裏切らないようにと誓わせた。そんなことは彼には耐えられないからと。」1957年10月9日に離婚。「私は自由になった。肩の重荷がおりた。ルルは不満だったよう。」この日二人はシャンペンで乾杯した。1968年5月二人はパリのLouis-Philippe橋の上で再会した。ルルはBBとの破局の後で精神的に参っている時期だった。その後リズは恋人の一人として、友達の一人として、さらには相談相手としてルルが亡くなるまで親交があった。ルルは時間に関係なくリズに「C’est moi,viens tout de suite/僕だ、直ぐ来て」と電話した。リズはすぐに駆けつけた。1991年3月2日は違っていた。「私たちはとりとめのない会話を交わし、さよならと電話を切った。その数時間後に彼は一人で彼の家で亡くなった。
 No.420  2010.4.25  レ プレトルLes Pretres、アルバム「Spiritus Dei」チャートのトップ   
2010.4.25

2010年4月12~18日のアルバムチャート第1位は「レ プレトルLes Pretres/司祭たち」の「Spiritus Dei/神の御心(?)」。3週間トップの座にあったクリストフ・マエChristophe Maeの「On trace la route/道を辿る」(№395)に取って代わった。レ プレトルは2人の司祭と1人の神学生によって構成されるグループ。オート=ザルプ県Gap教区の司教Monseigneur Jean-Michel di Falcoに、歌手ディディエ・バルベリヴィアンDidierBarbelivienがアイルランドのグループ「The Priests」の成功にならって提案、結成されたもの。司教は同県にあるNotre-Dame du Laus教会に巡礼者用礼拝堂を建設するなどのため資金集めをしていた。メンバーの選定にはバルベリヴィアンが当たった。3月29日にリリースされ、すでにプラティナデュスク(10万枚以上の売上げ)のこのアルバムには:「Spiritus Dei」、「Quand on n’a que l’ amour/愛しかないとき」(ジャック・ブレルのヒット曲)、「Il est ne le Divin Enfant/御子は生まれた」、「Ave Maria」、「Amazing Grace」、「L’envie d’aimer/愛するという希望」(ミュージカル「十戒」からのヒット曲)、「Hallelujah/ハレルヤ」(レオナール・コーエンのヒット曲)、「Il faudra leurdire/彼らに言わなければ」(フランシス・カブレルのヒット曲)など14曲が収められている。レ プレトルは5月からコンサートツアーを行い、5月11日にはパリのマドレーヌ寺院、6月17日にはパリのサン=シュルピス教会、6月18日にはルーアンのノートル=ダム大聖堂で歌う。
No.419   2010.4.24  ドロテDorothee、パリOlympiaに凱旋              2010.4.24

1953年7月14日パリ生まれ、本名Frederique Hoshede、歌手、俳優、TVプロデューサー、パーソナリティ、73年からドロテの芸名で芸能活動を開始。TVパーソナリティとしては78年から87年までAntenne2で「RecreA2/レクレーションA2」、87年から97年までTF1で「Club Dorothee/ドロテ・クラブ」の二つの子供番組を担当、番組の中で「キン肉マン」、「ドラゴンボール」など日本製アニメを紹介。80年から歌手として活躍、90~96年にはパリBercyで52回の公演を行い、15年の歌手活動でレコードを2000万枚以上売上げ。97年活動を中止、2008年再開。10年3月アルバム「Dorothee」をリリース。

そのドロテが、13年ぶりに4月17日(2回公演)~19日パリOlympiaの舞台に立ち、大盛況。観客の中心は子供連れの30代、40代でかつての自分たちのアイドルの本物に会えることに興奮気味。最初に「Pour faire une chanson/シャンソンを作るために」、「Hou la menteuse/ヤーイ、嘘つき女」などをメドレーで歌い始めるや会場は早くも熱狂に包まれた。「RecreA2」や「Club Dorothee」のテーマソングは観客も一緒に歌う。「Allo allo monsieur l’ordinateur/もしもし、コンピューターさん」、「Maman」、「Les neiges del‘Himalaya/ヒマラヤの雪」、「La valise/スーツケース」、新曲の「On m’appelaitDorothee/私はドロテと呼ばれていた」など32曲を歌った3時間以上にわたったコンサートの間観客はほとんど立ちっぱなし。観客はノスタルジーを感じたばかりでなく、ドロテと共に楽しみ、素晴らしい時間を過ごそうとしていた。この成功により12月18日パリBercyへの出演が決定。
 No.418  2010.4.23  フランソワーズ・アルディFrancoise Hardy、F2 13時のニュースに出演 2010.4.23

フランソワーズ・アルディ(№397)が4月21日標記番組の「最後の5分」に出演、キャスターのエリズ・ルセElise Lucetは「26枚目のスタジオ録音アルバム『La pluie sansparapluie/傘のない雨』をリリース。穏やかではあるが自分の特異性を保ち続けている。」と紹介。アルディは「勘定してみたら23枚目のようだけど、26でも23でも大した問題じゃない。」「アルバムの製作はどのように?」「アルバムには最終的には12曲の優れたシャンソンを収めたい。それには12のメロディーが必要、まずそれを探し、それに詩を付け、そしてスタジオでの作業。」「あなたは録音スタジオに入ると『これは私のレコードだからこうしたい。』と主張すると聞いているが?」「あなたはまるでスタジオのどこかにいて見てたようね。それは事実。意見の相違はあるし、それでいいという確信は持てないから。」「あなたはシャンソンフランセーズのOVNI/UFOとも言われていて、1968年から40年以上もコンサートで歌っていないのに多くのファンが付いている。歌わない理由は?」「ステージで歌うことは、一人で作詞しているときや、少人数の関係者に囲まれてスタジオで録音しているときとは異なり、とてもエネルギーが必要で、私にはそのエネルギーがない。また常に移動しなければならないが、そんな生活には向いていない。」この番組に出演した歌手は最後にスタジオで歌うのが通例、しかし、アルディは歌わず、代わりに「Noir sur blanc/白の上の黒」の収録風景が流された。また息子のトマ・ デュトロンThomas Dutroncのことについては心配もしているが、自分の道を順調に歩んでいることを嬉しく、誇りに思っていると語った。
No.417   2010.4.22  カトリーヌ・ランジェCatherine Ringer、映画「アデル」の主題歌を歌う        2010.4.22

カトリーヌ・ランジェが映画「Les aventures extraordinaire d’Adele Blanc-Sec/アデル・ブラン=セックの尋常ならざる冒険」(邦題「アデル、ファラオと復活の秘薬」)の主題歌「L‘Adele/ラデール」を歌っている。この映画はリュック・ベッソン監督、ルイズ・ブルゴワン主演の話題作、フランスでは4月14日に公開され、日本でも7月3日公開される予定。カトリーヌ・ランジェは1957年生まれのシンガーソングライター、ダンサー、俳優。79年ギタリストのフレッド・シシャンFred Chichinとデュオ「レ リタ ミツコ
Les Rita MItsouko」を結成。85年の「Marcia baila/マルシアは踊る」はmegatubu/超ヒット。87年には「The No Comprendo」によりVdMでアルバム賞を受賞。07年12月シシャンが癌で死亡、ランジェは08年4月からソロで活動を開始した。09年にはサッカーフランス代表の監督レイモン・ドメネク賛歌「Je kiffe Raymond/レイモンが好き」を歌って話題になった。今回ベッソン監督はランジェに映画主題歌を依頼(作曲は映画で音楽を担当したエリック・セラEric Serra)。すでにChristophe Acker製作による「L‘Adele/ラデール」のヴィデオクリップを視聴可能。クリップにはちょっと常軌を逸した感のランジェや映画に出演しているブルゴワンら顔が見えるし、映画の場面、舞台となった20世紀初頭のパリの様子が散見される。なお、映画のサウンドトラックがCDになっていて、その最初の曲はランジェの「L’Adele」、最後の曲はトマ・デュトロンThomas Dutroncとルイズ・ブルゴワンのデュオによる「Adele Blanc-Sec」。
 No.416  2010.4.20  レ フランソワーズ Les Francoises、ブルジュの春のサプライズ      2010.4.20

今度はブルジュの春Le Printemps de Bourges(№413)でのサプライズ。16日会場の一つPalais d’Auronにグループ「レ フランソワーズLes Francoises」が登場。この公演のために臨時に結成されたこのグループ、メンバーは現在シャンソンフランセーズの旬の女性歌手6人:オリヴィア・ルイズOlivia Ruiz、カミーユCamille、エミリー・ロワゾーEmily Loizeau、ラ グランド ソフィーLa Grande Sophie、ジャンヌ・シェラールJeanneCherhal、ローズマリRosemary(グループ モリアルティMoriartyのメンバー)。いずれも黒を基調にした衣裳、各歌手は自分の持ち歌ではなく、メンバーである他の歌手の持ち歌を、自分の好みのアレンジで2曲ずつ歌った。ステージにはミュージシャンは登場せず、6人が自分の得意な、あるいは初めて演奏する楽器(ピアノ、ギター、ドラムス・・)で伴奏を務めた。歌われたのは「Pays sauvage/野生の国」(Loizeauの曲をCherhalが)、「8 O’clock」(Moriartyの曲をRuizが)、「L’autre bout du monde/世界の他の果て」(Loizeauの曲をCamilleが)、「Ta douleur/あなたの苦しみ」(Camilleの曲をRuizが)、「J’traine des pieds/足を引きずる」(Ruizの曲をLa Grande Sophieが)など。最後にはLa Grande Sophieの曲に6人のメンバーが歌詞を付けた「Je m’appelle Francoise/私の名はフランソワーズ」を、それぞれの作詞部分歌った。多忙なこれらの歌手、デモテープを交換し合い、メールで連絡を取りながら、リハーサルは演奏前日。この2度とはないであろうコンサートのライヴアルバムは出るのだろうか?Les Francoisesは口を揃えて「出来を見てから。」
No.415   2010.4.19 エムM&カロジェロCalogero、話題のヴィデオクリップ2件 2010.4.19

エムのクリップは「Amssetou(L’ame c’est tout/魂がすべて)」で、アルバム「MisterMystere/Mr.ミステリー」(Nos.59&223)から。アフリカ、特にマリへの愛情が溢れているこの曲、クリップの監督はGuillaume Canetギヨーム・カネ。かぶり物をとったエム、マリの自然と人々の映像が美しい。・・マリで僕は再び見つけた、僕の自由を、僕はほとんど無知だが、君は何でも知っている、君は人生を知っている、魂がすべて、魂がすべて、これは僕の人生が望んだこと、これは君の人生が望んだこと、君にとって僕は白いクロコダイル、そうなるのをどうすることもできない、君から遠く離れると、僕はマリ人ではなくなってしまう、これは僕の人生が望んだこと、これは君の人生が望んだこと、魂がすべて、魂がすべて・・エムは6月9、12日パリZenith、6月29日、12月16、17日パリ Bercyに出演、また6月29日にはヴェルサイユ宮殿でコンサートが予定されている。

カロジェロのクリップは「Le passage de cyclones/サイクロンの通過」で、アルバム「L’embellie/美しくなった人」(Nos.105&303)から。前回のクリップは同じアルバムから「La fin de la fin du monde/世界の終わりの終わり」を選びこの世の終末を思わせる地球の崩壊を描いていたが、今度のクリップでは一転、強風や嵐に正面から立ち向かっていくカロジェロがいる。・・僕は君の声、君の口づけ、君の足音、君の香水の匂いを忘れた、サイクロンの通過と共に。そして空も地上も再び正常に戻るだろう、すべてが新しくなるだろう・・カロジェロは10年末まで国内及びベルギーツアーを続け、6月7日パリZenithに出演予定。 
No.414   2010.4.18  マリオン・コティヤールMarion Cotillard、サプライズ  2010.4.18

映画「La mome/エディット・ピアフ~愛の讃歌」でピアフの役を演じ、これにより2008年アカデミー賞主演女優賞を受賞したコティヤール、この映画ではピアフの声が使われていたが、映画のプロモーションのために出演したテレビなどでは再三ピアフの曲を歌っていて、歌手としてのセンスは抜群。そして、09年に出演した「Nine」では10年ゴールデン・グローブ賞(ミュージカル・コメディ部門)の主演女優賞にノミネートされた。また、10年Lady Rouge Diorのコマーシャルソング「The eyes of Mars」を歌っている。そのコティヤールがオーヴェルニュの人々にビッグなサプライズプレゼントを捧げた。すなわち、コティヤールは4月9日、10年VdMで新人アルバム賞を受賞しているヨデリスYodeliceのコンサートでステージに登場していたことが明らかになった。ところはオーヴェルニュ地方Clermon-Ferrandの小さなホール。コティヤールの出現はコンサートの主催者にも、観客にも、地方紙La Montagne紙にもまったく知らされていなかった。ステージで3曲歌った後ヨデリスが「これからシモーヌSimoneが数曲歌います。」と紹介、髪をリボンで縛り、黒い帽子、黒い衣裳でステージに登場したのがコティヤール、ヨデリスとデュオで歌った。コンサート終了後コティヤールは気軽にサインや写真撮影に応じた。ヨデリスとコティヤールは、ヨデリスがコティヤールの伴侶である映画監督ギヨーム・カネGuillaume Canetの映画「Les petits mouchoirs/小さなハンカチ」(フランスでは10年10月公開予定、コティヤール主演)の映画音楽を担当して以来の友人の由。
No.413   2010.4.16 2010年ブルジュの春Le Printemps de Bourges2010、開幕             2010.4.16

春を告げる音楽の祭典2010年第34回ブルジュの春Le Printemps de Bourgesは,フランスの中央部Cher県のブルジュで4月13日開幕した。今年は18日までの6日間開催される。Woodstock francais/フランス版ウッドストックを標榜するこの音楽フェスティヴァル、雨の多い時期に開催されることから、77年の第1回開催当初は,蛙と傘がこの春の祭典を開くと言われた。その後、シャルル・トレネ、イヴ・モンタン、U2などの人気歌手が出演したことなどもあり最近では有料入場者が7万人に迫る人気になっている。今回は13日ラップグループSexion d’AssautとM(№223)などにより幕が開けられた。Mのブルジュの街での様子、リハーサルの様子、コンサートの様子などが、15日F2 20時のニュースで報告された。2日目以降の主な出演者は;14日:イジアIzia(10年VdMポップ/ロックアルバム賞、新人ステージ賞)、ジャンヌ・シェラールJeanneCherhal,(№380)、エミリー・シモンEmilie Simon(№237)  15日:クール ド ピラトCoeur de Pirate(10年VdMオリジナルシャンソン賞受賞),オリヴィア・ルイズOlivia Ruiz(10年VdM女性歌手賞、№402)、ベベ ブリュヌBB Brunes、ルヴォルヴェールRevolver  16日:ガエタン・ルーセルGaetan Roussel(№404)  17日:ポニポニランランPonyPony Run Run(10年VdM新人賞)、アルノ・フルーラン=ディディエArnaudFleurent-Didier(№334)  18日:テテTete(№367)、ディアムスDiam’s(№282)。
 
 No.412  2010.4.15  ミレーヌ・ファルメール、Mylene Farmer、ライヴDVDリリース2010.4.15

ファルメールのライヴDVD「Mylene Farmer,Stade de France/ミレーヌ・ファルメール、スタド ド フランス」が4月12日リリースされた。これは2009年9月11、12日にパリ郊外サン=ドニのStade de Franceで行われた
コンサートの模様などを収録したもの。12日はファルメールの48歳の誕生日に当たっていた。コンサートの入場者は両日で16万人と言われている。リリースされたのは2枚組みDVDで、DVD1は2時間20分に及んだコンサートの模様、「Paradis inanime/活気のないパラダイス」、「Je m’ennuie/私は退屈」、「Appelle mon numero/私の番号に電話して」、「Point de suture/縫合」、「Libertine/放蕩女」、「Desenchantee/幻滅した女」などが歌われている。DVD2には舞台衣裳制作(デザインを担当したジャン=ピエール・ゴーティエJean-Paul Gautierとのインタヴユー)、フィジカルトレーニング(トレーニングコーチとのインタヴユー)、振り付けのリハーサル(振付師とのインタヴユー)、ミュージシャンのリハーサル(ピアニスト イヴァン・カサールYvan Cassarとのインタヴユー)、舞台裏の様子などが収録されている。DVDリリースの前日4月11日(日)にはパリ、ナント、ニース、リヨンなどフランス主要20都市の映画館でDVDの試写会が行われた。パリの会場はGrand Rexで、入場料は20ユーロ。映画館の大画面で見ることによりあたかもStade de Franceにいるような臨場感。コンサー
のライヴCDはすでに「№5 on Tour」のタイトルでリリースされている。
No.411   2010.4.14  アラン・スーションAlain Souchon、 F2 13時のニュースに出演     2010.4.14

12日標記番組の「最後の5分」に出演したスーションは4月5日2枚組みCDとDVDのライヴアルバム「Alain Souchon est chanteur/アラン・スーションは歌手」をリリース。これは09年10月から行っているツアーのタイトルと同じ(№261)で、ツアーには15万人以上が集まった。「何故改めて自分は歌手だと宣言するのか質問されるが、部屋でシャンソンを作ることやスタジオで録音することとステージで歌うこととはまったく異なる。ステージに立って歌っているときは正に歌手。歌手という職業のゆえに人々は私に笑いかけてくれる。歌手という職業が、私が世の中を生きて行くことを容易にしてくれる。家で紙に鉛筆で何か書き、・・私は紙と鉛筆の匂いが好き、コンピュータとはまったく違う・・ピアノを弾き、ギターを弾いているときは作詞家であり、作曲家であり、自分が歌手だとは思っていない。」アルバムには「コンサートでは必ず歌わなければならない義務のような曲、私を世の出してくれた曲」である「Foule sentimentale/センチメンタルな大衆」、「J’ai dix ans/僕は10歳」、「Quand je serai KO/僕がKOされたら」のほか「Ecoutez d’ou ma peine vient/僕の苦しみがどこから来たか聞いて下さい」、「Les saisons/季節」、「Parachte dore/金色のパラシュート」などの最近の曲を含め、2時間余のステージで歌った24曲が収められている。スーションはこの夏にはLa RochelleのFrancofolie、Vieilles Charruesのフェスティヴァルに出演するほか、100回余り計画され、残り20回余りとなった国内ツアーを続ける。番組の最後に歌ったのは「La vie ne vaut rien/人生は何の価値もない」。
 No.410  2010.4.13 ストロマエStromae、「Alors on danse」シングルチャートのトップ         2010.4.13

3月第1週に初登場でシングルチャートの1位になってから現在まで1位または2位を続けているのがストロマエの「Alors on danse/さあ 踊ろう」。ストロマエStromaeは1985年ブリュッセル生まれのシンガーソングライター、本名Paul Van Haver。父親はルワンダ出身、母親はベルギー人。芸名のStromaeはMaestroのverlan/逆さ言葉。2000年からラップ歌手として音楽活動を始め、フランスのラップ歌手Kery Jamesのアルバム「A l’ombre du show business/ショービジネスの影で」に4曲作曲している。09年にシングル「Alors on danse」と「Up Saw Liz(n’importe quoi/何でも)」をリリース。このうち「Alors on danse」はヨーロッパ各国で大ヒットし、ベルギー、フランスばかりでなく、ドイツ、スイスでもチャートのトップ、そのクリップも好評。現在この2曲を含むアルバムの準備中。
 
No.409   2010.4.12  クロード・フランソワClaude Francois、4枚組みライヴCD  2010.4.12

クロード・フランソワの4枚組CDの箱入りライヴアルバム「En public/観客の前で」が3月29日リリースされた。1939年エジプト生まれのシンガーソングライター。56年フランスに。62年アメリカのヒット曲「Girls,girls,girls」に自身がフランス語の歌詞を付けた「Belles,belles,belles/美しい娘たち」で一躍人気歌手に。67年9月「Comme d’habitude/いつものように」(「My way」の原
曲)を収録。人気絶頂の78年3月11日風呂場で感電死、38歳。「En public」には57曲収められている。CD1には1965年7月11日北フランスNord県Maubeugeでのコンサートから「Marche tout droit/真っ直ぐ進め」、「Donna donna/ドナ・ドナ・ドーナ」、「Les cloches sonnaient/鐘が鳴った」、「Si j’avais un marteau/天使のハナマー」、「Belles,belles,belles」、 「Je sais/わかっている」など15曲。CD2には71年9月8日Nord県Cambraiでのコンサートから「Je te demande pardon/君に許しを請う」、「C’est de l’eau,c’est du vent/水だ、風だ」、「C’est la meme chanson/それは同じこと」、「Commed’habitude」など13曲。CD3には74年9月8日Cambraiでのコンサートから「Comme d’habitude」、「Cherche/探せ」、「Il fait beau,il fait bon/晴天、快適」、「Chanson populaire/みんなのシャンソン」、「Le mal aime/」など14曲。CD4には78年2月24日Lyonでのフランソワ最後のコンサートから「Laisse une chance a notre amour/僕たちの愛にチャンスを」、「Le vagabond/放浪者」、「Je vais a Lio/僕はリオへ行く」「17ans/17歳」、「Cette annee-la/この年に」、「Magnolias for ever」など15曲。
No.408   2010.4.11  ダミアDamia、 CD「La guingette a ferme ses volets」 2020.4.11

2010年3月29日ダミアのヒット曲を集めたCD「La guingette a ferme sesvolets/真夜中の居酒屋」がリリースされた。ダミアは1889年パリ生まれ、歌手フレエルの夫でミュージックホールのスターだったロベルティに出会い、歌手としての手ほどきを受け1908年デビュー、Le Petit Casino、L’ Alhambraなどのcafe-concertに出演、第1次大戦中は前線でも歌う。舞台衣裳は黒いシースドレス、舞台演出の道具として照明の利用、手の動き、嗚咽するような、あるいは叫ぶような声で一つのシャンソンを一つのドラマに仕上げた。29年「Les goelands/かもめ」(Lucien Boyer作詞・作曲の1905年の曲でほとんど忘れられていた)を録音。36年2月28日「Sombre dimanche/暗い日曜日」を録音。ドイツ占領下ではモンパルナスで歌い、49年にはサル プレイエルでコンサート。初めて訪日したシャンソン歌手として53年5月に来日。54年のオランピア出演の際にはジャック・ブレルが前座。56年のオランピア公演を最後に引退。30数年にわたり「Chanson realiste/現実派シャンソン」歌手として君臨。78年89歳で死去、パリ郊外Pantin墓地に埋葬。CD「La guingette・・」に収められているのは:「La guingette a ferme sesvolets」、「Sombre dimanche」、「La garde de nuit a l’Yser/イーゼルの夜哨」、「Les goelands」、「La mauvaise priere/邪な願い」、「L’etranger/異国の人」、「Johnny palmer/ジョニー・パルメール」、「Le grand fries/縮れ毛の男」、「Tu ne sais pas aimer/人の気も知らないで」、「L’angelus de la mer/海のアンジェラス」、「La chaine/愛の絆」など25曲。
No.407   2010.4.9  ジョー・ダッサンJoe Dassin、ミュージカル「Il etait une fois Joe Dassin」10月公演  2010.4.9

