稲毛惣社 白幡八幡大神 本文へジャンプ

禰 宜 舞

(川崎市文化財・市重要習俗技芸指定)

神事日・・・7月第3日曜日・9月第3日曜日

新編武蔵風土記稿の神主小泉家について記された中に「村内の八幡・神明・五所稲荷などの神職を兼務む…。近村神主少なきゆえ何れの村に祭りあるごとに、必ず信濃に託して今の俗に用ゆる所の十二座及び五座等の神楽を行えり」とあって、この五座の舞が禰宜舞です。舞の起源ははっきりしませんが、慶長五年(一六〇〇)徳川家康関ヶ原御出陣の祭戦勝御祈願のため、平村白幡八幡社の神主小泉に太々神楽を興行させたのが始まりといわれ、今日に伝わっています。

江戸初期には正月三日、江戸城に上り将軍の前で舞ったといわれています。現在では各神社の夏祭・例大祭に氏子皆様の家内安全を願い奉納されています。

舞いは素面による四方祓の舞の後、面と衣裳を取替えて五座の神々の舞いを行います。

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素面
猿田彦命(サルダヒコノミコト)
道案内を先導する神
天鈿女命(アメノウズメノミコト)
神楽、技芸などの祖神

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天児屋根命(アメノコヤネノミコト)
祭を司る神
彦火火出見命(ヒコホホデミノミコト)
山の猟を司る神
大山祇命(オオヤマズミノミコト)
山の精霊、大山を司る神



初 卯 祭

      


              


神事日・・・3月初卯の日

八幡講と呼ばれ3月初卯の日に行われますが、その日には藁で作った大蛇を鳥居に飾ります。大蛇は長さ1丈(約3米)、で角は牛蒡、舌は人参を2つに裂き、目は八つ頭で作ります。なお、尾の辺りに木で作った剣を立てます。このお祭の大きな行事は4講中(日向、日陰、上、下)に分かれて大蛇を作ることと、的を作ること、各講中に分かれての「お高もり」でしたが、現在では「お高もり」は神様に供えるだけです。当番帳は享保7年(1722)、同18年(1848)、嘉永2年(1848)、明治18年(1885)のが残っていますが、現在は昭和44年(1969)の物を使っています。
新編武蔵風土記には「例祭は二月初の卯の日と定め、社前に於いて射術の式あり、尤其形ばかりかな」と記されていますが明治中頃から3月になりました。「的」は葭を潰し網代に編み和紙を貼って作ります。大小2つを作り「大的」を使い、「小的」は神前に供えます。弓は5尺2寸の桃の木を使い、矢は矢竹を使います。いずれも2組ずつ作って、射手は5歳未満の長男2名が選ばれ、それぞれ介添えがついて的をめがけて射、五穀豊穣を願います


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