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釣れづれなるままに

(平成8年から9年にかけて業界ミニコミ紙に連載したエッセイ)『印刷して読みたい方はこちら(PDF)』

皆さんはエサを付けない魚釣りというものをご存じでしょうか。
 これを擬餌鉤(ぎじばり)釣りと言います。
その疑似鉤の中に鳥の羽を材料にして、カゲロウという虫の姿に似せた毛鉤で魚をだます釣があります。また、キラキラピカピカした鉤(はり)で、水中や水面をバシャバシャゆらゆらさせて喰いつかせる疑似鉤も古くから有ります。
 前者の毛鉤釣りをフライフィッシング、後者のキラキラピカピカをルアーフィッシングと言います。 
エサで釣るということは、人間界でも高級レストランが「エサ」になるように、魚にとっても抵抗しにくい魅力のようです。
 皆さんの食卓に、毎日はステーキが並ばないように、川にだってミミズや、イクラは毎日流れていません。しかしその陰にひそんでいる鋭い鉤については、彼氏が彼女をレストランに誘った時の下心と同様に、エサ釣りの安易さがひそんでいます。
 これでは魚にとって決してフェアな釣りではないと古くから考えられていたようで、特にフライフィッシングにおいては様々な考え方が本になっています。
 フライフィッシングはカゲロウを英語でメイフライという事から名付けられた釣り方で、この釣りは、発生が古代エジプトあたりまでさかのぼり、ヨーロッパで発達し、アメリカで完成しました。日本でこの釣りに親しんだパイオニアには西園寺公望あたりも名をつらね、外国で習得した事がうかがわれます。
 諸外国では、かのチャールズ皇太子も自らの領地の川で楽しんでいるのは知る人ぞ知ることです。
 元アメリカ大統領のカーターさんは、日本滞在中お忍びで山梨県の忍野(おしの)でこの釣りをして写真週刊誌に載った事もありました。
 往年のヒット映画で、「リバーランズスルーイット」という作品は、かの名優ロバート・レッドフォードの監督作品で、フライフィッシィングと深く関わりながら兄弟とその肉親の物語で、大変格調高い名作でした。
 
この釣りは、小さい鉤では5mmにも充たないサイズのものを髪の毛の何分の一という直径の透明なティペットと呼ばれる釣り糸に結び、それを徐々に太くなって最後には春雨ほどの太さになるテーパーリーダーと呼ばれる透明な糸に結び、その後今度は不透明で黄色やオレンジ色で爪楊枝ほどの太さのラインに結んで釣り糸そのものが完成します。それを新体操のリボン操作のように、しなやかな竿で何回も振って水面にそっと落とします。これをプレゼンテーションといいます。
 流れの中にそっと立ち入って、前方5、6m先の水面を見ると、運が良ければ流下している虫を食べている魚の波紋(ライズ)を見ることが出来ます。その1m先に毛鉤を浮かせて、なおかつ流れを横切らない自然な流下(ドラッグフリー)を演出します。この時魚に毛鉤が気に入られれば、水面が炸裂してその毛鉤を喰いに魚が飛び出してきます。フライフィッシングの中でも特に、喰いつく瞬間を見ることのできるドライフライと呼ばれる釣の醍醐味です。プレゼンテーションしても水が炸裂しなかったり、毛鉤のそばまで来て魚がUターンしてしまったりすると釣り師を悩ませることになります。釣れない要因がエサ釣りより多く有るからです。
 このように技術も仕掛けも面倒なうえに、この釣りではエサの代わりになる毛鉤の選択にも様々なファクターがあります。それは季節であり、時間帯であり、虫の羽化の体系であり、周辺の植物の状況であり、何と、水質とも深く関わっているのです。
 釣り師の愚痴に「最近は釣れなくなった」というのがあります。これは古今東西共通で自慢話より多くきかれます。これはよく確かめてみると釣り場に人が多く入って魚が神経質になっている場合と、本当に魚が少なくなっている場合があります。
 後者の愚痴をこぼすのなら釣らなければ良い、と言うのは釣りをやらない人達の無理解な言葉です。それではなぜ釣り師は釣りをするのか自問自答してみると、魚を愛しながら魚を殺すという二律背反にぶつかります。
 山を愛する人はただ山を眺めるだけでは満足できずに山登りをします。男と女が愛しあえば、やはりお互いを眺めているだけでなく、抱き合います。自然や、川や、魚を愛する人は、そこに分け入ってそれらを獲得し、体験することで最大の愛情表現をしています。自然というものを語るとき、自然の中に踏み込む釣り師の姿に矛盾を感じ、釣り師自身もジレンマを感じることが有ります。しかし、たとえば自然の風景として受け止めて、何の疑問も抱かずに眺めている「田園風景」が、実は人工の造型物だという現実を了解して頂きたいと思います。水田の耕作面積が減少すると、気候という「自然」が変化してしまうと、日米の農業の貿易摩擦報道でも語られていました。
 「林」の語源が「生やす」から来ていることを知ったのは、私も最近のことです。
 「自然」とは、ほったらかしにしていることだけが「善」ではなさそうです。
 また、私たちは自分の生命維持のために、他の生命を殺して食べています。
 屠殺や漁業など、たまたまその膨大な殺戮(さつりく)の現場に居合わせなくて良いという、社会の仕組みのおかげで殺生を免れています。だからといって、多くの人々が無罪であるかというと、またこれも、はなはだ疑問です。この様な視点で見る限り、我々は生きていくということだけで原罪を背負っているのだと言えましょう。
 しかし、このように否定的に物事を考えずに、人間は自然と対立するものでなく、自然そのものの一部であると思い至れば、人間が神の間違いの結果生まれ出てきたものでないと結論付けられます。そうすれば愚かしく見える人間の行為も、この大地の生命活動の一部と考えられるのではないでしょうか。
 
