ストラバイト尿石という呼び方は間違ってる

血尿やキラキラ光る砂粒、頻尿や排尿困難の呻きなど愛犬・愛猫の挙動不審を見逃さない。
尿路結石やストラバイト(ストルバイト、ストロバイト)の予防は簡単、1に運動、2に肉食です。
我が子(犬・猫)の尿のpH(ペーハー、ピーエッチ)は、飼い主さんがチェックしてあげましょう


技術士中島事務所 所長

獣医師 農学博士 Dr.中島健次

山水書房発行「小動物臨床」2005年1月号から転載


 テレビを見ていて久しぶりにヘェーっと驚かされた。NHK「試してガッテン」によると、糖尿病に関する今までの知識・療法は欧米人のためのものであり、日本人には合わない、と医学会が認めたのだという(糖尿病・日本人のための新常識、頑張り不要の食事と運動法、2004922日放映)。
 糖尿病による網膜症で視力を失い、壊疽で片足を切り落とし、あげくの果てに尿毒症で死ぬ。
そんな哀れな身内たちの姿を見続けてきた私には、若いときから医療への不信感が拭い切れずにいる。いずれ自分もああなる…、食事制限もインスリン注射も透析も無駄な足掻きにすぎない…。
 明治維新の熱烈な欧米技術崇拝は、根深い弊害を残した。自ら発見し発明することのできる真の技術者や研究者よりも、欧米技術の紹介者や翻訳者の方が偉い、という奇妙な通念が隅々に浸透している。獣医業界も例外でない。昭和
56年、獣医師免許審議会専門調査員(任期2年)に任命された私には苦い記憶がある。獣医師国家試験に新規採用する魚病学の出題範囲について、日本国内の養魚場で実害を及ぼしている疾病に限るべし(例外として国際伝染性魚病を含める)、と私は主張した。一方、他の委員たちは、欧米で出版された魚病学の教科書を信奉し、それらに掲載されている疾病すべて、日本に無縁の魚病まで網羅すべきと主張して譲らなかった。多勢に無勢、ついに押し切られてしまったのだが、いまだに無念でならない。
 そんな苦々しい経験があるだけに、糖尿病専門の医学会が欧米医学の直輸入を否定し、日本人に適合する純国産医学の重視へと方針を転換したと聞き、ヘェーっと驚き入ったわけである。
 それなら、もしかしたら、獣医業界だって希望が持てるかもしれない。せめて、犬や猫のストラバイト尿石だけでも視点を変え、診療手段の方針転換を検討してもらえるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、老化した穴ぼこだらけの脳ミソを絞りつつ、拙稿執筆に励んだ次第である。とりあえず、基礎の基礎から勉強し直してみよう。

struvite

ストラバイトと読むのか、ストルバイトが正しいのか。語義や発音記号を調べようにも、普通の英和辞典に載ってない。ウソだと思うなら手元の辞書で確かめて欲しい。たぶん載ってないはずである。インターネットのYahoo! Dictionaryにも出ていない。わざわざ図書館へ行き、分厚い大辞典を見ても無いのだから間違いない。ひょっとして、特殊な医学用語かもしれないと思い、そっちの辞書も調べたのだが載ってない。人の尿路結石に関する市販の成書数冊を見たが、どの本も燐酸アンモニウム・マグネシウム結石としてあり、ストラバイトとかストルバイトという言葉は人間の医療に使われていないようである。
 それなら、獣医独自の専門用語なのだろうか?パソコンでキーワードを検索したところ、あった。
H.C.G.Von Struvelに敬意を表してストルバイト結石と名づけられた」、とある。では、このドイツ貴族らしい人物の業績とは一体どのようなものか。Yahoo! USAなどで外国人名の検索を試みてみたのだが、1件もヒットしなかった。となると、どうも人名由来説は余り信用できそうにもない。

