亡き柴犬デンは本当に見事な犬でした

 

 

 
 昭和19年、B29の空襲で東京が焼け野原になる前、3歳の私は座敷の中で大きな秋田犬の背中に跨り、おんまパカパカ。でも、のっそり立ったまま一歩も動いてくれなかったなあ…。
 店先に座っていた見知らぬ茶色の犬に、祖母がマンマあげるから裏口に回んなさいと言ったら、ちゃんと裏の台所に来たので感心しました。
 幼児期の犬にまつわる懐かしい記憶が、傷心の高校生だった私に獣医師への道を選ばせたのかもしれません(→Dr.中島健次)。
 長じて少しずつ生活にゆとりができて、新宿のペットショップで柴の子犬を買いました。幼ない長男・長女の良い遊び相手になってくれていたのですが、あっけなく死んでしまいました。
 主治医に秋田犬の子犬を世話してもらったところ、それも数日後に泡を吹いて死にました。
 昭和63年、環境の良いイナカへ転居し、最初に探し求めたのが丈夫そうな子犬です。
 小学6年生だった娘の強い希望により、♂の柴犬を選びました。血統書にいかめしい名前が書いてありましたが、娘はデンと名付けました。 それが、とてつもなく悧巧で忠実で勇猛で、実に素晴らしい名犬になってくれたのです。
 

 

 


Dr.中島健次著「
出てますか?弱酸性尿」(文芸社、2005/12)
第4章 尿のpHに影響を与える3大要因の2(運動)
第1節 動物は動いてこそ動物なり(
p.80〜84より転載

 糖尿病で死ぬのが定めの家系に生まれた私は、肥満防止と糖尿病回避を願い、30歳代の半ば頃から、なるべく粗食・少食・運動励行を心がけようと気にはして参りました。しかし、元気な壮年のときは、犬と一緒に歩いたり走ったりしながらも、ときには面倒くさくなり、運動効果に疑念を抱いたことなきにしもあらず。
「ジョギングやウォーキングが健康によいというのが本当なら、自転車や自動車がなかった昔の人々は皆、健康で長生きだったはずである。だが、実際はそうでなく、人生50年にすぎなかったのだから、いくら歩こうが走ろうが結局は無駄なんじゃなかろうか?」
 そんな素朴な疑念を捨て去り、まじめに歩いたり走ったりするようになったのは、2001年3月、私が還暦を迎える2週間前、拙宅の柴犬デン(伊那大天丸)が14歳5ヶ月で老衰死する姿を見届けたときからです。

 かつてあれほど敏捷に雉や野兎を追いかけ回し、猫どもを木の上に追い払い、赤茶色に輝く毛並みをなびかせながら颯爽と用水路を跳び越し(お父さんは跳べずに橋まで遠回り)、道で大型犬に遭遇しても吠えず尻尾を巻かず頭を上げて平然と通り過ぎ、家の前の通行人や新聞・郵便配達、宅配便には無言でいて戸別訪問のセールスにだけ低く唸って威嚇し、発情中の雌犬が庭の外を通れば垣根を乗り越えて失踪したまま何日も帰ってこなかった犬の中の犬である見事な犬が、みるみるうちに老衰してしまいました。
 お父さんが休みの日には雨も風もお構いなしに、クークー(行こうよ行こうよ)とうるさくせがんでいたジョギングを、嫌がり始めたのが13歳になった頃からです。拙宅から2Kmほど離れた川沿いの遊歩道で、人影がないのを見計らって首輪から引き紐をはずすと、大喜びで広い河原を全力疾走し、やがて私に追いつき、横に並んで4Kmくらいトコトコと一緒に走ってくれました。ちなみに、遊歩道には200mごとに標識があり、速度計算が容易にできるのですが、体重15Kgの小柄な柴犬がトコトコと普通に歩く速さは時速約8Kmです。
 時速8kmなんてたいした速さではないと思う人もおられるかもしれませんが、身長170cmの私が歩幅約80cmの大股で必死に歩いても追いつけない速さです。そのため、否応もなく小走りのジョギングで並走するようになりました。それなのに、遊歩道の途中でうずくまったり、お父さんを置いてさっさと先に帰ってしまったり、ついには庭から一歩も外へ出ようとしなくなってしまいました。
 それまで、トイレは近所の桜山公園と決めていて、朝夕2回、欠かさず通っていたのに、声をかけても外に出ようとしない。いつ見ても寝てばかりで、たまに立ち上がれば、庭の隅へ行って用を足すぐらい。そのうち、とうとう犬小屋の中で横になったまま排尿・脱糞するようになりました。そうなっても、初めの頃は後始末をするお父さんに、ゴメンナサイと謝っているような眼を向けていたのに、やがてそれもなくなり無感動・無反応。スポイトで口に水を流せば飲んでくれるものの、好物のハムやソーセージを口に押し込んでも噛もうとしない。
 もはや臨終かと思いきや、ムクッと立ち上がり、ヨタヨタと歩いて庭の出口の扉に顔を押し付け、外の道路をジッと見ている。お嫁にいった大好きなお姉さんが、バスから降りてくるのを待っているのだろうか。試しに扉を開け、抱きかかえて家の前の道路に立たせてやると、ヨロヨロよろめきながら通いなれた桜山公園に向かう。
 この世の名残りに、好きなようにさせてあげよう。黙って後をついて行くと、公園の入り口に見向きもせず、ヨロヨロと公園横の農道を通り、枯れた草薮にもぐりこみ、雑木林の丘に向かってまっしぐら。そうか、死ににいくのか!
 それまで何度も、林の中でジッと静かにうずくまっている老犬たちを見てきました。翌日には跡形もなく消えていて、狐や狸の餌食になったのだろうと想像していました。
 まさか、拙宅の名犬デンが、そんなことを望んでいるとは予想もしなかったこと。慌てて呼び戻そうとしました。デーン、コーイ、デーン、コーイ。
 元気な頃だったら、お父さんの声が届けば素早く戻ってきてくれたのに、呼び声が聞こえないのか、聞こえないふりをしているのか、後ろを振り向きもせずドンドンどんどん林の奥に入ってしまいました。
 ヤバイ、このまま山の中で死なせたら、お嫁に行った娘が悲しむ。やむを得ず藪をかき分け、全身枯れ草のタネだらけになりながら、両腕にデンを抱えて家に連れ帰りました。
「デンよ死ぬなよ、デンの一番好きだったお姉さんが帰ってくるまで死ぬなよ!」
 もうそのときは眼も開かず、弱々しく呼吸するのみ。翌朝、娘夫婦が駆けつける2時間前、わめかず、うめかず、苦しがることもなく、深く一回フーッと息を吐いて静かに死にました。
実に見事な死に様でした。