釣りの話に戻りましょう。
毛鉤が極小の物でないと通用しない時期があります。それは春がまだ浅い時期の釣りで、空中を飛ぶ虫がユスリカだけの時です。
 ユスリカとは水中に居る赤虫が羽化したものを指し、この虫は水質の汚染にも強く、諏訪湖等で大量発生していることでも知られています。水質があまり汚濁していない上流部の流れは多くのカゲロウを育てますが、人家の多い下流域では雑排水によって水質が酸性に傾き、代わりにユスリカが育ち、同時に清流魚のイワナやヤマメといった種類も駆逐されて、一部地域の呼称でハヤ、つまりウグイが住み始めます。
 毛鉤一つが水質の変化を読み取ることは、川の畔でたたずんでいるよりも、はるかに実感できることであって、釣り師は釣れなくなったという愚痴と共に、声高に水質汚染をうったえる義務を有していると思います。

 信州での、イワナ、ヤマメ、マス類の釣りは魚族保護の観点から、産卵期にあたる十月から二月下旬までがおおむね禁漁期間となっています。
 解禁当初の釣りは時として雪が残っていたり、山奥のダム湖では氷がはっていたりしてかなりストイックな釣りになってしまうのですが、五月ともなれば目指す釣り場の山肌は芽吹きが始まり、既に深い緑になり始めている里から、まだ雪の残る山頂に向かってグラデーションを描き始めます。
 山の裳裾(もすそ)の深緑を通り越して標高が上がると季節は逆行して、淡く繊細な緑に取り囲まれ、淡い緑はそれ自体が発光しているかのように感じられ、私も妻もこの季節が最も好きで、それぞれの目指す魚釣りと山菜採りにたびたび出掛けます。
 蕗の薹(ふきのとう)は、枯葉色の土のかすかな隙間から、やはりそれ自体が発光しているかのように鮮明で、なおかつ淡々(あわあわ)と首をもたげ、落葉樹の葉は、まだ日の光をさえぎる程厚く無い分、逆光の日の光をステンドグラスの様に透過させます。落葉松(カラマツ)の新緑は、かえって雨に煙っている様な日に訪れると、その発光作用が顕著に体験出来るような気がして、そんな日にたまたま山間の道をドライブする機会が有ると、何回経験しても二人で感嘆の声を上げることになります。きっとそれらの緑が、儚(はかな)げな色合でありながら、実は生命力を秘めた再生の色であり、また夏色の深緑に染まるまでの、ほんのひとときの貴重な季節であることが心を引き付けるのでしょう。
 渓流に目をやる私とは別に、妻は移り変わる薮を見透かしてタラの芽を素早く見付けて停車を促し、ビニール袋を持って斜面に急ぎます。タラの芽を探すときの「タラの目」になっている典型的な我が家のパターンです。
 五月も中旬を過ぎると、渓流の水辺でも山吹の花が盛りになり、この黄色い花は釣り人にとって実質的な解禁のシグナルになります。
 早期には餌釣り師の独壇場の釣り場も、この時期にはカゲロウもカワゲラもトビケラも羽化をして、毛鉤の釣りが可能になるからです。トビケラは、別名黒川虫とも言い、南信地方(信州の南部)で珍味として扱われているザザムシがこれに当たります。この虫は、メイフライの分類には属さないのですが、大型の水性昆虫でイワナが好むことから、やはり毛鉤のパターンに組み入れられます。
 里の川は、これより一足早く盛期を迎え、水の澄んだ清流でのヤマメ釣りは手軽な釣行になります。
 ヤマメはイワナと比較すると、その食性が、より水性昆虫に依存していて、なおかつ人里に近い生息域のためか、神経質で選択的なのでフライフィッシング向きの魚と言えましょう。
 ちなみに、山上湖あたりで釣り上げたイワナや川マスの腹から山椒魚(さんしょううお)などが出てくることは、めずらしいことでは有りません。
 盛期のヤマメは水の深みでなく、開きに出てきて、流下する虫を捕食するため、かえって底の見えている2〜30p程の水深のトロミで釣れます。これは餌釣り師には釣りにくいポイントで、底が見えている分そこに魚が居るとは考えにくい場所でもあります。
 フライフィッシングは手元のリールに釣り糸を30mほど巻き込んでいるのですが、通常川で釣るときにこれを全て引き出して釣る事は有りません。しかし魚の居場所と釣り人の位置は適当な距離が必要で、5〜6mは最低でも必要です。
 この距離を保ちながら1pにも充たず、一円玉より軽い毛鉤を魚の上流50pのピンポイントに落とし、なおかつ、本物の水性昆虫の流下のように1m流す事は、釣り人にとって誠に技巧的で、その結果の釣果は達成感の高いものです。