1970年代の人気歌手で今年没後30年になるジョー・ダッサンをテーマにしたミュージカル「Il etait une fois Joe Dassin/かつてジョー・ダッサンがいた」の初日は10月1日であるが、4月7日のLe Parisien紙は早くもこれを取り上げていて、6日には最初のクリップ撮影があった由。ダッサンは1938年NY生まれ、歌手で作曲も。父、映画監督のジュール・ダッシンがマッカシーリストに載り、一家はフランスに。60年代後半から歌い始め、エレガントな振る舞い、情熱的な声で人気。67年には「Les Dalton/ダルトン一家」、「Siffler sur la coline/丘の上で口笛を」がヒット、69年には「Les Champs-Elysees/オー シャンゼリゼ」が世界中でヒット。75年には「L’ete Indien/インデイアン サマー」が生まれた。80年8月ヴァカンスを過ごしていたタヒチ、パペーテのレストランで昼食中に心臓発作で死去、41歳であった。ミュージカル「Il etait・・・」の舞台監督は「Choristes/コーリスト」、 「Faubourg 36/幸せはシャンソニア劇場から」のクリストフ・バラティエChristopheBarratier、「ダッサンの生涯の転機となった出来事をくつか取り上げるが、生涯をトレースするものではない。一種のコンサート、余り知られていない曲も含め35曲歌われる。」ダッサンの遺児Julienも出演し、全面的に協力。出演は男女各5人の歌手で、その中には「Grease」に出演していたCecillia Caraも、「ジョー・ダッサンの曲は私にとってはプルーストのマドレーヌ。子供の頃両親が車の中でカセットを掛けてよく聞いていた。だから子供時代の一部。」パリでの上演はLe Grand Rexで10月1日から11月12日まで。
No.406  2010.4.8  シャバダChabada、マルティー&ジルベール・カルパンティエ夫妻Maritie & Gilbert
Carpentier特集 2010.4.8              

F3で毎週日曜日放送のダニエル・ランブロゾ司会による音楽番組シャバダが4月5日(月)20:35から、1950年代から90年代に掛けてのラジオ、テレビの音楽バライティー番組の名プロデューサーであったカルパンティエ夫妻を特集。夫妻がプロデュースしたTVの音楽番組には「La Grande Farandole」(61―67)、「Sacha show」(1963
-71、Sacha Distelが司会した)、「Top a....」(72-75)、「Numero 1」(75-82)などがあり、番組は常に高い視聴率を誇っていたし、夫妻の番組に出演することは若手歌手の登竜門でもあった。シャバダの特番には夫妻の番組に数多く出演したアラン・スーション、ヴェロニク・サンソン、エディー・ミッチェル、デーヴ、フランソワーズ・アルディー、アニー・コルディー、エンリコ・マスアス、シャンタル・ゴヤ、ジェーン・バーキン(この番組に出演するため来日を24時間延期した由)などが出演し当時のエピソードを語り、出演時に歌った曲などを歌った。また夫妻がプロデュースした番組の映像が流された。そこには前記のゲストの他、セルジュ・ゲンズブール、クロード・フランソワ、サッシャ・ディステル、ジョー・ダッサン、ダリダらが登場。夫妻の番組では歌手たちは持ち歌にまつわるユーモア溢れる寸劇を演じた。夫妻は思いかけないデュオ・・シルヴィー・ヴァルタンとカルロス、ジョニー・アリデイとナタリー・バイユ、ジェラール・ドパルデューとクロー・ヌガロ・・で歌わせた。また、歌手同士のデュオやトリオでは自分持ち歌ではなく、パートナーの持ち歌を歌わせた。これらのスタイルはその後のフランスの歌謡番組の定番となっている。
 No.405  2010.4.7  ステイシー・ケントStacey Kent、F2 13時のニュースに出演         2010.4.7

3月5日標記番組の「最後の5分」に出演したステイシー・ケントは1968年アメリカ生まれのジャズ歌手、92年からロンドンに住む。97年に「Close your eyes」でレコードデビュー以来アメリカ、 イギリス、フランス、日本でも人気が高い。10年4月2日にフランスでリリースされたアルバム「Raconte-moi/私に話して」は、収録されている12曲がすべてフランス語で歌われている。番組ではキャスターのSophie Le Saintとのインタヴユーで完璧なフランス語で答えていた。それは「ロシア人の祖父は長くフランスで生活していた。家族のためにアメリカに住むようになったが、フランスが大好きだった。そして小さかった私にその気持ちを伝えたくて、フランスの詩を教えてくれた。詩の内容は解らなかったが、それらの詩が祖父に与えていた喜びは理解できた。私も祖父に気に入られようとよく勉強した。祖父とは60歳の年齢差があったがフランスの文化に同じ感性があった。」「Raconte-moi」には若い歌手も協力しているが、バルバラの「Le mal de vivre/生きる苦しみ」、アンリ・サルヴァドールの「Jardin d’hiver/木もれ日の庭」、ミシェル・ジョナスの「Lesvacances au bord de la mer/海辺のヴァカンス」、ジャックリーヌ・フランソワの「C’est le printemps/春なのよ」、ジョルジュ・ムスタキの「Les eaux de mars/3月の水」、50年代にダニエル・ダリューが歌った「L’etang/池」などがキュートな声でジャズイーにカバーされている。「沢山の曲を、どんな曲か、どんな風にできたものかもを知らず、に聞いてみた。そして私にあったものを採った。」番組の最後に歌ったのはオリジナルの
「La venus du melo/メロドラマのヴィーナス」。
No.404   2010.4.5  ガエタン・ル-セルGaetan Roussel、ソロアルバム「Ginger」  2010.4.6

シャンソンフランセーズ界でこれだけ活躍し、これまでこれだけ目立たない存在だった人物がいただろうか。ルーセルはシンガーソングライターでギタリスト。1994年に結成されたロックグループでフランスのロック史上最も人気のあったルイズ アタックLouise Attaque(97年の最初のアルバム「Louise Attaque」は250万枚売り上げたと言われ、VdMでは99年ではグループ賞、2001年と06年にロックアルバム賞を受賞)のリーダーでヴォーカルとギターを担当。ルイズ アタックが活動を休止した後はグループ タルマックTarmacのリーダー。08年にはアラン・バシュングの遺作となり、09年のVdMでアルバム賞を受賞した「Bleu petrole/青い石油」の11曲のうち「Residents de laRepublique/共和国の住人」など6曲を作詞作曲。09年にはラシド・タアに「Bonjour」、ヴァネッサ・パラディに「Il y a/・・がある」を提供。そして、09年ソロ歌手としてデビュー、最初のアルバムは10年3月にリリースされた「Ginger」。「ルイズ アタックの活動休止後色々の歌手に協力しているうちに、徐々にソロで歌いたくなってきた。新たな出発というのではなく今までの活動の延長として。」渋い、響きの良い声、音調の豊富さ、変身を繰り返す遊び心、これは正に「Attaque surprise/奇襲攻撃」を受けたよう。アルバムには11曲収められている。ロック調の「Tokyo」、センチメンタルなバラード調の「Lesbelles choses/美しいもの」。先行シングルカットされた「Help Myself(Nous ne faison que passaer/(我々は通り過ぎるだけ)」のクリップを視聴できる。4月28日パリLa Cigaleに出演、その後国内ツアー。
No.403   2010.4.5  ラジオ局Europe1「On connait la musique」、500人目にゲスト    2010.4.5

ラジオ局Europe1で週末23:00~1:00、ティエリー・ルカンThierryLecampの司会で放送されている音楽番組「On connait la musique/音楽に造詣」は随時ゲストを招いて同局のMarlinスタジオを会場にコンサートを開いている。ゲストにはデビュー間もないオリヴィア・ルイズOlivia Ruiz,クリストフ・マエChristophe Maeなどがいたし、ケティ・メルアKatie Meluaのフランスにおける最初のコンサートはこの番組であった。また、レデー・ガガLady Gagaはピアノ1本の伴奏で歌った。この番組の放送開始から6年、招いたゲストが500人になったことを記念して、3月31日パリのLesTrois Baudetsで500人目のゲストCascadeur(「Walker」を歌う)などを迎えてコンサートが行われた。出演したのは、ラ グランド ソフィーLa Grande Sophie(「Celui qui me suivait dans larue/通りで私の後を付けてきた人」)、ルヴォルヴェールRevolver(「Get aroundtown」)、エミリー・ロワゾーEmilie Loizeau(「Fais batter ton tambour/あなたの太鼓を打ち鳴らせ」)、ジャンヌ・シェラールJeanne Cherhal(「Certains animaux/いくつかの動物」)、アラン・シャンフォールAlain Chamfort(「A la droite de Dior/ディオールの右に」)、エロディー・フレジェElodie Frege(「La centure/ベルト」)、アブ ダル マリク Abd Al Malik(「Les autres/他人」)、ヴァンサン・ドレルムVincent Delerm(「Je t’ai meme pas dit/君に言わなかった」)など。その模様は4月3、4日の番組で放送された。
No.402   2010.4.4  Stanislasスタニスラス&Olivia Ruizオリヴィア・ルイズ、話題のヴィデオクリップ2件    2010.4.4

・スタニスラスのクリップは「Tu verras en France/君はフランスで出会うだろう」で、Mike Ibrahimとのデュオ。アルバム「Les Carnets de la Vigie/見張り番ノート」
(№323)からの2枚目のシングル。・・彼らは言われた、パリでは歓迎されるだろうと、それで質屋に行き、旅費を工面して、やって来た、国境では10年かかった。彼らの宝の島へ、期待の地へ、荷物は一つ、ポケットには「フランスで出会うだろう・・」というメモを持って。でもそこでは忘れられた存在、彼らにあるのは彼らのために祈ってくれる神だけ。昼には追い立てられ、夜には押し込められ、働いても命を繋ぐだけ・・

・ルイズのクリップは「Les crepes aux champignons/キノコクレープ」。2010年VdMで女性歌手賞を受賞したルイズのアルバム「Miss Meteores/ミス 流星」(№107)からの3枚目のシン
グル。(1枚目のシングル「Elle panique/彼女はパニックっている」はVdMでヴィデオクリップ賞を受賞している。)・・彼は今朝出ていった、何事もないように、当然のように、私は窓から叫ぶ「帰ってきて、あなたのためにキノコクレープを作るから、約束よ。」彼は昨日の朝出ていった、夜私は決めた、一日中窓辺で彼を待とうと、今日も、明日も窓から叫ぼう「帰ってきて、あなたのためにキノコクレープを作るから、もう刃物は手にしないと約束するわ。」彼は606日前の朝去っていった、隣人は606日彼らの窓から叫んでいる。私の窓を閉めておけと、私は気が狂ったと、私が彼を殺したと、私がすべてを忘れたと。でもそれは嘘。彼が帰ってくるように、私は大きな声で歌う。「帰ってきて、あなたのためにキノコクレープを作るから、約束よ。」
No.401   2010.4.3  Soanソアン、2009年「Nouvelle star」優勝者      2010.4.3

カメリア・ジョルダナ、Camelia Jordana(昨報№399)が3位に終わった2009年TV局M6のスター誕生番組「Nouvelle Star/新しいスター」で優勝したのはSoan ソアン、本名JulienFaya。1981年生まれ、17歳で家を出て、生活のためパリの地下鉄で自作の曲を歌っていたという。27歳でこの番組の出場、パリ地区の予選から勝上がったソアンは、2ヶ月に渡る本選では「Les mots blues/青い言葉」(クリストフ),「Requiem pour un con/愚か者へのレクイエム」(セルジュ・ゲンズブール)、「My Way」(ポール・アンカ)、「L‘accordeoniste/アコーデオン弾き」(エディット・ピアフ)、「Break on through」(ドアーズ)などを歌った。そして6月9日決勝でLeilaレイラを破って、07年のジュリアン・ドレJulien Dore、08年のアマンディヌ・ブルジョワに続き、09年の優勝者となった。6月22日にはJean Cortiの前座でパリのLe Theatre des Bouffes du Nordに出演。優勝者の権利でアルバムを出すことができ、11月27日には「Tant pis/残念だが仕方がない」をリリース。すでにいくつかの曲を作っていたソアンは「Nexttime」、「En chemin/途中で」、「Emily」など自作の14曲をこのアルバムに収めた。時には魅力的、時には鼻持ちならない、時には挑発者、時には予想通り、困惑させられる言動、常軌を逸した服装、いずれにせよ独自の世界を持つ。望むと望まざるとに関わらず現代の社会、沈黙したまま苦しさに耐えているこの社会の代弁者であろう。現在国内ツアー中で、5月にはMontaubanのフェスティヴァル「Alors...chante」に、7月にはLa RochelleのFrancofolieに出演する
No.400
 
 2010.4.2
 カメリア・ジョルダナ、Camelia Jordana、ファーストアルバムリリース       2010.4.2

10年3月29日に自分の名をタイトルにしたファーストアルバム「CAMELIA JORDANA」をリリースしたカメリア・ジョルダナは1992年南仏Var県生まれ。09年TV局M6のスター誕生番組「Nouvelle Star/新しいスター」に出場、マルセイユの予選では「What a wonderful world」(ルイ・アームストロング)、本選では「Quelqu’un m’a dit/風の噂」(カルラ・ブルーニ)、「I wanna be loved by you」(マリリン・モンロー)、「Mistral gagnant/ミストラル ガニャン」(ルノー)などを歌い3位に。70年代を思わせる容姿、Ugly Bettyのような大きな眼鏡、バルバラやエイミー・ワインハウスに似ていると言われる声で人気に。準決勝で敗れた直後レコード会社との契約が成立。「子供の頃家ではnon-stopで歌っていて、家族にはいつも止めてと言われていた。学校で歌うと同級生たちは死ぬほど笑い転げた。」ジョルダナ、最初に人前で歌ってから1年も経たずにアルバムが出たことに。「アルバムは多くの人との出会いで出来上がった。マネジャーが多くのアーティストに曲を依頼した、そして色々な曲、400曲ほど、聞かせてくれた。その中からBabxの曲が気に入り一緒にやりたいと頼んだ。最初は断られたが、マネジャーが私の歌を聞かせたところOKしてくれた。他の協力者も、経緯は同じよう。私が選んだ曲は、私がその曲の中で歌われている人物の人間性に感動した曲。だから、結局このアルバムに収められた曲の中には私自身がいる、それらは私自身を歌ったもの。」アルバムには「Non non non」、「Moi ,c’est/私、それは・・」、「Tombee dehaut/高所から落ちて」など14曲が収められている。4月2日にはパリ17区のFnacでショーケース・ライヴ。
No.399  2010.4.1   イ ムヴリニ I Muvrini 、F2 13時のニュースに出演     2010.4.1
3月30日標記番組に出演したのはイ ムヴリニのジャン=フランソワ。イ ムヴリニはコルシカ出身のベルナルディニBernardini兄弟(アランAlainとジャン=フランソワJean-Francois)が結成したワールド・ミュージックの男声合唱グループで、1979年から活動、すでに30年のキャリア。I Muvriniは、「野生の羊」の複数形。ア カペラで歌うほか、コルシカの伝統的楽器(コルヌミューズ、ハンデイー・ガーデイーなど)を用いる。1997年(「IMuvrini a Bercy/ベルシーにおけるイ ムヴリニ」)及び2003年(「Umani/ウマニ」)のVdMでワールドミュージックアルバム賞を受賞。フランス国内ばかりでなく世界各地で公演、08年11月にはNYのカーネギーホールにも出演している。また、ヴェロニク・サンソン(「Le temps est assassin/時は殺人者」、MCソラール(「Jalalabad」)、フロラン・パニー(「Amsterdam」)、スティング(「Terre d‘oru/黄金の土地」)、ナナ・ムスクーリ(「Here’s to you」)らとのコラボレーションは高い評価を受けている。イ ムヴリニが3月22日にリリースしたアルバムは「Gioia/喜び」。アルバムには14曲収められていて、フランス語とコルシカ語で歌われている。グラン コール マラッドGrand Corps Maladeがヴォーカルで(「Una terrenova/新しい土地?」)、トマ・デュトロンThomas Dutroncがギターとヴォーカル(「Bonafurtna/幸運?」)で参加している。番組の最後にコルシカ語で歌ったのはアルバムのオープニング「Insene si po/一緒にやれば出来る」。イ ムヴリニは2月からヨーロッパツアーを行っていて、3月27日にはパリのZenithに出演。夏には各地のフェスティヴァルに出演し、9月からツアーを再開する。
No.398   2010.3.31  Alizeeアリゼ、新しいアルバム「Une enfant du siecle」        2010.3.31

アリゼの3年振り、4枚目のアルバムは3月29日リリースの「Une enfant du siecle/世紀の女の子」。アリゼは1984年コルシカ生まれの女性歌手。2000年TV局M6のスター誕生番組に出演した際ミレーヌ・ファルメールとローラン・ブトナの目に止まる。同年7月ファルメール=ブトナのコンビのプロデュースにより最初のシングル「Moi..Lolita/私はロリータ」をリリース。世界中で大ヒットし200万枚以上売り上げた。このコンビによる同年9月のアルバム「Gourmandises/甘いごちそう:私はロリータ」、03年2枚目のアルバム「Mes courants electriques/私の電流:夢みるアリゼ」も大ヒット。03年日本でTVコマーシャルにも登場。その後歌手ジェレミー・シャトランと結婚(03年11月)、長女誕生(05年4月)。07年12月ダニエル・ダルクらの詩にシャトランらが曲を付けた11曲を収めたアルバム「Psychedelices/幻覚」をリリース。フランスでは不調だったが、メキシコでは大ヒットし、08年のメキシコ公演は大盛況。今回の「Une enfant du siecle」はエレキグループChateauMarmontの協力を得てエレクトロ・ポップスに舵を切る。テーマは60年代にアンディ・ウオーホールのミューズで、28歳で麻薬により死去した女優イーディー・セジウイックの生涯。先行してシングルカットされた「Les Collines(Never Leave You)」、「Limelight」など11曲が収められている。「新聞で好意的な評価を受けている。そんなことは今までにはなかった。質の良いアルバムを作ることが出来たと思っている。ただ最初からのファンにこの新しい試みが理解されるかどうか。でもその人たちも私と同じように10歳年をとったのだから、それなりに変わっているだろう。」3月29日18時からパリシャンゼリゼ通りのVirgin Megastoreでサイン会。
No.397   2010.3.30  フランソワーズ・アルディFrancoise Hardy、新しい「La pluie sans parapluie」       2010.3.30   

3月29日リリースされた新しい、26枚目のスタジオ録音アルバムは「La pluie sans parapluie/傘のない雨」でFigaro紙は「彼女の最も優れたアルバムの1つ」と評価、あるいは「hardi/大胆な、思い切った」との評も。 アルデイは1944年 パリ生まれ、62年に出した最初のレコード「Tous les garcons et les filles/男の子、女の子」は200万枚以上売り上げACCディスク大賞。67年「Ma jeunesse fout l'camp/もう森へ何行かない」、68年「Commentte dire adieu/さよならを教えて」などのヒット。68年にはステージから引退を宣言、その後コンサートは行っていない。05年VdMで最優秀女性歌手賞を受賞。06年には夫のジャック・デユトロン、アラン・ドロン、アラン・スーション、アンリ・サルヴァドール、ベナバール、フリオ・イグレシアスらとのデユオアルバム「Parentheses/括弧」。08年自伝「「Le desespoir des singes… et autres bagatelles/猿たちの絶望・・とその他の些事」を出している。今回のアルバムには13曲収められている。アルバムのタイトルにもなった「La pluie sans parapluie」はドイツの若い女性歌手Fouxiのアルバム「Les fleurs de Fouxi」に収められた曲をアルディが気に入り、ルフラン部分(「私の傘になって、昼も夜も、お願いあなたの腕の中に抱いて、あなたの夢の中に連れて行って・・」)以外は歌詞を変えてカバーしているもの。シングルカットされた「Noir sur blanc/白の上の黒」はアルディの詩にカロジェロが曲を付けた。 「Mister」はラ グランド ソフィーに、「Memory Divine」はジャン=ルイ・ミュラに、「Les mots s’envolent/言葉は飛び去って行く」はアルテュール・アッシュに提供された。それ以外はアルディの詩にアラン・ルブラノらが曲を付けている。
No.396   2010.3.29  ニコラ・ジュールNicolas Jules、アルバム「Shaker」をリリース         2010.3.29

ニコラ・ジュールは1973年生まれのシンガーソングライター、シャンソンフランセーズの30代の歌手としては評論家や専門家の間では高く評価されている歌手の一人。しかしトップ50に入ることはなく、TVのスター誕生番組の優秀な生徒ではない。[№392のフェスティヴァルでジャック・デュトロンの前座で歌っている]ジュールは18歳で出身地Poitiersのロックグループで歌い出し、その後ソロに、98年6曲収めた最初のCDを出す。それ以降フェスティヴァルに出演するたび、CDを出すたびに専門家の高い評価を受けている。99年「ブルジュの春」フェスティヴァルでは新人シャンソン賞を受賞。2000年モントーバンにおける「Alors Chante/さあ歌え」フェスティヴァルでは審査員賞を受賞。05年モントリオールのフランコフォリーではフェリックス・ルクレール賞を受賞。05年最初のアルバム「Le Coeur sur la table/テーブルの上のハート」と08年3枚目のアルバム「Powete」はいずれもACCの推薦アルバムに。09年には90日間の国内ツアーを行っている。10年3月4枚目のアルバム「Shaker」をリリース。「La betonneuse/コンクリートミキサー」、「Un joli bruit de moteur/エンジンの心地よい騒音」、「/赤い鯨」など収められている11曲は、ジャック・イジュランの叙情性、トマ・フェルセンの物語性、ジャン=リュイ・ミュラの自我主義、ニノ・フェレールのナルシズム、アラン・スーションの突拍子のなさが見られるとの評。乱れた髪型、誘うような声、痛快なユーモア、優しさと愚弄のカクテル、シャンソンフランセーズの「singulier/風変わりな、奇抜な」存在であることは間違いない。4月15日にはパリのLe cafe de la danseに出演。
No.395   2010.3.27  クリストフ・マエChristophe Mae、新しいアルバム「On trace la route」    2010.3.27