ストラバイトは缶詰・下水業界の専門用語

 「ストラバイト〔struvite〕魚貝類の缶詰には白色または無色透明な無機質の結晶を生成することがある。その大きさは微視的なものから、長さ1cmあるいはそれ以上に及ぶものもあり、その数も1個から数十個、ときとして無数に生成することがある。このような析出物をストラバイトと称する。その組成はMgNH4PO4・6H2Oで、斜方晶系に属し、比重1.72、100℃で融解することなく分解する。缶詰にみられるものは必ずしも単結晶ではなく、外形も針状、柱状、粒状など種々あり、明確な結晶面を認めがたいものもある。ストラバイトは水にきわめて難溶であるが、胃液には溶解する。生理的に無害であるが、缶詰の商品価値を害する。ストラバイト成分は魚貝類の肉質そのものに由来するものであるが、甲殻類以外は新鮮な原料を使用すれば余り析出しない。L-グルタミン酸によって生成を防止することができる。」(水産百科事典、海文堂出版、1972から転載)

 「カニ缶やサケ缶の原料肉の中に自然に含まれている微量のマグネシウム、アンモニウム及び燐酸が結合して、マグネシウム・アンモニウム燐酸塩というガラス状の結晶が生成することがあります。この結晶は無味・無臭の結晶で、ストラバイト又はクリスタルともいわれています。この結晶は胃の中で容易に溶けるので、食品衛生法上の問題はありませんが、大きいものは口腔を怪我させる可能性もあるので、製造方法の改良により結晶の生成を防いだり、結晶をできるだけ小さくするよう努めています。」(社団法人日本缶詰協会ホームページから転載)

 「リンは枯渇が懸念されている鉱物資源であり、しかも日本国内で消費するリン鉱石の全量を輸入に頼っております。したがって排水中からのリン資源の回収・再資源化は急務となっております。本技術は、広島大学と叶_鋼環境ソリューションにより発明され、下水処理場で発生する余剰汚泥中のポリリン酸顆粒を加熱により分離し、都市下水に含まれるリンの少なくとも70%を人工リン鉱石として回収します。また、全国の下水処理場で共通した厄介な問題となっているストラバイトによる配管の閉鎖障害を劇的に解決します。」(東和科学株式会社ホームページから転載)

三重燐酸結晶=ガラス状結晶

 動物の尿中に現れる燐酸アンモニウム・マグネシウムの粒状の大きな結晶が、欧米の獣医業界でストラバイトと呼ばれ始めたのが何時頃なのか私は知らない。だが、缶詰は200年前に発明されているのだから、それよりずっと後になってのことだろう缶詰業界の特殊用語を借用したことの是非はともかく、ストラバイトと呼ぶのは間違ってないし、納得もできる。
 
問題はそれの誤訳にある。医学領域では三重燐酸結晶と呼んでいるのだから、獣医業界でも三重燐酸結晶と訳すのが正しいと思われる。
 それを誰かが間違って「ストラバイト尿石」と翻訳してしまった。英文でストラバイト(目で見える粒状の尿晶)としているのに、結石と誤訳したから辻褄が合わなくなったのである。それとも、尿石という概念の中に、結石だけでなく結晶まで含まれているのだろうか?
 
頭が混乱しないよう水晶をイメージしてほしい。どんなに大きくても水晶が結晶であるのと同様、缶詰のストラバイトは長さ2cmのものでもガラス状の結晶だし、尿に現れるストラバイト(以下、尿ストラバイトと呼ぶ)も同じ結晶である。結晶はX線写真に写らないから、膀胱など尿路内にX線で撮影できた固形物があれば、それは本物の結石であってストラバイト(尿晶)ではない。それを「ストラバイト尿石」と呼ぶと、結晶なのか結石なのか分からず混乱してしまう。
 