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 チェストハイと呼ばれる、胸まであるウエーディングシューズ(防水長靴)を履いて川を遡上(そじょう)しながら釣り上がっていくと、低い砂防堰堤(さぼうえんてい)が有る。その下の小さなプールは魚のけはいが濃厚で、先行した釣り師の足跡も見えないため、最もセオリー通りのポイントを狙うことにする。左手の瀬脇にクレソンの群落が有るのを見付けて「今日は釣果が無くても言い訳ができるな」と考える。
 明るい日差しの中で視認性の高い蛍光オレンジのフライラインを竿先から1m程出してフォルスキャスト(前後に竿を何回か振る行為)をしながら徐々にラインを伸ばして5m程になったところでプレゼンテーションをする。居るか居ないか判らぬ、魚の鼻先とおぼしき所にやわらかくフライが落ちる。昨晩巻いた毛鉤は、そこにつながっている釣り糸の気配を悟られぬ様に、光る水面を流下し始める。
 身体中を反射神経の固まりにしてポイント通過までの3秒を待つ。
 「出た!」考えるより早く竿が動いてフッキングさせる。掛かっているか外れたか竿先を見る癖はいつものことで、結果は魚の力強い筋肉の動きを増幅する竿の動きで確認できる。右へ左へ素早く動く糸につながれた水中のまだ見えぬ魚は徐々に寄ってくる。腰のランディングネットを使うか少し迷ったが、そのまま抜き上げることにする。
 手のひらに乗ったヤマメは体側の小判型のパーマーク(幼斑)も明瞭で、淡水の宝石と呼ばれるだけの気品がある。
 魚体を強く握りすぎないように気をつけて鉤を外し、川上に頭を向けてゆるく握っていると、長く眺めていたいこちらの気持ちとは裏腹に、魚体を一振りすると、一瞬の内に元の住みかへ戻って行く。「あと2センチ大きかったらなあ」と考えて、先程のヒットフライをフロータント (フライを浮かせておく溶剤)のビンに浸す。
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 日本では、パーマークを幼斑と訳していて、鮭、鱒属も稚魚の時に同様の小判型の斑点が有り、たしかに成魚と稚魚の別を現していますが、ヤマメは成魚も清流に泳ぐ限り、生涯をそのファッションで全うします。日本人のお尻の蒙古斑がパーマークとするならば、これとは別の意味合いがあるようです。
 信州では木曽の鳥居峠を境に、ヤマメの魚体に朱斑を散りばめた種族が居て、これをアマゴと呼びます。西日本のアマゴと、東日本のヤマメの分水嶺がここにあるのです。

 清流も渓流も、近年は少し釣り上がると砂防堰堤がありますが、これを治水という観点から必要だということは充分理解できます。しかし魚の生態系はそこで分断されてしまい、一本の川でありながら一本の川としての魚の体系は損なわれてしまいます。
 なぜ砂防堰堤が必要かというと、もちろん砂や岩の流失を防ぐためですが、そうなってしまった原因は、山の保水力を弱めてしまった森林事業の問題や、舗装による吸水低下等によるものと考えられます。
 堰堤(えんてい)の目的が川の平坦化を目指す物であるため、要所々々で段差を設けなくてはならず生命体系にとっての分断が行なわれます。流速の落ちた溶存酸素量不足の水は急激に汚れ始め、この事によってまた清流魚は住みづらくなります。
 また、木が伐採された山肌には、経済林としての針葉樹が植えられ、落葉の堆積による微生物の繁殖は減少し、なおかつ小鳥たちの餌となる木の実も減少します。一つの生命体系が損なわれると、それを餌にする食物連鎖の環が断ち切られてしまいます。
 杉花粉の問題も、ある部分で人災であると人々は知るべきです。
 