前作から3年、マエの待望のニューアルバム「On trace la route/道を辿る」(№292)が3月23日リリースされた。セネガルのどこかで撮影されたジャケットの写真が示すように一種のロードムービー。「このアルバムのために、どこかに閉じこもることはなかった。ツアーの合間、合間に曲ができた。午後楽屋の中で。常にレコーダーを脇に置き、ある音、あるテーマを思いつくと書いて録音した。その後メロディーを入念に仕上げ、出来上がった40曲余りから厳選した。この3年間で人生に何を感じたかを綴った。このようなタイトルにしたのは、僕はもうこの道を15年間歩いている。そして今では僕は一人ではなく、多くの人が協力してくれる。これからも一緒に道を辿っていこうという気持ちの表れ。」シングルカットされた「Dingue,dingue,dingue/すごい、すごい、すごい」、「J’ai laisse/僕は放っておく」を含む11曲が収められている。女性ラップ歌手ディアムスには歌詞を2曲提供された;「J’ai vu la vie/僕は人生を見た」(「アフリカへの思いは二人に共通。心からの歓迎、匂い、色、アフリカには魅力が沢山。」)と「Je me lache/もうやめた」 (「何か鬱積した気持ちを表すような詩が欲しいかったので、頼んだ。彼女はそれをものの見事にやってくれた。」)。他に、「Pourquoi c’est beau/何故それが美しい」(「人は誰も同じではない。違いを受け入れることが大事。息子にそれを教えたかった。」)、「Nature/自然」(「僕は地球が有限なものだと知っている。この地球の素晴らしさを、美しさを、後世に、息子に残したい。」、「La Rumeur/噂」 (「心の声だけ聞けばよい」)。6月1日からツアーを開始、パリ登場は6月15~19日のZenithと10月20日Bercy。
No.394   2010.3.26 ジャック・ルヴォーJacques Revaux、Unacの2010年グラン プリ受賞     2010.3.26

ジャック・ルヴォーが長年の功績に対し2010年のUnac(Union nationale des auteurs et compositeurs/全国作詞家・作曲家組合)のグラン プリを受賞した。1940年生まれの作曲家。最初は歌手として数枚のレコードを出したほかミュージカル映画「Les demoiselles de Rochefort/ロッシュフォールの恋人たち」(66年)でジャック・ペランの歌の吹き替えを行っている。60年代後半から作曲家に。ルヴォーの最大のヒットはクロード・フランソワの「Comme d’habitude/いつものように」(67年)。これはジル・ティボーの詩に曲を付けたもの。フランソワはルフラン部分に多少手を加え、作曲者としてルヴォーと名を連ねている。この曲は69年ポール・アンカが英語の詩を付けた「My Way」で世界的に知られている。 ルヴォーと最も緊密に協力した歌手はミシェル・サルドウで、67年の「Petit/小さな子」から始まり、サルドウの多くのヒット曲はルヴォーの作曲によるもの。「Les bals populaires/舞踏会」(70年)、「Le rire du sergent/軍曹が笑う」(72年)、「Les vieux maries/永遠の絆」(73年)、「La maladie d’amour/恋の病」(73年)、「Le France/フランス号の曳航」(75年)、「La java de Broadway/ブロードウェイのジャヴァ」(77年)、「Les Lacs du Connemara/コネマラ湖」 (81年)などがある。ルヴォーが曲を提供している歌手は他に:エルヴェ・ヴィラール、ミシェル・トール、ジョニー・アリディ「(Mon fils/僕の息子」68年)、シャルル・アズナヴール(「Toi et moi/君と僕」94年)、ニコレッタ、シルヴィー・ヴァルタン、ミレイユ・マテュー、マルセル・アモン、マイク・ブラント、ユーグ・オーフレ等々。
 
No.393   2010.3.25  

ダニDani、新しいアルバム「Le Paris de Dani       2010.3.25

ダニの新しいアルバム「Le Paris de Dani/ダニのパリ」が10年3月22日リリースされた。ダニ、本名Daniele Grauleダニエール・グロールは1944年南仏タルヌ県生まれの歌手、俳優。18歳でパリに出て美術学校で学ぶ。俳優としては64年にロジェ・ヴァデム監督の映画でデビュー、フランソワ・トリュフォ監督の映画にも出演。歌手としては66年には最初のEP、68年には彼女の最大のヒット曲で100万枚以上売り上げたと言われる「Papa vient d’epouser la bonne/パパがお手伝いさんと結婚した/パパがお手伝いさんと結婚した」を出した。70年には最初のアルバム「Dani」でACCレコード大賞を受賞。75年セルジュ・ゲンズブールは彼女に「Comme un boomerang/ブーメランのように」を提供。AlhambraBobinoAlcazarなどのキャバレに出演、大きなステージに立つことは少なかった。70年代後半からパリ6区に開いた花屋の経営に専心。2002年エティエンヌ・ダオが「Comme un boomerang」をダニとのデュオでカバー、VdMのシャンソン賞にノミネートされ復活した。「Le Paris de Dani」にはカリ、アラン・シャンフォールなどの友人協力を得た、バラード調(「Mon coeur balance/私の心は揺れ動く」、「Nos rendez-vous/私たちのランデヴー」)、ポップ調(「Un etre humain a Paris/パリの人間」)、60年代のロック調(「Le Pont de L’Alma/アルマ橋」)など11曲が収められている。それぞれの曲は、夏の空、交通渋滞、左岸と右岸の確執、急ぎ足の歩行者などパリのイメージを与えていて、聞く人がパリジャンなら現実のものとして理解し、そうでなければそれなりのパリ感を持つだろう。このアルバムは光の都パリに捧げられたオマージュの中でも最も美しいものの一つ。彼女がステージに立つ計画もあるようだが、そうなれば正に一大事件。

 No.392  2010.3.24  ジャック・デュトロンJacques Dutronc、 ル フェスティヴァル コリュス デ オー=ド=セーヌ開幕 2010.3.2

2010年コリュス誌オー=ド=セーヌ県フェスティヴァルLe festival Chorus des Hauts-de-Seine2010が開幕した。このフェスティヴァルはイル・ド・フランスに春を告げる音楽の祭典で今回が第22回、今年は3月20日から4月3日まで32都市で約120人のアーティストが参加し、80のコンサートが行われる。開幕日の20日ラ デファンスの前庭で20時から始まったオープニングコンサートのメイン出演者はジャック・デュトロンJacques Dutronc、前座はニコラ・ ジュールNicolas Jules。デュトロンがこのフェスティヴァルに出演するのは17年振りで、この間デュトロンはステージに立っていなかった。トレードマークのハバナ葉巻はくわえていない。公共施設での喫煙が禁止されたため。しかしもう一つのトレードマーク、サングラスはいつものように。「こんな機会にラ デファンスに来るのは素晴らしいこと。それにしても変わったもの。」約2時間のステージで「Fais pas ci,fais pas ca/これをするな、あれをするな」、「La fille du Pere Noel/サンタクロースの娘」、「Les cactus/サボテン」、「J’aime les filles/僕は女性が好き」など20曲余りのヒット曲を歌った。フェスティヴァルの2日目以降の主な出演者は次の通り、入場料は10~15ユーロ;3月22日ルナン・リュス 23日クリストフ 24日モラーヌ、カロジェロ 25日ラファエル、ミシェル・デルペッシュ 26日ブリジット・フォンテーヌ 27日ラファエル 29日バンジャマン・ビオレ 30日ドミニク・アー 31日バンジャマン・ビオレ 4月1日ジュリエット・グレコ、アラン・シャンフォール 3日オリヴィア・ルイズ
 No.391  2010.3.23  アメル・ベントとニルダ・フェルナンデズ、ヴィデオクリップが好評      2010.3.23

最近好評のヴィデオクリップ2件。

・アメル・ベントAmel Bentのアルバム「Ou je vais/私はどこへ行くのか」(09年12月4日リリース№299)からの「Le mal de toi/あなたを思って胸が痛む」。白黒の画面に亡妻の墓参に行く老人、両親を失ったばかりの少年、子供を施設に預ける母親が描かれている。ベントは5月4日パリOlympia、11月18日にはパリZenithに出演。

・ニルダ・フェルナンデズNilda Fernandezのアルバム「Nilda Fernandez」(10年1月8日リリース№329)からの「Plage de L’Atrantique/大西洋の浜辺」。フェルナンデズがアルバム
の録音の間に撮影した映像が使われていて、ジェノヴァ、同市のポルト・アンティーコ、エッフェル塔、セヴィリヤ等々を巡り最後は再びジェノヴァの海岸へ。フェルナンデズは4月12日パリLa Cigaleに出演
No.390   2010.3.22  ヴェロニク・ディケールVeronique Dicaire、 F2 13時のニュースに出演       2010.3.22    

3月18日標記番組「最後の5分」に出演したヴェロニク・ディケールは1976年カナダ オンタリオ州出身の歌手で、物まねアーティスト。2002年にカナダで出したアルバム「Veronique Dicaire」はカナダのレコード大賞Prix Felixフェリックス賞の新人賞にノミネートされ将来を嘱望された。2枚目のアルバム05年の「Sans detour/永久に」も評判は良かった。しかし08年モントリオールにおけるセリーヌ・ディオンCeline Dionのスペクタクル「Taking Chances」の1部に出演したことによって運命が急展開。この8回にわたるステージでディケールは20万人の観客を前に、歌の最後にディオン、イザベル・ブーレ、リンダ・ルメイあるいはマドンナ、ブライトニー・スペアーズの物真似をやったところ大喝采。その後ユーモアのあるMC、ディオンの夫でプロデューサーのルネ・アンジェリルがマネージャーとして応援していることもあり、エンターテイナーとしてTVや劇場で大活躍。番組では「ディオンの前で歌ったら彼女がコーチしてくれた。一番好きな歌手はエディット・ピアフ、誇張して面白おかしく真似るのではなく真髄に迫りたい。3枚目のアルバムを前にこのように方向転換したことを悔いてはいない。」と語り、最後にヴァネッサ・パラディ(「Divine idylle/神聖なる純愛」とオリヴィア・ルイズ(「Femme chocolat/チョコレート女」)の物真似を披露。ディケールは2010年3月3日から4月3日まではパリ モンパルナスのゲテ劇場Theatre de la Gaiteでフランスにおける彼女の最初の「One-Woman show」を行っていて、そこでは40人の物真似をするという。
No.389   2010.3.20  ヴァネッサ・パラディVanessa Paradis、主演映画公開ほか         2010.3.20

パラディが主演した映画「L’Arnacoeur/ペテン師」が3月17日から公開された。Pascal Chaumeil監督のこのロマンティックコメディーでパラディはロマン・デュリスRomainDurisと共演している。パラディ扮するジュリエットは魅力的な30歳、醸造学の専門家、経済的にも独立しているが父親との仲は良くない。デュリス扮するアレックスはカップルを別れさせるプロ。アレックスの次のターゲットはジュリエット。ジュリエットの父親に高額の報酬で依頼され10日後に結婚することになっているジュリエットと愛し合っている婚約者の仲を裂こうというmission impossibleの物語。パラディはまた3月3日公開の映画「Thelma、Louise et Chantal」(№375)ではシェイラSheilaの60年代のヒット「Vous les copains/仲間たち」をカバーしている。映画に関しては、 2011年撮影開始の映画「The American Dream」(あるいは「My American Lover」)ではパラディと1998年からの伴侶ジョニー・デップJohnny Deppとの初共演が実現するのではないかと言われている。フランスの作家、哲学者でフェミニストであったシモーヌ・ド・ボーヴォワールSimone de Beauvoirとアメリカ人の作家ネルソン・オルグソンNelson Algrenとの恋愛物語。一方、歌の方では、2009年11月にリリースした2枚組みCDのベスト盤(№286)が好調で、リリース後3週間コンピレーションアルバム売上げチャートの1位、その後も現在まで6位以内を保っている。そして6月後半からフランス国内、ベルギーで「Tournee acoustique/アコースティック ツアー」を行う予定で、6月28~7月2日はCasino de Parisに出演。7月14日にはLa RochellleのFrancofoliesに出演する。
 No.388  2010.3.19  ミシェル・フガンMichel Fugain、F2 13時のニュースに出演2010.3.19

3月15日から20日までパリAlhambraで6回のコンサートを行うミシェル・フガンが15日標記番組の「最後の5分」に出演。フガンは1942年グルノーブル生まれ、歌手で作曲家。バークレー社に作曲家として入りダリダらに曲を提供。その後歌うようになり、67年「Je n’aurai pas le temps/僕には時間がないだろう」がヒット。72年若手アーティストのグループ「ビッグ・バザール」を結成、「Une belle histore/美しき物語」(サーカスの「Mr.サマータイム」の原曲)などのヒットを。グループ解散後も定期的にアルバムを出していたが、02年に長女を白血病で失った後は活動を大幅に縮小していた。07年アズナヴール、サンソン、サルドウなど12人の友人提供された詩に自らが作曲しアルバム「Bravo et merci/ブラヴォーそしてありがとう」を出して戻ってきた。番組では「このコンサートは200回ほど計画しているものの一つ。ケベックでは1ヶ月半歌ったし、エルサレムでも歌ってきた。歌うだけでなく語りも入れた。観客がこの歌手と共に、この曲と共に人生を過ごしてきたんだ、と思ってくれたら歌手冥利に尽きる。」と語り、番組の最後には「Viva la vida/人生万歳」などをメドレーで。
 Alhambraのステージでは「Je n’aurai pas・・・」について「ピエール・ドラノーエに曲を持って行って、詩を頼んだ。1週間後に出来てきた。読んでまったく気に入らなかった。私は当時まだ25歳、それが『僕には時間がないだろう』と歌うんだから。」
No.387   2110.3.18. ジャン・フェラJean Ferrat、葬儀           2010.3.18

3月13日に死去したジャン・フェラ本名Jean Tenenbaumの葬儀が3月16日Rhone-Alpes地域圏、Ardeche県の人口600人の小村Antraigues-sur-Volaneで行われた。フェラは1964年からこの村に居を構え、70年代には副村長を務めた。棺は14:30、村の中央広場に置かれた。村長のMichel Pesentiがフェラの「兄Andreの隣に葬って欲しい、花束も仰々しい追悼の辞もいらないという」という遺言を朗読し、付け加えた「それでも、彼を愛す人々が最後の別れに来ることは彼の遺志には反しないでしょう。」次いで兄のPierre Tenenbaumは「ジャン、あなたの声はこれからも町の中を、心の中を流れるでしょう。これからも時代の苦難に抗し続けるでしょう」と挨拶。親族の二人の少女が涙声でアラゴンの「Que serais-je sans toi/もしもあなたに逢えずにいたら」の詩の一部を朗読。参列した女性歌手フランセスカ・ソルヴィルFrancesca Sollevilleは「Ma France/私のフランス」を歌い、イザベル・オーブレIsabelle Aubretは「C’est beau la vie/人生は美しい」を歌った。続いて「La montagne/ふるさとの山」を歌ったがそれは広場を埋めた参列者全員の合唱に。5000人が参列し1時間続いた式にはミサはなく、極めて質素に行われたが、友人、村民、多くのファンの愛情が溢れるものだった。TV司会者で長年の友人Michel Drucker、共産党書記長Marie Georges Buffet、歌手ジョルジュ・ムスタキGeorges Moustaki、欧州議会議員Jose Boveらが参列。外国出張中のミッテラン文化大臣の名代は文化省官房長。遺体は午後初春の陽の中、近親者によって村の墓地の兄の隣に埋葬された。
 
No.386   2010.3.17  ジャック・イジュランとアルテュール・アッシュ、同時期にパリでコンサート  2010.3.17

父ジャック・イジュランJacque Higelinは3月9日から14日までラ シガルLaCigakeに出演。そこからメトロで2駅のボフ デュ ノールBouffes du Nordには息子のアルテュール・アッシュArthur Hが出演、こちらも3月9日から14日まで。

・ジャックは今年10月に70歳、2月22日14曲収めたニューアルバム「Coup de foudre/一目惚れ」をリリース、これは2月最終週のアルバムチャートに初登場2位と好調。コンサートは連日超満員。「大家」、「巨匠」、「マジシャン」などと形容されるジャック、黒で統一された衣裳で現れ、9人のミュージシャンに囲まれ最新アルバムからの曲のほか、クラシック「Champagne/シャンパーニュ」(ピアノを弾き)、「Tete en l’air/頭を上げて」(ギターを弾き)、「Pars/出ていって」などを歌った。声、パフォーマンスに圧倒され会場はスーク(アラブの市場)のような騒ぎに。10月18日にはパリZenithに出演。

・アルテュールのデビュー20周年を記念する今回のコンサートはピアノの弾き語りの「piano-voix/ピアノと歌」スタイル。ステージにはアルテュール、ピアノ、フロアースタンドだけ。「このコンサートを1月に亡くなったLhasa(de Sela)に捧げます。」と始まり、「The lady of shanghai」、「Adieu Tristesse/悲しみよさようなら」、「Luna Park/リュナ パーク」などのヒットを次々と。この冒険は大成功で、ステージを去るアルテュールは満足げ。観客にも美味な「bouffe/料理」だった。3月22日には2枚組みCD「Mysticrumba」をリリース予定、一種のベスト盤で収められる24曲は新曲数曲の他は過去のヒット曲。
 No.385  2010.3.16  追悼:ジャン・フェラ Jean Ferrat、ヴィデオ(その2)  10.3.16

Ma France/私のフランス」(1969年、詩、曲ジャン・フェラ)
Aimer a perdre la raison/理性を失うほど愛する」(1971年、詩ルイ・アラゴン、曲ジャン・フェラ)
La paix sur terre/地上に平和を」(1991年、詩、曲ジャン・フェ ラ)
 No.384  2010.3.15 追悼:ジャン・フェラ Jean Ferrat、ヴィデオ(その1)             2010.3.15

Nuit et brouillard/夜と霧」(1963年、詩、曲ジャン・フェラ)
La montagne/ふるさとの山」(1964年、詩、曲ジャン・フェラ)
Que serais-je sans toi/もしも君に逢えずにいたら」 (1964年、詩ルイ・アラゴン、曲ジャン・フェラ)
 
 特報  2010.3.14  特報  ジャン・フェラ死去
ジャン・フェラが2010年3月13日午後、住んでいたAubenas(Ardeche県)で死去。享年79歳。フェラは「La montagne/ふるさとの山」、「C’est beau la vie/人生は美しい」、あるいはルイ・アラゴンの詩に曲を付けた「Que serais-je sans toi/もしも君に逢えずにいたら」や「Heureux celui qui meurt d’aimer/愛ゆえに死ぬる者は幸せ」で日本にもよく知られているシンガーソングライター。(詳細は「最近のシャンソン情報№50」で
No.383   2010.3.14  クロード・フランソワClaude Francois、没後32年        2010.3.14

3月11日は60、70年代のスーパースター クロード・フランソワ(1939-78)の命日。活躍したのは16年間、「Comme d‘habitude/いつものように」(「My way」の原曲)などのヒットを持ち、現在でも毎年20万枚以上のCDを売上げている。関係者が①ひととなり②存命だったらどうなっているか語っている。
クロデット(バックダンサーの愛称)のメンバーの一人Ketty Naval・・①よく言っていたのは「信じてはいけない、確かめることが必要。」②音楽やテレビのプロデューサー。ステージにも立っているだろう。ファンと共にが彼の真骨頂だから
伴奏者であったギタリストSlim Pezin・・①人をからかうのが好き。新しい音を求めアメリカからの情報を熱心に集めていた。②メディアで活躍。あるいは、フロリダに引退。
初期に歌詞を提供した歌手アランシャンフォーAlain Chamfort・・①魅力的な人物。多面性を持ち、人と張り合うことが嫌いだった②メディアやTV界のボス。スターという役割も忘れずに。
ファンクラブ会長Jean-Claode Katchadourian・・①若いタレントの発掘に興味を持っていた。②自前のTV局やラジオ局を持ち「Star Academy」のようなスタ誕番組を作っているだろう。
 No.382  2010.3.12  

音楽スペクタクル「Au Bonheur des tubes/ヒット曲の素晴らしさに」、Grand Rexで2010.3.12

3月11日から28日までパリ グラン レックスGrand Rexでロジェ・ルーレRogerLouret演出の音楽スペクタクル「Au Bonheur des tubes」が上演される。これは1970年から2000年まで30年間のヒット曲をテーマにしたもの。12人の歌手が4人のミュージシャンをバックに、2時間以上にわたり250曲以上をメドレーで歌う。ロジェ・ルーレの言葉「70年代は『peace and love』時代、80年代は寒く、厳しい時代、90年代は『NotreDame de Paris』に象徴されるミュージカルの時代。1曲のシャンソンは一つの思い出に密接につながっている」彼はすでにLa java des memoires/思い出のジャヴァ」(1991年上演)を演出している。「これは1936年の最初の社会党政府、有給休暇制度の創設、スペイン内戦などについて語ってくれた私の祖母の時代のヒット曲へのオマージュ。好評だったのでこのようなスペクタクルを続けることになった。」他に、「Les Zannees zazous/ザズーの時代」、「Les Annees twist/ツイストの時代」なども演出している。今回歌われるのは、ジャン=ジャック・ゴールドマン、ミシェル・サルドウ、ジョニー・アリディ、クロード・フランソワ、フランシス・カブレル、パトリック・ブリュエル、バルバラ、パトリシア・カース、ナナ・ムスクーリ、エルヴェ・ヴィラール、ジョー・ダッサン、エリック・シャルダン、セルジュ・ラマ、シルヴィー・ヴァルタン等々のヒット曲。

