No.949  2012.2.6  

№949

アンドシーヌIndochie、アルバム「Paradize」リリース10周年記念コンサート 2012.2.6

アンドシーヌIndochieが、2月1、2日パリZenjthで、アルバム「Paradize」リリース10周年記念コンサート「Un soir au paradis/パラダイスの一夜」を行った。

アンドシーヌはNicola Sirkisを中心とするポップ・ロックグループ。昨年の東日本大震災の際には、日本語で歌ったCDUn ange à ma table/僕にテーブルに天使が」を出して日本を支援している(№687)。1981年に結成されたこのグループは82年に最初のヒット「L‘aventurier/冒険家」を出した。その後99年に結成時の主要なメンバーの一人Nicalaの双子の兄弟Stephanを病気で失うなどして低迷が続いた。しかし2002年に出したスタジオ録音アルバム「Paradize」は150万枚以上の売上げ、特にその中に収められシングルカットされた「J’ai demandé à la lune/月に願った」(作詞作曲ともMickey 3DMickaël Furnon)はフランス、ベルギー、スイスでチャートトップの大ヒットになりグループは再び脚光を浴びた。そして03年のVdMでポップ・ロックアルバム賞を受賞。その後リリーしたアルバムはいずれもヒット、最新アルバム09年の「La république des Météors/メテオルス共和国」も好評で、10年6月26日にはStade de Franceでのコンサートには8万人の観客を集め、11年のVdMでは特別賞を受賞した。今回のコンサートはIndochine復活のアルバム「Paradize」リリース10周年を記念するもので、2日間12000枚のチケットは発売12分でsold out。観客は15歳から50歳代まで、多くは「Paradize」によってIndochineを知ったファン、そして多くはこのアルバムに収められた曲の歌詞を暗記している。コンサートではこのアルバムに収められた曲「Marilyn」、「Dunkerque」、もちろん「J’ai demandé à la lune」などを歌った。「Le Grand Secret/大きな秘密」はカナダ出身の女性ロック歌手Melissa Aur der Maurとのデュオであったが、「大きな秘密をバラスと彼女は出産したばかりで、今回出演できません。彼女のパートは皆さんが歌って下さい。」このアルバム以外からのヒット「3 nuits par semaine/1週間に3夜」、それに現在録音中の次のアルバムに収められる予定の曲も、最後の曲はアルバムから「Un singe en hiver/冬の弧猿」。

J’ai demandé à la lune」クリップ
http://www.youtube.com/watch?v=v3GbQXYCbxs

Le Grand Secret2012.2.1パリZenith
http://www.youtube.com/watch?v=HxeuFh5VxpU

 

 No.948 2012.2.5    

№948

ジュリエット・グレコJuliette Gréco、最近の話題(その3)新しいアルバム     2012.2.5

1月23日、ジュリエット・グレコJuliette Grécoが新しいアルバムを リリースした。
タイトルは、「Ça se traverse et c’est beau/それは行き交う、そして美しい」。テーマはパリでセーヌに架かる橋及びセーヌの岸。グレコの言葉、「橋は結びつけ、あるいは引き離す。パリにある橋は川の上に架かる構築物はなく、人間。橋は詩であり人生。私の歴史」
当代を代表する詩人などが詩を提供、多くは夫のGérard Jouannestが作曲、プロデュースはJean-Philippe Allard、アレンジと指揮はGil Goldstein。収められている13曲のうち主なものは:

・「C’est là là là/それはラ ラ ラ」(Marc Lavoineとのデュオ)「川船が行き来する、それは私の人生、それはラ ラ ラ・・」

・ 「Sous les ponts de Paris/パリの橋の下」(1941年のクラシック。Melody Gardotとのデュオ、Christian Escoudeのギターがジプシーのタッチを添えている)

・「Le Petit Pont/プチ ポン」(俳優、脚本家、歌手François MorelAntoine Sahlerの詩Notre-Dame de Parisの脇にある小さな橋、Grécoに歌われることは橋にとって誇りだと歌う)、

・「Paris se rêve/パリは夢みる」(ラップ歌手Féfé作詞・作曲でFéféとのデュオ、「Jacques PrévertFrancis Lemarqueの詩を思い出させる。彼のように若い人がパリをこんな風に歌うとは」)

・「Le Pont Juliette/ジュリエット橋」(ベルギー人の作家Amélie Nothombの詩、右岸側ルーヴルのLa Cour Carréeと左岸側Rue Des Saints-Pèresを結ぶ想像上の橋、「これは私への愛を歌った詩、だから私自身では歌えない。それで[Comédie Françaiseの正座員]Guillaume Gallienneに詩の朗読を依頼した、優れた俳優である彼はtake2でOKだった。みんなビックリ」)

・「Pont Royal/ロワイヤル橋」(作家Philippe Sollers詩、「どれも特異な歴史を持つパリの橋の中でもその王」、Grécoはこの橋の左岸側の近く33、rue Verneuilに長く住んでいた、「後にこの通りの5番地にSerge Gainsbourgが越してきた」)

・「La petite auto/小さな自動車」(Gérard Duguet-Grasser作詞、Duguet-Grasserとのデュオ、ft.Alexandra Roos、 Sly Johnsonhuman beatboxも)

・「Le miroir noir/黒い鏡」(長いキャリアでGréco自身の詩による曲はこれが6曲目、「私のSeine、私の数々の恋の舞台になったSeine、その水は何に、どこへ流れて行くのか、パリは今も私のよく知っている、私が愛した町のままでいるわけではない」)

 

スタジオのGréco

http://www.youtube.com/watch?v=EPbwRgvMiME

 

Sous les ponts de ParisGardotとのデュオ

http://www.youtube.com/watch?v=FMh7CFSKt8c

 No.947 2012.2.4   

№947

クロード・フランソワClaude François、伝記映画「Cloclo」予告編      2012.2.4

クロード・フランソワClaude Françoisの伝記映画「Cloclo/クロクロ」の予告編が公開された。Clocloの愛称で親しまれていたClaude Francois(1939-78)はエジプト、イスマイリア生まれのACI。当時父はスエズ運河運行責任者。56年一家はフランスに。ニースでバンドのドラマーやヴォーカルをやっていた61年B.B.に勧められてパリに。62年アメリカのヒット曲「Girls,girls,girls」に自身がフランス語の歌詞を付けた「Belles,belles,belles/美しい娘たち」が突如全国的にヒット、60~70年代を代表する人気歌手に。「Les clodettes/レ クロデット」と呼ばれた女性ダンサーが歌う彼の周りを踊る新しい演出も。67年には「Comme d’habitude/いつものように」(№847)を歌う。78年人気絶頂期に浴室で感電死。映画「Cloclo」の監督はFlorent Emilio-Siri(「Nid de guêpes/スズメバチの巣」、「Otage/人質」などの作品がある)。物語は子供の頃の淡い恋心、困難だったフランスへの脱出から始まる。そしてショ-マンシップ溢れる歌手であると同時に優れたビジネスマン、女性を愛してやまない、徹底した完璧主義者であったClocloの華々しい成功ばかりでなく、彼の無分別さ、迷い、不安、弱さなど、あるいは私生活における隠された部分も描いている。Clocloを演じるのはベルギー出身のJérémie Renier、11年に公開されたこの映画のteaserですでにClocloよく似ていることから評判に。その他主な配役は:Monica Scattini(母親役)、Sabrina Seyvecou(5歳年長の姉Josette François役)、Benoît Magine(プロデューサーのPaul Lederman役)、Joséphine JapyFrance Gall役、Gallは65年から67年にかけて恋人、Gallとの破局から「Comme d’habitude」が生まれたと言われている)、Ana GirardotIsabelle Forêt役、Gallとの破局後から72年までの伴侶でClocloの2人の男児、Claude juniorMarcの母親)、Jérémy CharbonnelChristian Morise役、65年から5年間秘書として24時間Clocloに仕え、08年Clocloの伝記を出版している)、Robert KnepperFrank Sinatra役)。3月14日に公開予定のこの映画、Clocloと同じような成功を収めることが出来るだろうか。

 

 2011年公開のteaser
http://www.youtube.com/watch?v=qunN2jD9cuw

 2012年公開の予告編
http://www.youtube.com/watch?v=LBksUYFbY8A

 No.946  2011.2.3  

№946

ダニエル・ギッシャールDaniel Guichard、 F2「Vivement Dimanche」に出演  2012.2.3

ダニエル・ギッシャールDaniel Guichardが1月29日Michel Drucker司会のF2人気番組「Vivement Dimanche/楽しみな日曜日」に出演した。Guichard1948年パリ生まれの歌手で作詞もする。70年代初めまで中央市場があったHalles近くで育つ。15歳で父親を亡くし昼はHallesの倉庫で働き、夜はMontmartreSaint-Germain des PrèsのキャバレでAristude Bruantの曲などを歌う。彼の「parigot/下町のパリっ子」アクセントは人気に。72年最初のヒット曲「La endresse/優しさ」(作詞GuichardJean Fradin、作曲Patricia Carli)を出しスターに。74年には最大のヒット「Mon vieux/モン ヴユ」(№805)、その後もChanson pour Anna/アンナのためのシャンソン」(74年、Anne Frankに捧げられている)、「Je viens pas te parler d'amour/愛を語りに来たんじゃない」(80年)、「C'est pas facile d'aimer/愛することは容易じゃない」(80年)、「Je t'aime tu vois/君を愛すている、解っているだろう」(80年)、「Le Gitan/ジプシー」(83年)、「Cœur en voyage/旅する心」(86年)などを歌い80年代半ばまで人気歌手に道を歩む。80年代後半からはあまりメディアに登場せず、93年アルバム「D'amour et d'émotion/愛と感動と」を出してからは南仏に住み、キャンピングカーで回るコンサートを行っている。06年には15年振りにOlympiaに出演。09年8月には18曲を収めたbestアルバムを出し、10年2月にもOlympiaの舞台に立った。番組ではGuichardは「La tendresse」、「Le Gitan」(グループChico et Gipsyと一緒に)、新曲「Mes silences/僕の沈黙」などを歌った。番組には夫人のChristine、子供のEmmanuelle(バックコーラスの1人をつとめた)とGabriel(「Mes silences」の作曲)、著名なカメラマンでGuichardのレコードジャケット、コンサートポスターやプログラムの写真を撮影しているKlaus Roethisbergerらが出演した。Guichardは12年4月14日~22日パリOlympia出演。

 La tendresse」を歌う

http://www.youtube.com/watch?v=K1cWvnhbPrU

 

no.945   2011.2.2

№945

リンダ・ルメイLynda Lemay、サプライズ受勲                    2012.2.2

リンダ・ルメイLynda Lemayが1月30日出演中のパリOlympia劇場で、大きなサプライズプレゼントを受けた。Lemayのコンサートも終わりに近づき、アンコールに応えようとしたとき、突然、予想もしなかったCharles Aznavourがステージに登場。「こんなことあり得ない!」と興奮するLemayAznavourは文化大臣Frédeéic Mitterrandに代わって、LemayOrdre des Arts et des Lettres/芸術・文芸勲章のchevalier/騎士勲章を授与するためやって来たもの。Lemayは1966年 カナダ ケベック近郊生まれのACI。カナダでは90年代初めには人気歌手。フランス初登場は95年La Rochelleのフランコフォリー。96年7月スイスMontreuxjazzフェステイバルに出演した際Aznavourの目に止まり、その知遇を得たことなどもあり、シャンソンフランセーズで確固たる地位を。03年にはVdMで女性歌手賞を受賞。最新アルバムは10年9月リリースの「Blessée/傷ついて」。2000年4月オランピアに初出演、今回の出演が51回目。勲章の授与に当たってAznavourは「この役には私が相応しかったのでしょう。私は委任された任務に基づき、『vous épingler/あなたを捕まえる:あなたの胸に勲章をピンで留める』ためにやって来ました。今からあなたは芸術・文芸勲章の『chevalier/騎士』です。あなたは、フランス語で、それはもちろんあなたの言葉でもあるけれど、書くということをやって来た。」Lemayは「このような大きな感動は一生でそう度々経験することではない。ケベック近郊出の私が皆さんの前で、Charles Aznavourépinglerされるなんて!」

 AznavourLemayに勲章を授与

http://www.purepeople.com/media/_m785547

 

 
 No.944  2012.2.1  

№944

ミレーヌ・ファルメールMylène FarmerNRJ特別賞      2012.2.1

ミレーヌ・ファルメールMylène Farmerは2012年NRJ音楽賞授与式で特別賞を授与された。FarmerNRJ賞受賞の常連中の常連。過去に女性歌手賞4回、アルバム賞3回などを受賞している。今回はこれまでのキャリアに対してNRJ賞で初の特別賞(ダイヤモンド賞)が授与された。授与したのはファッションデザイナーでFarmerの舞台衣裳も手がけているJean-Paul GaultierFarmerは今回ゲストとして出演、司会のNikos Aliagasが「Farmerの出場はそれだけで一大事件」と紹介。資料映像が流された後、6人のバックダンサーとステージに登場、歌ったのは11年の最新シングルの「Du temps/時間」。ただし歌は口パクで前日に録音された模様。

 

 Gaultierから特別賞を授与される

http://joanna104.skyrock.com/photo.html?id_article=3065413169&id_article_media=28752394

 http://joanna104.skyrock.com/photo.html?id_article=3065367699&id_article_media=28737882

 No.943  2012.1.31  

№943

2012年NJR音楽賞、フランス語部門の受賞者   2012.1.31

音楽番組専門のラジオ局NRJの2012年音楽賞授賞式が1月28日カンヌのPalais de Festivalsで行われた。第13回となる今回のフランス語部門の主な受賞者は次の通り:

・男性歌手賞:エム・ポコラM.Pokora・・候補は他に、CorneilleDavid GuettaChristophe Maé

MPokora、本名Mattthieu Tota、は1985年Strasbourg生まれのACI。2003年TVM6スター誕生番組Popstarsに出演、R&BグループLinkupで優勝。04年グループは解散し、ソロ活動。04年「MPokora」、06年「Player」、08年「MP3」、10年「Mise à jour/改訂」と定期的にアルバムをリリーしている。NJRでは受賞の常連で、06年シャンソン賞、07年男性歌手賞、11年男性歌手賞及び「Just une photo de toi/ただ1枚の君の写真」でシャンソン賞を受賞。2年連続して2冠。

・女性歌手賞:シャイムShy’m・・候補は他にJoyce JonathanNolwenn LeroyElsa Tovati

  Shy’m、本名Tamara Marthe、は1985年Yvelines県生まれの歌手。父はMartinique出身。幼少の頃から歌とダンスに興味。ただし生来の控えめな内気な性格でオーディションを受けることが苦手。ステージネームのShy'mは英語のShyMartiniqueのmを付け加えたもの。デモクリップを諸処に送り、06年ファーストアルバム「Mes fantaisies/私の気紛れ」は、その中の「Femme de couleur/有色の女性」などが好評で50万枚近い売上げ。08年2枚目のアルバム。10年6月の3枚目のアルバム「Prendre l'air/一息つく」は「Je sais/私は知っている」、「Prendre l'air」、「Tourne/回れ」を収録、20万枚以上の売上げ。2011年11月にはCalogeroの「En apesanteur/無重力状態で」をカバーしたシングルを出している。NRJでは過去数回ノミネートされたが受賞は今回が初。


・シャンソン賞:M.PokoraA nos actes manqués/僕たちのとらなかった行動に」

A nos actes manqués」は1990年のCarole FredericksJean-Jacques GoldmanMichael Jonesトリオのアルバムで100万枚以上売り上げたと言われている「FredericksGoldman Jones」に収められている曲のカバー。M.Pokoraは11年4月26日シングルでリリース、7週間シングルチャートの1位。

 なおインターナショナル部門では男性歌手賞Mika、女性歌手賞Rihanna、楽曲賞Adeleの「Someone like you

 

M.Pokora、「男性歌手賞」のトロフィーを受けるhttp://www.youtube.com/watch?v=90WIaLSNysQ&feature=related

 M.Pokoraの「A nos actes manqués
http://www.youtube.com/watch?v=BznlbMs0ixU

 Shy’m、「女性歌手賞」のトロフィーを受ける
http://www.youtube.com/watch?v=hEC_lq794F0

 Shy’mの「Toune」と「En apesanteur」(Calogeroとのデュオ)

http://www.youtube.com/watch?v=NDKqt7Q5NyQ

 

 No.942 2012.1.30 

№942

Le concert pour la tolérance」、TV5MONDEJaponで放送       2012.1.30

Le concert pour la tolérance/寛容の精神コンサート」は「他人を受け入れ、違いを受け入れ、あらゆる差別をなくそう」をスローガンに2005年からモロッコで行われている入場無料のコンサート。毎回フランスで、マグレブで、あるいは国際的に活躍している歌手が出演。第7回のコンサートは11年10月15日前年同様モロッコの大西洋岸のアガディール海岸で20万人を越える観客を集めて行われた。その模様がTV5MONDEJaponで20121.28日19:15~放送された。司会はSandrine Corman

今回の出演者は:マジック・システムMagic System(コート ディヴォワール出身の4人組グループ、アルバム「Touté Kalé」は2012年VdMのワールドミュージックアルバム賞にノミネートされている。コンサートでは「La danse de magiciens/マジシャンたちのダンス」を歌う)、パトリック・フィオリPatrick Fiori(№797、「Peut-être que peut-être/多分」を歌う)、インナ・モジャInna Modja(マリ出身の歌手、2012年VdM新人賞にノミネートされている、「French Cancan」を歌う)、シメーヌ・バディーChimène Badi(№892、「For once in my life」を歌う)、BBブリュヌBB Brunes(パリ出身若い4人組のポップロックグループ、「Lala love you」を歌う)、アレクサンドラ・スタンAlexandra Stan(、ルーマニア出身のダンス音楽、R’n’B歌手、「Get back」を歌う)、アングンAnggun(№885、「Je partirai/私は旅立つでしょう」を歌う)、ラシド・タアRachid Taha(アルジェリア出身のロック、パンク、ライの歌手で重鎮、「Ya Rayah」を歌う)、エリザ・トヴァッティElisa Tovati(№774、「Il nous faut/私たちには必要」を歌う)など。

 Free」を歌う左からBadiFioriAnggunModj
http://www.youtube.com/watch?v=E0DMQvL9ihg

 

 
 No.941 2012.1.29   

№941

ゼブダZebda、8年振りのアルバム「Second Tour」     2012.1.29

ゼブダZebda8年振り、6枚目のアルバムは12年1月23日リリースの「Second Tour/第2回戦」。

Zebdaは1988年Toulouseのリセの仲間が結成したグループ。グループは、ほとんどの曲の作詩をしているマジド・シェルフィMagyd Cherfiを中心に、ムースMousse(Mustapha)&アキムHakimのアモクランAmokrane兄弟らがメンバー。彼らは俗語で「beurブール」(arabeのヴェルラン/逆さ言葉)と呼ばれるアラブ系移民の2世。「ブール」はフランス語で同じ発音でbeurreと綴れば「バター」の意、「バター」はアラビア語では「zebda」。

93年に最初のアルバム「L’Arène des rumeurs/噂のアレーナ」のジャケットにパチンコを構えるインティファダの子供の写真を使って物議を。2000年のVdMでは最優秀グループ賞を受賞し、アルバム「Essence ordinaire/レギュラーガソリン」に収められた「Tomber la chemise/シャツを脱いで」は最優秀シャンソン賞を受賞した。人種差別、不寛容に反対し、太陽の下では移民も、失業者も、不法居住者もすべての人々が生きる権利を持っていると歌うグループの人気は高くコンサートは常に満員。03年にライヴアルバム「La Tawa/ラ タワ」を出して以降グループとしての活動を中止していたが、11年、remet la chemise(再びシャツを着て)、10月14日LotCahorsで復活コンサートを行い、その後30日に及ぶ初の国内ツアー、Premier Tour(第1回戦)、12月9日にはパリ18区Fleury Goutte d’Orバルバラ音楽センターに出演。

12曲が収められている今回のアルバムのジャケットには1952年のヘルシンキオリンピックで陸上長距離の3冠王になったチェコ・スロヴァキア(当時)の人間機関車ザトペックが使われている。12曲は:「Les deux écoles/二つの流派」、「Le dimanche autour de l’église/毎日曜日教会の周りで」(シングルカットされ、公式クリップを視聴できる)、「Le théorème de châle/ショールの定理」、「J’suis pas/僕はそうじゃない」、「Tu peux toujours courir/君は今でも走れる」、「Les proverbs/諺」、「La correction/訂正」など。4月3日にはパリOlympiaに、4月27日には「Le Printemps de Bourges/ブルジュの春」に出演。

 アルバムのジャケットhttp://multimedia.fnac.com/multimedia/FR/images_produits/FR/Fnac.com/ZoomPE/3/8/0/0602527924083.jpg

 Tomber la chemise
http://www.youtube.com/watch?v=4y4D-evzDTo&ob=av2e

 Le dimanche autour de l’ église
http://www.youtube.com/watch?v=-LcW_vLUbOA&feature=related

No.940   2012.1.28

№940

ノルウェン・ルロワNolwenn Leroy、「2011年を代表する人物」に  2012.1.28

ノルウェン・ルロワNolwenn Leroyがラジオ局RTL及びLe Parisien紙の共同アンケートによる「La personnalité de l’année 2011/2011年を代表する人物」に選ばれた。このアンケートは予めノミネートされたアーティスト、スポーツ選手、作家など12人の中から「2011年に最も活躍した人物」としてRTLの聴取者、Le Parisien紙の愛読者が2011年12月15日から2週間にわたり投票した結果決定したもの。Leroyは44.7%の得票でPhilippe Croison(30.6%、感電事故で四肢を失ったが、特別に設計された人工のひれをつけ、10年9月英仏海峡を泳いで横断した人物)、Omar Sy(6.5%、映画俳優)らを圧倒した。他に作家のStephane HesselDavid Guetta(№939)、女優でユーモリストAudrey Lamy、ラクビーのフランス代表Thierry Dusautoir、女子サッカーのフランス代表Sandrine Soubeyrandらがノミネートされた。

ノルウェン・ルロワNolwenn Leroyは1982年ブルターニュ地方、ブレスト近郊生まれの歌手、TVTF1のスター誕生番組「Star Academy」の2002年第2回優勝者。10年12月にリリースした4枚目のアルバム「Bretonne/ブルターニュ女性」には「Tri martolod/3人の水夫」、「La jument de Mochao/ミチャオぼ雌馬」、「Dans les prisons de Nantes/ナントの監獄で」、「Ma Bretagne quand elle pleure/私のブルターニュが涙するとき」、「Brest/ブレスト」などブルターニュ地方の伝統的な曲、ブルターニュ地方を歌った名曲が収められていて、Leroyは数曲をブルターニュ語で歌っている。このアルバムは、11年にはフランス人歌手のアルバム売上げベスト1になるなどすでに都合70万枚以上の売上げという大ヒットになり、ドイツ、アメリカでのリリースも予定されている。アメリカンヴァージョンには11年11月にシングルでリリースされた「Moonlight shadow」など英語で歌われた曲も収められる模様。Leroyは11年高額所得歌手の6位(№939)で、12年VdMの女性歌手部門にノミネートされている。また12年にはMusée Grévin(グレヴァン蝋人形館)入りするとこになっている。

 Ma Bretagne quand elle pleure
http://www.youtube.com/watch?v=ER8d2v_uI6M

 Moonlight shadow
http://www.youtube.com/watch?v=MV5mGHTvG9M

 
No.939
 
2012.1.27
 

№939

ダヴィッド・ゲッタDavid Guetta、2011年高額所得歌手第1位   2012.1.27

週刊の経済誌「Challenges」によると、2011年の高額所得歌手ランキングは次の通り:

1位ダヴィッド・ゲッタDavid Guetta 320万ユーロ(3億2000万円)

1967年パリ生まれの世界的人気のDJ、音楽プロデューサー。前年はYannick Noahに次いで2位。11年リリースの最新アルバム「Nothing But the Beat」は国内では26万枚の売上げだが、国外では200万枚の大ヒット。国外における「On More Love」などバックカタログの売り上げも好調

2位エディ・ミッチェルEddy Mitchell 300万ユーロ(3億円)

 最新アルバム「Come Back」は14万枚の売上げ、100回以上に及ぶさよならコンサート

3位ジャン=ルイ・オベールJean-Louis Aubert 271万ユーロ(2億7100万円)

 最新アルバム「Roc-Éclair」はラジオ局RTLの「2011年のアルバム」に選ばれ、31万枚の売上げ。「Roc-Éclair」ツアーも

4位ミレーヌ・ファルメールMylène Farmer 266万ユーロ(2億6600万円)

 アルバム「Bleu Noir」は42万枚、2枚目となるベストアルバムは13万枚の売上げ

5位ジョニー・アリディー Johnny Hallyday 260万ユーロ(2億6000万円)

 Mの協力を得たアルバム「Jamais seul/決して一人じゃない」の売上げは期待を裏切り20万枚と低調だった。Hallydayは11年には初めて劇場劇に出演

6位ノルウェン・ルロワNolwenn Leroy 250万ユーロ(2億5000万円)

 アルバム「Bretonne/ブルターニュ女性」は57万枚以上の売上げ、ただし、カバー曲が多かった。コンサートの他にPanteneなどのCF出演も

7位シャルル・アズナヴールCharles Aznvour 220万ユーロ(2億2000万円)

 アルバム「Aznavour Toujours/アズナヴールはいつも」は5万5千枚程度の売上げだったが、最高席が200ユーロという17回のOlympia公演、それに引き続く30回の地方公演

8位ロベルト・アラニャRoberto Alagna 160万ユーロ(1億6000万円)

 テノール歌手のヴァリエテへの進出が吉と出た。ラテンアメリカのヒットを集めたアルバム「Pasión」は12万枚の売上げ、フランス国内各地のZenithでコンサート

9位クリストフ・マエChistophe Maé 160万ユーロ(1億6000万円)

 2010年アルバム「On trace la route/僕の生きる道」は都合100万枚の売上げ、11年には100回に及んだマラソンツアーの打ち上げ。ツアーのライヴアルバム、DVDもリリース

10位ベン ロンクル ソールBen l‘Oncle Soul 160万ユーロ(1億6000万円)

 アルバム「Ben l‘Oncle Soul」は16万枚以上の売上げ及び45回に及ぶ各地のZenithでのコンサート。11月にはパリZenithでのライヴアルバム。

 

 また、同誌によると2010年にフランス国外でのCD売上げが最も多かったのはDavid Guetta で驚異の345万枚。2位はZazで40万枚、その多くはドイツ、次いで日本、トルコ。

 