山の五月中旬はコゴミには遅く、ワラビには早い季節で山菜の端境期(はざかいき)ですが、渓流にはすでに多くの釣り人が訪れているため、魚のプレッシャーは高く、大変釣りづらくなります。
 以前は餌釣り師の落ちこぼれを拾い上げるような釣りも可能だったのですが、近年は餌を使わない釣りということで、このフライフィッシングにのめり込む女性も多くなってきました。フライマンが多いことで釣りはなおシビアな技術を要求されます。
 ある時、渋谷の釣具店で毛鉤の材料を選んでいると、同行の妻がモデルの様な女性が買物をしていることを知らせてくれました。
 モデルの様な人もフライをしますが、アウトドアファッションのモデルの様な人とも釣り場で遭遇します。やっかみも有りますが、私はすれ違いざまに「総額30万円だな」と値踏みする目は持ち合わせています。しかし、自称本格派アウトドアマンの私は、釣り場で人と合いたいとは思いません。いつ転ぶか、いつカギ裂きを作るかわからない私のファッションは、ほとんどホームレスファッションだからです。
 先日訪れた私のクライアントの娘さんは、結婚相手に感化されてフライ用のバンブーロッドを作っていると話してくれました。フライ用の竹竿は断面が六角形で、その形を作るために断面が正三角形の竹ヒゴを六本張り合わせ、先細りに整形するという気の遠くなるような作業です。こんなフライお宅の女性が首にバンダナを巻き、レイバンのサングラスかなにかで川に立ったら、ファッションではとても太刀打ちはできません。
 昔は美人に見えてしまうための条件を「夜目、遠目、笠の内」と言っていましたが、現代は「夜目、遠目、サングラス」は美人に見える必須条件のようです。
 
最近、自宅の近くの池でブラックバスと、ブルーギルが釣れるというので、フライフィッシングにのめり込み始めた息子と二人で出掛けました。
 周囲三百メートル程の池の周辺にはルアーの竿とフライの竿があちこちに見え、手軽な岸からの釣りのため、ファッショナブルな人も多く見られます。しばらく釣り歩いて当たりが無いので、仕掛けの交換のため車に戻ろうとすると、若い男女の3人組に出会いました。男2人と共にいる、その、サングラスの似合っている女性はフライの竿を携え(たずさえ)、セミロングの髪をキャップの調整ベルトの間からポニーテールにして下ろし、足には黄色と濃紺のニーブーツを履いています。「遠目とサングラス」の合わせ技の、その女性はかなり美人に見え、足を止めると彼女もこちらを気にし始めているようです。
 こちらは美人を気にしているのですが、彼女は自分の腕前を気にして竿を振らないようです。実はフライフィッシングという釣りは、スキーの技術が斜面の立ち方で判断できるように、竿を振り始めると腕前が分かってしまう釣りなのです。彼女が子連れの小父さんに一目惚れをするはずもないことは分かっているので、私達はそそくさとその場を離れることにしました。
 釣り師がサングラスを掛けるのは、夜のホテルのバーでサングラスをしている芸能人やその筋の人達とは目的が違っていて、まず正確に言うとサングラスではなく、偏光グラスというものです。これは着色分子がスリットになっていて、一定の方向の光だけが入り易くなっている物を指します。簡単に言うと、とても細かいブラインドと思って頂けば良いのです。水面は、太陽の光を反射して水中を見にくくしていますが、これは瞳孔が明るい部分に対応する生理作用を持っているからです。太陽の光を減少させることができないのなら、目を細めるような作用を人為的にやる必要があります。減光してなお一定の方向の光が入ってくることによって、少し暗い水中が明瞭に見えてきます。これが偏光サングラスの原理で、これによって釣り師は魚の「当たり」の瞬間を見逃さずに済みます。
 レースのカーテンで、黒いレースの方が白いレースより室内の目隠しに有効だと誤解している方がいますが、白いレースの光の反射に対応した瞳孔が、その向こう側に有る、少し暗い部分を見にくくするのは、水面の光の反射と同様です。
 また、横型のブラインドが「ベネシアンブラインド」と呼ばれるいわれは、ベニスの建物で水路に面している所では、下からの視線と水面からの反射をさえぎるため考案されたからです。

 ブラックバスは1925年赤星鉄馬氏によって、ニジマスと同様に食用の期待を担ってアメリカから輸入されたものです。ニジマスは商業的に成り立って市民権を得たのですがこの魚は最初の放流場所の芦ノ湖から持ち帰った釣り人のゲリラ放流によって全国に散って行きました。75年の歴史を持つ魚ですが一部では害魚として見られています。
 ニジマスは今ではヨーロッパにも、オーストラリアにも、南米にも野性化した種類がいますが、これも移入されたものです。これらは食用という現実的な目的でなく、あくまでも釣魚として移入されたものです。
 インドはイギリスの植民地時代が長かったため、ゲームフィッシュとしての魚の移入は盛んで、冷水を好むこれらの鱒属がインドの気候でも冷水域にあたる高地の河川に生息しています。したがって、フライフィッシングに関わる産業も盛んで、毛鉤の材料になるチャボの養鶏や、巻くためのタイイングツールと言われている道具なども輸出産業として成り立っています。比較的安価に買えるため、私も初めて買ったバイス(万力)は「サンライズ」というインド製の物でした。