No.381   2010.3.12  エンゾ エンゾEnzo Enzo、ニューアルバム好評       2010.3.12

2月16日スペクタクル「CLAP!/カチンコ」(№278)を打ち上げたエンゾ エンゾの新しいアルバムは「Tetue/ガンコ者」の評価が高い。「輝く瞳を持ち続ける人に捧げる」このアルバムには14曲収録。94年彼女に大ヒット曲「Juste quelqu ’un de bien/ちょっと感じのいい人」を提供したケントはこのアルバムにも「Arret sur image/映像の上での停止」(皺と整形外科手術)「Pour une autre/次のために」(オリジナルティー溢れた破局)を提供している。このアルバムには元アカペラグループPow-woWのメンバーだったベルトラン・ピエールBertand Pierreも大いに協力。ヴクトル・ユーゴの詩集「Les voix interieures/内心の声」に収められた「Puisqu’ici-bas toute ame」にピエールが曲を付けた「La chose la meilleure/最も素晴らしいこと」はピエールのアルバムにこの二人のデュオで収められているが、「Tetue」ではパートを逆にして収められている。「Quand j’etais mere/母親だったとき」は、ピエールに「子供が独立して家を出て行ったので、家には子供がいなくなっちゃた。」と話したらこの曲をくれた。収められている曲はいずれも優しさ、繊細さ、デリカシー、メランコリーに溢れ、大人になった古くからの彼女のファンをも満足させるだろう。3月15日には37曲収めたCD3枚組のコンピレーション「3cd original classics」が出る。
 No.380  2010.3.11  Jeanne Cherhal ジャンヌ・シェラール、ニューアルバムリリース   2010.3.11

ジャンヌ・シェラールの新しいアルバム「Charade/言葉当てゲーム」(№324)は3月8日リリースされた。アルバムにはボーナスも含め17曲収録。その中にはフランスの言葉遊びcharadeの基本に従い「Mon premier」、「Mon second」、「Mon tout」のタイトルの3曲も。アルバムではシェラールは2つの冒険をしている。一つは全曲彼女自身が作詩し、アレンジし、いくつもの楽器で伴奏していること。もう一つは全曲が一つのテーマ「男性」を扱っていること、・・父、兄弟、恋人(最初の、最近の、あるいは夢の中だけの)・・そしてシェラールが必ずしも男性に対して常に優しいというわけでないのは・・・彼女が女性であるからか。ボーナスの「Brandt Rhapsodie」バンジャマン・ビオレとのデュオ、2010年VdMでシャンソンアルバム賞を受賞したビオレの「Superbe」にも収められており、シェラールは詞を共作している。アルバムの中の「Mon corps est une cage/私の体は檻」(Arcade Fireの「My body is a cage」のカバー)、「Cinq ou six annees/5、6年」、「Plus rien ne me fera mal/もう何も私に苦痛を与えない」はクリップを視聴できる。シェラールは3月9日パリ バタクランに出演したが、その際の伴奏はグループLes cow-boys。
No.379   2010.3.10  ウィリアム・シェレールWilliam Sheller、 3月8日 F2 13時のニュースに出演   2010.3.10

3月8日標記番組「最後の5分」に出演したシェレールは1946年パリ17区生まれ、ピアノとクラシック音楽を勉強中ビートルズの音楽に出会い方向転換し、「天賦の才を持つ作曲家で、ロック、クラシック、映画音楽、シャンソンから交響曲まで作曲、詩人で語り部、天才的なピアニスト、感動的な、魅惑的な声で歌う歌手」に。68年「My year is a day」をDalidaが取り上げヒットして知られるように。バルバラの勧めで自らも歌い、75年最初のアルバム「Rock’n dollars」を出す。92年のVdMでは「Un homme heureux/幸福な男」でアルバム賞とシャンソン賞を受賞。10年1月からピアノ弾き語りのコンサートを行っていて、3月16~23日パリ Les Bouffes du Nordに出演。「ベルギーの放送局でライヴをやったとき、楽器が税関で止められ会場に着かないことがあった。そこで仕方なくピアノの弾き語りをした。そこには今までオーケストラの伴奏では味わったことのない静けさがあった。それが素晴らしい経験だった。」パリ公演の後「フランス国内を回り、再びパリに戻って来る。その折りにはグレヴァンやルーヴルのホールのような小さな、親近感の持てる場で同様のコンサートをやってみたい。」番組の最後に歌ったのは「Loulou/ルルー」。
No.378   2010.3.9  ルナン・リュス&ジェラール・ド パルマス、話題のクリップ2010.3.9

ルナン・リュスRenan Luceの「Nantes/ナント」とジェラール・ド パルマスGerald De Palmasの「Mon coeur ne bat plus/僕の心臓はもうときめかない」のヴィデオクリップの評判がよい。
Nantes」は09年12月にリリースされたリュスのセカンドアルバム「Le Clan des Miros/ミロ 一族」から3枚目のシングルカット。クリップでは女優のルイーズ・モノLouise Monotと共演。「ヒッチハイクの彼女を乗せ、回り道だがナントまで送ろうとした。けれどガソリンスタンドで彼女が電話を掛けている隙にバックの中を見たら小型ピストル、これは危険と彼女をそこに置き去りに。もし僕に勇気があってナントまで送っていたら何が起こっただろうと、想像することがある。」リュスは5月11~12日パリ オランピアに出演
・「Mon coeur ne bat plus」は09年11月にリリースされ、20万枚売り上げているド パルマスのアルバム「Sortir/出発する」からの3枚目のシングル。クリップはレユニオン島で撮影された。「恋人よ、君が僕を呼んでも、返事はないだろう。僕の心臓はもう君のために時めくことはなくなってしまった・・。」甘いメロディー、官能的な声、アルバムの販売に再び勢いを付けるものになるだろうか。現在国内ツアー中のド パルマス、パリ登場は3月30日のゼニットと5月4日Grand Rex。
 No.377  2010.3.8  ヴェロニク・サンソンVeronique Sanson、TVF5で    2010.3.8

3月5日TVF5のシリーズ番組「empreintes/軌跡」は「Veronique Sanson,Une fee sur son epaule/ヴェロニク・サンソン、肩には一人の妖精」のタイトルでサンソンの半生が。約50分の放送ではサンソンの他、姉のヴィオレーヌViolaine、かつてのワーナーの社長ド ボソンDe Bosson、長男のクリストファー・スティルスChristopher Stills、最近の伴侶クリスティアン・マランChristian Meillandらが登場。流された映像は:レジスタンス運動に参加した両親;自転車やブランコで遊ぶ幼少時代;64年姉などと結成したバンド「レ ロッシュ=マルタンLes Roche-Martin」;71年11月の「Amoureuse/恋する女」の弾き語り;73年3月ステファン・スティルスStephan Stillsと結婚、74年長男の誕生、離婚;78年女性歌手で初のパリPalais des Sportsでのコンサート;86年ミシェル・ジョナスとデュオ「Les amoureux des bancs publics/ベンチの恋人たち」;90年ジョニー・アリディとのデュオ「Toute la musique que j’aime/わたしの好きなすべての音楽」;05年オランピアでの長男とのデュオ;などなど。番組の最後は81年から住んでいるパリ郊外Triel-sur- Seineの自宅での次のアルバムの準備の模様、 サロンでのクリスティアンとの語らい。そして広い庭に出て「できればこの庭に葬られたい。カラスなんかが沢山集まって来てきっと素晴らしいことでしょう。」
No.376   2010.3.7  第25回ヴィクトワール ド ラ ミュージック 25e Victoires de la musique、授賞式 2010.3.7

2010年ヴィクトワール ド ラ ミュージック(VdM)の授賞式が3月6日20:30(日本時間本日4時30分)からパリ ゼニットで行われた。今回は第25回に当たり、名誉会長に指名されたシャルル・アズナヴールCharles Aznavourが開会を宣言。 最初に過去の受賞者の受賞の言が流された。司会はナギNagui。主な賞の受賞者は次の通りで、3部門にノミネートされたバンジャマン・ビオレBenjamin Biolayは2部門で受賞しているが、事前の大方の予想とはかなり異なった部門も(詳細は「最近のシャンソン情報」№49で)。

・男性歌手賞:バンジャマン・ビオレBenjamin Biolay
・女性歌手賞:オリヴィア・ルイズOlivia Ruiz
・シャンソンアルバム賞:バンジャマン・ビオレBenjamin Biolay「La Superbe/尊大」
・オリジナルシャンソン賞:クール ド ピラトCoeur de Pirate 「Comme des enfants/子供のように」
・一般が選ぶ新人賞:ポニ ポニ ラン ランPony pony run run
・特別賞: シャルル・アズナヴールCharles Aznavour、ユーグ・オーフレHugues
Aufray、マイケル・ジャクソンMichael Jackson、スティーヴィ・ワンダーStievieWonder
また、若手女性歌手イジアIziaはロックアルバム賞と新人ステージ賞の2賞を受賞。
No.375   2010.3.6  Jane Birkin 3月2日F213時のニュース         2010.3.6

ジェーン・バーキンが3月2日標記番組の「最後の5分」に出演した。バーキンは2010年に入っても最新アルバムに因んだ「L’enfant d’hiver/冬の子供」コンサートを続けており1月にはフランス、ベルギーで、2月にはアメリカのワシントンとNYで。この日番組のテーマは3月3日に公開されたブノワ・ペトレBenoit Petre監督の映画「Thelma、Louise et Chantal/トテマ、ルイーズにシャンタル」。この映画でバーキンはカトリーヌ・ジャコブCatherine Jacob、カロリーヌ・セリエCaroline Sellierらと共演。物語はJacob、Cellier、Barkinの3人の50代の女性がかつて3人とも付き合っていた男性の結婚式に出席するため一緒にLa Rochelleまで車で旅をするというロードムービーでコメディータッチ。この映画の音楽はケレン・アンが担当していて、オープニングクレジットのバックに流れるのはシェイラの「Vousles copains/仲間たち」のヴァネッサ・パラディによるカバー。バーキンは視聴者からの問い「人生で最も誇りに思うことは?」に次のように答えている。「3人の娘。それぞれ[の父親は違うが]父親の才能を受け継いでケートは写真家として、シャルロットは映画俳優、歌手として、ルーは映画、舞台俳優として活躍している。それは喜びでもあり誇りでもある。」
No.374   2010.3.5  ミレーヌ・ファルメール、Mylene Farmer、お城の階段で 2010.3.5

長いドレスに高いヒールで階段を上るのは常に難しいこと、3月2日に大統領官邸エリゼ宮を訪ねた女性歌手ミレーヌ・ファルメールの場合も例外ではなかった。この日サルコジ大統領夫妻はエリゼ宮でフランスを公式訪問中のロシアのドミトリー・メドヴェージェフ大統領夫妻の歓迎晩餐会を主催。この晩餐会に09年モスクワでもコンサートを行ったファルメールも招待された。マスコミへの露出が少ないファルメール、官邸前庭では詰めかけたマスコミにいつものはにかむような笑顔で写真撮影に応じていた。不運な事態はその直後に。官邸の階段を3段登ったところでドレスの裾を踏んでしまったのか、体勢を崩し、あっと叫んでよろっと。2段登って同様の事態。「2度あることは3度」の諺の通り、さらにもう1度。3度目の折りには官邸職員に手を取られて、そのまま邸内に。この晩餐会にはシャルル・アズナヴール、パトリシア・カースらも招待されていた。ファルメールは09年11、12日パリ郊外のスタッド ド フランスでコンサートを行っている(最近のシャンソン情報№42)。その模様を収めたDVDは4月にはリリースされる予定。このDVDについてはマイケル・ジャクソンの「This is it」、あるいはセリーヌ・ディオンのドキュメンタリーDVDと同じように映画館で上映されるという情報も。
No.373   2010.3.4  
ナターシャ・サン=ピエールNatasha Saint-Pier、 F2 13時のニュースに出演 2010.3.4
ナターシャ・サン=ピエール(№298)が3月1日標記番組の「最後の5分」に出演。サン=ピエールは9年11月最初のベストアルバムをリリース、10年2月にはアルバム「Message/メッセージ」(№368)にHallelujah」で参加している。また10年2月から年末までフランス、ベルギー、スイスを回るピアノ伴奏による「piano-voix/ピアノ・歌」ツアーを行っていて6月4、5日にはパリ Alhambraに出演する予定。番組ではエリズ・リュセに答え次のように語っている・・・フランスではすでに4回の大きなコンサートを行っているが、ベストアルバムに収められた曲を今までとは異なる形で聞いてもらいたかった。それでpiano-voixという、よりくつろいだ、お客さんは家に来てサロンで私の歌を聞くという感じのものにした。最初はピアノだけでリズムがとれるか不安だったが皆さんが喜んでくれている様子で安心した。ベストアルバムは10年のキャリアの集大成のようなもの。この10年で3曲を選ぶとしたらフランスで私が知られる契機になった「Je n’ai que mon ame/私にあるのは魂だけ」(01年)、私のスタイルを理解して貰えたのではないかと思う「Tu trouveras/きっと分かる」(03年)、それに「Un age frappe a ma porte/天使が私のドアを叩いた」(06年)だろう。・・・番組の最後にはギターの伴奏により「Hallelijah」を披露した。
 No.372  2010.3.3  シルヴィー・ヴァルタンSylvie Vartan、ライヴアルバム      2010.3.3

2月28日のF3の「Chabada」にはデーヴと共にシルヴィー・ヴァルタンも出演、68年の「Irresistiblement/あなたのとりこ」、74年の「Bye bye Leroy Brown/バイバイ、ルロイ・ブラウン」と81年の「L’amour,c’est comme une cigarette/愛はジタンの香」を歌った。ヴァルタンは10年2月4日から3月25日までのツアーの最中で、3月4、5、6日はパリ オランピアに出演する。ヴァルタンは09年9月18~20日にもオランピアに出演していて、そのライヴアルバムが2枚組みCDとDVDで3月1日リリースされた。DVDにはオープニングからアンコールまで2時間に渡ったコンサートの全28曲が収められている。歌われた曲は:「La vie d’artiste/芸術家の生涯」、60年代のヒット曲「La plus belle pour aller danser/アイドルを探せ」と「La Maritza/思い出のマリッツア」はメドレーで、ブルガリア生まれの養女に捧げた「Darina/ダリナ」、09年9月リリースの最新アルバムから「Je chante le blus/私はブルースを歌う」(カルラ・ブルーニに提供された)、「Toutes peines confondues/混じり合ったすべての苦しみ」を。さらに最大の目玉は友情出演したジョニー・アリデイとのデュオで歌った2曲;「L’hymne a l’amour/愛の讃歌」
と「Non,je ne regrette rien/水に流して」。アンコールは「La chanteuse a 20 ans/女歌手は二十歳」
No.371   2010.3.2  デーヴDave、 「Chabada」に出演   2010.3.2

デーヴが2月28日F3の音楽番組「Chabada」に出演した。デーヴは本名Wouter OttoLevenbach、1944年オランダ アムステルダム生まれ、5カ国語を流暢に話す。68年Eddie Barclayと知り合い歌手としてのキャリアが本格的に始まった。71年にミュージカル「Godspell」に出演。74年にはEP盤で「Vanina/ヴァニナ」を出し、100万枚以上売り上げたと言われている。これはDel Shannonが歌った「Runaway」にフランス語の歌詞が付けられたもの。70年代には他に「Dansez maintenant/今踊れ」、「Du cote de chezSwann/スワン家に方へ」などのヒット。80年代は自身が「砂漠を渡っていた。」という停滞期。90年代には復活TF1の歌謡番組の司会者なども。最近では07年「Dave refait un tour/デーヴ再びツアーを」 (06年10月のEuropeen公演のライヴ)を出している。「Chabada」では「Vanina」、77年の「Est-ce par hazard?/それは偶然からか?」、04年の「Doux Tam Tam/穏やかなタムタム」を歌った。デーヴは09年7月30日arte.tvのNighting Eightiesに出演しEurythmicsの「Sweet Dreams」を歌ったが、最近になってそのヴィデオの評判が良い。4月6日Olympiaに出演、4月18~25日の間マルセイユからニースまで地中海を巡る客船ダイヤモンド号のクルーズでのコンサートにシャルル・デュモンと出演。
 No.370  2010.3.1  ヤエル・ナイムYael Naim、 Salle Pleyel出演        2010.3.1

2月25日ヤエル・ナイムがパリのサル プレイエルSalle Pleyel(252,rue du faubourg Saint-Honore 8区)に出演した。ナイムは1978年パリ生まれのシンガーソングライター、詩はフランス語、英語、ヘブライ語で書き、ギター、ピアノも巧み。4歳で両親と共にイスラエルに移住、10代末から国内のクラブで歌う。兵役を務めた後バンドを結成。2000年パリのチャリティーコンサートに招待され、注目を浴び、エリー・シュラキのミュージカル「十戒」のミリアム役を得、シュラキの映画「Harrison’s Flowers/戦場のジャーナリスト」で音楽を担当。01年デビューア
ルバム「In a Man’s Womb」をリリースしたが、これは成功とは言えなかった。04年西インド出身のパーカッショニスト、ドラマーでプロデューサー ダヴィッド・ドナシアンと出会い、そのプロデュースで製作したアルバム07年の「Yael
Naim」は世界的大ヒット。そこに収められた「New Soul」はアップル社のパソコン「MacBook
Air」のCMに用いられ、また、ブリトニー・スピアーズの「Toxic」のカバーも好評。08年のVdMでワールドミュージック賞を受賞。08年と09年に来日している。今回のコンサートでは彼女の澄んだ、清らかな声を際立たせる新しいアレンジがなされ、また、次のアルバムに収められることになっている曲もいくつか披露。
No.369   2010.2.28  ピエール・バショレ Pierre Bacholet、コンピレーションアルバム 2010.2.28

今年没後5年のピエール・バショレ、3枚組みCD「L’album souvenir」が10年2月リリースされた。バショレは1944年パリ12区生まれの歌手、作曲家。映画学校で学び、兵役後映画音楽の製作と作曲家兼歌手の活動を。映画音楽では74年ジュスト・ジャカン監督の映画「Emmanuelle/エマニュエル夫人」を作曲(歌ってくれる歌手が見つからなかったため自身で歌う)、また75年同監督の「Histoire d‘O/O嬢の物語」、99年ジャン・ベッケール監督の「Les enfants du marais/沼地の子供達:クリクリのいた夏」などを担当。歌手としては、80年に最初のヒット曲「Elle est d’ailleurs/彼女は余所出身」、82年には彼の最大のヒット曲「Les corons/炭坑夫住宅街」・・北の地そこは炭住街、大地には石炭、空は地平線、男達、それは地の底の坑夫達・・を出す。最後のアルバムは2003年、その容貌から何かと比較されたジャック・ブレルの死後25周年を記念しブレルに捧げた「Tu ne nous quitte pas/我々の許を去らないで」。オランピアにはスターとして、84、86、88、90、99、01年に出演、常に満員、2000年にはマルセイユで記念の野外コンサートを行っている。05年2月15日肺がんで死去。「L’album souvenir」 には55曲が収められている。
 No.368  2010.2.27  アルバム「Message」、リリース         2010.2.27

対エイズ活動を行っているAIDES協会創立25周年を記念したアルバ「Message/メッセージ」(№296)は10年2月22日にリリースされた。参加した歌手たちはそれぞれ心に残る曲を歌っていて、次のような曲が収められている。()は原曲を歌っている歌手:エム ポカラM.Pokara「Talking about a revolution」(T.チャップマン)、ジェニフェールJeniffer「Rock’n Roll suicide」(D.ボーイ)、スリミーSliimy「Walk thisway」(アエロスミス)、ヴィクトリア・アブリルVictoria Abril「La vie en rose/バラ色の人生」、ソフィア・エサイディSofia Essaidi「C’etait l’hiver/それは冬だった」(F.カブレル)、ララ・ファビアンLara Fabianの「Amoureuse/恋する女」(V.サンソン)、クリストフ・ヴィレムChristophe Willem「Sex Crime」(ユーリズミックス)、エリー・スムーン&エルザ・ランギニーElie Semoun&Elsa Lunghini「Puisque vous partez en vacances/あなたが旅に出るから」(F.アルディ&J.デュトロン、ほか)、カロリーヌ・コスタCaroline Costa「Ben」(M.ジャックソン)、ナターシャ・サン=ピエールNatasha St.Pier「Hallelujah」。また、セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourgの「No Comment」はFM放送局の朝の人気番組の司会者ニコNicosら数人が歌っている。
No.367   2010.2.26  テテTete、新しいアルバム「Le premier clair de l‘aube」   2010.2.26

2月22日リリースされたテテの新しいアルバムは「Le premier clair de l‘aube/暁の最初の光」。テテは1975年セネガル生まれ、シンガーソングライター、ギタリスト。両親の離婚後母親とフランス東部に住む。16歳の誕生日に母親からギターを贈られ音楽に興味、友人とバンドを組み、作詞作曲を。98年パリに出て、地下鉄やライヴハウスなどで歌う。00年にはフランス、ベルギー、スイスで100回以上のコンサート。01年最初のアルバム「L’air de rien/何もない様子で」。04年2枚目のアルバム「A la favour de l’automne/秋がやってきたから」は日本にも紹介され、05年と07年(東京、福岡、広島、大阪、名古屋で公演)に来日、日本にもファンが多い。08年TVF5の番組「Tete ou Dede/テテかデデ」で、 作曲家のアンドレ・マヌーキアンとNY、サン フランシスコなどアメリカの4都市を巡るジャズ、ブルース、フォーク、ロックの現状を訪ねる旅を行っている。日本盤のリリースも予定されている今回のアルバムに収められている11曲はアメリカで録音。「自分の音楽のルーツはアングロ=サクソン的なものだし、『Tete ou Dede』で知り合い、一緒にやろうと思っていたミュジシャンはポートランドに住んでいたから。」シングルカットされた「L’envie et le dedain/羨望と軽蔑」のヴィデオクリップを視聴できる。4月27日パリ LaCigaleに出演。
No.366   2010.2.25  アンリ・サルヴァドールHenri Salvador、「The ou cafe」で回想番組  2010.2.25