 David Guettaダヴィッド・ゲッタ
http://www.youtube.com/watch?v=M13e_4A0rUs

 Eddy Mitchellさよなら公演
http://www.youtube.com/watch?v=QoI-ivT66CQ

 Roberto AlagnaPasión」か「Piensa en mihttp://www.youtube.com/watch?v=I5Y4MP6o1cg

No.938   2011.1.26

№938

ジュリエット・グレコJuliette Gréco、最近の話題(その2)TV出演、自分を語る  2012.1.26

ジュリエット・グレコJuliette GrécoF21月22日放送の「Thé ou café」に出演した。番組のプロデューサーでホスト役のCatherine Ceylacは「2月7日に85歳の誕生日を迎えるJuliette Grécoに3つのニュースがある。自叙伝の出版(№937)、新しいアルバムのリリース及び2月6、7、8日のThéâtre du Châtelet出演」と紹介。番組ではGrécoの過去の映像(「Si tu t’imagines/そのつもりでも」、「Un petit poisson et un petit oiseau/魚と小鳥」、「Deshabillez-moi/私を脱がせて」を歌う場面、TV ドラマ「Belphégor」の一場面、唯一の子供である娘で、スクリプターのLaurence-Marie LemaireTVに出演した場面など)が流されたほか、Gainsbourが「『La Javanaise/ラ ジャヴァネーズ』はGrécoのために作った」と語っている場面、最新アルバムの録音風景、現在の住まいを訪ねたルポルタージュ、最新アルバムに参加している俳優のGuillaume Gallienneなどのインタヴユ―映像も。

そしてCeylacGrécoの一問一答には次のようなものがあった。

問「あなたはGréco自身が好か?自分の姿を見ることがあるか?」答「自分自身を好きではない。毎朝長い時間小さな鏡で自分を見る、そしてちょっと化粧をして、それからは翌日まで見ない。」

問「デビューの頃Sartreなどに詩の提供を受けたが、それがどんなに重大なことか理解していたか?」答「もちろん!私に曲を提供してくれた人たちを私は尊敬しているし、感謝している。そして私との間は相関関係だと思う。わたしには大した才能はないが、私は彼らの詩の良き『interprète/通訳、解釈者、演奏家』だと思っている。私はそれらがいい曲になるように最大の努力をした。」

問「家庭状況は?」答「結婚している。今は3回目の。最初の俳優Philippe Lemaireとの結婚は長く続かなかった[結婚53~56年]。54年長女が生まれ、最初はツアーなどに連れて行ったが、その後は寄宿舎住まい。いつも側にいてやることは出来なかったことは、後悔はしているが、出来るだけのことはした。彼女はスクリプターというカメラの後ろに立つ職業を選んだ。そして優れたスクリプターになった。そんな方向に進ませたのは2番目の夫Michel Piccoli[結婚66~77年)]。[3回目の結婚はGérard Jouannestと1988~]

問「座右の銘」、答「ない」

問「生活の中での強迫観念は?」、答「最善を尽くせ。学校での先生の説教のような。」

問「学校は好きだった?」、答「Non、学校は好きじゃなかった。社交的ではなかったから、静かな子で、全く孤独、休み時間には友だち一緒に遊ぶと言うより、人が遊ぶのを見ていた。」

問「このスタジオに飾ってあるあなたの昔からの写真を見ると、今のあなたと変わっていない。笑っているところは少ないし、髪型、目元、化粧、シルエットなど。そのために毎日苦労しているのか?」、答「私は、今自分の外見に興味はない。鼻を3回手術している。前2回はへぼ外科医だったみたい。それは愛ゆえ。大きな鼻だねと言われてショックだったから。」

問「引退の気持ちは?」、答「次のコンサートが最後かも知れないと思う。まだこの仕事を続けることが出来るから続けているが、コンサートが終わったら考えることになるだろう。自分自身で弱ってきたと思ったら、一人で決断する。」

問「あなたのエネルギーはどこから?」答「よく聞かれるが解らない。歌う欲望、情熱、願望があるからだろうし、それが人生、私の人生だから。」

問「病気、孤独、死で一番不安なのは?」答「病気、病気にならずに元気なまま死にたい。」

問「あなたにとって最もエロティックな愛の言葉は?」答「あらゆる言葉が。言葉ではなくて、言い方。」

問「誰かがあなたと一緒に生活したらその人にとって最も耐えられないことは?」、答「私にだろう。」

問「あなたがついた一番大きな嘘は?」、答「Je sius ravie de vous aoir rencontré/あなたにお目にかかれて、誠に嬉しく思います」

問「聞くと涙が出る曲は?」、答「『Over the rainbow』。この歌手[Judy Garland]は本当の歌手。魂で歌っている。」

問「フランス語で最も美しい言葉は」答「Merci!多くの場合に使える。愛し合って、素晴らしかったときにも。礼儀として。」

問「墓石にはどんな言葉を?」、答「A bientôt!/ではまた近いうちに!」

 

Un petit poisson et un petit oiseau

http://www.ina.fr/art-et-culture/arts-du-spectacle/video/I05056599/juliette-greco-un-petit-poisson-un-petit-oiseau.fr.html

Deshabillez-moi

http://www.dailymotion.com/video/x3e0vh_juliette-greco-deshabillez-moi_music

 

 
 No.937 2011.1.25 

№937

ジュリエット・グレコJuliette Gréco、最近の話題(その1)自伝出版       2012.1.25 

ジュリエット・グレコJuliette Gréco(1927.2.7-)は12年2月7日85歳の誕生日を迎える。1月11日自伝「Je suis faite comme ça/私はこんな風」を出版した。タイトルはGrécoが1951年に録音した曲、Jacques Prévert作詞、Josephe Kosma 作曲の「Je suis comme je suis/私は私」からで「Je suis comme je suisJe suis faite comme çaQue voulez-vous de plusQue voulez-vous de moi./私は私、私はこんな風、あなたはこれ以上何を望むの、私に何を望むの」と歌っている。この自伝でGrecoは「a nu/ありのままに」彼女の半生をいくつもの逸話や告白で語っている。1949年春Jean-Paul Sartreが若き女優Grécoに「歌ってみる気はないか?」とたずねた。Grécoは直ちに「そんな気はありません」と答えたが、Sartreは彼の自宅に寄るようにと言い、いくつかの詩を示した。翌日Sartre宅を再訪したGrécoは、自分が選んだ詩をSartreに示した。Raymond Queneauの「Si tu t’imagines/そのつもりでも」とJules Laforgueの「L’éternel féminine/永遠の女性」であった。それらは歌手Grécoが歌った最初の曲になった。1958年GrécoSerge Gainsbourgを自宅に招き、ウイスキーを勧めた。「彼の手は緊張にあまり汗をかいていて、クリスタルのグラスが滑って寄せ木張りの床に落ちて割れてしまった。彼は真っ青。私は彼を落ち着かせた。彼の目は輝いていた。」などの比較的よく知られた逸話も多い。このほかにあまり知られていない次のような件があるよう。

・・自動車レーサーJean-Pierre Wimilleと恋。1946年頃からGrécoは自動車レースのチャンピオン、20歳年長、妻帯者であったWimilleと恋に落ち、20歳で妊娠、流産した。Wimilleは49年2月アルゼンチン、Buenos Airesグランプリのテスト走行中にサーキットで事故死。「私は彼の死による悲しみを心の奥底に秘めて生きてきた。」

・・自殺未遂。1965年歌手としてキャリアも順調に推移、TVでも主役を演じていた連続ドラマ「Belphégor」が当たっていた時期。Régineの店でダンサーのJacques Chazotと食事をし、自宅に帰ったGrécoはその夜の「嘘、陰口、意地悪な行為」に打ちのめされ、大量の睡眠剤を飲んだ。親友Françoise Saganが夜中に人事不省の彼女を発見し、救急車を呼んでくれた。常に力強く、反逆精神旺盛と見られているGréco、この行動については自身いまでも驚いている「なぜこのような行動を執ったか解らない、自殺なんて私には似つかわしくない。」

 自伝の表紙
http://multimedia.fnac.com/multimedia/FR/images_produits/FR/Fnac.com/ZoomPE/3/9/8/9782081254893.jpg

 Je suis comme je suis
http://www.dailymotion.com/video/xnoa10_juliette-greco-je-suis-comme-je-suis-live-1965_music

 
 No.936  2012.1.24  

№936

ダ シルヴァDa Silva、新しいアルバム「La distance」       2012.1.24

ダ シルヴァDa Silvaの新しいアルバムは1月9日にリリースされた「La distance/距離」で、「2012年の最初の驚き」とも。

Da Silva、本名
Emmanuel Da Silva、1976年ブルゴーニュ地方生まれのACI。若くしてパンク、ロックグループに参加。Caliの知遇を得て、その前座で歌う。05年ファーストアルバム「Décembre en été/夏の12月」をリリース、そこに収められた喜びに満ちた、鋭敏な感覚の曲によって大衆の心を捉え、またマスメディアの評判も良かった。その後180日に及ぶツアーを行い、VdMの新人賞にノミネートされた。07年2枚目のアルバム「De beaux jours à venir/これから来る素晴らしい日々」を出し、09年にはLa route/道」を含む3枚目のアルバム「La endresse des fous/愚か者たちの優しさ」を出した。11年にはHélène Ségara(アルバム「Parmi la foule/群衆の中で」に「La vie avec toi/あなたとの生活」の詩を提供)、Claire Denamurアルバム「Vagabonde/女性放浪者」で「Rien à me foutre en l'air/何も私を放って置かない」をデュオで歌う)に協力。

今回の4枚目の「
La distance」は「良い写真を撮るためには近づき過ぎても、離れすぎてもダメ。詩を作る時も、適切な言葉を探すときも同じ、テーマに密着していてはダメ、上から概観してもダメ、ほどよい距離を持たなければ。」収められている11曲は自身の作詞作曲によるもの。詩の内容は深く、曲は美しく、力強い。シャンソンフランセーズの特異な存在であるDa Silva一皮むけたこのアルバムは代表作になるだろうとの評価も。11曲は:Les concessions/譲歩」、「La crise/危機」(「最近のように何かに付け危機が叫ばれている。そんな時人生における単純な喜びを忘れてはならない。」)、「Le repas/食事」、「Le jeu/遊び」、「La fin du mois/月末」、「L’éscalier/階段」、「Les stations balnéaires/海浜リゾート地」、「La distance」、「Les premiers/初めてのこと」・・最初の煙草、最初のキス、最初の失望、最初の列車、君がいなくて寂しいと思う日があるなんて考えても見なかったけど、君がいなくて寂しいかった・・、「Le petit tambour/小さな太鼓」、「Le bâtiment/建物」。2月16日La Maroquinerie30,rue Tronchetパリ9区)に出演。

 La route
http://www.youtube.com/watch?v=tG3dZmd3diI&feature=related

 Les premiers
http://www.youtube.com/watch?v=kLzBe45vYns&feature=related

 No.935 2011.1.23 

№935

Victoires de la musique、2012年の候補               2012.1.23

第27回となる今年の「Victoires de la musique」(VdM)の授賞式は3月3日パリのPalais des CongrèsにおいてAlessandra Subletの司会で行われ、F2で実況中継される予定。各賞の候補が発表された。その主なもの次の通り・・

男性歌手賞:

ベンジャマン・ビオレBenjamin BiolayNo.768)

ジュリアン・クレールJuien ClercNo.890)

トマ・デュトロンThomas DutroncNo.858)

ウーベール=フェリックス・ティエファーヌHubert-Felix ThiéfaineNos.834、886)

女性歌手賞:

カトリーヌ・ランジェ:Catherine RingerNo.724)

カミーユCamilleNos.870、915)

ザーズZazNos.790、886)

ノルウェン・ルロワNolwenn LeroyNos.605、652)

アルバム賞:

Ilo VeyouI love you」(Camille

Blonde/ブロンドの女性」(クール・ド・ピラトCœur de PirateNo.898)

Ring’n’roll/リングン・ロール」(Catherine Ringer)、

Supplements de mensonge/重ねた嘘」(HubertFelix Thiéfaine

オリジナルシャンソン賞(授賞式の間の視聴者による投票で受賞作が決まる)

Puisses-tu/君は出来るだろうか」(ジャン=ルイ・オベールJeanLouis AubertNo.596)

L’étourderie/軽率な言動」(Camille

Elle me dit/彼女は僕に言う」(ミーカMika

Jeanne/ジャンヌ」(ローラン・ヴルジーLaurent VoulzyNo.904)

 

Puisses-tuJeanLouis Aubert

http://www.youtube.com/watch?v=y5chdXGQCLA

 

Elle me ditMika

http://www.youtube.com/watch?v=NiHWwKC8WjU

 
No.934  2012.1.22 

№934

ミシェル・ベルジェMichel Berger、「Fête de la chanson française」で特集 2012.1.22

ミシェル・ベルジェMichel Berger(1947-92)のヒット曲が2012年「Fête de la chanson française/シャンソンフランセーズの祭典」で、Mickaël Miroらによってメドレーで歌われた

Bergerは パリ郊外生まれのACI。10代後半から「Salut les copains」世代として活躍。Véronique Sansonの音楽ディレクターとなり、ヒット曲「Amoureuse/恋する女」(72年)などを提供。74年からはFrance Gallに「Il jouait du piano debout/立ってピアノを弾く彼」(80年)などを提供し、Gallが第2の黄金時代を築くのに貢献。二人は76年6月に結婚。79年にはロック オペラ「Starmania/スタルマニア」の作曲を担当(詩はLuc Plamondon)。歌手としても73年以降定期的にアルバムをリリース、「Seras-tu là?/君はそこにいるの?」(75年)、「La groupie du pianiste/ピアニストのグルーピー」(80年)、「Chanter pour ceux qui sont loin de chez eux/自分の家から遠く離れた人々のために歌う」(85年)などがヒット。85年にはJohnny Hallydayに「Quelque chose de Tennessee/テニシーからの何か」を提供。86年パリZenith公演。映画音楽やTV番組の音楽も多数作曲している。92年6月の「Superficiel et léger/表面的に、軽く」などを収めたGallとのデュオアルバム「Double jeu/裏表ある行動」は70万枚以上のヒット。92年8月テニス中心臓発作により44歳で亡くなった。

今回の「Fête」で歌われた曲及び歌った歌手は:「La groupie du pianiste」(Mickael Miro №918)→「Il jouait du piano debout」(Hélène Ségara №719)→「Tout pour la musique/すべてを音楽のために」(Elisa Tovati №774:81年のGallのレパートリー)→「Celui qui chante/歌う男」(Chimène Badi №892)→「Musique」(全員)

 MiroらによるBergerのヒット曲のメドレー
http://www.youtube.com/watch?v=fCizGfYznuc

Bergerによる「Seras-tu là?」
http://www.youtube.com/watch?v=C6nPYaYEqXU

BergerGallのデュオによる「Superficiel et léger http://www.youtube.com/watch?v=WiJf-pxD5FA

 

 

 No.933
2012.1.21   

№933

パトリック・ブリュエルPatrick Bruel & ローラン・ヴルジーLaurent Voulzy

    「Fête de la chanson française」に出演、デュオで歌う          2012.1.21

パトリック・ブリュエルPatrick Bruelとローラン・ヴルジーLaurent Voulzyが2012年「Fête de la chanson française」に出演、デュオで歌ったのはCharles Trenetの「Que reste-il de nos amours?/私たちの恋から何が残っているのか?:残されし恋には」。最近の両者:Bruel(№725)、11年12月27日イスラエルのTel Avivでコンサート、Les Enfoirésの主要なメンバーとして12年2月1日から6日までLyonで開かれるLes Enfoirésのコンサートに(全日程ではないが)出演、10年にThéâtre Edouard Ⅶで主演を演じた劇場劇「Le Prénom/名」が映画化され4月末に公開の予定。

Voulzy(№904)、最新のアルバム「Lys and love」が好評で、リリース後1ヶ月で25万枚の売上げた。1月22日F3の音楽番組「Chabada」はVoulzy特集。3月3日に予定されている2012年VdMでは、アルバムから先行シングルカットの「Jeanne」が「オリジナルシャンソン賞」にノミネートされている。

Que reste-il de nos amours?」・・今宵、戸を叩く風が私に終わってしまったいくつもの恋を思い起こさせ、私は遠い日々を思う。私たちの恋から何が残っているというのか?あの美しい日々から何が?青春時代の古びた1枚の写真、何枚ものラヴレター、何度ものデート、風になびく髪、不意にされた口づけ、よく変わった夢、それらから何が残っているのか?小さな村、古い鐘楼、密やかな風景、雲に浮かぶのは懐かしい僕の過去。囁かれた愛の言葉、純情な愛撫、森の中での誓い、本の中に挟んである花、心酔わせるその香りも、すべて消えてしまった、何故?

 

 No.932  2011.1.20  

№932

フロラン・パニーFlorent Pagny&パスカル・オビスポPascal ObispoFête de la chanson française」に出演、デュオで歌う                               2012.1.20

 フロラン・パニーFlorent Pagnyとパスカル・オビスポPascal Obispoが2012年「Fête de la chanson française」に出演、デュオで歌ったのはCharles Aznavourの「Mes emmerdes/想い出を見つめて」。最近の両者:Pagny(№759)は12年2月からTF1で放送予定のスター誕生番組「The Voicela plus belle voix」の審査員をGarouJeniferLouis Bertignacと共に務める。Obispo(№765)が制作したミュージカル「Adam et Eve」はThierry AmielCyliaの主役で12年1月31日からパリのPalais des Sportsで上演される。  「Mes emmerdes」・・僕は何年も、成功するため、上り詰めるため日夜働いた、時には時間との競争のなかで、友や、恋や、厄介事を忘れて。がむしゃらに駆けた、餓えながら、地平線に向かって、幻想に向かって。友とはすべてを分かち合い、恋人たちとは素晴らしい恋をし、それに当時の僕たちの年齢なら誰もが持つ厄介事もあった、そう残念だが金にまつわるものだった。僕は確かに高慢だった、好きなように生きてきた、でも今持っているものを与えよう、また見つけることが出来るなら、友や、恋や、厄介事を。知り合いたちは、高い地位につき、良い勲章をもらい、影響力を持ち、よく太っている、まじめでとても良い人たち、彼らの側にいると、懐かしい、友や、恋や、厄介事が。友はのんきだった、恋人の体は熱かった、厄介事は大したことじゃなかった、いい時代だった。悪ふざけ、乱行、受験、コニャック、ルフラン、決して忘れないだろう、友や、恋や、厄介事を・・

 なお、司会のDaniela Lumbrosoはこの2人の次ぎに登場するAnnie Cordyについて「600曲以上録音」と紹介している。

No.931   2012.1.19  

№931

アニー・コルディAnnie Cordy、「Fête de la chanson française」に出演   2012.1.19

アニー・コルディAnnie Cordyが2012年「La fête de la chanson française/シャンソンフランセーズの祭典」に出演した。今年第8回になる「La fete・・」、司会は例年通りDaniela LumbrosoF3で1月13日パリOlympiaから中継放送された。Cordyは1928年ベルギー、ブリュッセル生まれ、50年同地のキャバレに出演中パリLidoのレヴユーのリーダーとして引き抜かれた。その後ファンテジスト・ヴァリエテ歌手・女優として活躍。52年オペレッタ「花咲ける道/La route fleurie/花咲ける道」ではGeorges GuétaryBourvilと共演。72年にはPierre Delanoëのフランス語ヴァージョンでHello Dolly」を歌った。74年に180万枚以上売り上げたと言われるLa bonne du cure/司祭様のお手伝いさんの大ヒットを持ち、500曲以上を録音している。番組では、Cordyの過去を振り返る映像が流されたが、長いキャリアを物語るようにDalida、あるいは若いMaciasAdamoらとのツーショットが見られた。そしてCordyと同じように外国出身のAdamo(ベルギー)とDave(オランダ)がこの日のboys(ミュージックホールなどの群舞の男性ダンサー)に扮して登場。boysをバックに番組でCordyが歌ったのは「Nini、la chance/幸運の女神ニニ」(76年)。Christophe WillemCordyのビッグヒットの一つ「Tata Yoyo/ヨーヨーおばちゃん」(80年)を歌いながら客席から登場。Cordyは1月19~22日「Age tendre et têtes de bois」のパリPalais des Congrès公演、その後のツアーに参加。

 
No.930
2012.1.18   

№930

ジョルジュ・ゲタリGeorges Guétary、57曲収録の3枚組CDリリース  2012.1.18

ジョルジュ・ゲタリGeorges Guétary(1915-97)のヒット57曲を収録した3枚組CDLes chansons du bonheur/幸せのシャンソン」が1月9日リリースされた。

Guétary
はギリシャ人で1915年エジプトアレキサンドリア生まれの歌手、50年代にフランス国籍を取得。パリに商業を学びに留学、美声の持ち主であったことから勧められ音楽の道に。1937年Jo Bouillon楽団の歌手としてEuropéenに出演。Mistinguettに注目され、相手役もつとめている。第2次大戦中Toulouseに疎開しているときFrede Gsrdoniの楽団の歌手になり、Francis Lopezと知り合いその後のヒット曲、オペレッタの多くはLopezの作曲。45年には「Valse des regrets/悲哀のワルツ」(原曲は「ブラームスの子守歌」)や「Robin des bois/ロビン・フッド」がヒット。50年オペレッタ「Pour Don Carlos/ドン・カルロスのために」の中で「Bergerette/ベルジュレット」、「C'est l'amour/これが愛」を歌う。52年オペレッタ「花咲ける道/La route fleurie/花咲ける道」ではAnnie CordyBourvilと共演「La route fleurie」、「C'est la vie de bohème/放浪生活」(Bourvilとのデュオ)などを歌い、フランスで最も人気のオペレッタ歌手に。映画にも出演していて1951年Vincente Minnelli監督のアメリカ映画「An American in Paris/巴里のアメリカ人」でGene KellyLeslie Caronと共演。65年オペレッタ「Monsieur Carnaval/ムッシュ カルナヴァル」(Frederic Dardの小説を翻案、作詞Jacques Plante、作曲Charles Aznavour)に出演し主題歌「La bohème」を歌う。「La bohème」についてはAznavourがオペレッタのゲネプロの前にレコーディングして売り出したため二人が険悪な関係になったと喧伝されているが、Guétaryは「Charlesが何枚レコードを売ったか知らないが、私の方も90万枚売り上げた。」と言っているように二人ともレコード売上げが良かったので、和解も容易だったよう。Guétaryは80年代に入っても「Aventure à Monte-Carlo/モンテ・カルロのアヴァンテュール」(81年)、「L'amour à Tahiti/タヒチの恋」(83年)などのオペレッタに出演。97年心臓発作で死去。

今回のCDに収められているのは上記の曲の他:「Moulin rouge/ムーラン ルージュの唄」、「Aime-moi/僕を愛して」、「Plaisirs d’amour/愛の歓び」、「Deux petits chaussons/ライムライト」、「Ave Maria」、「Cet anneau d’or/この金の指輪」など。

 

No.929  2012.1.17

№929

ドミニク・アーDominique A、デビュー20年                2012.1.17

ドミニク・アーDominique Aのデビュー20年を記念して12年1月9日過去の8枚のアルバムがリマスターされ、新曲も加えて再リリースされた。シャンソンフランセーズの最も斬新なアーティストと呼ばれることもあるDominique A、本名Dominique Anéは1968年パリ近郊生まれのACI。若い頃からpunk音楽に興味を持ち17歳でバンド結成、数枚の45回転を出すが成功せず。91年からYamahaのシンセサイザーを演奏しながら歌うスタイルでソロ活動を始めた。最初のレコードは150枚しか出さなかった自主製作の「Un disque sourd/聞く耳を持たないレコード」で批評家の間では好評だった。このタイトルは「頑固者だった僕は周りの騒音には耳を貸さない」の意味を込めて。92年最初のアルバム「La Fossette/えくぼ」を出す。そこに収められた「Le courage des oiseaux/鳥たちの勇気」・・もし我々に凍てついた風の中で歌っている鳥たちの勇気があったら・・は、MiassecVincent DelermCaliらが「影響を受けた曲だ」としている。93年2枚目のアルバム「Si je cannais Hanrry/ハリーを知っていれば」から一般にも受け入れられるように。最新の、8枚目のアルバムは09年「La Musique/音楽」で、これにはAlain Bashungのために作ったがBashungが録音しないまま亡くなってしまったImmortels/不滅の人々」が収められている。2010年それまでの活躍に対してACCの特別歌手賞を受賞。今回再リリースアルバムのうち「La Fossette」には「Un disque sourd」に収められた貴重な曲が収められている。Dominique Aはソロ活動を開始した当時から他の歌手にも優れた曲を提供し、ヒットメーカーとしても知られている。09年アルバムチャート1位にもなったCalogeroの「LEmbellie/美しくなった人」に「Passage des cyclones/サイクロンの通過」など3曲を、11年のJulien Doréの「Bichon/マルティーズ」には「L'été(summer)」を。ほかにMichel DelpechJean BirkinVincent DelermeYann Tiersenなどにも。1月20日からデビュー20周年記念の「La Fossette」ツアーを開始し1月26、27日パリThéâtre de Villeに出演。

 

 
No.928  2012.1.16 

№928

マ ティルドMat Hilde、ラジオ局Europe1の「Talent 2012」に   2012.1.16

マ ティルドMat Hildeが1月5日ラジオ局Europe1「Talent 2012/2012年の才能」に選ばれた。
Talent 2012」を選ぶコンクールは今年が第1回。このコンクールに参加できるのはまだレコード会社と契約していない若い歌手。今回は9月10日から10月31日までにラジオ局に届いた約600のデモテープからEurope1の人気音楽番組で毎週末の深夜に放送される「On cannait la musique」の司会者Thierry Lecampら番組スタッフが予め10人を選んだ。審査員は6人:Olivia Ruiz(歌手)、Clarisse Fleurgant Gaetan Rousselのマネージャー)、Gerard Pont Francofolies de la Rochelleのディレクター)、Bruno Gaston Europe1の音楽ディレクター)、Thierry Lecampなど。審査員は195000人のインターネットによる投票なども参考に10人の候補者の中から満場一致でMat Hildeを選んだ。Ruizは「彼女は私の一押し、壊れやすさ、もろさ、謙虚さ、洗練されたアレンジからPauline CrozeBertrand Belinに似ている。」
結果は直ちにRuizから電話でMat Hilde本人に伝えられた。