 シューベルトの楽曲に「鱒」という曲がありますが、当然アメリカから移入されたニジマスの事では無く、ヨーロッパ原産の川鱒の事で、日本にも移入されてブラウントラウトの名で親しまれています。
これらの歴史をひもとくと、けっして今のように輸送手段が楽では無かった時代の、
釣り師の熱意とその馬鹿さかげんがよく分かります。

 前段で少し触れたブラックバスは温暖性の魚ですが、冬、凍結してしまう湖にもゲリラ放流され、ワカサギやサケマス属の稚魚を食べてしまうということで害魚扱いされています。
 こんな山の上の湖にはまさか居まいと思っていても、足元を泳ぐブラックバスを発見すると、ジャイアンツで活躍する外人選手を見るような複雑な気持ちになります。
 ブラックバスは確かにゲームフィッシュとしては大変面白い魚で、掛かってからの暴れ方は他の魚でははなかなか味わえない引き味を楽しめます。また、キャッチアンドリリースといって持ち帰らない人も多いのですが、調理すると大変おいしい魚でもあります。 しかし、その面白さやおいしさを知っていても無制限に放流することを私は好ましいとは思えません。煙草を引き合いに出して適当なのか分かりませんが、趣味趣向は自己完結すべきだと考えます。煙の行方についての責任や、それを吸いたくないと申し入れる人が居る事は当然です。どんなにすばらしい恋人でも、ニンニクを食べたばかりにキスをすべきでないのと同様に、ブラックバスの釣りが面白くても、他の釣り方や、釣魚を侵食することは適当でないと考えます。                          
 ちなみに私はやめるまでの喫煙は一日60本の量でした。

 ブラックバスがおいしい魚なのに、それほど食卓にのぼらない訳は、魚体がそのままでは生臭くて食べられそうに思えないからです。
 本来、海に生息するスズキの仲間で、身は淡泊で品の良い味なのですが、鱗を全て処理しないとその生臭さが残ることから敬遠されているようです。
 海のスズキを、英語ではシーバスと呼んでいます。
 ブラックバスの調理では、まず軍手をはめてつかみ、包丁の背か、切れない皮引きで全ての鱗を落とします(正式な鱗落としが有れば最高)。背ビレが鋭いことと、ヌルで滑らない為に軍手が役立ちます。
 頭を落として内蔵を出すのですが、包丁は良いものを使用し、絶えず研いでおきたいものです。ベッドと刃物に、お買い得品は無いというのが私の持論です。
                            
 日本には優秀な刃物を作る素地が有り、アメリカより一歩遅れてはいますが、すばらしいカスタムナイフの作者が続々と現われています。その中で最も私の好きな「古川四郎氏」のデザインを盗用し、STS34という日立の鋼材に、リネンマイカルタという絶縁素材のハンドルを付けた小振りのフィレットナイフを私は自作して、もっぱら利用しています。手入れさえ怠らなければ抜群の切れ味と使い心地です。
 料理の話に戻すと、処理済みの魚体を三枚におろし、ブツギリにして唐揚げ粉をまぶします。油で揚げてアツアツを口に入れると、これがあの生臭かったブラックバスかと思えるほど、ほくほくとして品の良い味です。

 私が釣りを始めたのは、末の息子が生まれた頃で、かれこれ14年程の趣味になります。
 始めると同時に様々な釣り雑誌や、釣りに関わる小説を読みあさり始め、その中でも特に「開高健」の一連の釣りに関わる読み物は私の心を深く捉えました。
 「フィッシュ・オン」はその中でも繰り返し読んでいる本です。
「フィッシュ・オン」とは釣り師がよく、「掛かった」とか、「乗った」とか、言うように、英語でも「アイ・ガット・イット」とか言う言葉のひとつだそうです。言葉を発しない時の釣り師の心理は、まず「?」、そして「!」、次は「!!!」となるようです。
日本人がアラスカやカリフォルニアの釣りの経験をそのままに、日本のフィールドで「フィッシュ・オン」などと叫ぶのは、海外旅行の三日目に出てきた日本食を「なつかしい」などと言いながら食べるように、少しスノッブです。
 それはさておき、この本は他の開高文学と同様に、言葉の完成度が高く、美しい文章に仕上がっています。
 娘二人の後での息子の誕生は、どこかで将来の遊び仲間を獲得したような喜びがあり、この本にでているアラスカのサーモン釣りの話は、将来息子と釣りをする夢を見させてくれました。
 ボート釣りをしている父子の情景を開高健はこう書いています。