 ああ、オレもこのように死にたい。壊疽やら蜂窩織炎やら尿毒症やら、糖尿病の末期症状に苦しみながら死んで行った身近な者たちに比べ、何と見事な最期であることか。どうせ誰もが必ず死ぬんだから、針を刺したり管をつないだりしないで静かに息を引き取りたい。
 それには歩くことだ。歩くのが嫌になったら、それは人生終焉のシグナルとなる。そのときはジタバタするまい。シグナルを見落とさないように、歩ける限り歩いてやろう。
 

 

 


動物は動いてこそ動物なり。動けなくなったら、静かに死を待つべし

 かの始皇帝でさえ、不老長寿のクスリもサプリも見付けられませんでした。科学の進歩した今日なら、多少なりとも有効なものがあるはずだと期待なされるのは、各人の自由です。
 しかし、人間も動物も必ず死ぬのが定め。老化防止やら痛み止めやら、気休め程度の効果があるとしても、しょせんは無駄な足掻きにすぎないと私は割り切っております。

 故デンの垂れ流した糞尿を始末しながら、しみじみ私は思いました。なんて可哀想なんだ。野生のオオカミが死ぬときは、こんな惨めな状態にならなかったに違いない。怪我や老化で走れなくなり、群と一緒に狩りができなくれば死を待つのみ。糞尿にまみれる間もなく肉食獣や昆虫などの餌食になり、それらの糞となって土に帰す。厳粛な自然の摂理です。
 人間も同様。歩けなくなり、糞尿の始末も自分で出来なくなったら、もう終わり。ジタバタしないで、粛々と人生を終結させれば良いのではなかろうか。そう私は思っております。

 幼い子供たちの理不尽な死亡事故をテレビで見るたびに、怒りで腹が立ってなりません。
神仏の加護はいざしらず、先祖の霊魂は何をやってんだ? 子孫も守れぬ役立たずめ!
 本当に霊魂・幽霊・怨霊などが存在するのであるならば、先祖たちの霊魂と被害者当人の霊魂がよってたかって殺人犯にとりつき、たたり殺し、恨み晴らさでおくまじや…。
 しかし、殺人犯の大半が死刑を免れ、ノウノウと生き延びているのだから、たぶん、霊魂なんて古人の想像産物にすぎず、本当は実在しないものなんでしょうね?
 死ねば無となり空となる。かつての王様のサレコウベや醜いミイラをテレビで見るにつけ、つくづく葬式なんてインチキ、戒名も仏壇も墓も無用なんだと思われてなりません。

考古学 平たく申せば 墓荒らし
(私の創作のつもりなんですが、すでに誰かが言っていたのらゴメンなさい)
 

 

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