Mat Hilde(本名のMathildeを2つに分けてステージネームに)は現在23歳の女性ACI。7歳からヴァイオリンを習い、Conservatoireでクラシックを学ぶ。3年前からピアノとギターを習い、最初に「響きが良くて、心地よい」からと英語で曲作りを初め、最近、フランス語で最初の曲「Trop loin/遠すぎる」を作った。独特なデリケートな声で歌い、メロディーは比較的単純で一緒に口ずさみたくなるよう。Mat HildeはすでにパリのLa Reine Blanche2bis passage Ruelle 18e)、L’Etage77,rue du Faubourg du Temple 10eLe Reservoir16,rue de la Forge Royale 11e)などで黒いギターを弾きながら歌っている。Mat Hildeは2012年1年間を通してEurope1の応援を受け、毎月1回は「On cannait la musique」に出演しその後の音楽人生の推移を語ることになっている。1月9日には同番組にJulietteと共に出演した。

 

 
 No.927  2012.1.14

№927

ジェニフェールJeniferStar Academy優勝から10年   2012.1.14

ジェニフェールJeniferStar Academyで優勝してから2012年1月12日でちょうど10年になる。

Jenifer、本名Jenifer Yael Dadouche-Bartoliは1982年ニース生まれの歌手。幼少の頃から歌が好きで得意。14歳から年齢を偽ってコートダジュールのピアノバーで歌う、16歳でパリに出てバーなどで歌う。2001年TVTF1のスター誕生番組「Star Academy」の第1シーズンに出場。「Star Academy」フランス各地から選ばれた15~18人の「étudiants/生徒」が3~4ヶ月の間パリ郊外のシャトーにあるAcademyに入り、歌唱、ダンス、芝居、スポーツなどの訓練を受けながら週1回TV生番組のコンクールに出演、優勝を争う。毎週1人が脱落するという厳しいもので、08年12月まで8シーズンに渡って行われた。優勝者は賞金のほか、ユニヴァーサルミュージックと契約を結びアルバムを出すことが出来る。

第1シーズンには16人が参加、01年10月20日から放送され、02年1月12日の決勝戦でJeniferは男性の決勝進出者、ベルギー出身のMario Barravecchiaを破り優勝。この決勝戦は1200万人がTVを視聴していたと言われている。その後のこの番組の優勝者には、Nolwenn Leroy(第2シーズン)Elodie Frégé(第3)、Grégory Lemarchal(第4)、Quentin Mosimann(第7)などがいる。優勝後のJeniferの歌手人生は順風満帆。02年1月Lionel Florence(「Donne-moi le temps/私に時間を」の詩)、Marc Lavoineらの協力を得てリリースしたファーストアルバム「Jenifer」はヨーロッパで100万枚以上売り上げたと言われる大ヒットに。同年オランピアに出演。03年Johnny Hallydayのフランススタジアム公演に出演「Je te promets」をデュオで。04年Calogeroなどの協力を得てアルバム「Le passage/通過」、07年アルバム「Lunatique/移り気な人」(「Si c'est une île/それが島なら」「Touner ma page/ページをめくる」などを収録)。07年12月Musée Grevin/グレヴァン博物館に蝋人形が展示される。09年11月4枚目のアルバム「Appelle-moi Jen/ジェンと呼んで」(「Je danse/私は踊る」、「Le dos tourné/背中を向けて」などを収録)。この間にNRJ Music Awardsでは03年のフランス語新人歌手賞、04年のフランス語女性アーティスト賞など11年までに8個の賞を受けている。12年1月にはライヴでの曲を追加した「Appelle-moi Jen」の新版を出す予定。

 

 

 
No.926  2012.1.13 

№926

ジャン=ジャック・ドブウJean-Jacques Debout、「Les années bonheur」に出演 2012.1.13

ジャン=ジャック・ドブウJean-Jacques Deboutが1月7日TVMONDEJaponで放送された「Les années bonheur/なつかしき良き時代」に出演した。

Deboutは1940年パリ12区生まれの、ACIで他の歌手のために作詞、作曲も行っている。
15歳で友人たちとジャズバンドを結成。楽譜出版社Raoul Bretonで働いていたこともあり、59年Maurice Vidalin作詞、Jacques Datin作曲のコンビに提供された「Les boutons dorés/金色のボタン」が最初のヒット。兵役後64年Antibesの「La rose d'or/金のバラ」コンクールに「Nos doigts se sont croisés/僕たちの指は絡み合った」で優勝。「Les cloches d'Ecosses/スコットランドの鐘」(65年)、「Redeviens Virginie/ヴィルジニーに戻ってよ」(74年、Adamoも歌っている)などのヒットを持つ。06年からAge tendre et Têtes de boisに参加。60年代から他の歌手に曲を提供していて、66年に結婚したChantal Goyaのヒット「Bécassine」、「Une écharpe une rose/乙女の涙」、「C'est bien Bérnard/ベルナールは人気者」はDeboutの作。 Marlene DietrichCette nuit-là」(62年に彼女の前座でOlympia出演);Johnny Hallydayに「Pour moi la vie va commencer/僕にとって人生はこれから始まる」(63年の映画「D'où viens-tu Johnny/ジョニーはどこから」から);Sylvie VartanComme un garçon/男の子のように」、「Je chante pour Swanee/スワニーのために歌う」;DalidaComme disait Mistinguette/ミスタンゲットが言ったように」。他に;Richard AnthonyDick RiversMichel DelpechYves MontandBarbaraらにも提供している。また、映画音楽(「D'où viens-tu Johnny HallydayVartan主演、「Masculin Feminin/男性・女性」Jean-Luc Godard監督、Goya主演)、TV番組のテーマ音楽(78-79フランスTF1で放送された日本製アニメ「カプテン・フユーチャー」のフランス版「Captain Flam」のテーマ曲)も担当。70年代末から子供向けのミュージカルを製作、Goyaが主役をつとめる「Marie-Rose」シリーズは現在も上演されている。50年以上のキャリアで1000曲以上曲を作ったと言われている。番組では持ち歌の「Redeviens Virginei」、「Les boutons dorés」、「Nos doigts se sont croisés」をメドレーで歌ったほか司会のSébastienに促されて「Comme disait Mistinguette」、「Pour moi la vie va commencer」、「Captain Flam」を歌った。

 
No.925   2011.1.12

№925

ジュリアン・クレールJulien Clerc、「sa plus grande tournée」開始    2012.1.12

ジュリアン・クレールJulien Clercが12年1月6日から「sa plus grande touréee/彼の最も大きなツアー」を開始した。このツアーは日程からもその規模からも「彼の最も大きなツアー」と呼ぶに相応しい。日程的には、現在のところ、1月6日のEssoneEvryから、1月13~15日にはパリPalais des Congrès、その後国内各地、ベルギー、スイスを回り6月31日~6月6日再度パリに登場(Palais de Sports)まで約50回のステージが予定されている。規模の面からはバックは40人編成の交響楽団。

Clercはこのツアーを11年12月末に亡くなった継母Ghislaineに捧げるとしている。Clercは1947年パリの南郊外生まれ、本名Paul-Alain Clerc、父はUnescoの高級官僚、母はBurelBrassensあるいはPreslayなどポピュラー音楽が好きなグアドループ出身のEvelyne。2歳で両親が離婚。当時としては珍しく父親がJulienを引き取った。父は程なくGhislaineと再婚。Ghislaineはクラシックが好きでよく聞かせ、またClercは6歳からピアノを習った。Clercは幼少時代には週日はGhislaineと暮らし、週末はEvelyneと暮らす生活で音楽では2人の母の影響を受けた。この2重の生活については05年リリースのアルバム「Double enfance/2重の子供時代」に収められた「Double enfance」(作詞 Maxime le Forestier、作曲Clerc)に歌われている。「Double enfance」・・誰にでも永遠に愛し合うという幸運が与えられている訳じゃない、10年か、10ヶ月か、10秒か。僕たちの置かれている立場は、濁った水の中に沈んでいるよう、遠い想い出の。時々僕には2重に見えることがあるが、それは子供時代が僕に戻ってくるから・・2重の人生、2重の遊び、2つの家、2つの町、誕生日にはケーキが2つ、なぜ両親が2組、でも心は静かにバランスを取る、もう一組の両親を知るまでは僕が恐れていたのは別れ・・10年か、10ヶ月か、10秒か、誰にでも永遠に愛し合うという幸運が与えられている訳じゃない・・

 

 
No.924   2012.1.10

№924

アモリ・ヴァシリAmaur VassiliTVMONDEJaponAcoustic」に出演  2012.1.10

アモリ・ヴァシリAmaur Vassiliが1月7日放送のTVMONDEJaponAcoustic」に出演。Vassili(№668)は1989年Rouan生まれの歌手、2009年ファーストアルバム「Vincero」を、10年11月にはセカンドアルバム「Cantero」をリリース。セカンドアルバムには「Sognu/僕は夢みる」、「Maria」、「Caruso/カルーソー」(「15、6歳の頃Florent Pagnyが歌うこの曲聞き、またオペラのアリアを収めたPagnyのアルバム『Baryton/バリトン』を聞き、こういった曲を歌うことが自分に適していると考えた。」)、「Miserere」、「Con te partiro」、「Les moulins de mon cœur/風の囁き」(「フランスのファンのためにMichel Legrandの世界的に知られたこの曲を入れた。」)などが収められている。11年には:3月POPBで行われたユーロッパ室内陸上選手権の開会式には「La Marseillaise/ラ マルセイエーズ」を「国歌を歌うことは特別の感激だった。この曲の由来なども考え、参加した選手達のモチベーションを高めるように歌った。」 5月:フランス代表として「Concours eurovision de chanson/ユーロヴィジョン シャンソン コンクール」に出場、「Sognu」をコルシカ語で歌い15位であった(№734) 11月:セカンドアルバム「Cantero」に「Noël blanc/ホワイトクリスマス」、「My heart will go on」(Céline Dionが歌っている映画「Titanic」の挿入歌)など4曲を追加したコレクターヴァージョンをリリース、これには録音風景、オフィシャルヴィデオクリップなどを収めたDVDが付いている。また、Gérard Lenormanの最新アルバム「Duos de mes chansons」(№862)にも「Et moi je chante/そして僕は歌う」で参加している。番組では「Sognu」(コルシカ語)、「Maria」(イタリア語)、「My heart will go on」(英語)、「Les moulins de mon cœur」(フランス語)、「Et moi je chante」(フランス語、Lenormanとのデュオ)を歌った。

 

 
 No.923 20121.1.9   

№923

ParisAfrica pour l‘Unicef」、CD2枚組コンピレーションアルバム、  2012.1.9

ParisAfrica pour l‘Unicef/パリーアフリカ、ユニセフのために」は11年末にリリースされた34曲収録、CD2枚組コンピレーションアルバム。アルバムの売り上げは旱魃による被害が激しい「La Corne de l’Africa/アフリカの角」と呼ばれている地域の子供たちの援助のためUnicefに寄付される。参加した歌手、グループは2011年を中心としたそれぞれのヒット曲を歌っているので、このアルバムは正に「2010年代初めのヒット曲集」の趣。CD1に収められているのは:「Des ricochets/水切り遊び」(最初の曲でシングルカットされている、№873)、「Elle me dit/彼女は僕に言う」(Mika)、「Le Jument de Michao/ミチャオの雌馬」(Nolwenn Leroy)、「Un peu de blues/少しのブルース」(Christophe Maé)、「Le jour après la fin du monde/世界の終わりの翌日」(Corneille)、「Lapdance/ラップダンス」(Ycare)、「Celui.../・・・する人」(Colonel Reyel)、「Je danse/私は踊る」(Jenifer)、「Tourne/回れ」(Shy’m)、「Je partirai/私は旅立つつもり」(Anggun)、「Les jours heureux/幸せな日々」(Gérard Lenorman Shy’m)など。CD2には:「Il nous faut/私たちには必要」(Elisa Tovati & Tom Dice)、「French Cancan」(Inna Modja)、「La Fée/妖精」(Zaz)、[A nos actes manqués/我々がしなかった行動に]M.Pokora)、「Je ne sais pas/私は知らない」(Joyce Jonathan)、「Dit moi/僕に言って」(BBBrune)、「Non,non,non」(Camélia Jordana)、「Là où je vais/私が行く所」(Judith)、「Sognu/僕は夢みる」(Amaury Vassili)、「Soleil/太陽」(Grégoire)な

 

No.922  2012.1.7   

№922

ジョルジュ・ブラッサンスGeorges BrassensTV映画「La mauvaise réputation  2012.1.7

ジョルジュ・ブラッサンスGeorges Brassens(1921-81)の青春時代から最初の成功までを描いたTV映画「La mauvaise reputation/悪い噂」が1月3日TVMONDEJaponで放送された。

映画の粗筋は:1938年成績のさえない、素行も芳しくない南仏Sète高校生のBrassensに、国語のBonnafé先生はFrancois Villonの詩集を渡し、読むように勧める。Brassensも仲間であった少年の一団が小遣い銭ほしさから盗みを。逮捕され執行猶予付きの6ヶ月の禁固刑。警察に引き取りに来た父親は全く非難せず。学校は退学、家にこもっている間にひげを生やす。39年9月第2次大戦勃発。40年2月「いつか僕を誇りにする時が来るだろう。」と両親に語り、パリに。14区の叔母宅に寄宿。ルノーの工場で働く。41年6月ドイツ軍パリ占領。工場閉鎖、図書館でVillonBaudelaireVerlaineHugoなどを読み、自らも詩作する毎日。42年友人、母、叔母、そして叔母の友人でBrassensより30歳年長、彼と彼の詩を愛したJeanne、その夫Mercelらの援助で詩集を出版。43年ドイツ軍に徴用され、ベルリン近郊Basdorfで航空機のエンジンの組み立て作業に従事。収容所内でも読書、詩作にふけり、収容者仲間に自作の「Maman,papa」などを聞かせる。44年3月2週間の休暇を許可されパリに。収容所には戻らず3月21日からパリ14区9,impasse FlorimontJeanne宅に隠れ住み、JeanneMarcelと3人の生活を始める。Jeanneからギターを贈られ、「Chason pour l’Auvergnat/オーヴェル人に捧げる曲」を作り「これはMarcelのために作った。」「素晴らしい曲どんな風に作ったの?」「僕の頭に中にはいつも詩がある。それにあった曲を思いつけばできあがる」。ギターはその後売られて食料に。44年8月25日のパリ解放、しばらくの間アナーキスト系「Le Libertaire」紙に時評を書く。Jeanneの嫉妬のため他の女性との恋愛もままならなかったが、47年9歳年長で、7歳の子供あったJoha Heimanと知り合い、その後Heimanと結婚せず、同棲せず、好きなときに会うという関係を。創作はJeanne宅で続け、作品を各所に送るが「良い作品だが当社には向かない」と没、Jeanneと二人で「これを断った出版社は後悔するぞ」。51年友人の紹介で当時の人気歌手Jacques Grelloに会い、気に入られ、ギターを贈られ、いくつかの店を紹介され、オーディションを受ける。2ヶ月で10回断られ、また、腎臓胆石の激しい痛みにも見舞われる始末。52年1月荷物をまとめてSèteに帰ろうとするとき、友人がMontmartreにある「Chez Patacou」のオーディションの約束を取ってくれる。PatachouBrassensの曲を大いに気に入り、ステージで「Les amoureux des bancs publics/ベンチの恋人達」を歌ってくれる。そして「この曲の作者を紹介します。」とBrassensをステージに押しやりながら言う「6ヶ月もしないうちにあなたは私より有名になるわ。」

 No.921 2012.1.6 

№921

ヤニック・ノアYannick Noah、「フランス人の好きな人物」のトップ    2012.1.6

ヤニック・ノアYannick Noahが「フランス人の好きな人物」アンケートのトップに。年2回行われるこのアンケートの2011年12月実施分の結果がJDD紙で発表された。アンケートは予めノミネートされた50人について、15歳以上で、年齢、性別、職業などから割当標本抽出で選ばれた1018人を対象に、面接により「あなたが今日のフランスで重要だと思われる人物、あるいは好きな人物を10人選んで下さい」と質問する方法で行われた。その結果1位はNoahでアンケートされた人の35.0%が選んだ。Noahは1960年生まれ、父はカメルーン人、83年テニスの全仏で優勝、その後歌手に転向、最新のアルバムは「Frontières/国境」(№517)、12年3月22~27日Olympiaに出演の予定。2位はZidedine Zidane(31.7%、元サッカー選手)、 3位はOmar Sy(28.7%、1978年生まれのアフリカ系俳優、11年フランスで最もヒットした映画「Intouchables/不可侵な人々」の主役)、4位Simone Veil(26.9%、長年欧州議会議員、70年代に保健大臣を務めた女性政治家)、Gad Elmaleh(26.1%、モロッコ出身のユーモリスト)。歌手では上位にランクされたのは10位Michel Sardou(23.0%)、11位Francis Cabrel(22.3%)、15位Charles Aznavour(21.0%)、20位Corneille(18.4%)。他に歌手でリストアップされたのはRenaud(21位)、Johnny Hallyday(26位)、Florent Pagny(34位)、Alain Souchon(40位)Vanessa Paradis(42位)、Patrick Bruel(45位)、Mylène Farmer(47位)。例によってVeil以外の政治家は軒並み下位で、Jacques Chirac前大統領46位、François Hollande(12年大統領選社会党候補、48位)、Nicolas Sarcozy大統領49位であった。Noahのトップは8回連続で11回目。1988年から行われているこのアンケートでトップになったことがあるのは海洋学者、水中考古学者Le Commadant Cousteau、人道主義の活動家L’Abbé PierreZidane、アトランタとシドニー五輪金メダリストの柔道家David DouilletNoahの5人だけ。

 
No.920  2012.1.5 

№920

シャキラShakira、「Je l’aime à mourir」好評   2012.1.5

シャキラ(日本では「シャキーラ」と表示される)Shakiraによるフランシス・カブレルFrancis Cabrelの「Je l’aime à mourir/死ぬほど彼女を愛している」のカバーが好評。Shakiraは1977年南米コロンビア生まれのラテンポップスACI。スペイン語のほか英語など数カ国語でも歌う。95年のアルバム「Pies descalzos/裸足のままで」が世界中で400万枚という大ヒットで一躍スターに。10年FIFAワールドカップ・南アフリカ大会のテーマソング「WakaWakaThis Time for Africa」を歌っている。10年の7枚目のアルバム「Sale el solThe Sun comes out」は世界中で500万枚以上、フランスでも40万枚以上売上げ2週間チャート1位になった。Shakiraは11年「The Sun Comes Out」ワールドツアーを行い、その一貫として6月ジュネーヴとパリで公演。その際「Je l’aime à mourir」を歌った。「Je l’aime à mourir」はCabrel作詞作曲、1979年アルバム「Les chemins de traverse」(60万枚以上売り上げた)の中に収められた曲で、シングルカットされ50万枚以上売り上げたと言われているCabrelのヒット曲の一つ。当時スペイン語圏の国々にもこの曲を紹介したいというレコード会社の意図もあり、Cabrel自身「La quiro a morir/死ぬほど彼女を愛している」のタイトルでスペイン語でも歌っている。Shakiraは6月13、14日POPBPalais Omnisports de ParisBercy/パリ・ベルシー総合体育館)に出演、そのライヴアルバム「Live from Paris」が12月5日にリリースされた。そこではこの曲をまずスペイン語で、次いでフランス語で歌い、観客に「Avec moi/私と一緒に」と勧めたが、観客の方はそれより前に歌い出している。スペイン語の歌詞はCabrelのものと同じ「La quiro a morir」で「Lo quiro a morir/死ぬほど彼を愛している」とはしていないよう。Shakiraはこの曲のスタジオ録音も行っていて、シングルCDも同日にリリースされ、シングルのチャート「Top 50」でリリースの週から3週連続で1位。フランス語の歌詞は・・僕は今まで何でもない存在だったが、今日からは彼女の夜の眠りの守護神、死ぬほど彼女を愛している。あなたはすべてのものを破壊することが出来る。しかしすべてをもう一度作り直すためには、彼女が両手を大きく広げてくれるだけで十分、死ぬほど彼女を愛している・・

 

 
No.919  2012.1.4   

№919

2011年アルバム売上げベスト5                2012.1.4

音楽情報サイトPureCharts frなどによればフランス国内における2011年のアルバム売り上げベスト5は次の通り。

1位Adele「21」(821千枚)・・2011年のフランスのポピュラーミュージック界ではこの1988年生まれの若いイギリス人女性ACIが大活躍。11年1月末にリリースされたAdele2枚目のアルバム「21」は10週間以上チャートのトップを占め、40週間以上15位以内にあった。前年1位のChristophe Maéの「On trace la route/僕の生きる道」が56万枚であったことを考えるとAdeleがフランス人にもいかに受け入れられているかが解る。

2位ノルウェン・ルロワNolwenn LeroyBretonne/ブルターニュ女性」(515千枚、Nos.605、2.5)・・10年12月にリリースされたルロワ4枚目のアルバムは8週間チャートの1位、40週間以上20位以内。フランスにおける前年からの累計売上げは63万枚。ベルギー、スイスでも好評で合計70万枚以上売上げている。

3位レ ザンフォワレLes EnfoirésDans l’œil des Enfoirés/レ ザンフォワレの瞳の中で」(425千枚、Nos.650、688、895)・・3月にリリースされてからコンスタントに売れている。 Les Enfoirésのコンサートのライヴアルバムは毎年40万枚以上売り上げており、今年も例年同様上位に。

4位レ プレトルLes PrêtresGloria(305千枚、№721)・・3人の聖職者で構成されるLes Prêtresの11年4月リリース2枚目のアルバム。10年春リリースで前年2位のファーストアルバム「Spiritus Dei/神の御心」も11年17万枚売上げ累計70万枚に達した。

5位Black eyed peasThe beginning」(270千枚)・・前年からの累計44万枚

そして6位にはZazZaz(265千枚)・・10年にブレイクしたZazの勢いは止まらず、10年5月リリースの「Zaz」前年からの累計で63万枚に達した。

 

No.918  2012.1.2 

№918

Michaël Moroミカエル・ミロ、「L’horloge tourne」が「La chanson de l’annee」に 2012.1.2

Michaël Moroミカエル・ミロの「L’horloge tourne/時計は廻る」(№783)がTVTF1の「La chanson de l’annee/2011年、今年のシャンソン」に選ばれた。選定の模様は11年12月30日TF1でNikos Aliagas司会でPalais des Sportsから中継された。予めノミネートされた曲からIFOP(フランス世論研究所)のアンケートによって選ばれる。昨年はZazの「Je veux/私の欲しいもの」であった(№628)。今回ノミネートされたのは他に:「Demain/明日」(Thomas Dutronc、№858)、「Aurelie/オーレリー」(Colonel Reyel、№723)、「Il nous faut/私たちには必要」(Elisa Tovati &Tom Dice、№774)、「Politiquement correct/政治的には正しい」(Bénabar、№905)、「Le jour et la nuit/昼と夜」(Alain Souchon、№897)、「Hôtel des Caravelles/カラヴェル ホテル」(Julien Clerc、№890)、「Un peu de blues/少しのブルース」(Christophe Maé、№850)、「Cool」(Christophe Willem、№901)、「L’amour fou/狂気の恋」(Jenifer、№598)、「Jeanne/ジャンヌ」(Laurent Voulzy、№904)、「Tri Martolod/3人の水夫」(Nolwenn Leroy、605)、「Mon vieux/モン ヴユー」(Les Prêtres、№721)など。「L’horloge tourne」の歌詞・・一通のSMSshort message system、携帯電話メール)が届いたには18歳の時だった、その時僕はもう子供じゃなかった、時計は回る、時間は官能的、僕は時が速く過ぎることを願った、ダム、ダム デ オ オ オ・・。一通のSMSが届いたとき20歳だった、僕たちは予防することなく愛し合った、でも僕は子供を欲しくなかった、・・一通のSMSが届いたとき21歳だった、9ヶ月経っていたが、今でも子供はいない、ouf・・一通のSMSが届いたとき25歳だった、津波がすべてを奪った、子供たちの玩具までも・・一通のSMSが届いたとき28歳だった、母は疲れていた、でももう僕は子供じゃない、僕は古き良き時代を夢みていた・・一通のSMSが届くとき僕は30歳になっている。30年間の自由、でも決算するとき、時計は回る、時間は皺、僕は時間を止めたい、ダム、ダム デ オ オ オ・・

 
No.917  2012.1.1   

№917

木の十字架少年合唱団Les Petits Chanteurs à la Croix de BoisF3出演 2012.1.1

木の十字架少年合唱団Les Petits Chanteurs à la Croix de Boisが12月28日20:30~TVF3に出演した。

この合唱団は
1907年France Gallの母系の祖父Paul Berthierらが設立した少年合唱団。1920年代から非宗教的な曲も歌われるようになり、またアメリカなど海外への演奏旅行により人気が広がった。1978年以降指導者は聖職者ではない。伝統は遵守しながらも時代遅れになることを回避している。演奏会で宗教的な曲を歌うため白い祭服を着、木の十字架を下げるが、非宗教曲はセーター、バーミューダショーツ、青いズボンなどで。受験生の宗教は問われず、学業の成績により1次審査の後、歌の試験とモティヴェーション(親のではなく受験生自身の)が問われる。メンバーは8歳から14歳までの少年約80人、現在はブルゴニューのYonneにある城の中の寄宿舎で共同生活を送る。午前中は通常の学業、午後から歌の勉強。毎年6回行われる外国での演奏会にはその都度20人程度のメンバーが選ばれる。

2004年シャルル・アズナヴールCherles Aznavourの80歳記念Palais des Congrèsコンサートに招かれ「Ave Maria」をデュオで歌っている。07年には創立100年記念の49曲収録2枚組CD及びDVDを出している。合唱団出身者には歌手のフランク・アラモFrank Alamo、ルイ・シェディッド Louis Chedidなど、ベルトラン・ドラノーエBertrand Delanoëパリ市長らがいる。
番組では、合唱団の日常生活が紹介され、合唱団のレパートリーからLa faute à Voltaire/ヴォルテールのせいで」などが歌われたほか、ゲスト出演の歌手とのデュオもあった。それらにはノルウェン・ルロワNolwenn Leroyとの「Moonlight Shadow」、イザベル・ブーレIsabelle Boulayとの「Fin octobre début novembre/10月の終わり、11月の初め」、アラン・スーションAlain Souchonとの「Le jour et la nuit/昼と夜」、ナナ・ムスクーリNana Mouskouri&エルベール・レオナールHerbert Léonardとの「Je chante avec toi liberté/自由よ、私はあなたと共に歌う」、アモリ・ヴァッシリAmaury Vassiliとの「My heart will go on」などがあった。他にアメル・ベントAmel Bent、カンタン・モジマンQuentin Mosimann、ローラン・ヴルジーLaurent Voulzy、ユーグ・オーフレHugues Aufray、ディディエ・バルベリヴィアンDidier Barbelivien、ニコラ・ペイラック Nicolas Peyracとのデュオも。

 