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「川の真中を一艘のボートがおりていくのが見えた。父と子が乗っている。いま、子の竿が弓のように曲がり、ぶるぶるふるえ、さきがほとんど水面につきそうになっている。
見ていると父はボートを右にまわし、左にまわしして操りながら、子にたえまなく声をかけ、注意し、はげましてやるが、けっして助けてやろうとはしない。それが最大の援助である。自分でかけた魚は自分であげなければいけないのだ。着手したらさいごひとりでたたかえ。やりぬけ。完成しろ。夢中になって竿にしがみついている子と、たえまなく声を発する父と、二人を乗せてボートは水と大魚にひかれて下流へ流れていった。
 子はおそらく生涯今日を忘れないであろう。子は成長して言葉やアルコールで心身をよごし、無数の場所で無数の声を聞きつつ緩慢に腐っていくことだろうが、父のこの叫び声だけは後頭部にひろがる朦朧とした薄明のなかでいつまでも変形せず解体しないで小さな光輝を発していることであろう。」
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人生にはいくつかのトロフィーが必要で、それがやむを得ず膿んでしまった自己の復元力に成り得るということ、そして釣りがその「心のトロフィー」に成り得るということを開高健は書き、私は深く共感しました。

 岩魚(イワナ)や山女(ヤマメ)のように冷水を好む魚の釣りは、水温が上昇する盛夏の釣りでは,「一里一匹」という諺が有るように、かなり距離を歩かないと釣果(ちょうか)は得られません。
 水温が低い場所を探すために、どうしても源流近くまで遡上(そじょう)してしまうのもこの季節です。
 魚がもっぱら餌を食べる時間帯は日の出の前後と日没の前後と言われ、この時間帯を釣り師は「まづめ時」と言い、そのために釣り師は早起きになり、夜明けの早い夏などは3時、4時起きの釣り師もめずらしくありません。
 本物の餌でない毛鉤を使用するフライマンも例外ではなくこの時間帯を狙います。しかし、日が昇ってしまった時間帯でも、狙う場所やその日の天候によって、そこそこに釣れることもあります。そんな夏の日の一匹は、本当にうれしい釣果と言えます。
 夏といっても源流の水はかなり冷たく、チェストハイ無しには釣りになりません。陽射しは強いので帽子をかぶり、釣り師の道具入れとも言えるフィッシングベストを生地製の物からメッシュ製の物に替えても、日焼け防止と擦り傷防止の観点からシャツは長袖の着用が必要です。

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 山間を通るバス道路の脹らみに愛車を止めると、まずチェストハイを履き、フッシングベストを着込み、保冷材の入ったクリール(魚篭)を肩掛けにして、既に毛鉤を結びつけてあるフライロッドを持つ。
 午前中の釣果は別の川でゼロだったため、思い切って河岸(かし)を替えてみたのだ。
 高い陽射しの中を蝉時雨(せみしぐれ)に追われるように川へ向かった。
 先行者が竿を既に出しているだろうと予測して、瀬脇やザラ瀬をねらってみることにする。ティペットは普段より一段と細く、0.3号なので神経質な魚には有効なはずである。
 リールのクリック音をジージーと山肌にとどろかせてラインを3メートルほど出して最初のキャスティングに入る。ラインにつながったリーダーとティペットは光りながら、思った軌跡を描いている。魚に気取られないようなソフトプレゼンテーションが会心の出来で成功して、当然流れ始めるはずのフライを目で追うが、「無い!」水面に有るべきはずのフライが「無い!」引っ掛かるような木も草も無いのにフライが落ちないのである。
 目を1メートルほど上げると、何と川を横断している一本の蜘の糸にティペットが乗っているではないか。
 以前これと似た経験をした事がある。その時は、金属の鉤の付いた毛鉤をトンボが必死に抱えてホバーリングしていたのである。多分、時速何十キロという速度で振られている毛鉤をトンボは見付けて、それに追いつき、捕らえて、そこにつながっている糸を含めて持ち上げ続けていたのである。
 今回は蜘の糸なので強引に切ってしまい、再び振ることにした。蜘の糸が残っているということは、そこで竿を出したり、通り抜けたりした者がいないということなので、再度慎重にソフトプレゼンテーションを試みた。
 思った位置から岩魚が出てきた。
 岩魚は山女よりゆるやかに出てフライをくわえるので、魚体が大きくても山女ほどティペットの合わせ切れは多くない。
 ランディングネットで慎重にすくうと、今日最初の釣果を腰のクリールに入れる。
 出だしは良くてもやはり夏の川の釣果はかんばしくなく、一時間も川を歩くと冷たい飲み物が恋しくなってくる。
 あの石の陰、あの落ち込みの下と、川から上がることを先延ばしにして二時間ほど遡上し、見えなくなってしまったバス道路に不安を感じつつようやく竿を納めた。薮こぎをして、かなりの急坂を登るとようやくバス道路に出た。
人家の無い山道を乾き切った身体で下り始める。
体内の渇きとは別に、水から上がったチェストハイの中は水漏れをしているようにぐっしょり濡れているのが感知できて不快である。まだ高い陽射しの中の重装備は、二時間も釣り上がった後悔となる。
 喉は乾いても、山間の道を延々と下り、車にたどり付くまでは我慢しなくてはならない。
 そう考えていた矢先、道の角を曲がると突然人家が現われた。
 山間の農家とおぼしきその家の入り口には、何の脈絡も無く、清涼飲料の自動販売機が麗々しく鎮座していた。そんなエイリアンの様な存在に疑問を投げ掛けるより早く財布を取り出すと、間違えないように「COLD」の範囲の中からカンを選んだ。こんなに早く人心地がつけるなどとは思いもしなかったので、足取りも軽く再び歩き始めた。
 「さあ2キロでも3キロでも歩くぞ」と決心して、2、3分程歩くと比較的開けた道に変わった。どのくらい登ってきたのか確認のため出発点を探し始めた私の目に、思いも掛けない近くに駐車してある愛車の姿が飛び込んできた。距離にして五、六百メートル。私はたったこれだけの距離を2時間掛けて釣り歩いていたことになる。
 車に戻るとさっそく内側の濡れているウエーディングシューズを脱ぐ。履いているチノパンツはまるで失禁で濡れているようで、これではとても乾くまで人前に出られない。
 シューズは決して穴が開いている訳でなく、運動と暑さで発散する汗が、逃げ場の無いシューズの中で、シューズの皮膜の外にある冷水に冷やされて結露したものなのだ。
 濡れまいとして濡れてしまうという矛盾は、雨カッパでも同様で、ゴアテックスの様な透湿防水素材が出るまでは、全てのカッパやスキーウエアがその矛盾を抱えていたものである。建築物の結露の問題も原則的には同様だと言える。