2月21日F2の「The ou cafe」は没後2年になるアンリ・サルヴァドールの回想番組。サルヴァドールは1917年海外県ギアナ、カイエンヌ生まれ、3000曲以上を歌ったと言われている。08年2月13日90歳で死去、ペールラシェーズ墓地に埋葬。番組の最初と最後はパリ ヴァンドーム広場にあるサルヴァドールの住いであったアパートでの未亡人カトリーヌとのインタヴユー。TVディレクターであったカトリーヌは、前妻ジャックリーヌを病気で失ったアンリと2001年結婚。「アンリは世界的に有名なこの広場の一角に住んでいることを嬉しく、また誇りに思っていた。彼が亡くなって1番寂しいのは、彼の声が聞こえないこと、彼の香がしないこと。彼はいつも歌っているか、口笛を吹いていたし、彼が付けていた香水の香りがアパートの中を小鳥のようにあちこち動く彼について漂ってきていたから。彼は過去には興味がなかった。昨日よりは今日、今日よりは明日の方が素晴らしいと考えていたから。」番組ではサルヴァドーレがゲストとして出演した2004年1月25日の放送が再放送された。カトリーヌは2月サルヴァドールの伝記「La joie de vivre de Henri Salvador/アンリ・サルヴァドールの生きる喜び」を出版、記念パーティーはミュゼ グレヴァンのサルヴァドールの蝋人形の脇で行われ、歌手のベナバールやローラン・ヴルズイが出席。
 No.365  2010.2.24  アラン・シャンフォールAlain Chamfort、「Une vie Saint Laurent」 2010.2.24

2月22日、F2 13時のニュース「最後の5分」で紹介されたのはシャンフォールの新しいアルバム「Une vie Saint Laurent/サン ローランの一生」。シャンフォールは1949年生まれの歌手、作曲家。アルバムはデザイナー イヴ・サン ローラン(YSL1936-2008)の生涯をピエール=ドミニク・ビュルゴーの詞にシャンフォールが作曲した曲でたどるもの。収められている16曲はYSLの生涯を年代的に。最初の曲「Oran/オラン」はアルジェリアのオランで生まれた少年時代のYSLが歌われている。「A la droite de Dior/ディオールの右に」は19歳でクリスティアン・ディオールのアシスタントになったYSLが。「Le jeune homme au balcon/バルコニーに立つ若者」は最初のコレクションが大成功を収め、その写真が各紙を飾ったバルコニーに立つ眼鏡を掛けた長身の青年YSLが。「Pret-a-porter/プレ タ ポルテ」では裕福な女性のための服作りから一般の女性が着ることができる服作りを目指したYSLが。「Le marketing la poesie/マーケッティング、ポエジー」ではマーケッティング至上主義に勝てなかったモードの詩人YSLが。「On dit/人々は言う」では71歳で亡くなりカトリーヌ・ドヌーヴの涙で送られたYSLが。シャンフォールは番組の最後にアルバムから「Majorelle/マジョレル」(1980年YSLがパートナーのピエール・ベルジェと共に入手し、整備したモロッコ、マラケシュにある植物公園)をピアノの弾き語りで披露
 No.364  2010.2.23  Pierre Souchonピエール・スーション、2枚目のアルバムと国内ツアー 2010.2.23

1月26日に2枚目のアルバムを出したピエール・スーションが2月16日には新装から1年経ったパリ トロワ ボーデTrois Baudetsに出演した。ピエールは1972年生まれのシンガーソングライター。アランの長男、Oursの芸名で活躍している歌手シャルルの兄。94年ジュリアン・ヴルジー(ローランの息子)と組んだデュオ Cherche-Midiでデビュー。その後ソロ活動、04年最初のアルバム「Pareil jamais/似たものは決して」を出している。その後サンドリヌ・キベルラン、ジェーン・バイキンらに曲を提供しているほか、父のアルバムにもいくつかの曲を提供している。今回の6年振り、2枚目のアルバム「Piteur’s friends」には、 弟のシャルルやピエール=ドミニク・ブルゴー(ミュージカル「Le soldat rose/ピンクの兵士」の作詞者)に提供された詩に自身が曲を付けた、「Piteur’s friends」、「Il et elle/彼と彼女」、 「Claire de la lune/月明かり」「Pour oublier/忘れるために」など10曲が収められている。シングルカットされ、ヴィデオクリップも視聴可能な「L.a.o.t/エル・ア・オ・テ」は「Elle a ote /彼女は落とした」に通じ、「彼女は動詞『aimer/愛する』のiを落としてしまった。だから『l’amour amer/苦い愛』」になってしまった・・。」ピエールは今後フランス国内及びベルギーを回るツアーで40回以上のコンサートを予定している。
No.363   2010.2.22  カンタン・モジマンQuentin Mosimann、2枚目のアルバム「Exhibition」リリース2010.2.22

モジマンは1988年ジュネーヴ生まれの歌手、両親の離婚後母親とフランスに住み、05年からコート ダジュールのディスコでDJをつとめていた。08年2月21歳になったばかりでTVTF1のスター誕生番組「Star Academy」で優勝。早くも08年8月に出した最初のアルバム「Duel/デュエル:二つの勢力の闘い」は80年代のヒット曲のカバー。10年2月15日リリースされた新しいアルバムは「Exhibition/展示、ショー、誇示」。隅々まで入念に仕上げられているためかリリースが3度延期されたこのアルバムには「I love I love」、「Toc toc/トック トック(参っている、いかれている)」、「Tu le reconnaitras/君は彼がそれだと分かるだろう」(理想の男性を見つけるための方法を伝授するバラード)、「Made in Paris」(パリの魅力を歌ったアップ・テンポで、テレビキャスターAlexandra Kazanが声を貸している)、「Pas complique/厄介なことじゃない」、「Il y a un paradis/パラダイスがある」など11曲が収められている。これらの曲はCDのジャケットに用いられている写真同様多種多彩、80年代の雰囲気のもの、エレクトロやダンスミュージックも。「Toc toc」はすでに09年秋にはシングルカットされていて、ヴィデオクリップは話題になっている。モジマンは2月15日からツアーを開始、9月25、26日パリ オランピアに出演。

[№ 362追:筆者としては次の歌手を挙げませんでしたが、他に落ちていた歌手がいるかも知れません。クリストフ・マエ、パトリシア・カース、ジュリアン・クレール、パトリック・ブリュエル、クリストフ・ヴィレム、パスカル・オビスポ、ザジー、ルナン・リュス
No.362   2010.2.20  2010年レ ザンフォワレLes Enfoires、「Si l’on s’aimait,si」ヴィデオクリップ 2010.2.20

2010年のレ ザンフォワレ(№345)のテーマ曲「Si l’on a’aimait,si/もし人が愛し合えば、もし・・」のヴィデオクリップを視聴することができる。出演しているのは;ジャン=ルイ・オベール、ミミ・マティ(ユーモリスト)、カトリーヌ・ララ、トマ・デュトロン、モラーヌ、グレゴワール、フランシス・カブレル、ガルー、ジェニフェール、パトリック・フィオリ、アメル・ベント、ミシェル・ラロック(俳優)、カッド・メラ(俳優)、マキスム・ル フォレスティエ、リアンヌ・フォリー、ジャン=ジャック・ゴールドマン、ベナバール、クレール・ケイム(俳優)、アリゼ、ジャン=バティスト・モニエ(俳優)、ノルウェン・ルロワ、ナターシャ・サン ピエール、MCソラーなど。

[上記リストには出演している人気歌手のうち数人が落ちています。誰でしょうか?]
 No.361  2010.2.19  ジョニー・アリディJohnny Hallyday、TVM6で特別番組       2010.2.19

アリディはカリブ海Saint Barth島で静養を続けていて、パリに帰るのは3月末と伝えられている。2月13日TVM6は特別番組「Les 20 images de Johnny que les Francais n’oublieront jamais/フランス人が忘れることのできないジョニーの20の映像」を放送。流された映像は①1964年5月8日入隊、伍長としての軍人生活②1965年4月12日シルヴィー・ヴァルタンとの結婚、66年8月14日長男ダヴィッドの誕生、66年9月10日ヴァルタンとの不仲に悩み自殺未遂、80年11月5日離婚、93年6月18日パルク デ プランスでの50歳記念コンサートのステージに突然ヴァルタンが登場③1981年1月13日咽頭癌により死亡とのAFPの誤報④1985年4年間ヒットに恵まれなかった不振からミシェル・ベルジェとの出会いにより再起⑤1996年3月25日現夫人レティシアとの結婚⑥2004年12月23日ヴェトナムから養女Jadeを受け入れ⑦2009年8月結腸癌摘出手術の告白、12月8日のロスアンジェルス空港への車椅子での到着と直ちに入院、など。番組ではIfopとの協力により行った「あなたが忘れられないジョニーのヒット曲」のアンケート結果が明らかに。1位「Que je t’aime/どんなに君を愛していることか」、2位「Allumer le feu/火を付ける」、3位「Lepenitencier/朝日の当たる家」、4位「Marie/マリー」、5位「Retiens la nuit/夜を返して」。
 No.360  2010.2.18  ケリー・ジェームスKery James、ハイチ支援2題          2010.2.18

ラップ歌手ケリー・ジェームスは1977年フランスの海外県グアドループ生まれ、両親はハイチ出身。ハイチ地震被害者支援のため2つの活動を。2月14日にはパリのBataclanでコンサート「Solidarite Haiti/連帯ハイチ」。 伴奏はピアノだけ、入場料は40ユーロ。「私のコンサートとしては高額だが、できるだけ多くの金額を集めたいので。歌う曲もこんな場合に相応しいしんみりしたものを中心に。」また、2月15日にはジェームスのイニシアティヴにより17人の歌手が参加したシングルCD「Desole:Espoir pour Haiti/遺憾に思う:ハイチの希望」がリリースされた。「惨事が報じられているのをテレビで見ながら、心の重荷を下ろすため、『遺憾に思う』と言うだけでよいのだろうか?」CDに参加しているのはジェームスの他、アメル・ベント、クリストフ・マエ、ディアムス、ジェナ・リー、ケンザ・ファラ、ナターシャ・サン ピエール、ティケン ジャ ファコリ、ウイリアム・バルデ、ユースー ウンドーら。クリップも視聴でき、クリップには女優のソニア・ロラン、クレマンティーヌ・セラリエ、テニス選手のソンガ、テレビ・ラジオキャスターのニコらも出演している。コンサート及びCD売上げの収益はすべて「Action contre la Faim/飢餓に行動を」協会に寄付され、ハイチ地震被害者支援に当てられる。
 No.359  2010.2.17  イヴ・デュテイユYves Duteil, La Cigaleに出演        2010.2.17

2月12~14日パリのラ シガルLa Cigaleに出演したデュテイユは1949年生まれのシンガーソングライター、歌手ミレイユの音楽学院で学び、72年リヴゴーシュのキャバレ エクリュズEcluseの舞台がデビュー。ジュリエット・グレコ、レジーヌなど前座で歌う。77年の「Prendre un enfant/子供を抱いて」を収めたアルバム「La tarentelle/ラ タランテラ」は120万枚の大ヒット、ACCのデイスク大賞を受ける。「子供を抱いて」は88年にレコードが発明されて100年週年を記念してSACEMなどが行ったアンケートで「世紀のヒット」№1に選ばれた。86年の「La langue de chez nous/美しい言葉」はACCの銀賞受賞。08年13枚目のアルバム「Fragiles/もろい」を、10年1月50曲を収めた2枚組CDのコンピレーションアルバム「Un chemin de chansons/シャンソンの一つの道」をリリース。「私は過去の歌手ではない。多くの人々は私の曲をよく知っていると思っているかも知れないが、それは違う。私の音楽は年齢と共に変化している。」ということで、ラ シガルでは古いヒット曲ばかりでなく新しい曲も。デュテイユは2月16日にはソルボンヌ大学のRichelieu講堂で行われている「Chanson francaise en Sorbonne」が10周年を迎えた記念コンサートに出演、7月には来日、10日大阪、12日福岡、13、14日東京で公演の予定。
No.358   2010.2.16  ルネ・ルバRenee Lebas、ラジオ局France Cultureで特集          2010.2.16

ラジオ局France Cultureは2月7日(日)「Chanson Boum !」で1950年代に活躍した女性歌手ルネ・ルバを取り上げた。ルバ1917年生まれ、38年には歌手としてデビューしたが、脚光を浴びるようになったのは戦後46年に「エトワール」、「ボビノ」、「ア・ベ・セ」に出演してから。初期の曲には「De l’autre cote de la rue/通りの向こうには」(ミシェル・エメール作詞作曲、ピアフも歌っている)がある。48年レオ・フェレの「Elle tourne la Terre/彼女は地球を回す」を録音、フェレの曲を最初に録音した歌手といわれている。その後エミール・ステルン作曲の曲を歌うようになりヒット曲の多くはステルン作曲のもので、「Ou est-tu mon amour/愛し
き人いずこ」(アンリ・ルマルシャン作詞)、「Tire,tire tire l’aiguille/針仕事に精をお出し」(エディー・マルネ作詞)、「Ballade irlandaise/アイルランドのバラード」(同)など。アズナヴールの曲(「Quand tu vas revenir/君帰る日」), ピエール・ドラノーエの曲(「Jevais rever d’amour/恋を夢みて」)、フランシス・ルマルクの曲(「Le Temps du muguet/鈴蘭の咲く頃」)も歌っている。63年「恋の歌を歌うには年を取り過ぎた。」と引退し、以降はレコード会社のディレクターとして、セルジュ・ラマ、レジーヌなどを世に出した。2009年12月18日死去、モンパルナス墓地に埋葬された。
 No.357  2010.2.15  ダニエル・ギシャール Daniel Guichard、オランピアに出演        2010.2.15

2月7日パリのOlympiaの舞台に立ったギシャールは1948年パリ生まれの歌手で詩も書く、現在61歳。60年代末にシェ パタシュChez Patachou、アルカザールArcazarで歌う。すでに40年以上のキャリア。重厚な、しかし澄んだ声。72年最初のヒット曲「La tendresse/優しさ」を出しスターに、この曲はミレイユ・マテューMireille Mathieuのために書かれたが彼女のマネージャー ジョニー・スタルクが断ったと言われている。72年にはオランピアにマテューの前座で初出演。80年代半ばまでは数々にヒットを出している。特に74年の「Mon vieux/おやじ」はミシェル・サンリスMichele Senlisがその10年以上も前に書いた詩にギシャール自身が自分の体験を許に加筆し、ジャン・フェラJean Ferratが曲を付けたもので、ギシャールの最大のヒット、ギシャールが15歳の時になくなった父親を歌った曲。74年の「Chanson pour Anna/アンナのためのシャンソン」はアンナ・フランクAnne Frankに捧げられている。90年代には南仏に移って年に数回のコンサートを行っている。09年8月には「Master serie」で18曲を収めたbestアルバムが出ている。
No.356
 
 2010.2.13
 IndochineアンドシーヌとThierry Amielティエリー・アミエル、 話題のクリップ  2010.2.13

最近評判になっているヴィデオクリップ2件:

・ニコラ・シルキスを中心とした6人組のポップ・ロックグループ アンドシーヌが09年3月にリリースしたアルバム「La Republique des Meteors/メテオルスの共和国」は好調で09年を代表するヒットになった。このアルバムから10年1月にシングルカットされたスザンヌ・コンボSuzanne Comboとのデュオ「Un ange a ma table/一人の天使が僕のテーブルに」のヴィデオクリップの評判がいい。この映像に登場するのはシルキスとコンボ。コンボはかつてポップ=パンクグループPradaのヴォーカリストでこの曲では詩をシルキスと共作している。アンドシーヌは3月からツアーを再開、6月26日にはフランス スタジアムに、9月15日にはパリ ベルシーに登場する。

・ティエリー・アミエルは03年TVのスター誕生番組「Nouvelle star/新しいスター」で準優勝。待望久しい4年振り3枚目のアルバム「Ou vont les histoires/物語は何処へ」は2月22日リリースの予定。そこに収められる予定の「Ou vont les histoires」は先行してシングルカットされ、そのヴィデオクリップを視聴可能。クリップはラス ヴェガスで撮影され、コンパーティブルで矢印に導かれるままアメリカの道路を走る27歳の、デビュー時の長髪を短くしたアミエル。この物語はどこへ行くのだろうか。
No.355   2010.2.12  ラファエルRaphael、タラタタ Taratataに出演   2010.2.12
人気歌手のラファエルが2月10日タラタタTaratataに出演した。Taratataは毎週水曜日20:30から90分にわたってTVF4で放送される公開の音楽番組で、始まったのが1993年、これが339回という人気の長寿番組。現在の司会者ナギNaguiはクイズ番組の司会もする人気タレントで、1月に行われたアンケート「好きな司会者」の1位。この番組の前週の放送にはベンジャマン・ビオレとノラ・アルヌゼンデールが出演していた。ラファエルは最近シングルでリリースされた「Dans 150 ans/150年後に」と「Modern love」を歌った。その後ナギとのインダビューに答えたり、デビューから現在までのヒット曲のクリップなどが流された。その中ではラファエルのマネジャーがジェラール・マンセの娘であり、マンセもラファエルに曲を提供しているなどの理由からかマンセのステージの様子が、ごく短時間であったが、流された。マスコミに露出することがほとんどないマンセの貴重は映像なのでは。1月15日からアコースティックツアーを続けているラファエル、次のアルバムについては「現在録音中で、7月第1週にはリリースする。」番組には他に、4人組女性ロックグループPlasticines、ニース生まれのフォーク・ポップのシンガーソングライターJill is luckyなど4人の歌手(グループ)が出演した。
 No.354  2010.2.11  

クリストフ・ヴィレムChristophe Willem、ユーロヴィジョンへ? 2010.2.11

今年のユーロヴィジョン シャンソンコンクールのフランス代表にヴィレムの名が取り沙汰されている。昨年も早い時期からパトリシア・カースの名が上がり、まさかと思わせたがそれが真になった例もあることから、ヴィレムが有力候補の一人になったのは確かなよう。ヴィレムは1983年生まれ、06年TVM6のスター誕生番組「Nouvelle star」で優勝。07年にはファーストアルバム「Inventaire/財産目録」を出し100万枚以上の売り上げ、08年のVdMでシャンソン賞を受賞。09年の2枚目のアルバム「Cafeine/カフェイン」も40万枚以上の売り上げという超人気歌手。今年の第55回コンクールは昨年の優勝者Alexandre Rybakの故国ノルウェーのオスロで5月27、28、29日に開催されることになっている。ヴィレムは5月29日に ナントで行われる予定のコンサートを6月5日に延期したとの情報も。昨年のカースは8位にとどまるなど、最近のフランス代表はこのコンクールでは不振続き、優勝は「L‘oiseau et l`enfant/小鳥と子供」を歌った1977年のマリー・ミリアムMarie Myriamにまでさかのぼる。

No.353   2010.2.10  

ベンジャマン・ビオレとオリヴィア・ルイズ、クリスタル グローブ賞受賞 2010.2.10

2月日、2010年第5回のクリスタル グローブ賞の受賞式がパリのキャバレLidoリドで行われた。この賞は、毎年新聞、雑誌、ラジオ、TVの文化担当記者約5000人が、前年に活躍し、映画、演劇、音楽などの部門にノミネートされた5人の候補者の中から受賞者を選ぶもの。式の模様はVirginTVで実況中継された。音楽部門のうち最優秀男性歌手賞はベンジャマン・ビオレBenjaman Biolay(式には欠席)が、最優秀女性歌手賞はオリヴィア・ルイズOlivia Ruizが受賞した。受賞者以外の候補者は男性歌手は、エム、JP ナタフ、ミシェル・デルペッシュ、マルク・ラヴォワヌ、女性歌手ではクール ド ピラト、エミリー・ロワゾー、シャルロット・ゲンズブール、ローズ(番組中に最近のアルバムから「Comment c'etait deja?/それはどうだった?」を歌った)であった。

No.352   2010.2.9  
パトリシア・カース、ガルー、「Chabada」に出演2010.2 .9

2月7日F3の音楽番組「Chabada」には司会のダニエラ・ランブロゾ、レギュラー出演者のジャック・ペシス、ナタリー・レルミットのほかにパトリシア・カース、ガルーらがゲスト出演。影響を受けた歌手としてカースはアンリ・サルバドールを挙げ、その「シラキューズ」をソロで、「ゾロがやってきた」と「仕事は健康」をデルミットとのデュオで歌った。番組では2007年の「フェット ド ラ シャンソン」の際、自分の曲「優しいシャンソン」をローラン・ヴルズイー、ベナバール、アラン・スーションが歌うのを聞いて、感激のあまり涙を流すサルバドールの映像が流された。ガルーはジルベール・ベコーを挙げ、「ナタリー」(ペシスの説明によれば、歌詞に出てくる「カフェ プーシキン」は実在の店ではなかったがこの曲がヒットした後に開店した由)、「9月になれば」をソロで、「エ マントナン」をカースとのデュオで歌った。ベコーに関しては、ベコーに「ナタリー」はじめ多くの歌詞を提供したピエール・ドラノーエとのツーショット映像が流された。自分のもち歌としてカースはツアーのステージ同様女性ダンサー ステファニーのバックダンス付きで「キャバレ」を、ガルーの方は最新のアルバムから「怪盗紳士」を披露した。
 No.351  2010.2.8  
ジェラール・ダルモンGerard Darmon、「Cafe ou the」に出演 2010.2.8
 
2月7日ダルモンがF2の「The ou cafe」に出演、キャスター カトリーヌ・セイラックCatheline Ceylacの質問に答えた。ダルモンは1948年生まれ、セイラックに「職業は?」と質問され「俳優」と答えていたが歌も歌い、03年最初のアルバムを出し、08年には3枚目のアルバム[On s'
aime/僕達は愛し合う」を出している。番組では歌手としての活躍ぶりをコンサートのリハーサルおよび本番の様子を流して紹介している。また最新アルバムに収められた「Pardon,mon amour/恋人よ許して」をデュオで歌っている女性歌手のアメル・ベントAmel Bentが登場しその曲をデュオで披露した。
 No.350  2010.2.7  ミュージカル「Hair」フランス語のオリジナルヴァージョンCDに2010.2.7

ミュージカル「Hair/ヘアー」のフランスヴァージョンは1969年5月31日Theatre de la Porte Saint-Martinで上演が始まった。その40周年を記念して2010年1月CD「Hair-Version originale francaise/ヘアー、フランス語オリジナルヴァージョン」がリリースされた。このフランスヴァージョンでは主役のClaude Bukowskiにジュリアン・クレールJulien Clercが選ばれた。クレールは1947年生まれ、68年「La cavalier/騎兵」でデビューすると同時に人気が出て、69年3月にはオランピアでベコーの前座をつとめた。クロード役についてクレールは最初乗り気ではなかった。それはこのミュージカルは出演者が全裸になると言う宣伝で注目を集めていたから。しかしプロデューサーに勧められて、好奇心からロンドン公演を見たクレールは即座にOKしたと言われている。クレールはクロード役を9ヶ月間務め、ジェラール・ルノルマンに交替した。CDにはクレールが歌う「Hair」、「Ou vais-je aller/僕は何処へ行くのか?」、「Laissez entrer le soleil/太陽を入れよ」、「Je suis noir/僕はブラック」、「Manchester,England/マンチェスター、イングランド」、「Oui,j’ai la vie/僕は生を得た」などの他「Aquarius/アクエリアス」、「Donna/ドナ」、「Marchant dans l’espace/スペースを歩く」など15曲が収められている。
 No.349  2010.2.6  2010Victoires de la Musique, 候補者決まる                    2010.2.6