 No.916 2011.12.30 

№916

セルジュ・ラマSerge Lama、TV番組「Emmenez-moi・・・」に出演 2011.12.30

セルジュ・ラマSerge Lamaが12月26日F3 23:00~放送のドキュメンタリー、Laurent Boyerが司会の「Emmenez-moi・・/連れて行って」シリーズの第1回「Emmenez-moi・・Chez Serge Lama dans le Perche/連れて行って・・ペルシュのセルジュ・ラマの家へ」に出演した。Lamaは1943年ボルドー生まれの歌手、作詞家。63年兵役から戻るとMireilleミレイユの音楽学院へ。64年21歳の誕生日に「L'Ecluseレクリューズ」でデビュー。65年自動車事故により1年半のブランク。67年「Les ballons rouges赤い風船」(作詞Lama、作曲はピアニストで友人のYves Gilbert)が最初のヒット曲。68年アルバム「D'aventures en aventures/アヴァンテュールを重ねて」でACC大賞。71年には彼の詩に曲を付け数々のヒット曲を生むことになるアリス・ドナAlice Donaと知り合う。73年真打ちとしてオランピアに。最近では2008年11月18枚目のアルバム「L'Age d'horizons/地平線の年齢」をリリース、10年5月までツアー。11年ツアーを再開し10月7、8、9日パリOlympia出演。11月末「交通事故の後遺症と加齢による」激しい腰の痛みのため、以降のコンサートをキャンセルした。「Emmenez-moi・・」シリーズの第1回出演者にLamaが選ばれたのは、Boyerとは80年代からの友人であり、Donaは30年来Boyerの伴侶であることなどによるためか。番組ではLamaが40年以上前に購入し、Michele夫人が手入れを重ねたRomilly-du-PercheLoir et Cher県)の自宅を Boyerらスタッフが訪問Boyerは教区の教会でLamaにインタヴユー。Michele夫人、息子のFredericのほか DonaGilbert、歌手でファンのPatrick Fiori、女優でファンのSylvie Testud、あるいは高校の同級生、軍隊時代の同僚などが出演し、陽気な、軽快な歌手であるばかりでなく、寛容な、洗練された文化人であるLamaの素顔を語った。番組の中でLamaDonaGilbertの伴奏により即興で歌っているLamaは12年2月には腰の手術を受ける予定で、その翌年13年2月には誕生日の11日を中心に8~17日の間Olympiaで、「現在の最大の目標である」70歳とキャリア50年を祝うコンサートを予定している。

 

 
 No.915  2011.12.29  

№915

カミーユCamillePont des Arts/芸術橋の上で歌う             2011.12.29

カミーユCamilleが正にCamilleらしいパーフォーマンスを。12月12日から18日までCafé de la Danse(5,passage Louis Philippe 11区)に出演し、最新アルバム「Ilo Veyou」(№870)からの曲を中心に歌っていたCamille、最終日の18日ステージが終わった際観客に「Pont des Artsに行って続けましょう。希望者はついてきて。」と提案。多くの観客が彼女についてLappe通りを進み、Bastille駅から地下鉄に。駅の通路でも超満員になった車内でも一行は陽気に歌い続けた。Louvre-Rivoli駅で降りた一行はLouvre美術館の脇を通ってPont des Artsに。左岸にはInstitu de Franceフランス学士院、右岸にはLouvre美術館、上流にはCité島、下流遠方にはTour Eiffelを望むこの橋の上、そして雨の中Camilleは椅子の上に立ち、ついてきた一行とともにa capellaで「La demeure d’un ciel/空にある住まい」を歌った。これがCamilleの2011年最後のコンサート。2012年は4月からツアーを予定している。

 No.914  2011.12.28  

№914

ミレーヌ・ファルメールMylène Farmer、ベストアルバム「2001-2011」   2011,12.28

ミレーヌ・ファルメールMylène Farmer(№606)の2枚目のベストアルバム「2001-2011」が12月5日リリースされ、その週からコンピレーションアルバムチャートの1位。Farmerは1961年生まれのACI、84年の最初のヒットMaman a tort/ママは間違っている」から今日までフランスで最も人気のある女性歌手の一人としての地位を保っており、05年のVdMでは「過去20年の最優秀女性歌手」に選ばれている。最初のベストアルバムは2001年の「Les mots/言葉たち」。今回のアルバムには17曲が収められていて、2001年から2011年までの間にリリースされたアルバム、05年の「Avant que l’ombre/影が迫り来る前に」(06年NRJ音楽大賞でフランス語アルバム賞)、08年の「Point de suture/縫合」(09年NRJ音楽大賞でフランス語アルバム賞)、10年の「Bleu noir/青い黒」からの曲など15曲、新曲2曲。それらは:「Avant que l’ombre」、「Fuck them all」、「L’amour n’est rien/愛は無価値」、「Peut-être toi/おそらくあなた」、「QIIQ」、「Redonne-moi/私に返して」、「Slipping awayCrier la vie」(Mobyとのデュオ、06年シングル)、「Dégénération/退廃」、「Appelle mon numéro/私の電話を呼び出して」、「C’est dans l’air/そんな雰囲気がある」、「Sextonik」、「Si j’avais au moins・・/せめてもう一度」、「Oui mais・・Non/ウイ、でも・・ノン」、「Bleu noir」、「Lonely Lisa」、「Du temps/時間」(新曲、Farmer作詞、Laurent Boutonnatr作曲、先行シングルカットされ、Boutonnat製作のクリップを視聴できる)、「Sois moi・・Be me」(新曲)。ジャケットはFarmer自身の水彩画。

 

 No.913  2011.12.27

№913

Noël sous les étoiles」、TVMONDEJaponで放送      2011.12.27

Noël sous les étoiles/星の下のクリスマス」が12月24日TVMONDEJaponで21:10から放送された。これはDaniela Lumbrosoの司会による音楽スペクタクルで、Strasbourgの大聖堂前庭の特設ステージから中継された。Strasbourgでは11月末からヨーロッパ最大のクリスマス市が開かれ、毎年200万人の観光客が訪れると言われている。番組の中で出演者が市場を散策する映像も流された。フランスでの放送はF3で12月21日。クリスマス関連ソングで歌われた曲及び歌った歌手は:「Noël blanc/ホワイト クリスマス」(Christophe WillemDaveGérard Lenorman、Chimène BadiRoberto AlagnaThierry AmielM. PokoraAmauri Vassili)、「Gentil Père Noël/優しいサンタクロース」(Alagna、「2000年のアルバム『Chante Noël/クリスマスを歌う』の中にフランス語の曲がないことから、録音していたロンドンで作り、電話で娘に聞かせて、良い曲だというので追加した。」)、「Petit Papa Noël/プティ パパ ノエル」( Vassili)、「Oh Happy Day」(WillemBadiGospel Kids)、「Douce nuit/清しこの夜」(Amierl Cyliaほかミュージカル「Adam et Eva」出演者)、「Ave Maria」(Dave)、「Amazing Grace」(Leroy ア カペラで)、「Let it snow」(Il Volo)、「Vive le vent/ジングルベル」(Pokora)、「Have yourself a merry little Christmas」(Willem)。またJohnny Hallydayが「Ave Maria」をイタリア語で歌う映像(82年)、15歳のCéline Dionが「Glory alleluia」を歌う映像なども流された。他には:「Mon vieux/モン ヴユ」(Les Prêtres)、「Vanina」(Dave)、「Je chante/僕は歌う」(LenormanVassili)、「Laballade des gens heureux/幸せな人たちのバラード」(Lenorman、観客と)、「Moonlight Shadow」(Leroy)、「Down by riverside」(Badi)、「En attendant la fin/終わりを待ちながら」(Pokora)、「Ma bataille/僕の闘い」(「Adam et Eva」出演者)、「Quizas quizas,quizas/キサス キサス キサス」(Alagna)、「Faut que je reste cool/クールでいなければ」(Willem)など。ミュージカル「Mamma Mia」及び「Cyndrillon/シンデレラ」の出演者によるそれぞれのミュージカルからの曲も。同地で行われていたHoliday on iceの模様も映された。

 

 
 No.912 2011.12.25   

№912 

ミュージカル「Notre-Dame de Paris」、オリジナルキャストのよるコンサート   2011.12.25

ミュージカル「Notre-Dame de Paris/ノートル ダム ド パリ」の初演オリジナルキャストが13年ぶりに一堂に会し、12月16、17、18日POBPPalais Omnisports de ParisBercy/パリ/ベルシー総合体育館)でこのミュージカルへの「Concert Hommage/オマージュ・コンサート」を行った。

ミュージカル「Notre-Dame de Paris」はLuc Plamondon作詞、Richard Cocciante作曲、Gilles Maheu演出、1998年9月16日パリのPalais des Congrèsが初演。その際の主な配役は:ジプシー娘エスメラルダEsmeraldaHélène Ségara)、鐘突男カジモドQuasimodoGarou)、ノートル ダム大聖堂の司教フロロFrolloDaniel Lavoie)、近衛兵隊長フエブスPhœbusPatrick Fiori)、ジプシーの頭目クロパンClopinLuc Mervil)、Phœbusの婚約者フルール・ド・リスFleur-de-LysJuie Zenatti)、語り手の吟遊詩人グランゴワールGringoireBruno Pelletier)。これらの歌手は、多かれ少なかれ、このミュージカルに出演したことによりその後の歌手人生が開けた。「Concert Hommage」にはこの7人の歌手が出演し、ミュージカルのなかでそれぞれが歌った曲を歌うコンサートヴァージョン。コンサートヴァージョンはすでに昨年ロシア公演を行っていて、今回は70人編成のウクライナ交響楽団と40人のキエフコーラス隊がバック。歌われた主な曲及び歌った歌手は:「Le temps des cathédrales/カテドラルの時代」(Pelletier)、「Les sanspapiers/浮浪者たち」(Mervil)、「Bohémienne/ボヘミアンの女」(Ségara)、「Belle/美しい人」GarouLavoieFiori)、「La fête des fous/道化たちの祭り」(Pelletier)、「Vivre/生きる」(Ségara)、「La monture/馬」(Zenatti)、「Ces diamants-là/このダイアモンド」(FioriZanatti)、「La cour des miracles/奇跡の庭」(Mervil)、「Dechiré/引き裂かれて」(Fiori)、「Ma maison,c’est ta maison/僕の家は君の家」(GarouSégara)、「Etre prêtre et aimer une femme/司祭であることと一人の女性を愛すること」(Lavoie)、「Lune/月」(Pelletier)、「Danse, mon Esmeralda/踊って 僕のエスメラルダ」(Garou)。男性の歌手は背広と白いYシャツで登場したが、SégaraZenattiはミュージカルに出演の際の衣裳で。

No.911  2011.12.25  №911 ティノ・ロッシTino Rossi、「Petit Papa Noël   2011.12.25

ティノ・ロッシTino Rossiが歌う「Petit Papa Noël/プティ パパ ノエル:サンタのおじさん」はフランスクリスマスソングの唯一の定番と言ってもよい。毎年年末になると出されるRossiのシングルCDは今年も11月末から毎週シングルチャート10位以内にランクイン。Rossi(1907-1983)、本名Constantino Rossiはコルシカ島アジャックシオ生まれの歌手、俳優。34年10月Casino de Parisのレビューで「Vieni,vieni/ヴィエニ ヴィエニ」と「O Corse,île d’amour/おお コルシカ、愛の島よ」を歌い、たちまち人気に。50年のキャリア、1000曲以上録音し、レコードは4億枚以上の売り上げ、これはフランス人歌手では古今最多。映画俳優として25本以上の映画に出演。自分の成功の理由が分からず「私は歌うことを習ったことはない。この声を持って生まれてきたという幸運に恵まれただけ。」そのRossi最大のヒット曲「Le Petit Papa Noël」は、作詞Raymond Vincy(1904-1968、マルセイユ出身)、作曲Henri Martinet(1909-1985、マルセイユ出身)。このコンビは戦前戦後に活躍したマルセイユ出身の歌手で俳優のAndrex(1907-1989)にヒット曲「Bébert」を提供している。「Le Petit Papa Noël」はRaymond Legrandに編曲により、1946年公開の映画「Destins/運命」の中でRossiによって、クリスマスの場面で歌われた。Rossiは主役の双子の兄弟の2役を演じた。Rossiがこの曲を観客の前で歌ったのは1948年パリのミュージックホールABCで。Rossiはこの曲により1949年フランスで初めてdisque d’or/ゴールデンディスクを受けた。当時は文字通り24金製であった。そのシングルはすでに3000万枚以上の売上げていて、Jacques Brelの「Ne me quitte pas/行かないで」と並んでフランスで最も売上げ枚数の多いシングルとなっている。

Petit Papa Noël」の歌詞は・・クリスマスの夜、雪は白いマントを広げている、子供たちは眠りにつく前に、跪き、空を見あげて最後のお祈りをする。 (ルフラン)Petit Papa Noël、おもちゃをいっぱい持って空から降りてくる時には、僕が置いておいたちっちゃな靴を見落とさないで。  出掛ける前にはしっかり着込んでね。外はきっとすごく寒いよ。それも少しは僕のせいだね。朝になるのがとても待ち遠しい、夢で見たおもちゃ、僕が頼んでおいたおもちゃを持ってきてくれたか早く見たいから。 (ルフラン) 砂売りおじさんが通りすぎると子供たちはみなおねむ、さあ、Petit Papa Noël始めていい、袋を肩に掛けて、教会の鐘の音が聞こえたら、ビックリな贈り物の配達を。 (ルフラン) 雲にのってお空を抜けたら、最初に僕らの家に来てね、僕は毎日いい子っていうわけじゃなかったけど、ごめんなさい。(ルフラン)Petit Papa Noël・・  [フランスでは靴下ではなく靴を置いておくようです]

 
No.910   2011.12.22  

№910

ジルベール・ベコーGilbert Bécaud、没後10年(その3)           2011.12.22

ジルベール・ベコーGilbert Bécaudの没後10年を機に・・

2.アンソロジー「Le coffret essentie/箱入り選集l」:11月21日にリリースされたCD12枚入りボックス。内訳は53年から99年までのタジオ録音アルバム、あるいはEP収録曲をリマスターした9枚のCD、1955-83年の間におけるOlympia出演のハイライト38曲を収録した2枚のCD及び未発表ヴァージョンなどを収録したボーナスCD1枚。収録曲は全267曲、演奏時間14時間超。未発表資料、稀少写真も入った64ページのブクレット付き。

3.Kitty BécaudLaurent Balandras共著「La première idole/最初のアイドル」:12月1日刊行の回顧録。Kitty BécaudGilbertの2番目の夫人で、二人は1976年に結婚している。Kitty初めての著作。BalandrasSerge GainsbourgColuchePascal Sevranなどの伝記作家。La première idole」には未発表のものを含め250枚の写真、Bécaudの手書き原稿なども収められている。

4.TV特別番組

  F2 12月18日14:10~放送「Vivement Dimanche」はBécaud特集「Hommage à Gilbert Bécaud/ジルベール・ベコーへのオマージュ」、司会のMichel Druckerの有名はTapis rougeにはCharles AznavourKitty BécaudLuz Casalなどが招かれた。

  F3 12月18日23:20~放送「Et maintenant・・Gilbert Bécaudそして今、ジルベール・ベコー」には資料映像による「Seul sur son étoile/一人星の上に」、「Et maintenant/そして今は」、「Je t’appartiens/神の思いのまま」、「Un peu d’amour et d’amitié/小さな愛と友情と」が流された。他に、Alain SouchonAznavourPatrick BruelJulien ClercNicolettaGilles VigneaulRobert Charleboisなどがインタヴユーに登場した。

No.909  2011.12.21   

№909

ヴァネッサ・パラディVanessa Paradis、「Sous le soleil exactement 2011.12.21

 ヴァネッサ・パラディVanessa Paradisは2011年11月8日Casino de Parisで行われたLulu Gainsbourg(№888)のコンサートに応援出演しLuluのピアノ伴奏で「Sous le soleil exactement/太陽の真下」を歌った。その映像を見ることができる。「Sous le soleil exactement」は1967年Serge Gainsbourg作詞作曲、デンマーク出身の歌手で女優のAnna Karinaが67年1月13日ORTFで放送されたミュージカル「Anna」の中で創唱した。その後GainsbourgJane Birkinはそれぞれソロであるいはこのコンビによるデュオでも歌っている。歌詞は・・南回帰線、あるいは北回帰線、どちらか忘れてしまったが、正確にその真下の点、太陽の真下、それていてはダメ、どこでも良いというわけではない、太陽の下、正確にその真下。どの国だったか、どの地方だったか、海辺だった、どの海だか忘れたが。ニューメキシコだったか、ホーン岬だったか、ヴェルデ岬だったか、それとも群島の上だったか。あれは夢に違いない、エロティックな、僕が目を開けたまま見たのは、だがあれは現実だったのだろうか、太陽の真下、それていてはダメ、どこでも良いというわけではない、太陽の下、正確にその真下・・

 No.908 2011.12.20 

№908

ジルベール・ベコーGilbert Bécaud、没後10年(その2)      2011.12.20

ジルベール・ベコーGilbert Bécaudの没後10年を機に・・

1.トリビュートアルバム「Gilbert Bécaud,et maintenant/ジルベール・ベコー、そして今は」:12月5日リリースされ、16人の歌手が参加、Bécaudのヒット曲を歌っている。歌われている曲と歌手は:

・「Je reviens te chercher/君を迎えに」;Luz Casal「子供時代にスペインでBécaudの曲をラジオやTVでよく聞いた。ピアノを弾きながら歌う彼の激しさ、情熱を思い出す。」

・「Alors raconte/さあ、話せよ」;Alain Souchon

・「The day the rains come domn」(「Le jour où la pluie viendra/雨の降る日」の英語ヴァージョン);Ayo

・「Les tantes Jeanne/ジャンヌおばさん」;Olivia Ruiz

・「C’est en septembre/9月になると、ふるさとの9月」;Julien Clerc

・「L’absent/いない人」;Alex BeaupainBrelBrassensBarbaraと比べると何となく二流と思われている節がある。それが僕には残念なこと。」

・「Dimanche à Orly/日曜日にはオルリーで」;Renan Luce

・「La rivière/川」;Serge Lama

・「Mes mains/メ マン」;Lynda Lemay

・「Let it be me」(「Je t’appartiens/神の思いのままに」の英語ヴァージョン);Anggun

・「L’indifférence/無関心」;Bénabar & Gérard Darmon

・「Nathalie/ナタリー」;Patric BruelBécaudの作品はよく知られている訳ではない。人々は3、4曲思い出すことはできるが、Bécaudのレパートリーの幅の広さと、そのテーマの幅の広さについては十分に知っていない。Bécaudは彼の時代を画したshowmanだったと思う。」

・「Le t’appartiens/神の思いのままに」;Eddy Mitchell

・「Et maintenant/そして今は」;Johnny Hallyday(09年のStade de France公演では最後にこの曲を歌っている)「ロックンロール世代の一時代前の世代を代表するアーティスト。Bécaudはハートで歌い、腹の底から歌う。BécaudBrelとが私に歌手になりたいという気持ちを起こさせた。」

・「What now my love」(「Et maintenant/そして今は」の英語ヴァージョン);Peter Cincotti

 

 
No.907  2011.12.18 

№907

ジルベール・ベコーGilbert Bécaud、没後10年(その1)  2011.12.18

ジルベール・ベコーGilbert Bécaudは2001年12月18日、肺癌のためパリ郊外のセーヌ川に係留してあった所有する川船で家族、友人に看取られながら死去、享年74歳。Bécaud、本名François Gilbert Sillyは1927年10月24日Toulon生まれのACI。彼の逸話には真偽の定かでないものが多い。彼をよく知る人たちは彼がインタヴユ―などで真偽を織り交ぜて語り自分でそれを楽しんでいたと証言している。確かなところによれば、9歳でNiceconservatoireピアノ科に入る。パリ解放と同時にパリに上り、着くやいなやピアニストとしての才能を発揮。歌手Jacques Pillsの知己を得てその伴奏者に。Pillsと結婚したEdith Piafに勧められて歌うようになる。Pierre DelanoëMaurice VidalinLouis Amade3人の優れた作詞家に詩の提供を受け、それに曲を付けて歌う歌手Bécaudの成功は電撃的であった。53年最初のレコーディングはMes mains/メ マン」と「Les croix/十字架」。55年2月初めてvedetteとして出演したOlympiaではBécaudの歌に熱狂した若い観衆によって劇場の椅子が次々と壊された。この出来事によりBécaudは「ムッシュ10万ボルト」と呼ばれるようになった。それ以降BécaudOlympiaのシンボル的存在。濃いブルーのスーツ、真っ白なYシャツに水玉模様のネクタイ姿のBecaudは1999年11月の最後の出演まで、都合33回この劇場のステージに立った。74年のLégion d’Honneur勲章の受章もこの劇場で行われ、97年には改装後の柿落としにも出演している。50年に及ぶキャリアで400曲以上を歌い、「Et maintenant/そして今は」、「Natalie/ナタリー」、「L’important,c’est la rose/バラは憧れ」、「Je reviens te chercher/君を迎えに」、「Je t’appartiens/神の思いのまま」などのヒットを持ち、その中には国際的にヒットした曲も多い。最盛期には年間250日に及ぶ公演を国内外で行い、TrenetAznavourと並ぶシャンソンフランセーズの親善大使であった。ステージでは不入りを経験したことはないBécaudだが活動舞台を映画やミュージカルに広げようと言う試みは必ずしも成功せず、余技の域を出なかった。生前最後のアルバムは99年にリルースされた「Faut faire avec/一緒にやらなければ」、最後のコンサートは2000年7月15日スイスFribourgで行われたもの。葬儀は12月21日パリのMadeleine寺院で行われ、遺体はOlympiaの前を通ってPère Lachaise墓地に運ばれ、埋葬された。

 

 
No.906 2011.12.14   

№906

ヴァンサン・ドレルムVincent Delerm、音楽スペクタクル「Memory」出演 2011.12.14

ヴァンサン・ドレルムVincent Delermが12月6日から30日まで(日・月を除く)音楽スペクタクル「Memory」をThéâtre des Bouffes du Nord37,bis bd de la Chapelle 10e)で上演している。

Delermは19768年北フランスEureEvreux生まれのACI、父は詩人Philippe Delerm(「La première gorgée de bière/ビールの最初の一口」)。演劇や映画に興味を持ち、Rouen大学で現代文学を学ぶ。98年2月同地で最初に歌う、99年パリに上りAu LimonaireThéâtre les Dechargeursなどで歌う。ラジオFrance Interに出演の際Thomas Fersenと知り合い、その推薦でTot ou tard社と契約。2002年のファーストアルバム「Vincent Delerm」で03年のVdM新人アルバム賞を受賞、Julien Clercの前座などで歌う。その後はスタートして国内ツアー。04年2枚目「Kensington Squar」、06年3枚目の「Les piqures d'araignée/蜘蛛の刺し傷」、07年3月Olympia出演、08年4枚目の「15chansons」。日々の何気ない生活を人名(「Fanny Ardant et moi/ファニー・アルダンと僕」、「Deauville sans Trintignant/トランティニャンのいないドーヴィル」)や商品名を出して歌う。今回の音楽スペクタクル「Memory」は「6ヶ月掛けて曲を作り、3ヶ月掛けて録音し、アルバムを出し、その後ツアーというような決まり切ったリズムに飽き飽きした」Delermが脚本と劇中歌われる新作8曲の作詞作曲を行い、主人公Simonを演じる登場人物一人の音楽スペクタクル。演出にはMacha Makeieffが手を貸し、多楽器演奏者のNicolas Mathuriau が伴奏、Nicolas Maisonneuveの照明。Simonは、時代について、人が事物に厭きる理由について、流行について、時代遅れについて疑問を投げかける人物。スペクタクルはWoody Allenの声で幕が開く、そのフランス語訳は劇場の壁に映される。劇中ラジオから流れてくる「Il est trop tard/時は過ぎてゆく」(Moustaki)、「Mon enfance/子供時代」(Barbara)、「Avec le temps/時の流れに」(Ferré)、ヴィデオ映像で流れる浜辺のヴァカンス、Buster Keatonの映画などによりSimonは自分の過去を探す。そして「過去は大きな事件の連続ではなく、多くの場合些細なことからできあがっているのだ。」このスペクタクルは今後フランス国内を回る。

 

No.906 2011.12.13  

№906

ベナバールBénabar、新しいアルバム       2011.12.13

ベナバールBenabarの新しいアルバムは12月5日にリリースされた「Les bénéfices du doute/疑念の利点」。

Bénabar、本名Bruno Nicoliniは1969年パリ近郊生まれのACIで俳優。最初は映画に興味を持ち、3本の短編を作り、またTVドラマの脚本家として活動。シャンソンの道に入ったのは25歳と遅い。作詞、作曲は独学。ベナバール芸名は道化師Barnabeのヴェルラン(逆さ言葉)。仲間たちとのグループ活動、その後ソロに、2001年9月最初のアルバム「Bénabar」を。アルバムに収められている「Bon anniversaire/誕生日おめでとう」を聞いたHenri Salvadorは2001年のリサイタルはBénabarを第1部の歌手として招いた。この2人の歌手の間にはユーモアと陽気さという共通点がある。03年の「Les risques du métier/職業上のリスク」により04年VdMでアルバム賞。05年の「Reprise des négociations/交渉再開」はダイアモンドデイスクで、07年のVdMでは男性歌手賞、シャンソン賞(「Le dîner/夕食」で)。08年のアルバム「Infréquentable/付きあってはいけない人」も50万枚売り上げる好評。また俳優としてTVドラマ、劇場劇に出演している。今回のアルバムのタイトルを「Les bénéfices du doute」としたのは「今まで曲を書いているときいつも、どう受け入れられるか不安に感じていた。しかし今回は、そんな不毛な疑問は持たず、疑念は進歩のための第一歩だと考えた。」歌詞にユーモアと社会批判が込められていることは最初のアルバムから一貫している。収められている13曲は:「Politiquement correct/政治的には正しい」(・・僕は両親が、家族が好き。戦争や貧困を憎む。僕は人種差別をしない、財産は持っていない、死刑がなくなったことを残念には思わない、女性を蔑視することはない、ゴミはチャント分別する、モスク建設にも反対しない、同性愛が異常だとは思わない、メディアや経済界にユダヤ人が多いとも思わない、若者にはドラッグを止めさせる。すべての人に敬意を払うべき、それを自分の子供に教える・・君はいう、それは政治的には正しいと、そう言う君にはうんざりだ・・「世界には人種差別に、反ユダヤ主義に、同性愛に対する反感に悩まされている人々がいる、私はこのシャンソンを作ったことに誇りを感じている。」先行シングルカットされ、Saint-Malo海岸、ToulouseCap広場、Strasbourgの教会前などで撮影されたクリップを視聴できる)、「Les rateaux/熊手」、「L’agneaux/子羊」、「La phrase qu’on a pas dite/言わなかった言葉」、「Perdre la raison/理性を失う」、「Quelle histoire/何とひどい話」など。2012年1月16日からツアーを開始、3月22~24日パリZenith(料金25~48ユーロ)。Bénabarのコンサートの入場料はCaliと並んで最も低価と言われている。