{平成7年、息子14歳の秋}
 禁漁を控えた9月最後の日曜日の早朝、私と息子は今年最後の釣りに、上高地の下流の川を目指して出発した。車には、どう考えても2日分に相当する飲み物と食物が乗っているのだが、途中の新島々(しんしましま)の駅で停車して、お湯の出るカップ麺の自動販売機から2個を新たに購入して早めの朝食とした。ウイークデイの食欲の無い朝食とは大違いの自分に苦笑する思いである。家で食べればわびしいだけのカップ麺も、釣行日には最大のごちそうである。
道路脇で慌ただしく麺をすすっている私達の車の横を何台もの車が通りすぎて行く。だれもが釣りを目的に山へ向う訳でもないのだろうが、観光シーズンの端境(はざかい)であるにもかかわらず、この通行量の多さは私たち親子の気持ちを急(せか)せるには充分である。
ゆったりとした?15分の朝食を済ませ、そそくさと私たちは釣り場を目指した。
 
一日釣りをすることができる日は、以前のように暗やみの中を出発するほど気負い込んではいないけれど、朝食を済ませてから出発したのでは、このごろの釣りブームでは、わざわざラッシュアワーの電車に乗り合わせるようなものである。
 山道の駐車帯はごく限られているのだが、到着が少し遅れると目指す場所は車を停めることができなくなる。したがって朝食と昼食の買い出しは前日に済ますことにしている。食事といっても大体はカップ麺で、これに魚肉ソーセージを買い足して完了である。自宅でこんな食事をとればわびしい限りだが、持参したポリタンクの水をヤカンに注いで携帯バーナーの青い炎を見ながら待つのは換えがたい時間だ。 
 今のアウトドアブームでバーナーも様々なものが出回り、高いカロリーのものでは5800キロカロリー程度のものもある。この位の出力だと野菜炒めだってできる。ただし、理屈道理にいかないのが野外料理である。勢い良く燃えているバーナーの青い炎は、絶えず吹いている風に巻かれて右に左になびく。そんな不効率で、じりじりした時間を待っても、アウトドアでの火は、人を幸福にしてくれる。もっと時間があれば焚き火をしたり、炭火を熾したりして調理したいと思っている。私のように火を見つめることが好きな人は多く、それが高じると住宅に暖炉を設けたくなるようだ。
 絶えず動く火の不定形さは飽きさせることが無く、もしかしたら古代から人間が人間であり続けることができた、「道具としての火」に安らいでいるのかもしない。  
 明かりとしても使われてきた火は、やはり「種」の記憶としてインプットされているために、我々は焚き火の光に近い、白熱灯の明かりを快適に感じるのだろうか。 

