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パートタイムドーター           鈴木佳寿美 著

1999年12月、交換留学のホームステイでオーストラリアから17歳の娘がやってきた。
ボーイスカウトの短期交換留学制度によるもので約50日の滞在である。
息子はこの夏、既にオーストラリアで45日のホームステイをして、現地の高校に通学する体験を済ませている。
日本ではガールスカウトという別組織があり、活動は男女別なのだが、オーストラリアでは「スカウト」と呼び、男女混合の組織である。

その娘はたらふくOGビーフを詰め込んだような体格にバックパッキングの出で立ちで松本駅に降り立った。
とてもルーズソックスで渋谷を歩くのは似合わない純朴な娘である。
オーストラリアを同時に出発した他のスカウト達は皆ヨーロッパへ行ったというのに、只一人希望して、この極東の田舎の駅に降り立った娘は心細そうに大きな体を縮めていた。
それから数日、彼女はほとんど食事を摂らずに末息子の高校に通学を始めた。
数日後、ようやくなじみ始めて口に入れるものといっても、スパゲティーと肉類のみである。
貝も魚も野菜もダメで、刺身に至っては、ゴキブリでも出されたように気味悪がっている。
聞いてみると、親は何でも食べるそうで、この娘だけが好き嫌いが激しいようなのだ。
異文化に触れたいと日本を希望したはずなのに、まず食事でつまずいてしまっては、訪日の目的が達成されないことになる。
口数も少なく、干からびた笑顔を浮かべていた娘も、地域のスカウト活動や、高校の級友の温かさに気持ちがほぐれ始め、我が家にもなじみ始めてきた。
生まれて初めて親元を離れて過ごすクリスマスシーズンに不安も有ったらしく、クリスマス前に連れて行ったガラス工房や、松本市内の様々なイルミネーションに、異国で過ごすクリスマスへの期待が高まったことも功を奏したようだ。

イヴの晩、買い置いてあったガラスのツリーをプレゼントすると、大きな体で少女らしい喜びを表現している。
例年のクリスマス当日の過ごし方を尋ねると、おばさんの家にイヴから出かけ、朝はクレソンを食べるのが楽しみと言うではないか
この娘は野菜が嫌いで妻は苦労しているのに、クレソンが好きとは知らなかった!
「貴女ハ、クレソンガ好キデチュカ?」と私。
「ええ!とても好き」と彼女。
今はシーズン前で残念だと思っていると、
「それにイチゴジャムをつけて食べるの」と、
娘は続けて夢見るように“のたまう”ではないか
「ジャム??」
会話が変である
「クレソンハ野菜デチュヨ ディス イズ ア ペン」と私。
「違うわ、パンよ!」
「?????????!!!!!! そうか!クロワッサンの事だ!」
私の英語力不足に加え、名だたるOG英語の訛りである。クロワッサンをクレソンと聞き間違えていたのだ。
我が家のパートタイムドーターはクロワッサンが大好物だったのだ!
翌朝の朝食にクロワッサンを用意したのは言うまでもない。

ある日、遊び歩いてばかりいた娘が宿題だといってテキストと問題集を持ち出してきた。
数学の問題集を私に示し、π(パイ)を使った円の面積の出し方が解らないと訴えるのだ。
『おいおい、高校生が円の面積。それも円周率を覚えていないとは・・・』
それでも即答すると、娘は初めて私を尊敬の眼差しで見てくれた。
ブロウクン英語ばかり使う父の威厳の修復であった。
このとき、円周率を備忘録として「memorandum」するように言うと、彼女はこの英語を知らないと言うのだ。
発音に問題があるのかと、文字に直しても知らないと言う。
そこで、「君はもう少し英語も勉強したほうが良い」と私が言うと、彼女が肩を震わせて笑いをこらえている。
冗談も通じたようだ。


年頃の娘だというのに風呂に入ることを日本人ほど好きでなく、二階の自室へ戻りかけた娘に「お風呂は入らないの?」と声をかけると。階段の途中に止まり、「ウ〜ン」とうなって迷っている。
私が「To take or not to take」(入るべきか入らざるべきか)と切り出して「this is the question」(それが問題だ)と続けると彼女も片手を広げてポーズしながら、「this is the question」と、もったいぶって唱和し、ケラケラ笑いながら「お風呂に入る」と言って二階へ駆け上がって行った。
------このくらいのシェークスピアのせりふなら、アレンジして言えるんだゼイ!!------

暮れの大掃除を終え、我が家の成長している子供たちとは近年疎遠になっていた久々のトランプやゲームで過ごす、子供中心のにぎやかな年末年始。
新年の初詣。
オリンピック施設の見学。
茶の湯の見学、とスケジュールをこなすうちに、50日の滞在期間はあっという間に過ぎてしまった。

帰国の数日前から、また寡黙になり始めた娘がぽつんとつぶやいた。
「私はディズニーランドで遊んで帰ることが出来ますか?」
実は、帰国前に交換留学の義務として東京のボーイスカウト日本連盟本部に一泊し、滞在期間中の感想文を提出することになっているのだが、翌日のフライトまでの空き時間にディズニーランドで遊ぶ腹積もりらしい。
そうか!!これが目的で日本に来たのだ!!
来日の謎が今、解明した!!
さっそく連盟に電話で交渉し、事務局の女性が同行することで彼女の希望はかなえられた。
破顔一笑!!

松本を離れる朝、「帰りたくないと」泣き出した娘をなだめ、私達夫婦は凍てつく松本駅頭に立っていた。
なじんで味噌汁まで飲めるようになった娘は、翌日の楽しみと、離日の寂しさをない交ぜにして顔をくしゃくしゃにして泣いている。
妻に抱きついて泣いている。
「お父さん」と言って抱きつく娘の体に、手!手が回らない?
(太い!!この娘は少しも痩せなかった!!)
寂しさと共に、来日時と変わらぬ娘を無事親元に返せる安堵感が私達夫婦を押し包んだ。
土産を詰め込んで、来た時以上の大きさになったバックパッキング姿の、わがパートタイムドーターは夏の盛りの祖国へ、この日帰っていった。
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