 No.905
 2011.12.10
 

№905

ローラン・ヴルジーLaurent Voulzy、新しいアルバムリリース       2011.12.10

ローラン・ヴルジーLaurent Voulzyの新しいアルバムは11月28日リリースの「Lys and Love」。

Voulzyは1948年パリ生まれのACI、両親はグアドループ出身。学生時代からバンドを。ギターを手にしてからは作曲家としての才能が芽生えた。73年からAlain Souchonとコンビを組み数々のヒット曲を出す。77年「Rockollection」は60年代のヒット曲9曲の抜粋を巧みに盛り込んだもので600万枚以上の売り上げといわれる。85年の「Belle-Ile-en-Mer/ベリル=アン=メール」は87年VdMでシャンソン賞、2000年のVdMでは80年代のフランス語で歌われた最も美しいシャンソンに選ばれた。

定期的にアルバムを出すことはないVoulzy、「Lys and Love」は、新曲を集めたアルバムとしては「Avril/4月」以来10年ぶり。今回のアルバムのインスピレーションの源は、「フランス・現に僕が生活している地、イギリス・家族が生活している地、それに愛と中世。9歳の時母が城塞の模型をくれた。小遣いが貯まると兵士の人形を買って城塞の中に置いた。母はまた7巻の歴史書を買ってくれた。歴史、特に中世の歴史に興味を持った。15、6歳で古いフランス語で書かれた詩を、意味はわからなかったが、音楽を聞くように読んだ。今も夜一人の時はレネッサンスや中世音楽を聞いている。」アルバムの中のいくつかの曲は詩人Charles d’Orleans(1394-1465)の詩からインスピレーションを得ている。この詩人は100年戦争の際Azincourtの闘いの後25年間イギリスの監獄で過ごした。「彼の詩のタイトルに中に『En regardant vers le pays de France/フランスの方向を見つめながら』を見つけた。それを1曲のタイトルにした。『Ma seule amour/我が唯一の愛』はこの詩人の詩に曲を付けた。コーラス部分はVincennes城で録音したNolwenn Leroyの声も入れた、彼女のケルト的な声が必要だった。」

12曲収められていて他には:「Jeanne」(Alain Souchonの詩、「曲が出来ていて、詩を探していた。ある日うたた寝をしていて突然『Jeanne』と言う名で目が覚めそれを詩の最初の語にした。それがJeanne d’Arcを指す訳ではないが。」)、「Glastonbury」(英語で歌われている、「アーサー王伝説の地、王が葬られている地、馬や兵士や闘いの音が聞こえる。この曲は静けさの曲。静かだから、聞こえない音が聞こえてくる。」)、「Le ciel et la terre/天と地」(大部分はインストロメンタル、歌は2行)、「La 9ème Crosade/第9回十字軍」(演奏時間14分、「十字軍は8回までしかない。9回目は東西の和解になるはずだった。アラビア語で歌われている部分は10世紀のアラブの詩人の詩から取った。その中で詩人は『愛はすべてに優る』と語っている。」)など。録音はロンドン、Abbey Roadのスタジオで行われた。「その2号室で。ピアノに座ったらそれはPaul McCartneyが『Fool on the hill』を演奏したピアノだったし、もう一つは『Lady Madonna』を弾いたものだった。夢のようだった。」

 

 No.904  2011.12.10  

№904

ローラン・ヴルジーLaurent Voulzy、新しいアルバムリリース       2011.12.10

ローラン・ヴルジーLaurent Voulzyの新しいアルバムは11月28日リリースの「Lys and Love」。

Voulzyは1948年パリ生まれのACI、両親はグアドループ出身。学生時代からバンドを。ギターを手にしてからは作曲家としての才能が芽生えた。73年からAlain Souchonとコンビを組み数々のヒット曲を出す。77年「Rockollection」は60年代のヒット曲9曲の抜粋を巧みに盛り込んだもので600万枚以上の売り上げといわれる。85年の「Belle-Ile-en-Mer/ベリル=アン=メール」は87年VdMでシャンソン賞、2000年のVdMでは80年代のフランス語で歌われた最も美しいシャンソンに選ばれた。

定期的にアルバムを出すことはないVoulzy、「Lys and Love」は、新曲を集めたアルバムとしては「Avril/4月」以来10年ぶり。今回のアルバムのインスピレーションの源は、「フランス・現に僕が生活している地、イギリス・家族が生活している地、それに愛と中世。9歳の時母が城塞の模型をくれた。小遣いが貯まると兵士の人形を買って城塞の中に置いた。母はまた7巻の歴史書を買ってくれた。歴史、特に中世の歴史に興味を持った。15、6歳で古いフランス語で書かれた詩を、意味はわからなかったが、音楽を聞くように読んだ。今も夜一人の時はレネッサンスや中世音楽を聞いている。」アルバムの中のいくつかの曲は詩人Charles d’Orleans(1394-1465)の詩からインスピレーションを得ている。この詩人は100年戦争の際Azincourtの闘いの後25年間イギリスの監獄で過ごした。「彼の詩のタイトルに中に『En regardant vers le pays de France/フランスの方向を見つめながら』を見つけた。それを1曲のタイトルにした。『Ma seule amour/我が唯一の愛』はこの詩人の詩に曲を付けた。コーラス部分はVincennes城で録音したNolwenn Leroyの声も入れた、彼女のケルト的な声が必要だった。」

12曲収められていて他には:「Jeanne」(Alain Souchonの詩、「曲が出来ていて、詩を探していた。ある日うたた寝をしていて突然『Jeanne』と言う名で目が覚めそれを詩の最初の語にした。それがJeanne d’Arcを指す訳ではないが。」)、「Glastonbury」(英語で歌われている、「アーサー王伝説の地、王が葬られている地、馬や兵士や闘いの音が聞こえる。この曲は静けさの曲。静かだから、聞こえない音が聞こえてくる。」)、「Le ciel et la terre/天と地」(大部分はインストロメンタル、歌は2行)、「La 9ème Crosade/第9回十字軍」(演奏時間14分、「十字軍は8回までしかない。9回目は東西の和解になるはずだった。アラビア語で歌われている部分は10世紀のアラブの詩人の詩から取った。その中で詩人は『愛はすべてに優る』と語っている。」)など。録音はロンドン、Abbey Roadのスタジオで行われた。「その2号室で。ピアノに座ったらそれはPaul McCartneyが『Fool on the hill』を演奏したピアノだったし、もう一つは『Lady Madonna』を弾いたものだった。夢のようだった。」

 

 No.903 2011. 12.9

№903

アメル・ベントAmel Bent、新しいアルバムリリース    2011.12.9

アメル・ベントAmel Bentの新しいアルバムは11月28日リリースの「Délit mineur/マイナーな犯罪」。

 Bent は1985年パリ近郊生まれの歌手。父はアルジェリア人、母はモロッコ人。04年のTVM6のスター誕生番組「Nouvelle Star/新しいスター」に出演し3位。しかし一般視聴者の人気は抜群。04年暮れにはアルバム「Un jour d'été/ある夏の日」を出す。それからシングルカットされた「Ma philosophie/私の哲学」6週間チャートのトップになり、アルバムは65万枚以上売り上げ、06年のVdMで新人歌手賞。07年にはPascal ObispoCharles Aznavour(「Je reste seule/私は一人のまま」を作詞作曲)、Diam'sの協力を得てアルバム「A 20 ans/20歳で」を、09年3枚目のアルバム「Où je vais?/私はどこへ行くのか?」を出し、10年5月Olympiaに初出演している。4枚目のアルバム「Délit mineur」には12曲収められている。最初の曲は「Délit/軽罪」、「Je reste/私はとどまる」(ポップ・ロックグループKyoのリーダーだったBenoït Poherに提供され、先行シングルカットされている・・私は巣からあなたの腕の中に落ちた、あなたは約束し、何度も誓った。でもそれが徐々に確かなものではなくなってきた、指輪があなたの指から滑り落ちたとき。私はあなたの縁に、あなたは私の縁にとどまっている・・)、「Les chansons tristes/悲しいシャンソン」、「Si j’en crois/私がそれを信じれば」(Jean-Jacques Goldmanに提供された「今年の初めMontpellierでのLes Enfoirés公演の際に依頼した。彼の曲を歌えるなんてすごいこと、猛烈なプレッシャーを感じた。何度も歌った。収められているのは最初に歌ったときとは大分違うものになったと思う。」)、「Tu fermes les yeux/あなたは目を閉じる」(妹のMelissa Moonとのデュ「彼女の方が私より上手。」)、「Je me l’enterdis/私は自分にそれを禁じる」、最後の曲は「Mineur/マイナーな」(Maxime Le Forestierに提供された。「これもLes Enfoirésの際に依頼した。考えておくとのことだったが、3ヶ月後に完成した曲が届いた。とても嬉しかった。」)など

 

 
 No.902 2011.12.8   

№902

Chantal Goyaシャンタル・ゴヤ、「Les années bonheur」に出演  2011.12.8

Chantal Goyaシャンタル・ゴヤがTVMONDEJaponで12月4日放送の「Les années onheur/なつかしき良き時代」に出演。Goyaは1942年 ヴトナムの旧サイゴン生まれの女性歌手、俳優。父はフランス人、母はカンボジァ人。60年代ソルボンヌ大学在学中にファッションモデルに。映画「Charade/シャレード」には端役で出演している。1963年ACIJean-Jacques Debout(「Les boutons dorés/金色のボタン」などのヒットを持ち、Sylvie Vartanに「Comme un garçon/男の子のように」を提供)と知り合い(66年に結婚)、その協力により64年アイドル歌手としてデビュー。「C'est bien Bérnard /ベルナールは人気者」、「Une écharpe,une rose/乙女の涙」、「A la sortie de ma classe/恋する放課後」、「Si tu gagnes au Flipper /恋のピンボール」などが日本でもヒットし、France Gall Vartanと並ぶ人気に。65年Jean-Luc Godard監督の映画「Masculin,féminin/男性・女性」の主人公Madeleine Zimmer役で出演「 D'abord dis-moi ton nom/名前を教えて」などを歌っている。70年代末Debout製作の子供向けのミュージカル「Le mystérieux voyage de Marie-Rose/マリー・ローズの不思議な旅」に出演、子供や親たちの圧倒的な支持を得た。その後は子供向けミュージカルを中心に活動、Marie-Roseシリーズは現在も上演されている。ミュージカルを含めてPalais des Congrèsに最も多く出演しているアーティストと言われている。番組では現在フランス国内各地で上演中のミュージカルでロシアの森が舞台の「L’étrange histoire du chateau hanté/幽霊城の奇妙な物語」の中から「A Livanoff/リヴァノフで」を、例によってMarie-Rose役のGoyaがミュージカルに登場する縫いぐるみなどと一緒に歌い踊った。

 

No.901  2011.12.6 

№901

クリストフ・ヴィレムChristophe Willem、新しいアルバムリリース    2011.12.6

クリストフ・ヴィレムChristophe Willemが11月21日新しいアルバム「Prismophonic/音のプリズム」はその週のアルバムチャート4位。Willemは1983年パリ北の郊外生まれのACI。2006年TVM6のスター誕生番組「Nouvelle Star/新しいスター」で優勝。その容姿から「tortue/亀」と渾名が付けられたが、その後の足取りは脱兎のような速さ。07年に出したファーストアルバム「Inventaire/財産目録」は100万枚近く売上げ、その中の「Double je/二重の僕」(Zazieに提供された)は08年VdMでオリジナルシャンソン賞を受賞。09年のセカンドアルバム「Caféine/カフェイン」も50万枚近くの売上げ。今回の3枚目のアルバムはこの年末最も待たれたものだとの記事も。「僕はマンネリを避けるためアルバムのスタイルを変えている、このアルバムではダンス向きのエレクトロニックの音を中心にしたものとピアノ一本のバラードと2つのタイプの曲を収めた。僕の曲は付いていくのに難しい、歌いにくいと言われているので、もっと軽く、歌いやすく仕上げた。」歌詞は多くがZahoに提供されたもの。Zaho(1980-)はアルジェリア出身の女性R&BHip-HopACI、このアルバムでは「Indélébile/消去不可能な」をデュオで歌っている。「『Caféine』では愛の始めから終わりまで、誘惑、疑惑、別れがテーマだったが『Prismophonic』では愛の後がテーマ。」収められている12曲は:「Starlite/星明かり」(Chaka Khanの83年の「Ain’t Nobody」の翻案)、「Cool/クールに」・・僕のストレスは極相に達した、担当の精神科医は匙を投げた、僕は体を科学のために捧げよう。僕は仮面を剥ごう、君はその後ろに隠れている、君と僕の肌は、一つになって僕の熱を冷ます、crazycrazy in love、僕はクールでいなければ・・「L’amour me gagne/恋は僕を捉える」、「Si mes larmes tombent/僕の涙が落ちたら」「Indélébile/消去できない」(Zahoとのデュオ)、「Ennemis in love」、「Pas si loin/そんなに遠くない」「Je rejoins la scène/僕は舞台に戻る」、「Le temps qu’il reste/残された時間」など。

 

 
No.900  2011.12.4  

№900

ミシェル・ルグランMichel Legrand、クリスマスソングのアルバム     2011.12.4

ミシェル・ルグランMichel Legrandがアレンジしたクリスマスソングを、Legrand指揮のビッグバンドの伴奏によりフランス内外の歌手が歌ったアルバム「NoëlNoël!!Noël!!!/クリスマス!クリスマス!!クリスマス!!!」が11月21日リリースされた。アルバムに参加した歌手及び歌っている曲は、フランス語で歌われているもの:カルラ・ブルーニCarla BruniJolis sapins/綺麗な樅の木」(原曲、1975年Michel Fugain)、ミーカMikaVive le vent/ジングルベル」、クール ド ピラトCœur de PirateNoël Blanc/ホワイトクリスマス」、ルナン・リュスRenan LuceLe Père Noël et petite fille/サンタクロースと少女」(原曲、1960年Georges Brassens)、エムM.「Douce nuit/清しこの夜」、オリヴィア・ルイズOlivia LuizLe Noël de la rue/通りのクリスマス」(原曲、1961年Edith Piaf )、全員「Noël d’espoir/希望のクリスマス」。他に:Iggy PopThe Little Drummer Boy」、Emilie SimonSanta Baby」、AyoSanta Claus is Coming To Town」、Jamaie CullumLet It Snow」、Madeleine PeyrouxHave Yourself A Merr Little Christmas.の12曲。

 No.899  2011.2.2

№899

リーヌ・ルノーLine RenaudOlympiaライヴアルバムリリース  2011.12.2

リーヌ・ルノーLine RenaudNos.471、514)のOlympiaライヴアルバム「Un soir de mai à l’Olympia/5月の一夜、オランピアで」が11月28日リリースされた。Renaudは1928年生まれの歌手、女優。10年11月当代を代表するACIらの協力を得て31年ぶりにアルバム「Rue Washington」(№581)をリリース。また、32年振りというコンサートは11年5月24、25日パリOlympiaで、この劇場は初出場。今回のアルバムはこのコンサート模様で、次の曲が収められている。

リンク映像1:「Rue Washington」からMichel Delpechに提供された「Les torrents d‘amour/愛の奔流」をNolwenn Leroyとのデュオで。歌い終わった後、会場にいたDelpechを紹介

・リンク映像2:自身のヒット曲のメドレー、「Ma petite folie/私のかわいいおばかさん」→「Le chien dans le vitrine/ワン ワン ワルツ」(MCで観客に犬の鳴き声を依頼、会場の様子が写った際Nana MouskouriGrand Corps MaladeDidier Barbelivienとおぼしき観客の顔が見える)→「La Madelon/ラ マドロン」→「Mademoiselle from Armentières/アルマンティエールから来たお嬢さん」(Renaudのニックネーム)

・リンク映像3:「Rue Washington」からJean-Loup Dabadie作詞、Julien Clerc作曲の「La mémoire dévêtue/むき出しの思い出」をClercのピアノ伴奏でデュオ。終わった後のMCで;ClercLine素晴らしい!こんなに長い曲では記憶力が必要。」Renaud「あそこにも、ここにも歌詞を書いたモニターが置いてある。いらないと思ったけど、最近では皆やっていると言うことなのでOKした。でも白状すると、問題はそれを読むのには眼鏡が必要なこと」

・リンク映像4:「Rue Washington」からChristophe Maéに提供された「Dans ma tête/私の頭の中で」をMaéとのデュオで。

他に「Rue Washington」からは「Mes amis sont mes amours/私の友人は私の恋人」、「je t’ai suivije te suivrai/私はあなたに付いてきた、これからもついて行く」を歌い、Jacques Brelの「Le plat pay/平野の国」をカバーし、自身のヒット曲からは「Lou Lou/ルールー」、「Les plus jolies choses de la vie/人生で最も素晴らしいこと」、「Le bal aux Baléares/バレアルの舞踏会」 「Etoile des neiges/雪の星」、「Le soir/夕暮れ」、「Les enchaînés/アンチェインド メロディー」、「Mister Banjo/ミスター バンジョー」、「Relax-ay-voo(Relaxez-vous)/リラックスして」などを歌った。そして;

リンク映像5:最後の曲「Ma cabane au Canada/カナダの私の小屋」。

 

 
 No.898 2011.12.1   

№898

クール ド ピラトCœur de Pirate、セカンドアルバムリリース       2011.12.1

クール ド ピラトCœur de Pirateがセカンドアルバム「Blonde/ブロンドの女性;(ケベックでは)女性の友だち、恋人」をフランスで11月14日リリース。その週のアルバムチャート6位に。

Cœur de Pirate(№588)、本名Béatrice Martinは1989年ケベック生まれの女性ACI。フランスで50万枚以上売り上げたと言われる09年のファーストアルバム「Cœur de Pirate」(フランスヴァージョン)に収められていた「Comme des enfants/子供のように」は2010年のVdMで視聴者が選ぶオリジナルシャンソン賞を受賞している。そして長期に亘るツアーを行い、その後、彼女自身が「ツアー後の落ち込み状態」と呼ぶ時期を過ごし、11年1月にスタジオ入り、「その際自分に言い聞かせた。私の悩みを聞いてくれる人たちがいるんだ、みんなにそれを語ろう。」というわけで今回のアルバムに収められている曲も例によって二人の間の愛が生まれ、ひびが入り、消えるまでの自伝的な物語。そして音楽的には「私はクラシックで、ポップスで、時間を超えた音が欲しかった。60年代に活躍したフランスの女性歌手[Françoise HardySylvie Vartan]やPhil SpectorNancy Sinatraのような。これらの女性歌手は、比較的悲しいテーマを反語的に、楽しげな様子で歌っている。」

収められているのは:「Lève les voiles/帆をあげよ」、「Adieu/さようなら」(・・でもさよならを言うのは明日にして、さようならは道を歩きながら言って、私はあなたを愛していた、でも解る、終わりなんだと・・)、「Danse et danse/踊れそして踊れ」、「Golden Baby」、「Ava/アヴァ」、「Loin d’ici/ここから遠く」、「Les amours dévouées/献身的な愛」、「Place de la République/レビュブリック広場」、「Cap Diamant/ダイアモンド岬」、「Verseau/水瓶座」、「Saint-Laurent/サン=ローラン」、「La petite mort/小さな死」の12曲。コレクターエディションにはボーナスで「Hôtel amour/愛情ホテル」、「Prince Arthur/アルテュール王子」が付いている。
 No.897 2011.11.30 

№897

アラン・スーションAlain Souchon、新しいアルバムリリース    2011.11.30

アラン・スーションAlain Souchonが11月21日新しいアルバム「A cause d’elles/それらによって」をリリース。

Souchonは1944年モロッコのカサブランカの生まれ、ACI。6か月後に一家はパリへ。60年代後半からrive gaucheのキャバレやバーで歌う。74年作曲をするLaurent Voulzyと出会い、74年の「J'ai dix ans/僕は10歳」、77年の「Allo Maman bobo/お母さん、辛いよー」はこのコンビの代表する曲となった。93年Souchon自身が作詞作曲した「Foule sentimentale/センテイメンタルな大衆」(№808)は94年のVdMで最優秀曲に選ばれた。この曲は、2005年のVdMでは過去20年の最も優れたシャンソンに選ばれ、シャンソンフランセーズを代表する曲になった。 今回のアルバムは「小児癌の治療に当たっている医師たちの団体を支援するためのもの。子供の頃に母が歌ってくれたシャンソンを中心にした。母は物語のあるシャンソンを歌ってくれた。それは多くの場合悲しいものだった。私はそんな曲が好きだった。感動したし、感動することが好きだった。それが私に歌いたいという気持ちにさせたのだろう。私の人生は『それらによって』形作られたと思う。収められている曲は必ずしもよく知られた曲ばかりではないが、私にとってはスタンダード。Jean-Jacques Sempéはアルバムのために素晴らしい絵を描いてくれた。Sempéは子供の心の中に何があるか知っている。」収められているのは「Le jour et la nuit/昼と夜」(Souchon作詞、次男のPierre作曲の新曲、「学校には行かなければならない。貧乏から抜け出す道を教えてくれるのは学校だけだから。でも起きたくないときに起きなきゃならないし、やりたくないことをやらなければならないし。それでも夜には誰でもSteven Spielberg、何でも好きなことが出来る。昼間の現実の世界とは違い、夜の夢の世界がある」、「La mort de l’ours/熊の死」(Félix Leclercの曲)、「L’hirondelle/ツバメ」(フランス革命当時の曲)、「Simone/シモヌ」(ケベックに古くからある曲)、「Memphis Tennesse/メンフィス テネシー」(Chuck Berryの曲でPierre Barouhによるフランス語の詩)、「Les crapauds/ヒキガエル」(ボーイスカートの曲、ボーイスカートが好き、厳しい規律、共同生活、野外での生活が」、「En sortant de l’école/学校の帰りに」(Prévertの詩、Kosmaの曲、「6歳の頃学校帰りには女中が迎えに来てくれた。恥ずかしくて彼女からは離れて歩いた」)、「Le petit Grégoire/幼いグレゴワール」(Théodore Bortelの曲でBretagneではよく知られている曲)、「Les enfants sages/大人しい子供たち」(Guy Béartの曲、「7歳頃までは良い子で、成績も上位だった。それ以降は全くダメ」)、「J’ai dix ans」(「10歳頃、学校は退屈なものだった。数学や外国語などには集中できなかった。でも国語は好きだった」)など

 
No.896  2011.11.29   

№896

シルヴィー・ヴァルタンSylvie VartanSalle Pleyelコンサート    2011.11.29

シルヴィー・ヴァルタンSylvie Vartan(№854)がデビュー50周年を記念するコンサートを11月23日クラシックの殿堂パリSalle Pleyel(252,rue du Faubourg Saint-Honoré 8区)で行った。バックをつとめたのはソフィア交響楽団、2人のギタリスト、ドラムス、3人のコーラス。2000人の観客を前に2部構成3時間のリサイタル。最初の曲は「La plus belle pour aller danser/アイドルを探せ」、その後「Qu’est-ce qui fait pleurer les blondes?/そよ風のブロンド」、「Bye bye Lory Brown」、「La Maritza/思い出のマリッツア」、「Drôle de fin/おかしな最後」、「L’amour c’est comme une cigalette/愛はジタンの香」、デビュー曲「Panne d’essence/ガス欠」、イェイェ時代の「Locomotin/ロコモーション」や「Si je chante/恋のショック」なども歌われた。また「Mon enfance/子供時代」(Barbara)、「Quand on n’a que l’amour/愛しかないとき」(Jacques Brel)も。そして、舞台を去る前には「My Way」の演奏をバックに「何よりも、私の人生を選んだのは私自身。」客席には養女DarinaJohnny Hallydayとの間の子供David Hallyday、歌手Etienne Daho、ファッションデザイナーPierre Cardin 写真家Jean-Marie Périer、作詞家Jacques Revaux、歌手Jean-Jacques Debout、作曲家Jean Renard、フランス、ブルガリア両国文化大臣などの顔が見られた。コンサート終了後ブルガリア文化大臣から、同国の最高勲章を授与された。またレコード会社Sony RCAからは特別トロフィが、デビューから今日まで5億枚のレコードを売り上げたと言うことで。計算すると年間平均100万枚、正に「Chapeau!/脱帽」。コンサートの模様を収録した2枚組CD12月16日にはリリースの予定。

 

No.895  2011.11.28 

№895

レ ザンフォワレLes Enfoirés、新しいクリップ         2011.11.28

レ ザンフォワレLes EnfoirésNos.650、688)が10月にリリースしたシングルCDUn jour de plus au paradis/もう1日パラダイスに」のクルップを視聴できる。この曲は今年の公演でフィナーレに全員が歌ったもの、CDはスタジオで録音されている。原曲は1989年のPhil Collinsのヒット「Another Day In Paradise」。クリップの中で、ソロで歌っているのは順番に:ZazieLââmNolwenn LeroyLiane Foly。・・今日もう一日だけ、あなた方と私たちパラダイスに、今日もう一日だけ、あなた方と私たちはパラダイスに、もう一日だけ・・あの高みには、私たちの祈りへの回答があるのだろうか、神様、我々は何をすべきなのか教えて下さい・・

 
No.894  2011.11.27   

№894

デーヴDave、ベストアルバムリリース                 2011.11.27

デーヴDave(1944-№794)が11月21日ベストアルバム「Blue-Eyed Soul!」をリリース、サブタイトルに「The best-of Soul ersion」とあるように過去のヒット曲を、Guillaume PonceletBen l’Oncle Soulを世に出した)の協力を得て、ソール、あるいはR&Bで歌い直した11曲が収められている。そのうち3曲はサプライズデュオ。