2010年のVictoires de la Musique(ヴィクトワール ド ラ ミュージック VdM)の授賞式は3月6日パリ ゼニットで行われ、F2で中継される。今回は第25回で、ミシェル・デュルケール、ダニエラ・ランブロゾら歴代司会者が登場するもよう。1月に全14部門の候補者が発表された。主要部門の候補者は次の通り。 男性歌手賞:ベナバール、ベンジャマン・ビオレ、ジョニー・アリディ、マルク・ラヴォワヌ  女性歌手賞:シャルロット・ゲンズブール、エミリー・ロワゾー、モラーヌ、オリヴィア・ルイズ  アルバム賞:ベンジャマン・ビオレ「La superbe/ 尊大」、シャルロット・ゲンズブール「IRM/MIR」、エム「Mister Mystere/ミスター ミステール」、パスカル・オビスポ「Welcome to the magic world of Cap’tain Somourai Flower」   シャンソン賞:「La superbe」ビオレ、「C’est dit/それは決まっている」カロジェロ、「Comme des enfants/子供たちのように」クール ド ピラト、「Ca m’enerve/むかつく」エルムト・フリッツ  新人賞:クール ド ピラト、グレゴワール、ラ フイヌ、ポニー ポニー ラン ラン(№343追:ダヴィッド・アリディとローラ・スメのデュオ「On se fait peur」のヴィデオクリップが視聴できるようになりました。
 No.348  2010.2.5 フランセスカ・ソルヴィルFrancesca Solleville アンソロジー リリース    2010.2.5

50年のキャリアを記念して、アンソロジー「Francesca Solleville、venge la vie、1959-1983/フランセスカ・ソルヴィル、人生に復讐、1959-1983」が1月25日リリースされた。これはこの間の102曲を5枚組のCDに収めたもの。1932年生まれ、1958年クラシック歌手からシャンソン歌手に転じたソルヴィル、レオ・フェレはこの若い女性歌手の転向を励ました。1959年ソルヴィルは最初のレコードを出し、そこにはルイ・アラゴンの詩にフィリップ・ジェラールが曲を付けた「La rose du premier de l’an/元旦のバラ」、ピエール・マッコーランの詩にジェラールが曲を付けた「Le port du nord/北の橋」が収められていた。その後リヴ ゴーシュで歌い、64年の「2eme recital/リサイタル №2」でACCの大賞を受賞。ソルヴィルは現在まで一貫して知的な曲に取り組んでいる。アンソロジーに収められているのは前記2曲の他、「Merde a Vauban/糞くらえヴォーバン」(フェレ詩、曲)、「Le condamne a mort/死刑囚」(J.ジュネ詩、H.マルタン曲)、「La marine/海」(P.フォーレ詩、G.ブラッサンス曲)、「J’ entends,j’entends/私は聞く」(L.アラゴン詩、J.フェラ曲)、「Paris-Cayenne/パリ=カイエンヌ」(M.ファノン詩、Y.スパノス曲)など。2月1日にはパリのBataclanで行われた「Une Soiree pour l‘Humanite/ユマニテの夕べ」に出演。
 
No.347   2010.2.4  Joyce Jonathan ジョイス・ジョナタン、ファーストアルバムリリース   2010.2.4

20歳の女性シンガーソングライター ジョイス・ジョナタンのファーストアルバム「Sur mes gardes/用心する」が1月18日にリリースされた。ジョイスがこのアルバムをリリースするまでの軌跡についてはF2 13時のニュースの「Feuilleton:Chanteuse,je serai/連続レポート:私は歌手になる」で1月25日から29日まで放送された。無名のアーティストのデビューを援助するためのサイトMy major company(MMC)に、08年18歳で登録したジョイス、「最初の曲を作ったのは5歳の時、18歳100曲ほどの自作をポケットに、シンガーソングライターになることだけを夢に見ていた。時々歌手の本質である音楽を忘れているTVのスター誕生番組ではなくMMCを選んだ。」ジョイスは486人からの約7万ユーロの出資を得て、アルバム製作の運びとなった。アルバムの演出はフランスの伝説的ロックグループTelephoneで活躍したルイ・ベルティニャックLouis Bertignac、歌手のTeteはデュオで協力。番組ではベルティニャックのスタジオで行われた録音風景、ベルギーで行われたクリップの撮影風景、レストランで歌う姿が流された。アルバムには「Pas besoin de toi/あなたは必要じゃない」、「Sur mes gardes」(Teteとのデュオ)、「Je ne sais pas/私は知らない」、「Un peu d’espoir/少しばかりの希望」など2曲が収められている。
No.346   2010.2.3  「La fete de la chanson francaise」、1月30日放送   2010.2.3

2010年「La fete de la chanson francaise/シャンソンフランセーズの祭典」は1月30日(土)F2で20:30から3時間にわたって放送された。第6回を迎えた今年の会場はパリ オランピア劇場、司会はダニエラ・ランブロゾDaniela Lumbroso。今回はこの劇場に数多く出演したジルベール・ベコーGilbert Becaud(1927-2001)特集。ベコーはオランピアに54年2月前座で初登場、55年2月に真打ちで登場。その際の激しいステージから「Monsieur 100,000 volts/ムッシュー 10万ボルト」の渾名が付けられた。ベコーは都合33回出演している。番組ではシルヴィー・ヴァルタンSylvie Vartan、ジャック・デュトロンJacques Dutronc、フロラン・パニーFlorent Pagnyがベコーノ曲を歌った。出演は若手のカルメン マリア ヴェガCarmenMaria Vega、クール ド ピラトCoeur de Pirate、グレゴワールGregoire、他にクリストフ・マエChristophe Mae、ガルーGarou、ジェラール・ド パルマスGerald de Palmas、エディー・ミチェルEddy Mitchell、トマ・デュトロンThomas Dutronc、アメル・ベントAmel Bent、カロジェロCalogero、オリヴィア・ルイズOlivia Ruiz、イヴ・デュテイユYves Duteil、ダニー・ブリアンDany Brillan、スタニスラスStanislasら総勢20数人。
No.345   2010.2.2  レ ザンフォワレ Les Enfoires 、2010年の公演           2010.2.2

2010年のレ ザンフォワレは1月27日ニースのPalais Nikaiiaで始まり2月1日まで。レ ザンフォワレは窮乏している人々に食事を提供する「Resto du Coeur/心のレストラン」に資金を供給するため毎年有志のアーティストが集まって行うコンサートで1986年から行われている。今年はこの期間に7回のコンサート、そのうち31日と1日のものが録画され、3月5日にTF1放送される予定。放送の翌日には2枚組CDとDVDが発売される。今年のタイトルは「la crise de nerfs/ヒステリー」、テーマ曲としてシングルCDで2月1日リリースされたのは「Et si l’on s’aimait,si/もし人が愛し合えば、もし・・」。ハードロックグループKissの1979年のヒット曲「I was made for lovin’you」を翻案したもの。フランス語の詩はジャン=ジャック・ゴールドマンとベナバール。今年も40数人が出演、常連のパトリック・ブリュエル、パトリック・フィオリ、ガルー、ジャン=ジャック・ゴールドマン、ジェニフェール、モラーヌ、エレーヌ・セガラ、ザジーなど、昨年初出演のルナン・リュスとトマ・デュトロンは2年連続。今年初出演のグレゴワールには恒例の「bizutage/新入生歓迎の手荒い儀式」があり、彼はニンジンの衣裳を着せられた。でもそれがよく似合っていたよう。
 No.344  2010.2.1  「Urgence Haiti」、ハイチ支援のコンピレーションアルバ 2010.2.1

ユニヴァーサル ミュージック フランス社は所属する歌手のうちモラーヌMaurane、エディー・ミッチェルEddy Mitchell、ヴァネッサ・パラディVanessa Paradisら20人余の最新アルバムからの代表曲を収録したハイチ支援のコンピレーションアルバム「Urgence Haiti/緊急 ハイチ」を1月29日リリース。収益金は「Actin cotre faim/飢えに行動を」協会に寄付される。(トラックリストは「最近のシャンソン情報№48」で)
 No.343  2010.1.30  David Hallyday&Laura Smetダヴィッド・アリディ&ローラ・スメ、話題のデュオ 2010.1.30

ダヴィッド・アリディとローラ・スメ[日本では「スメット」とされている]のデュオ「On se fait peur/恐れを持つ」が話題に。ダヴィッドは歌手、作詞、作曲も行う。1966年生まれ、父はジョニー・アリデイ、母はシルヴィー・ヴァルタン。4歳からカリフォルニアに住み、友人とアマテュアバンドを組んだ後、80年代末からソロ歌手として活動。88年の「High」、99年の「Tu ne m’as pas laisse le temps/君は僕に時間をくれなかった」はフランスでシングルチャートのトップに。作曲家としては98年母のアルバム「Sensible」に2曲提供、99年父のアルバム「Sang pour sang」の全曲の作曲を行っている。自身も99年以降フランス語のアルバムを4枚出している。一方のローラは女優、1983年生まれ、父はジョニー・アリデイ、母はナタリー・バイユ。02年のグザビエ・ジャノリ監督の「Les corps impatients/加速する肉体」で主役のシャルロット役を演じてデビュー。07年のパスカル・トマ監督の「L’heure zero/ゼロ時間の謎」でもキャロリーヌ役を演じている。すなわちこの曲は異母兄妹によるデュオで3月15日にリリース予定のダヴィッドの新しいアルバム「Un nouveau monde/新世界」に収められる予定、先行してシングルで1月18日リリースされた。この二人は1月23日に行われた2010年NRJ 賞(№340)授賞式に出席しその際この曲をステージで初めて披露した。
 No.342  2010.1.29 カルラ・ブルーニCarla Bruni、多忙な1年に             2010.1.29

フランスのファーストレディーとして多忙な毎日のカルラ・ブルーニ、1月13日にはサルコジ大統領の次男に男児誕生と言うことで、おばあちゃんに。2010年はアーティストとしても多忙な年になるよう。彼女はまずデヴィッド・ボウイDavidBowieへのオマージュアルバムのために歌う。5月にリリース予定のカバー28曲収められるこのコンピレーションアルバムにブルーニは「Absolute Bebinners」で参加する。このアルバムの収益金は戦争の犠牲になった子供たちを支援するイギリスの団体「Warchild UK」に寄付される。秋にはブルーニ自身の新しいアルバムも予定されていて、近々録音のためロスアンジェルスに赴くよう。これは02年の「Quelqu’un m’a dit/風の噂」 (これによりブルーニは04年のVdMで女性歌手賞を受賞)、08年の「Comme si de rien n’etait/あたかも何事もないように」に続くブルーニのフランス語による3枚目のアルバム。さらに09年にアメリカの映画監督Woody Allenが次回作にブルーニの出演を要請し、彼女が「私は決して女優ではない。多分芝居では劣等生だろう。でも一生にこんな機会はない。だからそれをみすみす逃したくはない。」とOKしたと報じられた。その撮影も7月にはパリで開始され、撮影はパリのみで行われるよう。この映画では彼女はインド出身の女優Freida Pintoと共演する。
 
 No.341  2010.1.28  ハイチ支援コンサート、パリ Bataclanでも、Theatre du Splendidでも       2010.1.28

ゼニットでのコンサート(№338、9)の他、1月24日(日)にはパリ バタクランBataclanでも、スプランディッド劇場Theatre du Splendidでもハイチ支援のためのコンサートが行われた。 バタクランでは「Un dimanche pour Haiti/ハイチのための日曜日」と銘打った、音楽関係の週刊誌「Les Inrockuptibles」の主催コンサートが2回行われた。入場料は25ユーロ、収入は全額「Action contre la faim/飢えのために行動を」協会に寄付される。16:00からのステージにはディアムス、Diam’s、アナイスAnais、IAM、ケリー・ジェームスKery Jamesらが出演。20時からのステージにはそれにジョイ・スターJoey Starr、ルイ・ベルティニャックLouis Bertignac、オリヴィア・ルイズOlivia Ruiz、ベンジャマン・ビオレBenjamin Biolay、ティケン ジャ ファコリTiken Jah Fakolyらが加わった。一方スプランディッド劇場のコンサートは「Nap vanse/(クレオール語で)新たな出発」のタイトルで、「Aide et action/援助と行動」協会の主催、入場無料。18時から23時までのマラソンコンサート。バンド演奏、歌、スラム、詩の朗読など多様な企画、出演も歌手のミス ドミニク、Miss Dominique、ストミー・ブグジーStomy Bugsy,女性ユーモリストのマド ラ ニソワーズMado la Nicoiseなど多彩。
No.340   2010.1.27  2010年NJR音楽賞、フランス部門の受賞者             2010.1.27.

フランスのラジオ局NRJが贈る音楽賞の授賞式が1月23日カンヌのPalais des Festivalsで行われた。フランス部門の受賞者は次の通り。[他にinternational部門がある]。( )は候補者。フランスアルバム賞「Cafeine/カフェイン」クリストフ・ヴィレムChristopheWillem(「L’equilibre/均衡」エマニュエル・モワール、「Mozart-L’Opera-rock/オペラ・ロック モーツアルト」、「SOS」ディアムス、「Toi+Moi/君+僕」グレゴワール);フランス男性歌手賞クリストフ・ヴィレム(ダヴィッド・ゲッタ、エマニュエル・モワール、ジェラール・ド パルマス、グレゴワール);フランス女性歌手賞ソフィア・エサイディSofia Essaidi(アメル・ベト、ディアムス、シェリファ・リュナ、ザオ);フランスシャンソン賞「L’assasymphonie」オペラ・ロック モーツアルト一座(「Commedes enfants/子供たちのように」クール ド ピラト,「Au bord de l’eau/水辺で」ジェラール・ド、パルマス、「Ca m’enerve/むかつく」エルムート・フリッツ);フランス新人賞フロラン・モテFlorent Mothe(クール ド ピラト、ジェナ・リー、スリミー、トム・フラジェ)
 No.339
 2010.1.26
 ゼニットでのハイチ支援コンサート、歌われた曲      210.1.26

2010年1月24日パリのゼニットで行われたハイチ支援コンサート(№338)は20:35分から3時間にわたった。出演が予定されていた歌手のうち、アズナヴール、カブレル、デュトロンは欠場。ヴェロニク・サンソン、スタニスラス、IAM、フランスのソプラノ歌手のナタリー・マンフリノ、メゾソプラノのベアトリス・ウリア=モンゾン、アメリカのソプラノ歌手フリア・ミゲネスらが追加出演した。歌われたは:「J’ai demande a la lune/月に願った」(ニコラ・シルキスとクール ド ピラト)、「Guide me home」(パニーとマンフリノ)、「Toi+Moi/君+僕」(グレゴワール)、「Les pouvoirs des fleurs/花の力」(スーションとヴルジー)、 「Amoureuse/恋する女」(モラーヌとサンソン)、「Ave Maria de Gounod/グノーのアヴェマリア」(ウリア=モンゾン)、「Rue de la paix/平和通り」(ザジーとスタニスラス)、 「Adieu Haiti/アデュー ハイチ」(ラファエル)、「Le jour se leve encore/日はまた登る」(オベール)、「Dis quand reviendras-tu/いつ帰ってくるの?」(ラ グランド ソフィーとベナバール)、「J’en reve encore/僕はまだそれを夢見ている」(ド パルマス)、「Foule sentimentale/センチメンタルな大衆」(ローズとリュス)
 No.338  2010.1.24 ハイチ支援コンサート、1月24日パリ ゼニットで        2010.1.24        
2010年1月24日(日)20:35~(日本時間25日04:35~)パリ ゼニットでハイチ支援のコンサート「Pour Haiti/ハイチのために」が行われる。文化省、フランステレヴィジョン、ラジオフランスの共催により入場料は無料。入場券はパリ及びイル ド フランス地区のFnacで配布された。コンサートの間フランス基金La Fondation de Franceへの寄付が呼びかけられる。 
TVF2、TV5Monde及びラジオ局France Interで中継される。(ラジオ局France Interのサイトでrealtimeでの聴取可能と思われます、日本時間1月25日04:35~。TV5MondeJaponでは1月25日21:00~放送予定、視聴には契約が必要)出演予定は:ジャン=ルイ・オベール、ユーグ・オーフレ、シャルル・アヴナヴール、ベナバール、アメル・ベント、パトリック・ブリュエル、クール ド ピラト、フランシス・カブレル、ジェラール・ド パルマス、ディアムス、トマ・デュトロン、グレゴワール、ラ グランド ソフィー、ベルナール・ラヴィリエ、マルク・ラヴォワヌ、ルナン・リュス、モラーヌ、パスカル・オビスポ、フロラン・パニー、ラファエル、ローズ、アラン・スーション、シルヴィー・ヴァルタン、ローラン・ヴルズイー、ザジーなどの歌手、ミシェル・デュルケール、ローラン・ドラウース、オリヴィエ・ガルジ、ウイリアム・レイメルジ、ダニエラ・ランブロゾ、ダヴィッド・プジャダス、ナギ、シリル・アヌーナなどのTVキャスター、総勢50人以上 
 No.337  2010.1.23  ジョニー・アリデイJohnny Hallyday、高額所得歌手№12010.1.23

 2009年の高額所得歌手ランキングでジョニー・アリデイが1100万ユーロで1位に。2位はミレーヌ・ファルメール(784万ユーロ)。3位はカロジェロ(190万ユーロ)。(詳細は「最近のシャンソン情報№47」で)
No.336   2010.1.22  セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourg、伝記映画公開   2010.1.22

ゲンズブールの伝記映画「Serge Gainsbourg,la vie heroique/セルジュ・ゲンズブール、その英雄的な生涯」(
№307)は1月20日に公開された。それに先立ち:1月4日、2枚組サウンドトラックのCD「Serge gainsbourg(vie heroique)」がリリースされた。これには劇中に使用され、主に映画出演者が歌った「Jebois/僕は飲む」、「La javanaise/ラ ジャヴァネーズ」、「Je t’aime moi non plus/ジュ テーム モワ ノン  プリュ」、「Le poinconneur des Lilas/リラ駅の切符切り」、「Bonny and Clyde」、「Love on the beat」など43曲が収録されている。 17日、F2 20時のニュースの最後にゲンズブール役のエリック・エルモスニノとブリジット・バルドー役のレティシア・カスタが出演。1月18日、F3 20:30からのドキュメンタリー「Gainsbourg,l’homme qui aimait les femmes/ゲンズブール、女性たちを愛した男」は、ジェーン・バーキン、ジュリエット・グレコ、ヴァネッサ・パラディ、バンブー、ブリジット・バルドー、フランソワーズ・アルディ、シャルロット・ゲンズブールとの過去の映像が流され、また、これらの女性たちへのインタヴユー(声のみ)を通じて彼女たちがゲンズブールをどのように見ていたかを明らかにしている。
 特報      №335でお伝えしました「Un geste pour Haiti Cherie/愛すべきハイチのための行動」のクリップを視聴することができます。ハイチ救援のために立ち上がったフランスのアーティスト達、№335で挙げた歌手の他、オフェリー・ヴィンターOphelie Winter、ザジーZazie、ミシェル・デュルケールMichel Drucker、セザリア・エヴォラCesaria Evora、ストミー・ブグジーStomyBugsyらが参加しています。
No.335   2010.1.20  「Un geste pour Haiti Cherie」、ハイチ支援のためのシャンソン  2010.1.20

1月12日のハイチ地震の被害者を援助するためフランスのアーティストたちが行動を起こした。1月15日、パリの19区のHaxoスタジオで「Un geste pour Haiti Cherie/愛すべきハイチのための行動」の録音とクリップの撮影が行われた。これにはレゲ、ラップ、Konpa(ハイチの音楽)、ズーク、R&B、ヴァリエテの歌手30余人が集合。ネグ マロンNeg’Marronsの曲、歌詞はそれぞれの歌手が書いた。参加したのはシャルル・アズナヴールCharlesAznavour、パッシーPassi、グラン コール マラッドGrand Corps Malade、ユースー ンドーYoussou N’Dour、ビソ ナ ビソBisso Na Bisso、2000年のミスフランスで女優のソニア・ロランSonia Rollandら。クリップは今後TVから流され、視聴者に赤十字及び国境なき医師団への寄付を慫慂することになっている。また曲は有料でダウンロードでき、売上金は救援活動に充てられる。アズナヴールは歌詞で「神よ、彼らは何をしたというのか、何故あなたは彼らを苦しめるのか、愛されることも少なく、犠牲を強いられ、見捨てられた彼らを。彼らはあなたの名を崇め、教会を尊重していた。もともと大したものを持っていない彼ら、今彼らには何もない。」と歌っている。同様の試みは04年スマトラ島沖地震の際にも行われ、60人余のアーティストが参加してシングルCD 「Et puis la Terre/そして地球が」を出したことがある。
 No.334  2010.1.19  アルノー・フルーラン=ディディエArnaud Fleurent-Didier、アルバム好評   2010.1.19

10年1月リリースされたアルノー・フルーラン=ディディエのアルバム「Lareproduction/再生産」が好評。1974年生まれのシンガーソングライターでミュージシャン。90年代初めから曲を作り、グープ「Notre-Dame」のメンバーとして活躍。04年ソロアルバム「Portrait d’un jeune home en artiste/芸術家であるある若者の肖像」(アイルランド出身の小説家ジェームス・ジョイスJamesJoyceの「A Portrait of the Artiste as a Young Man ;Portrait de l’artiste en jeune homme/若き芸術家の肖像」からか)。09年にはラ ロッシェルのフランコに出演。「La production」には「France Culture/フランス キュルチュール」[ラジオ局]、「L’origine du monde/世界の起源」、「Imbecile heureux /幸福な愚者」、「Meme 68 /68年のおばあちゃん」、「Pepe 44/44年のおじいちゃん」、 「La reproduction」など11曲が収められていて、「France culture」は昨年9月にはシングルでリリースされ頻繁にラジオから流れている。皮肉たっぷりだが、不安、疑い、夢、喜びや苦しみを表現している詩、歌うと言うより語るという感じで、ビオレやドレルムに似ていると言われるが、独特のカラー。1月18日パリTheatre Le Mery(7,place de Clichy 17区)に出演。
No.333   2010.1.18  心優しいガンコ者世代「Age tendre tetes de bois」コンサート 2010.1.18