 トンネルをいくつか抜けて奈川度(ながわど)ダムを右折すると、湖岸の道路の膨らみには釣り師のものと思える車が駐車してある。乗鞍高原行きの左折路を通り越し、その先の沢度方向への道路脇の数少ない駐車帯はことごとく釣り師の車で埋まっている。
 私達は予定通り沢度を通りすぎて、坂巻温泉の下流まで上ることにした。少し雨模様の天気にいやな予感がしたものの、まだ誰も車を止めていない道路の膨らみに停車すると、レインギアを羽織って、はるか下の川面を覗く。誰もいないと思っていた川筋に点々と人の姿が見えている。今日一日の釣りはほとんど絶望的だと落胆する。
 車の止まれない場所まで道路を歩いて下れば、場荒れしていないポイントに行き当たるのではと、気をとりなおしてバス道路を徒歩で下ることにした。

 川の上流を見ると、釣り師として装備の完璧なヤンママが、流れの中で釣りをしているのが見えた。ヤンママはご存じのようにヤンキーママの略である。ママと思った理由はその脇の岸辺に幼い子供が居たからである。十分程でそこまで上ると、その頃にはすでに岸辺にあがって彼女はタバコをふかしていた。期待通りの休息のしかたである。
 「お子さんと二人連れですか」と問い掛けると、ご主人がこの先の上流にいるとの答えが返ってきた。ささやかな市場調査の結果、下流で釣れない理由が判明したので、息子を促して岸に上がることにした。
 車に戻ると、息子に魚を掛けさせてやることのできる場所に思いをめぐらす。九月の最終日曜の今日は禁漁前の最後の休日である。私たちは下流のポイントに場所を移動することにした。
 
新たなポイントで猟犬のように先行した釣り人の足跡を探すが、幸いにしてその気配は無かった。
 息子に魚の気配の濃厚なプールをゆずり、下流で2,3投キャスティングをしていると、声高に呼ぶ声が聞こえた。近付くと、紛れもないイワナが息子の竿に掛かっているのが見えた。彼もランディングネットを持っているのだが、竿を操りながら魚をすくい上げることができそうもないので、私のネットで取り込むことにした。
 休日の父親の責務をはたした安堵感でふと考えてみると、彼がイワナを釣り上げたのは今日が初めてだということに気付いた。
 その周辺でライズを繰り返すイワナは、その後どうやっても釣り上げることができず、交換する毛鉤のことごとくが無視されてしまった。
 
その日の夕方、家に帰ってさばいたイワナの腹には蟻だけが入っていて、その時私は秋口の釣りのセオリーをようやく思い出した。息子のラッキーに惑わされて、私は一度もアントフライ(蟻の毛鉤)を結ばなかったのである。
 
禁漁直前の休日はまず場荒れしていない穴場を探すことが命題と、再度別の川に移動したのだが、その時私は重大なポカミスをしていることにようやく気がついた。息子のイワナの初釣果を大喜びしていてランディングネットを無くしてしまったのだ。息子の代わりに魚を取り込んでやったあと、そのネットをどうしたのか皆目記憶がない。
 
その川に入ると、一匹の釣果に気負いこんだ息子は、私を置いて上流に行ってしまった。
多少の経験を持ち合わせる私としては、もっと丹念に探る場所が有るはずと、息子が通り抜けた川筋の脇に毛ばりを打ち込み始めた。さっそく、そこそこのイワナが掛かり、ネットが無いのでやむなくハンドランディングをする。私の今日最初の釣果である。
 遠くの息子に「ほら見ろ」とばかりに声を掛ける。ふくらはぎを浸すほどの、川底の見える場所からの釣果は、息子を少しだけ慎重にさせたようで、私は追いつくことができた。

その辺りは川幅がせばまり、プールが連続していて大物がいても不思議ではない。
フロックの釣果でない体験を息子にさせたいと、毛ばりを落とす位置を指示する。
 頭上の立ち木の枝が邪魔で、少し的を外れて流れ始めた毛ばりに「バシャッ」と反応した魚体が一瞬二人の目にはっきり確認できた。
しかし、間髪を入れずに反応した息子の竿には何も掛かってはいなかった。
もう一度毛ばりを落とす位置の再確認をさせ、慎重なプレゼンテーションを試みる。
流れる毛鉤を祈るように凝視していると、
出た!!
再度出てきた魚は予想より大きく、しかし今度は鉤をしっかりくわえている。
まだ見えぬ魚は息子の竿を大きく曲げて、たちまち私達をパニックに落としてしまった。
「お父さんお願い!」。
一人で取り込みができない息子は叫ぶ。
私は自分のネットが無いことに惑乱しつつ、とても手ですくえる大きさではないと判断し、
とっさに息子の腰のネットを抜き取り、すくいあげた。
                              
興奮が去り、気が付くと、私達はまるで抱き合う様にして川に立ち、私はまるで自分自身の釣果の喜びを噛み締める様に、ネットの中の、重い、命の躍動を感じていた。

成功である!
成就である!
達成である!
これは紛れもなく、私のトロフィーである。

                         完
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