収められているのは:「Vanina」(74年、Del Shannonの「Runaway」のPatrick Loiseauによるフランス語ヴァージョン、シングルが100万枚以上売り上げたと言われる最初のヒット)、「Trop beau/美しすぎる」(74年Rubettesの「Sugar Baby Love」)、「Du côté de chez Swann/スワン家の方へ」(75年、Daniel Auteuilとのデュオ、AuteuilDaveのデビューである1971年ミュージカル「Godspell」に共に出演してから「40年来の友人、歌詞の一部を語ってくれた。DalidaとのデュオのAlain Delonのように・・人は忘れてしまう、しかしある日突然思い出す、それには一つの香で十分・・」)、「Dansez maintenant/今こそ踊れ」(75年)、「Est-ce par hazard?/それは偶然なのか?」(77年、Sylvie Vartanとのデュオ、ジャズのスタンダードでRay CharlesElla Fitzgeraldらが歌っている「Let’s fall in love」(1934年)のLoiseauによるフランス語ヴァージョン)、「Lettre à Hélène/エレーヌへの手紙」(78年)、「Mon cœurr est malade/僕の心は病んでいる」(75年)、「Il n’y a pas de honte à être heureux/幸福は恥ではない」(75年、Françoise Hardyとのデュオ、「この曲は大ヒットではなかったが、大好きなAlbert Cihenの小説『Belle du Seigneur』からのもので、Françoiseと歌えたことは大きな喜び」)など。そして「この新しいヴァージョンにより私は自分の子供に新しい洋服を着せたような気分。」

Daveは6月に心臓疾パイパス手術を受けたが、「町を歩いているといろんな人に声を掛けられる。同様の手術を受けた人は親近感があるのだろう。シャツをめくって手術跡を見せてくれる人もいる。病院に最初に見舞いに来てくれたのはAdamoだった。彼は84年に同様の手術を受けている。その後30年元気に活躍している。手術の跡に痛みを感じることもあるが、それは大したことではないし、主治医もステージでMick Jaggerの真似をしなければ大丈夫だと言って太鼓判を押してくれた。」ことからツアーも考えているのだろうか。

 

No.893
 
 2011.11.26

№893

ナナ・ムスクーリNana Mouskouri、デュオアルバムリリース   2011.11.26

ナナ・ムスクーリNana Mouskouriが11月21日デュオアルバム「Nana & FriendsRendez-vous」をリリースした。Moukouriは1934年ギリシャ、クレタ島生まれの歌手。3歳で一家はアテネに。そこで12歳からピアノと和声を学ぶ。ジャズクラブなどで歌い、ギリシャの大作曲家のManos Hadjidakisに出会い曲の提供を受け、ギリシャ・ポピュラー音楽祭大賞、60年バルセローナ地中海歌謡祭最優秀賞。その後は世界中で活躍するように。61年フランスで「Retour à Napoli/ナポリに帰りて」、ドイツで「Weisse rosen aus Athen/アテネの白いバラ」を出し、62年アメリカで「The girl from Greece sings」を出す。67年vedetteとしてOlympia初出演。69年イギリスでリリースされた「Over and over」は102週間チャートイン。74年には来日している。94年ギリシャ選出のEU議員(右翼)、93年からユニセフ親善大使をつとめた。50年のキャリアで1500曲以上をフランス語、英語、ドイツ語、日本語など10か国以上で歌い、レコードの売上は3億枚以上、行ったコンサートは5000回以上と言われている。トレードマークは黒い四角な縁の眼鏡と真っ直ぐな黒い髪。64年からスイスに居住。2004年ステージからの引退を宣言、05~08年にかけて世界中の85都市を回る最後のワールドツアーを行い、08年7月24日のアテネ公演が最後のコンサート。

今回のアルバムに収められているのは、彼女の比較的初期のヒット曲を、彼女が出会った歌手などとのデュオで歌っている14曲:「Pauvre Rutebeuf/哀れなリュトブーフ」(Alain Delon)、「Here's to You (Joan Baez)、「Adieu Angelina/おやすみ、アンジェリナ」 (Roch Voisine)、「Tous les arbres sont en fleur/すべての木々が花盛り」 (長女で歌手のLenou)、「Le temps des cerises/桜んぼの実る頃」 (Dave)、「Guantanamera (Francis Cabrel)、「Quand tu chantes/あなたが歌うとき」 (ブラジルのサンバ歌手Martinho Da Vila)、「Suzanne (Graeme Allwright)、「La Vie, l’Amour, la Mort/人生、愛、死」 (Lara Fabian)、「Aux marches du palais/お城の階段で」 (Serge Lama)、「Le ciel est noir/激しい雨が降る」 (Garou)、「C’est bon la vie/人生は楽しい」 (Alain Souchon)、「Je chante avec toi Liberté /自由よ、私はお前と歌う」(Herbert Léonard)、「Grande Grande Grande (Julio Iglesias)。そしてアルバムの最後の曲は彼女のソロによる「Plaisir d’amour/愛の歓び」(「この曲はCharles Aznavourと歌うことになっていたが、彼がコンサートで多忙のため録音できなかった。再版の際にはデュオで入れる。」)

 

 
 No.892  2011.11.25  

№892

シメーヌ・バディChimene Badi、新しいアルバムリリース  2011.11.25   

11月21日、シメーヌ・バディChimene Badiの新しいアルバム「Gospel&Soul」がリリースされた。

Badi1982年パリ郊外Melunムランの生まれの歌手。両親はアルジェリア出身、子供時代をLot-et-Garonne県で過ごす。子供の頃から歌手になる夢を持って、2002年TVM6のスター誕生番組「Popstars」に出演。優勝はしなかったがレコード会社AZの目に止まり、プロデユーサーRick AlisonLara Fabianらのプロデューサー)を紹介され、03年3月アルバム「Entre nous/私たちの間で」を出す。アルバムに先立ったングルの「Entre nous」は3週間後にはチャート1位。フランス、ベルギー、スイスで100万枚以上売り上げた。アルバムも60万枚以上売り上げのヒットに。03年にはJohnny Hallydayの60歳記念ツアーに出演「Je te promets/君に誓う」をデュオで歌い更に人気が。04年12月アルバム「Dis-moi que tu m'aimes/私を愛していると言って」(120万枚)。05年オランピアに出演。07年アルバム「Le miroir/鏡」。2010年3月「Laisse-les dire/彼らに言わせておけ」。今回のアルバムにはカバー14曲が収められている。編曲と監督はRégis CeccaelliAlain Souchon,Patrick Bruelなどを担当)。「14曲いずれの曲も私にとっては意味のある曲、小さな頃から父の影響で良く知っている曲、私はこれらの曲と共に成長した。だからカバーと言っても、それらを歌えるのは私にとっては喜び。」ということで彼女のために作られた曲ではないが、多分に自画像的。彼女が情熱を感じるアメリカ音楽とシャンソンフランセーズの財産とも言える曲との結合。収められているのはアメリカ宗教音楽のクラシックの「Jushua fit the battle of Jerico」、「Down by the riverside」、「Amazing grace」、ソールのスタンダードの「For once in my life」(Stevie Wonder)、「Ain’t no mountain high enough」(Marvin GayeBilly Paulとデュオ)、あるいは「Mercedes bentz」(Janis Joplin)。ゴスペル、あるいはソール調にアレンジされたシャンソンでは「Le blues/ブルース」(Florent Pagny)、Parlez-moi de lui/彼のことを話して」(Nicole Croisille、「Quand je pense à ça/あのことを思うと」(Joséphine Baker)、「Ma liberté/私の自由」(Georges Moustaki)など。


Nicole Croisille自身による「Parlez-moi de lui」はこちら

 

No.891  2011.11.24   

№891

クロード・バルゾッティClaude Barzotti、新しいアルバムリリース   2011.11.24

クロード・バルゾッティClaude Barzottiの新しいアルバムは11月7日リリースの「Une autre vie/もう一つの人生」。1980年代に大活躍したBarzottiは1953年ベルギー、Chatelineauでイタリアからの移民の家庭に生まれたACI。2歳からイタリアで育ち18歳でベルギーに戻った。グループで歌った後ソロに。81年「Madame」がベルギーで好評だったことからフランスでもEPがリリースされ、売上げ40万枚以上のヒットに。その後も「Le Rital/(俗語で)イタリア人」(83年、EPは150万枚売れたと言われている・・小学校時代友だちは多くはなかった、僕はDupontと言う名前の方が良かったし、もっと明るい目、ブロンドの髪が欲しかった。そう、僕は外人、髪は真っ黒、イタリアの田舎から来た、僕にはそのアクセントがある。僕は骨の髄までイタリア人・・)、「Je ne t’écrirai plus/もう君には手紙を書かないだろう」(84年)、「Elle me tue/彼女は僕を殺す」(88年)、「Aime-moi/僕を愛して」(89年)がヒット。86年のケベック公演以降同地では絶大の人気を誇っていた。その後は人気が落ちたが、2000年代に入って80年代へのノスタルジーから再び人気が出、07年のラオスの少女を歌った「Jade」がTVTF1の夏のヒット曲に選ばれた。08年から「Age tendre et têtes de bois」に参加している。09年1月19、20日Olympiaで「Je reviens d’un voyage/僕は旅行から戻った」コンサートを行った。今回のアルバムには「C’est notre histoire/それは我々の物語」、「La maison est à vendre/家は売られる」、「Ma fille se marie/娘が結婚する」、「Une autre vie」、「Je reviens d’un voyage」、「L’amitié/友情」など14曲集録。

No.890  2011.11.23   

№890

ジュリアン・クレールJulien Clerc、新しいアルバムリリース            2011.11.23

ジュリアン・クレーJulien Clerc(1947-、№729)の新しい、22枚目のスタジオ録音アルバムは11月7日にリリースされた「Fou peut-être/常軌を逸した、おそらく」で、リリースの週にはアルバムチャートの2位。詩は常連のMaxime Le ForestierJean-Loup DabadieGérard MansetGérard Duguet-Grasserの他、今回初めて先輩のCharles Aznavour、若手のJulien DoréMike IbrahimAlex Beaupainに提供され、作曲はすべてClerc自身。プロデュースはCalogeroなども担当したPhilippe Uminsky。収められているのは:「Hôtel des Caravelles/カラヴェルホテル」(Duguet-Grasser、先行シングルカット)、「Le temps d’aimer/愛するとき」(Dabadie)、「La nuit c’est tous les jours/夜は毎日」(Beaupain)、「Les souvenirs/思い出」(Aznavour)、「Où est-elle/彼女は何処に」(Duguet-Grasser)、「Les jours entre les jours de pluie/雨の日々の間の日々」(Ibrahim)、「Fou,peut-être」(Le Forestier)、「Le père dit à son fils/父が息子に言う」(Manset)、「L’amour prend tout/愛はすべてを奪う」(Duguet-Grasser)、「La romance du petit cheval/子馬のロマンス」(Duguet-Grasser)、「Les dégâts/損害」(Doré)、「Sur la plage,un enfant/海辺で一人の子供が」(Manset)の12曲。他に3曲加え15曲収録のデラックス版がある。Clercは11月19日TVMONDEJaponで放送の「On n’est pas couché/まだ眠らない」に出演、次のように語っている。「作曲は40年使用しているピアノ[YAMAHA?]で行った。このピアノは何回もの転居の際も常に持って来た唯一の家具。Charlesに詩の提供を受けたが、彼の創造力の新鮮さは私が常に求めているもの。彼から届いた曲には4番まであって長かった。短くしたけれど、ショックかと尋ねたら、内容を変えなければ問題じゃない、好きな部分を取ってよいと言われた。この曲の録音の日Charlesは他のメンバー同様に10時半には我が家に来てくれた。彼はこのほかにもう1曲提供してくれた。それは次のアルバムのために取っておいた。Maximeには05年に離婚をテーマにした曲を依頼したら父の許、母の許で暮らす「Double enfance/2重の子供時代」を書いてくれた。今回は60歳を過ぎて父親になった男をテーマに書いてもらった[Clercには08年男児が誕生している]。そして・・おそらく常軌を逸しているかも知れないが、それを誇りに思う・・と書いてくれた。」

Clercは2012年1月6日から60日以上に及ぶツアーを行う。パリ登場は1月13~15日Palais des Congrès(すでに満員札止めの由)、5月31~6月6日Palais des Sports

 

 No.889  2011.11.22

イザベル・ブーレIsabelle Boulay、新しいアルバムリリース    2011.11.22

11月14日、イザベル・ブーレIsabelle Boulayの新しいアルバム「Les Grands Espaces/広い空間」がリリースされた。

Boulayは 1972年カナダ、ケベック州生まれの歌手、91年同州で最大の歌謡コンクールで優勝。95年から3年間ロックオペラ「Starmania/スタルマニア」に出演。96年ファーストアルバム「Fallait pas/してはいけなかった」をリリース。98年Luc Plamondon作詩、Richard Cocciante作曲による「Je t'oublierai/あなたを忘れるわ」が最初のヒット。00年にはvedetteとしてOlympia出演。00年のアルバム「Mieux qu'ici- bas/ここより素晴らしい」はフランス国内で100万枚以上売り上げたと言われ、これにより01年のVdMで新人賞と新人アルバム賞を受賞。
最近のアルバム、08年「Nos lendemains/私たちの明日」、09年「Chansons pour les mois d’hiver/冬の数ヶ月間のためのシャンソン」も好評であった。小柄で赤毛、切り札は力強い声。今回のアルバムでは編曲、音楽監督としてBenjamin Biolayの全面的な協力を得た。新曲6曲とカバー9曲を収録。「これらは私のルーツであり、子供時代に慣れ親しんだフォーク・カントリー調の曲とシャンソンフランセーズとの結合。カバーした曲でも、Biolayに原曲をあまり聞くなと言われ、創唱するような気持ちで録音した。」

15曲は:「Fin octobre,début novembre/10月の終わり、11月の初め」(「19歳でモントリオールへ出た。この町への愛をこめた曲」)、「Souffrir par toi n’est pas souffrir/君故の苦悩は苦悩じゃない」(Julien Clercのカバー「Etienne Roda-Gilのこの詩は愛の究極の形では」)、「Jolie Louise/美しいルイーズ」(Daniel Lanoisのカバー)、「All I want is love」(新曲、英語で歌っている。「私は基本的にはフランス語の歌手、英語で歌うことはもう一つの音楽性を探すこと。」)、「Voulez-vous l’amour/あなたは愛を望むか?」(新曲、Biolayの作詞作曲、「このアルバムを製作している当時Benjaminは多忙を極めていたから、彼に新曲を依頼する勇気はなかった。ある日彼が私にギターを貸してと言われた。姪が使っているピンクのギターしかなかった。彼はそれを持って帰り、翌日この曲のデモを持ってきてくれた。私がどんなに嬉しかったか!」)、「Summer win」(Lee HazlewoodNancy Sinatraのカバーで Biolayとのデュオ)、「Les drands espaces」、「Où va la chance/チャンスは何処へ行く」(Françoois Hardyのカバー)、「To Know Him is to Love Him」(Phil Spectorのカバー)、「Partir au loin/遠くへ旅立つ」(新曲)、「True Blue」(Dolly PartonのカバーParton とのデュオ)
At last」(Etta Lamesのカバーで多くの歌手が歌っている)など。
11月24日からツアー、Casino de Parisに12月1日から4日出演。

 
 No.888 2011.11.21 

№888

ルル・ゲンズブールLulu Gainsbourg、ファーストアルバムリリース 2011.11.21

ルル・ゲンズブールLulu Gainsbourgが11月14日アルバム「From Gainsbourg to Lulu」をリリース。

Lulu Gainsbourgは1986年1月5日生まれ、父親はSerge Gainsbourg、母親はバンブーBambouと呼ばれたモデルで歌手のCaroline Paulus。本名は父親と同じLucien。異母姉はCharlotte GainsbourgSerge は息子の誕生を喜び86年シャンソン「Lulu」を作っている。5歳でピアノを始め、8歳でConservatoire de musique de Parisに入り4年間ピアノを習う。14歳で母親と一緒にSergeの「Ne dis rien/何も言わないで」をカバーし録音している。16歳で映画初出演。06年からロンドンでピアノを学び、07年秋からアメリカBerklee College o Musicで作曲、編曲を学ぶ。09年Marc Lavoineのアルバム「Volume 10」で「Quand je suis seul」を作曲している。10年8月にはフランスでの最初のコンサート(ピアノ演奏のみ)をAngoulemeで行った。

今回のアルバムにはLuluのアレンジによるSergeのカバー16曲が収められていて、多くの歌手、ミュージシャンが協力している。16曲は:「L’eau à la bouche/唇によだれ」(Lulu)、「Intoxicated man」(インストロメンタル)、「Je suis venu te dire que je m’en vais/手切れ」(Rufus Wainwright)、「Bonnie and Clyde」(Lulu & 「21世紀のBBScarlette Johansson)、 「Manon」(Marianne Faithfull)、 「Requiem pour un con/愚か者のためのレクイエム」(Lulu M)、 「Ballade de Melody Nelson/メロディー・ネルソンのバラード」(「もう一人の母親だと言っていい」Vanessa Paradis &「心の兄」Jonny Depp)、「Black trombone」(インストロメンタル)、「Sous le soleil exactement/太陽の真下で」(「父がコンサートの行った唯一のグループPoguesのメンバー」Shane McGowan)、「Le poinçonneur des Lilas/リラ駅の切符切り」(インストロメンタル)、「La javanaise/ラ ジャヴァネーズ」(Lulu & Richard Bona)、「Ne dis rien/何も言わないで」(Lulu & Melanie Thierry)、「Initial B B/イニシアルBB」(Iggy Pop)、「La noyée/溺れた女」(Lulu)、「Fresh news from the stars」(インストロメンタル)、 「Couleur Café/コーヒーカラー」(Ayoなど)。

このアルバムにはCharlotteBambouも参加していないがそれは「家族は僕と父だけという線を引いた」。バックにはSerge縁のミュージシャン達が。「スタジオでドラマーから僕は父と同じほどの完璧主義者、父と同じように紳士的な暴君だといわれた。」

11月2日からコンサートを行っており、11月8日Casino de Paris出演の際にはJane BirkinTierrry ParadisDaniMAyoらが応援に駆けつけた。

 

 
 No.887  2011.11.19

№887

ミシェル・サルドウMichel SardouConnemaraの鍵を授与される  2011.11.19                    

ミシェル・サルドウMichel Sardouが11月15日在仏アイルランド大使から同国コネマラConnemara地方の鍵を授与された。今年はSardouがシャンソン「Les lacs du Connemara/コネマラの湖」を出してから30年になることを記念して。コネマラ地方はアイルランド北西部に位置し、美しい山脈、湖など手付かずの自然が多く、アイルランド固有の文化、言語が残る地域でユーロッパ最後の秘境とも言われている。「Les lacs du Connemara」は81年リリースの同タイトルのアルバムに収められていて、SardouPierre Delanoëの作詞、Jacques Revauxの作曲、演奏時間6分の大作、スタジオ録音の際にはロンドン交響楽団とそのコーラスがバックについている。Sardouはコンサートでは必ずと言って良いほどこの曲を歌う。・・風が吹きすさぶ焦げた大地、湖の周りには石の荒野、そこは生き物にとっては地獄のような土地、コネマラは。北の方からやって来る黒い雲、湖、川、それらはコネマラの舞台装置。コネマラでは人は言う、人生とは愚かなもの、だから踊って過ごそう。湖には怪獣がいて夏の夜には泳いでいるのが見える。よそからは魂の安らぎを求めて人々がやってくる。アイルランド人が十字架の周りで和解する日は間近だと信じている。ガロワとの、イギリス王との講和にも応じなかったコネマラ・・。SardouAnne-Marie Périer夫人及びプロデューサーと授与式に出席。アイルランド大使は「この曲はフランスとアイルランドを結びつける貴重な財産。この曲がフランスの人々やその他の多くの人々を魅了し続け、アイルランドを理解するための一助となることを期待する。」

 
 No.886  2011.11.18  

№886

SACEM大賞Grands prix de la SACEM、授賞式        2011.11.18

2011SACEM作詞家作曲家楽譜出版者協会著作権の管理等を行う大賞の授賞式が1114Frédéric Mitterrand文化相も出席してCasino de Parisで行われた。主な受賞者は・・

Prix spécial de la SACEM/特別賞: ジャン=ルイ・オベールJean-Louis Aubert(№596)。               

Grand Prix de la chanson française/シャンソンフランセーズ大賞:ユーベール=フェリックス・ティエフェヌHubert-Félix Thiéfaine;1948年JuraDole生まれのACI。幼少の頃から歌手になることを志し、71年パリに出てrive gaucheで歌う。1978年最初のアルバムから、2011年の「Suppléments de mensonges/重ねた嘘」まで16枚のスタジオ録音アルバムを出している。真の詩人でRimbaudBaudelaireらの詩からインスピレーションを受け、言葉の余白を大切にし、比喩と皮肉に富んだ、あるいはユーモア溢れる歌詞は特に若者たちに人気がある。メディアに登場すること、TVに出演することも希で、06年になってようやくVdMにノミネートされた(ポップ・ロックアルバム部門)。クリップなどを作らなくてもアルバムは売れ、コンサートは満員、すでに30年のキャリアがあるがユニークな存在。  

Prix Francis Lemarque/フランシス・ルマルク賞(若いクリエーターに与えられる):アレクシス・アシュカ Alexis HK(№857)

Prix Rolf Marbot/ロルフ・マルボ賞(年間最優秀シャンソンに与えられる):「Je veux/私の欲しいもの」(作詞Kerredine Soltani 作曲 Kerredine Soltani & Tryss  歌Zaz)(№796)

Grand prix des musiques du monde/ワールドミュージック大賞: スアド・マッシSouad Massi(№585)。

Grand prix des musiques éléctroniques/エレクトリック音楽大賞: エミリー・シモンEmilie Simon1978年Montpellier生まれ、エレクトロ・ポップのACI。クラシックの勉強の後転向、澄んだ清らかな声で幻想的な世界を表現し「エレクトロ・ポップの妖精」と呼ばれている。04年と06年にはVdMでエレクトロニックアルバム賞受賞。05年には映画「La marche de lempéreur/皇帝ペンギン」の音楽を担当、VdMの映画音楽賞を受賞と実績

No.884  2011.11.17 

 

№885

アングンAnggun、新しいアルバムリリース             2011.11.17

アングンAnggunが11月7日新しいアルバム「Echos/エコー」をリリースした。Anggunは、1974年インドネシア、ジャカルタ生まれ、現在フランス国籍、本名Anggun Cipta Sasmi、7歳の頃から歌を始め、9歳で最初のアルバム出し、10代初めにはインドネシア、マレイシア、シンガポールで人気歌手になった。94年インターナショナルな歌手になることを目指してヨーロッパに渡り、95年からフランスに落ち着く。Erick BenziDionGoldmanHallydayらのプロデューサー)と知り合い、そのプロデュースで、97年フランス語のファーストアルバム「Au nom de la lune/月にかけて」を出す。そこからシングルカットされた「La neige au Sahara/サハラの雪」が大ヒット、甘美な官能的な声とエキゾチックな発音でフランスでの人気を得る。この曲は英語ヴァージョン「Snow on the Sahara」のシングルもあり33か国でリリースされ、10カ国以上でチャートのトップになり、シングルは都合200万枚以上売り上げたと言われている。その後も定期的にアルバムを出し、前回08年アルバム「Elévation/上昇」に収められた「Si tu lavoues/あなたがそれを白状してくれたら」はフランスの国際ラジオ局RFIの「聴取者が選ぶシャンソン」に。2000年末にはヴァチカンに招かれクリスマスコンサートに出演。2010年9月フランス公開のClaude Lelouch監督の「Ces amours-là/こんな愛」に歌手のRaphaëlLiane Folyと出演し、Anouk Aiméeらと共演している。SidactionEnfoirésなどの人道活動にも積極的に参加、また国連のFAO親善大使。今回のアルバム「Echos」はフランス語で5枚目となるがAnggunのアルバムはすべて、フランス語の他英語、インドネシア語のヴァージョンがある。アルバムには:「Je partirai/私は旅立つ」(先行シングルカット)、「Mon meilleur amour/私の最も素晴らしい愛」、「Toi l’éternelle/あなた、永遠なるもの」、「Promets-moi le ciel/私に空を約束して」、「Mon Cœur/私の心」、「Dérachinée/根無し草の女」、「L’année du serpent/蛇年」、「J’ai appris le silence/私は沈黙を学んだ」、「Buy me happiness」、「Weapons」、「Il/彼:冬の青春」(Gérard Lenormanとのデュオ)など16曲が収められている。

 
No.884  2011.11.16 

№884

アンリ・サルヴァドールHenri Salvador、旧居に銘板    2011.11.16

アンリ・サルヴァドールHenri Salvador(№860)が1962年から2008年2月13日に亡くなるまで住んでいた住居が入っている建物(6,Place Vendôme Paris 1区)に銘板が付けられた。11月9日未亡人Catherine、「Jardin d’hiver」でSalvadorを復活させたKeren Ann、歌手のLiane Foly、パリ第1区区長らが出席して除幕式が行われた。

 
No.883  2011.11.14 

№883

ディック・リヴェールDick Rivers、新しいアルバムリリース  2011.11.14

ディック・リヴェールDick Riversの新しいアルバムは10月31日にリリースされた「MisterD」。

Riversは1945年ニース生まれの歌手、本名Hervé Forneri。幼少の頃からアメリカ音楽の影響を受け、60年代にはEddy MitchellJohonny Hallydayと並んでElvis PresleyJohnny Cashらの曲をフランス語で歌うロックンロール歌手として活躍。これらの3人はフランスロックンロールの三銃士ともいわれた。芸名は映画「Loving you」でプレスリーが演じた主人公Deke Riversから。60年には友人とロックグループ「Les chats sauvages/野生の猫」を結成、2年後からソロで活動。65年に出したMoody Bluesのヒット曲「Go now」のフランス語ヴァージョン「Va t'en,vat'en/行ってしまえ」は当時のラジオEurope 1の人気番組「Salut les copains/やあ仲間たち」のチャートのトップになった。そして、MitchellHallydayがヴァリエテ歌手の道を進んだ後も、頑固にロックンロールへの情熱を保ち続け、前髪を垂らし、カウボーイブーツを履いた永遠のロッカーのイメージを保ってきた。60歳を迎えた2006年にはシャンソンフランセーズの新世代のシンガーソングライターたち、MBenjamin BiolayMickey 3Dらとのコラボで、アルバム「Dick Rivers」を出し、08年にはJoseph d’Anvers(№708)に全曲を提供されたアルバム「L’homme sans âge/年齢不詳の男」を出している。今回のアルバムには50年のキャリアを記念するもの。Joseph d’AnversJean FauqueBashungHallydayに詩を提供している)、新にOli Le BaronToulouse出身のロック歌手、「私は常に新しいものを目指している、68年にGérard Mansetと組んだときもそうだった」)の協力を得た。収められている12曲は:「Revers/裏側」(・・すでに50年、歌って50年、歌うという自分の人生を送って、自分が選んだ人生を送って50年・・)、「Bloody movie」、「C’est pour ton bien/君のために」、「La ballade de l’échographie/超音波検査のバラード」、「Histoire de ma voie/僕が歩んだ道」、「Désormais/これからは」、「La fièvre/熱」、「Dur d’être Dieu/神であることは辛い」など。静かに聞くだけで彼の世界に入り込める。11月12日Casino De Parisに出演、2012年3月31日Olympia出演。