1月16日F2 20時のニュースの最後に報道された「Sheila,Patrick Juvet,Stone et Charden tous en scene/シェイラ、パトリック・ジュヴェ、ストーン&シャルダン、皆ステージに」は1月14日からパリのPalais des Congresで始まったAge tendre et tetes de bois心優しいガンコ者世代」(№321)の2010年第4シーズンのコンサートのレポート。メンバーはある人々にとってはhas-been、でもある人にとっては今でもアイドル。4時間にわたり次々に18人の歌手が出演した由。ジュヴェは75年のヒット曲「Ou sont les femmes/女性達は何処に」を歌い(番組では当時の映像も)、ストーン&シャルダンは「L’avventura/ラヴァンテュラ」(71年)を歌った。ストーンのアニー・ゴートラAnnie Gautrat:「どの曲も、観客の若い頃の、幸福だった頃の思い出と結びついているのだろう。」シェイラは「Vous les copains,je ne vous oublierai jamais/仲間たち、私は決して忘れない」(64年、当時の映像も)。1万人以上の観客が集まった会場での観客の熱狂振り、休憩時間のサイン会の模様も。ユニットは今後フランス国内ツアー。10年には他にシャルル・デュモン、イザベル・オーブレ、ミシェル・トール、マルセル・アモン、アニー・コルディーらが出演予定者に名を連ねている。
No.332   2010.1.17  セリーヌ・ディオンCeline Dion、ドキュメンタリーフィルム      2010.1.17

09年3月から活動を休止しているディオン、2010年は多忙な年になりそう。夏には11枚目のアルバム(全曲英語?)のリリースが予定されている。それにはDavid Guettaがプロデュースする「Webcam」が入ることになっている。それより前、2月にはドキュメンタリーフィルム「ThroughThe Eyes Of The World」(フランスでは「Celine,autour du monde/セリーヌ、世界を巡って」)がアメリカで公開される。ディオンは07年12月15日ラスヴェガスのシーザーパレスでの5年間にわたるショー「A new day」を打ち上げ、2008年-2009年ワールドツアー「Taking chances」を行った。ツアーは08年2月14日南アフリカのヨハネスブルグから09年1月29日アメリカ、フロリダ州のFort Lauderdaleまで25カ国94の都市を回り、日本では08年3月8、9日東京で、11、12日大阪で公演している。このドキュメンタリーは主としてそのツアーを13ヶ月にわたって追跡したもの。ディオンは撮影スタッフに何処へでもついて行くことを許した。その結果、ステージ上のディオンのほか、舞台裏、家族との日常生活、ファンとのふれ合いなどで素顔のディオンを見ることができる。公開を前にその予告編を視聴可能。なお、昨年には10年3月に第2子出産予定のニュースが流れたが、それはなくなったよう。

No.331
 
 2010.1.16  ミシェル・ジョナスMichel Jonasz、「Abraham」続演決定        2010.1.16

1月13日F2 13時のニュース「最後の5分」に登場したジョナスは1947年パリ郊外生まれシンガーソングライターで俳優。60年代後半から歌手活動、「Dites-moi/僕に言って」(74年)、「Les vacances au bord de la mer/海辺のヴァカンス」(75年)のヒット曲。85年には「Boite de jazz/ジャズクラブ」でVdMの男性歌手賞などを受賞している。07年にはシャンソンの名曲「パリジャン気質」、「時の流れに」、「枯葉」、「群衆」、「ベンチの恋人たち」など10曲をカバーしたアルバムズを出している。ジョナスは09年9月から12月30日まで、Petit Montparnasse劇場で自身が脚本を書き、演出し、歌い(舞台にはミュージシャンは登場せず、ハンガリーで録音したジプシー音楽をバックに)、語る一人芝居「Abraham/アブラハム」を上演した。これは彼の祖父アブラハムの伝記で、ポーランド生まれのユダヤ人が20歳で故郷を離れ、ハンガリー各地のユダヤ教会のカントル(典礼で合唱の先導する独唱者)を務め最後には強制収容所に送られると言う物語。これが好評で10年1月20日から3月29日まで日・月曜日 Gaite Montparnasse劇場での続演が決まった。「私は祖父のことは知らないが、その思い出は家族が共有していて、私にとっては近しい人物。その人生を語ることによって、ある一人の人の人生が他の人の人生より重要だと言うことはない。それぞれの人生は尊重すべきものであることを示したかった。」
No.330   2010.1.15  ジャック・デュトロンJacques Dutronc、マラソンツアー始まる  2010.1.15

1月12日はデュトロン(№315)のパリ ゼニット公演初日。舞台装置は白と黒が基調、黒い衣裳、ブーツにサングラス、白い照明に照らされた黒い安楽椅子から立ち上がり、手にはトレードマークのルシタニア葉巻はなく(「場内禁煙」のテロップが出て)、最初に歌ったのは66年のヒット曲「Et moi,et moi,et moi/そして僕、そして僕、そして僕」。この曲の歌い出し「7億人の中国人、そして僕・・」の数字は変えず。途中「僕はTVでWilliamLeymergie[現在F2「Telematin」の司会者]を見る」。(原曲ではCatherineLangeais)。「どうぞ誰かを頭に浮かべて下さい。」と語り歌い出したのは「L’opportuniste/日和見主義者」。「Il est 5 heures,Paris s’eveille/朝5時、パリは目覚める」はジプシーギターの伴奏で。唯一のサプライズはエティエンヌ・ダオとのデュオ「Tous les gouts sont dans la nature/すべての美的センスは自然の中に」。他に、「LesPlay Boys」、「Les Cactus/サボテン」、「J’aime les filles/女性達が好き」、「La fille du Pere Noel/サンタの娘」、「Gentleman cambrioleur/泥棒紳士」、 「Petit Jardin/小さな庭」など、2時間弱、24曲。スクリーンに「A demain/明日また」の文字が現れ幕。13日F2 13時のニュースでは「Et moi・・」、「On nous cache tout,on nous dit rien/われわれにはすべてが隠され、何も語られない」を歌う場面などが流された。
No.329   2010.1.14  ニルダ・フェルナンデズNilda Fernandez、帰って来た      2010.1.14

1月12日F2 13時のニュースに登場し、「独特の高音で歌う、現代の、最後の吟遊詩人」と紹介されたたフェルナンデズは1957年バルセロナ生まれ、スペイン語とフランス語で歌うシンガーソングライター。92年「Nos fiancailles/僕たちの婚約」でVdMの男性新人賞を受賞。97年のアルバム「Innu Nikamu/イヌ ニカム」はアメリカインディアンとの交流から生まれ、インディアンの言葉で「人間は歌う」をタイトルに。99年の「Castelar 704/カステラール704」は1936年射殺されたフェデリコ・ガルシア・ロルカの詩に曲を付けたものでいずれも評判に。同年シャンソンフランセーズの代表曲、「いつ帰ってくるの?」、「内海にて」、「後には何もない」、「ジョニー・ジェーンのバラード」、「アナーキストたち」などをカバーしたアルバム「Mes Hommages/僕のオマージュ」をリリース。その後ロシア、カリブ海諸国を中心に活躍。1月8日10年振りのアルバム「Nilda Fernandez」をリリースしてフランスの舞台に帰ってきた。アルバムには番組の最後に披露した「Plages de l’atlantique/大西洋の浜辺」など12曲が収められている。1月26日にはパリのCafe de la Danseに出演、「バックのミュージシャンはなくギターの弾き語り、なぜなら曲はギターを弾きながら作ったものだから。」その後フランス国内を回り、4月12日パリに戻りLa Cigaleに出演。
No.328   2010.1.13  「J’en reve encore」、過去10年間で最も放送された曲       2010.1.13

フランスのラジオ局35局について統計を取っているYacatによれば、2000年から2009年まで、すなわち21世紀最初の10年の間フランスのラジオ局から最も頻繁に流されたシャンソンはジェラール・ ド パルマスGerard De Palmasの「J’en reve encore/僕はまだそれを夢見ている」であった。2000年11月にリリースされたアルバム「Marcher sur le sable/砂の上を歩く」に収められたこの曲は24,590回放送された。2位はグループ ノワール・デジールNoir Desirの「Le vent nous portera/風が僕たちを運ぶ」、3位はカロジェロCalogeroの「En apesanteur/無重力状態で」4位はド パルマスの「Une seule vie/たった一つの人生」、5位はルノー&アクセル・ レッドRenaud & Axelle Red の「Manhattan-Kaboul/マンハッタン=カブール」。この期間に最も頻繁に放送された歌手はマドンナMadonnaで207,472回(曲数では154曲)。フランスの歌手ではド パルマスで184,578回(63曲)。年間トップを見ると02年ナターシャ・サン=ピエール&パスカル・オビスポNatasha St Pier & Pascal Obispoの「Tu trouveras/きっと分かる」と04年コルネイユCorneilleの「Parce qu’on vient de loin/遠くから来たので」だけがフランスの曲で後はすべて外国の曲。
 No.327  2010.1.12  マノ・ソロMano Solo、死去     2010.1.12

シンガーソングライターのマノ・ソロが1月10日パリで死去、享年46歳、数年前からエイズに罹っていた。マノ・ソロは1963年4月マルヌ県生まれ、父親は著名な漫画家、風刺画家のCabu。17歳からパンク・ロックグループのギタリスト。90年初めから自作の曲を歌うように。93年最初のアルバム「La Marmaille nue/裸のちびっ子ども」をリリース、 「Au creux de ton bras/君の腕の中で」などが好評。翌年には80数回のコンサート、11月にはパリ オランピアに初出演。それ以降16年間に10のアルバムを出していた。特に95年の「Les annees sombres/暗い年月」、97年の「Je sais trop/僕は知りすぎた」はゴールデンディスク。その詩は鋭敏な神経で悲惨さに対する怒りを歌う。最後のアルバムは09年9月の「Rentrer au port/港への帰還」。そこでは自分の人生、不治の病、子供時代、失われた恋を優しさ込めて歌った。その後ツアーを続け、11月12日パリ オランピアでコンサート。97年には「僕は自分の人生を思い涙することがある。死を恐れることがある。それでも今僕は生きている。」と歌っていたマノ・ソロ、このコンサートの後は入院し闘病生活を送っていた。文化大臣フレデリック・ミッテランFrederic Mitterandの哀悼の辞:社会問題に積極的に関わったアーティスト。しわがれた声で、悲痛な声で、死を歌い、死を語った彼、死はとうとう彼を連れ去ってしまった。
 No.326  2010.1.11  アカデミー シャルル・クロ Academie Charles Cros、ディスク大賞受賞者  2010.1.11

第62回アカデミー シャルル・クロAcademie Charles Cros(ACC)賞の授賞式が1月7日行われた。詩人で録音技術の先駆者でもあったCharles Cros (1842年-1888年)の名を冠したACCは1947年に設立され、毎年優れたレコードに「Grands Prix du disque/ディスク大賞」を与えている。今回はクラシック、ジャズ、オペラなどの15部門の18人が受賞した。シャンソン部門では、ラ グランド ソフィーLa Grande Sophieの「Des vagues et des ruisseau/波と小川」(№318)およびベンジャマン・ビオレBenjamin Biolayの「La Superbe/尊大」(№211)が受賞し、フランス語部門ではアリアンヌ・モファットAriane Moffattの「Tous les sens/すべての感覚」(№154)が受賞している。ほかにキャリア全般に与えられる名誉賞には09年アルバム「New Yorker」(最近のシャンソン情報№45)をリリースした80歳のユーグ・オーフレHugues Aufrayおよび同じく 「La musique/音楽」(№150)をリリースした41歳のドミニク・アーDominique Aに与えられた。
 No.325  2010.1.10  ラファエル Raphael、アコースティックツアー     2010.1.10

ラファエルが1月15日からアコースティックツアー「Funambule/綱渡り」を開始する。1975年パリ郊外生まれ、2000年最初のアルバム「Hotel de l’univers/宇宙ホテル」を出してデビュー、 ヴァネッサ・パラデイの前座、デヴィッド・ボーイのパリ オランピア公演の前座で歌う。03年リリースされた2枚目のアルバム「La realite/真実」ではジャン=ルイ・オベールとのデユオ「Sur la route/旅の途中で」が評判に。05年の3枚目のアルバム「Caravane/キャラバン」は100万枚以上の売上、06年のVdMで男性歌手賞、シャンソンアルバム賞、オリジナルシャンソン賞の3賞を受賞。08年にはアルバム「Je sais que la Terre est plate/僕は地球が平だと知っている」をリリースしている。今回のツアーはすでに06年10月にパリのシャトレ劇場Theatre du Chateletで行ったものと同じ、ステージにはラファエルが一人、ピアノあるいはギターの弾き語りを行う。フランス、ベルギー、スイスを回るこのツアーは4月初めまで40回ほど。2月16日にはCasino de Parisに登場。春には新しいアルバムにリリースも予定されていて現在録音中。また出演したクロード・ルルーシュ監督の映画「Ces amours-la/この愛」も今年公開される。
No.324   2010.1.8  Jeanne Cherhalジャンヌ・シェラール、ニューアルバムの予定   2010.1.8

女性歌手ジャンヌ・シェラールの4枚目のアルバムは3月18日リリース予定の「Charade/言葉当てゲーム」。シェラールは1978年Nantesナント生まれ、出身地で行った数回のコンサートが彼女の評判を口から口へと伝えるに十分。2000年ナント大学での哲学の学業を放棄、シンガーソングライターの道に。02年の最初のアルバム「Jeanne Cherhal」は01年のナント公演のライヴ。 2枚目のアルバム「Douze fois par an/1年に12回」で04年アカデミー シャルル・クロのレコード大賞を受賞。05年にはVdMで新人女性歌手賞を受賞、06年アルバム「L'eauロー/水」をリリース。09年にはアマンディヌ・ブルジョワAmandineBourgeoisのアルバム「20㎡」(№184)に「Etranger/異国の人」を提供、ベンジャマン・ビオレBenjamin Biolayのアルバム「La superbe」(№211)では「BrandtRhapsodie」に協力し、デュオで歌っている。自身のニューアルバム「Charade」には11曲入る予定。録音にミュージシャンは参加せず、シェラール自身がキーボード、ギター、ベース、ドラムスなどを演奏する。すでに「En toute amitie/友情を込めて」が先行シングルカットされている。2月24日からツアー、3月9日パリのバタクランBataclanに出演。
No.323  2010.1.7   スタニスラスStanislas、 2枚目のアルバム     2010.1.7

スタニスラスの2枚目のアルバム「Les carnets de la vigie/見張り番ノート」が1月4日リリースされた。1972年パリ郊外生まれ、オーケストラ指揮者、師範学校の指揮動作学の教授、アズナヴールやディオンらのアレンジャーとしても活躍。歌手として活動を始め、07年11月の最初のアルバム「L'equilibre instable/不安定な均衡」をリリース。そこに収められ、シングルカットもされた「Le manege/回転木馬」、「La belle de mai/5月の美しい人」、カロジェロとのデュオ「La debacle des sentiments/感情の崩壊」が好評、シャンソンフランセーズに確かな地位を築いた。「子供の頃冒険物語に出てくる船の『vigie/見張り番』は孤独を感じているだろうと思っていた。高い所に立ち、陸地を探すという粘り強さが必要な仕事をしながら。そのイメージが頭から離れずアルバムのタイトルになった。」アルバムには15曲収められている。「Fou d’elle/彼女に夢中」は09年9月には先行シングルカットされ女優ベアトリス・ローゼンと共演のクリップを視聴可能。ローゼンはアルバム中「Sensiblement modifies/かなり修正された」をデュオで歌っている。スタニスラスは2月17~20日パリ リューロペエンL’Europeenに出演、その後国内ツアー、6月17日には
パリに戻りラ シガルLaCigaleに出演。
No.322   2010.1.6  「フランス人が好きな人物」、アンケート結果              2010.1.6

年2回行われる恒例のアンケート「フランス人の好きな人物」の2009年12月実施分の結果が発表された。今回もトップはテニスのチャンピオンから歌手になったヤニック・ノアYannick Noah。ノアは5期連続、7回目のトップ。(詳細は「最近のシャンソン情報№46」で)
 No.321  2010.1.5  心優しいガンコ者世代Age tendre et tetes de bois、クイズ番組に出演  2010.1.5

TV5MONDEで1月2日19:00から放送された「Le combat des idoles/アイドルたちの戦い」は同局で毎日放送されているジュリアン・ルペールJulien Lepers司会のクイズ番組「Questions pour unchampion/チャンピオンへの道」の特番で、1960~80年代に活躍した歌手たちで構成されるユニット「Age tendre et tetes de bois」のメンバーが出演した。ゲスト回答者として「戦い」に望んだのは男女各5人の歌手、登場の際にはそれぞれのヒット曲を歌う当時の映像が流された。回答者は女性歌手ではアニー・コルディーAnnie Cordy(「Tata Yoyo/ヨーヨーおばさん」)、 シェイラSheila(「Vous les copains je ne vous oubrierai jamais/仲間たち、私は決して忘れない」)、ファビエンヌ・ティボーFabienne Thibaud(「Le monde est stone/世界は石」)など、男性歌手ではアントワーヌAntoine(「Les elucubrations/訳の分からない話」),パトリック・ジュヴェPatrick Juvet(「Ou sont les femmes/女性たちは何処に」)ら。他にフランク・アラモFrank Alamo、ボビー・ソロBobby Solo、ジョルジュ・シュロンGeorgesChelonらは応援団。女性部門の優勝者ティボーと男性部門の優勝者アントワーヌで争われた決勝ではアントワーヌが戦いを制した。
 No.320  2010.1.4  スペクタクル、「Barbara,20 ans d’amour」バルバラ、20年の愛               2010.1.4 

パリのTheatre Hebertot(78bis,bd.Des Batignolles パリ17区)で12月18日から1月2日まで上演された「Barbara,20 ans d’amour/バルバラ、20年の愛」はバルバラへのオマージュ。出演はアコデオニストのローラン・ロマネリRoland Romanelliと女性歌手レベッカRebeccaの二人。20年間バルバラの伴奏を務めたロマネリはステージでバルバラとの思い出を語る。「彼女は才気に溢れ、歌う曲は多くの場合悲劇的なものだったが、ユーモアがあり、茶目っ気たっぷり、フランソワーズ・サガン同様早口、時々発音が不明瞭になることも・・歌ではそんなことは決してなかったが・・いずれにしても、私を最も笑わせた女性だった。」レベッカはよく知られた歌手ではないが、繊細な、官能的な声でバルバラの曲を歌う。真似をするのではないが忠実に、その距離感が心地よい。ロマネリがピアノとアコーデオンで伴奏。歌われたのはバルバラの詩にロマネリが作曲に手を貸した「A peine/ちょうどしたところ」、「Vienne/ウイーン」、「Cet enfant-la/この子」、あるいはロマネリが幾度となく伴奏した「Nantes/ナント」、「Dis quand reviendras-tu?/いつ帰ってくるの?」、「Lasolitude/孤独」、「La joie de vivre/生きる喜び」、「Ma plus belle histoired’amour/わが麗しき恋物語」など。
No.319   2010.1.2  TV局TF1、「2009年のシャンソン」                           2010.1.2

TV局TF1の「2009年のシャンソン」は12月30日20:45~パリのパレ デ スポールからの中継放送で発表された。司会はフロラン・パニーとサンドリーヌ・ケティエ。今年候補に上がったのは:「Assasymphonie」(歌:ミュージカル「オペラ・ロック モーツアルト」一座)、「Ta main/君の手」(歌:グレゴワール)、「Le drapeau/旗」(歌:パスカル・オビスポ)、「We are golden」(歌:ミカ)、「Ca m’enerve/むかつく」(歌:エルムート・フリッツ)、 「Like a Hobo」(歌:シャルリー・ヴィンストン)、「C‘est dit/それは決まっている」(歌:カロジェロ)、「La semaine prochaine/来週」(歌:マルク・ラヴォワヌ)、「Lady Melody」(歌:トム・フラジェ)、「Automatic」(歌lトキョ オテル)、「Au bord de l’eau/水辺で」(歌:ジェラール・ド パルマス)、「Heart Box」(歌:クリストフ・ヴィレム)など15曲。Ifop(フランス世論研究所)が行ったアンケートの結果選ばれたのは「La semaine prochaine」(№192)。なお、2007年はヤニック・ノアの「Aux arbres/木を植えよ」、2008年はクリストフ・マエの「Belle demoiselle/美しいお嬢さん」。
 No.318  2010.1.1  ラジオ局RFI、「2009年アルバムトップ10」          2010. 1.1

フランスの国際ラジオ放送局RFI(ラジオ・フランス・アンテルナショナル)は「2009年アルバムトップ10」に次のアルバムを選んだ:シャルロット・ゲンズブール「IRM」(№302)、ベンジャマン・ビオレ「La Superbe」(№211)、ディアムス「SOS」(№282)、ブリジット・フォンテーヌ「Prohibition」(№251)、ミッケ トウロワ デ 「La grande Evasion」(№246)、エム「Mister Mistere」(№223)、ミシェル・デルペッシュ「Sexa」(№156)、オリヴィア・ルイズ「Miss Meteores」(№107)、フェニックス「Wolfgang Amadeus Phoenix/ヴォルフガング アマデウス フェニックス」(*)、ラ グランド ソフィー
Des vagues et des ruisseaux/波と小川」(**)。 (*)フェニックスPhoenix;1997年パリ郊外ヴェルサイユ出身の当時20歳代の4人が結成したポップ・ロックのグループ。フランス国内よりも英国、ドイツ、スカンディナヴィア諸国で人気がある。09年5月リリースの「Wolfgang ・・・」はグループの4枚目のアルバム。(**)ラ グランド ソフィーLa Grande Sophie;1969年モーゼル生まれの女性シンガーソングライター、96年より活動、05年VdMで新人ステージ賞。09年2月リリースの「Des vagues ・・」は5枚目のアルバム、09年11月にはパリ オランピアに出演。
No.317   2009.12.31  フィリップ・シャテル Philippe Chatel、「Emilie Jolie」誕生30年   2009.12.31