動物の尿に出現したストラバイト(尿晶)は、胃液と同様に酸性の尿で速やかに溶ける。実際、スライドグラスに尿沈渣を載せ、酢を垂らして三重燐酸結晶を鏡検すれば簡単に確認できる。それと同様、膀胱から摘出した固形物を酢に漬けてみて、溶けるかどうか。溶ければ尿晶のストラバイトだが、溶けなければストラバイトではない。結晶ではない本物の結石を「ストラバイト尿石」と呼ぶのは不合理である。

 これほど大事な問題であるにもかかわらず、今まで誰も異を唱えてこなかった。そのため、渋々ながら私もストラバイト尿石という言葉を使わざるを得ないのが現状である(図−1)。
 だが、「動物病院で高価なフードを買わされた。ストラバイトの膀胱結石だからフードで溶けると言われたのに、全然溶けない。だまされたのではないか、詐欺ではないか」等々、私に不信を訴える飼い主さんからのメールが後を絶たない。この現実を何とする?
 臨床獣医師への余計な疑惑を回避するためにも、不適切な呼称は直ちに改めるべきである。
 


目に見えない微小な結晶が尿に出るのは正常で無害な生理現象

よく知られているように、活性酸素やら発癌物質やらによって、人間の体内には毎日、数十〜数百個の癌細胞が発生しているという。だが、免疫力の低下で癌細胞が増殖しない限り、致命的な癌にまで発達することはない。それと同様、尿沈渣に結晶が出現すること自体は、単なる一過性の正常な生理現象にすぎず、決して病的なものではない。
 これもテレビで見たのだが、日本人の尿石罹患率(8割が蓚酸カルシウム結石)が9%に達し、30年前の2倍強に増加しているという。夏に患者が多いのは、枝豆(ホーレン草の3倍の蓚酸含有)をつまみ、ビールのプリン体が尿酸になって結石形成を促進するためだという。番組に登場したビール好きの男女10人中5人の尿から結晶が検出されていたが、結晶出現=結石形成というわけではなく、蓚酸含有食品の多量摂取とストレスとが重ならなければ、スッと現れスッと消える一過性の
現象なので安心してよいとのことだった(日本テレビ「特命リサーチ200XU
」、2002/07/14放映)。

 犬や猫の尿に出現した微小(数ミクロン)な三重燐酸結晶も同じであるに違いない。
 腎臓の濾過作用により体内の不要物が絶えず尿へ排出されている。何かの事情で骨組織の主成分である燐酸塩類が尿に排出されたとき、たまたま尿がpH7.0以上のアルカリ性だった。そのため析出して結晶になった、というだけの単純な生理現象ではなかろうか。
 では、アルカリ性の尿が出るのは病的なのかというと、決してそんなことはない。
 私が身近の健康な人間や犬・猫から尿
pHのデータを集めたところ、意外にもpH変動曲線が犬や猫(本来は肉食動物)も人間(雑食動物)も類似していた(図−1)。
 
図−1は模式的な参考例にすぎないが、一過性にアルカリ性尿が出るのは健康の証拠である。
 問題は膀胱炎でもないのにアルカリ状態が持続する場合であり、着目すべき焦点がここにある。

〔註〕以下省略させていただきます2004年秋の執筆時点では、アルカリ性の尿中に析出した顕微鏡レベルの微小な燐酸アンモニウムマグネシウム結晶が、医学領域「三重燐酸結晶」と呼ばれていることを知りませんせした。また、拙著『出てますか?弱酸性尿』が発行(2005年12月)されてすぐ尿結晶⇒尿晶という新用語を思いつきました。そして、微小な三重燐酸結晶が大きくなって尿道を閉塞する純粋な結晶(酸に溶けX線に写らない)を尿晶(ストラバイト)と定義する一方、三重燐酸結晶の塊りにカルシウムなどの尿成分が結合して形成された結石(X線に写り酸に溶けない)をストラバイト由来の結石と呼び分ければ、臨床現場の混乱を解消できるはずと考えました。よって仮称「運動不足性尿石」の提案を試みた拙論を省略させていただく次第です。2006/01/15追記

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