 

 
No.882  2011.11.13   

№882

セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourg、手書き原稿などオークションに   2011.11.13

セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourg(1928-1991、Nos.672、674)の手書き原稿など約30点が11月9日Sotheby’s76,rue du Faubourg St-Honoré Paris 1er)でオークションに掛けられた。落札総額は266,000ユーロで、当初の予想(75,000~100,000ユーロ)を大幅に超えた。出品された主なものと落札価格は:シャンソン「Sorry angel/エンジェルの死」の手書き原稿、51,510ユーロ。「Sorry angelは1984年の作品Jane Birkinとの別離の頃書かれたもの。2枚にわたり黒インクで書かれた読みやすい字体、訂正された痕跡はないことから最終原稿と思われる。当初の予想では12~18,000ユーロとされていた。タイトルは英語だが歌詞は「Sorry angel」の部分を除きフランス語。最初の部分は・・お前を自殺させたのは俺、モナムール、俺にはそんな価値はなかったのに。解ってだろう、俺がいなくてもお前はきっと決心してたよ、いつかどこかへ行っちまおうと・・シャンソン「Love on the beat」の手書き原稿39,150ユーロ。同じく「You’re under arrest」21,150ユーロ。同じく「No comment」24,750ユーロ。実際には撮影されなかった「No comment」のクリップの手書きシナリオ、29,550ユーロ。今回のオークションの目玉は破られたサイン入り500フラン札。Gainsbourgは84年3月11日放送のTV番組Sept sur Septに出演の際、「重税を告発する」としてポケットから出した最高額紙幣500フラン札[表面には「人間は考える葦である」の哲学者Blaise Pascalの肖像がある]に火を点け、「これだけ稼いでも74%は税金で取られ、(途中で消して)私のところに残るにはこれだけだ」と語った。翌日からGainsbour宅には非難の手紙が数多く寄せられ、当時彼のmajordome/給仕頭であったFulbert Ribeaultがそれらに目を通し、整理した。Ribeaultへの感謝の印として、Ribeaultに破った500フラン札にサインし「Affectuesementà Fulbert/心を込めてFulbertに」の言葉を添えて贈った。この破れた500フラン札が今回のオークションに掛けられ、20,000ユーロの予想に対し、24,750ユーロで落札された。他に書簡、William KleinHelmut Newtonら著名なカメラマンが撮影したポートレート(サイン入り)などが出品され落札された。ただ、映画「Je t’aime,moi non plus」の撮影(76年)の際着ていたミリタリーベストは落札に至らなかった。これらの品々はRibeaultが所有していたが、その後今回出品した持ち主に渡っていた由。


No.881
2011.11.11

№881

イヴ・モンタンYves Montand、没後20年         2011.11.11

イヴ・モンタンYves Montand(本名Ivo Livi 1921-1991)は今年没後20年、91年11月9日OiseSenlisの病院で、心筋梗塞のため死去。パリPère-Lachaise墓地に夫人Simone Signoret(1921-85)と共に埋葬されている。88年当時の伴侶Carole Amielとの間に、男児で唯一の子Valentin Liviが誕生。92年にはPOPB(パリ ベルシー)でコンサートを行い「Homme de music-hall/ミュージックホールの男」と呼ばれていた勇姿を息子に見せたいと願っていたがかなわなかった。

没後20年に際して:

Carole AmielVatentin Livi著「Yves MontandIl y a ceux qui rêvent yeux ouverts,et ceux qui vivent les yeux fermés/イヴ・モンタン、目覚めていながら夢みる人、目を閉じながら生きている人がいる」が10月13日刊行された(Editions Michel Lafon)。これには稀少な写真が数多く掲載されている。Caroleはインタヴユーなどで次のように語っている。Montandとの出会いについて:我が家はSaint-Paul-de-Vence[南仏ニース近郊の町、MontandSignoretが住んでいた]に引っ越したばかりで私は14歳だった。ある朝、彼に出会った、我々の視線が合ったとき彼は笑顔で「Bonjour」と言ってくれた。その後度々会う度に父親のように接してくれた。その後22歳で彼のアシスタントになり、82年には世界ツアーに同行した。  ValentinについてMontandが亡くなった時3歳だったValentinは「パパがこんなに働くのは、僕と一緒にいるのがいやなんだろう。」と言っていた。その後大きくなってJean-Loup Dabadieが歌詞を書いた「Valentin」などの曲を聞き、父にどれ程愛されていたか知った。現在はMontpellierでコンピュータグラフィックを勉強中、俳優や歌手になる気は全くない。

TV F2特別番組11月8日放送。ドキュメンタリー「Ivo Lividit Yves Montandイヴォ・リヴィ、芸名イヴ・モンタン」は、イタリアからの移民の子が国際的な大スターになる過程を追った。生まれ故郷のToscaneからマルセイユのAlkazar、ドイツ占領下のパリのキャバレ、Olympia劇場、NYのメトロポリタンオペラ、さらに赤の広場、ホワイトハウスまで。あるいはEdith Piaf SignoretMarilyn Monroeなどとの伝説的な恋愛物語。またClaude Sautet監督MontandRomy Schneiderと共演した1972年の映画「Cesar et Rosalie/セザールとロザリー:夕なぎ」が放送された。

・コンピレーションアルバムのうちいくつか:①「Yves Montand Les feuilles mortes et ses plus belles chansons/イヴ・モンタン:枯葉ほかその最も美しいシャンソン」・・「Les feuilles mortes」、「C’est si bon/セ シ ボン」、「Grands boulvards/グラン ブルヴァール」、「Le galerien/漕役囚の歌」、「Les enfants qui s’aiment/愛し合う子供たち」、「Dans les plaines du FarWest/西部の平原にて」など初期の曲のオリジナルヴァージョンのリマスター15曲を収録。②「Ce Monsieur-làIntégrale studio 1945-1960/この紳士:スタジオ録音全集1945-60年」は7枚組CD ③「Best of Yves Montand」3枚組CD69曲収録、うちCD3Théâtre de l’Etoileでもリサイタルの実況。

 
 No.880 2011.11.10   

№880

ユーグ・オーフレHugues Aufray、新しいアルバムリリース 2011.11.10 

ユーグ・オーフレHugues Aufrayの新しいアルバムは10月31日リリースの「Troubador since 1948」。Aufrayは1929年パリ郊外生まれのACI。両親の離婚で父とスペインに住み、48年パリに。美術の勉強の傍ら、左岸のキャバレで歌う。1959年当時無名のSerge Gainsbourgの「Le poinçonneur des Lilas/リラ駅の切符切り」を歌いラジオ局Europe1のコンクールで優勝、最初のレコーディング。59年Maurice Chevalierのアメリカツアーの前座に招かれ、Bob Dylanを知る。61年12月の出た「Santiano/サンティアノ」が最初のヒット。63年ルクセンブルグ代表としてユーロヴィジョンに出場4位。65年Pierre Delanoëのフランス語の詩による「Hugues Aufray chante Bob Dylan/ユーグ・オーフレ ボブ・ディランを歌う」を出し Dylanをフランスに紹介。66年vedetteとしてOlympiaに出演。70年代からはArdècheの農場で羊を飼い、乗馬などをして暮らしながら、音楽活動を続け、パリのキャバレやホールに出演、アルバムも出している。80歳の09年にはアルバム「New Yorker」。これはDylanの曲に自身がフランス語の歌詞をつけた13曲をJohnny HallydayCarla BruniFrancis Cabrelらとのデュオで歌ったもの。今回のアルバムは、「Aufray rend homage à Aufray/オーフレ、オーフレに敬意を払う」というわけで、過去のヒット曲、契機となった曲など17曲を新しく歌い収めている。昔からのファンにとっては新しいアレンジで楽しむことができ、新しいファンにとってはシャンソンフランセーズの忘れてはならない名曲を発見する機会となるものだろう。収められているのは:、「J’entends siffler le train/汽笛が聞こえる」(Françoise Hardyとのデュオ、原曲は「500 miles」)、Y avait Fanny qui chantait/ファニーが歌っていた」(59年に最初にレコーディングした曲)、「Les portes du pénitencier/監獄の扉」(64年、原曲は「House of the rising sun」でHallydayに提供したフランス語の詩で)、「Dès que le printemps revient/再び春が来れば」(64年)、「Le bateau de papier/紙の船」、「On est les rois/僕らはキング」(原曲はRoger Millerの「King of the road」)、「Comme des pierres qui roulent/転がる石のように」(原曲はBob Dylanの「Like a rolling stone」)、「Céline」(66年、Aufrayのヒット曲)、「Stewball」(アイルランド民謡Joan Baezなども歌っている)、「Santiano」、「Le siècle des enfants/子供たちの世紀」(99年)、「L’hôtel du seleil levant/朝日の当たる館」(原曲は「House of the rising sun」で、娼婦の館とする原詩に詩をつけた)など。

 

 No.879 2011.11.9 

№879

フェリックス・ルクレールFelix LeclercTV5「Entre 2 liens」で紹介     2011.11.9

フェリックス・ルクレールFelix Leclercが10月29日19:15~TV5MONDEJaponで放送された「Entre 2 liens/2つの絆」でフランスとケベックの音楽を最初に結びつけた歌手として紹介された。この番組はフランスとケベックとの間の音楽の交流を描いたMarie-France Brière監督のドキュメントフィルム。番組は交流の象徴として、2008年 Charles AznavourがケベックでMichaëlle Jean総督からカナダの最高勲章Officierオフィシエ章の名誉章を受章した場面から始まった。ケベックはPierre Rocheとデュオを組んでいたAznavourが最初の成功を収めたところ。「アルメニアが私の魂なら、ケベックは私の心。ケベックは私を仲間に加えてくれた。今、多くのケベック出身のアーティストがフランスで活躍していることは素晴らしいこと。」番組はその後大西洋を挟んだシャンソンの交流の歴史を振り返った。ケベック出身でシャンソンフランセーズに影響を与えたアーティスト、あるいはフランスでも活躍し、人気のある歌手が紹介された。最初に紹介されたのはFelix Leclerc(1914-1988 ACI)、ケベック州La Tuque生まれ。40年代から歌っているところをJacques Canettiに見出され、50年パリに。ABCTrois Baudetsなどで歌い人気に。ケベックのシャンソンを最初にフランスに紹介したとされる。51年「Moi mes souliers/僕と僕の靴」、「Le peti train du nord/北の小さな汽車」、「Le petit bonheur/小さな幸福」などを収めた最初のアルバムでACC大賞を受賞している。Aznavourもカナダ公演の際には「Moi mes souliers」をカバー、「Felixが来て、これらの曲を歌った。森から出てきたばかりのような、今まで聞いたことのないような力強いものだった。その才能が何処に由来するのか解らなかった」。Leclercは58年にもACC大賞を受賞している。Yves Duteilは「Felixに初めて会ったとき、旧知の間柄のように受け入れてくれた。そして、カナダにおけるフランス語の状況を話してくれた。フランス語系住民の95%は英語での生活を強いられていて、フランス的な文化が危機的状況にあると。帰国して直ぐに『La langue de chez nous (à Felix)/私たちの言葉(Felixに捧げる)』(1985年)を作った。」

 

 
 No.878 2011.11.7   

№878

ジャン=ジャック・ゴルドマンJeanJacques GoldmanF3「Discographie」で 2011.11.7

ジャン=ジャック・ゴルドマンJeanJacques Goldman(№861)が10月31日放送されたTVF3の番組「Discographie/ディスコグラフィー」で取り上げられた。番組でパトリシア・カースPatricia Kaasとセリーヌ・ディオンCéline Dionは、彼女たちの歌手生活の中でGoldmanが重要な役割を果たしたと、次のように語っている(場面があるよう)。

Kaas・・Kaasは1992年Opéra Garnierパリオペラ座で行われたLes Enfoirésに参加するように要請された。そしてJohnny Hallydayと「Je te promets/君に約束する」(Goldman作詞作曲、86年Johnnyのヒット曲)を歌うことになっていた。Hallydayがリハーサルに来られなかったので、Goldmanが代役を務めた。出来は素晴らしいものだった。本番の日もHallydayは欠場。プロデューサーはKaas-Goldmanのデュオをそのまま使おうと決めた。この日から2人の友情が始まった。「私たちは二人とも内気だった。言葉は交わさなくても協力して何かやろうと思っていることは解った。」GoldmanKaasに「Il me dit que je suis belle/彼は私が美しいと言う:はかない愛だとしても」を提供した。この曲はKaasの93年のアルバム「Je te dit vous/永遠に愛する人へ」に収められた。しかしそこでは作詞・作曲者はSam Brewskiとなっている。「この曲はGoldmanが他の歌手に提供した最初の頃の曲で、その際彼はいろいろの名を使っていた。曲はそれを歌う歌手のためだけに存在すればよいと考えていたのだろう。」

Dion・・DionGoldmanとの最初の出会いは1994年Grand RexでのLes Enfoirés。そこでは二人はデュオで「Là-bas/向こうで」(Goldman作詞作曲、97年Goldmanのヒット曲)を歌った。カナダ出身の歌姫の声に魅了されたGoldmanはアルバムの製作を提案。当時Dionは英語で歌っていた歌がアメリカでヒットし、すでにアメリカでは人気があった。Goldmanはアメリカから雑誌や新聞を取り寄せた。それによって何にDionが感動しているかを知った。94年パリで彼はDionと彼女の夫René Angelilにアルバムの案を示した。「私は彼にそのうちのいくつかは私には合っていないと言った。そうしたら彼は『Pour que tu m’aimes encore/あなたがまだ私を愛してくれるように:愛を再び』を我々に歌ってくれた。Renéと私は涙が出るほど感動した。」95年この曲や「J’irai où tu iras/あなたについて行く」(Goldmanとのデュオ)を収めたアルバム「D’eux/彼らについて」をリリース。アルバムは7百万枚以上売り上げたと言われ、フランス語で歌われたアルバムとしては、現在まで史上最多売上げになった。

 

 No.877
2011.11.6   

№877

エディット・ピアフEdith Piaf、主演映画「Etoile sans lumière」 TV5で     2011.11.6

エディット・ピアフEdith Piafが主演し、映画初出演のイヴ・モンタンYves Montandと共演したMarcel Blistene監督の1946年フランス公開映画「Etoile sans lumière/光なき星」[「光の当たらないスター」と直訳できるか?]が11月3日TV5MONDEJaponで放映された。

田舎のホテル従業員MadeleinePiaf)は掃除などをしながらいつも「C’était une histoire d’amour/それは一つの恋物語だった」を歌っている。そして「歌っていると、予想もしなかったことが起こるの。」恋人の自動車修理工PierreMontand)は客からブレーキの修理を依頼された車でMadeleineドライブに連れ出す。そこでMadeleineが歌うのは「C’est merveilleux/素敵ね」・・あなたに出会った日、どうしようもなく悲しい日だった。私は終わることのない悩みを引きずっていた。でもあなたが来てくれただけで十分。私が苦しみをすべて忘れるためには。二人でいることは何て素晴らしいこと。幸せが私たちを見守ってくれる。愛し合っているときには、素晴らしい日々が来る、人生は青色。私はあなたを愛し、あなたは私を愛している。何と素晴らしいこと・・。  そのホテルには美貌の人気女優のStella Doraと恋人で映画監督のRogerが逗留。時は1920年代末、無声映画からトーキーに変わる頃、Stellaには声が悪いという大きな欠点があった。次回作では歌う場面があることを知り自殺まで考えた。Rogerは声の良いMadeleineに目を付け、Stellaアテレコに使おうと考えた。パリの撮影場に連れて行く。Madeleineにも真実を話さず、音響技師GastonSerge Reggiani)の協力で内密で歌の部分のアテレコ作業を行う。Stella主演の映画は「La Fiancée du Pirate/海賊の花嫁」、歌われるのは「Le chant du pirate/海賊の歌」、「Adieu mon Cœur/さようなら愛しい人」。映画が完成、特別上映会でStellaの歌は大好評。Stellaは記者に「歌はずっと前からやっていました。私は皆さんのために歌った。満足して頂け幸せです」と答える始末。しかしMadeleineは表に出ることはない。それを慰めMadeleineの力になってくれるのはGaston。そのころPierreも叔父の修理工場で働くように誘われパリに。StellaMadeleineとの間に敵意とライヴァル感情が。歌が自分の声ではないという噂が出始めStellaが自動車事故により自殺。RogerMadeleineにアテレコの秘密は守るように約束させる。MadeleineはプロデューサーBillyにより、Stellaを彷彿とさせる声の歌手としてミュージックホールで歌うことに。オーディションで歌うのは「Mariage/結婚」。デビュー初日、Rogerには約束を破るのかと非難され、頼みのGastonには昔の恋人と結婚すると言われる。ショックを受け満員の舞台に立ったMadeleine、「C’est merveilleux」を歌うはずが、Stellaの面影が浮かび、歌うことが出来ず舞台に倒れてしまう。一人寂しく出演者出入口からホールを去る傷心のMadeleine、待っていたのはPierre

[この映画はTV5MONDEJaponで11月6日21:15~再放送されます。日本語字幕付きです]

 

No.876
 
2011.11.4
 

№876

ピエール・ペレPierre Perret、全集リリース及びOlympia出演      2011.11.4

ピエール・ペレPierre Perretは今年デビュー55周年に当たり、全集をリリース、パリOlympiaに出演。Perretは1934年南西フランス生まれのACI。53年兵役から戻ってからまずギタリストとして、次いで56年からギターの弾き語りとしてステージに立つ。63年の「Le tord- boyau/安酒」が最初のヒット。66年「Les jolies colonies de vacances/楽しいヴァカンス村」、74年「Le zizi/おちんちんの歌」(500万枚以上)、77年反人種差別のクラシック「Lily/リリー」、79年「Mon petit loup/私のかわいい狼ちゃん」、98年反ファシズムの「La bête est revenue/また獣がやってきた」。07年春歌を集めたアルバム「Le plaisir des Dieux/神々の楽しみ」。10年アルバム「La femme grillagée/閉じこめられた女」。軽いテーマの時には俗っぽい言葉、きわどい言葉でユーモアたっぷりに歌い、差別反対や暴力反対を歌いあるいは偽善者達攻撃するときには厳しく、痛烈に歌っている。そのシャンソンは子供から、老人まであらゆる年代の人々に愛されている。現在Perretの名を冠した学校や幼稚園は22、3ある由。「国語の授業を除き、学校には退屈していた私にとっては信じられない。」11年10月18日リリースされた全集「Pierre PerretL’Intégrale/ピエール・ペレ全集」はCD29枚+DVD1枚からなる。CDはリマスターされた28枚のアルバム(いずれも当時のジャケットを複製)及び新曲5曲、未収録曲などを収めた1枚。DVDは11年Veilles Charruesフェスティヴァル出演などを収録したもの。405曲全曲の歌詞(そのうち数曲はPerret手書き)、著名な作家による伝記の抜粋、自身の著作の抜粋を収めたブクレットつき。 Olympiaには10月28、29、30日に出演、少人数のミュージシャンと少年少女コーラスをバックに、ギターの弾き語りも交え、新旧のヒットを歌い、毎回スタンディングオベーション。30日にはLionel Jospin元首相が楽屋を訪れた。11年11月から12年6月までフランス国内ツアーの予定。

№875  フランソワーズ・アルディFrançoise Hardy  追記

TV出演時の映像で見られるように、Hardyは左手にギブスをはめていた。フランスでの放送当日(10月22日)から多くの視聴者から問い合わせがあったよう。事情は次の通り:Hardyは番組収録の数日前、パリの自宅から外出しようとした際、マンションのホールを掃除中のconcierge/管理人が使用していた電気機器のコードに足を取られ転倒、手首を骨折。写真展の初日レセプションには出席できなかった。全快はおそらく年末になるだろう。「Bonne rééducation!/良いリハビリを!」

 
No.875  2011.11.3  

№875

フランソワーズ・アルディFrançoise Hardy、「On n’est pas couché」出演と写真展 2011.11.3

フランソワーズ・アルディFrançoise Hardyが10月29日TVMondeJapanで放送されたLaurent Ruquier司会の人気番組「On n’est pas couché/まだまだ眠れない」に、カメラマンで10月12日写真集「Françoise」を出版したJean-Marie Périer出演したHardyは1944年パリ生まれのACI62年で自作の「Tous les garçons et les filles/男の子と女の子」でデビュー、200万枚以上売り上げ一躍スターに。68年ステージから引退、その後もアルバムをリリース、05年VdMで女性歌手賞を受賞、最新のアルバムは10年3月の「La pluie sans parapluie/傘のない雨」。67年からの伴侶Jacques Dutroncとの間に73年一男、ThomasPérierは1940年Neuilly生まれのカメラマン、62年から74年までSalut les Copains誌のカメラマンとして、60年代のスターの写真を撮り続けた。イェイェ時代の人気スターたちは皆彼の被写体になった。Périerは1962年初めて「Salut les Copains」誌のために18歳のHardyを撮影した。その際Hardyの気取らない人柄に感銘を受けその後は友人として付き合った。「私が感銘を受けたのは、彼女が自分の美しさを認識していないことだった。それは写真家にとっては都合の良いことだった。」写真集「FrançoiseEditions du Chène)には200枚以上の写真が掲載されている。そこにはOlympiaのステージに立っているHardy(客席には客はいない)、画家Salvador Daliとのツーショットなども。ただ写真のHardyは、隠し撮りされたものも含め、ほとんど笑顔を見せていない。微笑んでいるのは200枚のうち数枚。DutroncとのツーショットでもDutroncの方は笑顔を見せているものもあるが。「私の歌っている曲も悲しいものが多かったし、私的な生活では孤独だった。微笑んでいるのはカメラマンを喜ばせるため。」これらの写真うち主なものを展示した写真展が10月27日から12月3日までパリのGalerie Photo 12(14,rue des Jardins Saint-Paulパリ4区、水~土14:00~18:30)で開かれている。ファンにはおなじみの、あるいは写真家が個人的に所蔵していた写真を展示するこの写真展は、このアイドルに対するPérierの感動的な視線を示している。そして、控えめでありながら大衆に人気のあるこの歌手のキャリアの証人でもある。

No.874
 
2011.11.2
 
 

№874

コルネイユCorneille、新しいアルバムリリース     2011.11.2. 

コルネイユCorneilleが10月24日新しいアルバム「Les inséparables/別れられない人たち」をリリース。Corneilleは1977年生まれ、本名Cornelius Nyungura、カナダ国籍のACI。ルワンダ人の両親が留学中のドイツで生まれ、幼少期をルワンダで過ごす。94年ルワンダにおける種族対立による虐殺で家族を失ったが、自身は両親の友人のドイツ人の許に逃れた。97年勉学のためカナダ、モントリオールへ。そこで友人とRnBグループを結成、01年からはソロで歌うように。03年ファーストアルバム「Parce quon vient de loin/遠くから来たので」はSeul au monde/世界でたった一人」など自身の体験を歌った曲も収められていてカナダ、フランスで大ヒット。04年にはカナダ国籍を取得。05年アルバム「Les Marhands de rêves/夢を売る人たち」、07年アルバム「The Birth of Cornelius」(日本でも発売され、それを記念して07年来日しカナダ大使館でコンサートを開いたとの資料あり6月26日)、09年アルバム「Sans titre/無題」を出している。対エイズ活動などの人道的支援活動に積極的に関わっている。今回のアルバムは5枚目(フランス語では4枚目)Les inséparablesには「Le jour après la fin du monde/世界の終わりの翌日」(1年半前に生まれた長男が堕落した世界に住むようになるのではという危機感を歌っている。)・・・・「Des pères,des hommes et des frères/父親たち、男たち、兄弟たち」(ラップ歌手La Fouineとのデュオ)、「Au bout de nos peines/僕たちの苦痛の後に」(コモロ出身のラップ歌手Sopranoとのデュオ)、「Quand Paris t’appelle/パリが君を呼んだら」など14曲が収められている。10月26日にはVirgin MegastoreのパリChamps-Elysées店でshowcaseとサイン会。11月3日にはParis-Lyon間のTGV車中でコンサート。12年1月15日にはパリBataclanに出演。

 

No.873   2011.10.29  

№873

Des Ricochets」、アフリカの子供たち支援のCD       2011.10.29

UNICEFの活動の一環である「Paris-Africaà l’unisson pour les enfants/パリ=アフリカ:子供たちのためにユニゾンで」に62人のフランス人、あるいは国際的に活躍する歌手が集まり、9月に4日間Palais des Congrèsのスタジオで、シングルCD「Des Ricochets/水切り遊び」(作詞LFlorence、作曲PGuiraoFChâteau)を録音した(リンク映像1及び2)。10月25日にリリースされたCDの売上げは、「La Corne de l’africa/アフリカの角」と呼ばれている地域、SomalieEthiopieKenyaDjiboutiの旱魃により被害を受けた子供たちの援助のため、UNICEFに寄付される。参加したのは・・

リンク映像1に登場:Christophe WillemShy’mFaudelLiane FolyTiken Jah FakolyElisa TovatiMagic SystemM.PokoraAmel BentPatrick FioriJane BirkinMauraneSofia EssaïdiMimie MathyHélène SégaraMoïse N’TumbaClaudiaManu KatchéYcareOphelie WinterGary FiloMokabeなど

リンク映像2に登場:Christophe WillemJeniferMikelangero LoconteM.PokoraGray FiloGrégoireElisa TovatiNatasha St.PierChico&Les GypsiesHélène SégaraChimène BadiLiane FolyAmaury VassilAmel BentJoyce JonathanDaveArielle DombasleMaxime Le Forestierなど。

他に、AdamoBenabarDavid HallydayBrigitteBB BrunesNolwenn LeroyLââmGérard LenormanNicolas Peyracなどが参加している。

Des Ricochets」・・僕は雨に濡れても平気なちびっ子になるかも知れない。でもここには水はない、地獄のように僕たちに重くのしかかってくる沈黙だけがある。あなた方が涙を流すのが見えるけれど、ここにはもう涙もない。僕は雨を呼ぶために踊りたい。僕は、施しは望まない、迷惑は掛けたくない、小川は、言わんや大河は望まない、でも水が欲しい、水切り遊びが出来るような・・

№873「Des Ricochets」、アフリカの子供たち支援のCD(追)

リンク映像3には次の歌手の顔が見える:JeniferChimène BadiLiane FolyM.PokoraDavid HallydayPhilippe LavilAmaury VassiliNicolas PeyracNolwenn LeroyGrégoireMauraneGérard LenormanArielle DombasleBénabarAdamoAlizéeAnggunShy’mMickaël MiroYcareなど。