12月29日F2 13時のニュースに登場したシャテルは1948年生まれのシンガーソングライター。79年、当時3歳だった娘エミリーEmilieのために音楽物語「Emilie Jolie/エミリー・ジョリー」を作った。両親が外出した夜金髪の少女エミリーが夢の中で出会う数々の人物や動物などとのエピソードを綴ったもの。79年最初のレコードではアンリ・サルヴァドール(語り)、ジョルジュ・ブラッサンス(ハリネズミ)、エディー・ミッチェル(狼)、ジュリアン・クレール(大きな鳥)、アラン・スーション(雄鶏)、シルヴィー・ヴァルタン(ダチョウ)、フランソワーズ・アルディー(魔法使い)などが参加。97年に再びレコーディングされ、その際にはジャック・デュトロン、ジョニー・アリディ、モラーヌ、ザジー、アクセル・レッド、ララ・ファビアン、フロラン・パニー、エティエンヌ・ダオらが参加している。この物語は85年にはミュージカルにもなり再三上演されている。09年11月「Emilie Jolie」誕生30年を記念して79年のオリジナルヴァージョンがリマスターされ、24ページのブクレット付きCDでリリースされた。その後チャートのバックカタログ部門では12月第3週まで常に上位にランクされている。
No.316   2009.12.30  マイク・ブラントMike Brant、回想TV番組         2009.12.30

12月27日F2 22:25~の「Un jour,un destin/ある日、一つの運命」ではマイク・ブラント(№108)が取り上げられた。1975年、ブラントはイスラエルからフランスに渡って6年、それは正にシンデレラ物語。28歳という若さとルックス、常に微笑みを絶やさないブラントは人気絶頂だった。ヒットパレードではクロード・フランソワ、ミシェル・ポルナレフ、ジョニー・アリデイを凌駕していたし、多くの女性スタートと浮き名を流していた。しかしこの年の4月25日の悲劇はどう説明できるのだろう。ブラントはパリの住居であったアパートの7階から投身自殺した。その死はファンばかりでなく多くのフランス国民にとって衝撃だった。イスラエルに住んでいた家族には信じられなかったし、ショウビズ界の争いによる殺人説、あるいはブラントがイスラエルの秘密組織に属していて消されたという突飛な噂まで流れた。番組では未公開の映像、家族や関係者の証言を元に30年経ってもなぞに包まれたままのこの事件を追う。

(№315追)クイズの正解は①「Et moi,et moi,et moi」②フランソワーズ・アルディー(二人は1967年からのパートナー、73年には長男トマが誕生、81年3月コルシカ島で結婚)③エッフェル塔(「朝5時、パリは目覚める、エッフェル塔は足元が寒く、凱旋門は活気を取り戻し、オベリスクは真っ直ぐ立つ・・」
No.315   2009.12.29  ジャック・デュトロンJacques Dutronc、コンサート2週間前     2009.12.29

2010年17年振りにステージに立つデュトロン(Nos.166、275)、1月8日のEvry(エソンヌ県)からパリZenithでの5日間(1月12~16日)を含め5月までフランス各地で52回の公演が予定されている。コンサートが間近になり、インタヴユーに答え次のように語っている。「これが最後のツアーだとはあえて言わないが、私のツアーは17~20年置きだから、理論的には次はもうないだろう。Set list24曲は主として1966-75年までのもので、古い曲が多いが、それらは最近の歌手の曲よりもより現代的だと思っている。」12月にはVogue社時代の142曲を8枚のCDに編集したコンピレーション「Les annees Vogue/ヴォーグの年月」が限定盤でリリースされた。デュトロンに関して次のようなクイズも見られた。①66年夏の大ヒット曲は;○Et moi,et toi,et toi ○Et moi,et moi,et moi ○Et toi,et moi,et moi ②81年結婚した相手は;○フランソワーズ・アルディー ○ファニー・アルダン ○カトリーヌ・ドヌーヴ ③68年のヒット曲「Il est cinq heures ,Paris s’eveille/朝5時パリは目覚める」で足元が寒いと歌われているパリの名所は;○凱旋門 ○コンコルド広場のオベリスク ○エッフェル塔
 No.314  2009.12.27  レ シャントウ―ズLes chanteuses、「Le Pere Noel n‘existe pas」 2009.12.27

今年のクリスマス期に物議をかもし、子供たちのクリスマスを台無しにした(?)のが若い女性歌手のデュオ レ シャントウ―ズLes chanteusesが歌う「Le Pere Noel n‘existe pas/サンタクロースなんていやしない」。歌詞を書いたのはフレデリック・ベイグベデールFrederic Beigbeder。ベイグベデールは作家・評論家、「Un romance francais/フランスの小説」で09年Prix Renaudot賞を受賞している。歌詞は:もうすぐ今年も終わり、今朝雪が降った、暖炉の側ではもみの木に付けた電球が点滅している、家族が集まり、子供たちは待ちきれない、もうすぐクリスマスプレゼントの配達が始まるだろう・・でも問題はサンタクロースなんていないと言うこと、あれはコカコーラが考えだしたもの・・サンタクロースはここにはいないパパがやっている、残念だけど・・・でも問題はサンタクロースなんていないこと、厄介なことにサンタクロースは子供たちのためにしかいない・・なお、F2 20時のニュースが行ったアンケート「クリスマスはどんな祝祭だと考えますか?」では「商業的な祝祭」38.8%、「家族的な祝祭」33.4%、「宗教的な祝祭」27.8%という結果が出ている。
No.313   2009.12.26  エレーヌ・セガラHelene Segara、CFに登場         2009.12.26

歌手エレーヌ・セガラは1971年南仏生まれの、父はイタリア人、母はアルメニア人。99年ミュージカル「Notre Dame de Paris/ノートル ダム ド パリ」にエスメラルダ役で出演、一躍スターに。00年アルバム「Au nom d’une femme/一人の女性の名において」は100万枚以上の売上げ、01年のVdMで最優秀女性歌手賞。08年11月アルバム「Mon pays,c’est la terre/私の国はこの地球」をリリースの後09年4月までツアーを行っていた。母方の縁でアルメニアのために尽力していて09年3月にはパリ8区、Le Pont des Invalides/アンヴァリッド橋の脇に設けられた「Jardin d’Erevan/エレヴァン(アルメニアの首都)公園」の命名式にアズナヴールと参列、11月にはアルメニア支援の資金集めのためのPhonethonの推進役を務めた。そのセガラが、頭髪用化粧品メーカーSchwarzkopfの頭髪染めのCFに登場し話題に。白いソファーに座った豊かな髪のセガラ「私の髪は強く、目映いばかり、白い髪は一本もない。これはあなたのためのもの。」
No.312   2009.12.25  リオネル・フロランスLionel Florence、SACEM大賞作詞家賞受賞   2009.12.25

2009年SACEM大賞(№310)作詞家賞はリオネル・フロランスが受賞した。フロランスは1958年ナンシー生まれの作詞家。97年のパスカル・オビスポに「Savoir aimer/愛する術」などの歌詞を提供し第一線に。作詞では、1960年代はピエール・ドラノーエ時代、80年代はディディエ・バルベリヴィアン時代、2000年代はフロランスの時代と言われている。20人以上の歌手に詩を提供、主なものは:ジェニフェールに「Donne-moi le temps/私に時間を」、ナターシャ・サン=ピエールに「Tu trouveras/きっと分かる」、パスカル・オビスポに「Les fleurs du bien/善の花」、フロラン・パニーに「Ma liberte de penser/僕の思想の自由」、クリストフ・マエに「On s‘attache/くっついて」、カロジェロに「Aussi libre que moi/僕ほど自由」、Sol En Siのメンバーに「Sa raison d’etre/彼(彼女)の存在理由」。他にミュージカル「Les dix commandements/十戒」(00年)、「Le Roi Soleil/太陽王」(05年)、「Cleopatre/クレオパトラ」(09年)の作詞もしている。(№309追)ジョニー・アリディは12月23日病院からロスの自宅に戻った。レティシア夫人や二人の養女(JadeとJoy)と共にクリスマスを過ごす。Joyeux Noel !
 No.311  2009.12.24  ティノ・ロッシTino Rossi,「Petit Papa Noel」           2009.12.24

12月18日、英仏海峡トンネルを通過する高速鉄道ユーロスターはフランス北部の寒波のため電気系統の故障で5本の列車がトンネル内で立ち往生、2500人余りの乗客が最大で16時間車内に閉じこめられた。そのなかで老若男女のフランス人乗客が歌っていたのが「Petit Papa Noel/プティ パパ ノエル:サンタのおじさん」。フランスクリスマスソングの[唯一の]定番。ティノ・ロッシ(1907-83)のこの曲、レイモン・ヴァンシRaymond Vinci作詞、アンリ・マルティネHenri Martinet作曲、リシャール・ポティエRichard Pottier監督の1946年映画「Destins/運命」の中でロッシが歌ったもの。そのレコードはロッシの生前すでに3000万枚以上売上げ、没後も毎年20万枚以上売上げていると言われている。この曲は他に、ナナ・ムスクーリ、ダリダ、セリーヌ・ディオン、エンリコ・マシアス、ミレイユ・マテュー、フロラン・パニー、ジャック・ランティエら多くの歌手によって歌われており、07年にはアメリカの人気歌手ジョシュ・グローバンJosh Groban がフランス語でカバーしている。サンタさん今冬は寒波が厳しいことから「Mais avant de partir,il faudra bien te couvrir/でも出掛ける前はしっかり着込まなくちゃダメだよ。」(歌詞の一節)。
No.310   2009.12.23  ジャック・イジュランJacques Higelin、SACEM大賞歌手賞受賞   2009.12.23

2009年SACEM(作詞家、作曲家、楽譜出版者協会)大賞のシャンソンフランセーズ歌手賞はジャック・イジュランが受賞した。イジュランは1940年パリ郊外生まれのシンガーソングライター、俳優。14歳で学業をやめ映画界に。兵役除隊後の60年代から映画出演の傍らキャバレで歌い出す。イヴ・モンタンやシャルル・トレネとも同じステージで歌っている。67年にはブリジット・フォンテーヌとのデュオ「Cet enfant que je t’avais fait/僕が君に作ってあげた子供」がヒット。71年全曲自作のアルバムを出し詩作と作曲の才を示す。挑発的な都会派ロッカー、そのシャンソンはメデイアから流されることは少なく、ステージ活動が中心。トレネの死去に際してアズナヴールが「彼の後継者はジャック・イジュラン」と表したことで「二代目歌う狂人」とも言われ、04~05年フランス国内で「イジュラン、トレネを歌う」コンサート。05年にはそのライヴアルバム「Higelin enchanteTrenet/イジュラン、トレネを魅了」。06年アルバム「Amor Doloroso」。歌手アルテュール・アッシュArthur Hと若手女性歌手イジアIziaの父。イジュランは10年2月22日新しいアルバム「Coup de foudre/青天の霹靂、一目惚れ」をリリース予定、3月9日からはパリLa Cigaleに出演。
No.309   2009.12.22  ジョニー・アリディJohnny Hallyday、入院、コンサートをキャンセル      2009.12.22

12月16日ジョニー・アリデイが病気のため、2010年1月8日Amiensから2月13日パリ ベルシーまで予定されていた24回のコンサートをすべてキャンセルする旨発表された。すでに売られていた16万枚のチケットは12月21日から払い戻しが行われる。国民的人気歌手ジョニーの病状はTF1、F2とも連日ニュース番組で報道する国民的な関心事。ジョニーは、11月26日パリClinique du ParcMonceauでステファン・ドラジュウStephane Delajoux医師の執刀のもと椎間板ヘルニアの手術を受け、その後家族とロスアンゼルスに向かった。その機中で腹痛を訴え、7日到着と同時にロスのCedars-Sinai病院に入院。ヘルニア手術が原因の損傷が発見され、再手術。また、院内感染のおそれもあり、1週間近く「coma artificiel/人工的は昏睡状態」に置かれていた。14日夕刻には目覚め周囲と会話ができるほど回復した。ロスに見舞いに来ていた元妻のナタリー・バイユ、ジョニーとバイユとの間の娘で俳優のローラ・スメ、シルヴィー・ヴァルタンとの間の息子ダヴィッド・アリディらはロスを後にした。今後相当長期の回復期を要するため、クリスマスは病院で過ごすことになるだろう。なお、ドラジュウ医師が12月11日パリでジョニーのファンに襲われ負傷するという事件も起こった。またジョニーは同医師を訴えることも考慮している。
No.308   2009.12.21  ジュリアン・クレール Julien Clerc、ミュゼ グレヴァンにアンコール登場   2009.12.21

クレールがパリの蝋人形館ミュゼ グレヴァンMesee Grevin(10,bd. Montmartre パリ9区)にアンコール登場した。すなわち、クレールの2体目の人形が12月14日に披露されたというもの。クレールはこの人形に着せるため最近のツアーで着た舞台衣裳を提供した。グレヴァンに2体目の人形というのは珍しく、クレールの他にはシモンヌ・ヴェイユl、ド ゴール将軍など4人だけ。今回の人形はエルトン・ジョンElton Johnやアリエル・ドンバルArielle Dombasleの隣に置かれている。クレールの最初の人形は38年前の1971年にグレヴァンに展示された。クレールは1947年にパリに生まれ、68年のいわゆる「5月革命」直前に出した「La cavalerie/騎兵」で人気が出、69年ミュージカル「Hair」のフランス版にクロード役で出演し一躍スターになった。当時22歳、もっとも若くしてグレヴァン入りした人物の一人であった。この最初の人形は展示品の更新のため80年代に倉庫に収納された。クレールは4月にはCD3枚組57曲を収めたベスト盤をリリース。また、11月19日にはCD2枚組26曲収めたライヴアルバム「Tour 09/09年ツアー」をリリースしたばかり。
 No.307  2009.12.18  映画「Serge Gainsbourg ,la vie heroique」、いくつかのシーンを視聴可能 2009.12.18

フランスで2010年1月20日から公開されるセルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourg(1928-91)の伝記映画「Serge Gainsbourg, la vi heroique/セルジュ・ゲンズブール、その英雄的な生涯」(№279)のいくつかのシーンを視聴することができる。その中にはヒット曲の誕生に絡む次のようなシーンがある。ゲンズブール役はエリック・エルモスニノEric 
Elmosnino。
①「Bonnie and Clyde、」ブリジット・バルドーBrigitte Bardot役はレティシア・カスタLaetitia Casta
②「Javanaise/」ジュリエット・グレコJuliette Greco役はアンナ・ムーグラリスAnna Mouglasis
③「Le canari est sur balcon/カナリアはバルコニーの上に」ジェーン・バーキンJane Birkin役はルーシー・ゴルドンLucy Gordon
④「Je bois/僕は飲む:酒飲み」ボリス・ヴィアンBoris Vian役はフィリップ・カトリーヌPhilippe Katerine
No.306   2009.12.17  ブレルのスペクタクル、「Brel,de Bruxelles aux Marquises」             2009.12.17

11月19日からパリのTheatre Dejazet(41,boulevard du Temple パリ3区)で上演されているスペクタクル「Brel,de Bruxelles aux Marquises/ブレル、ブリュッセルからマルキーズまで」は、評論家ジャック・ペシスJacque Pessisが脚本と語り、女性歌手ナタリー・レルミットNathelie Lhermitteが歌、アコーデオニスト オールリアン・ノエルAurelien Noelが伴奏の「音楽によるJacques Brelの伝記」。このトリオはすでにスペクタクル「Piaf,une vie en rose et noir/ピアフ、バラ色と暗黒の人生」をフランス国内ばかりでなく、海外でも上演していて好評を博した。今回このトリオは、没後31年、存命であれば09年4月8日に80歳を迎えていた偉大なジャックGrand Jacquesを取り上げた。「ジャック・ブレルの曲は誰もが知っている。女性歌手がブレルの曲を歌うわけだが、彼女はブレルの真似をしようとはしていない。もっともそんなことは誰がやっても無理」(ペシス談)。というわけで、このトリオの解釈による「行かないで」、「アムステルダム」、「愛しかないとき」、「ボンボン」、「華麗なる千拍子」などが歌われている。今回のパリ公演は2010年1月2日まで、その後地方に
No.305   2009.12.16  グラン コール マラッドGrand Corps Malade、 ライヴDVD  2009.12.16

フランスでもっとも知られているスラム歌手グラン コール マラッド(GCM)が12月7日にリリースしたライヴDVD「Drand Coprs Malade en concert/コンサートにおけるGCM」が好評。 GCMは1977年パリ近郊のセーヌ=サン・ドニ生まれ、水泳の飛び込みの練習の際脊椎を損傷し、脚が不自由に。06年3月にリリースした最初のアルバム「Midi 20/12時20分」が50万枚以上売り上げ、スラムをフランスに根付かせた。このアルバムにより07年のVdMで新人アルバム賞と新人ステージ賞を受けた。08年アルバム「Enfant de la ville/町の子供」をリリースの後、2010年年初まで長期のツアーを続けていて、各地のフェスティヴァルへの参加を勘定しなくても250回以上のコンサートを行う。このDVDは09年9月にパリのLa Cigaleで行われたコンサートを収録したもの。21曲とボーナス2曲が収められている。これはGCMの4年間の活動の集大成とも言うべきもので、前記2つのアルバムに収められている曲、まだCDには収録されていない「L’envers du decor/舞台裏」や「EducationNationale/国民教育」(№130)も入っている。GCMは1月11日にはパリ オランピアでの「Festival Generation Re
servoir」に登場。
No.304   2009.12.14  ダリダDalida コンピレーションアルバム「D’ici d’ailleurs」      2009.12.14

ダリダは1933年カイロで生まれ、87年5月パリで自らその生涯を閉じた。この間に2000曲以上を10か国語で録音。12月9日リリースされた「D’ici d’ailleurs/ここそこで」は各国語で歌われたダリダのコンピレーションアルバムで全191曲を収めている。構成は:1.スペイン語で歌われた曲を「Sus mas grades exitos」のタイトルで、2.英語を「The glamorousDalida」のタイトルで(CD2枚)、3.ドイツ語を「Ihre Grossen Erfolge」のタイトルで、4.フランス語を「Succes en or」のタイトルで(CD2枚)、5.イタリア語を「Per sempreDalida」のタイトルで(CD2枚)、6.アラビア語を「Arabian Songs」のタイトルで、7.その他の言語(日本語・フラマン語・ギリシャ語・ヘブライ語)を「Album Bonus」のタイトルで。日本語で歌われているのは「オー ソレ ミオ」、「18歳の彼」、「アモーレ スクザミ」、「ジジ ラモロゾ」。「18歳の彼」の原曲は作詞Pascal Sevranほか、作曲Pascal Auriatほか1973年の「Il venait d’avoir 18 ans/彼は18歳になったばかり」。このアルバムでは日・仏語の他に、スペイン語(「Tenia dieciocho anos」)、英語(「He must have been eighteen」)、ドイツ語(「Er war gerade 18 jahr」)、イタリア語(「Diciotto Anni」)で聞くことができる。
No.303   2009.12.12  カロジェロCalogero、「L’embellie」がRTL2009年のアルバムに   2009.12.12.

ラジオ局RTLが選ぶ「2009年アルバム賞」はカロジェロの「L’embellie/美しくなった人」(№105)に。08年10月1日から09年9月30日までの間にリリースされたアルバムのうち10月に発表された15の候補作(№258)から聴取者の投票などによって決定したもの。12月9日同局のGrand Studioでトロフィーが授与された。その後同所で特別コンサートが開かれた。このコンサートの模様は同局で12月25日18:30から放送される。12月4日のTF1 13時のニュースでは「カロジェロのツアーの1日」のタイトルでリヨンにおけるコンサートの様子が報告された。このステージでカロジェロの隣にいるのはスラム歌手グラン コール マラッドでアルバムの中で「L’ombre et la lumiere/影と光」をデュオで歌っている。現在はこのアルバムに収められシングルカットされた「La fin de la fin du monde/世界の終わりの結末」とそのクリップが好評。RTLアルバム賞は2008年にはフランシス・カブレルの「Des roses et des orties/バラとイラクサ」に、2007年にはヤニック・ノアの「Charango/シャランゴ」に与えられている。
No.302   2009.12.11  シャルロット・ゲンズブールCharlotte Gainsbourg、アルバムリリース 2009.12.11

シャルロット・ゲンズブール(Nos.135、284)の新しいアルバム「LRM/MRI」は12月7日にリリースされた。通常のCDの他に、ボーナストラック付きCD+DVDの限定盤、ボーナストラック付きCD+DVD+写真集のコレクター盤がある。アルバムに収められているのは:「Master’s hand」、「IRM」、「Le chat du cafe des artistes/アーティストカフェーの猫」(フルコーラスフランス語)、「In the end」、「Heaven can wait」、「Time of the assassins」「Greenwich mean time」、「Voyage/旅」(一部フランス語)、「La Collectionneuse/女性コレクター」(ギヨーム・アポリネールの「Le Pon tMirabeau/ミラボー橋」からの有名な一節「Vienne la nuit sonne l’heure.Les jours s’en vont je demeure/夜よ来い 時の鐘よ鳴れ。日々は過ぎ 僕は残る」が引用されるなど後半部はフランス語)、「Trick Pony」など13曲、ボーナスは「Looking glass blues」。 シャルロットは12月9日F4の音楽番組「Taratata」に出演「Heaven can wait」、「TrickPony」、「Just like a woman」(Bob Dylanのカバー)を歌った。また彼女がロマン・デュリスと共演したパトリス・シェロー監督映画「Persecution/つきまとい」は12月9日公開。
No.301   2009.12.10  ウェン・ルロワNolwenn Leroy、新しいアルバム  2009.12.10

ルロワは1982年ブルターニュ地方ブレスト近郊生まれの女性歌手。TVTF1のスター誕生番組Star Academyの02年、第2回優勝者。パスカル・オビスポらの協力を得た03年のファーストアルバム「Nolwenn」は70万枚以上の売上げ、ローラン・ヴルジーらの協力を得た05年のセカンドアルバム「Histoires Naturelles/自然界の物語」も50万枚以上の売上げ。4年振りとなる3枚目のアルバム「Le Cheshire Cat et moi/チェシャ猫と私」は09年12月7日リリース。収められて