No.872   2011.10.28  

№872

アルチュール・アッシュArthur H、 新しいアルバムリリース 2011.10.28

アルチュール・アッシュArthur Hの新しいアルバムは0月17日リリースの「Baba love」。Arthur Hは1966年パリ生まれ、80年代から活躍するACI、父はJacques Higelin(1940-)、異母妹にIzia(1990-、2010年のVdMでポップ/ロックアルバム賞と新人ステージ賞を受賞)、異父妹にMaya Barsony(№849)。90年のファーストアルバム「Arthur H」からほぼ2年ごとにアルバムを出している。08年に出したアルバム「L’homme du monde/世界一の男」により09年VdMでポップ/ロックアルバム賞を受賞している。前作「Mystic rumba」から1年半後、9枚目のスタジオ録音となる今回のアルバムでは、今までの方向を変えようと、付いていたミュージシャンを一新した。さらにツアー担当者やマネージャーまで変えた。アルバムのタイトルについて、「『baba』は驚いたときの様相で、唖然とした、あっけにとられた状態、あるいは新鮮さ、新しい見方。『love』は何か甘い、優しいもの、人生において素晴らしいと感じるもの。『baba love』は日常において、訳はわからないけれど楽しくなること。通りやメトロで若い女性に合うなんていうことのように。」スクター事故によりギブスをはめた手で、動くことが出来た7本の指で曲作り。「僕にとって曲を作ることは、ある景色を創造すること、喜びのある言葉をリズミカルに遊ばせること。音楽を始めたとき、古いシンセサイザーとピアノしかなかった。今回はその原点に戻った。単純に、アナログ的に。」様々なリズムで、様々な愛、一目惚れ、欲望、恍惚などを歌った12曲が収められている。12曲は:「Ulysse et Calypso/オッデュセウスとカリュプソー」(ホメロスの叙事詩「オデュセイア」から、オーギュギアー島に漂着したオッデュセウスは島に住むカリュプソーと7年間暮らした)、「Give me up」(シンセサイザーで60年代のリズムを)、「Le paradis, il est chinois/パラダイス、それは中国製」(アメリカのラップ歌手Saul Williamsとのデュ)、「La beauté de l’amour/愛の美しさ」(ポップロック調でIziaとのデュオ「僕の嗄れた熊のような声とIziaの豹のような声はこの曲をデュオで歌うのにぴったり」)、「Prendre corps/熟してくる」(ユダヤ人詩人Gherasim Lucaの長編詩の一部に作曲)、「Baba love」、「Basquiat/バスキア」(アメリカの前衛画家ジャン=ミシェル・バスキアを歌ったものSaul Williamsとのデュオ)、「L’arc en ciel/虹」(ほとんど無名の、Claire Farahとのデュオ)、「L’ivresse des hauteurs/高地酔い」(ピアノ一本の伴奏で俳優のJean-Louis Trintignantと詩を朗読)など。

10月27日パリのCentquatre104,rue Aubervilliers Paris 19e)からツアー、2012年3月30日パリ郊外Boulogne BillancourtThéâtre de L’ouest Parisienまで。

No.871  2011.10.27 

№871

オーレリー・カブレルAurélie Cabrel、ファーストアルバムリリース  2011.10.27

オーレリー・カブレルAurélie Cabrelが10月17日ファーストアルバム「Oserais-je?/思い切ってやってみよう」をリリース。Aurélie、父はFrancis Cabrelで3人姉妹の長女、今年25歳のACI。早くから音楽に興味を持ち、bac取得後6年間地方で活躍するグループDuo Grimなどのマネージャーをつとめ、また地方ラジオ局の音楽番組のキャスターをつとめたが興味の中心はあくまでも歌うこと。父に自作を見せたところ「Rencontres d’Astaffort/アスタフォールの出会い」[Cabrelが、生まれ、現在も住んでいる、フランス南西部Lot-et-Garonne県の小村Astaffortで1994年から開いている音楽教室で、すでにある程度実績のある若手が更に前進するために研修の機会を与えるもの]に参加するように勧められ、07年に参加。そこで知り合ったEsthenに作曲を依頼。Esthenはベルギー出身のACI、ベルギーではすでによく知られている。2009年30曲余りの曲が出来た、それを8ヶ月掛けてAstaffortの自宅のスタジオで録音した。父親との関係については「父は私の計画には全くタッチしていない。子供の頃から何でも自分でやれと言われてきた。父に助力は求めなかったし、父も口を挟むことはなかった。できあがったとき父は『これほどとは期待していなかった。そのまま進んで行けるだろう』と話してくれた。2世歌手で成功者もいるがそうでない者もいる。2世であることが成功の鍵ではない。あくまでも才能があるかどうかだ。私はこの道に進みたいという情熱から進んだ。成功し、人々に感動を与えることが出来たらと願っているが、うまく行かなかったら私の責任。」アルバムのタイトルは、「私は一つ壁を越えた、『また2世歌手のアルバムか』と言われるのが怖くて躊躇していたけれど。」収められているのは:「Un rien/些細なこと」、「J’ai cherché/私は探した」・・私は探した、空の中に永遠なるものの痕跡を、空には何もなかった・・愛する人よ私の腕の中に来て、過ぎ去って行く日を見るために・・、「Oserais-je?/思い切ってやってみよう」、「Abracadabra/アブラカダブラの呪文」、「Ame sœur/心の友」、「Monde en sucre/甘い世の中」、「Où?/何処?」、「La vie devant nous/我々の前にある人生」など12曲。Aurélieはすでにツアーを始めていて、9月24日には故郷に近いBergeracで400人の観客を前に歌っている。自分のレパートリーでは足りずに父親の「Encore,encore/まだまだ」をカバー、「この曲は私の好きな曲。父はロック調に力強く歌うけれど、私はピアノの伴奏だけで。」11月29日Paris Le Resérvoirに出演。

 

 
No.870   2011.10.25

№870

カミーユCamille、新しいアルバムリリース             2011.10.25

カミーユCamilleの新しいアルバムは10月17日リリースされた「Ilo Veyou」。
Comilleは1978年パリ生まれ、本名Camille DalmaisACI。16歳で歌手になることを決意、独学で音楽を修得。Institut d'études politiques de Parisパリ政治学院在学中に製作したデモテープを諸所に送った。02年デビューアルバム「Le Sac des filles/パリジェンヌと猫とハンドバック」を発表、評価はまちまちだったが収められたうちいくつかの曲がFrance Interなどの放送局から頻繁に流れた。その後Gérard MansetJean-Louis Muratらの作品にも精力的に参加、また各地で行ったコンサートでは、その圧倒的な歌唱力とステージパフォーマンスで高い評価を受けた。05年セカンドアルバム「Le Fil/ひも」は30カ国以上で50万枚のセールスを達成、05年Prix Conatantinを、06年VdM新人女性歌手賞、新人ステージ賞を受賞。さらに、「Waves」、「Cats and dogs」などを収めた08年の3枚目のアルバム「Music Hole」は、楽器はほとんど使われず、ヒューマン・ビートボックス、ボデイーパーカッションで構成されたリズムの中を、多彩な声が飛び回るというもので、これにより09年VdMで女性歌手賞を受賞。4枚目となる今回のアルバムにLe Parisien紙は最高の3つ☆を与えている。もちろん以前のものに比べて低い評価もある。Ilo Veyou」は「I love you」で、フランス語では「Je t’aimeジュテーム」。「『Ilo Veyou』をフランス語で書くとしたら『Jeu t’mJeu taimeJeu-teme』[発音はいずれもジュテーム]かな?」。「このアルバムは喜びのアルバム。なぜならこのアルバムを作ったとき私は喜びの中にいたから。これは私の子供への贈り物。音楽は今では私の生活の中心ではなくなった。むしろ人生を祝うものになった。」Camilleには2010年11月に伴侶Clement Ducolとの間に長男Mariusが生まれている。Ducolはアレンジを担当した。録音はミュージシャンを直ぐ側に配置、レシーバーは付けずに、自然な音を聞きながら、教会、人気のない通りなどで行った。収められているのは英語で歌われている6曲を含め15曲:シングルカットされた「L’étourderie/軽率な行動」、「Aujourd’hui/今日」、「Allez,allez,allez/さあ、さあ」、「Wet boy」、「She was」、「Le berger/羊飼い」、「La France」など。演奏時間は40分弱。このアルバムを妊娠中に録音したCamille、彼女は男の子と素晴らしいアルバムを誕生させた。12月12~18日パリCafé de la Danseに出演。

 

 

 

No.869
2011.10.24  

№869

Paris-Québec sous les étoiles」コンサート、TVMONDEJaponで放送(その2) 2011.10.24

2011年「Paris-Québec sous les étoiles/パリ=ケベック、星の下」コンサート、10月22日TVMONDEJaponで放送(その1、№868)。 歌われた曲と歌った歌手(続き):

リンク映像1・・「A Monréal/モントリオールで」(2010年グラン コール マラッドGrand Corps Malade&ヤン・ペローYann Perrrauのヒット;Grand Corps MaladeYann Perrrau)→「Je reviendrai à Monréal/僕はモントリオールに戻るだろう」(1976年 Charleboisのヒット;Cœur de PirateLeroyCharlebois)→「Ma tête,mon cœur et mes c../僕の頭と心臓とあそこ」(2006年Grand Corps Maladeのヒット;Grand Corps Malade)→「Je viens de /僕はあそこから来た」(2008年Grand Corps Maradeのヒット;Grand Corps Malade

リンク映像2・・冬期のケベックの映像に続き、「Aicha/アイシャ」(1999年ハレドKhaledのヒット;KhaledFiori+Miro

リンク映像3・・フィナーレ「Musique/音楽」(1967年Nicolottaのヒット;NicolettaBoulayCabrelSégara+出演者全員、MC:フランスではよく言われている「音楽で始まったものは音楽で終わる」と)

No.868  2011.10.23  

№868

Paris-Québec sous les étoiles」コンサート、TVMONDEJaponで放送(その1) 2011.10.23

2011年、第3回「Paris-Québec sous les étoiles/パリ=ケベック、星の下」コンサートは7月7日Daniela LumbrosoGregory Charlesの司会で行われた。その模様は9月12日F3で放送され(№839)、10月22日にはTVMONDEJaponで放送された。 歌われた曲と歌った歌手:

リンク映像1・・Dans les prisons de NantesLondres)/ナント(ロンドン)の監獄で」(ノルウェ・ルロワNolwenn Leroy +ルイーズ・フォレスティエLouise ForestierMD:フランスでは「ナントの監獄」で、ケベックでは「ロンドンの監獄で」と歌われる)→「Brest/ブレスト」(2011年Leroyのヒット;Leroy

リンク映像2・・La Petite Marie/可愛いマリー」(1977年フランシス・カブレルFrancis Cabrelのヒット;クール ド ピラトCœur de PirateCabrel)→「Sarbacane/矢筒」(1989年Cabrelのヒット; Cabrel)→「La Dame de Haute-Savoie/オート=サヴォワの貴婦人」(1980年Cabrelのヒット;Cabrel)→「Je l’aime à mourir/死ぬほど彼女を愛している」(1979年Cabrelのヒット;Cabrel+イザベル・ブーレIsabelle Boulay)→「Le petit bonheur/小さな幸せ」(1950年フェリックス・ルクレールFelix Leclercのヒット;ロベール・シャルルボワRobert Charlebois+Cabrel)→「Pour un infidèle/不実な男に捧げる」(2008年Cœur de Pirateとジュリアン・ドレJulien Doréのデュオによるヒット;Cœur de Pirate+ミカエル・ミロMickaël MiroMCMiroと歌ったのはCœur de Pirateちょっとした不実か)→「Ensemble/一緒に」(2011年Cœur de Pirateのヒット;Cœur de Pirate

リンク映像3・・ジルベール・ベコーGilbert Bécaudへのオマージュ:「C’est en septembre/9月になると」(1978年;エレーヌ・セガラHélène Ségara+グレゴリー・シャルルGregory Charles)→「Je reviens te chercher/君を迎えに」(1967年; Boulay)→「Nathalie/ナタリー」(1964年;パトリック・フィオリPatrick Fiori)→「La solitude ça n’existe pas/孤独なんて存在しない」(1970年;ニコレッタNicoletta)→「Quand il es mort le poète/詩人が死んだとき」(1965年;CharleboisSégaraBoulayFiori+Nicolettaカメラマンも観客も)

 

No.867   2011.10.22  

№867

コンサート「Ne lachons rien」、開かれる         2011.10.22

コンサート「Ne lachons rien/何も見捨てないようにしよう」が10月17日パリBataclan(50,bd.Voltaire 11e)で開かれた。これは劣悪な住環境にある人々の援助のためPierre神父(1912-2007)が1992年に設立した「Fondation Abbé Pierre pour logement des défavorisés/恵まれない人々の住宅のためのピエール神父基金」を支援するためのコンサート。10月17日は「Journée internationale de la lutte contre la pauvreté/貧困撲滅のための国際デー」に当たり、コンサートはそれに合わせた。出演したのは歌手の:Nolwenn Leroy(「両親が離婚し、父が家を出てしまい、母と妹と3人になった。生活は苦しく、祖母が我々を自分の家に受け入れてくれたから良かったけれど、そうでなかったら、路上で生活していたかも知れない。そしてこのようなことは今の世の中、誰にも起こりうること」)、Les Fatals PicardsJuneZazie(「すべての人が必要最小限の生活の質を確保出来るようにするのは社会全体の責任」)、MMathieu Chedid)、Alain Souchon(「私も他の人たちと同じように寒さに震えている路上生活者を見ると心が痛む。何をしたらよいか解らない人々が多いが、Fondation Abbé Pierreがあることを知って欲しい。そしてSarkozy大統領にも、社会党の次期大統領選François Hollande候補にもこのコンサートに来て欲しい」)、Laurent VoulzyJulien VoulzyPierre SouchonLambert WilsonOursJuliette。俳優の:Cecile CasselPierre Arditiなど。

Laurent Voulzy+Nolwenn Leroy+Alain Souchon+ Pierre Souchonは「Le pourvoir des fleurs/花の力」(Voulzyのレパートリーから・・世界を、物事を変えようバラの花束で。女性を、男性を変えよう、ジェラニウムの花で・・)を歌い、全員で「Foule sentimentale/センティメンタルな大衆」(Alain Souchonのレパートリーから、・・バラ色の人生とは沢山持つことだと信じさせられている。冗談じゃない僕たちは感じやすい大衆、星や帆船、儲けの対象じゃないものに引きつけられる・・)を歌った。

No.866   2011.10.20  

№866

セラ・スーSelah Sue、2011Prix Constantin受賞     2011.10.20

セラ・スーSelah Sueが2011年Prix Constantin/コンスタンタン賞を受賞した。授賞式は10月17日パリOlympiaで行われた。Philippe Constantin(1944-1966、ジャーナリスト、プロデューサーでフランスにおけるロックのパイオニアの一人と言われている)名を冠したこの賞は2002年に設けられ、過去1年(7月1日から6月30日)の間にアルバムをリリースした若手歌手(グループ)に、そのアルバムを対象に与えられるもの。候補者の条件は、対象となったアルバムより前にdisque d’or(5万枚以上の売上げ)を得ていないこと、アルバムがフランスで製作されたものであることで、歌手の国籍、歌われている言語は問わない。審査員長はアーティスト、他に新聞、ラジオ、テレビ、レコード界からの代表者が審査員をつとめる。毎年10人の候補者から、受賞者が選ばれ、受賞者には、より飛躍するようにと航空機の模型が与えられる。過去の受賞者は:Avril(02年)、Mickey 3D(03年)、Cali(04年)、Camille(05年)、Abd al Malik(06年)、Daphené(07年)、Asa(08年)、Emily Loizeau(09年)、Hindi Zahra(10年)。  11年の審査員長Gaëtan Roussel。120のアルバムから2ヶ月掛けて選ばれた候補者は:BrigitteCascadeurLCyril MokaieshLuceAlex BeaupainBertrand BelinLisa PortelliSelah SueSly Johnson。今年Rousselから航空機を授与された受賞者はSelah Sue。  Sueは1989年ベルギー、フランドル地方生まれのACI、音楽のジャンルは、ラップ、レゲエ、ソール。15歳でアコースティックギターを習い、曲作りを始めた。17歳でコンクールに出場して注目され、Keziah JonesPrinceなどの前座で歌い、ベルギー、フランス、オランダの各地のフェスティヴァルに出演。力強い、深みのある、少しかすれた声で、大人の世界へ入る不安などを歌い人気に。特に専門家の間では評価が高い。11年3月にフランスのインディー系ラベルBecause Musicからリリーされたファーストアルバム「Selah Sue」にはThis World」、「Peace Of Mind」、「Raggamuffin」など13曲が収められていて、すでに85000枚以上売上げている。Sueの受賞の辞:この賞がどんなものであるかよく知っている。これはベルギー人の私とフランスとの結びつきを確認させるもの。この関係が今後も続くように・・。  賞の創設から10年目となる今年、Prix Constantinのサイトによる「この10年間にデビューした歌手で最も優れた歌手」アンケートでBenjamin Biolay(03年ノミネート)が選ばれた。また、授賞式にはBiolayのほか過去の受賞者やノミネート歌手が出演した。そしてRaphaëlCamilleDaphenéOlivia RuizCaliがコーラスで歌ったのは、05年に審査員長をつとめたAlain Bashungの「Vertige de l’amour/愛のめまい」。

No.865  2011.10.19 

№865

ジョルジュ・ムスタキGeorges Moustaki、ステージから引退      2011.10.19

ジョルジュ・ムスタキGeorges Moustaki(1934- №791)が10月14日ステージからの引退を表明した。Moustakiは2009年1月8日BarcelonePalais de la musique catalaneで公演中、呼吸器系の不調のためコンサートを中止、その後回復につとめていた。しかし、「私の病気は完全な回復が不可能。体内のあらゆる部位に影響を与えている。スポーツは一切だめ、40年間長年毎日続けてきた卓球も無理。今後ステージ歌うことは不可能だと判断した。今後は詩作、執筆、絵画など今までツアーなどで家を空けることが多くて出来なかったことをしたい。」Moustakiはエジプト、アレキサンドリア生まれのACIで詩人、今年77歳。日本にはファンが多く、73年「第2回東京音楽祭」にゲストシンガーとして初来日、以来来日回数も多い。76年には全国23箇所でコンサート。95年「夕張国際映画祭」の審査員長、その際阪神大震災チャリティーコンサートを行った。そして「Il est trop tard/もう遅すぎる」、「Ma solitude/私の孤独」、「Les amours finissent un jour/ある日恋の終わりが」、「Le meteque/異国の人」などは人気が高い。2011年には自主製作の、あるいはインディー系レーベルのアルバムを対象にPrix Georges Moustaki/ジョルジュ・ムスタキ賞が創設され、名誉審査員長をつとめ、第1回受賞者はMelissmellであった。11年7月ライヴアルバム「Moustaki au Dejazet/デジャゼ劇場のムスタキ」(№791)がリリースされた。また、11年2月には自伝「La Sagesse du faiseur de chanson/シャンソン作り手の知恵」を刊行している。

 
 No.864 2011.10.18 

№864

リザ・アンジェルLisa Angell、ファーストアルバムリリース   2011.10.18

リザ・アンジェルLisa Angellのファーストアルバム「Les divines/神々しい女性たち」が10月10日リリースされた。Patrick Sébastien司会のF2の人気番組「Les années onheur/なつかしき良き時代に」に出演(№812)して、「Jai besoin de parler/私には話す必要がある」を歌い、観客に、視聴者に大きな感動を与え、一躍注目を浴びるようになったAngell、最後のLエルを2つにしているのは「deux Lドウーゼル/二つのLdeux ailesドウーゼル/2枚の翼」でより高く飛ぶことが出来るようにと。天使の声を持つフランスのSusan Boyleとも言われる。父親はイタリア人、年齢は40歳代らしい、11歳から14歳までニースのカーニヴァルの際に行われるのど自慢大会で連続し優勝。Conservatoire de Nice/ニース音楽学校に入るがクラシックにあきたらず退校し、ポピュラーの道へ。コートダジュールのピアノバー、特に友人が経営しているゲイバーで歌っているうち徐々に人気が。フランスでは著名なマジシャンDani Laryに誘われて、全国を回るLaryのショーのバックで歌う。そしてSébastien司会の、これもF2の人気ヴァライティー番組、「Le plus grand abaret du monde/世界最大のキャバレ」にLaryが出演した際に一緒に出演し歌った。その際Sébastienの目に止まり、「Les années onheur」には歌手として招かれた。その後Sébastienは彼女のアルバムのプロデュースを申し出、実現したのがこのファーストアルバム。アルバムに収められているのは13曲。最初の曲は「J’ai besoin de parler」。「Non,je ne regrette rien/水に流して」(Edith Piaf)、「Mourir d’aimer/愛のために死す」(Charles Aznavour)、「Sauver l’amour/愛を救え」(Daniel Balavoine)、「Un peu plus haut,un peu plus loin/もう少し高く、もう少し遠くに」(Ginette Reno)、「The Rose」(Bette Milde英語で)などのカバー。「Divines」はSebastienの作詞作曲。「Maman le sait/ママはそれを知っている」(先行シングルカットされている。ゲイの男性を歌ったものでAngellのゲイの友人たちはこの曲に感動している)、「Plus forte/より強く」、「La dernière nuit/最後の夜」の3曲はSébastienの詩。「Il Mio Refugio」はイタリア語で、など。このシンデレラのような成功物語を見るとマジシャンはDani LaryではなくAngell自身なのでは。

 
 No.863  2011.10.16  

№863

ジェラール・ルノルマンGérard Lemorman、(その2) F3 Chabadaで特集  2011.10.16

ジェラール・ルノルマンGérard LemormanがフランスのTVF3で10月9日放送されたDaniela Lumbroso司会の人気歌謡番組Chabadaの特別ゲストに。アルバム「Duos de mes chansons」(№862)を記念した特集。アモリ・ヴァッシリAmaury Vassili、リンダ・ルメイLynda Lemay、ジョイス・ジョナタンJoyce Jonathan、ティナ・アレナTina Arena、ナタリー・レルミットNathalie Lemitteが出演Lenormanの曲を歌った。歌われた曲、歌った歌手などは次の通り[リンク映像で登場順に]:

Et moi je chante/そして僕は歌う」(VassiliLenorman)・・そして僕は歌う、僕は歌うことしかできない、失望の中でも歌えば、僕は幸せ・・→「La ballade des gens heureux/幸せな人々のバラード」(Lemay)・・この地球も星の一つ、あなたはそこで輝いている、私は歌いに来た、幸せな人々のバラードを。あなたには地位も階級もないけれど、あなたは神様にtuで話しかける、私は歌いに来た、幸せな人々のバラードを。トップページの記事を探している新聞記者さん、どんなことでも好きに書けるタイトルを提供します、「幸せな人々のバラード」という・・→「Michèle/哀しみのミッシェル」(JonathanLenorman、過去の放送のヴィデオ)・・ミッシェル、12月の雪が降る夜、僕たちは初めて一緒に過ごした。時は流れ、君が去年の春結婚してパリに住んでいると聞いた。あの通りも、楽しかったカフェも遠くなってしまった、郊外へ向かう電車はもう君にも、僕にも関係ない・・→(過去の放送のヴィデオ)Patrick Fioriが「Gérardがデュオアルバムを出す予定なら喜んで参加する」と語っている→「Quelque chose et moi/何かと私:青春の輝き」(JonathanLenorman)・・ある夕べ、何かと私がいた、私は一人じゃなかった、恐れも寒さもなかった、夜ももう長くはなくなった、私には解る、あなたが存在していることが・・→「Voici les clés/鍵はここに」(Arena+Lenorman)・・君の気が変わった時のために鍵はここに、シャンパンは冷やしてある、君を待っている、君を愛しているから、ニコラの誕生日を忘れないで・・→「Il/冬の青春」(LemitteVassili)・・彼13歳両親も友人もない、新聞を読まず、ラジオも聞かない、そして木を切る、鳥に、太陽に、森に、小川に話しかける、あまり寒くない日には・・→「Les matins d’hiver/冬の朝に見る夢は」(Lermitte+Lenorman)・・冬の朝を思い出す、兄と歩いた学校への道、眠りから覚めない手足は冷たい風に震えていた、そして笑いながら雪合戦、学校に着くとそれぞれの教室へ。古いストーブが心地よい温かい風を送ってくると、僕たちの思いは海辺へ、美しい、温かい、人々は勉強のことなど考えず、遊んで暮らしている海辺へ・・。

 

 No.862 2011.10.14   

№862

ジェラール・ルノルマンGérard Lenorman、(その1)新しいアルバムリリース    2011.10.14

ジェラール・ルノルマンGérard Lenormanの新しいアルバムは10月10日にリリースされた「Duos de mes chansons/僕のシャンソンをデュオで」。

Lenormanは1945年ノルマンディー地方Calvados県生まれのACI。子供の頃から音楽に興味を持ち、12歳で最初のシャンソン「Le vagabond/放浪者」を書いた。16歳で地方のダンスパーテイなどで歌う。67年パリに、68年「Vagabond」など4曲を収めた最初のEPGérard Lemorman」を出す。68年Brigitte Bardotの知己を得て「La fille de paille/藁の少女」などを提供。70年Julien Clercに次いでミュージカル「Hair」の主役を71年4月までつとめ好評。71年「Il/彼:冬の青春」がAntibesで「金のバラ」賞を受賞、最初のヒットに。 次いで「De toi/君に歌う」(72年)、「Les matins d'hiver/冬の朝に見る夢は」(72年)、「Le Petit Prince/星の王子様」(73年、この曲のヒットにより「Le Petit Prince de la chanson française/シャンソンフランセーズの星の王子様」と呼ばれた))、「Quelque chose et moi/何かと僕:青春の輝き」(74年)、「La ballade des gens heureux/幸せな人々のバラード」(76年Pierre Delanoë作詞、70年代を代表する曲に)、「Et moi je chante/そして僕は歌う」、「Voici les clés/鍵はここに」(76年)、「Michèle/哀しみのミッシェル」(76年)、「Gentil dauphin triste/悲しきイルカ」(76年)などのヒットを出し、70年代の最もロマンティックな歌手と言われた。73年Olympia初出演。80年「Si j'étais président/僕が大統領なら」がSACEMOscarを受賞。88年ユーロヴィジョンフランス代表21人中10位。その後も定期的にアルバムを出し、ステージのも登場していて、07年にはCD3枚組ベストアルバムをリリース、09年6月6、7日Olympiaに出演、10年にはツアーを行っている。07年自伝「Je suis né à 20 ans/僕は二十歳で生まれた」を出している。「Duos de mes chansons」に収められている曲およびパートナーは[